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6. 神経科学研究の新しいアプローチ

2000年9月29日−9月30日
代表・世話人:畠中 寛(大阪大学蛋白質研究所)
所内対応者:池中 一裕(国立岡崎共同研究機構・生理学研究所)

(1)
NMDA受容体発現細胞におけるキスカル酸の作用
工藤 佳久(東京薬科大学生命科学部)
(2)
エバネッセンス顕微鏡で見たGFP標識顆粒の分泌動態
坪井 貴司(浜松医科大学光量子医学研究センター)
(3)
初代培養神経細胞を用いたスパイン形成の解析
白尾 智明(群馬大学医学部行動分析学教室)
(4)
痛みとATP受容体
井上和秀(国立医薬品食品衛生研究所薬理部,九州大学大学院薬学研究院)
(5)
LTP, depotentiation, LTDのmolecular disection, substitution−
"LTP−カクテル" と多重分子カスケードのスウィッチング
黒田 洋一郎(東京都神経科学総合研究所・分子神経生物)
(6)
脊髄背側からのオリゴデンドロサイト分化抑制因子の解析
和田 圭樹(国立岡崎共同研究機構・生理学研究所・神経情報部門)
(7)
小脳顆粒細胞のアポトーシスにおけるp38の役割
山岸 覚(大阪大学蛋白質研究所蛋白質生合成部門)
(8)
神経伝達物質放出におけるPI 3-キナーゼの役割
板倉 誠(三菱化学生命科学研究所)
(9)
脳内でのCa2+/カルモデュリン依存性プロテインキナーゼIIの多様性とその生理的意義
山本 秀幸(熊本大学医学部第一薬理)
(10)
In-vitro条件付けによる神経細胞形態のダイナミックな変化
川合 亮(東海大学大学院理学研究科)
(11)
ニューロトロフィンによる神経伝達調節
沼川 忠広(大阪大学蛋白質研究所生合成部門)
(12)
開口分泌機構への新しいアプローチ
熊倉 鴻之助(上智大学生命科学研究所)
(13)
グルタミン酸受容体サブユニットGluRBのカルボキシル末端の局在における役割の解析
清末 和之(大阪工業技術研究所 脳神経工学ラボラトリー)
(14)
シナプトソームに濃縮されるmRNAの探索とその翻訳解析
石本 哲也(通産省・大阪工業技術研究所・脳神経工学ラボラトリー)
(15)
Differential display法を用いた神経可塑性関連遺伝子群の探索とカタログ化
松尾 亮太(三菱化学生命科学研究所)

【参加者名】
 松尾 亮太(三菱化学生命化学研),工藤 佳久(東京薬大・生命科学),坪井 貴司(浜松医科大・光量子),榊原 厚(東海大・開発工学),三浦 正幸(大阪大・医),清末 和之(大阪工業技術研),松本 知也(大阪大・蛋白研),畠中 寛(大阪大・蛋白研),土屋 礼美(東京薬大・生命科学),植田 敦子(大阪工業技術研),川合 亮(東海大),白尾 智明(群馬大・医),高橋 正身(三菱化学生命研),板倉 誠(三菱化学生命研),植村 慶一(慶応大・医),黒田 洋一郎(東京都神経科学総合研・分子生物学),熊倉 鴻之助(上智大・生命研),山本 秀幸(熊本大・医),井上 和秀(国立医薬品食品衛生研),田口 隆久(通産省・工業技術院),関野 祐子(群馬大・医),石本 哲也(大阪工業技術研),工藤 卓(大阪工業技術研),寺川 進(浜松医科大・光量子),山岸 覚(大阪大・蛋白研),横幕 大作(大阪大・蛋白研),沼川 忠広(大阪大・蛋白研)藤井 聡(山形大・医),榎戸 靖(大阪大・蛋白研),岸本 拓哉(生理研),畠山 淳(生理研),笹川 展幸(上智大・生命研),高橋 倫子(生理研),河西 春郎(生理研)

