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1. マイクロイメージング法による脳機能画像(fMRI)法の基礎的研究と
神経回路形成過程の三次元的構成に関する研究

荻野孝史(国立精神・神経センター神経研究所),中村俊(国立精神・神経センター神経研究所),
瀬尾芳輝(京都府立医科大学),鷹股亮(京都府立医科大学),松永是(東京農工大学),
永山國昭,村上政隆

 本研究は,生理学研究所に設置されている動物用高磁場磁気共鳴装置,Bruker BIOSPEC 4.7 Tesla MR装置の特徴を最大限に活用し,1)脳機能の空間的,時間的発展を可視化,画像化することを可能とする高空間分解能,高速マイクロイメージング脳機能画像法を開発し,脳機能の無侵襲的解析を行うと共に,fMRI信号変化の機構を明かにすること,2)開発した高空間分解能マイクロイメージング法を用い,神経回路を形成しつつある神経細胞の移動を無侵襲的かつ三次元的に観察する技術を開発し,神経回路形成過程を可視化,画像化すること,3)その他,種々の生理過程を三次元的に可視化,画像化し,その過程を無侵襲的に研究することを目的としている。
 本報告は,平成12年度磁気共鳴装置共同利用実験のもとで上記の研究課題のひとつとして行われた「T1緩和時間MRI法によるラット脳室周囲器官の測定に関する研究」の成果を取りまとめたものである。
 脳室周囲器官群(Circumventricular organs, CVO's)は,Blood-Brain Barrier (BBB)に開いた「窓」であり,脳神経細胞は,この部位を経由して血漿,脳脊髄液の情報を採取している。とりわけ水,電解質代謝に重要な血漿浸透圧は,CVO'sである脳弓下器官(SFO)や終板器管(OVLT)あるいは視索上核(SON)が,受容体部位として考えられてきた。組織学的研究や色素を用いた透過性の検討が行われ,これらの部位が高い水透過性を持つことが予測されてきたが,実際にこれらの部位の水透過性を測定した研究はない。本研究では,ラット脳についてCVO'sの検出と水透過速度の測定を試みた。正常のBBBを透過しないことが知られているGd-DTPAを血管内に連続投与し,血管内の水の緩和時間を短縮させた。血管壁を介しての水の透過性が高ければ,水の交換により,血管外組織の水緩和時間は短縮される。この短縮を,T1強調画像法で検出することから始めた。SFOが高信号に検出されたが,視床下部には優位な領域は検出されなかった。また,OVLTや交連下器官(SCO)は部位が小さく,血管や脳室が隣接し部位の同定が困難であった。また,下垂体,正中隆起,最終野などは,今回用いた検出コイルではS/Nが充分ではなかった。SFOについては,i) 三次元血管造影(3D MRA)を行い,同部位に隣接した大きな動静脈が無いことを確認した。ii) 長時間造影でも高信号領域が拡大しないこと,また,bolus injectionでの造影によりこの部位の信号強度の変化が血管内のGd-DTPAの濃度変化に時間遅れなく追随する事から,Gd-DTPAの血管外への漏出がないことを確認した。すなわち,SFOでは,血管壁を介した水の交換により,組織の水のT1緩和時間が短縮しT1強調画像により高信号に検出されていると結論した。水透過係数の決定にはT1緩和時間の決定が必要である。表面コイルを用いる場合,RF強度が部位によって異なるために,困難な場合が多い。T1測定パルス系列にAdiabatic pulseを導入することにより,高精度の測定を可能とした。
 また,上記の研究課題のひとつとして別に行われた「ラット脳室潅流モデルを用いた脳脊髄液潅流測定に関する研究」の成果は,Jpn. J. Physiol. 51(5): (2001, in press) に発表した。これは,ラット脳室潅流モデルを作成し,T1強調 MRI 法を用いて脳脊髄液潅流過程を空間的に可視化,画像化することにより,髄液産生に対する1)動脈血二酸化炭素分圧 (PaCO2) の変化の影響,2)脳室内での炭酸脱水酵素阻害の影響を検討したものである。

