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3. ATP受容体による生体機能制御とその分子的メカニズム

2000年8月24日−8月25日
代表・世話人:古家喜四夫(科学技術振興事業団細胞力覚プロジェクト)
所内対応者:井本敬二(液性情報)

(1)
Over View
井上和秀(国立衛研・薬理)
(2)
ATP受容体によるカルシウム動員の細胞周期依存性
−網膜神経上皮での共焦点顕微鏡による解析−
杉岡美保,山下勝幸(奈良医大・第一生理)
(3)
妊娠ラット子宮筋におけるP2 receptorの遺伝子発現と収縮反応の変化
鈴木庸介,松岡功*,浅野仁覚,大川敏昭,柳田薫,佐藤章
 (福島医大・医・産婦人科,*薬理学)
(4)
Gタンパク共役型ATP受容体により惹起されるカチオン電流
森泰生(生理学研究所・液性情報部門)
(5)
低浸透圧刺激によるアストロサイトからのATP放出と細胞内Ca2+動員機構との関連
上野伸哉,山田博美,佐藤千江美,桂木猛(福岡大学・医・薬理)
(6)
アフリカツメガエルの卵胞細胞膜上のATP受容体刺激によるFSH受容体応答と
アデノシン受容体応答の抑制
藤田玲子1,木村眞吾2,川崎敏2,高島浩一郎2,松本光比古3,佐々木和彦2
1岩手医大・教養部,2岩手医大・医・一生理,弘前大医短・物理)
(7)
アデノシンA1受容体とP2Y受容体間のヘテロダイマー形成
吉岡和晃,斉藤修,中田裕康(東京都神経研・生体機能分子)
(8)
PPADS感受性ATP受容体による容量性Ca2+流入機構の抑制
尾松万里子,松浦博(滋賀医大・第二生理)
(9)
低浸透圧刺激による血管内皮細胞のカルシウムレベル上昇とATP遊離について
篠塚和正,川崎久美子,田中直子,水野英哉,窪田洋子,中村一基,
*橋本道男,国友勝(武庫川女子大・薬・薬理,*島根医大・生理学第一)
(10)
ラット尾動脈内皮細胞でのニコランジルによるATP遊離作用には細胞内Ca2+増加を伴う
橋本道男,篠塚和正*,田中直子*,窪田洋子*,紫藤治,国友勝*
 (島根医大・医・生理学第一,*武庫川女子大・薬・薬理学)
(11)
ATP受容体刺激によるミクログリアからのIL-6放出メカニズム
重本由香里,井上和秀(国立衛研・薬理)
(12)
ATP刺激細胞応答連関における細胞外ATP代謝酵素による情報転換
−アフリカツメガエル卵母細胞に発現されたアデノシンA2B受容体の性質−
松岡功,大久保聡子*,木村純子
(福島県立医大・医・薬理,*東北大大学院・薬学・細胞情報薬学)
(13)
ラット前立腺交感神経終末部のプリン受容体とノルアドレナリン遊離調節機構について
森川亜美,篠塚和正,田中直子,水野 英哉,窪田洋子,
中村一基,国友勝(武庫川女子大・薬・薬理)
(14)
脳幹シナプス前プリン受容体によるグルタミン酸放出の制御
加藤総夫,繁冨英治(東京慈恵会医大・薬理学第2)
(15)
Neuronal Ca2+-sensor 1によるP2Y受容体を介した開口放出増強機序の解明
小泉修一・井上和秀(国衛研・薬理)
(16)
ウシ副腎皮質細胞のadenylate cyclaseと連関したADP受容体
西晴久,堀誠治,正木英二,川村将弘(東京慈恵会医大・薬理学第1)
(17)
ATP刺激細胞応答連関における細胞外ATP代謝酵素による情報転換
松岡功,大久保聡子*,木村純子
(福島県立医大・医・薬理,*東北大大学院・薬学・細胞情報薬学)

