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生体情報研究系感覚認知情報研究部門感覚認知情報部門は視知覚および視覚認知の神経機構を研究対象としている。我々の視覚神経系は複雑な並列分散システムである。そこでは数多くの脳部位が異なる役割を果たしつつ,全体として統一のとれた視知覚を生じる精巧な仕組があると考えられる。また網膜に映る外界の像は二次元であるにもかかわらず,その三次元的な構造を正しく理解するための仕組もそなわっている。視知覚におけるこれらの問題を解明するために,大脳皮質視覚野ニューロンの刺激選択性や活動の時間パターンと知覚,行動の関係を分析している。具体的な課題としては, (1)物体の表面の属性(色や明るさ)が大脳皮質でどのように表現されているか, (2)視覚入力がないところでも色や明るさが知覚される充填とよばれる知覚現象がどのような神経機構で生じるか, (3)さまざまな向きの局所の輪郭の情報がどのように組み合わされて図形パターンが表現されるか, (4)さまざまな刺激の中から特定の刺激を見つけて選択する視覚的注意の機構といった問題に関して実験を行なっている。
職 員
神経シグナル研究部門神経シグナル部門(旧 液性情報部門)では,分子生物学的手法と生理学的手法を用いて,脳神経系における情報の伝達および統合のしくみを,分子・細胞のレベルから理解することを目的として研究を行っている。その一手段として,自然発症の遺伝子変異もしくは遺伝子改変モデル動物などを用い,分子の機能を正常コントロールと比較し,複雑な生体システムにおける分子の機能を明らかにしてきている。具体的には脳のスライス標本を用いて,神経回路の機能を系統的に検討している。また分子・細胞レベルからの神経回路理解に向けて,計算論的なアプローチなども導入しつつある。 現在行っている主に研究は下記のとおりである。 (1) 電位依存性カルシウムチャネルの分子的機能解析と異常により起こる神経変性疾患の病態解明 本チャネルの異常により,ヒト,マウスで小脳失調症やてんかんなどの神経疾患が起こることが知られている。しかし変異がいかに神経疾患を起こすかに関してはほとんど知見がない。われわれはいろいろな測定方法をあわせて用い,1分子の異常が脳機能にどのような影響を与えるかを検討している。 小脳の異常として失調症が現れるが,その発症には平行繊維からプルキンエ細胞へのシナプス伝達異常がもっとも深く関係していることが明らかとなってきている。また海馬や大脳皮質でも同様の解析を進めており,1分子の異常がどのようにして,てんかんを引き起こすのかということが次第に理解されてきている。 (2) 視床における感覚情報処理機構とその異常 視床は脳のほぼ中央に位置し,感覚情報を大脳皮質に送る中継核である。近年の研究で,末梢から脊髄神経細胞へどのように感覚情報がコードされるか,またその基盤にある様々な分子の存在が明らかとなってきたが,視床でどのような処理が行われるかに関しては知見が乏しい。 われわれは,視床の神経細胞に非常に多く存在する分子であるPLCβ4が炎症性疼痛に関係することを発見した。感覚情報の一つである'痛覚'に変化を来たすこのモデルを用い,視床神経細胞が行う感覚情報処理機構を神経回路のレベルで解明することをめざしている。 (3) 異なる2つのシナプスの間で見られる相互作用 神経細胞間の情報伝達を仲介するシナプスは,伝達される情報の性質により興奮性シナプスと抑制性シナプスに大別される。シナプスでは,興奮や抑制が通常一方向に伝達されまるが,最近,シナプス伝達は一方通行に進むだけではなく,逆行性の伝達や,異シナプス性heterosynaptic伝達をすることがわかってきた。われわれは,脳幹の下オリーブ核から小脳プルキンエ細胞へ投射する登上線維の興奮性伝達物質が,籠細胞から同じプルキンエ細胞に入力する抑制性シナプス伝達を抑制すること(脱抑制)を見出した。プルキンエ細胞を興奮させると同時に脱抑制を起こすことにより,小脳皮質のアウトプットを強化するという巧妙な仕掛けであると考えられるが,その分子的メカニズムと生理的意義を明らかにしようとしている。
職 員
