分子生理研究系

神経化学研究部門

【概要】
　前年につづいて脳機能の分子レベルでの理解を深めるため，以下のように，情動反応にともなう遺伝子発現，シナプス小胞型抑制性神経伝達物質トランスポータの遺伝子発現と機能，シナプス蛋白のリン酸化，GABA合成酵素ノックアウトマウスの機能変化について研究した。

　マウスに音刺激と電気ショックを組み合わせて与えると（１分間隔で３回），２週間後に音だけの刺激に恐怖反応を示す。その６時間後に扁桃体基底外側核で発現増加している遺伝子を検索した。対象は最初に音だけで電気ショックを与えないものとした。すなわちパンチアウトした組織からcDNAを作成し，subtraction hybridizationして候補の遺伝子をとらえ，さらにreverse Northern blot analysis，virtual Northern blot, in situ hybridizationによって解析した。蛋白のsorting/ubiquitination factorである Praja 1 とモノアミン代謝酵素のaldehyde reductaseの発現増加が見いだされた（それぞれ3倍，2.2倍に）。前者の機能として新規合成されたシナプス蛋白のシナプス部へのsorting を推測した。この成果をLearning & Memory 8: 209, 2001に発表した。^*現所属：Otto-von-Guericke大学，ドイツ，マグデブルグ市。

GABAニューロンをGFPで標識した遺伝子改変マウスの開発

柳川右千夫，兼子幸一，神原叙子，八木　健，小幡邦彦
戸塚昌子（科学技術振興事業団，ＣＲＥＳＴ)

　GABA合成酵素のグルタミン酸脱炭酸酵素（GAD；GAD65とGAD67の２型存在）は，脳ではGABAニューロン特異的に発現する。生体においてGABAニューロンを標識することを目的として，GAD67遺伝子に発光オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質（GFP）遺伝子をノックインした遺伝子改変マウスを遺伝子標的法により作成した。このマウスの脳組織標本について，GFP自家蛍光の観察および抗GFP抗体，抗GAD67抗体を用いた免疫組織化学について検討した結果，GFPの蛍光がGABAニューロンに認められることが明らかになった。この遺伝子改変マウスの利用により，GABAニューロンの電気生理学的解析や発生過程の解析が進捗することが期待される。

ヴェシクル型GABAトランスポーター

柳川右千夫，季　鳳雲，海老原利枝，蒔苗公利，山肩葉子，小幡邦彦

　ヴェシクル型GABAトランスポーター（VGAT）は，GABAをシナプス小胞へ蓄積させる。GABA作動性神経伝達におけるVGATの役割を明らかにする目的で，VGAT遺伝子プロモーターの解析，染色体マッピング，VGAT結合分子の探索を行った。マウスVGAT遺伝子プロモーターをルシフェラーゼ遺伝子に連結した融合遺伝子を培養細胞に導入して解析した結果，転写開始点から161 bpの領域が基本転写活性に必要であることを明らかにした。また，マウスVGAT遺伝子は，第2染色体H-13領域に認められた。酵母のtwo hybrid法を用いてVGAT結合分子の探索を行い，単離した候補分子について，免疫沈降法を用いて解析を行っている。これらの分子を解析することにより，VGAT分子が細胞内においてシナプス小胞への移動或いは局在する分子機序を明らかにする。

グリシントランスポーター２の遺伝子構造と発現

柳川右千夫，小幡邦彦

　グリシントランスポーター２（GlyT2）は，神経終末から放出された伝達物質，グリシンの再取込みを行う。その発現は，中枢神経系ではグリシン作動性ニューロンに認められる。マウスGlyT2の発現調節機構を明らかにする目的でcDNAを単離し，塩基配列を決定した結果，マウスGlyT2蛋白は798個のアミノ酸から構成されることが予測された。マウス脳発生過程におけるGlyT2遺伝子発現をRT-PCR法で解析した結果，胎生10.5日齢で初めて検出され，発達段階特異的に発現量が増加することを観察した。さらに，マウスGlyT2遺伝子をBACライブラリーから単離し，構造解析を行った。遺伝子の全長は，約55 kbで，16個のエクソンから構成されていることを明らかにした。この遺伝子構造は，遺伝子標的法を用いたノックアウトマウスの作成に有用な情報となる。

