生理学研究所要覧 要覧目次へ戻る生理研ホームページへ

統合生理研究施設

高次脳機能研究プロジェクト

【概要】
 1996年1月に伊佐が着任して5年目を迎えたが,着実に研究者の数も増加し,プロジェクトの幅も広がっている。伊佐の他,斎藤康彦,小林康の助手2名に加え,遠藤利朗,井上由香が博士研究員,大学院生はD2に坂谷智也,山下哲司,D1に勝田秀行という陣容で技官は鈴木(佐々木)千香,研究技術支援推進員に伊佐かおる,研究補助に平山徳子,瀬尾道,秘書が山本淳子という体制であった。しかし年度後半の2月より斎藤は群馬大学医学部講師に栄転した。これまで注意のシステムによる眼球のサッケード運動の修飾という問題をボトムアップ的に解決するために,サッケード運動遂行中のサルの脳幹におけるニューロン活動記録(小林,井上)とサッケード運動制御の中枢である中脳上丘の局所回路をスライス標本で解析する研究(斎藤,遠藤)を柱に行ってきたが,中脳ドーパミン細胞をめぐる神経回路とシナプス受容体の研究(山下及び旭川医大・高草木,斎藤博士との共同研究),マウス上丘電気刺激によるサッケード誘発実験(坂谷),麻酔下のラットにおける上丘局所回路の信号伝播機構(勝田)など次第に研究の幅を広げている。また本年度より伊佐が研究代表者となり,Human Frontier Science Programの共同研究グラントを得て,スウェーデン・ウメオ大学のAlstermark教授と霊長類及びげっ歯類の脊髄介在ニューロンによる運動制御機構に関する共同研究をこれまで以上に展開することになった。

サッカードを指標としたコリン作動性入力による動機付けの制御の解析

小林 康,井上 由香,伊佐 正

 サルのサッカード反応時間を指標にしてコリン作動性システムによる動機付けのメカニズムを解析した。サルの視覚誘導性サッカード課題において,報酬量を増加させると課題の成功率が上昇すると同時に課題開始時に点灯する注視点に向かうサッカードの反応時間が減少するという行動実験の結果を得た。さらに,報酬量を変化させると注視点へのサッカードの反応時間が変化すると同時に脚橋被蓋核(PPTN)ニューロンの注視点点灯に対する視覚応答が変化するという実験結果を得た。この反応は注視点に向かうサッカードの反応時間や課題の遂行度合い〔成功率〕という動機付けやglobal attentionを反映する指標と密接に関係していると思われる。また,PPTNにおいて報酬に対する直接の反応と報酬に対する予測反応を得たが,この活動は,黒質緻密部ドーパミン作動性ニューロンの報酬に対する予測的反応の形成に寄与していると考えられる。

上丘局所回路の興奮伝播の動的機構

斎藤康彦,伊佐 正

 上丘の細胞集団における興奮性結合様式を明らかにするため,ラット上丘のスライス標本を用いて,2個の上丘中間層細胞から同時にホールセル記録を行い,自発的膜電位の変化を調べた。中間層細胞のペアにおいて,Bicucullineを投与し外液のマグネシウムを低くすることにより,同期した脱分極が高頻度で生じた。上丘スライスから中間層のみを含む小片を取り出し,その小片内の2個の細胞からホールセル記録を行ったところ,同期した脱分極が見られたが,その頻度は低かった。ところが,浅層も含む小片を取り出し2個の中間層細胞から同時記録を行うと,同期した脱分極が高頻度で観察された。このことから,同期した脱分極は中間層内で生じうるが,それを引き起こすためには,中間層の外(例えば浅層)からの入力が必要であることが示唆された。中間層における同期的活性化機構は,眼球運動等の運動指令の生成に重要な役割を持つものと考えられる。

