岡崎統合バイオサイエンスセンター
イオンチャネルをはじめとする膜機能分子は,興奮性細胞機能の基本的な分子であり,その機能は,膜電位変化,細胞外からの伝達物質の刺激,細胞内の物理的な変化,機械的な刺激などにより,微妙にコントロールされる。そのうち特にイオンチャネルは,従来から生理学的及び分子的実体が研究されており,構造と機能の関係の理解が進んでいる。しかし,実際の細胞においては,複数の膜分子の発現を統合し,細胞の種類,細胞が形成される時間的な過程,細胞の置かれている状況に応じて調節されている。膜分子の発現が,どのように生理機能に合った形で制御されているのか? 発生過程においてどのように発現が制御され,どのような機能を有するか? 別々の遺伝子でコードされている多様な種類の膜機能分子を,一つの機能に集約する制御はどういうものか? これらを明らかにするため,以下の研究を行っている。
(1)神経細胞種特異的な機能が確立される機構の理解 中枢神経系ニューロンは,その神経回路内での役割に合った興奮性を示す。たとえば小脳プルキンエ細胞は,速い周波数の規則的な発火を特徴とするが,これには
特殊なNaチャネル電流の性質が基盤となっている。脊髄ニューロンは,様々な投射パターンの形成や伝達物質関連タンパクの発現によりリズミックな運動を実現する。発生過程においてニューロン種特異的な機能が実現する分子機構を,ホヤ,マウス,ゼブラフィッシュなどを用いて理解することを目指している。
(2)発生過程における電気的活動の役割の解明 イオンチャネルは発生過程で時期特異的な発現の制御をうけることで,後期の電気活動依存的な発生の調節に重要な役割を果たしている。これらの発生過程での
チャネルの時間依存的制御に関する分子機構と,活動依存的発達につながる細胞内分子機構を明らかにするため,マウス脊髄,ゼブラフィッシュ,ホヤなどの系を用いて発生途中においてチャネルおよびトランスポーター分子の発現を分子生物学的に強制的に変化させる実験を行なっている。また,最近,発生に関連して発現する新たなイオンチャネル分子および関連分子を同定した。チャネル分子の構造機能連関に関して研究を行うとともに,これらの分子について生物種横断的な研究により生物個体レベルで担う役割を明らかにすることを目指している。
(3)膜電位センサーとゲート機構に関する研究 電位依存性チャネルと類似した機構を示す新規電位感受性分子について構造機能連関の解析を進めている。イカ巨大神経線維の高速度細胞内灌流法による精密な電気生理学的測定とタンパク質科学の視点に立った理論的な取り扱いから電位センサーの構造機能連関の解明を行っている。NaチャネルやKチャネルのゲート機構における水や溶媒(非電解質)の役割を明らかにしつつある。
(4)ロコモーションの生理進化学的研究 原索動物ホヤ,オタマボヤ,魚類,哺乳類は,相互に保存された神経発生機構や神経回路構築を示しつつも,異なる細胞数とシステムの複雑性を有し,これによって異なる物理的環境への適応能力を実現している。ゲノムレベル,システムレベル,ニューロンレベルで複数の生物種の運動機能を特に脊髄神経回路に着目して解析することにより,脊椎動物運動機能の生物史的変遷を明らかにしようとしている。
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図1 ラット小脳プルキンエ細胞の細胞体から単離したOutside-out
patchによる電位依存性Naチャネル電流の記録。TTXをかける前後で引き算を行い,Naチャネルを流れる電流のみを得ることができる。 |
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図2 発生途上のマウス胎児の脊髄に遺伝子導入を行ってクラゲの発光タンパクであるGFPを発現させたもの。このような手法を用いてチャネルやトランスポーター遺伝子を強制発現させ,小脳や脊髄において発生過程での電気的活動の役割を明らかにしようとしている。 |
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図3 生きたままニューロンを蛍光タンパクの発現によって可視化したトランスジェニックゼブラフィッシュ。 |
職 員
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教 授 岡 村 康 司 (生理学研究所兼務) OKAMURA,Yasushi 東京大学医学部卒,同医学系研究科修了,医学博士。東京大学医学部助手,ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校客員研究員,産業技術総合研究所主任研究員(東京大学総合文化研究科助教授併任)を経て平成13年5月から現職。 専攻:神経生理学,発生生物学。
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助教授 東 島 眞 一 (生理学研究所兼務) HIGASHIJIMA,
Shin-ichi 東京大学理学部生物化学科卒,同大学院博士課程修了,理学博士。基礎生物学研究所助手,科学技術振興事業団さきがけ研究専任研究員,ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校客員研究員を経て平成15年11月から現職。 専攻:神経生理学,発生神経科学。
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助 手(兼務) 久木田 文 夫 (生理学研究所より出向) KUKITA,Fumio 東京大学理学部物理学科卒,同大学院博士課程修了,理学博士。昭和52年12月から現職。 専攻:神経の生物物理学,神経生理学。