【概要】
 脳の形成とその機能を明らかにする上で,近年の技術の進歩と研究方法の多様化が重要な役割を果たしていることは論を待たない。分子生物学的手法による分子レベルの解析から,光学的手法,電気生理学的手法を用いた細胞レベルの解析,組織培養を用いた組織レベルの解析等,様々なレベルで多様な方法によりアプローチが行われ,新しい展開が行われている。したがって,このような異なった角度からのアプローチをとる研究者が会して情報を交換し,成果の位置づけと今後の展開を討議することが重要である。
 本研究会では,このような様々な角度から研究を行っている研究者がそれぞれの最新の成果に基づいて発表討議を行い,一層の発展を計ることを目的として行われた。

(1) NMDA受容体発現細胞におけるキスカル酸の作用

工藤 佳久(東京薬科大学・生命科学部)

 NMDA受容体のe1サブユニットとz1サブユニットの遺伝子の上流にHSP70を繋いだ遺伝子を導入したCHO細胞に43℃で約30分熱刺激を与えることによって,NMDA受容体を発現させた。この受容体の発現はNMDAを適用した場合の細胞内カルシウムイオン濃度の上昇を指標として確認できた。この細胞に,AMPAやKainateを適用してもまったくカルシウム濃度の変動は生じなかった。しかし,G−タンパク質連動型グルタミン酸受容体作用薬,t-ACPDを適用すると,わずかであるが細胞内カルシウム濃度が上昇し,さらに,キスカル酸を適用すると明らかなカルシウム濃度の上昇が生じた。この作用はNMDA受容体拮抗薬,APVで抑制され,また,G−タンパク質連動型グルタミン酸受容体拮抗薬,MCPGでも抑制された。さらにIP3受容体の抑制薬である 2-APBでも抑制されることを確かめた。これらの結果は,NMDA受容体は何らかの形でG−タンパク質と連動している可能性を示しており,NMDA受容体を介した細胞内情報伝達に別の側面があることを示唆するものである。

(2) エバネッセンス顕微鏡で見たGFP標識顆粒の分泌動態

坪井 貴司,寺川 進(浜松医科大学光量子医学研究センター)

 分泌顆粒膜と細胞膜とが融合する時の分泌顆粒の動態を,対物レンズ照明型エバネッセンス顕微鏡を用いて観察し,解析を行った。ラット膵島細胞腫INS-1細胞の分泌顆粒をアクリジンオレンジで蛍光染色し,また,顆粒膜上に存在する蛋白であるphogrinにGFPを融合させたベクターを作成し,これによる蛋白の強制発現後に膜近傍のGFP分子の蛍光像も観察した。電気刺激により開口放出反応を引き起こさせると,アクリジンオレンジ染色したインスリン顆粒は,突然蛍光強度をゼロにまで減らす反応を示した。この時,33〜100ミリ秒間その蛍光強度が一瞬増加するという反応が先行していた。一方phogrin-GFP融合タンパクの蛍光強度は,刺激後約半分に減少し,その後ゆっくりとした減少を続けて,30秒後にほとんど観察できないレベルになった。以上から単一顆粒の開口放出ダイナミクスを考察する。

(3) 初代培養神経細胞を用いたスパイン形成の解析

白尾 智明,関野 祐子(群馬大学医学部・行動分析学教室)

 樹状突起のフィロポディアからスパインに変換する際のアクチン細胞骨格の変化を初代培養神経細胞を用いて解析した。フィロポディアにおいてはアクチン束化蛋白ファッシンが主要なアクチン結合蛋白であるが,スパインの発達に伴い神経系に特徴的なアクチン結合蛋白ドレブリンがスパインに局在するようになることがわかった。また,ドレブリンの発現量を変化させることにより,スパインの形態変化が誘導されることもわかった。