ラット上丘浅層ニューロンに発現するAMPA型グルタミン酸受容体サブタイプ

遠藤利朗,伊佐 正

 AMPA型グルタミン酸受容体にはCa2+透過型と非透過型があり,これらの機能的意義が注目されている。本研究では,ラット上丘のスライス標本において上丘浅層ニューロンからホールセル記録を行い,発現しているAMPA型受容体サブタイプを調べた。Ca2+透過型は内向き整流性,非透過型は外向き整流性を示すことから,カイニン酸に対するAMPA型受容体を介した電流応答の整流特性を指標とした。その結果,horizontal cellおよびwide field multipolar cellと呼ばれる,接線方向に広く樹状突起を伸ばす抑制性介在ニューロンにおいてCa2+透過型受容体を強く発現する細胞が多いことが明らかになった。このことから,Ca2+透過型AMPA型受容体が周辺抑制など,視覚地図上での側方抑制作用に関与することが示唆される。

中脳ドーパミンニューロンにおけるニコチン型アセチルコリン受容体の
活性化に伴うカルシウム感受性電流成分の活性化

山下哲司,伊佐 正

 中脳のドーパミン細胞は線条体に投射し,強化学習における誤差信号を送る働きが報告されている。
 このドーパミン(DA) 細胞は,興奮性入力として脚橋被蓋核よりアセチルコリン(ACh) 作動性線維の投射を受け,ニコチン型アセチルコリン受容体(nAChRs)を介する速い興奮性伝達が行われている。我々はこれらのDA細胞においてACh投与に対して起きる速い内向き電流の中にfulfenamic acid (FFA) に感受性を示すおそらくcalcium- tivated-nonselective cation channel (CAN channel) による電流成分が存在する所見を得た。この電流成分の活性化にはnAChRsのsubtypeのうちα7型と非α7型の両方の成分が必要であること,また,その電流-電圧特性は-40から-80 mVの間でnegative slope conductanceを示したことが明らかとなった。

感覚・運動機能研究プロジェクト

【概要】
 本研究室では大型脳磁計を用いたヒト脳機能の研究を行っている。様々な種類の刺激に対する認知機構の解明と高次脳機能の解明が主要研究テーマである。体性感覚系では,後頚部,後頭部,肩といったhomunculusでは明らかにされていない部位の体性感覚野における受容野を明らかにした。また干渉条件を用いて,耳の受容野が顔の領域と後頚部の両方に存在することを確認した。体性感覚認知に対する注意と視覚刺激の影響について報告した。体性感覚誘発脳磁図初期反応の発現機序を,trigger pointの変更及び2発刺激によるいわゆるrecovery curveを解析して明らかにした。痛覚系では,無髄のC線維を選択的に刺激する方法を確立し,末梢神経と脊髄の伝導速度がともに1-3 m/秒であることを明らかにした。また表皮の自由神経終末を選択的に刺激できる針を開発し痛覚関連脳波・脳磁図を記録した。簡便でほとんど痛みも出血も伴わない点が最大の長所である。視覚系では,中心視野と周辺視野に対する格子縞反転刺激視覚誘発脳磁図に対する注意の影響を明らかにした。顔認知において特異的反応とされる「倒立顔効果」が左半球側頭葉下面における特殊作用によって出現する可能性を指摘した。聴覚系では,「自分の声」をリアルタイムで聞く時と録音されたものを聞く場合の聴覚誘発脳磁図を比較し,受容野が有意に異なることを報告した。4000Hz以上の高周波数の音による聴覚誘発脳磁図は,周波数増大に応じて減少し,潜時には延長傾向があった。15000Hz以上の音には反応が見られなかった。ハンマーが金床に振り下ろされるビデオを見せ,音は聞こえないが心の中で音をイメージさせて音の想起に関する活動部位を解析し,前頭葉深部から島に掛けての部位に活動が見られた。言語認知の研究を誘発脳磁場成分ミスマッチフィールド(MMF)を用いて行っている。MMFは1秒前後の短い間隔で繰り返し提示される同一の音(標準刺激)の中に,それとは異なる音響的特性を持つ逸脱刺激がまれに挿入された場合に,逸脱刺激に対して特異的に出現する誘発脳磁場成分である。日本語特有の/l//r/の発音区別の困難が,トレーニングによって改善しそれが左半球で行われることを明らかにした。

