生理学研究所年報

1. 脳内部位特異的ドレブリンＡノックアウトマウスの作製

白尾智明（群馬大学医学部附属行動医学研究施設行動分析学部門)
小幡邦彦，柳川右千夫

　ドレブリンは大脳神経細胞の樹状突起スパインに存在するアクチン結合蛋白であり，スパイン細胞骨格の再編成によるシナプス可塑性の調節因子として働いている可能性が強い。本研究では，この仮説を検証するために，ドレブリンＡを部位特異的にノックアウトし，in vivo, in vitroで，シナプス機能の変化を解析することにより，シナプス機能における神経伝達物質受容体・細胞骨格連関の重要性が明らかにすることを目指す。
　昨年度の研究により，ドレブリンE及びAともに脳内領野特異的にノックアウトするためのターゲッティングヴェクター pLox-Dを作製した。また，ドレブリンの発現量を変化させずにドレブリンＡアイソフォームの発現のみを脳内全体でノックアウトするためのマウス作成用のターゲッティングベクター pDAを作製した。本年度は，これらのこれらのターゲッティングヴェクターを用いてＥＳ細胞に相同組み換えを起こさせ，そのＥＳ細胞を使ってミュータントマウス作製を試みた。その結果，pLox-Dにより相同組み換えを起こさせたＥＳ細胞からは４匹のキメラが誕生したが，生殖細胞には組み替え遺伝子は入らなかった。そこで，新たにpLox-D相同組み換えＥＳ細胞の作成を行っている。また，pDAにより相同組み換えを起こさせたＥＳ細胞からはキメラは誕生しなかった。このことは，pDAによる相同組み替えにより，ドレブリンA以外に影響を受ける蛋白が存在する可能性を示唆していた。そこで，pDA相同組み換えにより欠損する遺伝子配列ins2のをもつ新たなcDNAのクローニングをＲＴ－ＰＣＲ法を用いて行った。その結果，ins2配列の後ろに新たに319塩基の配列が付け加わった新たなcDNAを同定することができた。このcDNAの塩基配列を決定したところ，ドレブリンＡ（約７７ＫＤ）のＣ末端領域を欠損した分子量約４２ＫＤの蛋白であることがわかった。そこで，この新規蛋白をS-ドレブリンAと名付けた。この結果，pDA相同組み換えＥＳ細胞からできる動物はドレブリンＡばかりでなくS-ドレブリンAの発現もノックアウトされることがわかった。

2. GADおよびChAT遺伝子の発現制御における神経選択的サイレンサーの役割

森　　望（国立療養所中部病院長寿医療研究センター・分子遺伝学研究部)
David Saffen（東京大学大学院医学系研究科)
蒔苗公利（弘前大学医学部耳鼻咽喉科学教室)
柳川右千夫

　発達および老化過程での脳の機能維持には，神経ネットワークの再編成能力の維持や神経の応答性の確保が重要である。その背後には神経細胞の中での様々な遺伝子発現が正常に遂行され，迅速な転写応答性を維持する必要がある。神経伝達物質の合成酵素や受容体，トランスポーター，シナプス関連分子や細胞表層の接着因子，ニューロフィラメントや微小管等の神経骨格やGAP-43, SCG10等の突起伸展関連分子，等々，神経の機能維持に直結した神経細胞（ニューロン）特異的遺伝子群は多種多様である。これらは，非常に複雑な時間的空間的な転写制御の支配下にあるが，興味深いことに，その多くの神経細胞特異的な遺伝子発現制御が神経選択的サイレンサー（NRS）とよばれる22塩基対の共通配列で制御される。この転写エレメントNRSには基本的に非神経細胞で発現されているNRSF（REST）とよばれる核内転写抑制因子が結合し，非神経細胞中で一連の神経特異的遺伝子群は選択的な転写抑制を受ける。
　NRSFが神経遺伝子のプロモーターを抑える仕組みの根幹は，コリプレッサーmSin3とともにヒストン脱アセチル化酵素（HDAC）をリクルートすることにある。HDACはターゲットとなる遺伝子周辺のクロマチン構造を硬い状況に変換させ，結果的にRNAポリメラーゼが作用しにくくなることにより，転写抑制を来たす。HDAC阻害剤であるTSAを作用させると，非神経細胞がChAT mRNAも発現することがわかった。このようにNRS- NRSFシステムは神経の分化制御，神経伝達物質の発現制御に係わる。HDACはクロマチン構造の維持に必要な酵素なので，老化過程における遺伝子制御に関しては大変重要な位置を占める。最近，出芽酵母の寿命制御に関し，ある種のHDAC（Sir2: NAD-HDAC）が重要であることが明かとなった。Sir2の変異により長寿命化したのである。HDACは多種類存在するが，今後は，いろいろなHDACの老化，寿命制御への効果が調べられるであろう。
　昨今，ヒトゲノムプロジェクトの終了にともない，ヒトゲノム中にあるNRSおよびNRS様配列を調査し整理した。その結果，従来想定されていた遺伝子に加え，新たに数十種類の遺伝子を特定した。これらの多くは進化上，遺伝子重複により創出され，神経機能獲得に特異化したものである。GAD（GAD65とGAD67の２型存在）遺伝子もその重要なターゲットのひとつと考えられた。また，我々がマウスGAD65遺伝子とGAD67遺伝子を構造解析した結果，両遺伝子にNRS様配列が認められた。

3. 細胞内Ca，サイクリックAMP，NOによる水分泌・開口分泌の細胞内制御機構

村上政隆，吉村啓一（北大歯），瀬川彰久（北里大医）橋本貞充（東京歯大)
杉谷博士，横山三紀，吉垣純子，道家洋子，通川広美（日大松戸歯)
瀬尾芳輝（京都府医大），赤川公朗（杏林大医)

