生体情報研究系

神経情報研究部門

【概要】
　われわれの研究室では哺乳類神経系の発生・分化機構について研究している。特に神経上皮細胞（神経幹細胞）からどのようにして全く機能の異なる細胞種（神経細胞，アストロサイト，オリゴデンドロサイトなど）が分化してくるのか，について興味を持って研究を進めている。また，得られた新しい概念や技術はできるだけ社会の役に立てるよう努めており，臨床研究への応用を視野に入れながら，病態の解析にも努力している。
　脳神経系の発生・分化を考えるとき，内因的要因（遺伝子に支配されるもの）および外因的要因（外部からの刺激・情報により分化方向が規定されるもの）に分けて考えるのは当然であるが，脳神経系では他の組織の発生とは異なり特徴的なことがある。それは多様性である。一言に神経細胞と言っても顆粒細胞，錐体細胞などいろいろな形態の細胞があるし，大脳皮質の錐体細胞はどの領野の細胞かによりその機能が異なる。また，神経伝達物質の種類も様々である。大げさに言えば，神経細胞は一つ一つが個性を持っており，そのそれぞれについて発生・分化様式を研究しなければならない程である。また，均一であると考えられてきたグリア細胞（アストロサイト，オリゴデンドロサイト）にも性質の異なる集団が数多く存在することも明らかとなってきた。そのため，他の多くの細胞種や組織の分化研究とは異なり，細胞株や脳細胞の分散培養系を用いた研究ではその本質に迫るには限界がある。われわれはin vitro で得られた結果を絶えずin vivo に戻して解析するだけでなく，神経系の細胞系譜の解析をも精力的に行っている。
　脳神経系への遺伝子導入系として開発した高力価レトロウイルスベクターは癌の遺伝子治療に最適なベクターであるので，グリオーマや肺癌をターゲットとした応用を考えた研究を進めており，臨床応用も間もなくスタートできそうである。また，癌治療の新たなターゲット分子も見いだしたので，その応用も検討中である。
　ヒト血清糖蛋白質糖鎖の解析により肺癌患者で有意に上昇している糖鎖を発見し，臨床検査の有用性も検討している。

小脳顆粒細胞の発達過程における電位依存性K⁺チャネルの発現と役割

中平健祐，柴田理一，柴崎貢志，池中一裕

　Kv4.2遺伝子は小脳顆粒細胞の最終分裂後に発現し，樹状突起とシナプス後膜に分布することで入力情報のプロセシングに関わっていると考えられている。小脳顆粒細胞の培養系では，細胞の形態的な成熟に伴いKv4.2 の発現が観察されるが，発現したKv4.2蛋白質は細胞体にとどまる。この細胞を橋核細胞と共培養すると，両者の間にシナプスが形成され，顆粒細胞においてKv4.2の樹状突起及びシナプスへの局在が観察された。このシナプスへの局在はAPVとCNQXにより阻害され，また，シナプス前膜側の放出を抑制する試薬により阻害された。また，顆粒細胞のみの培養系においてもGluの添加によりKv4.2の樹状突起への局在が観察され，この応答はNMDA受容体とAMPA受容体を介していた。以上の結果は，シナプス形成期におけるKv4.2の局在が神経活動依存的に制御されている可能性を示唆している。

オリゴデンドロサイト発生制御機構の解析

鹿川哲史，和田圭樹，中平英子，清水健史，池中一裕

　脊椎動物中枢神経系は多様な細胞の協調によって高次神経機能発現を可能としている。これまでに神経細胞の多様性を生み出す機構の一つとして，モルフォジェンの濃度勾配が知られている。本年度，我々は背側からオリゴデンドロサイトの分化を抑制する活性を見いだした。グリア細胞であるオリゴデンドロサイトの前駆細胞も背腹両方からの因子による調節で腹側の限局した領域からのみ発生することが示唆された。このように，神経細胞に限らずグリア細胞も含めた神経系全体の多様性が少数のモルフォジェンによって作り出されていることを提唱した。
　モルフォジェンなどによって幹細胞から多様に分化した神経系前駆細胞は適所に細胞移動することが必要である。しかし，神経系前駆細胞は盛んに分裂するため，従来の細胞標識法では希釈され移動をトレースすることは困難であった。本年度，我々は生きた胎仔脳にプラスミドDNAを導入する子宮内エレクトロポレーション法を確立した。胎生１２日ないしは１４日目のマウスの側脳室にガラスピペットを用いてプラスミドDNAを注入後，子宮の外側からパルス電圧をかけることによってプラスミドDNAを脳室層の細胞に取り込ませた。さらに，胎仔を再び親マウスの体内に戻し発育させることに成功した。今後はエレクトロポレーション法にターゲティングマウスの手法を組み合わせた独自の恒久的細胞標識法を開発する。これらの新しい技術を用いて細胞移動経路を明らかにし，中枢神経系構築の過程を解明したい。