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助 手(兼務) 岩 崎 広 英 (生理学研究所より出向) IWASAKI,Hirohide 東京工業大学生命理工学部卒,東京大学医学系研究科修了,医学博士,理化学研究所基礎科学特別研究員を経て平成14年4月から現職。 専攻:神経生物学。
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日本学術振興会特別研究員 村 田 喜 理 MURATA, Yoshimichi 明治薬科大学卒,東京医科歯科大学医学系研究科修了,医学博士,平成14年生理学研究所非常勤研究員,平成16年4月より現職。 専攻:神経生理学。
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日本学術振興会特別研究員 中 山 希 世 美 NAKAYAMA,Kiyomi 東京医科歯科大学卒,筑波大学医学系研究科修了,医学博士。非常勤研究員を経て,平成16年4月から現職。 専攻:神経生理学。
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日本学術振興会特別研究員 西 野 敦 雄 NISHINO,
Atsuo 東京大学理学部卒,京都大学大学院理学研究科中退,理学博士,東京大学大学院新領域創成科学研究科助手を経て,平成16年4月から現職。 専攻:無脊椎動物学。
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非常勤研究員 木村有希子 (生理学研究所より出向) KIMURA,
Yukiko 埼玉大学卒,東京大学理学系研究科修了,理学博士,平成16年4月から現職。 専攻:発生生物学。
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新しい学問領域は,新しい方法論の発見・発明によりスタートすることが多い。例えば,現在医学の診断に幅広く使われている磁気共鳴イメージングは,もともと分光装置として誕生した磁気共鳴(NMR)から生まれ,近年は機能イメージングとして脳研究にまで利用されている。
このように,各学問分野の急速な発展の裏には新しい方法論の発見がある。その方法論が,新しい分野を生み出すきっかけを与え,それがまた新しい方法論を次々に生む。こうした革新的方法論を戦略的方法論と呼ぶ。
統合バイオサイエンスという新しい学際領域は,領域間の単なる和では確立し得ない困難さを持っている。そこで,領域全体を引っ張る新しい方法論のブレークス
ルーが必要となる。すなわち,従来の方法では見えなかった1分子レベルの3次元構造解析,分子レベルの機能の入出力解析,細胞系のその場の機能観測などを
可能にする戦略的方法論が期待されている。
具体的には,以下の研究を行っている。
- 電子位相顕微鏡の開発と応用−「電磁波・物質波の位相と振幅の観測」を可能とする電子位相顕微鏡(位相差法,微分干渉法,複素観測法)を応用し,チャネル分子などの1粒子構造解析と2次元結晶解析を行う。また1分子のDNAの配列を直読する細胞生物学的手法および高速DNAシークエンサーを開発する。
- 物質輸送研究I−水,イオン,基質の経細胞及び傍細胞輸送機構,開口分泌の分子機構とエネルギー供給の分子機構の研究を行う。
- 神経伝達物質受容体および内分泌受容体の細胞内輸送制御の観点から個体の老化制御の研究を行っている。受容体の細胞内輸送制御に重要な各種の翻訳後修飾の可視化技術の開発も行っている。
- 物質輸送研究II−エンドサイトーシスはゴルジ体への外向き輸送とリソソームへの内向き輸送間の選別装置として働き,細胞内膜系の分子の運命を決定する。このエンドサイトーシス経路をめぐる細胞内膜系の選別輸送の分子機構および細胞のシグナル伝達,極性形成などにおける役割を研究する。
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図1.電子位相顕微鏡法の3種 a. 焦点はずし(デフォーカス)を導入し,分解能を犠牲にしてコントラストを向上する通常法(明視野法)。
b. ゼルニケ(Zernike)位相版(π/2シフト)を対物レンズ後焦点面に挿入し,正焦点で高コントラストを回復するZernike位相差法。
c. 半円位相版(πシフト)を後焦点面に挿入し,微分干渉光学顕微鏡と同じような地形図的位相像を得るヒルベルト(Hilbert)微分法。
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図2.2つの電子位相顕微鏡装置 a. 300kV分析型極低温電子顕微鏡(FEG,He-ステージおよびω-フィルター搭載)に位相板を挿入。
b. 120kV電顕をモデルチェンジし,対物レンズ後方にトランスファーダブレットを付加することで位相板の加熱や精密位置決めを容易にした位相法専用機。
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図3.シアノバクテリアの300kV全細胞氷包埋像と100kVプラスチック包埋切片像。 a. Hilbert微分法で観察したシアノバクテリア300kV氷包埋像。無染色にもかかわらず細胞内構造が2nmの分解能で見える。
b. 通常法で同一サンプルを観察したときのシアノバクテリア300kV氷包埋像。コントラストが低いため内部構造を特定できない。
c. 固定,脱水,プラスチック包埋,電子染色して得たシアノバクテリアの100kV切片像。化学的処理は時間がかかり(〜数日),かつ細胞内構造を破壊する。従って切片像では10nm以下の微細構造を議論するのが困難である。 |
職 員