【参加者名】
 古家喜四夫(科学技術振興事業団「細胞力覚プロジェクト」),藤田玲子(岩手医大教養),木村純子,綿野智一,緑川早苗,小野秀成,亀岡弥生,佐藤薫,熊坂忠則,浅野仁覚,松岡功,鈴木庸介(福島医大),栗原琴二(明海大歯),西晴久,加藤総夫,川村将弘,堀誠治(慈恵医大),井上和秀,小泉修一,重本由香里(医薬品食品衛生研),中田裕康,吉岡和晃(東京都神経研),林一己(山之内製薬),鈴木裕一(静岡県立大),多久和陽,薄井荘一郎(金沢大医),村松郁延(福井医科大),Fernando Lopez-Redondo(科学技術振興事業団「細胞力覚プロジェクト」),松浦博,尾松万里子,豊田太(滋賀医大),山下勝幸,杉岡美保(奈良医大),森際克子(大阪大医),森川亜美,篠塚和正,川崎久美子(武庫川女子大薬),河野剛志,西村誠一郎,山中直樹(日本ベーリンガーインゲルハイム),仲田義啓(広島大医総合薬学),橋本道男(島根医科大),桂木猛,上野伸哉,佐藤千江美(福岡大医),森泰生,若森実,真鍋健一,大倉正道,井本敬二(生理研)

【概要】
 ATP受容体は他の受容体と同様イオンチャネル型であるP2Xプリン受容体と代謝調節型(G蛋白共役型)であるP2Yプリン受容体に分類され,それぞれ7種及び8種類のサブタイプがすでにクローニングされている。ATP受容体は現在多種多様の組織,細胞系で発現していることが知られており,その機能的役割については炎症反応,神経伝達,カルシウムシグナリングの媒介作用,細胞増殖などきわめて生理的に重要な働きをすることが報告されている。その数は急速に増大しつつあるが,その全体像はまだまだ明らかにはなっていない。受容体を持った細胞の多様性,その機能の多様性からその研究者も多様な分野に属し,通常の学会ではなかなか情報交換する機会がないのが現状である。本研究会はそのような現状に鑑み,生理学,薬理学をはじめとする広範な領域からの研究者を集め,相互に最新のデータと情報を交換し,研究の進展を図ることを目的とする。研究会の内容はATP受容体が果たす機能的な役割を中心に,受容体の分子構造,細胞内情報伝達機構及びATPの放出機構を含んだ総合的なものとなる。

(1) Over View

井上和秀(国立衛研・薬理)

 この1年間にATP受容体研究の中でとくに興味深かった報告について私見を交えて概観してみた。生理機能に関する研究では,ノックアウトマウスを使った報告が散見され,いずれも受容体の発現分布から予測された結果が得られた。例えば,P2X1ノックアウトマウスでは射精能が極端に低下しており,子孫を残しづらくなっていた。P2X3ノックアウトマウスでは痛みに対する感受性が鈍っており,痛みとP2X3受容体の密接な関与を支持している。ATP受容体と痛みに関する論文は非常に多く,欧米では一種のトレンドになっているようである。さらに,神経細胞以外では,アストロサイトやミクログリアでの機能が注目され,MAPKや転写因子活性へのシグナル伝達に関する報告が目を引いた。さらに,特異的リガンドの開発に関する論文も散見され今後の充実が期待される。

(2) ATP受容体によるカルシウム動員の細胞周期依存性
−網膜神経上皮での共焦点顕微鏡による解析−

杉岡美保,山下勝幸(奈良医大・第一生理)

 網膜神経上皮細胞の増殖・分化にともなう細胞内カルシウムシグナリングの変化を,カルシウム感受性蛍光色素を用いた光学的測定により解析した。増殖期に特異的なカルシウムシグナリング系として,細胞外のアデノシン三リン酸(ATP)により活性化される系を見出し,この系はP2型ATP受容体を介することにより細胞増殖を促進することを明らかにした。また,網膜神経上皮細胞は細胞周期の進行に従って神経上皮内をエレベーター運動する。即ち,最外層部で分裂し(M期),最内層部でDNA合成する(S期)。そこで,細胞内カルシウム濃度の変化を共焦点レーザー蛍光顕微鏡によって測定し,網膜神経層の光学的断面像から細胞周期と細胞内カルシウムシグナリングの関係を調べた結果,ATP受容体の活性化による細胞内カルシウム上昇はS期の細胞で顕著であり,M期の細胞,及び,最終分裂を終えた細胞では急激に低下することが明らかになった。