高次神経機構研究部門(客員研究部門)脳は長い生命進化の頂点にあり,ハードとソフトが渾然一体となったシステムである。脳を知ることは脳の構造と機能およびそのダイナミックな関係を明らかにすることである。このためには,脳の構造の形成原理,脳の神経回路網の機能原理,回路網のダイナミックな構造変換原理を実体としての脳を基盤に解明することが必要不可欠である。高次神経機構部門では,「記憶・学習」および「神経ネットワークの形成」の分子機構解明を目的に研究を進めている。具体的には,マウス胚幹細胞を用いた発生工学及び遺伝工学的手法により,中枢神経系の形成・機能に関与する遺伝子座を改変したマウス個体を作製し,個体レベルでの脳神経系の形成,シナプス機能および学習行動について解析を行うアプローチを採っている。 すでに,脳で発現するチロシンリン酸化酵素Fynの遺伝子座を改変した変異マウスの作成に成功し,これらの分子が哺乳動物の脳形成・行動制御に重要な機能をもっていることを明らかにした。また,シナプス可塑性に中心的役割を果たしているグルタミン酸受容体チャネル遺伝子のノックアウトマウスを作成し,NMDA受容体チャネルのε1サブユニットが海馬シナプスの長期増強と空間学習に関与することを明らかにした。さらに,グルタミン酸受容体チャネルのδ2サブユニット欠損マウスでは,小脳のシナプス長期抑圧とシナプス形成が障害され,運動協調機能が著しく低下していることを示した。これらの研究は分子生物学,発生工学,解剖学,生理学,薬理学,行動学を適用する総 合的アプローチであり,内外の研究者との共同研究も積極的に行っている。現在,得られた変異マウスの結果をふまえながら脳形成・行動様式を制御している新たな分子や分子メカニズムの解明を模索するとともに,計画共同研究により神経ネットワーク形成にかかわる遺伝子座変換マウスの作製を行っている。さらに,脳の部位や時期特異的に遺伝子および機能分子を制御する方法論の開発と学習・記憶の分子メカニズムの解析を進めている。 職 員
情報記憶研究部門(客員研究部門)本部門では,「ES細胞及び神経幹細胞の分化・発達と再生・再建医学への応用」というテーマと「陽イオンチャネルの機能解析」というテーマで研究を行っている。 高齢化社会となった今日,いろいろな脳機能障害で悩む人が増え,障害脳機能を神経移植によって再建しようとする再生・再建医学が注目されている。神経幹細胞 は,EGF/FGF存在下の無血清培地中で無限に増殖し,年単位にわたって自己再生能を維持する。大量に調整することが出来るので,神経移植における有力なドナー細胞候補である。しかし分化の段階で,大半の神経幹細胞はニューロンでなくグリア細胞になる。したがって,(1)グリア細胞でなくニューロンに分化させる手だて,さらに(2)ドーパミン,GABA,コリン作動性など,目的とする表現型のニューロンへ分化させる手だて,の研究が必要となる。 われわれは,神経幹細胞の分化に外部環境因子が大きな影響をもつことを明らかにした。胎仔ラットの中脳腹側部から得た神経幹細胞を,EGF/FGF存在下で増殖させ,片側パーキンソン病モデルラットの両側の線条体に移植すると,正常側の線条体より,ドーパミン入力を欠如した側の線条体で,より強くTH陽性ニューロンへ分化した。これは,ドーパミン入力を欠如した線条体の環境が,中脳神経幹細胞をドーパミンニューロンへ分化させるのに適していることを示している。すなわち,内因性の遺伝子プログラムに,外因性の環境因子が作用し,分化が完成する。 ドーパミン入力を欠如した線条体には,bFGF,GDNF をはじめとする種々の栄養因子,レセプター,サイトカイン等のメッセージの発現が高まっている。これらの中で,プライオトロピン(PTN: FGFと同様にヘパリンに結合する成長関連分子)は,ドーパミンニューロンの生存維持を高めるだけでなく,ES細胞から調整した神経幹細胞のドーパミンニューロンへの分化を強く促進することを明らかにした。 このように,ES細胞及び神経幹細胞からドーパミンニューロンへの分化・発達機構の解明と神経細胞細胞の移植による脳機能の再建を目指している。
職 員
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