2 国際共同研究による顕著な業績

2.1 生理学研究所に長期滞在した外国人研究者との共同研究

(A) 分子生理研究系 神経機能素子研究部門
共同研究者:Kristin Rule, 博士課程学生 (JSPS Summer Program Student), カリフォルニア工科大学, USA
研究テーマ:膜電位-細胞長変換素子プレスチンの動的構造変化の光生理学的手法FRET による解析
中内耳外有毛細胞は10 kHz 超という速い膜電位変化に追随して細胞長を変える。その分子基盤として「プレスチン」という膜蛋白が、近年同定された。プレスチンは、膜電位依存的に分子の「かさ」を変え、それが外有毛細胞の長さの変化に結びつくと考えられている。我々は、プレスチンを対象として、FRET (Fluorescence Resonance Energy Transfer)法という光生理学的手法により、電位依存的構造変化の解析を進めている。Kristin Rule 氏は、JSPS サマープログラムスチューデントとして、2007年 6月から8月にかけて来日し、上記プロジェクトに参加した。この間の共同研究により、以下の成果を挙げた。
C末細胞内領域にCFPもしくはYFPを付加したプレスチンをHEK細胞に共発現させ、4量体であるプレスチンの「サブユニットC末端間」のFRETを全反射照明下でモニターした。Bath に高 K+ 液を投与することにより細胞を脱分極させたところ、有意なFRETの減少が観察された。このFRETの低下は、プレスチンの構造変化の電気生理学的指標として知られる非線型性容量を失わせる二つの処理、すなわち、salicylateの投与、および点変異により消失した。よって観察された FRET の変化は、確かにプレスチンの膜電位依存的構造変化を反映しているものと考えられた。英文原著論文を投稿準備中。

(B) 分子生理研究系分子生理研究部門
共同研究者:Senthilkumaran Balasuburamanian教授, ハイデラバード大学, インド
研究テーマ:各種神経疾患脳内における糖蛋白質糖鎖発現の解析
脳と培養細胞におけるN結合型糖鎖の存在:生物進化におけるシアル酸結合様式の変化と、培養細胞とマウス胎児脳におけるα2,6シアル酸転移酵素の過剰発現によるシアル酸結合様式の変化多くの生き物において、ウイルスが宿主細胞に侵入する際に必要であるヘマグルチニンが、宿主細胞のシアル酸化糖鎖であるウイルス受容体に結合することが知られている。我々は、ナメクジウオ、ニワトリ、マウス、ラット、ヒトの脳におけるシアル酸結合様式の発現変化の解析を行った。原始的な脊椎動物であるナメクジウオのN結合型糖鎖はα2,3, α2,6結合のシアル酸化修飾をほとんど受けていない。一方ニワトリの脳内では、α2,6結合を持つシアル酸化糖鎖が多く発現し、マウスの脳内では、α2,3結合を持つものとα2,6結合をもつものが同程度発現していることがわかった。さらに、マウスやラットの脳内から調整したミエリン分画には、α2,6結合をもつシアル酸化糖鎖の発現が多く見られた。またヒトの脳内においても、α2,3結合を持つシアル酸化糖鎖の発現量に比べて、α2,6結合を持つシアル酸化糖鎖の方が多く見られた。そしてヒトのα2,3結合を持つシアル酸化糖鎖の発現量は、今回我々が調べた他の生物種のものよりも多かった。以上のことから、シアル酸化糖鎖の結合様式とその発現量が、進化の系統と相関がある可能性が示唆された。また、α2,6結合を持つシアル酸化糖鎖の発現割合が増加する傾向はアストロサイトやNeuro2Aといった培養細胞においても見られる。こうしたことから、今後は培養細胞やマウス脳内においてα2,6シアル酸転移酵素を強制発現もしくは、機能阻害させることでこの遺伝子の機能解析を行う。

