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1. シナプス可塑性の分子機構

2000年6月15日−6月16日
代表・世話人:真鍋俊也(神戸大学・医学部)
所内対応者:森泰生(岡崎国立共同研究機構
統合バイオサイエンスセンター)

(1)
小脳顆粒細胞の成熟過程における電位依存性カリウムチャネルKv4.2の発現と役割
中平健祐(統合バイオサイエンスセンター,生理学研究所)
(2)
P/Q型Ca2+チャネル異常を伴う小脳変性症マウスの分子神経生理学的解析
若森 実(生理学研究所)
(3)
神経栄養因子によるグルタミン酸受容体発現調節とその分子メカニズム
斎藤真子(新潟大学脳研究所)
(4)
神経栄養因子による神経伝達物質放出の制御
大西浩史(三菱化学生命科学研究所)
(5)
シナプス可塑性における脳由来神経栄養因子の役割
津本忠治(大阪大学医学部)
(6)
新しい発生工学技術の開発によるアミノ酸変異導入マウスの作成
笹岡俊邦(国立精神神経センター)
(7)
プルキンエ細胞特異的に代謝型グルタミン酸受容体mGluR1を発現する
mGluR1-レスキューマウスの作成および解析
饗場 篤(東京大学医科学研究所)
(8)
GABAニューロンを標識する遺伝子改変マウスの開発
柳川右千夫(生理学研究所)
(9)
中枢神経シナプスの活性化による,シナプス前・後膜接着分子N-cadherinの存在様式の変化
田中秀和(大阪大学医学部)
(10)
カドヘリンスーパーファミリー:ゲノム構造と機能
八木健(大阪大学細胞生体工学センター,生理学研究所)
(11)
終脳特異的細胞接着分子のシナプス可塑性,参照記憶,sensorimotor gatingにおける役割
中村和裕(順天堂大学医学部)
(12)
PDZ領域1回とアクチン線維結合領域を持つ足場蛋白NeurabinおよびAfadinの局在と機能
溝口 明(京都大学医学部)

【参加者名】
 田中秀和(大阪大学・医・情報薬理),藤本崇宏(大阪大学・医・情報薬理),真鍋俊也(神戸大学・医・生理学第一),志牟田美佐(神戸大学・医・生理学第一),駒井章治(神戸大学・医・生理学第一),新里和恵(神戸大学・医・生理学第一),篠江徹(神戸大学・医・生理学第一),北村宏幸(神戸大学・医・生理学第一),饗場篤(東京大学・医科学研究所),中村和裕(順天堂大学・医),狩野方伸(金沢大学・医・生理学第二),新石健二(金沢大学・医・生理学第二),福留優子(金沢大学・医・生理学第二),吉田隆行(金沢大学・医・生理学第二),笹岡俊邦(国立精神神経センター・神経研究所),松田由喜子(国立精神神経センター・神経研究所),尾藤晴彦(京都大学・医・神経細胞薬理),高橋正身(三菱化学・生命科学研究所),大西浩史(三菱化学・生命科学研究所),古賀毅(三菱化学・生命科学研究所),井ノ口馨(三菱化学・生命科学研究所),深澤有吾(三菱化学・生命科学研究所),斎藤真子(新潟大学・脳研究所),永野忠聖(新潟大学・脳研究所),溝口明(京都大学・医),津本忠治(大阪大学・医・神経生理),小原圭吾(大阪大学・医・神経生理),北村明彦(大阪大学・医・神経生理),惣谷和広(大阪大学・医・神経生理),中平健祐(生理学研究所),森泰生(生理学研究所),井本敬二(生理学研究所),若森実(生理学研究所)

【概要】
 シナプス可塑性やそれに関連する記憶・学習といった脳高次機能に興味をもって研究を進めている多くの分野の研究者が一堂に会して,脳の可塑性を分子レベルで明らかにするためにどのようなアプローチが可能かを議論し,同分野の今後の展望を探った。具体的には,最近特に注目されている細胞接着分子や神経栄養因子のシナプス可塑性における機能に焦点を当て,これらの分子を出発点として,脳高次機能の全体像を解明するための手がかりが得た。また,異なる分野の研究者が集まることにより,次世代に向けた新たな研究法の模索やそれに基づいた新たな共同研究への発展も視野に入れた。方法論という点からは,最近多くの研究室で新しいタイプの遺伝子改変動物の作製が試みられているが,このような点についても議論した。

