18 ナショナルバイオリソースプロジェクト「ニホンザル」の現状

ニホンザルは侵襲的処置を伴う実験的研究において使用される動物種の中で最もヒトに近縁種であることから、特に高次脳機能の生理学的研究において欠くことのできない動物とされてきた。従来、国内には研究用のニホンザルの繁殖・供給を担う施設はなく、野生由来で有害鳥獣駆除によって捕獲されたサルに対して飼養許可を得て研究に使用するか、動物園などで過剰繁殖となったサルを、取り扱い業者を経て購入することで現場の研究者はサルを入手してきた。

しかし、動物園の過剰繁殖動物の供給は不安定であった上、野生由来のサルの入手も極端に困難になったため、有志の神経科学者が霊長類研究者と共同して日本国内に安定して研究用ニホンザルの繁殖・供給を行うシステムを確立するための運動が2000年頃より開始された。その結果、2002年より文部科学省が開始した新世紀重点研究創生事業(RR2002)の中のナショナルバイオリソースプロジェクトに「マカクザルなど霊長類」の繁殖・供給プロジェクトを申請し、当初フィージビリティスタディとして採択された。その後2003(平成15)年度より、プロジェクトが本格的な稼動体制に移行している。

この事業は、京都大学と共同で業務を行い、2011(平成23)年度までには、年間200頭程度の病原微生物学的にも安全で、馴化の進んだ実験用動物としてのニホンザルを国内の研究者に安定して供給する計画である。これまでの運動の経緯から生理学研究所の伊佐教授が代表申請者となり、生理学研究所を中核機関とし、全国の実験研究者、霊長類専門の獣医師、霊長類の生態学の専門家から構成される運営委員会を設置し、全体の計画の策定・運営を行うこととしている。全体方針を検討する委員会の委員長には研究者コミュニティを代表して日本大学の泰羅雅登教授に就任していただいた。そして供給申請の採否に係わる専門的事項の調査審議は、運営委員会のもとに設けた供給検討委員会が行い、その審査結果に基づき運営委員会が採否を決定することとなっている。供給検討委員会の委員長には国立精神神経センターの中村克樹部長に就任していただいた。また今年度より、事業の実務を担当するNBR事業推進室を生理学研究所に設置して、運営体制の強化を行った。事業の経費として2007(平成19)年度は、中核機関である生理研は1億8866万円、サブ機関(京都大学霊長類研究所)は5079万円の予算配分を受けている。

繁殖用母群については、2007(平成19)年9月の時点で委託先の民間企業と京都大学霊長類研究所で、それぞれ500頭と55頭のサルが飼育されている。そこから出生したコザルについては、民間業者で265頭、京都大学霊長類研究所で20頭を飼育している。

2007(平成19)年度は、前年度と同様に「供給の試行」を実施した。この試験的供給の目的は、供給申請の審査方法の検討や前回の供給で問題となった特定動物飼養施設の確認、サルの輸送方法など検証し、動物愛護管理法と文部科学省のガイドラインに遵守した供給体制を確立することにある。そのために、募集要項の改訂や審査要項の策定を行い、供給申請の審査を動物実験の原則である3R(Replacement, Reduction, Refinement)にもとづき厳密に行った。今回の募集には、23件65頭の申請があったが、審査の末、13件38頭の申請を採択、3件を不採択とした。また、動物実験に係わる機関内規定の不備などから7件20頭が不採択となったが、機関内規定が整備されるなど条件が整えば再申請を可能とした。

サルを用いた実験研究は、動物実験に反対する団体などからの抗議運動の標的とされやすい。そこで運営委員会としては、この事業が適切な実験動物の管理と3Rにもとづいた動物実験の実施という観点からも、必要不可欠な事業であること広い範囲の人々に理解していただくために、広報活動に力を入れてきた。現在、2008(平成20)年2月15日の公開シンポジウムの実施に向けて準備を進めている。また事業のパンフレットの作成と配布、またホームページ(http://www.macaque.nips.ac.jp/)も立ち上げ、情報公開に務めている。また研究者コミュニティにもニュースレターを配布し、サルをめぐる研究に関する様々な情報を提供している。

2002(平成14)年にスタートしたナショナルバイオリソースプロジェクト「ニホンザル」は、繁殖・育成体制の基礎はほぼ整ったが、さらに基盤を強化して本格的供給を始めなければならない。また、供給の有償化や恒久的な事業化については、研究者コミュニティの支援を得つつ、関係各方面に働きかけを進めていく予定である。