(C) 分子生理研究系分子生理研究部門
共同研究者:馬堅妹 教授,大連医科大学, 中国
研究テーマ:Cystatin F発現ミクログリアの性質解明
研究者はすでに脱髄モデルマウスのDNAマイクロアレイ解析から、cystatin Fを単離した。本共同研究では、cystatin Fの発現部位、発現条件を明らかにすることを目的とした。cystatin Fは、従来脳以外の組織に存在するマクロファージなどの免疫担当細胞に発現することが報告されており、脳に発現しない遺伝子であると考えられていた。cystatin Fは、発達期から加齢期にいたるまで正常の脳では発現しないが、脱髄を起こした脳白質に著明に誘導されること、その発現は脳のマクロファージと呼ばれるミクログリアだけに観察されることを明らかにした。培養ミクログリアを用いた実験から、ミエリン膜を貪食した活性化ミクログリアでcystatin Fが誘導されることを明らかにし、一方でミクログリアが死細胞を貪食しても誘導されないことを明らかにした。複数の脱髄モデルマウスを用いた解析から、脱髄と再生を伴う時期にcystatin Fが著明に誘導されるが、再生を停止した慢性脱髄巣においてはcystatin Fの発現がほとんど消失することが分かった。ミエリン再生におけるcystatin Fの役割が今後の課題である。
Ma J, Tanaka KF, Kakita A, Takahashi H, Pfiffer SE, Ikenaka K: Microglia change their character twice after phagocytosing compact myelin membrane, which deeply relates to remyelinating ability of the lesion in demyelinating diseases as indicated by cystatin F expression. (in submission).

(D) 統合生理研究系生体システム研究部門
共同研究者:喜多 均 教授, テネシー大学医学部, USA
研究テーマ:霊長類を用いた大脳基底核の機能に関する研究
喜多 均博士は、大脳基底核における世界的な研究者の一人であり、主にラットを用いて電気生理学的手法や神経解剖学的手法など、幅広い方法を駆使して、大脳基底核について機能と形態の両面から明らかにする研究を行っている。なかでも喜多博士らが提唱した、視床下核が大脳基底核全般に影響を与え、大脳基底核全体のドライビングフォースになっているという概念は、広く受け入れられ高く評価されている。
喜多博士と本研究部門の南部らは、十年近く大脳基底核の機能について共同研究を行ってきた。喜多博士は、米国テネシー大学において、ラット・マウスの脳スライス標本を用いて、大脳基底核の単一のニューロンの性質について調べており、一方、本研究部門は、生理学研究所において、主に霊長類の大脳基底核からニューロン活動を記録することにより、脳というシステムの中で大脳基底核が、どのように働いているかを中心に検索している。そして、それぞれの成果を基に仮説を立て、毎年1?3ヶ月間ほど霊長類を用いた共同実験を生理学研究所にて行っている。
Kita H, Chiken S, Tachibana Y, Nambu A (2007) Serotonin modulates pallidal neuronal activity in the awake monkey. J Neurosci 27:75-83.