(1) 小脳顆粒細胞の成熟過程における電位依存性カリウムチャネルKv4.2の発現と役割

中平健祐1,2(岡崎国立共同研究機構 1統合バイオサイエンスセンター,2生理学研究所・神経情報)

 小脳顆粒細胞では,前駆細胞の段階から遅延整流型のカリウムチャネル遺伝子 Kv3.1が発現し,最終分裂後の内顆粒層への移動に伴いA-typeチャネルのKv4.2が発現する。培養系では,このA-type電流成分と同時期にナトリウムチャネルも発現し,活動電位が観察されるようになる。A-typeカリウムチャネルは,低い膜電位で開いて脱分極を抑制し,ひとたび脱分極状態になると不活性化する特徴を持つため,樹状突起においては入力シグナルの取捨選択に関わるゲートの役割を果たす可能性があり,また,細胞体からのバックプロパゲーションを制御することでシナプス伝達の可塑性に関わっている可能性が考えられている。
 我々は小脳顆粒細胞の培養系を用いて,このA-type電流成分が実際にKv4サブファミリーによって担われていることを示した。また,Kv4.2ドミナントネガティブ変異体を用いた特異的阻害実験から,この電流成分が活動電位のスパイク発生を抑制するように働くことを明らかにした。この成分は静止膜電位等には関わっておらず,この成分を阻害した小脳顆粒細胞は培養下で正常な形態変化を示した。
 我々の用いている培養細胞系におけるKv4.2蛋白質の発現は細胞体に局在しており,これはちょうど内顆粒層へ移動した直後の顆粒細胞と同様である。in vivoではこの後,樹状突起に移行してシナプス形成の場であるglomeluriに局在するようになる。培養系で樹状突起への移行が見られない理由としては苔状線維からの入力の欠除,グリア細胞との相互作用がないことなどが可能性として考えられるが,最近,グルタミン酸による刺激がKv4.2蛋白質の樹状突起への移行を促すことを示唆する結果が得られた。まだ予備的なデータではあるがこれについても発表したい。

(2) P/Q型Ca2+チャネル異常を伴う小脳変性症マウスの分子神経生理学的解析

若森 実,森 泰生,松下かおり,井本敬二(生理学研究所,液性情報)

 電位依存性Ca2+チャネルのうち,P型Ca2+チャネルをコードするα1Aサブユニットに変異が入ることにより,ヒトでEpisodic ataxia-2, Familiar hemiplegic migraine, SCA6等の中枢神経疾患が引き起こされる(Ophoff et al, TiPS 19, pp121-127, 1998)。しかし,変異によるP型Ca2+チャネルの性質変化や,その変化と疾病との関係は不明である。これらの点を解明するため,3種類の小脳変性症モデルマウス(tottering (tg),leaner (tgla),rolling (tgrol))を入手した。先ず,変異が不明であったtgrolマウスの変異を探索し,リピートIIIのS4に位置する1262番目のアルギニン(R)がグリシン(G)に置換していることを明らかにした(Mori et al, JNS in press)。次に,急性単離小脳プルキンエ細胞のCa2+チャネル電流を測定するとともに,組換えDNAを用いて発現させた変異Ca2+チャネルの機能を解析した。マウス小脳Purkinje細胞を急性単離しパッチクランプ法で解析したところ,電流密度はNormal > tgrol (76%) > tg(55%) > tgla (37%)マウスの順であった。薬理学的検討から,低下している成分はP型Ca2+チャネルであり,他の高閾値活性型Ca2+チャネルがこのP型Ca2+チャネルの低下分を補償することはなかった。tgの活性化曲線はNormalと重なったが,tglaの活性化曲線は約9mV脱分極側に平行移動した。また,tgrolの活性化曲線は約8mV脱分極側に移動すると伴に傾きが緩くなった。これら電流密度の低下と活性化曲線の変化はbaby hamster kidney (BHK)細胞に強制発現させた変異Ca2+チャネルに於いても認められたことから,α1A遺伝子の変化が直接的にチャネルの変化を引き起こしていることが判明した。また,電流密度の低下と活性化曲線の変化を総合したチャネル活性の低下の度合いは症状の重さ( tg < tg rol < tgla )と相関があった。更に,スライス標本を用いて発火パターンを検討したところ,NormalではNa+ spikeとCa2+ spikeが認められたが,tgrolではNa+ spikeしか記録できなかった。以上の結果より,Ca2+チャネル活性の低下が神経疾患を引き起こしている可能性が示唆された。
 これらのモデルマウスはシナプス可塑性に対するP/Q型Ca2+チャネルの寄与を検討するのに良い標本であり,今後さらなる検討を加えたい。