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教 授 永 山 國 昭 (生理学研究所兼務) NAGAYAMA,Kuniaki 東京大学理学部卒,同大学院修了,理学博士。日本電子(株)生体計測学研究室長,科学技術振興事業団プロジェクト総括責任者,東京大学教養学部教授,生理学研究所教授を経て平成13年2月から現職。 専攻:生物物理学,電子線構造生物学,生理現象の熱統計力学。
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助教授 村 上 政 隆 (生理学研究所より出向) MURAKAMI,Masataka 京都府立医科大学卒,医学博士。大阪医科大学助手,生理学研究所助教授を経て平成15年4月から現職。 専攻:分子生理学,外分泌腺分泌機構とエネルギー供給,傍細胞輸送。 |
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助教授 瀬 藤 光 利 SETOU,
Mitsutoshi 東京大学医学部卒,医学博士。東京大学医学部助手,さきがけ21研究者を経て平成15年11月から現職。 専攻:解剖学,細胞生物学,細胞内輸送,受容体動態,老化。
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助 手 大 橋 正 人 OHASHI,Masato 京都大学理学部卒,同大学院修了,理学博士。ドイツ,ハイデルベルク大学研究員,生理学研究所助手を経て平成15年7月から現職。 専攻:細胞生物学。
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非常勤研究員 杉 谷 正 三 SUGITANI,Shouzou 東京大学教養学部卒,同大学院総合文化研究科修了,学術博士。平成15年10月より現職。 専攻:電子線構造生物学。
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研究員(科学研究) 松 本 友 治 MATSUMOTO,
Tomoharu 東京大学理学部卒,京都大学大学院理学研究科修了,理学博士。京都大学総合人間学部非常勤講師,生理学研究所非常勤研究員を経て,平成14年4月から現職。 専攻:生物物理学,電子線構造生物学。
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研究員(科学研究) ダネフ ラドスチン DANEV,Radostin ソフィア大学(ブルガリア)物理学部卒,同大学修士課程修了,総合研究大学院大学生命科学研究科修了,理学博士。生理学研究所非常勤研究員を経て平成16年4月より現職。 専攻:電子線構造生物学。
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研究員(科学研究) 内 田 仁 UCHIDA,
Hitoshi 日本大学工学部卒,名古屋工業大学大学院工学研究科修了,工学博士。アイシン化工(株)を経て平成16年4月より現職。 専攻:有機合成化学,セラミックス材料化学。 |
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外国人研究職員 フーチェック スタニスラフ HUCEK,Stanislav プラハ大学(チェコ共和国)数学物理学部卒,同大学院修了,理学博士。チェコ共和国物理学研究所博士研究員,チェコ共和国寄生虫学研究所研究員,(株)キャンパス派遣研究員を経て,平成16年5月より現職。 専攻:電子線構造生物学。
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分子細胞生物学的、生化学的、発生工学的、電気生理学的手法を用いてTRP
チャネルを中心として痛み刺激受容・温度受容の分子機構の解明を行っている。また、哺乳動物細胞での細胞接着と細胞運動に関わる情報伝達経路、イオンチャネルの解析を行っている。
- 痛み刺激受容の分子機構の解明に関する研究:主に感覚神経細胞、異所性発現系を用いて感覚神経終末における侵害刺激受容の分子機構を明らかにする。この研究には、遺伝子欠損マウスの行動薬理学的解析も行う。
- 温度受容の分子機構の解明に関する研究:既知の温度受容体の異所性発現系を用いた解析、変異体等を用いた構造機能解析、感覚神経細胞を用いた電気生理学的な機能解析、組織での発現解析、遺伝子欠損マウスを用いた行動解析を通して温度受容機構の全容解明を目指している。新規温度受容体の探索も進めている。
- 細胞接着と細胞運動に関わる情報伝達機構の解明に関する研究:哺乳動物細胞でのRhoファミリー蛋白質を中心とした細胞運動に関わる情報伝達経路および分子の解析を分子細胞生物学的・生化学的手法を用いて進めており、遺伝子改変動物の解析も行っている。また、細胞運動に関わる機械刺激感受性イオンチャネルの探索も進めている。
職 員
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教 授 富 永 真 琴 TOMINAGA, Makoto 愛媛大学医学部卒,医学博士。生理学研究所助手,カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員,筑波大学講師,三重大学教授を経て平成16年5月から現職。 専攻:分子細胞生理学。 |
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助教授 富 永 知 子 TOMINAGA, Tomoko 愛媛大学医学部卒,医学博士。生理学研究所助手,カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員,獨協医科大学助教授,三重大学講師を経て平成16年6月から現職。 専攻:分子細胞生物学。
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