生理学研究所要覧 要覧目次へ戻る生理研ホームページへ

1. 無脊椎動物腹足類の外套組織にみられる筋細胞の立体再構築

片桐展子 (東京女子医科大学・総合研究所・研究部),片桐康雄(同・看護学部・基礎科学系)
有井達夫

 イソアワモチの外套の背面には大小の疣状突起(Papillae)が多数存在する。小さな陰影を外套の一部に与えるとその陰影下に局所的な収縮が起こる。外套の皮下組織には多数の平滑筋細胞が諸方向に走行する。平滑筋細胞は横断像では楕円形,縦断像では直線状や波状を示し,核周囲部が最も太く,多くは一端または両端で分岐する。平滑筋細胞は外套組織における位置によって3グループに大別された(生理研年報21)。これらの中に長い突起をもつ多棘形の長大な筋細胞をPapillaeの結合組織内に,また,この筋細胞の付近に眼外光受容器である皮膚光覚細胞を認めた。この巨大な特異な形の筋細胞の全容を連続切片の超高圧電顕観察とその立体再構築によって明らかにした。
 材料と方法: 海産の腹足類Onchidium sp. の幼動物(体長10mm)を2%オスミウム酸水溶液で40℃,48時間加温処理,脱水過程において酢酸ウランでブロック染色,エポン樹脂に包埋した。0.4μm厚さの準薄切連続切片を超高圧電顕(H-1250M,1000kV)で観察した。同倍率の電顕写真をもとに,画像解析装置OZ-95によって筋細胞を三次元立体再構築した。
 結果と考察:外套のPapillaeの皮下組織に長大で多数の突起をもつ特異な形の筋細胞がグループで存在する。これらの筋細胞は細胞の中央に1個の核と多数の長い突起を有する。立体再構築した1例では筋細胞は8本の長い突起を多方向に伸ばし,一部の突起の末端は表皮細胞の基底膜に達していた。筋細胞の大きさは最も長く伸びた突起の先端間で長さ50μm,核のある部位が最も太く幅6μmあり,上下には14μmの範囲に位置していた。筋細胞はその突起を上下と水平面で広く延ばし多棘の星形を呈した(図1-4)。この筋細胞の面積を細胞の輪郭を一平面に投影してVM32ソフトを用いて二次元的に求めたところ, Papillaeの結合組織(3,870mm2)の約9.5%を占めるが,筋細胞から延びる多数の突起の先端が囲こむ領域は38%であった(図4)。この筋細胞から延びる突起はグループ内の他の星形筋細胞の突起と接し,全体として篭状のネットワークを形成して皮膚光覚細胞や神経束を囲んでいた。巨大な星形の筋細胞は他の筋細胞と連携して,光受容細胞からの情報をもとに外套上のPapillaeを局所的に収縮させると推測される。

図1-3 イソアワモチの外套の小突起Papillaにみられる筋細胞の超高圧電顕写真

 図1-3 イソアワモチの外套の小突起Papillaにみられる筋細胞の超高圧電顕写真(連続写真の一部)
 Papillaのほぼ中央に大形で多棘の筋細胞(MF1)があり,多数の突起状の枝を伸ばしている。MF1と他の平滑筋細胞(MF)の突起はネットワークを形成,内側に皮膚光覚細胞(*)や神経束を囲んでいる。位置の基準として同一の粘液細胞に(○,■)を付した。E, 表皮。
 図4 平滑筋細胞(MF1)の立体再構築像
 MF1の全体像を連続切片の超高圧電顕写真を一平面上に重ねて示す。VM32ソフトを用いて二次元的にMF1自身の面積(355μm2),MF1の突起の先端を結んだ領域の面積(1,458μm2)を求めた。Papilla の結合組織の面積は (3,780μm2) であった。

2. 軟X線顕微鏡像と超高圧電子顕微鏡像との比較

眞島利和(産業技術総合研究所)
清水秀明(香川大学)

