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脳機能計測センター

形態情報解析室

【概要】
 形態情報解析室は,形態に関連する超高圧電子顕微鏡室(別棟)と組織培養標本室(本棟2F)から構成される。
 はじめに超高圧電子顕微鏡室に関連する事項を,記述する。医学生物学用超高圧電子顕微鏡(H-1250M型)が昭和57年3月に導入されて,同年11月よりこれを用いての共同利用実験が開始された。平成12年度は共同利用実験計画が19年目に入っている。本研究所の超高圧電顕の特徴を生かした応用研究の公募に対して全国から応募があり,平成12年度は最終的に12課題が採択され,実施された。これらは,厚い生物試料の立体観察と三次元解析,薄い試料の高分解能観察等である。米国および韓国からの研究者による実験も行われている。共同利用実験の成果は,超高圧電子顕微鏡共同利用実験報告の章に詳述されている。
 超高圧電子顕微鏡室では,上記の共同利用実験計画を援助するとともに,これらの課題を支える各種装置の維持管理及び開発,医学生物学用超高圧電子顕微鏡に関連する各種基礎データの集積および電子顕微鏡画像処理解析法の開発に取り組んでいる。本年度の超高圧電顕の利用状況の内訳は,共同利用実験等169日,修理調整等67日である(技術課脳機能計測センター形態情報解析室報告参照)。電顕フィルム使用枚数は7,028 枚,フィラメン点灯時間は477.1 時間であった。装置は,平均93 %の稼働率で利用されており,試料位置で10−6Pa台の高い真空度のもとに,各部の劣化に伴う修理改造を伴いながらも,高い解像度を保って安定に運転されている。
 組織培養標本室は通常用およびP2用の培養細胞専用の培養機器と,各種の光学顕微鏡標本の作製および観察用機器の整備に勤めている。平成12年度の利用者は所内11部門33名,所外1名であった。

超高圧電子顕微鏡用広視野高解像度対物レンズの結像特性

有井達夫

 医学生物学用としての超高圧電子顕微鏡(H-1250M)は,出来るだけ低倍(×1,000)において,広い視野を,高解像度に撮影できることが必要である。導入当初は,高分解能用を兼用した対物レンズとして導入されており,1,000倍において使用できる対物絞りに限界があり,また観察視野がフィルムの大きさに比較して制限されていた。そこでより広い視野を高コントラストで撮影することが出来るように低倍対策用対物レンズポールピース(fobj = 5.0 mm, CC = 3.9 mm, CS = 5.5 mm)を試作し,1994年6月に設置した。これに合わせて結像系内の光軸上の固定絞りの径を変更している。これらの結果,1,000倍の倍率において,導入時には,対物絞り直径50μmを用いても試料観察視野直径〜65μmであったが,変更後は,視野直径〜78μm内の領域を,対物絞り直径10μmを用いても,観察可能と改善された。
 このとき,対物レンズの前磁場の前で,ほとんど平行に照射される条件で過不足焦点の量(Δz)に応じた倍率(M)変化量を測定すると,
 ΔM= 2.2×10-4μm-1)M・Δz
 であり,像回転の変化量(Δθ)は,
 Δθ= 2.0×10-4(rad・μm-1)Δz
 である。倍率変化量は約1/2 となり,像回転は,約10%減と,改善された。
 また,サイドエントリーホールダーによる試料傾斜駆動範囲を,±45度から,±60度まで傾斜できるように改造することができた。これらの結果,厚い生物試料の電子線トモグラフィーにも,有利な仕様となっている。しかし改造に伴い,現在,傾斜軸は,フィルムの長辺に対して約10度傾斜している。

ラット小脳の生後発達におけるエンドセリン受容体の発現と局在

古家園子,尾崎 毅
堀 清次(大阪バイオサイエンス研究所)