(4) 痛みとATP受容体

井上 和秀(国立医薬品食品衛生研究所薬理部・九州大学大学院薬学研究院)

 近年,痛みを伝える神経(後根神経節(DRG)ニューロン,三叉神経節ニューロン)に限局して発現するATP受容体サブタイプP2X3が発見されて,ATP受容体と痛みの関係がにわかに注目されるようになった。我々はこれまでに次のことを明らかにした。1. C−線維をもつ小型のDRGニューロンではP2X3がホモマーのイオンチャネルを形成し,末梢での痛み発現と熱疼痛過敏反応,中枢端での痛み伝達促進作用に貢献している。2. 中型のDRGニューロンではP2X3とP2X2がヘテロマーのイオンチャネルを形成し,異痛症(アロディニア:普通は痛みとして感じない触刺激を痛烈な痛みとして感じてしまう病態)を引き起こしてしまう.本会では,P2X3の痛みに対する関与をさらにオリゴヌクレチド・アンチセンス法をin vivo に適用した結果を交えて報告し討論する。

(5) LTP,depotentiation,LTDの molecular dissection, substitution−
"LTP−カクテル" と多重分子カスケードのスウィッチング

黒田 洋一郎(東京都神経科学総合研究所・分子神経生物)
藤井 聡(山形大学医学部・生理)

 海馬切片で観察されるLTP,depotentiation,LTDなどは記憶の基礎過程と考えられ,その分子・細胞メカニズムについては多くのモデルや研究が発表されているが矛盾・相反・不明な点も多く,21世紀に持ち越されたこれからの分野である。シナプスの可塑的変化は刺激の頻度にまず依存するので,刺激によってシナプス間隙に放出される分子群とその代謝物,および刺激頻度に依存するそれらの濃度が,これらの現象のtriggerになっている。欧米中心のこれまでの研究では,このtrigger分子としてはグルタミン酸のみが考えられ,同時に放出されているATPは無視されていた。演者らはATPのシナプス形成を含むシナプス可塑性への役割について検討し,ATPはecto-proteinkinaseの基質となりシナプス膜機能蛋白の細胞外ドメインを燐酸化することによって,シナプス形成を促進している可能性にまず気付いた(Kuroda, etal., Neurosi.Let. 135, 255, 1992)。LTPの長期保持にdenovoのシナプス形成を含むシナプスの形態変化が重要なので,ATPの海馬CA1シナプス可塑性への影響を調べた。ATP添加のみで長期に継続するLTPが誘導できることがわかり,このATP-induced LTPはecto-proteinkinase阻害剤添加で起こらなくなり,かつ電気刺激で誘導されたLTPも同様にecto-protein kinase阻害剤で阻止された。(Fujii, et al. Neurosci. Let. 187, 130, 133, 1995)。しかしATP-induced LTPはテスト刺激なしには起こらなかったので,電気刺激によるLTP形成を化学物質添加のみに置き換える”LTP−カクテル”ができるかどうかを試した。ATPとNMDAのみで電気刺激なしにLTPが形成された。ATPのシナプスでの分解産物であるアデノシンもLTP形成の調節,ことにE-Sdissociation,に各種アデノシン受容体が関与している(Fujii, etal., J.Physiol. 521, 451, 1999)こともわかり,LTPをはじめとする海馬シナプス可塑性の分子・細胞メカニズムは,時間経過の異なる多重な分子カスケードの巧みなスウィッチングによるものと思われれる。

(6) 脊髄背側からのオリゴデンドロサイト分化抑制因子の解析

和田 圭樹,鹿川 哲史,清水 健史,池中 一裕
(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所・神経情報部門)