 軟X線顕微鏡により得られる画像はX線の高い透過性を活かした投影像であるため,厚み方向のデータのすべてが一つの画像にふくまれている。この点は電子線や可視光線の透過性が低いために試料の(超薄)切片を作成して観察する必要のある電子顕微鏡や光学顕微鏡などにより得られる画像と異なり,投影像であるX線顕微鏡像は一般的には解釈が難しいものになっている。産業技術総合研究所で研究開発を行ってきた密着型フラッシュ軟X線顕微鏡は,水中で生きている微生物のX線像の観察ができるが,こうして得られたX線像に特徴的にふくまれている情報とはなにかが問題となっている。
 超高圧電子顕微鏡像との比較をおこなうために,緑藻類のクラミドモナスの観察を行った。超高圧電子顕微鏡用の試料は,定法に従いグルタルアルデヒドで固定,アルコール置換により脱水,t−ブチルアルコール法により凍結乾燥を行った。今回得られた,超高圧電子顕微鏡によるクラミドモナスの電子線投影像も,X線投影像と同様に厚み方向の情報をすべて含んでいる点では同様である。生理学研究所の超高圧電子顕微鏡は,試料ステージを傾けることにより同一試料に異なる方向から電子線照射をおこない投影像を得ることができるので,クラミドモナスの投影像の立体視をおこなった。
 軟X線顕微鏡の場合には照射した軟X線は試料に含まれる炭素原子や酸素原子に吸収され,最終的には熱エネルギーに変換されて試料を変性させるために,同一の試料を二度測定することはできない。しかしながら,X線源となるプラズマを同時に二つ作らせることにより,異なる方向からX線照射された同一試料のX線像を得ることは密着型フラッシュ軟X線顕微鏡においても原理的に可能であるが,試料のサイズや記録媒体と試料の配置など技術的な問題点があり一般的ではない。
 超高圧電子顕微鏡で得られたクラミドモナスのステレオ像を参照することにより,平均的な内部構造についての知見を得ることができた。今後は,超高圧電子顕微鏡によるステレオ像や蛍光顕微鏡像との比較により得られた知見を利用して,クラミドモナスのX線顕微鏡像に現れる細胞器官の像の帰属を決定することが重要であると考えている。

3. アクチンフィラメントの高分解能観察

一海孝光(愛知県立芸術大学)
有井達夫

 照射損傷を少なく出来るというHVEM(1000kV)のメリットを生かしてタンパクのクリスタルからの電子線回折像を観察しようとする試みをこれまで行ってきた。低イオン強度のアクチン溶液中には過剰なATPによって形成されるアクチンフィラメントが存在する。このフィラメントがアクチンのクリスタルをつくることを蛍光顕微鏡や,偏光顕微鏡によって観察した。そこでアクチンフィラメントのクリスタルからの電子線の回折像を得ることを試みてきた。昨年度の年報でこのアクチンクリスタルと考えられる結晶状のものを酢酸ウランで染色してメッシュに載せて観察すると,約10Åの格子定数に対応する反射が得られる場合があることを報告した。ところでアセトン下で形成される結合水の少ないアクチンクリスタルの回折像をHVEMを用いて観察すると単位格子定数が61×41×33(Å)であるという報告がこれまでになされている(1)。しかし我々の観察では小角散乱の反射が得られないのでその理由を今年度は調べてきた。アクチンよりも照射に強いと思われるActo*DNase1のクリスタルをつかい,酢酸ウラン染色をせずに少量の照射線量にして回折像を観察した。この場合水銀を含むPCMBでアクチンの表面にあるアミノ酸を標識しておいた。約4Åに相当する回折斑点近辺での細かい反射のみが,主に観察され,照射損傷によって消えていくのがみられた(図1,図2)。細かい斑点間の距離は70Åの構造を反映しているものと考えられる。これらの回折斑点は冷却により寿命が長くなる。ところでATPによって形成されていると思われるアクチンフィラメントを含む溶液から得られる微細粒子の回折像の場合には約10Åに対応した反射が得られている。この反射は標識するPIA やPCMBに応じて変化する場合があるのでアクチンからの反射であることを示唆していると思う。このクリスタルを作る溶液にはATPが存在するためATPの加水分解によって生じる燐酸がカルシュウムと結合して燐酸カルシュウムを作り,それがフィラメントに沈着してこのような10Åの短い格子定数の反射を出している可能性がある(2)。一方Acto*DNase1のクリスタルの場合にはATPが入っていないので燐酸カルシュウムのクリスタルへの結合はない。しかしアクチン分子の表面には標識したPCMBがあることと,DNase1と結合しているため脱水が抑制されて構造がこわれにくくなり,より長い70Åの構造を反映する反射がでるようになったものと思われる。

