19 文部科学省 脳科学研究戦略推進プログラムについて

現在の脳科学研究は、脳の発達障害・老化の制御や、精神神経疾患の病因解明、予防・治療法の開発を可能にするとともに、失われた身体機能の回復・補完を可能とする技術開発等をもたらすとされ、医療・福祉の向上に最も貢献できる研究分野の一つと期待されている。また一方、記憶・学習のメカニズムや脳の感受性期(臨界期)の解明等により、教育等における活用も期待されている。

このような状況を踏まえ、文部科学省では、少子高齢化を迎える我が国の持続的な発展に向けて、脳科学研究を戦略的に推進し成果を社会に還元することを目指して、2008年度より「脳科学研究戦略推進プログラム」を開始することとし、現在課題A~Dが実施されている。

ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)の開発(課題A・B)

脳内情報を解読・制御することにより、脳機能を理解するとともに脳機能や身体機能の回復・補完を可能とする「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)の開発」については拠点整備事業(課題A)には(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 脳情報研究所の川人光男所長(生理学研究所客員教授)を拠点長するグループが採択された。生理学研究所も南部篤教授を中心とするグループが参画機関として研究に参加することとなった。そして2008年度には必要機材を設置し、2009年度は感覚フィードバックを行うことでより正確な制御を可能にするBMI、及び刺入式電極より侵襲の少ない表面脳波(Electrocorticogram = ECoG)を高密度に配置する高機能BMIの開発に向けた基礎的な実験がラット及びサルを用いて開始した。そして多チャンネル記録による感覚エンコーディング・デコーディング及びECoG記録から皮質深層の神経活動を推定するアルゴリズムの開発について顕著な成果が得られつつある。

課題Bは、課題Aの研究を補完する要素的研究や関連技術の開発を推進するものであり、大阪大学、京都大学、玉川大学、筑波大学、理化学研究所等が参画している。

独創性の高いモデル動物の開発 拠点整備事業(課題C)

「独創性の高いモデル動物の開発」の拠点整備事業(課題C)には、生理学研究所の伊佐正教授が拠点長に選ばれ、コモンマーモセットを用いてトランススジェニック動物を作成することやニホンザルにおいてウィルスベクターを用いた遺伝子導入法を用いて脳における遺伝子発現を操作し、高次脳機能の分子基盤を解明する研究を推進することとなった(参画機関は東京都神経科学総合研究所、実験動物中央研究所、慶應義塾大学、広島大学、京都大学、福島県立医科大学、自治医科大学、国立精神神経センター)。

研究の推進のため、動物実験センターに霊長類を対象とするP2レベルの遺伝子導入実験室を整備し、2009年度はマカクザルに対するレンチウィルスないしはアデノ随伴ウィルスを用いた遺伝子導入を行い、脳機能を操作する実験が本格始動した。また基礎生物学研究所にコモンマーモセットの飼育・繁殖を行う施設も設置し、ウィルスベクターを用いた遺伝子ノックダウン実験などが開始され、軌道に乗ってきている。

社会的行動を支える脳基盤の計測・支援技術の開発 研究開発拠点整備事業(課題D)

現代社会において、社会的行動の障害が大きな問題となっており、これらに対する客観的な生物学的指標を開発し、適切な支援策を講じることが喫緊の課題である。「社会的行動の基盤となる脳機能の計測・支援のための先端的研究開発」(課題D)拠点整備事業については、2009年度に東京大学の狩野方伸教授を拠点長とするグループが採択された。課題Dでは、分子、神経回路、脳システムに関連する多次元の生物学的指標(ソーシャルブレインマーカー)の候補を開発することで、社会性・社会的行動の基盤となる脳機能を理解し、その機能を計測・評価し、さらにはその障害や異常の克服の支援に貢献することを全体の達成目標とする。この目標を達成するために、
1.社会性を制御する分子と社会性・社会的行動の機能発達に関する研究、
2.社会性を制御する報酬・情動系に関する研究、
3.社会性障害の理解・予防・治療に向けた先導的研究、
という3つの研究項目を設定し、代表機関である東京大学と7つの参画機関(生理学研究所、理化学研究所、大阪大学、東京医科歯科大学、京都府立医科大学、横浜市立大学、及び大阪バイオサイエンス研究所)で研究・開発を行うこととなった。

研究項目1では、(1)個体間の認識とコミュニケーション、及び(2)生後発達過程における他者との関係の樹立に着目し、社会性・社会的行動の要素的側面の分子的基盤を研究することによりその生物学的指標の候補を同定し、さらには発達過程においてそれらを制御する方策について研究開発を行う。

研究項目2では、情動とその記憶、嗜癖、及び報酬・意志決定にかかわる神経回路とその分子基盤を明らかにし、その制御方策と新たな生物学的指標の候補を開発する。

研究項目3では、広汎性発達障害(自閉症スペクトラム)や統合失調症の脳画像解析、遺伝子解析及びモデル動物での研究を推進して、社会的行動障害の克服への道筋を明示することを目標とする。生理学研究所では、「社会能力の神経基盤と発達過程の解明とその評価・計測技術の開発」との題目の下、実際のヒト社会行動における社会能力計測技術として、集団の脳機能・視線・行動計測法を開発することを目指す。2009年度は、2個体同時計測MRIシステム、および複数個体の社会的相互作用を視覚聴覚的に観察記録するための複数のビデオカメラと集音装置を備えた行動解析施設を整備した。

脳科学研究戦略推進プログラムの詳細についてはホームページhttp://brainprogram.mext.go.jp/を参照されたい。