後頭部及び肩部刺激による体性感覚誘発脳磁図

糸見和也(名古屋大学医学部・小児科),宝珠山稔(名古屋大学医学部),柿木隆介

 Penfieldが発表した第1次体性感覚野(SI)の受容野分布,いわゆるhomunculusの中で,非常に奇妙な印象を受けるのは,後頭部及び肩部が顔の部位よりも離れて体幹に近い部位に描かれていることである。Homunculusは脳外科手術中の刺激実験によって描かれたものであるので,後頭部などは制約が大きく確認が困難であったことが予想されるため,体性感覚誘発脳磁図(SEF)を用いて再確認作業を行った。電気刺激を肩,乳様突起(後頭部),頬の3箇所に与えて活動部位を同定した。すると,肩刺激ではhomunculusの体幹領域に近い部位に,頬刺激では顔の領域に推定された。しかし,乳様突起(後頭部)刺激では,16名中11名では体幹領域に近い部位に,5名では顔の領域に推定された。この結果は,後頭部領域の特異性による個人差を反映していることを示唆している。(Itomi et al: Brain Topography, 14: 15-23, 2001)

耳刺激による体性感覚誘発脳磁図

二橋 尚志,宝珠山稔(名古屋大学医学部),柿木隆介

 Penfieldらにより人の第一次体性感覚野(SI)局在が初めて報告され,近年,非侵襲的にヒト脳機能を検査する方法(脳磁図,functional MRI,PET)により研究がすすんでいる。しかし,現在までに一次体性感覚野における耳の受容野に関する報告はない。脳磁図をもちいて第一次体性感覚野(SI)における耳の局在を検討した。
 左耳の耳輪,耳垂,耳珠の3箇所に電気刺激を加え。この時の脳活動を脳磁図をもちいて計測した。脳磁図はBTi社製脳磁計(Magnes, 37 channel)を用い,脳磁計の中心は右側SIの頚部及び顔の領域の活動を記録する目的で国際10-20法のC4に配置した。解析には単一電流双極子モデル及び複数電流双極子モデルを用いた。13名中7名にのみ刺激対側に短潜時成分(刺激後20msec,M20及び40msec,M40)を認め,この7名を解析した。耳輪は全例,電流双極子はSIの頚部領域に推定された。耳垂では,4名は頚部領域に推定されたが,1名は顔の領域に,2名は顔及び頚部領域の両方に推定された。耳珠では,2名は頚部領域に,5名は顔及び頚部領域の両方に推定された。発生学的には外耳は前半部,後半部それぞれ3つずつよりなる隆起より形成される。前者は三叉神経により支配され,後者は頚神経より支配を受けている。発生がすすむに従い後者がより優位になる。したがって,耳のSIにおける極在は頚部領域だが,三叉神経の貢献が強くなる前方の部分(耳垂,耳珠)では頚部及び顔領域に存在する例があると考察した。(Nihashi T et al: Neuroimage, 13: 295-304, 2001)

Attention and visual interference affect somatosensory processing

Lam Khanh, Kakigi Ryusuke, Mukai Tomohiro, Yamasaki Hiroshi

    Bilateral median nerves were stimulated unilaterally, and subjects were asked to count left median nerve stimulation while visual interference (cartoon) was applied.  Five compo- nents (1M-5M) were identified in the hemisphere contralateral to the stimulated nerve and only one component (MI) was found in the ipsilateral hemisphere.  Summarizing the results of our previous and present studies, (1) visual interference enhanced the 3M and 4M but reduced the MI, (2) attention enhanced the 3M, 4M, 5M and MI. As a result, (3) visual interference with attention enhanced the 3M and 4M more, and showed no significant change in the 5M and MI. This was compatible with a summation of the effects caused by visual interference alone and attention alone. We considered there were significant interactions of activities relating to somatosensory, visual stimulation and cognitive function, in both the primary (SI) and secondary somatosensory cortex(SII) in humans. (Lam et al: Neuroscience, 104: 689-703, 2001)