アストロサイト分化因子としてのシステインプロテアーゼインヒビター

岩崎靖乃，長谷川明子，池中一裕

　アストロサイトの発生分化機構を探索する目的でそのマーカー蛋白質として知られているGFAPのプロモーターを指標としてファンクショナルクローニングを行った結果単離されたCystatin C（シスタチンＣ）が，アストロサイトの発生分化にどの様に関わっているかを昨年に引き続いて研究している。昨年までにグリア前駆細胞株を用いた解析によりシスタチンＣの持つシステインプロテアーゼインヒビターの活性がアストロサイトの分化を促進することに関わっていることを報告したが，今年度は脳の初代培養系に対してもアストロサイトの分化を促進するかについて検討を行った。また，シスタチンＣはFGF-2と協調し，神経幹細胞の生存維持を促進するとの報告があったことより，我々の見ているアストロサイトへの分化誘導活性が糖鎖修飾に依存しないものであることを示すため，鶏卵由来のシスタチン(糖鎖修飾のないシスタチン)を用いて解析している。更にシステインプロテアーゼインヒビターの活性に依存した現象であることを示す目的で，システインプロテアーゼインヒビターの活性測定系を確立した。

脳内Ｎ-結合型糖蛋白質糖鎖の機能解明

池田武史，伊藤磯子，池中一裕

　我々のグループはこれまでN-結合型糖蛋白質糖鎖の系統だった解析法を自動化することに成功し，その発現パターン解析と機能解明を行ってきた。当研究室では主に脳内に発現する糖鎖に注目し，研究を進めている。脳内の糖鎖発現パターンは時期・領域を限定すると固体差なく常に一定であることから，脳の機能を維持するためにはその厳密な制御が必要であると考えられる。
　まず正常マウス脳内の糖鎖発現パターンを検討し，主要糖鎖構造の決定を行った。その情報をもとにヒトの各種神経疾患における糖鎖発現パターンの解析を行い，病態との関連について検討を行っている。
　また脳特異的に発現しているBA-1，BA-2と呼ばれる糖鎖の生理機能を解明する目的で，その生合成に関与するガラクトース転移酵素Ⅰを過剰発現させたトランスジェニックマウスを作製し，その解析を行っている。

腫瘍特異抗原MAGE-E1のゲノム構造及び機能解析

河野洋三，中平健祐，片倉浩理，池中一裕

　我々は，以前Serial Analysis of Gene Expression (SAGE) 法を用いて悪性グリオーマに高発現する腫瘍特異抗原MAGE-E1をクローニングした。その後Human BAC cloneを用いたゲノム構造解析にて，その構造はMAGE-Dに酷似しており，遺伝子座に於いてもXp11と同一であることを見出した。またそのプロモーター領域のシークエンス解析にてAML-1aやGATA-1など血球系の分化や形質転換に関与する転写因子結合部位の存在が考えられた。後に白血球におけるMAGE-E1の発現がRT-PCR法にて確認された。
　MAGE-E1に高い相同性を持つMAGE-Dはその機能の一部が報告されている。NRAGE (neurotrophin receptor- interacting MAGE homolog) はMAGE-Dの別称であるが，神経細胞においてTrkAと拮抗的に働き，p75NTR (neurotrophin receptor) を介した細胞死を促進する。またIAP (inhibitor of apoptpsis protein) と結合しその機能阻害により細胞死を促進すると報告されている。我々は，MAGE-E1に関しても同様に細胞死や細胞周期調節へ関与していると仮定し，強制発現系やアンチセンスオリゴを用いた発現抑制系を用いた機能解析を行っている。またMAGE-E1抗体を作成し，悪性腫瘍切除標本を用いた免疫染色や上記in vitroの系での細胞群におけるWestern blotによる蛋白発現量の確認を行っている。MAGE-E1の細胞死や細胞周期調節への関与を明らかにすることにて，癌治療の臨床において診断に，更に遺伝子治療の分子標的として応用できるものと考えている。