　外分泌腺は，分泌刺激を受けとると水輸送機構と開口分泌が両方活性化されるが，細胞内Ca，サイクリックAMP，NOの信号系を含む細胞内制御機構については不明な点が多い。本研究では，大量の水分泌と開口分泌を観察できる唾液腺に対象を限定し，血管潅流系及び遊離細胞系を用い，分泌経過に沿って水・アミラーゼ・ムチンの分泌・酸素消費を計測し種々の細胞内情報伝達系の協調機構を検討した。平成12年度は，1) 細胞内Ca信号による分泌反応に対する細胞内サイクリックAMP信号による増強効果の存在の有無，2）ラット耳下腺腺房細胞におけるVAMP2結合タンパク質の検索，3) 低分子量GTP結合タンパク質Arf の役割，4) ウサギ顎下腺細胞における一酸化窒素（NO）産生調節，5) 傍細胞水輸送の制御因子と開口分泌活性化の関係について検討を行った。
　1) ラット顎下腺血管潅流標本を作り，水分泌・ムチン分泌・酸素消費の時間経過を測定，平静10-11年度で明らかにならなかったβアドレナリン受容体刺激による水分泌と酸素消費の増強効果を低濃度のカルバコールで刺激することにより確認することができた。従来の結果とあわせ，増強効果が細胞エネルギー供給系の能力により制限される可能性が示唆された。
　2) ラット耳下腺腺房細胞におけるVAMP2結合タンパク質の検索に関しては，ラット耳下腺cDNAライブラリーを作成し，酵母を用いた２ハイブリッドシステムにより行った。Syntaxin4が結合する結果は得られたが，新たなVAMP2結合タンパク質はまだ得られていない。
　3) Arfに関しては，可透過性耳下腺腺房細胞においてArfペプチドがcAMP依存性アミラーゼ開口放出を抑制した。このことから，開口放出に関連することが示唆された。
　4) ウサギ顎下腺のNO産生においては，Ca²⁺依存性のNO合成酵素が細胞質および細胞膜に局在することが認められ，細胞膜NO合成酵素の活性はイノシトールリン脂質により阻害を受けることから，NO産生にはリン脂質代謝が関与することが示唆された。
　5) ラット顎下腺血管潅流系を倒立顕微鏡システムに設置し，細胞間隙を蛍光色素マーカーが通過する観察を予備実験として実施，分泌刺激で制御される可能性が示された。また細胞間隙微細構造観察のため金関博士の指導を得てラット顎下腺血管潅流試料の凍結割断実験を開始した。

4. 卵活性化精子因子の同定と作用機序

宮崎俊一，白川英樹，淡路健雄（東京女子医大第二生理)
経塚啓一郎（東北大浅虫臨実），出口竜作（宮城教育大)
黒田英世，黒田　律（富山大生物)
毛利達磨

　受精時に卵子活性化の引き金になる細胞内Ca²⁺濃度上昇を誘発する機序，精子の卵活性化因子の同定を目的として共同実験を行った。1) ハムスター精子あるいはブタ精巣から卵活性化蛋白質を精製した。活性のアッセイは，精子抽出物を各種クロマトグラフィーにかけて部分精製した画分をマウス卵内に注入し，反復性Ca²⁺増加（Ca²⁺オシレーション）を高速Ca²⁺画像解析装置（ARGUS /HiSCA, 浜松ホトニクス）を用いて記録した。現在精製途中である。2) 原索動物ホヤの粗精製した精子因子をホヤ卵内に局所注入した際の卵細胞内Ca²⁺上昇を時・空間的解析し，卵皮質が中心部に比べて高いことを明らかにした。3) ウニ卵内に注入したcaged IP₃, caged cADP riboseを紫外線照射により瞬時に活性型に変換して卵を刺激した場合Ca²⁺波が発生するか否かを観察した。

5. 卵細胞におけるIP₃動態の可視化

飯野正光，広瀬謙造，山澤徳志子（東京大・大学院医学研究科)
尾田正二，河内　全（東京女子医大第二生理)
尾松万理子（滋賀医大・第二生理)
毛利達磨，宮崎俊一

　細胞内二次メッセンジャーであるイノシトール1,4,5三リン酸(IP₃)の動態を可視化して画像解析を行うことは，細胞内情報伝達の研究上極めて有用である。本共同研究は，広瀬らが開発・発表したIP₃用プローブ(Science, 1999, vol. 284)を卵細胞に適用し，時・空間的に画像解析することを目的とした。ホスホリパーゼＣ(PLC)d4のPHドメイン(PHD)に蛍光蛋白質EGFPを連結したcDNAを用いて大腸菌でPHD-EGFPを合成し，マウス卵細胞に注入した。PHDは細胞膜のフォスファティディルイノシトール4,5二リン酸(PIP₂)に結合するが，IP₃に約20倍強い親和性を持つため，細胞刺激によりIP₃が産生された場合にPIP₂から解離してIP₃と結合する。PIP₂およびIP₃に親和性のない変異PHD-EGFPも同時注入し，PHD-EGFPとのratio imagingを行った。注入したPHD- EGFPは細胞膜直下に移行して局在し，IP₃を注入するとPHD-EGFPは細胞質に一過性に移行して，IP₃プローブとして働いていることが示された。しかしこの変化が認められるIP₃濃度は，小胞体からのCa²⁺遊離を起こす濃度よりかなり高く，プローブの対IP₃感受性を高める改良が必要と考えられた。

6. 神経ペプチドPACAPの神経細胞分化誘導作用と細胞内シグナル伝達機構

矢田俊彦（自治医科大・第二生理)
塩田清二，舟橋久幸，大滝博和（昭和大・医・第一解剖)
土肥謙二（昭和大・医・脳神経外科)
周　成基，岩田武男（早稲田大・理工・理学研究科)
橋口鈴子（鹿児島大・医・第二内科)
浦村一秀，室屋真二（鹿児島大・医・精神科)
小幡邦彦，八木　健，毛利達麿

　神経ペプチドPACAP (Pituitary Adenylate Cyclase- Activating Polypeptide)の選択的受容体PAC1-Rはラット胎仔の９日目の神経上皮にすでに発現している。そこで，その機能的意義を明らかにすることを目的として，ラット初期胚の神経上皮細胞におけるPACAPの作用と細胞内シグナル伝達機構を検討した。ラット胎児9日目の神経上皮細胞から単一細胞を分離しfura-2蛍光画像解析により細胞内Ca²⁺濃度（[Ca²⁺]）を測定した。PACAPは10^-10M-10^-8Mで濃度依存性に[Ca²⁺]を増加させたが，同濃度域のVIPは効果がなかった。この[Ca²⁺]反応は，cAMP-PKA系およびPLC-PKC系のアゴニストによりmimicされ，これらのアンタゴニストにより阻害された。以上の結果より，PAC1-RはPKAおよびPKCを介して[Ca²⁺]増加にリンクすることが示された。PACAPはこれら３つのシグナル伝達系の活性化を介して初期神経細胞分化に重要な役割をしていることが示唆される。

7. 神経・分泌細胞の開口放出機構の研究

河西春郎
阿部輝雄（新潟大学脳研究所)
本田敦子（新潟大学脳研究所)