 オリゴデンドロサイトは,脳内で非常に限局した領域から発生してくることがこれまでに知られている。我々はオリゴデンドロサイトの領域特異的な発生がどのようにして制御されているのかを調べるために,マウス胎生12日目の延髄から頸部脊髄領域を用いる組織片培養を行った。その結果,脊髄背側領域がオリゴデンドロサイト数を抑える活性を持つことを見いだした。そこで,脊髄のルーフプレートから分泌される因子として知られる骨形成因子(BMP)をその一つの候補として調べたところ,我々の培養系でのオリゴデンドロサイト分化抑制因子としての活性を見いだすことが出来なかった。現在,因子の同定を試みている段階である。
 以前から,脊髄でのオリゴデンドロサイト発生は腹側のフロアプレートからのソニックヘッジホッグやニューレギュリンにより促進的に制御されていることが報告されている。今回の発表では,脊髄腹側からの分化促進因子と背側からのオリゴデンドロサイト分化抑制因子とのバランスによって,グリア細胞の脊髄での背腹軸に沿った分化制御が神経細胞同様に行われていることを提唱する。

(7) 小脳顆粒細胞のアポトーシスにおけるp38の役割

山岸 覚(大阪大学蛋白質研究所・蛋白質合成部門)

 培養ラット小脳顆粒細胞は,脱分極刺激である高カリウム(26 mM)条件下において長期間培養するに従い成熟する。成熟後,培地中のカリウム濃度を下げる(5mM)ことにより,急速なアポトーシスを誘導することができる。我々はアポトーシス誘導後3時間においてp38 MAPKのリン酸化が顕著に上昇すること,そしてp38 MAPKの特異的阻害剤であるSB203580が,濃度依存的にアポトーシスを抑制することを見出した。また,このアポトーシスの系において,SB203580の添加により転写因子c-Junのリン酸化上昇が抑制されること,さらに,p38 MAPKがc-Junをリン酸化し得ることを観察した。以上の結果は,p38 MAPKが小脳顆粒細胞の低カリウムによって生じるアポトーシスにおいて重要な役割を果たしていることを示唆している。

(8) 神経伝達物質放出におけるPI 3-キナーゼの役割

板倉 誠,大西 浩史,関口 真理子,山森 早織,片岡 正和(三菱化学生命研究所)
網野 真也(東京大学大学院・総合文化)
高橋 正身(三菱化学生命研究所,東京大学大学院・総合文化)

 イノシトールリン脂質は,さまざまな情報伝達系においてセカンドメッセンジャーとして働いている。神経伝達物質の放出においてもPIP 5-キナーゼが産出するPI (4,5) P2がプライミングステップに関わっていると考えられている。そこで,神経伝達物質放出へのPI 3-キナーゼの関与について検討を行った。結果,NGFおよびIGF-1処理によるPI 3-キナーゼの活性化によって神経伝達物質放出が促進された。しかしながら,その促進機構は少なくとも2つ存在すると考えられた。すなわちNGFによる促進ではPI 3-キナーゼとMAPキナーゼが協同して働くのに対し,IGF-1による促進ではMAPキナーゼの活性化は必要でなかった。さらにPI 3-kinaseは細胞膜ではなく細胞質中,おそらくは分泌小胞膜上で働いていると思われる。

(9) 脳内でのCa2+/カルモデュリン依存性プロテインキナーゼIIの多様性とその生理的意義

山本 秀幸,竹内 有輔,田渕 博孝,宮本 英七(熊本大学・医学部・第一薬理学教室)

 Ca2+/カルモデュリン依存性プロテインキナーゼII (CaMキナーゼII) は脳内に多量に存在し,神経可塑性や神経伝達物質の放出に関与することが示唆されている。CaMキナーゼIIには,遺伝子の異なる4種類のサブユニットが見いだされている。それぞれのサブユニットについて,調節領域の後に可変領域が存在し,この部位のスプライシングの違いにより複数のアイソフォームが形成される。我々はデルタサブユニットの研究を中心として,可変領域のアミノ酸配列により各アイソフォームの細胞内局在と生理機能が決定されている可能性を検討してきた。今回,アストロサイトやNG108-15細胞および,インスリン分泌細胞などの培養細胞株で多量に発現しているアイソフォームと核移行シグナルを有するアイソフォームの細胞内局在と生理機能について報告する。