2. 磁気共鳴イメージングによる内蔵求心神経の中枢投射の同定

森田啓之,藤木通弘(岐阜大学)
荻野孝史(国立精神・神経センター研究所)
瀬尾芳輝,鷹股 亮(京都府立医科大学)
村上政隆

 【目的】1997年LinとKoretskyはMn2+造影剤を用いたT1-weighted MRIにより,体性刺激に対する皮質興奮部位が同定できることを報告した。この方法は神経細胞興奮時にCa2+チャネルから流入したMn2+によるT1緩和時間変化によりコントラストを作成する,血行動態に依存しないMRI画像法である。本年度の研究では,Mn2+造影MRIの自律神経系研究における妥当性を検討するため,この方法により自律神経系興奮時の視床下部興奮が同定できるかどうかを確かめた。自律神経系刺激には高浸透圧刺激を用い,MRI画像とFos発現により同定された興奮部位とを比較した。
 【方法】全ての実験はWistar系雄ラット(320〜450 g)を用いて行った。エンフルラン(1 %),O2/CO2 – N2O (1 : 1.5)吸入麻酔下に,左大腿静脈から下大静脈へMnCl2投与用カテーテルを,左大腿動脈から腹部大動脈へ血液サンプル採取用カテーテルを挿入した。麻酔薬投与用カテーテルを腹腔に挿入した。右外頸動脈から総頸動脈に向けカテーテルを挿入し,先端部は総頸動脈‐内頸動脈分岐部に固定した。手術終了後,腹腔内にα‐クロラロース(50 mg/kg)+ウレタン(450 mg/kg)を投与し,エンフルランを中止した。ラットをアクリル製頭部固定装置に固定した後,23 mmの表面コイルをbregmaの尾側4 mmの場所に中心を合わせて設置した。pH調整したバッファーに溶解したMnCl2(120 mM,2 ml/h)を静脈内に投与しながら,25 %マンニトール溶液(5 ml/kg)を右内頸動脈から投与して右側血液脳関門を破壊した。MnCl2投与開始26分後に,高浸透圧刺激として1.5 M NaCl溶液(1 ml/kg)を内頸動脈から投与した。磁気共鳴施設のABX Biospec 47/40(Bruker社,4.7 T)を用い,刺激前,刺激中,刺激後と連続してT1-weighted MRI画像を撮影した(視野:25×25 mm,データ画素数128×128,スライス厚1 mm,16スライス,TR/TE:150/4.2 ms)。刺激後のdensityと刺激前のdensityとをt‐検定し,刺激により有意にdensityが増加した部位を求めた。また,同様の高浸透圧刺激により興奮する中枢部位をFos免疫染色により同定し,MRI画像と比較した。
 【結果と考察】図1に高浸透圧刺激に応答した部位を示す。皮質に加え,視床および視床下部の室傍核,視索上核等に有意なdensity増加部位が見られた(図1左)。一方,対照実験として行った,内頸動脈等張NaCl溶液投与ではこのような応答は見られなかった(図1右)。

図1:内頸動脈内

図1:内頸動脈内1.5 M(左),0.15 M(右)
NaCl溶液投与に対する応答。

 図2に第3脳室室傍核におけるdensityの経時変化を示す。MnCl2投与では明らかな増加は見られなかったが,マンニトールにより血液脳関門を破壊することにより,10〜20 %程度のdensity増加が見られた。さらに,高張NaCl溶液内頸動脈投与により,2倍以上に増加した。

図2:視床下部室傍核に相当するピクセルでのdensityの経時変化。

図2:視床下部室傍核に相当するピクセルでの
densityの経時変化。

 血液脳関門が破壊されてない左側では,視床下部におけるdensityの変化は認められなかった。右側で見られたdensity増加部位は,Fos染色で確かめた興奮部位とよく一致しており,Mn2+造影MRIの自律神経系研究における有用性が確認された。

3. MRIによる聴覚野の観察と電極定位

力丸 裕(同志社大学工学部知識工学科)
小松英彦
石川高司(同志社大学工学研究科)

 我々は,サルの中枢における聴覚情報処理機構を探求するために神経生理学的実験を行っている。目標となる一次聴覚野や多くの関連聴覚領野は外側溝内に存在し,正確な電極定位は直視では困難である。そこで,MRIにより脳構造の可視化を行った。MRI画像を用いて慢性実験用のチャンバを外側溝上に取付けた後,微小電極を用いた神経生理学的実験を行った。笑気ガスとフォーレンの混合麻酔下で,系統的に周波数と強さを変化させる音刺激を用いて一次聴覚野と推測される部位のニューロンの性質を計測した結果,音圧レベルが閾値付近では前後方向へのトノトピーが確認された。また,閾値よりも数10dB高い音圧レベルでは,ニューロンの時間発火パターンは,周波数により全く異なり,複雑になることがわかった。この事実は,聴覚野においては,単純なトノトピーではなく,周波数同調特性が時々刻々と変化することを示唆している。聴覚野での音の時間情報と周波数情報の統合に関して,今後検討したい。


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