(3) 妊娠ラット子宮筋におけるP2 receptorの遺伝子発現と収縮反応の変化

鈴木庸介,松岡功*,浅野仁覚,大川敏昭,柳田薫,佐藤章
(福島医大・医・産婦人科,*薬理学)

 ATP受容体であるP2受容体(P2-R)の遺伝子発現及びP2-R刺激剤による子宮筋収縮反応を妊娠時期別に検討した。非妊娠(NP),妊娠10日(P10),14日(P14),17日(P17),21日(P21),分娩後1日(PD1),4日(PD4) のラット子宮筋を用いて,P2-RのmRNAをRT-PCRにて測定した。NPにおいて,P2X1,2,3,4,5,6,7,P2Y1,2,4,6の11種類のP2-R遺伝子発現が認められた。妊娠経過に伴う変化は,P2X1では妊娠経過中及びPD1で減少し,PD4で増加した。P2X4では妊娠経過中は変化せず,P21及び産褥期に増加した。P2X6では妊娠経過中は減少し,産褥期に増加した。また,P2Y1では妊娠経過と共に増加し,P17で最大となり,以後漸減した。NP,P14,P21,PD4の子宮筋を用いて,各種P2-R刺激剤(ATP,ADP,UTP,2-MeSATP,α,β-MeATP)投与により,Magnus装置にて等尺性の収縮を観察した。収縮の強さは,NPではP2X1-Rが,P14ではP2Y1-Rが,P21ではP2X4-Rが,PD4ではP2X6-Rが各々優位に機能していた。以上より,P2-RサブタイプにおけるmRNAの発現と収縮反応による機能的優位性は,妊娠及び分娩後の各時期において共に同様な変化を認めた。このことは,ATPを介した妊娠子宮筋の収縮制御機構に重要な役割を果たしていると考えられる。特に,P2Y1-Rは妊娠中期に上昇するため,子宮収縮を抑制し妊娠維持に,また,P2X4-Rは妊娠後期に上昇するため,分娩発来に深く関与すると示唆された。

(4) Gタンパク共役型ATP受容体により惹起されるカチオン電流

森泰生(生理学研究所・液性情報部門)

 Gタンパク共役型受容体刺激により惹起されるPI応答に連関した,Receptor-activated cation channel (RACC) の分子的実体であるTRPタンパク質群が注目を集めつつある。我々は,組み換え発現系としてHEK細胞を用い,内在性のGタンパク共役型ATP受容体を刺激することにより,TRPによるカチオン電流に関するいくつかの興味深い知見を得た。RACCの分子的実体である7つのTRPの中でも,細胞外カルシウムによるTRP5活性制御は,チャネル開口確率の上昇及び,myosin light chain kinase 活性による形質膜へのタンパク質組み込みの2つの機序により司られている。ATP受容体刺激あるいは,Gタンパク活性化はカルシウム感受性を増すことにより,TRP活性を正制御することが明らかになった。また,TRP3,6,7は,ATP受容体によるPLC-beta 活性化を経て,protein kinase C 非依存的にdiacylglycerolによって活性化される。さらには,相同組み換えにより作製しTRP1欠損細胞を用いることにより,TRP1が容量性カルシウム流入を担うCa release-activated Ca channel を構成するのみならず,endoplasmic reticulum に存在するIP3受容体をも機能修飾することを見い出した。活性制御機構が細胞内の位置情報やタンパク質輸送機序と連関していることは,TRP関連チャネルが特定の生体応答に必要なシグナルの空間的・時間的パターンを制御する,重要な基盤をなすことを示唆している。

(5) 低浸透圧刺激によるアストロサイトからのATP放出と細胞内Ca2+動員機構との関連

上野伸哉,山田博美,佐藤千江美,桂木猛(福岡大学・医・薬理)

 低浸透圧刺激による[Ca2+]i上昇とATP放出の関連を探るため,培養アストロサイトを用いた。培養には生後1-2日のラット大脳皮質を取り出し,酵素処理後フラスコに細胞を播いた。培養24時間後にフラスコをたたき,接着性の低い細胞群を洗いながし,アストロ細胞を精製した。培養10―14日のコンフルエントになった状態の細胞を用いた。[Ca2+]i変化をカルシウムインジケーターであるfura2を用いて測定した。細胞への薬物投与はバス液の灌流によっておこなった。灌流液をフラクションコレクターにて集め,液中のATPをルシフェリン−ルシフェラーゼの化学発光を利用し測定した。この系により [Ca2+]i変化とATP放出を同時に観察できるようにした。この系をもちいて,細胞内Ca動員に関与する薬物,細胞骨格系と関与する薬物,Cl-チャンネルブロッカー等をもちいて,細胞内Ca変化とATP放出の関連を検討した。