(3) 神経栄養因子によるグルタミン酸受容体の発現調整とその分子メカニズム

斎藤真子,永野忠聖,那波宏之(新潟大学脳研究所分子神経生物学分野)

 神経栄養因子は神経分化や神経細胞死ばかりでなく,シナプス伝達の可塑性にも関与することが報告されているが,その分子メカニズムは依然として不明である。我々は,神経栄養因子のうち,ニューロトロフィン類のBDNF(脳由来神経栄養因子)を連日,培養大脳皮質神経細胞に添加すると5日目の時点でmRNAレベルに影響することなくAMPA受容体蛋白発現量を上昇させることを発見した(Proc Natl Acad Sci. U.S.A. vol. 96P2461-2466, 1999)。AMPA受容体蛋白は,GABA作動性神経細胞に強く発現されることが免疫染色によって確認された。またパッチクランプ法によりGABA作動性神経細胞におけるAMPA電流の上昇を認め,機能的なAMPA受容体チャネルの発現上昇が確認された。BDNF遺伝子欠損マウスの大脳皮質のPSD(シナプス後肥厚部)を豊富に含む画分においてもAMPA受容体蛋白発現量が,低下傾向を示していることから,in vivoにおいてもBDNFがAMPA受容体蛋白の正常な発現に必要であることを確認した(Neuroscience. vol. 88 p1009-1014, 1999)。AMPA受容体蛋白発現量の上昇は神経細胞に作用する成長因子のうちPDGF(血奨板由来成長因子)によっても認められた。そこで,BDNF, PDGFの下流で共通に活性化されるカスケードについて検討した結果,SrcファミリーチロシンキナーゼがAMPA受容体蛋白発現量の上昇に関与することを確認した。さらにFyn遺伝子欠損マウスの培養大脳皮質神経細胞ではBDNFの効果が認められなっかたことから,SrcファミリーチロシンキナーゼのうちFynキナーゼが重要であることが示唆された。in vivoにおいても生後14日のFyn遺伝子欠損マウスの大脳皮質においてAMPA受容体蛋白発現量が低下していることを確認した。またHEK293細胞にTrkB, GluR1, GluR2 をCMV (cytomegalovirus) プロモーター下で発現させた系でも,BDNFによってGluR2の受容体蛋白発現量が上昇することが再現された。現在,BDNFがその受容体であるレセプター型チロシンキナーゼ,TrkBに結合した後に起こるシグナルカスケードに注目し,こうしたカスケードがAMPA受容体およびAMPA受容体関連タンパク質,細胞骨格蛋白等をどのように制御しAMPA受容体蛋白発現量を上昇させるのか,その分子メカニズムに重点を置いて研究中である。

(4) 神経栄養因子による神経伝達物質放出の制御

大西浩史1,3,網野真也2,板倉 誠1,山森早織1,高橋正身1,2,31三菱化学生命科学研究所,
2東京大学大学院,3科学技術振興事業団(CREST))

 増殖・分化・生存維持活性をもつ多くの細胞栄養因子・成長因子が神経回路の形成・維持に深く関わっていることはよく知られている。驚いたことに,それらの多くが中枢神経系においてシナプス伝達効率を変化させ,脳の高次機能を調節するという全く新しい活性を有する事が近年明らかになってきた。これら因子によるシナプス調整の分子メカニズムについては,蛋白質リン酸化を介した速い反応,あるいは遺伝子発現を介した遅い反応により,前シナプス,後シナプスの機能が修飾・変化をうけていることが予想される。我々は神経栄養因子による前シナプス制御の可能性に注目し,神経のモデル細胞,PC12細胞を用いた解析を行った。NGFで処理したPC12細胞では,Ca2+依存性の神経伝達物質放出が増強し,またこの作用は短時間の処理で急性に誘導されるものであった。神経伝達物質放出はCa2+流入とその後の開口放出過程により引き起こされるが,増強作用はイオノマイシンによって強制的にCa2+流入を引き起こした場合にも見られたため,NGFの作用点はCa2+流入過程ではなく,開口放出過程にあると考えられた。さらに培養神経細胞に対して神経栄養因子BDNFが同様の神経伝達物質放出増強作用を持つことも明らかとなり,神経栄養因子が実際に神経細胞に作用し,前シナプス機能を急性に調整することが分かった。また同様な増強作用はIGF-1,EGFといった神経栄養因子以外の細胞成長因子でも確認され,これら因子の多くが開口放出過程を制御しうる可能性が示された。次に神経栄養因子がどのようなメカニズムで神経伝達物質放出を制御するのかを解析するため,阻害剤あるいは変異遺伝子を用いた解析を行ったところ,増強作用は神経栄養因子のリセプターであるTrkファミリーチロシンキナーゼのキナーゼ活性に依存しており,また細胞内シグナル伝達経路としてMAPK経路とPI3K経路が重要であることが分かった。これらのシグナル経路がどのように開口放出過程を制御しているのかという問題については現在まだ明らかではない。シンポジウム発表ではいくつかの可能性についてディスカッションしたい。