(E) 生体恒常機能発達機構研究部門
共同研究者: Sujit Kumar Sikdar 教授, インド科学機構, インド
研究テーマ:グルタミン酸による神経細胞内Cl濃度調節
Sujit Kumar Sikdar教授はシナプス機能、特に抑制性受容体機能の生物物理学的解析および病態に精通している。特に、GABA受容体機能変化のグルタミン酸受容体活性化によるGABA機能の変化を、細胞内クロールイオンの変化ととらえ、その機構を研究するために、当部門の研究テーマであるKCC2の機能変化について同氏のもつ標本での検討をおこなうために、生理研外国人教授として生理学研究所に3ヶ月間(平成20年6月15日―9月17日)まで滞在した。グルタミン酸による陽イオン流入中にはGABAAの作用が大きく増強されること、これは細胞内クロールイオンの平衡電位が、グルタミン酸投与前と比較し、約20 mVも過分極側にシフトすることによってもたらされることが判明した。このカチオン流入中の過分極シフトはKCC2やNKCC1などの従来の主な細胞内Cl濃度調節分子とは関連していないことが判明した。また、グルタミン酸ではなく、サソリ毒による膜電位依存性ナトリウムチャネルの恒常的開口、ナトリウムイオン流入によっても惹起された。陽イオン流入後は、細胞内Clイオン濃度増加によって、GABAは脱分極作用、しばしば興奮性作用へスイッチすることが判明した。これは、てんかんなど回路の過剰興奮時にはGABAの作用が増強しより強力な抑制機構が惹起されることが予測される。また、LTPなどの過剰興奮後には、GABAの抑制は減弱する可能性が示唆される。今後、なぜカチオン流入により細胞内Clイオンの活性が減弱(Cl平衡電位の過分極シフト)が起こるのか、そのメカニズムについてSikdar教授の研究室と継続で解明に当たる。

(F)発達生理研究系認知行動発達機構
共同研究者:Penphimopn Phongphanphanee 博士, 助手, チュラロンコン大学, タイ
研究テーマ:上丘における信号伝搬機構の研究
平成17-20年度に総合研究大学院大学博士課程に在籍したタイ国籍のPenphimopn Phongphanphanee氏とともに行った研究である。指向運動の運動方向・振幅・タイミングの決定に重要な役割を果たす上丘の層間、層内での水平方向の信号伝搬を解析するため、64チャンネルのアレイ電極によるフィールド電位記録とホールセルパッチクランプ法による細胞内電位の記録を組みあわせて、浅層の活動がGABAによる抑制を減弱させた状況で中間・深層へと伝搬する過程を解析した。その成果の第一報は以下の論文として2008年に発表された。
Phongphanphanee P, Kaneda K, Isa T (2008) Spatio-temporal profiles of field potentials in mouse superior colliculus analyzed by multichannel recording. J Neurosci, 28: 9309-9318.

2.2 その他の国際共同研究による論文(in pressを含む)

(A) 統合バイオサイエンスセンター ナノ形態生理部門
研究テーマ:ゼルニケ位相差顕微鏡法に関する研究
共同研究パートナー:R. Glaeser博士, バークレイ国立研究所,USA
ゼルニケ位相差顕微鏡法を定量的に解析し、通常法に比べコントラストの向上が4倍以上良い こと、位相板による電子線ロスが理論値に近く20\%程度であったことなどが示された。
業績:Danev R, Glaeser RM, Nagayama K. Practical Factors Affecting The Performance of A Thin-Film Phae Plate for Trans mission Electron Microscopy. (in press).

(B) 細胞器官研究系 生体膜研究部門
研究テーマ:FGF制御下の神経細胞接着分子NCAMのパルミトイル化は神経形態を決定する
共同研究パートナー:Alexander Dityatev博士, 上級研究員, ハンブルグ・エッペンドルフ大学, ドイツ  
細胞接着分子NCAMは軸索伸長を促進し、神経系の発達に重要な役割を果たしている。ハンブルグ・エッペンドルフ大学(ドイツ)のAlexander DityatevらはこのNCAMによる軸索伸長にはFGF受容体を介したシグナル伝達とNCAM自身の細胞内領域のパルミトイル化脂質修飾が重要であることを見出していた。しかし、FGFシグナルとNCAMのパルミトイル化との因果関係は不明であった。今回、Alexander DityatevらはNCAMがFGF2シグナルの下流でパルミトイル化されることを見出した。一方、当研究部門ではゲノムワイドに単離したパルミトイル化酵素を用いたパルミトイル化酵素スクリーニング法を確立しており、NCAMをパルミトイル化する酵素に関する共同研究を開始した。当部門においてどの酵素がNCAMをパルミトイル化しているかをスクリーニングした結果、23種類の酵素ファミリーの中でDHHC7(およびDHHC3)がFGF2の下流で活性化され、NCAMのパルミトイル化を担っていることを明らかにした。さらに、パルミトイル化されたNCAMはラフトと呼ばれる膜微小領域に濃縮し、軸索伸長を引き起こすことが明らかとなった。この研究はJ Neurosci誌のThis week in the Journalでも紹介された。
Ponimaskin E, Dityateva G, Ruonala M, Fukata M, Fukata Y, Kobe F, Wouters F, Delling M, Bredt DS, Schachner M, Dityatev A (2008) Fibroblast Growth Factor-Regulated Palmitoylation of NCAM Determines Neuronal Morphogenesis. J Neurosci 28:8897-8907.