　神経系株細胞PC12の開口放出を膜容量測定とFM1-43による膜染色法の２つを同時に組み合わせて，測定し比較した。速い膜容量増大相及び遅い膜容量増大相のそれぞれに同期したFM1-43の蛍光増大が観察された。膜容量測定と蛍光測定は全く独立な校正を行っているにも関わらず，速い膜容量増大は約13%と非常によく一致し，速い膜容量増大相で沢山の開口放出が起きていることが確認された。この相では，モノアミンの放出が全くないので，速い開口放出はシナプス様小胞の開口放出を見ていると考えられる。これまで，速い膜容量相では比較的少数のアセチルコリンの量子的放出が見られなかったので，それが開口放出を見ているのかどうか疑念があったが，今回の結果から，アセチルコリンを十分に含まないシナプス様小胞が沢山あり，この開口放出が速くおきていることが示唆された。

8. 虚血性神経細胞死と容積調節チャネルの機能連関

塩田清二，舟橋久幸，大滝博和（昭和大学医学部・第一解剖学)
土肥謙二（昭和大学医学部・脳神経外科）矢田俊彦（自治医科大学・生理学第２講座)
坪川　宏，岡田泰伸

　虚血性神経細胞死は炎症性サイトカイン，グルタミン酸，アラキドン酸，接着分子，フリーラジカルやNOなどの様々な因子が関与する。しかし，その詳細な機構については依然不明である。本研究は虚血性神経細胞死の誘導機構の解明を目的とし，3種類の炎症性サイトカイン（IL-1，TNF-α，IL-6）の遺伝子欠損(KO)マウス用い，2種類の脳虚血再潅流モデルにより虚血性神経細胞死誘導作用の解明を試みた。IL-1およびIL-6 KOマウスは東京大学医科学研究所　岩倉洋一郎先生より，TNF-αKOマウスは農林水産省　家畜衛生試験場　関川賢二先生より供与された。脳虚血モデルは臨床例で多く見られる局所脳虚血である中大脳動脈閉塞モデル（tMCAO）とアポトーシス様神経細胞死を誘導する前脳虚血（心停止モデル；HA，総頚動脈閉塞モデル；2-VO）を用い，形態学的および生化学的手法により解析を試みた。tMCAO後の神経細胞死の比較は脳梗塞体積により行い，HAおよび2-VO後の神経細胞死の比較は海馬歯状回CA1領域をトルイジンブルー染色による形態学的正常細胞数と，アポトーシス細胞検出法の一つであるTUNEL染色の陽性細胞数の比較により行った。IL-1 KOはtMCAO後，脳梗塞巣が約40％減少した（図1）。HA後のTUNEL陽性細胞の染色性も減少した。この結果，IL-1は虚血神経細胞死誘導が示唆された。IL-1の神経細胞死誘導機構の解明のため，Griess法を用いNO代謝物(NOx)の測定を試みた。両虚血モデルにおいてIL-1 KOはNOx産生が低下した。更にtMCAO後のIL-1 KOはwildに比べ強力な酸化障害能を有するONOO^-のマーカーである3-nitrotyrosineの低下を認めた。この結果はIL-1の神経細胞死誘導機構にNO産生を介する酸化障害の関与を示唆した。
　TNF-αKOはtMCAOおよび2-VOの両モデルで神経細胞死の減少が認めた（図1）。その機構は免疫染色によりTNF-α KOは活性化カスパーゼ－3の陽性細胞数やカスペース活性の減少を認めておりカスペースによる神経細胞死誘導が強く示唆された。IL-6 KOは神経細胞死が増加する傾向にある。しかし，その機構に関してはまだ明確ではない。
　今後，容積調節チャネルとこれらのサイトカインがどのように神経細胞死を制御しているか検討していく予定である。

9. 非上皮性CFTR Clチャネルの調節に関与する新規プロテインフォスファターゼの同定

高井　章（名大・院・医・分子動態)
上村大輔（名大・院・理・有機化学)
木越英夫（筑波大学・生物有機化学)
高井佳子（名大医学部附属病院・眼科)
岡田泰伸

　心筋CFTR Cl^-チャネル活性はオカダ酸感受性フォスファターゼ（PP）と9-AC感受性PPの両者によって制御されている。前者はPP2Aであることが判っているが, 後者の詳細は不明である。Mg²⁺感受性PPの関与を調べる目的で，細胞内Mg-ATPをミリモル以上に維持した上で細胞内遊離Mg²⁺濃度を変化させて, モルモット単離心室筋から全細胞電流記録を行った。その結果, cAMPで活性化されるCFTR型Cl^-電流は遊離Mg²⁺増によって濃度依存的・可逆的に抑制されること, そしてこの抑制は9-ACによって阻止されることが判った。さらには，内在性PP活性の9-AC感受性成分は, ミリモルオーダーの遊離Mg²⁺によって実際に活性化されることも明らかとなった（図１）。

　この9-AC感受性PPの本体はまだ捉えられていない。本酵素は, 主要なセリン/スレオニンPP (PP1, PP2A, PP2BおよびPP2C)に比べ細胞内含量が非常に少なく, 通常の液クロ操作で精製することは困難であるので, 9-ACをリガンドとしたアフィニティ担体の合成に着手した。そのためには, 9-AC分子のどこかに適当な長さのブリッジを挿入し, セファローズなどにつなぐ必要がある(図2)。そこでまず, 最適なブリッジの挿入部位を決定する目的で, 9-ACの1位, 2位, 3位および10位などに, ブリッジとして用いうる比較的短い直鎖状の構造[例えばN-(6-amino-hexyl)-formamideなど]を導入し, 酵素活性阻害効果への影響を調べた。その結果, 2位ついで1位への挿入が最も有望であることがわかってきた。（ちなみに, 10位への導入は, 9位のカルボン酸の修飾とともに, 9-ACのPP阻害作用を完全に消失させることが判明した。）すでに, これらの部位に導入したブリッジを介してセファローズにつないだ図2のような担体をいくつか合成しており, 試料の吸着・溶出の条件を検討しているところである。

10. 正常発達及び病態における糖鎖構造の解析

和田洋巳（京都大学医学部附属病院・呼吸器外科)
田中文啓（京都大学医学部附属病院・呼吸器外科)
大竹洋介（京都大学医学部附属病院・呼吸器外科)
中川達雄（京都大学大学院医学研究科・大学院生)
長谷純宏（大阪大学理学部・化学科)
長束俊治（京都工芸繊維大学)
中北慎一（大阪大学理学部・化学科)
池中一裕