(5) シナプス可塑性における脳由来神経栄養因子の役割

津本忠治(大阪大学大学院医学系研究科バイオメディカル教育研究センター高次神経医学部門)

 神経栄養因子は従来想定されてきた神経細胞の分化,突起伸展,生存維持といった機能の他に,シナプス伝達効率を急速に変える,あるいはシナプス長期増強や長期抑圧に関与するなど,シナプス可塑性における役割が注目されている。我々は,可塑性に関する知見が集積している大脳皮質視覚野においてスライスや培養細胞標本を使用し,神経栄養因子の中でも脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor, BDNF)に的を絞って,その役割や関与メカニズムについて調べている。今回は主に,この研究の背景,実験結果及びその意義について以下の点を中心に述べたい。
 1)スライス標本を用いた実験。BDNFのシナプス伝達に対する急性作用を,幼若ラットあるいはマウス視覚野のスライス標本において,IV層刺激に対するII/III層錐体細胞のシナプス反応を指標として調べた。その結果,200 ng/mlの濃度ではシナプス伝達を急速に増強すること,20 ng/mlの濃度では通常のシナプス伝達には影響を及ぼさないが,低頻度連続刺激によるシナプス長期抑圧の誘発を阻止することを見出した。また,BDNFノックアウトマウスから作製した標本では,正常では長期抑圧を起こさない刺激で長期抑圧を起こすことも見い出した。以上の結果から,BDNFは,生後発達期には,連続入力によってシナプスが抑圧されることを防ぐ作用があることが示唆された。さらに,抗BDNF抗体,TrkB-IgG及び受容体型チロシンキナーゼの阻害薬を使った実験からこれらの作用はTrkB受容体を介することが示唆された。
 2)幼若ラットあるいはマウス視覚野から孤立神経細胞培養標本を作製し,誘発シナプス(autapse) 反応(evoked EPSC),及び自発性活動(いわゆるminiature EPSC, mEPSC)を指標として調べた。その結果,BDNFはmEPSC頻度の増大を起こすが,振幅は変えないことが判明した。この結果は,BDNFの作用部位はシナプス前であることを示唆していると考えられた。一方,誘発反応の方は,培養日数の増加につれてBDNFが無効となる傾向が見られた。この結果は,神経細胞の成熟につれて誘発シナプス反応を起こすメカニズムとmEPSCを起こすメカニズムが乖離してくることを示唆している。
 3)上述したBDNFの急性作用が,従来報告されてきた慢性作用に如何に関係しているかを明かにする一環として,孤立神経細胞培養標本にBDNFを慢性投与した時のシナプス機能及び形態の変化を電気生理学及びシナプス前部に取り込まれる蛍光色素(FM1-43)を用いて調べている。この実験結果についても述べる予定である。

(6) 新しい発生工学技術の開発によるアミノ酸変異導入マウスの作成

笹岡俊邦1,江隅英作2,松田由喜子1,鍋島曜子3,三品昌美4,鍋島陽一31国立精神・神経センター
神経研究所疾病研究第七部,2国立精神・神経センター神経研究所遺伝子工学研究部,3京都大学大学院
医学研究科腫瘍生物学,4東京大学大学院医学系研究科薬理学・分子神経生物学)