(C) 細胞器官研究系 生体膜研究部門
研究テーマ:CSP蛋白質のパルミトイル化修飾および膜相互作用に関する研究
共同研究パートナー:Luke H. Chamberlain博士, 上級研究員, エジンバラ大学, UK
CSP(Cysteine-string protein)蛋白質はDnaJファミリーに属するシャペロン蛋白質であり、シナプス伝達に関わる重要な蛋白質である。また、CSP蛋白質は代表的なパルミトイル化修飾を受ける蛋白質であり、パルミトイル化修飾によりプレシナプス部位への輸送が制御されている。Luke H. ChamberlainらはCSPの膜画分との相互作用とパルミトイル化修飾との関係について研究を行ってきた。今回、当部門はLuke H. Chamberlainらと共同研究を行い、CSPのパルミトイル化を担う酵素としてゴルジ装置に局在するDHHC3, 7, 15, 17を同定した。さらに、CSPがゴルジ装置でパルミトイル化を受けるためには、前もってゴルジ膜と弱く相互作用することが必要であることを示した。
Greaves J, Salaun C, Fukata Y, Fukata M, Chamberlain LH (2008) Palmitoylation and membrane interactions of the neuroprotective chaperone cysteine-string protein. J Biol Chem 283:25014-25026.

(D) 大脳皮質機能研究系 大脳神経回路論研究部門
共同研究者: Victoria M. Puig博士 (JSPS Fellow;国籍 スペイン; Massachusetts Institute of Technology, USA)
研究テーマ:大脳皮質GABA作働性ニューロンの徐波における発火様式
Dr. Victoria M. Puigは2005年1月より11月まで生理研に滞在し、その後、米国に移動後も当部門と共同研究を続けている。大脳新皮質ニューロンは睡眠中に脱分極のUp状態と過分極のDown状態を繰り返し、1ヘルツ以下の徐波と呼ばれるリズムで振動している。UPにはスピンドル波とガンマ波がのっている。皮質の抑制性ニューロンであるFS細胞には、Upの前半と後半のどちらかで発火しやすいものがみられた。二種類のFS細胞はスピンドルやガンマ波での発火位相も異なっていた。これらの結果は、FS細胞ごとにUp状態での発火パターンが時空間的に厳密に決められていることを示唆している。
Puig MV, Ushimaru M & Kawaguchi Y (2008) Two distinct activity patterns of fast-spiking interneurons during neocortical UP-states. Proc Natl Acad Sci USA 105:8428-8433.

(E) 大脳皮質機能研究系 脳形態解析研究部門
研究テーマ:網膜ギャップジャンクションの局在
共同研究のパートナー:John Rash 教授, コロラド大学, USA
Rash教授は長年、凍結割断レプリカを用いたギャップジャンクションの分子組成や局在の解析を行ってきた。Rash研でassistant professorとして働いていた釜澤尚美は、昨年度より脳形態解析の特任助教となり、Rash研で始めていた網膜ギャップジャンクションの分子組成の研究に当部門の凍結割断レプリカ免疫標識によるダブルレプリカ法を適用し、同じギャップジャンクションにconnexin36とconnexin45が共存し、それぞれ同じ分子同士の結合をキメラ状に形成している事を証明した。
Li X, Kamasawa N, Ciolofan C, Olson C O, Lu S, Davidson K G V , Yasumura T, Shigemoto R, Rash J E Nagy J I (2008)Neuronal gap junctions in rodent retina containing connexin45 also contain connexin36 in both apposing hemiplaques, forming bi-homotypic gap junctions, with scaffolding by zonula occludens-1. J Neurosci 28:9769-9789.