  1. T. Taniguchi, Y. Kamiya,  Nuclear Instruments and Methods 208, 541-544 (1983)
  2. Hartgerink, J.D. et al, Science 294, 1684-1688(2001)
>図1.水銀を含むPCMBで標識したActo*DNase1と考えられるクリスタル状の試料からの電子回折像

図1.水銀を含むPCMBで標識したActo*DNase1と考えられるクリスタル状の試料からの電子回折像:1度目の露光

図2.図1の試料の2度目の露光による電子回折像

図2.図1の試料の2度目の露光による電子回折像

4. 超高圧電子顕微鏡による有機物微粒子の高分解能観察

大野 完,仙石昌也(愛知医科大学)
有井達夫

 昨年度に引き続き,ガス中蒸発法によって作成した有機物微粒子を超高圧電子顕微鏡で観察した。使用した試料は,ペリレン(C12H20)微粒子である。一番安定なペリレンの結晶構造は単斜晶であり,板状結晶になる。昨年度は板の一辺のサイズが約1μmの微粒子を観察したが,今年度はより小さいサイズ(100nm〜400nm程度)の微粒子の観察を行った。その試料はガス中蒸発での生成条件を変更して作成した。生成された微粒子のモルフォロジーは,1μm以上のサイズの微粒子でははっきりとした晶癖を持つものが多く見られたが1),サイズが小さくなるにつれて晶癖が観察されにくかった(図1)。しかし,これらの微粒子の電子線回折像を調べると,晶癖のはっきりとした微粒子のものと同様な回折パターンが得られ,高分解能観察においてもいくつかの粒子で格子縞が観察できた。晶癖がなくなる理由として考えられることは,(1)観察している状態がまだ結晶の平衡形に達しておらず成長過程の途中である,(2)微粒子はバルク,薄膜などに比べて表面エネルギーの不利があり,電子線照射によって表面分子の一部が蒸発して晶癖が無くなったため観察できなかった,(3)今回はこのような微粒子が生成される実験条件であった,等が挙げられる。薄膜に比べ,微粒子は電子線照射に対して弱く,例えばピレン(C16H10)の場合は薄膜では電子線回折像がTEMで観察できるのに対し,微粒子になると観察中に蒸発しそのままでは観察できないことが分かっている。1) これらは照射に対してさらに弱い物質の微粒子に関しても起こりうる問題であり,今後も継続して研究していく必要があると思われる。
 また,コロネン(C24H12)微粒子を生成し観察した。コロネンはペリレンと同じ芳香族炭化水素であり,薄膜では電子線照射に対してペリレンよりもさらに安定であり高分解能観察は容易であると考えられたが,微粒子は針状結晶(図2)であり,支持膜との接触面積が小さいため電子線を照射すると粒子が移動し安定せず予想以上に観察は困難であった。

図2.コロネン微粒子

図2.コロネン微粒子

 参考文献
1)   M.Sengoku, S.Sawai and T.Ohno, Micron 32 (2001) 447

図1.ペリレン電子回折像(左)とペリレン微粒子(右)