　細胞表面に存在する糖鎖は，細胞間における情報伝達や制御に大きな役割を果たしている事が次第に明らかとなってきたが，糖鎖構造は極めて複雑且つ変化に富んでいるため，正常発達や病態における糖鎖構造の解析はあまり十分に進んでいない。また肺癌は本邦において悪性腫瘍による死亡原因の第１位で，その早期発見が切に望まれる疾患である。昨年度までの本共同研究において，多検体中の糖鎖構造を短時間に系統的に解析しうるシステムが確立され，これを用いて健常人のと肺癌患者の血清蛋白に発現している糖鎖が統計学的に変化していることを示すことができた。すなわちヒト血清中に発現しているＮ結合型糖鎖の30種類，84.1％の構造が明らかにしたことを踏まえて，血清中糖鎖は，各々の構造の含有率のばらつきが少なく，その発現は極めて厳しく制御されていることを示した。またガラクトース付加N-アセチルグルコサミンの３本鎖を有するトリマンノシルコアの非還元末端にフコース側鎖を有する構造の糖鎖 (A3G3Fo，図１)が肺癌患者血清に有意に増加していた。(p<0.01)
　以上のような結果から，本年度はプロスペクティブに非小細胞肺癌患者の術前術後の血清においてA3G3Fo構造糖鎖がどのように変化するか検討することを計画し，実行中である。前年度の報告では患者総数は14例であったが，50例程度を目標に収集して検討し，非癌患者と比較して肺癌患者にてA3G3Fo構造糖鎖が血清内に有意に多く発現していることの追試と，外科手術によって腫瘍が体内から切除されることで，その発現がいかなる変化を示すかを検討する。切除患者が再発した際にこの構造の糖鎖発現も検討する。この構造の糖鎖発現が，腫瘍の切除によって低下し，再発によって上昇するなら，臨床応用されている腫瘍マーカーとは独立した新たなマーカーとして用いることができ，その可能性を検討する。

図1

11. レトロウイルスベクターを用いた胃癌関連遺伝子の機能発現クローニング

奥村俊一郎（関西医科大学第２外科)
中根恭司（関西医科大学第２外科)
清水惠司（高知医科大学脳神経外科)
栗山茂樹（奈良県立医科大学第３内科)
松川則之，湯浅浩之（名古屋市立大学第２内科)
馬場広子（名古屋市立大学第二生理学)
佐々木学（大阪大学大学院医学系研究科)
山田　斉（関西医科大学第１外科)
池中一裕

　Functional cloning においては細胞への高い遺伝子導入効率が必要であり，エレクトロポレーション，リポフェクション，等の方法が行われてきた。しかし，いずれの方法も遺伝子の発現は一過性であり，長期間の安定した発現は望めない。そこでわれわれは，レトロウイルスベクターを使うことにより安定した遺伝子発現をはかると共に，改良したウイルス産生細胞により遺伝子導入効率も向上させ，より効率的なスクリーニングを行った。【方法】胃癌新鮮切除標本よりRNAを抽出し，cDNAを合成したのちレトロウイルスベクターに組込み，胃癌cDNA ライブラリーを作成した。改良型ウイルス産生細胞より得られた組換えウイルスライブラリーを正常NIH3T3線維芽細胞にtransductionさせ，機能発現は接触阻害性の消失を指標として重層して増殖する細胞塊を採取した。採取された細胞よりゲノムDNAを抽出した後，組み込まれたcDNAをPCRにて増幅して解析を行った。【結果】作成されたcDNAライブラリーは1.8x10⁶個の独立クローンを含んでおり，産生されたウイルスの力価は2.0～3.0x10⁵/mlであった。Transduction後1～3週の経過中に出現した細胞塊より得た遺伝子を用いて二次スクリーニングを行い，未知のものを含む数個のクローンを得たので解析を行った。シーケンス解析にてelongation factor 1など既知の癌関連分子の遺伝子を含んでおり，今回のスクリーニング法は，癌の増殖能に関連する遺伝子のクローニングに適していると判断された。クローニング頻度の高かったクローンに注目し全長のシーケンスを行ったところG-protein-couoled receptor 35（GPR35）であることが確認され，新規にクローニングされた遺伝子のうち1つはGPR35の alternative splicing であることが確認された。RT-PCRによる半定量にてこれらの遺伝子の胃癌での発現を検討したところ，多くの症例の癌部で正常粘膜より高い発現が見られた。この遺伝子は正常大腸においては正常胃と同レベルにごく低い発現しか認められないにもかかわらず，正常小腸において高い発現を見ることから，腸上皮化生を経由する分化型胃癌の発生に深くかかわる可能性があるものと考え，さらに検討を進めている。

12. 電位依存性カルシウムチャネルα１Aサブユニットの異常により
引き起こされる神経疾患の病態メカニズムの解明

松山善次郎，保住　功，犬塚　貴（岐阜大学医学部高齢医学講座)
森　泰生，井本敬二

　脊髄小脳変性症６型( spinocerebellar ataxia 6: SCA6)は，電位依存性カルシウムチャネルα１Aサブユニット遺伝子でCAGリピートが延長して生じることが知られている。しかしCAGリピートあるいはそれが翻訳されたポリグルタミンの延長がどのようにして神経障害を起こすについては，不明な点が多く残されている。特にSCA6は他のCAGリピートにより起こる疾患と比較してCAGリピートが短い。
　カルシウムチャネルα2およびβサブユニットを安定発現させたbaby hamster kidney細胞に，SCA6を引き起こす変異を導入したα１Aサブユニットの変異遺伝子を一過性に発現させ，核染色法およびヌクレオソームラダー検出法にて細胞死の程度を正常対照遺伝子を導入した群とで比較検討した。変異遺伝子導入群と正常対照群とでは，明らかな細胞死の程度の差は認められなかった。今後，アデノウイルスベクターなどを用いて初代培養プルキンエ細胞へ変異遺伝子を導入し細胞死や局在の変化を検討していく予定である。