(6) アフリカツメガエルの卵胞細胞膜上のATP受容体刺激によるFSH受容体応答と
アデノシン受容体応答の抑制

藤田玲子1,木村眞吾2,川崎敏2,高島浩一郎2,松本光比古3,佐々木和彦2
1岩手医大・教養部,2岩手医大・医・一生理,弘前大医短・物理)

 アフリカツメガエルの卵細胞に二本のガラス微小電極を刺入して-60 mVに膜電位固定下,卵胞細胞のもつ種々の受容体の性質とこれらの間の相互作用について調べた。1 microMのATPとUTPを投与すると両者の場合,内向きのATP応答は100 microM suramine投与で半減したが,UTP応答はあまり抑制されなかった。一方,5.7 microMのFSH又は1 microMのAdeを投与するとゆっくりとした外向きのK+電流応答を発生した。このK+電流応答は細胞内にcAMPを注入するとmimicされた。1 microM ATP又は1 microM UTPを30秒間前投与すると上記FSH又はAde受容体刺激及びcAMP注入で発生するK+電流応答は著しく抑制され,30分間wash outすると回復した。ATP受容体刺激によるFSH,Ade受容体応答の抑制様式は非競合的であった。FSH,Ade応答に対する抑制の作用部位は細胞内cAMPの生成後,K+channelまでのステップであると推論した。

(7) アデノシンA1受容体とP2Y受容体間のヘテロダイマー形成

吉岡和晃,斉藤修,中田裕康(東京都神経研・生体機能分子)

 【目的】 最近,ある種のGタンパク質共役型受容体では,受容体間でホモあるいはヘテロダイマーを形成することによって,その性質をダイナミックに変化させることが報告されている。そこで本研究では,A1アデノシン受容体(A1R)とP2Y1受容体(P2Y1R)を共発現させた培養細胞系を構築し,タンパク質レベルおよび受容体活性の解析からプリン受容体間でのダイマー形成の可能性を探った。
 【方法】 HA-Tagを付加したA1R(HA-A1R)およびmyc-Tagを付加したP2Y1R(myc-P2Y1R)のcDNAをそれぞれ単独もしくは一緒にHEK293T細胞へ導入し,培養48時間後の細胞膜画分を分析した。各受容体の発現やヘテロダイマー形成の有無は,抗HA抗体および抗myc抗体によるウエスタンブロッティングと免疫共沈実験によって解析した。
 【結果・考察】 両受容体を同時に発現させたHEK293T細胞膜の抽出画分の抗HA抗体免疫沈降物中に,抗myc抗体で検出されるタンパクバンドがウエスタンブロッティングで観察された。このバンドはmyc-P2Y1Rのバンドと同じ位置であり,HA-A1Rを単独で発現させた細胞では見られなかった。更に,共発現細胞抽出画分の抗myc抗体による免疫沈降物中にもHA-A1Rと同じサイズの抗HA抗体に反応するバンドが検出されたことから,HA-A1Rとmyc-P2Y1Rは発現細胞膜上においてヘテロダイマーを形成することが示唆された。リガンド結合活性及びエフェクター活性の変化について検討した結果も併せて報告する。

(8) PPADS感受性ATP受容体による容量性Ca2+流入機構の抑制

尾松万里子,松浦博(滋賀医大・第二生理)

 ラット褐色脂肪細胞において,細胞外ATP (10μM) は「一過性の細胞内Ca2+上昇」と「容量性Ca2+流入抑制」の2つの現象を引き起こす。今回,この容量性Ca2+流入抑制がATP受容体を介するものであるかどうかをP2受容体阻害剤を用いて検討した。suraminはATPによる細胞内Ca2+濃度上昇と容量性Ca2+流入を同時に容量依存性に阻害した。一方,PPADS は,低濃度(1μM)では容量性Ca2+流入のみを抑制し,高濃度(500μM以上)で初めて細胞内Ca2+上昇を抑制した。これらのことから,容量性Ca2+流入抑制に関与するPPADS感受性ATP受容体の存在が示唆された。現在,RT-PCR法により,褐色脂肪組織におけるP2Y1, P2Y2, P2Y4, P2Y6受容体の発現を確認しているが,容量性Ca2+流入抑制に関与する受容体サブタイプの特定が今後の課題であると思われる。

