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1. 脳磁図を用いたヒト感覚・運動機能の研究

宝珠山稔(名古屋大学医学部保健学科)
柿木隆介

 本研究では,ヒトの体性感覚情報処理機構を明らかにするために,体性感覚誘発脳磁場(Somatosensory evoked magnetic fields, SEF)を用いて各SEF成分のRecovery functionを測定し,第1次体性感覚野内の信号処理過程について検討した。
 健常成人を対象として,刺激間隔(Inter-stimulus interval, ISI)が0〜100ms のPaired pulse を1sごとに正中神経に与えSEFを記録した。Single pulse(ISI=0)によるSEF波形をPaired pulseによるSEF波形から減じることによりPaired pulseの2発目の刺激(S2)に対するSEFを抽出した。解析は通常の正中神経SEFにおいて刺激後20ms(1M)と30ms(2M)に認められる短潜時皮質SEFについて行った。
 S2刺激に対する各SEF成分はISIが短くなるにつれて振幅が減少し,潜時の延長を認めた。1M成分はISIが100ms以下ではSingle pulseによる反応より振幅が小さくなり10ms以下では消失したが,2M成分はISIが3msでも認められ,その振幅はSingle pulseによる反応の約60%であった。1Mおよび2Mの信号源はいずれも中心溝近傍の第1次体性感覚野手の領域と考えられる部位に推定され,短いISIにおいて減衰した各成分の推定信号源位置も同様であった。
 これまで,体性感覚誘発電位(Somatrosensory evoked potential, SEP)を用いて感覚誘発反応のRecovery functionの研究がなされてきたが,SEPは体積伝導により皮質下構造から電位成分を含んでおり,特に潜時や波形がISIによって変化していくRecovery functionの解析では,皮質成分の同定が困難である場合がある。脳磁計が時間分解能に優れると同時に主に皮質からの信号を記録していることから,本研究での波形の同定と解析は極めて容易であった。これまでの研究では,より潜時の長い誘発反応ほど振幅の回復には長いISIが必要であると報告されており,脊髄や皮質下での反応はそれがあてはまる。しかし,皮質内の反応である1Mおよび2Mについては潜時の長い2Mのほうが短いISIで振幅の回復をみており,2Mに先行する1Mが全くないISIにても明瞭に2Mが記録された。このことは,2Mが1Mの後に続いて生じる連続した2次反応ではなく,独立した反応であることを示している。大脳皮質内の情報処理過程では信号の並列処理が行われていることは推察されているが,本研究結果は,第1次体性感覚野内では刺激後20-30msに認められる初期の反応から並列的な処理過程が含まれている可能性を示唆するものである。

2. 聴覚系におけるTemporal integration機構(時間)とStream segregation機構(周波数)

矢部博興(弘前大学医学部附属病院神経科精神科)
小山幸子,軍司敦子,柿木隆介

 【目的】MMN (Mismatch Negativity)は,一次聴覚野近傍の感覚記憶に貯蔵された頻発音のneural traceと逸脱音との比較処理に由来する脳反応である。感覚記憶には,temporal window of integration(TWI)機構が存在し,研究代表者ら(1998)はその長さが160-170msであることを証明した。一方,Bregman(1990)が提案して注目されたAuditory scene analysisという心理行動学的概念は,TWI機構とStream Segregation(SS)機構を会話認知の基盤としている。Sussman ら(1999)によれば,HighとLow toneが交互に連続呈示された時に,100ms程度の短いSOAの時のみ,High tone系列とLow tone系列との分離(SS)が生じるという。本実験の目的は,TWIとSSのいずれが優先する機構かを明らかにする事である。【対象】健常被験者10名。【方法】High(3000Hz)とLow tone(500Hz)を連続刺激として交互に用い,稀に起こる欠落音(X)に対するMMNの有無を検討した。防磁室の壁に映写される無音映画に集中する被験者の左側耳に,連続音刺激(強度70dB)が125msの一定のSOAで呈示された。【結果および考察】従来の結果と同様に,HHHHXH..系列中のXはMMNを誘発したが,HLHLXL..系列は,誘発しなかった。TWIよりもSSが優先されるならば,HLHLXL..系列は,H系列とL系列に分離された結果,各系列のSOAが250msとなり,Xは先行音によって生じるTWIの範囲から外れ,MMNを誘発しない。反対にTWIが優先されるならば,HHHHXH..系列と同様にMMNを誘発すると考えられる。【結論】従って,Stream segregation機構は,TWI機構に優先する(Yabe et al., Brain Research (897) 222-227, 2001)。


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