(F) 大脳皮質機能研究系 脳形態解析研究部門
研究テーマ:脊髄後角のグルタミン酸受容体分布
共同研究のパートナー:Miklos Antal 教授、デブレツェン大学、ハンガリー
Antal教授は平成18年度に生理研客員教授として3ヶ月滞在した。この間に当部門で行われている凍結割断レプリカ法を用い、ラット脊髄後角のAMPA型およびNMDA型グルタミン酸受容体のシナプス局在を解析した。その結果、ほとんどの後角シナプスには、これらの受容体が豊富かつ均一に分布しているがAMPA型受容体サブユニットのGluR1のみについては、ほとんど発現していない少数のサブポピュレーションがある事を明らかにした。
業績:Antal M., Fukazawa Y, Eördögh M, Muszil D, Molnar E, Itakura M, Takahashi M, Shigemoto R (2008) Numbers, densities and co-localization of AMPA- and NMDA-type glutamate receptors at individual synapses in the superficial spinal dorsal horn of rats. J Neurosci 28:9692-9701.

(G) 統合生理研究系 感覚運動調節研究部門
研究テーマ:機能的MRI(fMRI)を用いた脳機能の解明
共同研究のパートナー:Gian Luca Romani 教授, キエッティ大学 ITAB研究所, イタリア
キエッティ大学 ITAB研究所は、脳波、脳磁図、fMRIなどの最新鋭の非侵襲的脳機能測定機器が設置されているイタリア最大規模の神経イメージングセンターである。柿木教授は、チーフであるProf. Gian Luca Romaniとは以前より面識があり、fMRI研究を希望する大学院学生2名(中田大貴、坂本貴和子)を2005年より派遣し、共同研究を行ってきた。中田大貴は「体性感覚刺激によるGo/NoGo関連脳活動」について、世界で初めて詳細に研究し、従来より行われてきた聴覚あるいは視覚刺激によるGo/NoGo関連脳活動とほぼ同じ部位が活動することを明らかにした。また、坂本貴和子は、歯科医としての経験を生かし、舌の前部と後部の刺激に対する脳活動部位を詳細に検討した。
業績:Nakata H, Sakamoto K, Ferretti A, Perrucci MG, Del Gratta C, Kakigi R, Romani G (2008) Somato-motor inhibitory processing in humans: an event-related functional MRI study. Neuroimage 39:1858-1866.

(H) 統合生理研究系 感覚運動調節研究部門
研究テーマ:機能的MRI(fMRI)を用いた脳機能の解明
共同研究のパートナー:Mark Hallett, 教授, NIH, USA
米国NIHのProf. Mark Hallettの研究室は、神経内科の臨床教室であるが、脳波、脳磁図、fMRIなどの最新鋭の非侵襲的脳機能測定機器が設置されており、基礎研究でも高いレベルを誇っている。特に不随意運動を呈する患者の臨床研究及び感覚運動連関に関する基礎研究では世界一の研究室である。柿木教授は、Prof. Mark Hallettとは20年来の面識があり、運動に関連する研究を希望する博士研究員3名(田村洋平、和坂俊昭、木田哲夫)を2004年より派遣し、共同研究を行ってきた。田村洋平は神経内科医である利点を生かし、不随意運動の代表的疾患であるdystonia、特に手に限局したdystoniaを呈する患者さんの病態を電気生理学的に明らかにし、この患者さん達では第1次体性感覚野の抑制機能が低下していることを明らかにした。
Tamura Y, Matsuhashi M, Lin P, Bai O, Vorbach S, Kakigi R, Hallett M (2008) Impaired intracortical inhibition in the primary somatosensory cortex in focal hand dystonia. Movement Disord 23:558-565.
Tamura Y, Ueki Y, Lin PT, Vorbach S, Mima T, Kakigi R & Hallett M (2008) Disordered plasticity in the primary somatosensory cortex in focal hand dystonia. Brain (in press).