有髄軸索上のイオンチャネルクラスタリング機構の解析

石橋智子，中平健祐，池中一裕

　有髄神経軸索ではミエリン形成に伴い，軸索上に均一に存在していた電位依存性Na⁺およびK⁺チャネルがそれぞれランヴィエ絞輪周辺に特徴的に集積する。この局在化には軸索とミエリンが接する部位（paranode）におけるjunction形成が重要であることが分かった。そこで，このjunction形成に関与しているミエリン側分子を明らかにするために，様々なミエリン遺伝子欠損マウスを解析した。その結果，ミエリンの主要脂質の一つであるスルファチド，ミエリン最外層に存在する膜蛋白CD9のそれぞれ欠損マウスでは，ともにチャネル局在化部位が異常であること，また明らかなjunction形成不全があることを見出した。さらにCD9はparanodeにも局在していることが分かった。したがってスルファチドおよびCD9がparanodal junction形成に関与している重要なミエリン側分子であることが明らかになった。

液性情報研究部門

【概要】
　液性情報部門では分子生物学的手法と電気生理学的手法を組み合わせ，神経系の情報伝達に大きな役割を果たすイオンチャネルの機能解析とイオンチャネルを通して細胞質内に流入し種々の生理的役割を果たすカルシウムイオンの動態について研究を行っている。今年度も受容体活性化カルシウム透過型チャネルの生物物理的な解析を引き続き行った。また従来研究を行ってきた電位依存性カルシウムチャネルが多くの神経疾患に関与していることが明らかとなってきており，われわれもこの課題に積極的に取り組んだ。rolling Nagoya小脳失調症マウスはよく知られている遺伝性失調症マウスであるが，本マウスの遺伝子異常を明らかにし，その異常がP/Q型カルシウムチャネルに対する影響，さらには小脳の神経回路に及ぼす影響を系統的に検討した。
　若森実助手が3月1日付けで鹿児島大学医学部に助教授として転出した。

受容体活性化Ca²⁺透過性カチオンチャネルの機能解析

若森実，山田久信，原雄二，森泰生

　神経伝達物質受容体の刺激にともない，従来知られているイオンチャネル以外に，カルシウムを通すイオンチャネルが活性化されることが，電気生理学的実験より知られていたが，このイオンコンダクタンスを担う分子の実体は不明であった。この種類のチャネルは，進化的にも古くまた非常に多様であり，神経細胞の活動のみならず，いろいろな細胞の活性調節に関与していると考えられてきた。TRPチャネルは受容体活性型カルシウム透過性チャネルの分子的実体のひとつであり，TRP1-7のクローニングがわれわれのグループを含めていくつかの研究室で行われた。
　これまでにTRP5をHEK細胞に発現させ，ATP，thapsigarginなどによるチャネル活性を検討し，TRP5は従来言われていたカルシウムストア枯渇とは異なる機構によって活性化されることが明らかにしてきた。今年度は，TRP5チャネルの単一チャンネル記録を行い，チャネルの透過性と開口の電位依存性に関する検討を行った。またイオン透過性に関する詳細な測定とチャネル孔の性質の解析も行い，チャネル孔の大きさ・静電気的性質などの推定を行った。