 (研究目的) ヒトゲノムプロジェクトの進歩により,遺伝性疾患の原因遺伝子の分離および変異の同定が急速に進みつつあり,多くの遺伝子疾患では原因遺伝子の特定アミノ酸の変異が観察され,特定アミノ酸配列の持つ機能の解析が疾患の理解に不可欠であることが明らかになってきた。また多くの遺伝子は複数の場面で重要な機能をもつため,動物個体の個別の場面で遺伝子機能を解析できる新たな方法の開発が必要である。我々はこれらの問題点の解決のため従来のマウス発生工学技術を一歩進めて,「目的とする組織や発生段階で,対象分子にアミノ酸置換を導入する新たなシステム」の開発を進めてきており,遺伝子の機能の理解,疾患の理解に最もふさわしいモデル動物を作成し,詳細な解析を可能とする実験系を構築している。
 (研究方法) NMDA受容体のCaイオン透過性を調節するアミノ酸置換を,特定細胞において導入することを対象とし,新たな実験系の開発をおこなった。(1)特定アミノ酸の変異を導入する方法の開発:NMDA受容体ε1遺伝子の正常配列エクソンと変異配列エクソンを並列に配置し,正常型エクソンの両側にloxPを配置し,2つのエクソン間に人工イントロンを挿入した相同組換えベクターを構築し,マウス胚幹(ES)細胞を用いた相同組換えによりベクターを組み込んだマウス個体(NMDA/loxPマウス) を作成した。この状態では2つのエクソン間のイントロンの性質により,絶えず正常配列エクソンのみを選択させることが可能であるが,正常配列エクソンを欠失させると変異配列エクソンが利用され,転写産物に変異が導入される。正常配列エクソンを欠失させる方法としてCre-loxPシステムを利用する。(2)特定細胞におけるアミノ酸置換の導入:Nestinプロモーターの発現調節のもとで神経細胞でCreリコンビネースを発現するトランスジェニックマウス( Creマウス)とNMDA/loxPマウスを掛け合わせ,NMDA/loxP-Creマウスを作成し,神経細胞特異的にアミノ酸置換をおこなった。(3)電気生理実験によるNMDA受容体の機能解析:スライスパッチクランプ法を用いて海馬錐体細胞におけるNMDA受容体の機能を解析した。
 (結果と考察) (1)特定アミノ酸の変異を導入する方法の開発:上記の方法により作成したNMDA/loxPマウスはホモ接合体であっても,成長・繁殖は野生型と変わらず,運動異常などを示さなかった。NMDA/loxPマウス脳のNMDA受容体ε1サブユニットmRNAはの正常配列エクソンを読み取っていた。Nestinプロモーターにより神経細胞にCre リコンビネースが発現するトランスジェニックマウス(Creマウス)と掛け合わせ,NMDA/loxP- Creマウスを作成し,マウスの各臓器における変異導入の様式を調べたところ,脳及び脊髄で変異導入がみられた。脳の各部位での組換えを調べると効率の差はあるが,広い領域で組換えが起っていた。さらに,NMDA受容体ε1遺伝子mRNAを調べたところ,Cre-loxPの作用により正常配列エクソンが欠失し,変異配列エクソンが利用され変異導入が行われていた。このNMDA/loxP-Creマウスは,発育不全と運動機能異常を示し,NMDA受容体にCaイオン透過性を上昇させるアミノ酸置換の導入による神経細胞活動性異常が示唆された。(2)電気生理実験によるNMDA受容体の機能解析:マウス脳スライスパッチクランプ実験では,計画通りに海馬CA1領域錐体細胞のNMDA受容体のMgブロック機能が変化していた。われわれのNMDA/lox-Creマウスにより,特定場面でNMDA受容体のMgブロック機能を個体レベルで詳しく解析することが可能となった。特にNMDA受容体のMgブロックの解除によるCaの過剰な流入は,神経細胞死の初期過程に関連すると考えられており,病態の理解にも貢献できると考えられる。

(7) プルキンエ細胞特異的に代謝型グルタミン酸受容体mGluR1を発現する
mGluR1-レスキューマウスの作成および解析

饗場 篤(東京大学医科学研究所ヒト疾患モデル研究センター高次機能研究分野)

