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1. コンディショナルジーンターゲティングによるGnRHニューロンの機能解析

佐久間康夫,加藤昌克,七崎之利(日本医科大学第一生理学教室)
小幡邦彦

 本研究の目的はGnRHニューロンの役割を個体レベルで明らかにすることである。その研究に用いるターゲティングマウスの作成を進めてきた。約10kbのマウスGnRH遺伝子をクローニングし,それにloxPとスクリーニング用のネオマイシン耐性遺伝子(PGK-neo)を組み込み,ターゲティングベクターを作成した。すなわち,PGK-neoをエクソン4の下流に組み込みその両端にloxPを組み込んだ。さらにもう一つのloxPをエクソン1の上流に組み込み,ターゲティングベクターとした。このベクターをエレクトロポレイション法によりマウス由来のES細胞に導入し,ネオマイシン耐性の有無によって相同組み換えをおこしたES細胞を分離した。このES細胞を増殖し,72個の細胞にCre reconbinaseを作用させPGK- neoのみを欠失したES細胞を選別した。選別はPCR法とサザンブロット法を併用して行った。PCR法でPGK- neoのみを欠失したES細胞を7個選別し,サザンブロットで最終的に5個の陽性クローンを選別した。以上の如くターゲティングベクターの作成から導入,ES細胞の選別まで終了した。今後はマウス胚に今回選別したES細胞を導入しキメラマウスの作成を行う。

2. 新規の神経突起伸長遺伝子norbinのノックアウトマウス作成による生理機能の解析

丸山 敬(埼玉医科大学・医学部・薬理学教室)
久米秀明(東京都精神医学総合研究所)
小幡邦彦

 反復刺激後にシナプスの伝導効率の上昇が長期に持続する現象LTP(長期増強)は記憶のモデルとして注目されている。Kチャンネル阻害剤tetraethylammoniumによって誘因されるラット海馬スライスのLTP様現象に関連した遺伝子の特定を目指し,神経組織に特異的な遺伝子(KW8, norbin)を特定した。KW8は,分化関連の転写因子に多く見られるbasic helix-loop-helix領域を持つ新規の遺伝子であった。KW8は中枢神経に特異的に発現しており,現在はNeuroD2と命名され,そのノックアウトマウスが報告された(Olson JMら,Devel. Biol. 2001, 234, 174-)。norbinの核酸配列ならびに蛋白質の推定アミノ酸配列は,データベースのホモロジー検索では新規の遺伝子であった。その発現は神経細胞に特異的であり,海馬スライスでは,TEA処理によってその発現が増大した。また,反復電気刺激を行った海馬スライスの発現もISHで観察すると上昇する傾向が見られている。HE5のcDNAを神経系培養細胞であるNeuro 2aに遺伝子導入によって過剰発現したところ,神経突起の伸長が誘引された。我々の報告から2年後,軟骨のハイドロキシアパタイト吸収促進活性をもち軟骨と神経に発現している因子としてneurochondrin(Ishiduka YらBiochim Biophys Acta. 1999 1450:92)としてnorbinが報告された。末梢神経でのnorbinの発現を再検討したところ,末梢の神経細胞,特に腸管神経叢に発現していることが確認された。
 本共同研究によって数年来norbinノックアウトマウスの作成を目指してきた。使用するノックアウト・ベクターを5種類作成し,数千個のES細胞のクローンをスクリーニングしたが相同組換え体を得ることができなかった。2001年7月になって,ランダムインサーションによりノックアウトマウスを網羅的に作成するプロジェクトを行っているドイツのGSF-Institute of Mammalian Geneticsより,norbinノックアウトマウスが得られたことから共同研究の提案があった。今後はこのノックアウトマウスを解析することによって,norbinの生理機能の解析を目指す。

