細胞器官研究系

生体膜研究部門

【概要】
　平成12年1月より前任地東京大学大学院医学系研究科より２光子レーザー顕微鏡や電子顕微鏡を含む研究機器群の搬入を行い，３月までに機器の移動・調整を完了し，次のテーマについての研究を開始した。１）神経，分泌細胞のカルシウム依存性開口放出機構の研究，２）多光子励起法を用いた神経機能の研究。また，久木田文夫助手はイオンチャネルの動力学的研究を，筒井泉雄助手は興奮収縮連関の系統発生的研究を引き続き進めている。

神経，分泌細胞のカルシウム依存性開口放出機構の研究

河西春郎，根本知己，高橋倫子，岸本拓也，劉ていてい，木村良一

　カルシウム依存性の開口放出を特徴とする培養神経細胞，膵臓ベータ細胞，膵臓外分泌腺細胞，副腎髄質細胞，ＰＣ１２細胞などの神経・分泌細胞にケイジドカルシウウム試薬を用いて一定のカルシウム上昇与えたときの開口放出の過程を系統的に検索している。外分泌腺及びベータ細胞においては２光子励起法を用いる新しい開口放出の可視化に成功し，現在ではin vivoに近い状態の標本で開口放出を直接観察できる。副腎髄質細胞やPC12細胞においては，膜容量測定と独立して膜面積変化を測定する方法を開発し，定量的な比較を行っている。更に，副腎髄質細胞の電子顕微鏡観察に向けての作業を進めた。

多光子励起法を用いた神経機能の研究

河西春郎，松崎政紀，早川泰之

　活動状態依存的な神経回路の可塑性は多くの脳機能の基盤をなす。神経可塑性の誘発因子としてはシナプス後部の細胞内カルシウム濃度の上昇があり，単一シナプスの重みが，記憶をコードしていると推察されてきた。この記憶機構を定量的に明らかにするために，新たなケイジドグルタミン酸の合成に成功し，シナプス後部の受容体の機能分布を２光子励起法を用いて単一シナプスレベルでマップする方法の応用を進めている。これにより，シナプスの重みがどのように空間的に分布しているのか，また，可塑性誘起時に重みの変化はどのような広がりを持つのかを検討している。また，神経可塑性は比較的高濃度の細胞内カルシウム動態で調節されている可能性が高く，その時間的空間的広がりは神経可塑性誘発の鍵となると考えられる。そこで，カルシウム濃度分布の定量的測定，細胞内カルシウム緩衝能，シナプス後部のミトコンドリアの役割を，２光子励起法を用いて定量的に調べている。

Ｋチャネルの開状態ではポア内容積は減少する

久木田　文夫

　神経の膜電位依存性イオンチャネル・ポアは親水性であり，開状態でイオンを透過することは自明のことである。従って，開状態ではポアの親水性の程度や親水性部分の容積が増大する（但し，ポア内でゲートの扉が移動する場合は容積の変化はない）ことも，当然だと思われる。イカ巨大軸索の実験で，イオン透過性が大きいことが直ちに親水性ポアの容積が増大することを意味しないことが明らかになった。ポアに侵入できない大きな非電解質で，ポア内の水の関与する自由エネルギーを下げるとすると，親水性ポアの容積は減少する。この浸透圧の効果はNaチャネルでは閉状態を，Ｋチャネルでは開状態を安定化する。イオン透過性はポアの細い部分で決定され，広い意味のゲート機構（ポアの内部構造が変わること）にはポア全体が寄与するので，ポアが複雑な３次元構造を持つほど，上記の原則は当てはまらない。イオンチャネルの構造ゲノム的な分類には，ポア内容積変化のデータが不可欠であると思われる。

Chelophyesにおける興奮収縮連関

筒井泉雄

　筋収縮と弛緩は細胞内オルガネラ（ＳＲ，ＥＲ，Ｔ管）でのCa²⁺移動によって制御されていて，収縮連関機構に関連した小胞体（ＳＲ）とＴ管の役割の解明は動物の筋細胞の進化を探る上で重要な意味を持っている。骨格筋において筋収縮に先立ちCa²⁺放出をつかさどるＳＲの機構がどのようにして派生してきたかについての解明はいまだ成されていない。今回，ＳＲとＴ管を併せ持つ海生動物sagittaを用い無脊椎動物に残されているＴ管とＳＲ機構の役割について研究した。sagittaにおいてはＴ管は脊椎動物と同様にNaスパイクを発生する。またＳＲ器官はリアノジン受容体を持っているが，筋収縮に先立つCa²⁺放出には関与していないことが判明した。脊椎動物骨格筋様の機関を持っていても，連関機構は完成しておらず，脊椎動物型のCa²⁺放出能の発現は，原索動物以降であることが確認された。このことはＳＲのCa²⁺放出機構が骨格筋の発現と密接に関連していることを示してて，現在ＳＲにおけるCa²⁺放出因子を検討中である。