(10) In-vitro条件付けによる神経細胞形態のダイナミックな変化

川合 亮(東海大学大学院・理学研究科)
榊原 学(東海大学・開発工部・生物工学科)

 我々はBDNFが培養小脳顆粒細胞より興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸の放出を引き起こすことを既に報告している。今回,BDNFによるグルタミン酸放出作用がいわゆる開口放出の機構ではなく,グルタミン酸トランスポーターの逆転によるものであることを見い出した。グルタミン酸トランスポーターの阻害剤(t-PDC)でBDNFのグルタミン酸放出効果は完全に抑制された。また,もう一つの阻害剤DL-TBOAでも放出は完全に抑制された。グルタミン酸トランスポーターはNaとグルタミン酸を共輸送する。そこでNaの細胞内動態を解析したところ,BDNFにより顕著なNaの流入が観察され,TTXで阻害された。以上の結果からBDNFはTTX感受性のNaチャネルを介してNa濃度を上昇させ,それによるトランスポーターの逆転機構でグルタミン酸放出を引き起こしていると思われる。BDNFは開口放出機構の調節だけでなく,短期間においてトランスポーターを逆転させることでも興奮性シナプスの制御に関与している可能性がある。

(11) ニューロトロフィンによる神経伝達調節

沼川 忠広(東海大学大学院理学研究科)
畠中 寛(大阪大学蛋白質研究所・生合成部門)

 光と振動をそれぞれ条件刺激(CS),無条件刺激(UCS)とするウミウシの連合学習は,摘出した単離脳標本でも,CSとUCSの組刺激によりB型視細胞で持続的な興奮性の増大が観察され,in-vivoと同じ生理学的特徴を示す。我々は,in-vivoで報告のあるB型視細胞軸索終末のfocusingが,in-vitro系でも起こるかどうか,起こるならその時間的な経過はどうか,B型視細胞とシナプス結合する平衡胞有毛細胞との結合状態などを検討した。動的な変化を観察するため,B型視細胞と有毛細胞をそれぞれAlexa-488,Alexa-594で細胞内同時染色して,それらの機能的結合を確認した後,レーザー共焦点顕微鏡で形態の立体像を観察した。そのような標本に5回のCS-UCS刺激対で条件付けを行い,その後の形態変化を時間経過に従い観察した。その結果,in-vitro条件付けによってもfocusingが起こること,その形態変化は予想した時間経過より早いものであることが明らかとなった。

(12) 開口分泌機構への新しいアプローチ

熊倉 鴻之助(上智大学・生命科学研究所)

 我々はこれまで,開口分泌機構の研究手法として,高透過性クロマフィン細胞の内部環境を特異抗体や機能ペプチドの等によって操作し,分泌機能への影響を解析してきた。この手法は,分泌の素過程を解析できる点で効果的であるが,例えば機能阻害抗体の作成が難しいこと,高透過性細胞の分泌過程が全く生理的であるか等の問題点もある。これらの問題点を克服して解析をする手法として,我々はCALI 法によるSNAP-25 の不活性化の適用を試み,25%の機能阻害を観察した。一方,分泌機能測定の手法として,単一細胞からの開口分泌をカーボンファイバー電極による電気化学的な測定解析,および蛍光標識分泌顆粒の可視的運動測定による解析を進めている。これらの手法でえられた結果を踏まえて,新しいアプローチについて考察する。

(13) グルタミン酸受容体サブユニットGluRBのカルボキシル末端の局在における役割の解析

清末 和之,田口 隆久(大阪工業技術研究所・脳神経工学ラボラトリー)

