盲視(blindsight)の神経機構

吉田 正俊 (自然科学研究機構・生理学研究所・発達生理学研究系・認知行動発達研究部門)

大脳皮質の一番後ろ側にある第一次視覚野は網膜からの視覚情報が視床の外側膝状体を通って最初に大脳皮質で情報が処理されるところです。この部位が交通事故や脳内出血などによって損傷を受けた患者さんでは盲視(blindsight) という不思議な現象が起こることが知られています。左右にある第一次視覚野はそれぞれ右左半分ずつの視野の情報を処理していますので、片側(たとえば右側)の第一次視覚野が損傷すると左半分の視野のものが見えなくなります(このような症状のことを半盲:hemianopiaと言います)。なお、この症状は右目で見ても左目で見ても同じく半分の視野が見えなくなります。視神経や網膜の障害ではなくて脳の障害であるしるしです。

1973年、このような症状を持った患者のD.B.さんがその見えないはずの視野にあるものの位置を当てることができることに医師は気付きました。たとえば、スクリーンに光点を点灯させて当てずっぽうでいいから位置を当てるように指示すると、D.B.さんはそれが見えないにも関わらず、光点を正しく指差すことができるのです。また、棒が縦か横かを当てるテストもほとんど間違いがなく答えられました。このテストのあとでD.B.さんに成績が非常によいことを医師が伝えると、D.B.さんは驚きました。

医師「どのくらいうまくできたかやっててわかりましたか?」
D.B.さん「いいえ、だって何も見えなかったのですから。何も見えやしない。」
医師「どうやって当てたか言えますか?なにを元に棒が縦か横かを言えたのですか」
D.B.さん「いや、だって何も見えなかったのですから。わからずにやったのです。」
医師「では正しくできてるとは本当に知らずにいたのですね?」
D.B.さん「はい。」
("Blindsight: A Case Study and Implications." L. Weiskrantz Clarendon Press, Oxford 1986 p.23-24より翻訳)

このような視覚処理能力(光点の位置を当てる)と視覚意識(光点が眼前に見える)とが乖離している現象のことをWeiskrantzらは盲視(blindsight)と名付けたのです。更なる研究からこの現象が視覚以外の手掛かりを使っている可能性や光点の光散乱を手掛かりにしている可能性などが排除されました。また、他の患者さんでも同様な現象が起こることがわかり、D.B. さんが本当は光点が見えているのに見えていないと嘘をついているのでないことも確かになりました。さらに視覚意識と視覚情報処理とのあいだでの乖離は信号検出理論的解析を含んだ精神物理学的研究によって詳しく定量的に解析されています。また、このような患者さんでは障害のある視野にある色や簡単な形も弁別できること、障害のある視野に呈示した情報によって眼球運動の抑制などの無意識的な処理が行われていることなどが明らかになっています。また、盲視と同様な現象は視覚に限らず、他の感覚モダリティ(触覚や聴覚)でも起こることがわかりました。触覚の例では体性感覚野に障害のある患者さんは右手の平から腕までに触覚がありません。それにも関わらず触れられている場所を言い当てることはできるのです(J. Paillard, F. Michel, G. Stelmach (PDF)"Localization without content. A tactile analogue of 'blind sight'." Arch Neurol 40: 548–551)。

このような現象はなぜ起こるのでしょうか。どういうニューロン間の情報伝達が関わっているのでしょうか。盲視の現象は、脳損傷によって視覚的意識(物の見え)と視覚情報処理(物の位置を当てる)のうちの視覚的意識だけが障害を受けることを示しています。盲視の患者さんの脳での情報処理の中でなにが失われ、なにが残っているのでしょうか。そのニューロンメカニズムを明らかにすることは、人間の心を明らかにするのにいちばんの難問である「意識」の問題を解く手掛かりとはならないでしょうか。これが現在私が行おうとしていることであります。脳で起こっている情報処理を明らかにするにとは単に脳のどこの部分が活動しているかを明らかにするのでは不充分です。個々のニューロンがどういう活動をしており、それがネットワークとしてある領野の中、および領野間でどう処理され、行動として発現するかということを明らかにするためには動物を使った実験が必須であります。

私は現在、盲視患者さんの症状と同様なことが起きている動物をモデルとして、動物が損傷のある視野にある視覚情報を処理する課題を遂行中にどのような情報処理が行われているかを電気生理学的手法(単一ニューロン活動記録)や機能イメージング(PET)を用いて明らかにすることを進めています。

図1はサルの脳での視覚入力に基づいて眼球運動をする際に関わっている経路を表しています。たとえば、スクリーン上の光点が点灯したらそれに目を向ける課題をするとします。光点は網膜の桿体と錐体を刺激し、神経活動のパターンに変換されたあとで外側膝状体、第一次視覚野の順番で別のニューロンに伝えられてゆき更なる情報処理が進められていきます(青矢印)。第一次視覚野からはV2、MTなどを介して頭頂連合野のLIPや前頭前野(もしくは前運動野)に属する前頭眼野へと伝達して、上丘(中間層)で眼球運動の指令情報となり、脳幹から具体的な筋肉(眼転筋)への指令を出すことで目的の位置へと目を向けることができます。一方で、第一次視覚野を介さないような情報伝達もあります(赤矢印)。網膜から上丘(浅層)へ伝達した情報はpulvinarを介して V2、MTなどを介して(または直接に)LIPおよび前頭眼野へと伝達します。これが上丘(中間層)で眼球運動の指令情報となるところなどに関しては同じ経路です。現在私は盲視患者および動物モデルでは第一次視覚野を介さない経路(赤矢印)によって視覚意識を持たずに行われる視覚情報処理が行われている、という作業仮説の元で研究を行っています。一方で視覚意識に関わる経路が第一次視覚野を含んだ腹側視覚経路の神経ネットワークであるという説があります("The Visual Brain in Action." D. Milner and M. Goodale Oxford University Press, Oxford 1995)。もし、第一次視覚野を介さない経路が腹側視覚経路にアクセスできないとしたら整合的に説明することが出来ます。

なお、ヒトおよび動物を使った盲視の研究に関する知見をまとめたレビュとして"Blindsight in man and monkey."(free full text PDF) P. Stoerig and A. Cowey. Brain (1997), vol. 120, p.535-559があります。


作成:生理学研究所・認知行動発達・吉田 正俊