 我々は代謝型グルタミン酸受容体mGluR1を欠損したマウス[mGluR1(-/-)マウス] をジーンターゲッティング法により作成し,mGluR1(-/-)マウスでは平行線維-プルキンエ細胞シナプスでの長期抑圧が欠失していること,登上線維によるプルキンエ細胞の多重支配が生じていること,運動協調ができなくなっていること等を明らかとした。一方では,mGluR1は小脳プルキンエ細胞以外の細胞でも発現しており,通常のノックアウトマウスの解析からは上記の表現型が,プルキンエ細胞に発現しているmGluR1の欠損によるものか,もしくは他の領域で発現しているmGluR1の欠損によるものかを区別することはできなかった。そこで我々はプルキンエ細胞特異的なプロモーターを用い,mGluR1がプルキンエ細胞だけで発現するマウスを作成し,mGluR1ノックアウトマウスで見られた表現型が復活するかどうかを検討した。L7遺伝子プロモーター下にラットmGluR1αcDNAを発現するようなDNAを構築し,mGluR1(+/-) 受精卵にマイクロインジェクションし,mGluR1(+/-)L7-mGluR1αトランスジェニック(Tg)マウスを作成した。さらにこれらのマウスをmGluR1(+/-) マウスと交配し,内在性のマウスmGluR1遺伝子の発現がないmGluR1(-/-)L7-mGluR1α Tgマウスを作成した。作成した8系統の独立なTgマウスのうち,1系統ではmGluR1(-/-) マウスの運動協調能が復活していた。このmGluR1レスキューマウスではmGluR1が小脳プルキンエ細胞だけで発現しており,長期抑圧,登上線維のシナプス除去が正常に起こっていた。従って,プルキンエ細胞に存在するmGluR1が長期抑圧,登上線維のシナプス除去,運動協調に必要であることを明らかとすることができた。この講演では通常のノックアウトマウスに加え,組織特異的プロモーターによるトランスジーンを組み合わせたマウスの解析の実際について議論したいと思う。

(8) GABAニューロンを標識する遺伝子改変マウスの開発

柳川右千夫(岡崎国立共同研究機構 生理学研究所 神経化学部門)

 中枢神経系においては,リズミックな神経活動,神経が同期して活動する現象,あるいは学習や記憶の素過程と考えられているシナプス可塑性の形成には,GABAニューロンが抑制性インターニューロンとして行う神経情報処理が重要な役割を果たしていると考えられている。しかしながら,インターニューロンは,中枢神経系に散在し,比較的少数であることから,in vivoにおいて正確に同定することは困難であった。
 一方,グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)は,Lーグルタミン酸からGABAを合成する酵素であり,分子量の違うGAD65, GAD67の2種類のアイソザイムの存在する。これらのアイソザイムは異なる遺伝子にコードされ,生化学的性質や細胞内局在が異なることが報告されている。GADの発現様式については,GAD65及びGAD67が脳ではGABAニューロン特異的に発現している。
 我々は,(1) GABAニューロンを標識すること,(2) GABAニューロン特異的発現調節機序を解明することを目的として,マウスGAD(mGAD65, mGAD67)遺伝子を単離し,構造と発現について検討した。特に,mGAD65遺伝子あるいはmGAD67遺伝子のプロモーターを含む上流域にlacZレポーター遺伝子を連結した融合遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを作成して解析した結果,それぞれのプロモーターが組織及びGABAニューロン特異的発現に必須な役割を果たしていることを明らかにした。しかしながら,両GAD遺伝子ともすべてのGABAニューロンの発現には,遺伝子上流域のみでは不十分であり,さらに他の遺伝子領域が必要と考えられた。
 これらの結果を背景にして,in vivoでGABAニューロンを正確に標識するためにmGAD67遺伝子に遺伝子標的法を用いて発光オワンクラゲ由来のGreen fluorescent protein(GFP)遺伝子をノックインしたマウス(GAD遺伝子GFPノックインマウス)の作成を試み,現在キメラマウスを得ている。今後は,交配することによりGAD遺伝子GFPノックインマウスのヘテロを得ることにより,GABAニューロンの電気生理学的解析や発生過程の解析に使用できることを期待している。

(9) 中枢神経シナプスの活性化による,シナプス前・後膜接着分子N-cadherinの存在様式の変化

田中秀和(大阪大学医学部情報薬理学(旧第一薬理))