13. trpチャネルの開口制御機構に関する研究

金子周司（京都大学大学院薬学研究科)
森　泰生

　我々は，血管平滑筋細胞において，GTP結合(G)蛋白質共役型受容体の刺激により活性化される，Ca流入機構の実体を明らかにしてきた。7つマウスTRPホモログ（TRP1-7）を見い出し，これらのTRPの組み換え発現により得た，単一分子種よりなる受容体活性化Caチャネル(RACC)の機能的解析を行った。受容体作動性Ca²⁺チャネル（RACC）を形成するTRP5の開口機構について，Xenopus卵母細胞にマウスTRP5を発現させて検討した。TRP5チャネル応答は，共発現させたムスカリンM₁受容体のCa²⁺-free溶液中におけるacetylcholine（ACh）刺激後，外液にCa²⁺を流した時のCl^-電流として記録され，同様なTRP5チャネル応答はG蛋白の直接的な活性化 (GTPγS注入) によっても惹起された。これらのAChあるいはGTPγSが惹起したTRP5応答はGα_q/11に対するアンチセンスDNA，Phospholipase C阻害剤U73122，IP₃受容体阻害剤xestospongin Cのいずれの前処置でも有意に抑制された。IP₃受容体の直接的な活性化(adenophostin AやIP₃の注入) はTRP5チャネル応答を惹起したが，この応答はGα_q/11アンチセンスDNAやU73122では抑制されず，xestospongin Cによって抑制された。以上の結果から，TRP5の開口はIP₃受容体の活性化に依存していることが示唆される。

14. 脊椎動物TRPホモログとGタンパク質共役型受容体で活性化される
Ca²⁺透過型陽イオンチャネルの分子的相関に関する研究

井上隆司（九州大学大学院医学系研究科)
森　泰生

　我々は，血管平滑筋細胞において，GTP結合(G)蛋白質共役型受容体の刺激により活性化される，Ca流入機構の実体を明らかにしてきた。7つマウスTRPホモログ（TRP1-7）を見い出し，これらのTRPの組み換え発現により得た，単一分子種よりなる受容体活性化Caチャネル(RACC) の機能的解析を行い，平滑筋の"native" RACCの実体を探った。G蛋白質共役型受容体の活性化により惹起される組み換えTRP6電流は，過分極側及び逆転電位付近での抑制，細胞外Caや一般的には阻害剤として使われるflufenamateによる増強等，門脈平滑筋に存在するalpha1-アドレナリン受容体刺激により活性化されるカチオン電流に非常に類似していた。また，門脈平滑筋細胞における各種TRP RNAの発現を検討したところ，TRP6が圧倒的に高発現しており，抗TRP6抗体によって単離門脈平滑筋細胞の形質膜付近への局在が見られた。さらに，TRP6アンチセンスオリゴヌクレオチド処理によりTRP6タンパク質の発現を抑制すると，alpha1-アドレナリン受容体活性化カチオン電流およびBa流入が阻害された。以上のことから，TRP6が平滑筋の"native" RACCの実体の一つであることが明らかになった。今後は，平滑筋収縮の交感神経系調節において，TRP6 チャネルが果たす役割を明確にしていきたい。

15. サルの味覚弁別行動に関する大脳皮質諸領野間の結合

小川　尚，伊藤真一，井福裕俊，中村民生，平田真一（熊本大学）松山清治（札幌医大)
森　茂美，森　大志

　サルでは視床味覚中継核である視床後内側腹側核小細胞部から大脳皮質前頭弁蓋部で体性感覚野（area 3）口腔再現領域と外側溝内の前頭弁蓋部と島皮質との移行部（area G）の両者に投射する。さらに，ニホンザルに味覚弁別行動を行わせつつ大脳皮質前頭弁蓋部や前頭眼窩野のニューロン活動を記録すると，第一次味覚野とは異なる活動を示す領域が皮質外側面や眼窩面の領野で見られる。これらの領域は高次領域であると考えられる。そこで，これらの領野に逆行性および順行性トレーサーを注入して，高次および一次の味覚関連領野間の線維連絡を明らかにすることを目的とした。
　平成１２年度は，トレーサー注入用のニホンザルを新たに入手することが困難であったため，前年度までの共同研究で蓄積された注入脳組織（n=3）の切片標本作製並びにその解析を主として行なった。とくに逆行性トレーサーである蛍光色素（ジアミディノ・イエロー）を前頭弁蓋部外側面にある高次味覚野の一つ中心前弁蓋部（PrCO）に注入した１例については詳細に解析した。その結果，黄色の蛍光を発する細胞体が外側溝内の第一次味覚野（area G）に多数見出されたが，area 3には標識細胞を見出すことはできなかった。area GからPrCOへ投射していることが分かった。
　これまで，高次味覚野の一つである前頭眼窩野はarea Gとその周辺部から投射を受けるという解剖学的所見があるが，今回１例ではあるが，PrCOと言う高次味覚野にarea Gからの投射があることを偶然にも見出した。PrCOは，同じ前頭弁蓋部外側面にあるarea 3から投射を受けるのではないかという我々の想像と相違していた。しかし，１例に過ぎないので，今後例数を増やして確実な所見を得たいと思っている。

16. 歩行リズム制御における脳幹下行性投射系の役割

青木　藩，松山清治，小林　卓（札幌医科大学医学部生理学第二講座)
森　茂美，森　大志

　歩行リズム生成に関わる神経回路網は脊髄の各髄節内に存在し，これらは脊髄軸に沿って吻尾側方向に複数配列されていると考えられる。本研究ではこれら髄節性配置された脊髄歩行リズム生成回路が脳幹下行性投射系により如何なる統合を受けるかを解明することを目的としている。このため，本年度は代表的な脳幹下行系である網様体脊髄路及び外側前庭脊髄路の主投射領域に分布し，左右後肢歩行リズムの協調的発現に重要な役割を持つと考えられている腰髄Ⅷ層交連細胞回路の髄節性配置様式について逆行性神経標識法を用いて解析した。
　実験方法：　実験には成ネコを用いた。ネンブタール麻酔ネコを腰椎固定装置に固定し，椎弓切除術を施し腰髄硬膜を露出した。選択露出された左側後肢伸筋（大腿四頭筋または下腿三頭筋）支配神経に刺激用カフ電極を装着し，筋神経刺激で誘発される脊髄背面電位を硬膜上より記録した。脊髄背面電位が最大振幅値を示す腰髄部の硬膜に小孔を開け，これを通して記録電極と逆行性神経トレーサー（BDA）注入用ピペットから成る2連ガラスピペットを腰髄内に刺入した。筋神経刺激で誘発される逆向性および順向性フィールド電位記録をもとに左側後肢筋運動ニューロン（MN）層または介在細胞層（Ⅷ層）を同定し，いずれかの部位１箇所にBDA（20%濃度）を微量（10nl）圧注入した。2-3週間の生存期間後に動物を灌流固定し，脊髄を摘出した。腰仙髄部（L3-S2）の50μm連続横断切片を作製し，これらをABC/DAB法により反応し，BDA逆行性標識細胞を可視化した。これらの切片をもとに，標識細胞の腰髄内分布について解析した。
　実験成績：　すべての注入例において標識細胞はL3-S2にかけて広範に分布していた。標識細胞の吻尾側および左右分布様式について以下の特徴が見出された。1）全例において標識細胞数はBDA注入髄節で最も多く，注入部位より離れるにつれて減少した。2）MN層注入例では標識細胞数は注入側（左側）に極めて多く，Ⅷ層注入例では左右ほぼ同数であった。3）いずれの例でも標識細胞の多くは注入側ではⅦ層，反対側ではⅧ層に分布していた。以上より，左右のⅧ層交連細胞回路は同一髄節内で強い連絡を持ち，左右の同名関節間における協調的歩行リズム発現に合目的的な構成を持つことが示された。これらの成績の一部は，平成13年3月に開催されたOkazaki COE International Symposium（岡崎）並びに第78回日本生理学会大会（京都）で発表した。