(I) 統合生理研究系 感覚運動調節研究部門
研究テーマ:自然な音に対するヒト聴覚野の慣れ(adaptation)の解明
共同研究のパートナー:Chiristian Altmann博士, Associate Professor, Johann-Wolfgang-Goethe 大学(フランクフルト), ドイツ
Dr. Chiristian Altmannは、ドイツ、Johann-Wolfgang-Goethe 大学(フランクフルト)の心理学教室で、主として機能的MRI(fMRI) を用いてヒトの聴覚野機能を研究している。2004年に柿木教授の研究室から発表した論文(Noguchi Y, Inui K, Kakigi R (2004) Temporal dynamics of neural adaptation effect in the human visual ventral stream. J Neurosci 24: 6283-6290.)に感銘を受け、高い時間分解能を有する脳磁図を用いて聴覚野におけるadaptation効果を研究するため、日本学術振興会の外国人研究員に採択されて2006年8月より2007年1月までの6ヶ月間、柿木教授の研究室で共同研究を行った。
動物の声と単なるノイズを様々なタイミングで与えて聴覚誘発脳磁場を計測したところ、刺激提示の約100 ms後に生じる N1m成分(主に lateral Heschl's gyrus の神経活動に由来)と、提示後約200 ms後に生じる P2m成分(主に superior temporal gyrus の神経活動に由来)の両方において有意な adaptation 効果がおこることを明らかにした。ただしこれら2つは性質的に異なり、前者の adaptation が全く異なる2つの聴覚刺激の間でも生じたのに対し、後者の adaptation は2つの音が同じ周波数成分を含んでいる時のみに生じた。すなわち時間的に遅れた脳磁場反応ほど刺激への高い選択性を示しており、聴覚野における階層的処理を時間的な観点から描出した結果と言える。この研究はCerebral Cortex誌に掲載された。
Altmann CF, Nakata H, Noguchi Y, Inui K, Hoshiyama M, Kaneoke Y, Kakigi R (2008) Temporal dynamics of adaptation to natural sounds in the human auditory cortex. Cereb Cortex 18:1350-1360.

(J) 統合生理研究系 感覚運動調節研究部門
研究テーマ:動脈の圧受容器の機能変化と痛覚認知との関連の解明
共同研究のパートナー:Louisa Edwards博士, 博士研究員, バーミンガム大学, UK
動脈の圧受容器(arterial baroreceptor)の変化は、ヒトの様々な機能に影響を及ぼすことが知られているが、痛覚認知に影響するか否かはいまだ不明であった。Dr. Louisa Edwardsは、柿木教授の研究室では痛覚関連誘発脳波を精力的に研究していることを知り、共同研究を申し込んでこられた。Tulium-YAGレーザー光線(熱線)を痛覚刺激として用い、心電図を同時に記録して、どのタイミングで痛み刺激が与えられた時に、痛覚関連誘発脳波の波形が有意に変化するかを詳細に解析した。実験は生理学研究所で行い、データはバーミンガム大学で解析された。その結果、収縮期には脳波の振幅は拡張期よりも有意に低下している事がわかり、動脈の圧受容器が痛覚認知に影響を及ぼすという仮説が立証された。この研究は痛覚研究のトップジャーナルであるPain誌に掲載予定である。
Edwards L, Inui K, Ring C, Wang X, Kakigi R (2007) Pain-related evoked potentials are modulated across the cardiac cycle. Pain 137:488-494.