遺伝子変異動物によるCa²⁺/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼⅡの機能解析

山肩葉子，柳川右千夫，小幡邦彦

　Ca²⁺/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼⅡ（CaMKⅡ）は，中枢神経系に豊富に存在する多機能型のプロテインキナーゼで，神経活動の制御やシナプス可塑性に深く関わると考えられている。我々はこれまでに，生体内における神経活動とCaMKⅡの活性状態との関連を明らかにしてきた。本研究においては，CaMKⅡの主要なサブユニットであるαの遺伝子を不活性型に変異させたマウスの作製を試み，その解析によって，生体内におけるCaMKⅡαの果たす役割について新たな知見の獲得をめざしている。本年度は，点変異の導入，薬剤耐性遺伝子，ネガティブ遺伝子を含むターゲッティングベクターのES細胞への導入を行い，相同組換え型のESクローンを複数獲得した。現在，これら陽性クローンを用いて，マウス胚へのマイクロインジェクションを行い，キメラマウスを作製中である。

急性神経活動によるシナプシンⅠのリン酸化調節

山肩葉子，小幡邦彦

　シナプシンⅠは神経終末に局在するシナプス小胞結合蛋白として，リン酸化状態依存的に，神経伝達物質の放出調節や神経終末の形態変化に関与すると考えられている。我々は，生体内におけるシナプシンⅠリン酸化の調節機構を明らかにするために，ラットに電撃けいれん刺激を与え，海馬，大脳皮質ホモジネート中のシナプシンⅠのリン酸化状態を，リン酸化部位特異抗体を用いて測定した。その結果，刺激直後にリン酸化の減少が起こった後に，site 4/5では5分にピークを持つ急激なリン酸化の増加が認められ，site 6では20分にピークを持つ緩やかな増加が認められた。MAPキナーゼ（MAPK）の活性化を阻害するSL327を前投与すると，site 4/5のリン酸化の増大は抑制されたが，site 6の増大は有意には抑制されなかった。このことから，シナプシンⅠのsite 4/5のリン酸化は，生体内においてもMAPK による調節を受けることが明らかとなった。

GABA合成酵素 (GAD65)欠損の扁桃体局所回路への影響

兼子幸一，小幡邦彦

　GAD65欠損マウス扁桃体では野生型に比べてGABA含量が約40％減少しており，欠損マウスは扁桃体が関係する情動行動の亢進を示す。GAD65欠損がシナプス機能に与える影響を検討するため，扁桃体外側核(LA)の抑制性及び興奮性シナプス伝達をスライスパッチクランプ法で解析した。低頻度刺激で誘発される抑制性シナプス後電流(IPSCs)には野生型と変異型の差がなかったが，高頻度(100 Hz)刺激の場合には重畳したIPSCsの減衰の時定数は変異型で小さく，GABA放出の低下が認められた。恐怖条件付け刺激に関連する視床からLAへの興奮性入力を高頻度刺激して誘導したNMDA受容体依存性シナプス可塑性(長期増強)も変異型で亢進し(野生型33％ vs 変異型70%)ており，高頻度刺激時のGABA放出量低下が興奮性シナプスの可塑性を促進することが示された。

超微小形態生理研究部門

【概要】
　「構造と機能」という分子生物学のパラダイムは生物の機能が生体高分子，特に蛋白質の独自の構造によって支えられていることを明かにして来た。一方細胞より上の階層では組織，器官を見ると構造が機能と直結しているのはむしろ自明である。しかし生体高分子と組織・器官の中間に位置する細胞にはそのレベル独自の「構造と機能」が明確でない。細胞は一見オルガネラと各種小胞のランダムな集まりのように見える。しかし私達はこれら微小器官の集積の背後に，実は明確に細胞構造を規定する実体があると考える。特に細胞内オルガネラ形成を通して見た「細胞の形と働き」に興味がある。細胞レベルの生理現象の背後には活動維持や，形態維持のための巧妙な情報と物質の輸送機構がある。この物質，情報の拡散および非拡散輸送の結果としてオルガネラ編成と骨格系の編成が行われ，さらに情報伝達経路が確定すると考える。こうした方針のもとに行われた具体的報告を以下に記す。
　外分泌腺では分泌刺激により水輸送と開口分泌が両方活性化されるが，それぞれのエネルギー要求性／相互作用はin vitroでの蛋白分泌と水分泌の同時測定が不可能であるため不明であった。村上は唾液腺血管潅流系を材料に分泌時間経過，形態観察，開口放出関連蛋白，分泌物質の運動性の４チームの共同研究グループを組織し，研究を展開した。その結果は5月，9月に岡崎カンファレンスセンターにて開催した研究集会Coupling mechanisms of fluid secretion and exocytosisおよび2001年2月ゴードン会議において，発表／議論された。
　国内共同研究については一般共同研究報告に記載した。本稿では生理学研究所およびケンブリッジ大学，カリアリにて実施された研究を報告する。