カルシウムチャネル変異マウスの解析

森泰生，若森実，松下かおり，Kadrul Huda，井本敬二

　脳には複数の種類の電位依存性カルシウム」チャネルが共存しているが，P/QタイプはNタイプとともに神経伝達物質放出やカルシウム」スパイク生成にかかわる脳の主要なカルシウム」チャネルであり，小脳で多く発現している。P/Qタイプカルシウムチャネルの変異は，マウスにおいて小脳変性症を来すことが報告されている。小脳失調症マウス小脳プルキンエ細胞を急性単離しパッチクランプ法によりカルシウムチャネル電流の特性を検討した結果，失調症マウスのプルキンエ細胞では電流密度が低下していること，またチャネル開閉のキネティックスが変化しており，その変化を組換え発現系によって再現できることから，カルシウムチャネルα１サブユニット遺伝子の変異が直接的に失調症マウスの表現形を関係していることが明らかとなった
　rollingナゴヤは，名古屋大学織田先生により発見された小脳失調症マウスであり，これまでに小脳変性症治療薬の検定などに使用されてきたマウスである。遺伝学的解析により遺伝子座はtgと同じでP/Q型カルシウムチャネルα1Aサブユニット遺伝子にあることが知られていたが，変異の正確な部位は知られていなかった。われわれは塩基配列を決定し，変異が電位センサー部位のアルギニンをグリシンに置換することを見出した。Hodgkin-Huxleyモデルで予測されるとおり，本変異を持つカルシウムチャネルは，組換え発現系でも急性分離したプルキンエ細胞においても，活性化の電位依存性が減弱していた。この変異のためにプルキンエ細胞の発火パターンが異常をきたしていた。正常プルキンエ細胞では刺激の強さに応じて頻度が増加するように活動電位を発生することが出来るが，変異細胞では強い入力刺激に対しては活動電位を発生しないことが示された。変異マウスのプルキンエ細胞は，低頻度の入力に対しては正常に出力できるが，高頻度の入力には対応できないことを示唆している。
　tgは小脳失調症のみならず小発作様のてんかん発作を起こすことが知られている。このてんかんの病態を明らかにするために，大脳皮質と視床が含まれる脳スライス標本を用いて視床と大脳皮質の間の神経伝達を検討した。視床から大脳皮質への興奮性の入力はほぼ正常に保たれているが，抑制性の入力が著減しているという結果が得られたため，現在その現弱の原因がどの部位にあるかを検索中である。

興奮収縮連関のメカニズムの解析およびカルシウムプローブの開発

中井淳一

　カルシウムイオンは細胞内のセカンドメッセンジャーとしてシグナル伝達の一翼を担っている。骨格筋の興奮収縮連関においては，細胞膜の脱分極は細胞膜の電位依存性カルシウムチャネル（α1s）DHPRを介して小胞体膜上のリアノジン受容体（カルシウム放出チャネル）RYRに伝えられ，小胞体からカルシウムが放出されることによって筋肉の収縮が誘発される。これら２つの分子は骨格筋においては直接結合していると想像されており，これまでの我々の研究からこれらの間にはDHPRからRYRへの正方向のシグナルとRYRからDHPRへの逆方向のシグナルが存在することが明らかとなっている。筋肉の興奮収縮連関の分子機構をさらに明らかにするため，正方向のシグナルは受け取れないが，逆方向のシグナルを発することができるRYRのミュータント（R9）を作成し，RYR1を人工的に破壊したdyepedic muscle cellに発現させ，freeze-fracture法を用いて電子顕微鏡的に２つの分子の結合状態を観察した。その結果DHPRのtetrad構造が観察できた。tetrad構造は骨格筋に特徴的に認められる構造で，DHPRとRYRの直接的な結合がない心筋ではこのようなtetrad構造はみられない。したがってR9に含まれる逆方向シグナルを構成するために必要なRYR1のアミノ酸領域2659-3720がDHPRとRYRの物理的結合に寄与していることが明らかとなった。またこの実験とは別に，細胞内のカルシウムイオン濃度の変動をin vivoで観察することを目指してGFPとカルシウム結合蛋白質であるカルモジュリンを用いた蛍光カルシウムプローブの開発に着手した。

電位依存性Na⁺チャネルに対するDHEASの効果

森誠之，井本敬二
栗原照幸（東邦大学医学部)

　血中に生理的に存在するステロイドホルモンであるDehydroepiandrosterone sulfate (DHEAS) は，骨格筋ナトリウムチャネルを直接的にブロックする。しかしその作用機序は，ミオトニアに使用されるmexiletineの作用機序とは異なることが示唆されている。このため本研究では，DHEASとmexiletineのナトリウムチャネルに対する作用の比較検討を行った。
　ナトリウムチャネル分子は，静止膜電位にある状態，活性化してチャネルが開いた状態，不活性化した状態，そしてその他のいくつかのコンフォーメーションをとる事が知られている。mexiletineやlidocaineなどの局所麻酔剤の場合，不活性化した状態に比較的選択性があるとされているのに対して，DHEASは不活性化したチャネルには選択的ブロックを示さないことが示された。また短時間脱分極させたチャネルには著明なブロッキングを示したことから，DHEASが脱分極状態にあるナトリウムチャネルを認識しブロックすることが推測された。しかしながら，このように短時間にブロック作用起こすには比較的高濃度のDHEASが必要であり，臨床応用上の問題点である。