17. 海馬興奮性シナプスの動態と微細形態

岡部繁男（東京医科歯科大学・大学院医歯学総合研究科)
重本隆一
久保義弘（東京医科歯科大学・大学院医歯学総合研究科)
藤本　和（福井県立大学・看護福祉学部)

　海馬神経細胞培養系におけるシナプス構造の動態を解析する目的で以下の2項目について実験を行った。
　１）GFP分子の波長変異体を用いた複数のシナプス分子の局在変化の同時観察
　これまでの研究により，シナプス後肥厚部（postsynaptic density; PSD）に局在するNMDA受容体結合分子であるPSD-95の動態を，GFP融合分子を作成する事により可視化する事が可能となった。更にGFP分子とシナプス機能分子の融合蛋白質を用いた観察系を発展させるために，GFP分子の波長変異体であるYFPおよびCFP分子とシナプス前部，シナプス後部の機能分子の融合蛋白質を作成し，複数の分子種の局在を時間軸に沿って観察する，多波長動態解析の手法を開発した。この方法を用いることにより，これまで明らかでなかった，シナプス形成過程における複数の分子のシナプスへの集合の順序を確定することが可能となった。PSD-95-YFP分子とCFP分子を同時に発現させることで，シナプス形成過程におけるspine構造の形成とシナプス後肥厚部の形成の時間的関係について解析した。また，シナプス前部蛋白質であるsynaptophysinとCFP分子の融合蛋白質を用いることで，PSD-95とsynaptophysinのシナプス部位への集積の時間関係も明らかにした。これらの実験により，新規シナプス部位への機能分子の集積は短時間で進行し，spine構造の形成やシナプス前部へのシナプス小胞の集積は，PSD-95の集積よりわずかに先行して起こることが明かになった。
　２）神経活動依存的なシナプス分子の局在変化
　シナプス後部構造に局在し，代謝型グルタミン酸受容体と結合するPSD-Zip45（Homer1c）分子について，GFPとの融合蛋白質を作成し，その動態を海馬神経細胞において解析した。PSD-Zip45の動態はPSD-95分子より活発で，数時間のタイムラプス観察でその分子クラスターの局在を大きく変化させた。更にGFP分子で標識したPSD-Zip45を発現する神経細胞をKClおよびグルタミン酸で刺激する事により，PSD-Zip45の神経活動依存的な局在変化が観察された。薬理学的実験により，このようなPSD-Zip45の局在変化は細胞外からのNMDA受容体および膜電位依存性カルシウムチャネルを介してのカルシウムイオンの流入により引き起こされる事が明らかになった。以上の実験から，PSD蛋白質はその分子種特異的に，かつ神経活動に依存して局在制御を受けている事が明らかになった。

18. 非侵襲的脳機能計測法による高次脳機能可塑性の研究

米倉義晴（福井医科大学高エネルギー医学研究センター)
定藤規弘

　当センターでは，ＰＥＴや機能的ＭＲＩなどの非侵襲的脳機能画像と電気生理学的手法を組み合わせて，短期および長期の学習に伴う脳の可塑的変化，高次脳機能の加齢変化と脳における代償機構の関連を明らかにすることを目的としている。本年度は，高磁場研究用３TMR装置による，高い信号雑音比を利した脳賦活検査をさらに推し進めた。さらに近赤外線画像装置（NIR）を導入し，乳幼児に適用する前段階として，機能的MRIとの比較を開始した。
　盲人の点字読において，一次視覚野の賦活には年齢依存性がある一方，視覚連合野のそれには年齢依存性がないことをしめした。健聴者における読唇により多感覚領野である中上側頭溝の賦活が見られることから，この部位が視聴覚統合に関連していると目されている。聴覚脱失によりこの視聴覚統合をになう神経回路に可塑的変化が起こるかを検証するために，早期失聴者と健聴者を対象に機能的MRIを試行した。健聴者は，読唇でのみ中上側頭溝の賦活がみられ，一方聴覚障害者では，いずれの課題においても賦活された。早期失聴により両入力の拮抗的バランスが視覚入力に傾いたものと推測された。
　新生児期における可塑的変化に関連して，機能的ＭＲＩを用いて新生児の一次視覚野及び外側膝状体の光反応性の経時変化を詳細に検討するとともに，MR信号に関するモデルを用いてシュミレーションを行った。

19. 黒質－脚橋被蓋核系の機能構築及び動作特性

高草木薫，斎藤和也（旭川医科大学，生理学第二)
伊佐　正

　本年度は，基底核の出力核である黒質網様部（SNr）から脚橋被蓋核のコリン細胞および黒質緻密部のドパミン細胞に対する抑制作用の有無を検討した。実験にはラット脳幹スライス（400μm）を用い，whole cell patch clamp 法により各々の細胞内活動を記録した。その結果，SNr刺激は (1)A-電流を持つ脚橋被蓋核細胞（コリン細胞と考えられる）に対してGABA_A受容体を介する抑制作用を (2)黒質緻密部の細胞に対してGABA_A及び，GABA_B受容体を介する抑制作用を誘発すること (3)各々の抑制作用はSNr 刺激頻度が50-100 Hzで顕著であること，の３点を明らかにした。SNr細胞の発射頻度が50-100Hzであることを考慮すると，本研究の結果は大脳基底核がコリン系・ドーパミン系の双方を抑制的に制御することを示唆する。上記成果の一部は，第80回日本生理学学会北海道地方会にて公表した。