複素電子顕微鏡の開発

Radostin Danev，杉谷正三，村田和義，大河原　浩，永山國昭

　従来の顕微鏡の限界を破る新しい原理として，量子現象の波動関数を直接観察する複素観測法を見出した（Nagayama, 1999）。この方法を電子波を使う電子顕微鏡の分解能とコントラスト向上に応用するため，平成9～11年度に導入した極低温分析型電子顕微鏡の一部改良を行った。まず位相差法を確立するためZernike位相板の作成をカーボン薄膜を用いて行った。通常の真空蒸着膜を多孔絞り（50μm）にのせ，各穴をはる薄膜に1μmの穴をフォーカスイオンビームであけて，Zernike位相板とした。これを用いて位相差電子顕微鏡像が撮られれた。この方法と通常電子顕微鏡を組み合わせ，同一試料に対し，2回の測定を行い，波動関数そのものを振幅と位相の複素像として表示することに成功した。そして電子顕微鏡の収差やピンボケを数値的に取り除くことができた。さらに従来の顕微鏡法との性能の差を見極めるため標準サンプルの測定とシミュレーションを行った。

融合タンパク質による電子顕微鏡用分子ラベルの開発

村田和義，高木正浩，永山國昭

　タンパク質分子をin vitroまたはin vivoで電子顕微鏡観察する場合，目的のタンパク質がどこに存在し，またどのように他の分子と相互作用しているかを知るために目的のタンパク質を特異的にラベルする必要がある。本研究では，多数の金属と結合を行うタンパク質を用いて融合タンパク質を発現させ，後から適当な重金属を取り込ませることによってタンパク質のを特異的にラベルする分子ラベルの開発を行う。予備実験の結果一分子当り7つの金属イオンを取りこむ金属結合タンパク質メタロチオネインが適当であるとの結論に至ったので今年度はそのクローニングと大量発現系の確立を図った。

電子顕微鏡による筋肉L型カルシウムチャネルの構造解析

村田和義，小田原成優，永山國昭
國安明彦，中山　仁（熊本大・薬)

　本研究ではウサギ骨格筋を精製し，5つのサブユニット（α₁，α₂，β，γ，δ）からなる完全なL型チャネルを得て電子顕微鏡の1分子構造解析を行った。まずα₁-βのみからなる部分コンプレックスを解析し，12nm長の中空台形構造を持つことを見出し，4つの非対称ドメインで囲まれたチャネルポアを確認した。次に完全コンプレックスを解析し，それが20nm長の円筒構造を持ち，かつ球形部を修飾付着させていることを確認した。α₁-βサブユニットの完全コンプレックス内の位置を見るためベータサブユニットの抗体を用いてその同定を行ったところ，修飾部位から離れた所がα₁-β部位であると認められた。そしてα₁-β部位が膜貫通部位と推測された。この結果よりL型カルシウムチャネルの非対称構造を図のように推定した。

位相差電子顕微鏡によるリアノジン受容体の一分子観察

松本友治，村田和義，大河原　浩，永山國昭
國安明彦，中山　仁（熊本大学・薬学部・生体機能科学)

　本研究ではリアノジン受容体の負染色試料に対し，位相差像の撮影を試みた。通常の電子顕微鏡像では，なるべく高い空間周波数成分まで拾うようにフォーカスを合わせるとコントラストが低下してしまう。一方，位相差電子顕微鏡像では，対物レンズの後焦点面近傍に配置された位相板の中心孔を光軸上に合わせた場合にはコントラストのついた位相差像が得られ，リアノジン受容体粒子の輪郭が際立つようになった。得られた画像のパワースペクトルの動径平均からコントラスト伝達関数を推定したところ，位相差像では原点近傍で高い値をとるcos関数型の変調を受けていることが確かめられた。