高次神経機構研究部門

【概要】
　本研究部門ではヒトが含まれる哺乳動物の脳機能がどの様な分子メカニズムにより形成，制御されているかを解明する目的で，神経回路網形成，再編成に関る分子を探索するとともに，関連遺伝子を欠損させたマウスを作製することにより解析を行っている。特にFyn欠損マウスでは，哺乳行動を含めた行動異常が認められたことより，Fynの介する情報伝達系に注目している。最近我々はFyn結合タンパク質の解析より新規カドヘリンであるCNRファミリーの単離に成功した。このCNRファミリーはシナプスに存在する多様化分子であり，ゲノム構造が免疫系での記憶に関る免疫グロブリンの遺伝子クラスターと類似していることが明かとなった。このCNRファミリーの解析により，脳形成や機能発現の系統進化及び個体発達での多様化機構も明らかになるのではないかと考えている。

CNRファミリー多重欠損マウスの作製

先崎浩次，八木　健

　CNRファミリーがReelinの多重受容体としてマウス大脳皮質層構造形成機構に関与していることが示唆されている。マウス大脳皮質形成機構におけるCNRファミリーの分子機能を生体マウスで明らかにすることを目的としてCNR多重欠損マウスの作製を行っている。マウスCNR 遺伝子のゲノム構造解析からマウスCNRは細胞外領域と膜貫通領域及び細胞内領域の一部を含む約2.5kbの大きな第１エクソンと各CNRに共通に用いられる細胞内領域Ｃ末端側部分が３つの小さなエクソンとして存在しスプライシングによりCNR全体がつくられることが明らかにされた。また，CNR第１エクソンはマウスゲノム上に並んで存在しており，このCNRゲノム構造上の２カ所にloxP配列を導入しCre-loxP系により第１エクソンを欠損させることによりCNR多重欠損マウスの作製を行っている。

CNRファミリーの細胞接着活性に関する解析

武藤哲司，八木　健

　CNRファミリーはカドヘリンスーパーファミリーに属し，細胞接着活性を有すると考えられる。CNRはマウス生体内においてシナプス膜に存在する。ところが他のカドヘリンファミリーで接着活性測定のために用いられている細胞株にCNRを強制発現すると細胞内膜系にCNR蛋白質が凝集してしまう。種々の細胞株でのCNR蛋白質の局在を解析した結果，細胞形質膜にCNR蛋白質の局在が認められる細胞株を見いだした。この細胞株を用いてCNRの細胞接着活性の測定系の開発を行った。このCNR細胞接着活性の測定の過程でCNR と結合する膜分子の存在が見いだされた。現在，この膜分子とCNRとの接着性についての解析を進め，CNRの接着分子としての機能解析を行っている。

CNR mRNAの体細胞変異の解析

平山晃斉，八木　健

　CNRのゲノム構造は免疫系での記憶に関る免疫グロブリンやT細胞受容体の遺伝子クラスターと類似していることが明かにされている。CNR遺伝子において免疫グロブリンやT細胞受容体遺伝子に認められる体細胞変異がみられるかについて解析を行った。その結果，CNR mRNAにおいてアミノ酸置換のおこるCNR塩基配列変化が認められ，さらに，この塩基配列の変化がマウス発生・発達過程において細胞外領域ドメイン構造により異なることが見いだされた。特に出生前と後での変化が大きく，CNRのReelin結合部位近傍での変化に差が認められ，この結果はReelin受容体としてのCNRの機能との関連性で大変興味深い現象である。この突然変異のゲノム上での解析を行うとともに，発生・発達過程でのCNRの構造変化と機能との関係を明らかにするべくCNRの機能解析を進めている。