近位筋振動刺激による末梢側神経刺激誘発電位への影響

宝珠山稔(名古屋大学医学部)
柿木隆介

 一つの運動を行う際には,主動筋の運動に先行した姿勢の決定や保持のために近位筋の運動が認められる場合がある。随意運動と感覚情報処理の関連を解析する上で末梢からの感覚信号がそれより中枢側の筋感覚信号によって影響をうけるかどうかはしばしば問題となる。手指筋,円回内筋,上腕二頭筋,上腕三頭筋,僧帽筋のそれぞれに振動刺激を与えつつ正中神経刺激による体性感覚誘発脳電位(SEP)を記録した。手指筋以外の全ての筋への刺激はSEP成分(N20-P25-N33, P20-N30)の振幅,潜時に影響を及ぼさず,少なくとも近位筋のIa紡錘筋を主体とする筋感覚入力は末梢神経刺激によるSEPには影響がないことが示された。(Hoshiyama et al: Clinical Neurophysiology, 111: 1607-1610, 2000)

短潜時体性感覚誘発脳磁場成分と脳電位成分との対応

宝珠山稔(名古屋大学医学部)
柿木隆介

 体性感覚の研究では体性感覚誘発脳電位(Somatosensory evoked brain potential, SEP)について多くの知見の蓄積があるものの,近年進歩しつつある体性感覚誘発脳磁場(Somatosensory evoked cortical magnetic field, SEF)との対応は明らかではない.正中神経刺激による短潜時SEF成分とSEP成分の対応を,Inter-potential interval (IPI)のJittar現象を解析し明らかにした。SEF成分で刺激語後20msと30msに認められる1Mと2M成分はそれぞれSEP成分,N20(C3, F3, P3, 国際10-20法)とP30(P3)対応していた。C3より記録されるP25,N33に対応するSEF成分は同定できなかった。また,1Mと2Mの間には時間的な相関はなく,1Mと2Mは刺激に対して独立な反応であることが推察された。(Hoshiyama et al: Brain Research, 908:140-148, 2001)

電気及びCO2レーザー刺激を用いた新しい方法によるA-beta,A-delta,C線維の伝導速度計測

Tran Tuan Diep,Lam Khanh,宝珠山稔,柿木隆介

 A-beta線維,A-delta線維の末梢伝導速度は比較的容易に計測できるが,C線維の場合神経遮断などの特殊な状況でなければ計測できなかった。近年皮膚の非常に狭い領域に弱いレーザー刺激を行うことでC線維の選択的刺激が可能となった。そこで本研究では,通常の電気刺激法,CO2レーザー刺激法および皮膚極小野低強度CO2レーザー刺激法の3種類の刺激法を用いて,A-beta線維,A-delta線維およびC線維の末梢伝導速度を同時に計測した。各刺激を20名の被験者の手背及び前腕に与え,記録される誘発脳電位の頂点潜時差より伝導速度を算出した。得られた伝導速度の平均値はそれぞれ,69.1m/s,10.6m/s,1.2 m/sであった。3種類の線維の伝導速度を同時に計測できる本方法は非侵襲的でかつ簡易であるため,研究領域のみならず臨床的にも有用であると思われる。(Tran et al.: Neurosci Lett, 301: 187-190, 2001)

CO2レーザーによるC線維刺激法を用いた脊髄視床路伝導速度(間接法)