20. CO₂レーザー光線を利用した軸索反射の研究

小山なつ（滋賀医科大学生理学第一講座)
横田敏勝（聖徳栄養短期大学)
柿木隆介

　【研究目的】軸索反射は，当初機械刺激による血管拡張反応としてとらえられたが，その後ヒスタミンによる軸索反射性血管拡張が臨床診断に利用された。痛み刺激による軸索反射は，無髄Ｃ線維の末梢終末部からの神経ペプチドの放出により生じるので，Ｃ線維機能を他覚的に検査することができる。最近われわれは，ハチ毒の発痛物質メリチンによる軸索反射性皮膚温の上昇をサーモグラフィーで解析し，現在Ｃ線維の他覚的機能検査法としての有用性を検討している。ヒトでは，刺激強度5W，持続時間5msecのCO₂レーザー光刺激は，針で刺すような痛みを生じる。CO₂レーザー光による熱刺激は非接触刺激のため，機械受容器を刺激しない。刺激はパルス状で，刺激強度や持続時間を変えることができる。本研究の目的は，「非接触性のCO₂レーザー光による侵害性熱刺激が軸索反射を誘発するか」を検討することである。
　【実験方法】ペントバルビタールナトリウムで麻酔したラットを実験の対象とした。片側の足蹠に，CO2レーザー光刺激の持続時間（20msec, 50msec, 100msec）を変えて，0.3Hz，5Wでを1分間刺激した。ラットの下半身の皮膚温の変化をサーモグラフィー（NEC三栄TH51-101）で記録し，熱画像処理プログラム（TH51-101）で解析した。
　【実験結果】CO2レーザー光刺激で，刺激側の後肢の皮膚温が上昇した。刺激の持続時間を20msecにすると，足蹠の皮膚温は，刺激停止後が最大で，徐々に下がった。50msec, 100msecでは，刺激了約3-5分後まで，皮膚温の上昇がみられ，約20分後に元のレベルに戻った。メリチンによる軸索反射性皮膚温上昇に，用量依存性がある。CO₂レーザー光50 msec, 100 msec 刺激による皮膚温の上昇は，メリチン5μg投与による皮膚温の上昇と同程度であるが，持続時間はそれより短かった。
　【結論】非接触性のCO₂レーザー光刺激は痛覚受容器を刺激し，Aδ線維を介する速い痛みを生じさせるだけではなく，C線維を介する遅い痛みを生じさせると同時に軸索反射性に皮膚温を上昇させることが確認された。
　（結果は，第24回神経科学第44回日本神経化学合同大会で発表した。小山なつ，柿木隆介，横田敏勝 (2001・9) CO₂レーザー光刺激と発痛物質メリチン刺激による軸索反射　抄録集p.327)

21. ヒルシュスプルング病無神経節腸管における増生外来神経に関する研究

韮澤融司（杏林大学医学部小児外科学)
赤川公朗（杏林大学医学部生理学)
尾崎　毅

　ヒト・ヒルシュスプルング病では神経節細胞が欠損する病変部狭小腸管では仙骨神経由来の外来神経が増生し狭小化した腸管平滑筋に対し興奮性の神経支配を有している。これまでこの外来神経の増生する原因は不明であった。われわれは神経発芽を抑制的に制御するHPC-1/syntaxin1Aに着目し，無神経節部狭小腸管ではこの蛋白が欠損していることを確認した（Nirasawa Y, Akagawa K et al: Altered immunoreactivity of HPC-1/ syntaxin 1A in proliferated nerve fibers in the human aganglionic colon of Hirschsprung's disease. J Mol Neurosci2001 16:13-19）
　一方ヒト・ヒルシュスプルング病はendotheline-B-receptor gene (EDNRB) の遺伝子異常により発生する例があること（Nirasawa Y et al：Japanese patients with sporadic Hirschsprung: mutation analysis of the receptortyrosine kinase proto-oncogene, endothelin-B receptor, endothelin-3, glial cell line-derived neurotrophic factor and neurturin genes: a compari- son with similar studies. Eur J Pediatr 2000 Feb 9; 159 (3):160- 167）およびラット・ヒルシュスプルング病もEDNRBの遺伝子異常から発生することからaganglionosis ratはヒト・ヒルシュスプルング病のモデル動物として適切と考え，外来神経の増生に関してaganglionosis ratを用いてHPC-1/syntaxin1Aの染色実験を行ってきた。染色した腸管は縦軸方向に直角の切片として光学顕微鏡にて観察したが，増生神経を見い出せずにいた。
　近年，腸管の神経支配に関する組織学的研究はwhole mount標本によるものが多く発表され，aganglionosis rat腸管もwhole mount標本によれば増生した神経を確認できることから今後は標本の作製方法をwhole mountに変更し実験を行う予定である。

22. Hirschsprung病コンジェニックラットの作製

安居院高志（名古屋市立大学医学部実験動物研究教育センター)
尾崎　毅

　ヒトHirschsprung病モデル動物ARラットは日本国内では現在岡崎国立共同研究機構生理学研究所動物実験施設のみで維持されている。最近この原因遺伝子がエンドセリンタイプB（Ednrb）の突然変異であることが，我々及び他の研究グループにより明らかにされた。ARラットは生後約3週間で全例死亡し，モデル動物としての利用が限定されていた。しかしながら，バックグランドをLong-Evans (LE) で置き換える予備的実験において症状の発現が緩和され，ホモラットにおいても繁殖年齢まで生き永らえることが判明した。そこで，Ednrb遺伝子の変異をPCRにより検出しながら，ARラットとLEラットとの間で8世代に渡り戻し交配を繰り返し変異Ednrb遺伝子をLEラットに導入したコンジェニックラットの作製を試みた。現在8世代目のヘテロラットが丁度作製されたところである。今後このヘテロラットを掛け合わしホモ変異ラットを作製し，その病態を調べる予定である。