 中枢神経細胞間のコミュニケーションの場であるシナプスは,シナプス前・後膜の接着を中心構造とし,その前後に伝達物質の分泌機構や受容体等の機能ドメインを配置する。そのシナプスの接着構造の形成と維持に,カドヘリン・ファミリーが,重要な役割を担っていることが近年わかってきた(Fannon and Colman, 1996; Uchida et al., 1996; Benson and Tanaka, 1998; Kohmura et al., 1998)。
 我々は,シナプスのカドヘリンが,単なる静的な接着性構造分子ではなく,動的でシナプス活動性依存的な調節を受ける機能分子であることを示唆する知見を得た。培養ラット海馬神経細胞において,神経型(N)カドヘリンは,シナプス部位に高密度に発現し,その結果点状の分布を示す。このシナプスを膜脱分極で刺激すると,5分以内にNカドヘリンは細胞膜上を拡散し,線状の分布に変わった。また,同様の刺激により,シナプスのNカドヘリンが,単量体から二量体の状態にシフトし,トリプシン等の蛋白質分解酵素に対して強い耐性を獲得することも見いだした。Nカドヘリンの機能は,隣あったNカドヘリン分子同士の結合(シス二量体)と単量体との間の平衡状態により制御されることが知られている(Shan et al., 2000)。従って,このシナプス活動性依存的なNカドヘリンの平衡状態のシフトは,シナプスにおけるNカドヘリン機能の変化・修飾を意味し,その結果,シナプス間隙の環境が制御されている可能性が示唆される。
Benson and Tanaka (1998), J Neurosci 18, 6892-6804.
Fannon and Colman (1996), Neuron 17, 423-434.
Kohmura et al. (1998), Neuron 20, 1137-1151.
Shan et al. (2000), J Cell Biol 148, 579-590.
Tanaka et al. (2000), Neuron 25, 93-107.
Uchida et al. (1996), J Cell biol 135, 767-779.

(10) カドヘリンスーパーファミリー:ゲノム構造と機能

八木 健(阪大 細胞生体工学センター・岡崎 生理学研究所)

 カドヘリンは選択的細胞接着活性をもたらす分子として竹市雅俊博士等により単離解析され,細胞の自己組織化に関わる細胞接着分子である。我々は哺乳類脳の機能に関わる遺伝情報の解析を行う過程で,新たなカドヘリン(CNR)ファミリーを得た。このCNRファミリーは,シナプスに存在し,Fynチロシンリン酸化酵素と共役し,Reelinタンパク質の受容体として機能していることが明らかとなった。また,ゲノム構造の解析よりCNRファミリーは免疫グロブリンと類似した新たな遺伝子クラスターを形成していることも明らかとなっている。
reference
1. Yagi, T. and Takeichi, M. (2000) Cadherin superfamily genes: functions, genomic organization, and neurologic diversity. Genes & Devopment 14, 1169-1180.
2. Sugino, H, Hamada, S., Yasuda, R., Tuji, A., Matsuda, Y., Fujita, M., and Yagi, T. (2000) Genomic organization of the family of CNR cadherin genes in mice and human. Genomics63, 75-87.
3. Senzaki, K., Ogawa, M. and Yagi, T. (1999) Proteins of the CNR family are multiple receptors for Reelin.Cell 99, 635-647.
4. Yagi, T. (1999) Molecular mechanisms of Fyn-tyrosine kinase for regulating mammalian behaviors and ethanol sensitivity. Biochem. Pharmacol. 57, 845-850.
5. Kohmura, N., Senzaki, K., Hamada, S., Kai, N., Yasuda, R., Watanabe, M., Ishii, H., Yasuda, M., Mishina, M. and Yagi, T. (1998) Diversity revealed by a novel family of cadherins expressed in neurons at a synaptic complex. Neuron 20, 1137-1151.
日本語総説
1.先崎浩次,小川正晴,八木 健(2000)マウス大脳皮質層構造形成機構における新たな分子メカニズムの解明−CNRファミリーはReelinの多重受容体である−. 実験医学 18, 784-787.
2.八木 健(1999)免疫系多様化分子群と類似性を示す中枢神経系の新規カドヘリン(CNR)ファミリー. 脳の科学 21, 923-936.
3.八木 健(1998)脳の機能と遺伝情報. 脳の科学20, 555-558.
4.八木 健(1997)脳の進化をもたらした遺伝子の探索−情動形成に関わる分子メカニズムによる研究−. 細胞工学 16, 1140-1149.