 受容体分子のシナプスへの局在機構,組み込み機構はシナプス機能発現,特に可塑性発現機構において重要である。近年の研究により,受容体分子と結合する分子が多く発見さているがその役割はほとんど解明されていない。我々は,海馬錐体細胞にGluRB分子のカルボキシル末端(C末端)のリン酸化相同ペプチドを細胞内へ投与することによって長期増強の発現をが増強される事を報告した。一つの可能性として,LTP発現において多くの受容体分子をシナプスへ組み込んだことによることが考えられ,GluRBのC末端の受容体分子局在における役割を検討するため,GFPとのC末端の融合蛋白質を作成した。野生型C末端をもつGFPのシグナルは,主にTGNに多く見られ,一方,変異型は,細胞膜に多く分布していた。この結果は,C末端の1残基が受容体分子の細胞内外の局在において重要であることを示しており,リン酸化によって分布を制御するメカニズムの存在が示唆される。

(14) シナプトソームに濃縮されるmRNAの探索とその翻訳解析

石本 哲也,田口 隆久(通産省・大阪工業技術研究所・脳神経工学ラボラトリー)

 神経細胞内において特定の数種のmRNAが樹状突起に選択的に輸送されることが近年明らかになってきた。これらのmRNAの神経細胞内での局在や翻訳調節機構を解析することは神経細胞の可塑的変化の分子メカニズムを解明するうえで重要である。Differential Display法を用いて,3週齢ラット前脳シナプトソーム内mRNAと前脳全体から得られたmRNAの比較を行った結果,Ferritin H chain mRNAと未知のmRNA1種がシナプトソームに濃縮されていることがわかった。また,培養神経細胞や海馬スライスを用いたin situ hybridization による解析の結果,これらのmRNAが樹状突起に存在していることが確認できた。以上の結果からこれらのmRNAがシナプス部位に輸送され,そこで翻訳されていると考えられる。さらに今回,実際に樹状突起中で翻訳が起きているかを解析するために,培養神経細胞とGFPを用いた実験系を構築した。そこから得られた結果についても報告する。

(15) Differential display法を用いた神経可塑性関連遺伝子群の探索とカタログ化

松尾 亮太,村山 明子,井ノ口 馨(三菱化学生命科学研究所)

 記憶の長期化には脳での遺伝子発現が必要であり,記憶の細胞レベルでの素過程と考えられている長期増強 (LTP) の維持にも遺伝子発現が必要であることが知られている。我々は長期記憶に必要な遺伝子群を明らかにする目的で麻酔下,および無麻酔自由行動下のラットの海馬にLTPを誘導し,この後に発現変化する遺伝子群をdifferential display法によって網羅的に探索した。麻酔下のラット(急性LTP)においては表示された約70000バンドのうち80バンドで再現性ある発現変化が認められ,これらはその経時的変化パターンから7つのグループに分類することができた。無麻酔自由行動下のラット(慢性LTP)においては表示された約72000バンドのうち17バンドで再現性ある発現変化が認められ,クローニングの結果これらは10種類の遺伝子から成ることが判明した。これら10種の遺伝子は全てLTP誘導後早い時期に発現上昇を示し,24時間以内にもとのレベルに戻っていた。10種の遺伝子のうち5種についてはこれまでにLTPに伴って発現誘導されることが報告されていなかったものであり,うち3種は機能未知の新規遺伝子であった。またこれら5種の遺伝子の発現誘導にはLTPの誘導だけでなく持続との間にも相関が見られたことからこれらの遺伝子がLTPの持続に寄与している可能性が示唆された。我々はさらにこれら5種の遺伝子の発現臓器特異性および脳発生段階での発現特異性などの発現特性も解析した。我々は3種の新規遺伝子のうちのひとつとしてクローニングしたRING fingerタンパクをPotentinと名付け,これについてさらに詳細な解析を進めた。今回その発現profileについても報告する。我々のスクリーニングによって,さらに多数の遺伝子がLTPにより発現誘導を示す可能性が示唆され,遺伝子発現探索のツールとしてのdifferential displayの有効性が示された。


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