 強力な血管作働性物質として発見されたエンドセリンは発生の過程において,種々の細胞の増殖や分化を促進することが知られている。エンドセリン受容体にはETAとETBが知られており,小脳にはETBが局在していることがin situ hybridization法にて明らかにされている。そこで,正常ラットおよびETB突然変異ラットについて小脳の生後発達過程におけるエンドセリン受容体の発現と局在を,抗ETB抗体,抗ETA抗体を用いた電顕免疫組織化学法にて観察した。
 ETBは正常ラットでは生後5日から,バーグマングリアおよび顆粒層のアストロサイトに発現した。細胞質全体および形質膜に免疫反応が認められたが,特にゴルジ装置に強い反応性が認められた。生後14日では,ETBはバーグマングリアのゴルジ装置,および細胞突起の形質膜へ局在した。生後3週以降では,バーグマングリアのゴルジ装置にのみ局在した。顆粒層のアストロサイトにおいては,生後3週間以内にETBは認められなくなった。ETAは正常ラットにおいては,生後9 – 14日にバーグマングリアや顆粒層のアストロサイトに発現し,3週齢までに消失した。ETB突然変異ラット(sl/sl)においては,生後7 – 14日にETAが発現した。ETAは細胞質全体に一様に存在したが,正常ラット,sl/slラットともに,生後3週までに消失した。sl/slラットでは,正常ラットより2日はやくETAが発現したことから,ETAがETBの機能を代償している可能性も考えられる。エンドセリンおよびエンドセリン受容体の役割については,今後の解明が待たれる。

生体情報処理室

【概要】
 脳における情報処理には,ネットワークを構成している個々のニューロンの発火パターンが意味を持つデジタル的過程と,非線形素子としてのニューロンの興奮性変化が意味をもつアナログ的過程がある。後者には種々の細胞内情報伝達系の活性化が密接に関与しており,それらの活性の量的な違いやバランスの変化は,ニューロン回路で行われているデジタル的処理にも大きな影響を及ぼしている。それゆえ,特定のニューロン・ネットワークへの入力は同様であっても,ある場合は学習・記憶の生成・保持などが起こり,他の場合は成熟・老化,疾患や細胞死が起こるなど,多彩な結果が生じていると予想される。当室では,外界からの刺激または侵襲に対する,受容体の変化−細胞内の分子の動き−生化学的変化−興奮性の変化−神経機能の変化−脳機能・脳機能障害の発現,という一連の過程をニューロン・ネットワーク上で総合的に捉え,脳における情報処理の基本的な仕組みを理解することを目指している。現在は,中枢ニューロンの興奮性調節機構に関して,以下の3テーマを中心に研究を行っている。
 なお当室では,吉村・村田両技官が中心となり,所内共用施設として,SGIOrigin2000を核とする生体情報解析システム,および,各種所内ネットワークサービスの運用を行っている。これらについての詳細は技術課の項を参照されたい。

樹状突起活動電位の伝播調節メカニズムの解析

坪川 宏

 樹状突起は,種々のシナプス入力を統合してニューロンの出力を決定するためのADコンバーターとして,情報処理上の重要な役割を担っている。シナプス統合のメカニズムは脳内のニューロンにより異なるが,大脳皮質や海馬の錐体細胞では,細胞体側より逆行性に伝播してくる樹状突起活動電位の寄与が大きいことが近年明らかになってきている。樹状突起における活動電位の特性は,樹状突起に存在する種々の電位依存性イオンチャネルやトランスポーターの活性により精密に調節され,さらにこれらの機能分子は細胞内のシグナル伝達系により直接・間接にコントロールされていると考えられる。この調節機構の詳細を明らかにするため,イオン・イメージングをはじめとした光学的手法と,パッチクランプ法等の電気生理学的手法を併用し,海馬スライス標本上の錐体細胞を用いて,樹状突起活動電位の解析を行っている。これまで,この活動電位とそれに伴う細胞内Ca2+の増加がGタンパクを介する細胞内情報伝達系の活性化により調節されることを報告してきた。今年は,細胞内Ca2+の増加によるCaMKIIの活性化が樹状突起活動電位の伝播を長時間促進しうること,またこの効果は3量体GタンパクGqのαサブユニット欠損マウスでも見られることを報告した(Tsubokawa H et al., J Neurosci, 20 : 4878-84.)。