Tran Tuan Diep,乾 幸二,宝珠山稔,柿木隆介

 CO2レーザー刺激による痛み関連誘発脳電位は研究目的のみならず臨床的にも応用されている。この方法を用いたA-delta線維関連の脊髄視床路伝導速度の研究は既に行われているが,C線維関連の脊髄視床路伝導速度計測は本研究が初めての報告である。既に報告した極小野低強度レーザー刺激法(Tran et al., 2001)を用いて上下肢それぞれの2箇所に刺激を与えて誘発電位を記録し,A-delta線維について既に報告されている Kakigi (1991)の方法を用いて脊髄伝導速度を計算した。伝導速度の平均値は2.9m/sであり,末梢C線維の信号は脊髄視床路のC線維を介して視床に伝達されるものと考えられた。本方法は,知覚障害を呈する種々の脊髄疾患における臨床応用にも使用できる有用な方法であると思われる。(Tran et al., Pain, 95: 125-131, 2002)

CO2レーザーによるC線維刺激法で計測した脊髄視床路伝導速度(直接法)

秋 云海,乾 幸二,王 曉宏,Tran Tuan Diep,柿木隆介

 従来C線維を選択的に刺激する方法がなかったためヒトC線維関連の研究は困難であったが,Tranら(2001)は皮膚極小野に低強度CO2レーザー刺激を行う方法で,C線維の末梢伝導速度計測に成功し,ついで上下肢にこの方法で刺激を行うことにより間接的に脊髄伝導速度を算出できることを報告した。本研究では極小野低強度レーザー刺激法を用いてC7からT12脊椎の範囲で皮膚正中線上を刺激し,C線維に関わる脊髄視床路伝導速度を計測した。伝導速度は,誘発脳電位の陽性頂点の潜時差より算出した。比較のため通常のレーザー刺激を同様に行い,A-delta線維に関わる脊髄伝導速度を算出した。極小野刺激での伝導速度は11名の平均値で2.2m/sであり,通常のレーザー刺激の10.0m/sより明らかに遅かった。この結果は,末梢C線維で伝達される興奮は,脊髄においてもC線維を上行することを示すものである。(Qiu et al., Neurosci Lett, 311: 181-184, 2001)

表皮内針電極を用いたヒト皮膚A-delta線維の選択的刺激

乾幸二,Tran Tuan Diep,宝珠山稔,柿木隆介

 ヒト皮膚A-delta線維の選択的刺激を目的に表皮内電気刺激用の針電極を作成し,その有用性を誘発脳電位を用いて検討した。針の長さは0.2mmであり,皮膚に電極を刺入すると針の先端が表皮内に位置するようになっている。左手背および上腕を0.1-0.3mA, 0.5msで刺激し,得られた誘発電位の陽性成分頂点潜時より末梢伝導速度を計算した。比較のため同様の刺激をCO2レーザー(LS),通常の経皮的電気刺激(TS)でも行った。算出された末梢伝導速度は表皮内電気刺激(ES)で15.3m/sであり,LSによる伝導速度(15.1m/s)と相関した。一方TSによる伝導速度は44.1m/sであり,有意に早かった。ESおよびLSの値は両者の興奮伝導がA-delta線維を介することを示している。本方法は特殊な機器を必要とせず,扱いも極めて簡便である。また出血や熱傷もなく非侵襲的である。従ってヒト痛覚関連の研究に有用であると考えられる。(Inui et al., Pain, 96: 247-252, 2002)