ゼブラフィッシュCNRゲノム構造の解析

多田基紀，八木　健

　マウスにおいてCNR はReelin の受容体とし機能し大脳皮質構造形成に関与していることが示唆されているが，マウスと脳構造の異なる脊椎動物であるゼブラフィッシュにおけるCNR遺伝子の全体像を明らかにするためにゼブラフィッシュCNRゲノム構造の解析を行った。ゼブラフィッシュゲノムBACライブラリーよりCNR遺伝子配列を含むBACクローンの単離を行い，ショットガンシークエンス法により塩基配列を決定した。マウスCNRゲノム構造と比較解析の結果，ゼブラフィッシュCNRゲノム領域はマウスCNRゲノム領域の約３分の１の長さであったが，CNR遺伝子の数はマウスとほぼ同数の13であった。しかし，マウスCNRゲノム構造上において共通領域エクソンに最も近位に存在し，他のCNRと比べホモロジーが比較的低い２つのCNR (mCNRc1, mCNRc2) がゼブラフィッシュでは１つ(zCNRc) しかないことが明らかにされた。また，ゼブラフィッシュCNRはFyn結合部位が保存されていたが，Reelin結合領域の配列は異なっていることが示された。現在，ゼブラフィッシュCNRの分子機能解析を進めている。

マウス嗅球での周波数帯によって分離される独立な２つの経路

田仲祐介，八木　健

　遺伝子と行動との関係を明らかにするために，マウスはターゲッティングなどの遺伝的・分子生物学的な手法を用いて，個体レベルでの表現型としての行動異常の解析が可能である。しかし，行動を制御しているのは中枢神経であり，処理を行うのはそこでの神経回路網である。この観点から，In vivoでのマウス中枢神経系からの神経活動の記録・解析系を確立させた。この過程の中で，マウス嗅球にて低濃度刺激によって誘発される神経活動(LFP) を見いだした。この活動は，従来に報告されている嗅覚性誘発活動（誘起波）より低い周波数帯(7-14Hz) にピークが見られる。さらに垂直多点電極を用いて，この活動が糸球体層と僧帽細胞層の間に由来することを見いだした。また，この低周波活動中でのスパイクの有意な増大は見られなかったが相関を示した。これらの結果は，嗅球において周波数帯によって分離される独立な２つの経路が存在することを示し，低周波発振器(Low Frequency Oscillator) として中枢神経系において機能していることが示唆される。

マウスにおける新規CNRファミリーの単離と分子機能の解析

竹井　豊，八木　健

　CNRファミリー遺伝子は可変領域と定常領域から構成されている。ゲノム上では5’側に15種類の可変領域がタンデムに並んでおり，3’側では三個のエクソンに分かれた定常領域が存在する構造を有している。新規CNRc1及びCNRc2の可変領域はゲノム上で定常状態に最も近接した場所に位置する。また，CNRc1及びCNRc2分子のアミノ酸一次配列はカドヘリン配列及びCNR定常領域を完全に保持しているが，細胞外領域は他のCNRに対して，ホモロジーの低い分子だった。CNRがReelinと結合する際に，CNREC1ドメイン中のRGD配列を含むReelin Binding Domain (RBD) が重要であることが明らかになっているが，新規CNRc1及びCNRc2のEC1ドメイン中にはRGD配列が含まれておらず，更に新規CNRc1及びCNRc2のEC1ドメインをReelinを免疫沈降しないことが明らかとなった。現在，CNRc1及びCNRc2に対する特異抗体の作製，CNRc1及びCNRc2の機能解析をin vivoで行うため，遺伝子改変マウスの作製を進めている。。

情報記憶研究部門

【概要】
　神経細胞移植による脳機能の再建というテーマで研究を行った。神経幹細胞は，FGF存在下の無血清培地中で無限に増殖するので，大量に調整することが出来，有力なドナー細胞候補である。胎仔ラットの中脳腹側部から得た神経幹細胞を，FGF存在下で増殖させ，片側パーキンソン病モデルラットの両側の線条体に移植すると，正常側の線条体より，ドーパミン入力を欠如した側の線条体で，より強くTH陽性ニューロンへ分化した。これは，ドーパミン入力を欠如した線条体の環境が，中脳神経幹細胞をドーパミンニューロンへ分化・生着させるのに適していることを示している。この作用物質候補として，IL-1, FGF, GDNF, グリア由来因子等が想定され，現在，細胞培養，ELISA, Blotting, DNA microarray, SAGE等で解析中である。一方，３-ニトロプロピオン酸投与によるハンチントン病モデル動物とコラゼナーゼ注入による線条体出血モデル動物の開発，その病態及び発症機序を解析した。また，脳梗塞モデル動物の病態とグリア及びニューロン死に対するメラトニンの保護作用を明らかにした。



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