機能協関研究部門

【概要】
　機能協関研究部門では，容積調節や膜輸送や環境情報受容などのように最も一般的で基本的な細胞活動のメカニズムを，チャネル，トランスポータ，レセプターなどの膜機能蛋白分子の働きとして細胞レベルで統合的に解明し，それらの異常と疾病や細胞死との関係についても明らかにしようとしている。また，チャネルやトランスポータの多機能性や，両者間の構造的・機能的相関についても分子生理学的に研究している。
　主たる研究テーマは次の通りである。
　①「細胞容積調節機構と細胞死機序」：細胞は正常容積を維持する能力を持ち，その破綻は細胞死（アポトーシスやネクローシス）に深く関与している。これらのメカニズムの研究を行い，その破綻防御の方策を探求する。②「心筋・脳神経アニオンチャネルの虚血応答の分子機構」：虚血の影響が最も重大な心筋と脳においてアニオンチャネルがその障害と防御にいかに関与しているかを解明する。③「イオンチャネルの多機能性の分子機構」：イオンチャネルはイオン輸送や電気信号発生のみならず，環境因子に対するバイオ分子センサーや，他チャネル／トランスポータ制御にも関与する。この多機能性のメカニズムの解明を行う。④「消化管上皮細胞の分泌・吸収機能と分子メカニズム」，⑤「腎密集斑細胞NaClセンサー機能と分子メカニズム」などについても研究している。

細胞容積感受性クロライドチャネルのカルシウムレセプターによる制御

清水貴浩，森島　繁，岡田泰伸

　殆どの細胞は内外の浸透圧変化に曝されても，膨張や収縮が強いられた後に正常容積へ復帰するRegulatory Volume Decrease（RVD）やRegulatory Volume Increase（RVI）能力を持つ。RVDは多くの細胞でK⁺及びCl^-チャネルの活性化によって達成される。本研究ではIntestine 407株細胞における容積感受性Cl^-チャネルの調節に，G蛋白共役型の膜レセプターであるカルシウムレセプター（CaR）が関与することを証明した。浸透圧性膨張時には細胞内Ca²⁺濃度が上昇し，Caポンプの働きで細胞外膜近傍の領域でもCa²⁺濃度増が起こり，CaRはRVDをオートクリン的に刺激するものと推定された。これを図1右半分に模式的に要約した。本研究成果は次の論文に発表した（Shimizu, Morishima & Okada 2000 J. Physiol. 528, 457-472）。

図1．RVDの分子メカニズムの模式図

細胞膨張誘起性ATP放出のCFTRによる調節

挾間章博，范　海天，I. Abdllaev，前野恵美，田中彰子，赤塚結子，岡田泰伸

　浸透圧性膨張時にはATPが細胞外へと放出されるが，CFTRがこの放出に関与する可能性が提起されたので，この点を検討した。CFTRを強制発現させるとC127乳腺株細胞からの浸透圧性膨張時のATP放出は著しく亢進した。しかし，cAMPでCFTR Cl^-チャネルを活性化させてもATP放出が見られず，CFTR Cl^-チャネル阻害剤glibenclamideは細胞膨張誘起性ATP放出に何の影響も与えず，逆にATP放出阻害剤Gd³⁺はCFTR Cl^-チャネル活性に何らの影響も与えなかった。従って，CFTRはATP放出を亢進させはするが，それ自体がATP放出路を与えるものではないことが明らかとなった。これらの結果は次の論文に報告した（Hazama, Fan, Abdullaev, Maeno, Tanaka, Ando-Akatsuka & Okada 2000 J. Physiol. 523, 1-11）。

細胞膨張誘起性ATP放出による容積調節性K⁺チャネルの調節

出崎克也，津村剛彦，前野恵美，岡田泰伸

　Intestine 407細胞のRVDはATP水解酵素apyraseやP2レセプター阻害剤suraminの細胞外投与によって部分的に抑制され，μMレベルの細胞外ATPの添加によって亢進された。Intestine 407細胞にはP2Y₂レセプターが発現していることが確認された。P2Y₂レセプター刺激によって細胞内Ca²⁺動員がもたらされ，Ca²⁺依存性K⁺チャネルの活性化が引き起されるが，Cl^-チャネルの活性は引き起されなかった。従って，細胞膨張時のCa²⁺動員は放出ATPによるP2Y₂レセプター刺激で亢進され，Ca²⁺依存性K⁺チャネルの著しい活性化をもたらしてRVD達成を促進するものと結論された。これらは図1の左半分に模式的にまとめてある。本研究結果は次の論文に発表した（Dezaki, Tsumura, Maeno & Okada 2000 Jpn. J. Physiol. 50, 235-241）。

アポトーシス誘導における細胞容積調節異常の役割

前野恵美，石崎泰樹，金関　悳，挾間章博，岡田泰伸

　アポトーシスにおいて細胞断片化前に見られるapoptotic volume decrease (AVD) はカスパーゼ活性化に先行し，カスパーゼ阻害剤で抑制されなかった。AVD進行中の細胞では低浸透圧下の容積調節RVDが著しく促進していた。RVDを実現させる容積感受性Cl^-チャネルとK⁺チャネルに対するブロッカーで前処理するとAVD発生もRVD促進も阻止された。また，AVD阻止によってチトクロームｃ放出，カスパーゼ活性化，DNAラダーや形態的アポトーシス像の発生も消失し，細胞死は阻止された。従って，AVDはアポトーシスに不可欠の初期反応であり，これには容積調節性チャネルの活性化が伴われているものと結論された（図2）。本研究結果は次の論文に発表した（Maeno, Ishizaki, Kanaseki, Hazama & Okada 2000 Proc. Natl. Acad. Sci. USA 97, 9487-9492）。

図2．細胞容積調節メカニズムと，その破綻による
アポトーシス性細胞死誘導の模式図



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