細胞機能の可視化・マニピュレーション技術を用いた細胞・オルガネラの形態形成分子機構の研究

村田昌之，加納ふみ，永山國昭

　光学顕微鏡下の単一細胞内でGFP融合タンパク質の輸送・ターゲティング及びGFP標識オルガネラのダイナミクスを定量的に解析し，かつ生化学的に関連因子を探索するため，「GFP可視化技術」と形質膜を一部透過性にした「セミインタクト細胞系」をカップルさせた顕微測光アッセイシステム（エバネセント光学系とW-VIEW検出系を組み合わせ）を作成した。本システムを用い，(i) 細胞分裂期（Ｍ期）におけるCHO細胞のゴルジ体，小胞体（ER）の形態変化・娘細胞への分配とオルガネラ再構築過程をGFP可視化し，その分子基盤としてcdc2キナーゼに制御されたNSF及びp97/p47による細胞周期依存的な膜融合反応があることを世界に先駈けて証明した。 (ii) 単一のセミインタクト細胞内でER⇔ゴルジ体→形質膜間小胞輸送の各素過程を可視化・再構成に成功した。間期・Ｍ期の細胞質を用い，細胞周期依存的な各輸送過程のキネティックスを定量的に解析し，Ｍ期にはゴルジ体→ERの逆行輸送以外は全て停止する（cdc2キナーゼ依存的）こと，その結果，ゴルジ体の一部がERへ吸収され娘細胞に分配されることを明らかにした。

エンドサイトーシス選別輸送のメカニズムの解析

大橋正人，石堂美和子，永山國昭
山本章嗣（関西医大)

　エンドサイトーシス経路は，細胞のさまざまな環境応答の前線となっている膜動輸送系である。我々は，エンドサイトーシス経路による細胞の情報伝達の統合とそのメカニズム，またその異常による病態などの解明を目指し，この経路の哺乳類細胞の変異株をもちいて，細胞生物学的，体細胞遺伝学的アプローチを加えている。フローサイトメトリーによりエンドサイトーシス経路を解析し，その特性に基づいて細胞を分離する方法を開発し，これまでに後期エンドソーム過程に変異を持つ表現型の異なる複数の相補群に分類される独自のCHO変異株を得ている。本年度はCHO細胞において，レトロウイルスベクターによる発現クローニング法を確立し，変異株のこの方法を含む解析により，後期エンドソームに特徴的な構造である多胞体（マルチベシキュラボディー：MVB）からゴルジに向かう受容体の，MVBからの選別・搬出にコレステロールが必要である事を明らかにした。

溶媒環境と蛋白質の安定性，および構造形成問題

高橋卓也，永山國昭

　生体高分子の安定性は溶媒組成を変えることにより変化させることが可能である。そこでアミノ酸の各種溶媒に対する相互作用エネルギーを測定し，それらを基にして蛋白質の安定性を予測できる理論及び計算手法を開発している。水の安定性への影響を統計力学的理論及び分子動力学シミュレーションで研究した。また蛋白質の構造形成原理や各種溶媒環境における静電相互作用の効果を明らかにした。

潅流ラット顎下腺における傍細胞輸送経路

村上政隆，大河原　浩
Bruria Sachar-Hill, Adrian E. Hill（ケンブリッジ大学生理科学部)

　種々の分子量の標識デキストランをプローブとして唾液腺腺胞部の傍細胞経路の大きさを検討した。血管潅流ラット顎下腺の潅流系に³Hデキストランを加え，アセチルコリン刺激により分泌した唾液を採取，size exclusion chromatographyにて唾液，潅流液，細胞間液に分布するデキストラン分子のサイズを決定した。
　分子径に対する分泌プローブの唾液／潅流液比は二つの成分にわけることができた。１）自由拡散（Stokes- Einstein）双曲線成分に一致する大きな通過経路を示す。２）5Åに切片をもつ直線成分で溶媒牽引による。直線成分は唾液／潅流液比は水の分子径1.5Åでほぼ1の価に外挿された。このことは水のほとんどが細胞間隙／tight junctionを通過することを強く示唆した。
　原唾液は細胞の中からの分泌と傍細胞経路を通過した成分との混合物であり，細胞経路の分泌信号系に加え，傍細胞経路の調節機構の研究を展開する必要がある。