(9) 低浸透圧刺激による血管内皮細胞のカルシウムレベル上昇とATP遊離について

篠塚和正,川崎久美子,田中直子,水野英哉,窪田洋子,中村一基,
*橋本道男,国友勝(武庫川女子大・薬・薬理,*島根医大・生理学第一)

 【目的】 我々は,血管内皮細胞が低浸透圧刺激によりATPを遊離することを報告してきた。今回は,このATP遊離と細胞内カルシウムレベル ( [Ca2+]i )との関係について検討した。
 【方法】 実験標本としてラット尾動脈の初代培養内皮細胞を用いた。ATP量はHPLC蛍光検出器にて測定し,[Ca2+]iはCalcium Green-1-AMを指示薬として共焦点レーザー顕微鏡および画像解析装置を用いて測定した。
 【結果】 1) ラット尾動脈内皮細胞において,低浸透圧刺激により ATP遊離に加え著明な [Ca2+]i上昇が観察され,この [Ca2+]iの上昇はP2受容体拮抗薬のPPADS及びPLC-inhibitorのU-73122により一部抑制された。2) P2受容体作動薬の2-mSATPによっても[Ca2+]iの上昇が観察され,この上昇はPPADS及びU-73122により抑制された。3) 低浸透圧刺激は細胞容積を増大させ,その増大はPPADSにより増強され,2-mSATPにより抑制された。
 【考察】 ラット尾動脈内皮細胞において,低浸透圧刺激により遊離される内因性のATPはP2Y1受容体を介して [Ca2+]i の上昇に寄与するとともに,細胞容積の調節に関与している可能性が示唆された。

(10) ラット尾動脈内皮細胞でのニコランジルによるATP遊離作用には細胞内Ca2+増加を伴う

橋本道男,篠塚和正*,田中直子*,窪田洋子*,紫藤治,国友勝*
(島根医大・医・生理学第一,*武庫川女子大・薬・薬理学)

 【目的】 ニコランジル(NIC)は,ATP感受性Kチャネル開口作用とnitrate様作用とを併せもつ薬剤である。最近我々は,NICやNO 供与物質によるブタ冠動脈内皮細胞からのATP遊離作用を報告した。今回,NICによる血管内皮細胞からのATP遊離作用機序を解明する為に,細胞内Ca2+レベルとATP遊離作用との関係について検討を行った。
 【方法】 実験材料としてはラット尾動脈の培養内皮細胞を用い,細胞内Ca2+レベルは,カルシウムグリーンをプローブとして,共焦点レーザー顕微鏡および画像解析装置を用いて測定した。ATPとそのプリン誘導体はHPLC-蛍光検出法で測定した。
 【結果】  NICはラット尾動脈内皮細胞において,細胞内Ca2+レベルを有意に上昇させ,内皮細胞からのATP遊離をも促進した。これらの作用はATP感受性K+チャネル開口阻害剤であるglibenclamideにより有意に抑制された。また,この細胞内Ca2+レベル上昇と細胞内ATPレベルとの間には,有意な負の相関が認められた。
 【考察】 ニコランジルによる血管内皮細胞からのATP遊離作用には,内皮細胞内Ca2+の上昇を伴うことが明らかにされた。この細胞内Ca2+上昇作用には,ATP感受性Kチャネル開口にともなう過分極方向への膜電位変化が,ドライビングフォースとなりうることが示唆された。

(11) ATP受容体刺激によるミクログリアからのIL-6放出メカニズム

重本由香里,井上和秀(国立衛研・薬理)