表皮内電気刺激法を用いた痛み関連誘発脳磁場

乾幸二,Tran Tuan Diep,秋云海,王曉宏,宝珠山稔,柿木隆介

 我々は,独自に作成した針電極を用いて表皮内を電気刺激することでヒト皮膚A-delta線維を選択的に刺激できることを報告した(Inui et al., 2002)。本研究では,表皮内電気刺激法(ES)による痛み関連誘発脳磁場を検討した。0.1-0.3mA,1.0msの条件で手背および前腕にESを行い,脳磁場を記録した。13名の被験者のうち,8名では単一双極子モデルでの解析が可能であり,8名全ての被験者で双極子は両側第2次体性感覚野(SII)に推定された。残りの5名では時間的にオーバーラップする2つ以上の電流源があると考えられ,多信号源解析ソフトを用いて解析したところ,両側SIIに加え,それとほぼ平行して活動する第1次体性感覚野(SI)にも電流源が推定された。手背および前腕刺激で得られた磁場成分の潜時差より末梢の伝導速度は15.6m/sと算出された。これらの結果は,既に報告されている多くの痛み関連脳磁場研究結果と一致するものであり,本方法は痛み関連誘発脳磁場においても有用な刺激方法であると考えられる。(Inui et al., Clinical Neurophysiology, 113: 298-304, 2002)

中心視野への注意によるパターンリバーサル視覚誘発電位への影響

宝珠山稔(名古屋大学医学部)
柿木隆介

 中心視野および周辺視野のパターンリバーサル刺激による視覚誘発電位(Pattern-reversal visual evoked potential, PRVEP)が中心視野への注視や意識の集中の度合いによってどのように影響を受けるかを解析した。中心視野への単純な注視,努力的凝視,中心視野への反応信号の提示による注視の3条件について中心視野と周辺視野,全視野刺激によるPRVEPを測定した。努力的凝視と課題提示にて中心視野刺激によるPEVEP成分は振幅の増大を示し,周辺視野刺激によるPRVEP成分は減衰を示した。全視野では条件による差は認められなかった。中心視野への注意の程度により中心視野と周辺視野刺激に対する脳反応はreciprocalにfacilitation とsuppressionが生じている可能性が示唆された。(Hoshiyama et al: Brain Topography, 13: 293-298, 2001)

A first comparison of the multifocal visual evoked magnetic field and visual evoked potential

Wang Lihong, Kakigi Ryusuke, Kaneoke Yoshiki, Okusa Tomohiro,
Barber Colin (Medical Physics Department, Queen’s Medical Centre, Nottingham, UK)

    Our objective was to determine the feasibility of recording reliable multifocal visual evoked magnetic fields (mfVEFs), to investigate the maximum stimulus eccentricity for which the mfVEF responses can be obtained, and to study how this changes with checksize (spatial frequency tuning).Using an initial checksize of 30', we recorded pattern-onset mfVEFs and multifocal visual evoked potentials (mfVEPs) under the same conditions. Eccentricity changes with spatial frequency were studied using six kinds of different checksizes. We obtained, for the first time, reliable mfVEFs, and found they could be elicited from more peripheral stimulus elements than could mfVEPs. The larger the checksize, the greater the eccentricity reached. The mfVEF can to some extent overcome the limitation of the mVEP and record both foveal and more peripheral responses. (Wang et al: Neuroscience Letters, 315:13-16,2001)

脳波と脳磁図を用いた「倒立顔認知」の研究

渡辺昌子, 柿木隆介

 これまで,ヒトの顔認知機構について「正立した顔」や「目の動き」を刺激として研究してきた。引き続き今年は,「倒立顔を見るときには正立顔を見るときと異なる情報処理が脳内で行われる」という説(face inversion effect)について,脳磁図と脳波を用いて解析した。正立顔,倒立顔及びobjectの刺激画像をそれぞれ半視野に提示し,刺激提示視野対側半球から脳磁場を記録することで左右半球間の違いを調べた。その結果,左半視野刺激(右半球)では倒立顔に対して反応の潜時が延長するのに対し,右半視野提示(左半球)では逆に短くなる傾向があった。このことから,倒立顔に対しては左半球優位,正立顔に対しては右半球優位であることが示唆された。Object刺激に対する反応は倒立顔刺激に対する反応とパターンが異なり,「倒立顔はobjectとして情報処理される」という仮説と適合しない結果であった。また,複数双極子モデル(BESA)及び脳波の結果より,顔認知活動には側頭葉下面と外側の2個所が関与することが示唆された。倒立顔と正立顔に対する反応の活動源位置に有意な違いはなかった。倒立顔に対する反応の,潜時延長は側頭葉下面で有意であり振幅増大は脳波(主に側頭葉外側の活動を反映)で明瞭だったことから,側頭葉下面は主に個々の顔の同定に,側頭葉外側は顔の様々な要素の検出に深く関与しているのではないかと考察した。