図1.ペリレン電子回折像(左)とペリレン微粒子(右)

5. ギャップ結合で連結した網膜ニューロンの樹状突起の構造

日高 聰(藤田保健衛生大学・医学部・生理学第二)
宮地栄一(藤田保健衛生大学・医学部・生理学第二)

 光受容神経組織である網膜のニューロンの二次元的な配列様式は各々のタイプによって異なっており,それらの分布の解明は光情報処理の神経機構の解析にとって重要である。これまでに,双極細胞,アマクリン細胞及び神経節細胞が同一タイプの間で特定のモザイクを呈しながらギャップ結合で連結していることを明らかにした。我々は,電気生理学的手法によってニューロンの活動を解析した後に,神経活動をギャップ結合で連結した神経突起の形態と相関して,各タイプに特徴的なギャップ結合の視覚機能上の意義を調べている。電気生理学的に同定した網膜ニューロンを細胞内標識し,超高圧電子顕微鏡を用いて,厚さ数μmの樹脂包埋切片を解析することによってギャップ結合で連結した神経突起の三次元形態を解明することが本研究の目的である。
 平成12年度は昨年度に引き続いて,これまでに視覚生理学的に調べて来た網膜神経節細胞について,ラット網膜を用いて解析した。成熟Wistar系ラットから剥離した全載網膜標本を用いて核染色色素DAPI で標識したα-神経節細胞を形態学的に同定し37℃でO2/CO2を供給したAME'S溶液で潅流しながら微小電極法またはパッチクランプ法によって電流注入に対するスパイク列応答を解析した後に,電極内に充填したルシファー黄とビオチン複合物を用いて細胞内注入法によって細胞を標識した。ビオチン複合物を注入した標本の電子顕微鏡解析のための処理(日高と橋本, 1993)を経て,光学顕微鏡によって注入細胞と周囲の標識細胞との接触突起を同定した後,エポン樹脂包埋した標本から,1-5μmの厚さの網膜切片を作成し,ギャップ結合で連結した樹状突起の三次元構造を超高圧電子顕微鏡で1000kVで解析した。
 電気生理学的に解析した神経節細胞をルシファー黄の標識から同定した。α-神経節細胞は回りの細胞へのルシファー黄の拡散(dye coupling)を示さなかったが,同時に注入したビオチン複合物の局在を組織化学反応によって検出した結果,注入細胞から回りの同型の細胞へtracer coupling を示した。光学顕微鏡での観察から,標識されたα-神経節細胞の樹状突起の先端同士の間で直接の接触の可能性が観察されたが,光学顕微鏡の分解能の限界に直面した。そこで,標識されたα-神経節細胞の樹状突起間の接触部位を,厚さ数μmの厚切り切片を用いて超高圧電子顕微鏡で解析している。超薄切片での解析では,標識されるα-神経節細胞の樹状突起と非標識突起との間でギャップ結合を同定したが,非標識突起の細胞起源(結合の相手)は同定できていない。電気生理学的解析の後,標識突起の反応産物の電子線密度を増強する方法を探索しながら,現在も解析を続けている。
 [文献]
 日高 聰, 橋本葉子 (1993) 日本生理誌55: 241-254。

6. ゴルジ装置の新生過程の立体像

野田 亨(京都大学大学院医学研究科生体構造医学講座)