3. フラムトキシンの形成する膜孔の性質および膜孔形成による腸管上皮細胞の体積変化

冨田敏夫,Gulnora TADJIBAEVA(東北大学大学院農学研究科)
Rabshan SABIROV

 エノキタケ子実体に存在する溶血性タンパク質,フラムトキシンは白血球などの標的細胞に膜孔を形成して細胞崩壊,あるいはアラキドン酸代謝など細胞機能の亢進をおこす。腸管上皮細胞に対しては細胞を膨潤させてタイトジャンクションの物質透過性を高める。本研究では,このフラムトキシンによる細胞体積増加の仕組みを解明するために,フラムトキシンの形成する膜チャネルの性質を検討した。フラムトキシンの形成する膜孔の実体は,このタンパク質分子が細胞膜において自己集合して形成する外径10 nm,内径 5 nm のリング状構造体であった。フラムトキシンは脂質二重層膜(Planar lipid bilayer)に大小2種類の電位依存的に開閉する陽イオン選択的チャネルを形成した。大きいチャネルは実効内径約 5 nm の親水性の孔であり,フラムトキシンが形成するリング状構造体であった。一方,小さいチャネルの形成はフラムトキシンの添加直後に起こることから,その分子的実体はリング状構造体に至る中間体であると考えられるが,詳細は不明である。また,ヒト腸管上皮細胞,HeLa 細胞などにフラムトキシンを作用させると,パッチクランプ法によってフラムトキシン特有のチャネル活性が検出された直後から,細胞膜の盛り上がりによるbleb 形成および細胞の膨潤が観察された。フラムトキシンのチャネル形成と細胞体積変化およびその後に起こる細胞崩壊の関連についてさらに検討している。
 Tadjibaeva G, Sabirov R,  Tomita T  (2000) Flammutoxin, a cytolysin from the edible mushroom Flammulina velutipes, forms two different types of voltage-gated channels in lipid bilayer membranes. Biochim. Biophys. Acta 1467: 431-443.

4. セロトニン2A受容体欠損マウスの作成と機能解析

濱田 俊(筑波大学基礎医学系)
奥田糧子(大阪大学基礎工学部)
田口祐介(奈良先端科学技術大学)
金子涼輔(京都大学大学院農学研究科)
八木 健

 (目的)セロトニン2A受容体は中枢神経系の広範な領域で発現しており,うつ病などの精神障害や動物の情動行動に関与していると想定されている。またセロトニン2A・2C受容体拮抗薬の投与はセロトニン線維の投射領域のシナプス密度を減少させることが報告されている。セロトニン2A受容体の個体レベルにおける作用はこれまで受容体拮抗薬を用いて解析されてきた。しかし薬物濃度のコントロールが困難な個体レベルの実験においては他のセロトニン2型受容体ファミリーへの影響を無視できず,セロトニン2A型受容体単独の個体レベルでの機能を解析する上での障害となっている。本研究では遺伝子標的法を用い,セロトニン2A型受容体欠損マウスを作成し,個体レベルでの行動解析およびシナプス形成に与える影響を検討することを目的とした。
 (方法と結果)昨年度の研究で,組み換え体ES細胞が得られなかったたため,本年度はまずターゲティングベクターの改良を行った。セロトニン2A受容体遺伝子の翻訳開始点の直下に1.8kbのネオマイシン耐性遺伝子を挿入する形式に変更し,これにより3'側相同領域を1.6kb延長し,5'側に6kb, 3'側に2.8kbの相同領域を確保したターゲッティングベクターを新たに作成した。このベクターを電気穿孔法によりES細胞に導入し,700クローン以上のネオマイシン耐性クローンについて,サザンブロット法によるスクリーニングをおこなったが,組み換え体ES細胞は得られらなかった。
 (考察・今後の予定)これまでに2種類のターゲティングベクターを用い,1200クローン以上についてスクリーニングを行ったが,組み換え体ES細胞は得られなかった。原因は不明であるが,今後はセロトニン2A型受容体の他の領域を標的としたベクターを用いる必要があると考えられる。

5. Fynノックアウトマウスにおける快感報酬系A10ドーパミン神経の依存性薬物・
神経伝達物質応答の解析

滝川守国(鹿児島大学医学部)
浦村一秀(鹿児島大学医学部)
矢田俊彦(自治医科大学医学部)
八木 健

 (目的)Fynノックアウトマウスでは情動行動の異常やアルコール感受性の亢進が認められている。一方,中脳腹側被蓋野A10ドーパミン神経は依存性薬物の標的であり,快感・報酬系の中枢として情動に密接に関与している。本研究は,Fynと情動・快感・報酬の関連をニューロンレベルで明らかにすることを目的とする。
 (方法と結果)Fynノックアウトマウスの快感報酬系腹側被蓋野から神経細胞を単離し,細胞内遊離Ca濃度を画像解析により測定し,依存性薬物および神経伝達物質(グルタミン酸,オレキシンなど)の効果を観察し,これらの細胞を抗tyrosine−hydoroxy1ase抗体を用いて免疫染色しドーパミンニューロンを同定した。この解析結果を野生型マウスと比較検討したが,Fynノックアウトマウスにおいて有意な差異は認められなかった。
 (考察・今後の予定)快感報酬系A10ドーパミン神経の細胞レベルの解析においてFynノックアウトマウスにおいて著明な変化が見られなかったことから,Fynが情動行動に関与する脳の部位としてA10ドーパミン神経以外が考えられる。


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