自分の声(own voice)に関連する聴覚誘発脳磁図

軍司敦子,宝珠山稔,柿木隆介

 ヒト発声時の脳活動には呼吸や発声器官を制御する運動や,発声後の自己の声による聴性の反応が含まれると考えられている。本研究では,単純な発声時における脳磁場反応から聴覚反応成分を分離し,その発生源を推定した。健常者 10 名を対象に, 4-6 秒間隔で単母音 (/u/) を繰り返し発声する課題を実施し,発声関連脳磁場 (vocalization related cortical field: VRCF) を自分の声が聞こえない状態の masking 条件と通常 (control) の条件下で記録した。VRCF は,発声開始後およそ 90 ms でピークを示し。その振幅はmasking条件よりcontrolで有意に大きかった(p< 0.05)。control-masking条件間の差分波形を求めたところ,発声開始後 81.3 ± 20.5 ms に頂点を示す 1M 成分が得られた。1M成分は,音声を聴取した時に出現する auditory evoked magnetic field (AEF) の M100 成分に対する発生源と同様,聴覚野付近に推定されたことから,この成分がM100と同様の成分で自分の声に対する反応であると推察された。また,左半球において,1M成分はM100成分よりも約 1 cm 中心寄りに解析された (p<0.05)。発声時には,生成しようとした音声と実際に発した音声とを照合するためのプロセスが関与し,単純に外界からの音刺激を聴取する場合とは異なる過程が存在することが考えられる。それは,外界からの音を聴取するときに活動する皮質活動とは異なる過程を呈するのかもしれない。(Gunji A et al: Clin Neurophysiol, 112:514-520, 2001)

高周波純音による聴覚誘発脳磁場

藤岡孝子,柿木隆介,軍司敦子,竹島康行

 ヒト聴覚野における聴覚誘発脳磁場反応(Auditory Evoked Field, AEF)で中域可聴音を用いたトノトピイ(周波数局在性)存在が報告されている。本研究では,健常成人可聴域上限までの高周波および超音波を用いて聴覚刺激を加え,AEFを計測し,長潜時成分N1mについて検討した。すなわち,周波数として4000から段階的に14000Hzまで,および超音波として15000Hz,20,000Hz,40,000Hzの純音を健常成人12名に与えた。この結果,14000Hzまではほぼ全員にN1m反応が認められたが,15,000Hz以上の超音波に対するN1mは得られなかった。また,N1mの振幅は周波数増大に応じて減少し,潜時には延長傾向があった。左右半球間差として右半球で左半球より振幅が有意に大きく,N1mの信号源位置は有意に前方かつ外側またECD向きは,左で頭頂方向に対してより垂直であった。また左半球では周波数増大に応じた比例関係がみとめられた。これらの結果は,N1m反応の中域可聴音によるこれまでの報告における右半球優位性および周波数依存性とほぼ同様の傾向にしたがっていると考えられた。すなわち,今回の研究により,高周波可聴域においても,ヒト聴覚野のトノトピイが保持されていることが確かめられた。(Fujioka T, et al.: Neuroscience, in press)

音の想起に関連する初期の脳反応

宝珠山稔(名古屋大学医学部)
軍司敦子,柿木隆介

 音の想起に関する脳反応は機能画像的研究を中心に行なわれ,いくつかの活動部位が報告されているが,反応各部の時間的関係は明らかではない.音を想起する課題により誘発される脳反応を脳磁計を用いて計測することにより,音の想起に関連する初期の脳反応を同定した。音を生じる場面を視覚的に提示し音を想起させると,課題提示後約150msに想起に特異的な反応成分(R1)を認め,反応は右半球優位であった。R1に対する信号源は個人差が認められたものの聴覚野とは明らかに分布が異なり,信号源はPre-frontal sulcusの深部からInsulaにかけての領域に推定された。音の想起に関する早期の成分については1次聴覚野以外の領域の活動が含まれると考えられた。(Hoshiyama et al: NeuroReport,12: 1097-1102,2001)