 培養細胞(RBL-2H3)に小胞体からゴルジ装置への蛋白輸送が抑えられると考えられるbreferdin A (BFA),nordihydroguaiareticacid,cycloheximideなどの薬剤を投与し,その後一定時間を置いてからこれらの薬剤を含まない正常の培地に戻し,小胞体からゴルジ装置への蛋白輸送を再開させ,薬剤によるゴルジ装置の形態変化とゴルジ装置の再形成過程を経時的に観察しようとした。ゴルジの形態変化の追求はゴルジ膜蛋白とゴルジ基質蛋白の酵素抗体法で行った。BFA投与後30分のものでは通常のゴルジ装置は小胞化し,シスゴルジ層板のマーカー蛋白であるmannosidaseIIは蛍光抗体法では小胞体に拡がった局在を示したが,電顕では明瞭な局在を認めることはできなかった。通常培地に戻すと10分後より次第にゴルジ層板に近い構造が形成され始め,それらの一部にマーカー蛋白の局在を認めるようになる。通常培地に戻して30分後では層板形態もmannosidaseIIの局在もほぼ正常に近い状態に戻った。一方,トランスゴルジのマーカーであるTGN38はゴルジ野に残存する小胞あるいは小管の一部に局在していた。BFA以外の薬剤ではnordihydroguaiareticacid投与群,cycloheximide投与群ではゴルジ層板の乱れは認められたもののmannosidaseII,およびTGN38の局在に大きな変化は認められなかったが,いずれの場合もゴルジ装置の全体の縮小傾向が認められた。
 さらにそれぞれの試料の厚切り切片を超高圧電顕で観察したが,形成中のゴルジ層板の立体的特徴を酵素抗体法で描出したゴルジ蛋白の分布から把握することは困難であった。しかし,BFA処理後の試料ではゴルジ形成では細胞の中心体付近から形成中のゴルジ層板が放射状の立体的配列しているものも多く観察され,ゴルジ層板形成にはかなり小胞や小管構造が微小管に沿って集合してきていると考えられた。

7. 神経突起のバリコシティの微細構造観察

遠藤泰久,末次妙子(京都工芸繊維大学繊維学部応用生物学科)
有井達夫

 神経突起の途中に形成される数珠状のふくらみ,バリコシティ(varicosity)は, 神経伝達物質を含むシナプス小胞や有芯小胞が蓄積することから,神経終末として機能すると考えられているが,その形成機構はほとんど解明されていない。今回,我々は中枢神経系におけるバリコシティの構造と形成機構を解明する目的で,ラットの脳スライス培養系を用い,細胞骨格タンパクの免疫染色後,厚切切片を超高圧電顕で3次元的に解析することを試みた。
 新生ラット(生後5−10日)を氷冷麻酔し断頭後,脳を摘出し,間脳の部位を厚さ400mmの前額断にティッシュチョッパーを用いてスライスした。スライスを直径35mmのフィルターインサート上に移し,6ウェルプレートで2−3週間培養した。バリコシティ形成におけるチュブリンの影響を調べるため,αチュブリンmRNAのアンチセンスオリゴヌクレオチド(15mer)を50mMの濃度で48時間作用させた。対照にはセンスオリゴヌクレオチドを用いた。4%パラフォルムアルデヒドで固定後,チュブリンの特異抗体で免疫染色(ABC−HRP法)し,発色にはジアミノベンジジンに硫酸ニッケルアンモニウム(10mM)を加えた。その後,オスミウム酸で後固定,エタノール脱水,エポキシ樹脂包埋を施した。厚さ1および2μmの厚切切片を作製し,サンドイッチメッシュにはさみ,超高圧電顕 H-1250M により加速電圧1000kVで観察した。
 視床下部室傍核の大型神経分泌ニューロンには,チュブリンの特異抗体によく反応するバリコシティが多数観察された。細胞体および神経突起内部の微小管を厚切切片で十分に観察できるコントラストが得られた。チュブリンmRNAのアンチセンス処理により,細胞体およびバリコシティ内部のチュブリン免疫反応の減少が観察された。今後,バリコシティ内部のより詳細な細胞骨格の構成を明らかにするため,ステレオ観察の結果を詳しく解析する予定である。

8. 老化に伴う神経細胞の微細構造変化についての超高圧電子顕微鏡的観察

小澤一史,謝 蔵霞,河田光博(京都府立医科大学第一解剖学教室)