細胞内シグナル伝達系の活性とニューロン活動との時間的・空間的関係の解析

坪川 宏,高木佐知子

 細胞内シグナル伝達系の活性変化は,シナプス伝達の長期増強や長期抑圧といった可塑的変化に重要な役割を果たし,また一方では細胞死を導く要因にもなりうることが知られている。ニューロン機能におけるシグナル伝達の役割をより明確にして行くために,タンパク質リン酸化酵素をはじめとした酵素群の動態と種々のニューロン活動との時間的・空間的関係を詳細に解析することは必要不可欠と考えられる。本研究は,中枢ニューロンの一つのモデルとして海馬スライス標本上の錐体細胞を用い,3量体Gタンパク質Gq及びG11のカスケードにつながるタンパク質リン酸化酵素,PKCの活性変化を可視化し,ニューロン活動やそれに伴う細胞内Ca2+濃度変化とPKCの活性変化との時間・空間的関係を明らかにすることを目指している。今年は,PKCの薬理学的活性化に伴う細胞内移動を,PKC結合性蛍光色素を単一ニューロン内へ注入して検出することを試みた(Tsubokawa H, Jpn. J. Physiol. 50: S118, Tsubokawa H, Takagi S, Soc. Neurosci. Abs. 26: 876)。

中枢ニューロンの容積調節と興奮性調節の機能的カップリングの解析

高木佐知子,坪川 宏

 脳細胞では,てんかん発作,虚血侵襲の急性期などにswelling,blebなどと呼ばれる細胞膨張が見られる。また,海馬CA1野における遅発性細胞死やアポートシスの過程では持続的な容積減少(shrink)が観察される。しかしながら,これらの容積変化が神経障害の過程でどのような意味を持つのか不明である。本研究では,種々のニューロン活動の変化と容積変化との関係を解析し,興奮性調節と容積調節の両メカニズムに関与する分子の機能連関を明らかにすると共に,それらの破綻と病態との関連を明らかにすることを目指している。
 海馬など細胞が高密度に存在する脳内部位では,細胞が容積変化を起こすと,一定体積あたりの細胞と細胞間隙の占有パターンが変わり,それに応じて近赤外光の透過率が変化することが知られている。この性質を利用して,海馬スライス標本のニューロンから電気生理学的記録を行うと共に,内因性光学シグナルのイメージングを行ない,様々なストレス負荷で起こる興奮性変化と容積異常の時間的・空間的特性を解析している。

機能情報解析室

【概要】
 二つの分野で研究が行われた。
 1) 分子レベルでの生理・病理機能発現の基礎となる蛋白質構造物性の研究が今野により進められた。研究内容は,a) 溶液環境の変化に応答する蛋白質分子構造変化の解析,b) 細胞内蛋白質分解系に関与する蛋白質群の構造・物性解析,c) アミロイド凝集体の形成機序の解析,等である。これらの研究のために,遺伝子工学・蛋白質工学・諸分光法・X線散乱法・電子顕微鏡法・その他の物理測定法が総合的に適用されている。
 2) 脳の高次機能を司る神経機構の研究が逵本により進められた。随意運動や思考に関連する脳活動を,サルとヒトを検査対象にして,大脳皮質電位の直接記録・PET(陽電子断層撮影法)・脳磁図・脳波等を併用して解析している。

静電的相互作用で駆動されるアミロイド誘起性蛋白質凝集機構

今野 卓

 アミロイド凝集体と他の蛋白質分子との相互作用は,アミロイド関連病理機構の解明に不可欠である。その相互作用の物理化学的性状の一般的解明に寄与するため,細胞毒性をもつアルツハイマー病関連ペプチドがつくるアミロイドと多種類の可溶性蛋白質との間の相互作用を検討した。その結果,このアミロイドは,広範囲の蛋白質種に対して破壊的に働き,凝集・沈殿を引き起こすことが観察された。さらに,変異体ペプチドを使った実験などから,その現象を引き起こす相互作用が,静電的力で駆動されていることも示された。総括として,アミロイドと蛋白質間の相互作用とそれに続く蛋白質構造の崩壊についての一般的スキームを提案した。(Biochemistry (2001) 40, 2148-2154に発表)

意欲に関係する脳活動の研究

逵本 徹

 「意欲」の神経機序は不明な点が多い。報酬を得るために運動課題を遂行するサルの意欲は,客観的には測定不可能であるが,様々な要因で変動することが推察される。例えば課題を継続して行うと,報酬を獲得していくのに伴って,課題遂行への意欲は減退していくと考えられる。また,報酬がより望ましいものに変更されれば,意欲は増加するであろう。認知運動課題遂行中のサルの前頭前野・海馬・前帯状野の脳血流量が,想定される意欲の変化と一致した変動を示すことが陽電子断層撮影法(PET)を用いた実験で明らかになった。大脳辺縁系と前頭前野の「意欲」への関与を示唆する知見と考えられる。この脳活動の詳細を調べるため,大脳皮質電位記録法とPETによる解析を進めている。


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