Neural activities during Wisconsin Card Sorting Test–MEG observation

Wang Lihong, Kakigi Ryusuke, Hoshiyama Minoru

    Taking the advantage of high temporal resolution of magnetoencephalogray (MEG), we dissociated the neural activities related to shift attention processing and to the working memory and decision making processing involved in the Wisconsin Card Sorting Test (WCST).  Significantly larger activities to the wrong signals compared with those to the correct signals were found at 460~640 ms after the presentation of the feedback signals in the dorsolateral prental cortex and the middle frontal cortex. Comparison of the MEG recordings to the card presentations processed by the wrong and by the correct feedbacks revealed that different activities occurred in the period of 190~220ms and 300~ 440 ms mainly at the supramarginal gyrus, the dorsolateral prefrontal, and the middle and inferior frontal gyrus. Our results proved that the WCST task activates a broad frontal area and the parieto-frontal network across time streaming. Both shifting attention to the wrong feedback and enhanced visual working memory to the sorting shifting condition of the card presentation occur in the same areas at different time points. (Wang et al: Brain Research Cognitive Brain Research, 12: 19-31, 2001)

語音に対する誘発脳磁場反応:聞き分けトレーニング効果の検討

小山幸子,軍司敦子,山田玲子((株)ATR人間情報科学研究所),矢部博興(弘前大学医学部),
久保理恵子((株)ATR人間情報科学研究所),大岩昌子(名古屋外国語大学外国語学部),柿木隆介

 語音の構成は言語によって異なるために外国語学習時には,母語に存在しない音素の認識,聞き分けが学習者にとって大きな課題となる。山田らの検討により,成人でも,トレーニングによって米語の /l//r/ など日本語に含まれない音素の聞き分けを学習できることが確認されている。我々は /l/ と /r/ の聞き分けの学習に関与する神経基盤を探るために,学習の前後に誘発脳磁場成分ミスマッチフィールド(MMF)を記録した。MMFは1秒前後の短い間隔で繰り返し提示される同一の音(標準刺激)の中に,それとは異なる音響的特性を持つ逸脱刺激がまれに挿入された場合に,逸脱刺激に対して特異的に出現する誘発脳磁場成分である。逸脱刺激と標準刺激の間の心理的な距離が大きくなるのに従って,MMFの振幅は増大し,その潜時は短縮する。我々は右手利きの日本語話者16名にトレーニングを行い,トレーニングの前後に脳磁場を測定した。1セッション約30分のトレーニングを45セッション,23-50日かけて行った。3名の話者に対する聞き分け率をトレーニングの前後に測定したところ,3名の話者全員に対して聞き分け率が15%以上向上した9名の被験者のうち8名では左大脳半球から記録された脳磁場に以下の変化が認められた。4名の被験者では,トレーニング前には出現しなかったMMF成分が出現した。4名の被験者では,トレーニング後にMMF潜時が短縮した。これらのMMFの発生源は聴覚野に推定された。聞き分け率の向上が話者によってばらつきがみられた被験者にはこのような変化が認められなかった。本検討から語音の獲得には左大脳半球が関与していることが示唆された。
Koyama et al., (2000) Neuroreport 11: 3765-3769
Koyama et al., (2000) Brain Research Cognitive Brain Research 10: 119-124.
Yabe et al. (2000a) Brain Research Cognitive Brain Research 12: 39-48
Yabe et al. (2000b) Brain Research 897: 222-227


このページの先頭へ要覧目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2002 National Institute for Physiological Sciences