唾液分泌過程における微細構造の三次元電子顕微鏡観察

村上政隆，高木正浩，前橋　寛
Alessandro Riva（Cagliari大医，細胞形態学)

　腺房細胞における分泌界面は二つの細胞間に存在する分泌細管intercellular canaliculi（IC）である。管腔側膜は細胞の頂部のみならず，大部分はこのICであり，透過電子顕微鏡による二次元的観察に加え，走査型電子顕微鏡観察による三次元観察が必要である。耳下腺の血管潅流標本を用い，光学・透過電子・走査電子顕微鏡をにて，ICと周辺微細構造を観察した。ムスカリン受容体刺激ではIC周辺のrERの拡張，mitochondoria電子密度増加，まばらな開口放出像，microvilli減少，ICの初期一過性拡大を観察した。βアドレナリン性受容体を同時に刺激すると，ICに多くの開口分泌がみられ，その周辺にさらに分泌顆粒が開口分泌する像が観察された。またmicrovilliは消失し，IC周辺のrERの拡張，mitochondoria電子密度増加も同時に観測された。分泌活動時の，rERの拡張は細胞内Ca代謝と，mitochondoria電子密度増加はエネルギー代謝増加と関連づけられた。また，開口分泌像の増加は管腔膜面積の増大を示すが，同じ刺激条件下で水分泌の促進は観察できなかった。これは，管腔への水輸送経路が，膜面積の増大によるものではなく，アクアポリンなどの水輸送蛋白の活性化あるいは傍細胞輸送経路の開通による可能性を示唆している。

細胞内代謝研究部門

【概要】
　細胞内代謝部門では，生物活性物質や細胞－細胞間刺激に対する細胞の刺激受容機構，細胞内情報伝達機構，細胞機能発現機構を対象とし，特に細胞内カルシウムイオン（Ca²⁺）の動態を画像解析装置でとらえ詳細に解析して，これらのメカニズムの解明を目指している。毛利と宮崎は白川英樹，尾田正二（東京女子医大）とともに，マウス卵内への精子抽出物注入によって起こるCa²⁺オシレーションにおける細胞外からのCa²⁺流入と小胞体からのCa²⁺遊離に関する解析を継続して行い，論文にまとめて発表した。また毛利，吉友，宮崎は淡路健雄（東京女子医大）らとともに，マウス卵における蛋白質強制発現の方法を確立する実験を行った。吉田は，基礎生物学研究所の檜山武史，渡辺栄治，野田昌晴とともに，長らく不明であった新型Na⁺チャネル(Na_X)の生理機能を研究した。また藤村幸一，小野智憲(長崎大) とともに，難治てんかんに対する脳梁離断術の効果を解析した。
　共同研究については，宮崎は卵活性化因子の同定と作用機序に関する共同実験を行った。また，飯野正光（東京大大学院医学系研究科教授）らと卵細胞におけるIP₃動態の可視化に関する実験を行った。矢田（前助教授，自治医科大学教授として転出）は塩田清二（昭和大医学部教授）らと神経ペプチドPACAPの神経細胞分化誘導作用と細胞内とシグナル伝達機構に関する共同実験を行った。また河原克雅（北里大学医学部教授）を代表者として「Ca²⁺シグナルと膜輸送体の発現および機能調節」と題する研究会を開催した。さらに宮崎がオーガナイザーとなって国際シンポジウム "Mechanisms of Cell Signaling in Early Development"を開催した。

マウス卵Ca²⁺オシレーションにおけるCa²⁺流入とCa²⁺遊離の解析およびその数値シミュレーション

毛利達磨，宮崎俊一
白川英樹，尾田正二（東京女子医大)