23. 精巣輸出管異常ラットの精子輸送機能停止に細胞間結合装置と
CellCommunicationは関係するか？

山本正夫（呉大学・看護学部・人体構造学）
筏井　洋（ドリトル動物病院）
尾崎　毅

　本研究で使用したTEラットは精巣輸出管内に形成された精子瘤により精子および精巣分泌液の輸送が阻止されるため生後１０週から精子数減少を生じ、１５週から著明な精巣肥大と無精子状態に移行する。この原因として若干の遺伝子異常（１組の優性遺伝子と２組の劣性遺伝子）と体液性因子（抗精子IgG）の存在が精子瘤形成に関与する可能性が示唆されてきた。
　我々はこれまで主として形態学的観察により精巣輸出管異常ラットの精巣輸出管の細胞間結合装置とCell Communicationについて検討を加え、その肉眼病理、病態生理、光顕、超薄切片やフリーズフラクチャ－法による電子顕微鏡学観察は以下のような所見を与えている。
　１．精子輸送停止異常の過程は生後７－８週に始まり、１０週目で輸出管内の局所的凝集塊形成が著明となり、以後精子数の極端な減少をもたらす。
　２．生後４－８週までほぼ十分なバリアー機能を示していた精巣輸出管上皮細胞　のタイト結合とギャップ結合はそれ以後の炎症部位で消失と置換（３で説明）を生じ、やがて管腔内の精子塊形成に伴いマクロファージ由来と思われる貪食細胞（管腔内と上皮細胞間）やリンパ球（輸出管周囲の粘膜固有層内）が多数出現し、精子貪食像が多数見られた。
　３．今年度の新たな結果は精巣輸出管上皮細胞が剥離し管腔内で貪食されることを伺わせる像は少ないにも関わらず、閉塞部では上皮細胞の極端な皮薄化が生じていること。また正常上皮細胞では多数の小型ギャップ結合を伴った発達の悪いタイト結合がバリアーを形成しているが、閉塞部ではタイト結合がほとんど消失したり、極めて脆弱なタイト結合を残すのみになっており、ギャップ結合はほぼ完全に消失している。
　タイト結合とギャップ結合の崩壊の機序と精子瘤形成
　Suzuki and Nagano(1978)は精巣輸出管上皮細胞のタイト結合は元来発達悪く、容易にトレーサーが通過してしまうことを報告している。従って抗精子抗体の精巣輸出管上皮細胞間からの漏出が精子瘤形成の原因となっている可能性が強く考えられる。
　また山本ら(1999)の肝培養上皮細胞の結果はTJ領域でのGJ出現は細胞増殖の際の細胞質分裂に一致してあらわれ,以後の過程で消失またはさらに大型のギャップ結合形成への核となることを示している。しかしながら本研究においてはギャップ結合はほとんどタイト結合内にも外側細胞膜にも観察されなかった。この事実は細胞増殖過程が大きく損なわれるか、細胞増殖がひどく低下している可能性を捨てきれないことを示している。
　異常発現機構の可能性
　１．細胞増殖過程の異常を示している可能性がある。
　２．特殊なGJ Dependent Trans-epithelial Transportの存在とその異常を示しているのかもしれない。
　３．精巣輸出管は活発な再吸収と分泌を行い精子液組成を大きく変える部位であり、かつバリアー機能のよわい特殊なタイト結合を形成しており、自己抗原性の発現を生ずる可能性が高いと考えられる。
　４．管腔内に多数観察されるマクロファージやリンパ球のタイト結合部通過により、なんらかの機構を介してタイト結合がさらに脆弱化してしまった可能性がある。

24. 原索動物横紋筋の細胞内構造形成とカルシウム制御機構の系統発生

井上　勲　（徳島大学分子酵素学研究センター）
筒井泉雄（一橋大学・生物学研究室）
尾崎　毅

　骨格筋は、神経信号を受け収縮にいたる情報伝達過程（興奮・収縮連関）に独特な機能を獲得した。それは、収縮（筋小胞体（SR）からのカルシウムイオンの放出による）のために細胞外からのカルシウムイオンの流入を必要とせず、筋膜（T-管膜）の脱分極が直接SRからのカルシウムイオン放出をトリガする機構(Depolarization Induced Calcium Release, DICR)である。信号伝達担体はT-管膜にある膜電位センサーで、これが脱分極により膜内を移動することがSRのカルシウム放出チャネル（Ryanodine 受容体）へ伝わる信号となる。
　我々は系統発生的にどの段階でこの機構が獲得されたかを探った。系統発生樹を辿り、それぞれの進化の段階に位置する代表的な動物種の横紋筋(Twitch muscle)細胞について、DICR　機構の存在を調べた。その結果DICR獲得は、原索動物、頭索類と脊椎動物、無顎類の間で不連続的に起きたことが判った(Inoue et al. 1994)。DICR機構獲得直前に位置する頭索類、Amphioxus （ナメクジウオ）と直後の無顎類Lamprey （ヤツメウナギ）の遊泳筋（体側筋）はよく似た層構造を持ち、遊泳行動も大変よく似ている。しかし両者では興奮・収縮連関機構が質的に異なる。Amphioxusにおいては、心筋同様、L-型カルシウムチャネルを介して細胞内に流入するカルシウムイオンが収縮に必須である。すなわち横紋筋は骨格筋同様、運動神経に支配される随意筋であるが、興奮・収縮連関機構は心筋に近い。
　進化前に位置する原索動物の横紋筋には、進化の準備のさまざまな試行が見られる。種によって、単核・多核、T-管、SRのあらゆる組み合わせがある。SRのカルシウムイオン制御にも進化が見られる。進化の準備が整った中で、膜電位センサーの獲得が最後の引き金を引いたといえる。すなわち、進化は遺伝子レベルではより連続的に進んでいた事を示唆する。
　我々の実験結果を以下に示す。
　１．Saggita（ヤムシ）カルシウム制御機構
　Sagittaは最も原始的な捕食動物である。頭部の捕食毛を動かす横紋筋にはナトリウムチャネル、Ｌ－型カルシウムチャネルが存在すること、また対側筋にはナトリウムチャネルは無く、Ｌ－型カルシウムチャネルが存在することが確かめられた。どちらもＳＲを持ち、蛍光リアノジンで蛍光染色される。しかし、カフェイン、リアノジンの薬物効果はは全く認められなかった。それらの結果は、Sagitta横紋筋に於いては、リアノジン受容体は存在するものの、細胞内カルシウム放出チャネルとしては機能していないことを示唆する。
　２．Doliolids(ウミタル)のカルシウム制御機構
　Doliolids横紋菌はＳＲ、Ｔ‐管ともに欠いた特殊な単純構造を持つ。横紋筋細胞からＬ‐型カルシウム電流が記録された。細胞にカルシウム蛍光色素（Fluo-3）をロードし、細胞外のカリウムイオン濃度を上昇し脱分極すると、細胞内のCa²⁺濃度の上昇（蛍光強度の上昇）が記録された。細胞外にコバルト、またはニフェジピンを加え、カルシウムチャネル電流を阻害すると、脱分極による細胞内カルシウムイオン濃度の上昇は全く起こらなかった。また、カフェイン、リアノジンによる細胞内Ca²⁺濃度の上昇、または阻害は全く起こらず、これらの存在化で脱分極によりCa²⁺濃度の上昇は正常におきた。また、細胞内外のNa⁺をLi⁺に置きかえると可逆的な細胞内Ca²⁺濃度の上昇が認められた。これらの結果は、筋収縮はＬ‐型カルシウムチャネルと通して流入したCa²⁺のみを利用し、Ca²⁺排出はNa^＋／Ca^２+によることを示す。



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