 生体への様々なストレスに対しては,視床下部−下垂体−副腎軸(HPA axis)を中心とした神経・内分泌系に免疫系の働きも加わり,これらの系が十分に機能して対応している。ところが老化に伴い,寒冷や暑さによるストレス応答能力が低下し,また怪我などによる傷の修復が遅延することがあるが,これらは神経・内分泌・免疫系を中心とした生体防御機構の低下が原因と考えられる。
 老化に伴って脳の神経細胞にも多くの変化が生じることが知られている。特に大脳皮質や海馬では神経細胞の数の減少が見られ,細胞そのものの形態変化も観察される。
 老化に伴い,ラットでは血中のコルチコステロン値が上昇するが,大脳皮質や海馬をはじめ,脳の広い領域では逆にGRの発現低下が観察される。GRのみならず,転写共役因子であるp300やSRC-1などの発現も顕著に低下している様子が観察される。これは老化によるGRの発現低下によりコルチコステロイドのネガティブフィードバックが働かなくなったことを意味するものと考えられる。これは,グルココルチコイドとその受容体およびcofactor蛋白の複合体が一括して低下,神経機能発現に大きな影響を及ぼしていることを意味する。これらの神経細胞の微細構造を観察すると,神経細胞体の細胞質には多数のリポフチン顆粒の蓄積,細胞密度の現象,細胞小器官の縮小化,神経分泌小胞の減少などが観察され(図1),機能低下を示す像と考えられる。さらに,加速電圧1000kVにて厚め(5μm)の試料を超高圧電子顕微鏡でステレオ観察する方法により,これらのGR発現が低下した神経細胞の樹状突起の様子を観察すると,棘 (spine) の数や大きさ,形の明らかな変化が認められる(図2)。このような樹状突起の変化は細胞表面積の減少を示すものであり,シナプスの数の低下を意味するものである。このことは神経細胞そのものの生存は維持されているが機能が低下していることを意味すると解釈できる。このような老化に伴う形態学的な変化は長期間のコルチコステロン投与によって再現できることも知られている。長期にストレス負荷をかけたラットでは,老化に伴う海馬の変性が一層著しいことから,老化のメカニズムには上位中枢としての海馬を中心に,これに深く連絡するHPA axis が深く関与していると考えられる。

図1:海馬錐体細胞CA1領域の透過型電子顕微鏡像

図1:海馬錐体細胞CA1領域の透過型電子顕微鏡像;若いラット(A, 2ヶ月令)に比べて老令ラット(B, 24ヶ月令)では細胞全体の縮小,リポフチン顆粒の集積,細胞小器官の未熟化,神経分泌小胞の現象などが観察される。Bar=1μm

図2:海馬錐体細胞CA1領域の樹状突起の超高圧電子顕微鏡ステレオ像

図2:海馬錐体細胞CA1領域の樹状突起の超高圧電子顕微鏡ステレオ像;若いラット(A, 2ヶ月令)に比べて,老令ラット(B, 24ヶ月令)では棘(spine)の数の減少や形状の変化が顕著に観察される。Bar=5μm

9. 嗅球ニューロン樹状突起の定量的三次元形態解析

樋田一徳(徳島大学医学部解剖学第一講座)