　マウス卵の受精時あるいは卵内への精子抽出物注入によって，反復性の細胞内Ca²⁺増加反応（Ca²⁺オシレーション）が誘発される。個々のCa²⁺増加は小胞体からのCa²⁺遊離によるが，Ca²⁺オシレーションの持続には細胞外からのCa²⁺流入が必要である。マウス卵にCa²⁺結合性蛍光色素Fura-2を予め取り込ませ，細胞外液にMn²⁺を添加したのち精子抽出物を注入し，Ca²⁺流入系を介して細胞内に流入したMn²⁺によるFura-2の蛍光の減少（quenching）を測定した。Ca²⁺遊離に伴ってMn²⁺流入が起こり，やがてMn²⁺^オシレーションが起こり始めた。細胞膜を介する流入・排出および小胞体膜を介する遊離・再取り込みの過程でCa²⁺とMn²⁺が競合的に移動すると仮定してFura-2蛍光強度変化の数値シミュレーションを行ったところ，実験結果とよく一致した。持続的に流入したMn²⁺/Ca²⁺が小胞体に取り込まれたのち遊離されることを示すもので，Ca²⁺流入とCa²⁺遊離の機能関連が明らかにされた。

マウス卵へのmRNA注入による蛋白質発現法の確立

毛利達磨，吉友美樹，宮崎俊一
淡路健雄, 會田拓也，尾田正二（東京女子医大)

　哺乳動物卵の受精に関連する蛋白質の発現や，小胞体内Ca²⁺濃度測定プローブ蛋白質を発現させることを目標として，まず実験法を確立する試みを行った。green fluorescent protein (GFP)の変異体EYFPのmRNAにミトコンドリア移行配列を付加し，さらに約250個の3’ polyA tailを付加してマウス未成熟卵に注入し，EYFPの発現を蛍光観察によって追跡した。注入３時間後からEYFPの発現が認められ，時間とともにほぼ直線的に増加して12～15時間でプラトーに達した。ミトコンドリアへの移行はMitoTrackerによるラベルされたミトコンドリアの分布との一致から確認できた。この強制発現により，卵の受精能は影響を受けなかった。この方法を利用して，小胞体への移行配列を付加したCa²⁺測定用プローブCAMELEONをマウス卵に発現させる実験を行った。

機能不明新型Na⁺チャネル(Na_X)の生理機能解析

吉田　繁
檜山武史，渡辺栄治，野田昌晴（基生研)

　電位感受性を示すNa⁺チャネル(Na_V1)のクローニングの過程で，Na_Vとは一次構造相同性は低い(50%弱)ものの同範疇に属すると思われるものが見つかりNa_Vと名付けられた。しかし，その後の研究でNa_V2が膜電位変化では開かないことが判明し，機能不明チャネルNa_X (x = unknown)という新名称を与えられた。マウスの後根神経節細胞には，このNa_Xが多量に存在していることと，細胞外のNa⁺濃度上昇によって開くイオンチャネルが報告されていることから，「Na_XはNa⁺濃度感受性Na⁺チャネルである」との仮説を立てて実験を始めた。Na⁺感受性蛍光色素で細胞内Na⁺濃度変動を観察すると，細胞外液の浸透圧ではなくNa⁺濃度の変化に応じることが判明した。同様の結果は脳弓下器官(subfornical organ)神経細胞でも得られた。しかし，Na_Xノックアウトマウスでは反応が観察されなかった。Na_Xの生理機能が判明したので，「濃度感受性ナトリウムチャネルNa_C(c = concentration)」と改称することを提唱した。

難治てんかんに対する脳梁離断術のラットによる実験学的考察

吉田　繁
藤村幸一，小野智憲(長崎大)

　薬物治療に抵抗を示すヒトの難治てんかんに対して「脳梁離断術」が試みられており，術後の脳波所見では発作波の一側化や非同期化だけでなく，発作波自体の頻度減少ないしは完全消失さえ得られている。この脳梁離断術の効果は，一側皮質の発作波が対側に伝わる伝導路を断つことにあるとされているが，それ以外に「脳梁が大脳皮質の興奮性を高めているのを遮断する」効果もあるのではないかと我々は考えた。この仮説を検証するために，全身麻酔下ラットの右脳梁線維および左視床外側腹側核に刺激電極を，左前頭皮質に記録電極をそれぞれ配置し，視床皮質反応を大脳皮質の興奮性の指標として，持続的経脳梁入力（低頻度脳梁反復刺激）の存在下で増強が見られるかどうかを観察した。その結果，持続的経脳梁入力の存在下では視床皮質反応の増強が見られ，「脳梁は大脳皮質の興奮性を高めている」という仮説は正しいと考えられた。



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