 近年,ATPが,脳の貪食細胞,免疫細胞とし知られるミクログリアの活性を制御することが報告されている。これまでに我々は細胞外ATPがラットミクログリアから多量のplasminogen遊離をひきおこすことを見出し,ATPが神経保護作用を有する可能性を明らかにした(Inoue et al. 1998)。本研究では,中枢において神経細胞の分化,生存,修復に重要な役割を果たしているIL-6に注目し,ATPがミクログリアからIL-6遊離を引き起こすか否かミクログリア株細胞MG-5を用いて検討した。MG-5において細胞外ATPは,濃度依存的にIL-6mRNA及び蛋白を増加し,P2レセプターの活性化によりIL-6がde novo合成されることが示された。さらにその遊離メカニズムについて検討した結果,ATPはPTX非感受性P2YレセプターとP2X7に作用し,細胞外からの持続的なCa2+流入を引き起こし,p38を活性化し,その結果IL-6産生を誘導する可能性が示唆された。

(12) ATP刺激細胞応答連関における細胞外ATP代謝酵素による情報転換
−アフリカツメガエル卵母細胞に発現されたアデノシンA2B受容体の性質−

松岡功,大久保聡子*,木村純子
(福島県立医大・医・薬理,*東北大大学院・薬学・細胞情報薬学)

 我々はNG108-15およびC6Bu-1細胞においてATP刺激によりcAMP産生の亢進を認め,その作用機構を解析してきた。最近,このATPの作用は細胞膜上で産生されたアデノシン(Ade) がアデノシンデアミナーゼ(ADA) 抵抗性にA2AおよびA2B受容体を刺激した結果であることが示唆された。この可能性を検証するため,細胞外ATP代謝酵素を有するアフリカツメガエル卵母細胞にA2B受容体とAキナーゼでリン酸化され活性化するCFTRを共発現させA2B受容体を介するcAMP産生応答をCFTR電流を指標に検討した。卵母細胞に発現されたA2B受容体はAdeのみならずATPやβ,γ-methylene- ATP (βγMeATP)にも応答し,βγMeATPの作用はAdeの作用を消失させる量のADAでは抑制されず,5’-nucleotidase阻害薬のαβMeADPで抑制された。以上の結果から,P2受容体刺激薬は細胞膜上で迅速に代謝され,局所に蓄積したAdeがADA抵抗性に効率良くA2B受容体を活性化する機構が示唆された。

(13) ラット前立腺交感神経終末部のプリン受容体とノルアドレナリン遊離調節機構について

森川亜美,篠塚和正,田中直子,水野英哉,窪田洋子,
中村一基,国友勝(武庫川女子大・薬・薬理)

 【目的】 ラット摘出前立腺の交感神経終末部プリン受容体の薬理学的性質とその生理的役割について検討した。
 【方法】 前立腺標本に2 Hzの電気刺激(ES) を加え,遊離されるノルアドレナリン(NA) 量をHPLC・電気化学検出器により測定した。
 【結果】 1) P1作動薬のCPAとP2作動薬の2-mSATPはともにNA遊離抑制作用を示し,いずれの作用もP1拮抗薬のDPCPXにより減弱した。一方,P2拮抗薬のsuraminはCPAの作用には影響せず,2-mSATPの作用を減弱させた。2) DPCPXは2 HzのESによるNA遊離には影響を示さなかったが,8 HzのESによるNA遊離を増強した。また,8 HzのESによってのみ有意なプリン遊離が観察された。
 【考察】 1) 前立腺交感神経にはP1, P2作動薬により刺激される抑制性のプリン受容体が存在すること,2) 高頻度の神経興奮に伴って遊離されるプリン物質はこの受容体を介して神経伝達を調節していることが示唆された。

(14) 脳幹シナプス前プリン受容体によるグルタミン酸放出の制御

加藤総夫,繁冨英治(東京慈恵会医大・薬理学第2)

 延髄孤束核(NTS)は,生体内環境に関する神経性および液性の一次情報を受容・統合し,呼吸・循環などの自律機能ネットワークへ出力する自律情報中継核である。NTSには各種プリン受容体タンパク,同mRNA,取込み・代謝・不活性化タンパク群が高密度に発現している。NTSネットワーク内シナプス伝達制御におけるプリン受容体の役割を脳幹スライス標本における膜電流記録によって検討した。孤束核2次求心性小形ニューロンに収斂するグルタミン酸作動性シナプス入力が,その放出様式および起源に応じて異なるシナプス前プリン受容体によって弁別的に制御されている事実を見い出した。これらの制御には,ATPからアデノシンへのダイナミックな変換や,シナプス前P2X受容体による直接的グルタミン酸放出などのさまざまな分子機構が関与していることが確認された。