 嗅覚の一次中枢嗅球は,複雑な脳神経回路の基本的構造の特徴を有していることから,魅力的な脳研究対象として注目されている。特に最近,特定な匂い刺激に対して嗅球表層に存在する糸球体が特異的に反応することが判り,嗅覚の機能的単位としての糸球体に関心が集中している。一方,糸球体内での情報処理機構解明には,糸球体ニューロン構成と局所神経回路シナプス構築の詳細な解明が不可欠となる。
 糸球体内に樹状突起を分布して投射ニューロン(嗅球からの出力)と嗅受容細胞終末(嗅球への入力)との間にシナプス結合を形成する傍糸球体介在ニューロンは,局所神経回路において重要な役割を演ずると考えられるが,その多くは糸球体内で複雑な樹状突起網を形成し,共焦点レーザー顕微鏡でも正確な三次元構造は明らかにならない。そこで超高圧電子顕微鏡の高解像力による解析の有効性が期待できるが,超高圧電子顕微鏡による解析の領域が厚さ5ミクロン・縦横数10ミクロンに限定されること,そして従来の重金属増感DAB・免疫細胞化学法では十分なコントラストが得られないなど,解析が困難であった。
 これらの問題を克服するために,今年度報告者は金コロイド粒子を用いた免疫細胞化学法の応用を試みた。まず厚さ50-100ミクロンのビブラトーム切片に,各種一次抗体,ビオチン化二次抗体,1.4ナノメートル金コロイド及びFITC同時標識ストレプトアビジン(NanoProbe)による染色を施し,同標本を共焦点レーザー顕微鏡で三次元的に広範囲に解析した後,金コロイド粒子を10-30ナノメートルに銀増感し,更に重金属増感DAB法を加えた。その結果,従来に比べコントラストが飛躍的に向上し像質が高まった。また予め共焦点レーザー顕微鏡で記録しているために,全体像のどの部分を解析しているか把握も可能である。
 今年度は主要な傍糸球体ニューロンであるTyrosine Hydroxylase (TH)ニューロンの解析を行い,共焦点レーザー顕微鏡では解析し得なかった複雑な糸球体内突起構造が観察された。(付図)
 今後は,各種ニューロンの三次元構造解析とともに,同法を用いて金コロイド標識による諸々の物質の細胞内三次元的局在の解析を行う予定である。

図1:THの嗅球内分布 図2:THニューロンの共焦点レーザー顕微鏡像 図3:THニューロンの超高圧電子顕微鏡像

図1:THの嗅球内分布(arrow heads)
図2:THニューロンの共焦点レーザー顕微鏡像
図3:THニューロンの超高圧電子顕微鏡像

10. 中枢神経系ニューロン,グリアの三次元構造解析:
マウス海馬astrocyteの形態学的及び定量的解析

緒方勝也,小坂俊夫(九州大学大学院医学研究院神経形態学)

    We revealed the structural features of astrocytes by means of light microscopy, confocal laser scanning microscopy and high voltage electron microscopy, and estimated their numerical densities in the mouse hippocampus. The highvoltage electron microscope examinations of Golgi-impregnated astrocytes clearly disclosed their fine leaflet-like processes in the masses occupied by individual astrocytes. The intracellular injection of two different fluorescent tracers into two neigh- boring astrocytes revealed that each astrocyte occupied a discrete area with a limited overlap only at its peripheral portion. In a quantitative analysis using an optical disector, the numerical densities of astrocytes identified as S100- immunoreactive cells were only slightly different in their areal and laminar distributions. The numerical densities were higher in the stratum lacunosum-moleculare and dentate hilus, while they were slightly lower in the principal cell layers than the average(24.2×103 /mm3) in whole hippocampal regions.As for the dorsoventral difference, the numerical densities were significantly larger at the ventral level in the dentate gyrus, whereas such tendency was not apparent in the hippocampus proper. The projection area of the astrocytes estimated from Golgi-impregnated samples was roughly in inverse relation to the numerical densities; the areas in the stratum lacunosum-moleculare were somewhat smaller than the other layers, where the numerical densities were high.
    The present study indicates that astrocytes are distrib- uted rather evenly without any prominent areal or laminar differences and that the individual astrocytes have their own domains; the periphery of the domain of a given astrocyte is interdigitated intricately with the processes of adjacent astro- cytes whereas its inner core portion is not penetrated by them.