(11) 終脳特異的細胞接着分子のシナプス可塑性,参照記憶,sensorimotor gatingにおける役割

中村和裕(順天堂大学医学部第2病理)

 中枢神経系に発現する細胞接着分子は発達段階においては神経回路形成に,また,成体においてはシナプス可塑性,学習などの脳機能に役割を果たすと提唱されている。免疫グロブリンスーパーファミリーに属する細胞接着分子テレンセファリン(TLCN) の発現は生後に始まり,部位は終脳内ニューロンの細胞体,樹状突起に限局している。そのためTLCN欠損マウスの機能解析を行い,終脳特異的細胞接着分子TLCNが成体の脳機能に果たす役割を解析した。
 TLCN欠損マウスは正常に発育し,交配も可能であった。Nissl染色による終脳内領域の形態,大脳皮質での樹状突起の発達,電顕による海馬CA1のシナプス密度の解析の結果,TLCN 欠損マウスで発生,形態異常は認められなかった。しかし海馬CA1領域でのシナプス伝達長期増強 (LTP) を調べたところTLCN欠損マウスでLTPが上昇していた。更にLTPの飽和レベルの上昇が認められた。しかし低頻度刺激によりひきおこされる興奮性後シナプス電位は変化なかった。また,行動解析の結果,有害刺激を使う学習テストである文脈依存的学習テスト,水迷路テストでは野生型マウスと比較して変化なかったが,報酬を使った学習テストである放射迷路テストで参照記憶の能力が向上していた。また,同様に報酬を使うテストである水探索テストにおいてもパフォーマンスが亢進していた。また,startle responseのprepulse inhibitionが亢進していたため,sensorimotor  gatingが亢進していることが明らかとなった。
 従ってTLCNは生体内で海馬シナプス可塑性の可変域,参照記憶,sensorimotor  gatingの制御に役割を果たしていることが明らかとなった。

(12) PDZ領域1回とアクチン線維結合領域を持つ足場蛋白NeurabinおよびAfadinの局在と機能

溝口 明(京都大学医学部)

 シナプス形成における標的細胞選択機構や活動依存性シナプス強度調節機構に関して,Cadherin系やIntegrin系のような細胞間接着機構が重要な役割を担うことが知られている。これらの細胞間接着機構はいずれも細胞接着分子とアクチン線維が,Catenin やVinculinなどの膜下蛋白質によって連結されるという基本構造を持っている。そこで私共は,アクチン線維と結合活性を持つ新規の膜下蛋白質を発生段階の脳において探索した。その結果,Neurabin I,Neurabin II,および l-Afadinが同定された。これらの膜下蛋白質は,アクチン結合領域とPDZ領域を一カ所持つという共通の分子構造を持っていた。
 Neurabin Iは脳特異的に発現しており,完成したシナプスでは,主としてポスト側のスパインに局在していた。発生期の脳では,成長円錐のうち最先端を走るもの(Pioneer Growth Cones) には軽度の,後方を束となって走るもの(Follower Growth Cones) には,高度のNeurabin Iの発現を認めた。また,培養神経細胞において,アンチセンスRNAによってNeurabin Iの発現を抑制すると,神経突起の発芽が阻害された。これらの結果から,Neurabin Iは神経突起の発芽,束化およびスパインの運動に関与すると考えられる。
 l-Afadinは,全身の多くの臓器に存在し,小腸や肝臓などの非神経組織では,主としてアドヘレンスジャンクションにCadherin系と共存していた。一方,胎児では,l- Afadinは,E6.5日から発現しており,外胚葉と内胚葉上皮のアピカル領域に局在していた。さらに,E7.5日では,外胚葉の中でも神経外胚葉と中胚葉に発現が高まっていた。Afadinノックアウトマウスでは,E7.5日で外胚葉の上皮構造の乱れと外胚葉上皮から中胚葉間葉細胞への遊離が障害されていた。このことから,Afadinは,外胚葉上皮が全体として上皮構造を維持しつつ,しかも原始線条においてのみ細胞が上皮から遊離して中胚葉の間葉細胞へと変化するという形態形成過程に必須であることが示唆された。
 脳では,l-Afadinは,海馬CA3領域の苔状線維終末-錐体細胞樹状突起間のシナプスのPuncta Adhaerentia Junctionに両側対称性に局在していた。そこでl-Afadinと結合する細胞接着分子をイーストツーハイブリッド法で検索した結果,イムノグロブリンスーパーファミリーに属するNectinを見出した。Nectinは,細胞外領域にCa非依存性細胞接着活性を持ち,細胞内領域のC末端でl-AfadinのPDZ領域と結合する。
 Nectinは,1型,2型,3型のアイソフォームからなり,各アイソフォーム同志がホモフィリックに結合するだけでなく,3型は,1型および2型とヘテロフィリックにも結合できる。NectinもシナプスのPuncta Adhaerentia Junctionに局在していることから,Nectin-l-Afadin系接着機構は,シナプスの形態形成に重要な役割を果たしていると考えられる。


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