(15) Neuronal Ca2+-sensor 1によるP2Y受容体を介した開口放出増強機序の解明

小泉修一・井上和秀(国衛研・薬理)

 Neuronal Ca2+-sensor 1 (NCS-1) は,ショウジョウバエの神経特異的Ca2+結合蛋白質frequeninのホモローグであり,神経伝達調節物質として注目されている。NCS-1を強制発現させたPC12細胞を用いNCS-1の開口放出に対する作用とその機序の解明を試みた。NCS-1の分布は形質膜及びシナプス小胞膜に局在していた。NCS-1は,UTP刺激によるP2Y2受容体を介した[Ca2+]i上昇の閾値及びED50値を約10倍低下させ,最大応答の増加を引き起こした。同様のCa2+応答の亢進は,bradykinin B2受容体を介する応答でも認められたが,caffeine及びhigh K+による[Ca2+]i上昇には全く影響を与えなかった。共焦点レーザー顕微鏡による解析では,NCS-1によるInsP3-Rからの局所的なCa2+遊離“puff” 発現頻度の顕著な増大が観察された。FM1-43による開口放出測定では,NCS-1はUTPにより惹起される細胞外Ca2+依存性の開口放出を有意に増加させたが,high K+によるそれには影響を与えなかった。さらにNCS-1は,PI含量に影響せず,その下流のPIP及びPIP2量を増大させ,またUTP刺激時のInsP3産生量を2倍以上に亢進させた。以上,NCS-1はおそらく,PIからPIPの経路に働くPI4kinaseに作用し,PIP及びPIP2レベルの亢進,PLC共役型受容体刺激よるInsP3産生量を増大させ,その結果Ca2+遊離及び容量性Ca2+流入の増大を惹起し,開口放出を亢進させることが強く示唆された。

(16) ウシ副腎皮質細胞のadenylate cyclaseと連関したADP受容体

西晴久,堀誠治,正木英二,川村将弘(東京慈恵会医大・薬理学第1)

 ウシ副腎皮質細胞(BA細胞) においてATPおよびUTPをはじめとした細胞外ヌクレオチドは,PIレスポンスを介してコルチゾールの産生を促進する。この反応はP2Y2受容体を介していると考えられている。また,細胞外ADPはATPとともにBA細胞においてcyclic AMP (cAMP) の産生を促進したが,UTPは促進しなかった。さらにADPはPKA活性作用を有し,H89によってこのADPの作用は阻害された。これより同細胞にはGqタンパク共役型のP2Y2以外に,Gsタンパクと共役したP2Y受容体も存在することが考えられた。しかしながら,ATPアナログ等によるcAMP産生の活性順位が異なることやmRNAが検知できないことから,ADPおよびATPはP2Y11を介してcAMPを促進するのでは無いと考えられた。また,ATPはP2Y2にも作用することから,この受容体はADP特異的なP2Y受容体の可能性がある。すなわちBA細胞にはGsと共役した新しいP2Y受容体の存在が示唆された。

(17) ATP刺激細胞応答連関における細胞外ATP代謝酵素による情報転換

松岡功,大久保聡子*,木村純子
(福島県立医大・医・薬理,*東北大大学院・薬学・細胞情報薬学)

 我々はNG108-15およびC6Bu-1細胞においてATP刺激によりcAMP産生の亢進を認め,その作用機構を検討してきた。この反応はP1受容体阻害薬で抑制されるものの,アデノシンデアミナーゼ(ADA)処理で影響されず,種々のP2受容体刺激薬でも同様な作用が発現し,かつP2受容体阻害薬で抑制されるという性質を示した。このようなATPの反応は,種々の生体組織でも報告されておりP1受容体阻害薬に感受性を持つATP受容体の存在が想定されている。我々も未知の受容体の存在を仮定し解析を行ってきたが,最近,細胞外ATP代謝の検討結果から,このATPの作用は細胞膜上で産生されたアデノシンがADA抵抗性にA2AおよびA2B受容体を刺激した結果であることが示唆された。今回は,細胞外ATP代謝様式とこれに関わる酵素群について示し,アデノシン受容体ならびにアデノシン産生に関わる酵素を発現させた細胞で得られた結果を報告したい。


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