11. 小脳変性症マウスにおける小脳プルキンエ細胞形態変化の超微細3次元的観察

RHYU Im Joo(Korea大学医学部)
井本敬二,有井達夫

 P/Q型電位依存性カルシウムチャネルαサブユニット遺伝子の変異により,ヒト・マウスに小脳変性症を含むいろいろな神経疾患が生じることが知られている。Rhyu博士はこれまでに,小脳変性症マウスであるtotteringやrollingの小脳で,一つの神経終末に対して数個の棘突起がシナプスを形成するという異常を報告しているが,その3次元的な定量的観察はまだ行われていない。3次元観察には,超高圧電子顕微鏡が有力な手段であり,Rhyu博士が生理学研究所を訪れ,本研究を行うこととなった。
 平成12年度は免疫染色による樹状突起のspineの解析を試みたが,染色方法に問題があり十分な成果をあげる事が出来なかった。免疫染色の欠点は,(1) 十分なコントラストを得ることが出来ない,(2) すべての樹状突起が染色してしまうため,解析が困難である,という点にあった。これらの問題点を解決するため,Golgi染色標本を作成し観察を行ったが,年度内には十分な解析を行うことが出来ず,平成13年度にプロジェクトが持ち越された。
 超高圧電子顕微鏡での観察と平行して,Stargazerなどあらたな小脳変性症マウスの形態解析を開始した。

12. 星状グリア細胞突起の三次元定量解析

濱  清
Ellisman M, Martone M, Yamada N (Univ. Calif. NCMIR)

 我々は高い電子線透過能と,5ミクロンを越える生物試料でも4−5ナノメターの解像力が期待できる1000kV超高圧電子顕微鏡の特性を利用して,主としてGolgi 染色を行ったラットCNS における星状グリア細胞突起の3次元立体計測を行っている。
 海馬及び,大脳皮質で球形の細胞枝ドメインを形成する細胞質性星状グリア細胞の突起を4ミクロンの切片を用いて,2種類の観察を行った。
 1)光顕像と超高圧電顕像を複雑度を比較するため,画像処理によって2値化した同じ視野の写真について周辺長と面積を計測し面積/周辺長複雑度の指標(KI)とした。超高圧電顕像のKI値は,光顕像のほぼ2倍であった。この事は光学顕微鏡の解像力は星状グリア細胞突起の精密な定量解析には不充分であることを示唆する。
 2)同様の試料に付いて,超高圧電顕を用いて−60度から+60度まで2度間隔で連続傾斜撮影を行い,トモグラフイー解析を行っている。現在なお実験例を追加しているが,計測できた体積/表面積の値は小脳バーグマングリア細胞に付いての報告より遙かに大きな値を取ることが明らかとなった。

<<超高圧電子顕微鏡共同利用実験での業績リスト>>

A) 発表論文

1.
英文原著論文
1)
Hama K, Arii T, Ito Y (2000) High-voltage electron microscopy in neurocytology.  J Electron Micros 49: 1-4.
2)
Martone M.E, Deerinck T.J, Yamada N., Bushong, E, Ellisman M.H. (2000) Correlated 3D light and electron microscopy and electron tomography for imaging large biological structures.  J Histotechnol 23: 261-270.
2.
その他
1)
浜 清,有井達夫 (2000) 超高圧電子顕微鏡.電子顕微鏡 35: 141-143.
2)
笠原秀浩,有井達夫,鈴木武雄,鶴原 喬 (2000) Acanthamoebaの低真空 SEMおよび超高圧TEM観察.原生動物学雑誌 (Jpn. J. Protoz.) 33: 61.
3)
Sengoku M, Ohno T, Arii T (2000) High-voltage and high-resolution electron microscopy of fine organic particles.  In Proc. of the 7th Asia-Pacific Electron Micros. Conf., Physical Sciences, pp233-234.

B) 学会発表

1)
Hama, K. (2000.6) Special Lecture. The 7th Asia- Pacific Electron Micros. Conf., Biol (Singapore) .
2)
Sengoku M, Ohno T, Arii T (2000.6) High-voltage and high-resolution electron microscopy of fine organic particles.  The 7th Asia-Pacific Electron Micros. Conf., Phys (Singapore) .
3)
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5)
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