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7. シナプス伝達の機能と分子の接点を探る

2000年10月26日−10月27日
代表:工藤 佳久(東京薬科大学生命科学部)
世話人:伊佐 正(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)

(1)
マウス網膜内網状層におけるGABAC受容体によるグルタミン酸の放出制御
立花 政夫・松井 広 (東京大学大学院・人文社会系研究科)
(2)
開口放出を制御する神経終末蛋白分子
持田澄子(東京医大・第一生理)
(3)
エバネッセンス顕微鏡法で解析した開口放出関連顆粒タンパクの動態
坪井 貴司,寺川 進 (浜松医科大・光量子医学研究センター)
(4)
シナプス伝達におけるSNAP25の燐酸化の役割
1片岡正和,2桑原玲子,2高橋 正身(1信州大学・工学部,2三菱化学生命研)
(5)
伝達物質放出可塑性の素過程解析
八尾 寛(東北大学大学院・医学系研究科)
(6)
Sizes of vesicle pools, rate of mobilization and recycling at the larval neuromuscular
junction of a temperature-sensitive Drosophila mutant, shibire
Yoshiaki Kidokoro, Ricardo Delgado, Carlos Maureira, Carolina Oliva, Pedro Labarca
(群馬大学・医)
(7)
脳幹コリン作動性システムの標的と作用機構
伊佐 正(生理学研究所)
(8)
抑制性シナプス伝達の制御機構
川口 真也,平野 丈夫(京都大学理学研究科)
(9)
海馬CA1錐体細胞におけるシナプス入力加算のイメージング
榎木 亮介,井上 雅司,工藤 佳久,宮川 博義 (東京薬科大・生命科学)
(10)
グルタミン酸トランスポーターの神経活動に伴うエネルギー代謝促進作用における役割
田中 光一(東京医科歯科大)
(11)
哺乳動物巨大聴覚中継シナプスthe calyx of Heldの生後発達
高橋 智幸 (東京大学大学院医学系・神経生理学)
(12)
シナプス間結合の形成機構
高井 義美 (大阪大学大学院医学系研究科)
(13)
脳皮質神経細胞移動の制御
仲嶋 一範 (東京慈恵会医科大・DNA医学研・さきがけ研究21)
(14)
CaシグナリングによるCREB依存性遺伝子発現調節とアクチン細胞骨格制御
尾藤 晴彦 (京都大学大学院医学研究科・高次脳科学)
(15)
シナプス可塑性とアクチン細胞骨格系の動態変化
深澤 有吾,斎藤 喜人,山崎 美津江,小澤 史子,松尾 亮太,井ノ口 馨(三菱化学生命科学研)
(16)
海馬神経細胞へのCa2+透過性AMPA受容体強制発現によるシナプス伝達機能の変化
岡田 隆1,2,3,山田 伸明1,2,,掛川 渉1,都筑 馨介1,飯野 昌枝1,田中 光一3,小澤 瀞司1,2
1群馬大・医・第二生理,2JST・CREST,3東京医科歯科大・難治研・分子神経科学)
(17)
シナプスでのCa2+チャンネル―Ca2+遊離チャンネル―Ca2+受容分子連関
秋田 天平1,成田 和彦2,久場 健司11名古屋大・医・生理,2川崎医大・生理)
(18)
パッチクランプRT-PCR法を用いた大脳皮質非錐体細胞のグループ化
都筑 馨介(群馬大・医・第二生理)
(19)
シナプス活動依存的な神経細胞の生存培−養小脳顆粒細胞実験系の一般性と特殊性
小倉 明彦 (大阪大学大学院理学研究科)
(20)
海馬錐体細胞におけるspontaneous EPSCSのin vitro虚血負荷による二相性変化
田中 永一郎(久留米大・医・第一生理)

【参加者名】
 工藤 佳久(東京薬科),成田 和彦(川崎医科大),久場 健司(名古屋大・医),李 鳳霞(名古屋大・医)曽我 総子(名古屋大・医),鎌田 真希(東北大・医),八尾 寛(東北大・医),小澤 瀞司(群馬大・医),城所 良明(群馬大・医),PedroLabarca(群馬大・医),持田 澄子(東京医科大),杉原 泉(東京医科歯科大),田中 光一(東京医科歯科大),岩渕 舞子(東京医科歯科大),岡田 隆(東京医科歯科大),松上瑠江子(東京医科歯科大),宮川 博義(東京薬科大),榎木 亮介(東京薬科大),立花 政夫(東京大・人文),細井 延武(東京大・人文),バークランド健(東京大・人文),坪井 貴司(浜松医科大),寺川 進(浜松医科大),片岡 正和(信州大),高井 義美(大阪大・医),田中永一郎(久留米大・医),平野 丈夫(京都大・理),吉田 盛史(京都大・理),土田 洋(京都大・理),伊藤 淳(京都大・理),若勇 雅昭(京都大・理),矢和多 智(京都大・理),尾藤 晴彦(京都大・医)篠田 陽(大阪大・理),小倉 明彦(大阪大・理),深澤 有吾(三菱科学生命研),窪田 芳之(理化研),伊佐 正(生理研),斎藤 康彦(生理研),遠藤 利朗(生理研),山下 哲司(生理研)

(1) マウス網膜内網状層におけるGABAC受容体によるグルタミン酸の放出制御

立花政夫,松井広(東京大学・大学院人文社会系研究科・心理学研究室)

 マウス網膜からスライス標本を作製し,whole-cell clamp条件下で,光刺激によって誘発されるオン一過性型アマクリン細胞のEPSCを解析した。網膜では,視細胞の光応答は代謝型グルタミン酸受容体を介してオン型双極細胞に伝達される。オン型双極細胞はグルタミン酸を放出し,オン型アマクリン細胞とシナプス結合している。本実験では,アマクリン細胞へのグルタミン酸作動性シナプス入力以外のシナプス入力を薬理学的に阻害し,オン型双極細胞とオン一過性型アマクリン細胞間のシナプス伝達を調べた。
 アマクリン細胞のグルタミン酸受容体のサブタイプを同定するためにアゴニストを直接投与した結果,AMPA型とNMDA型の共存が確認された。しかし,全面照射光刺激を与えると,主にAMPA型が活性化された。双極細胞軸索終末部にはGABAC型受容体が豊富に局在することが報告されている。そこで,GABAC型受容体に対する特異的阻害剤TPMPA ((1,2,5,6- tetrahydropyridin-4-yl) methylphosphinic acid)を投与した条件下で光刺激を与えると,アマクリン細胞の光誘発性EPSCは増大し,AMPA型のみならずNMDA型受容体も活性化されることが明らかになった。双極細胞はアマクリン細胞からのGABA作動性フィードバック信号を受けており,双極細胞軸索終末部のGABAC型受容体が活性化されるとグルタミン酸の放出量が減少すると考えられる。また,双極細胞から放出されるグルタミン酸の多寡によって,アマクリン細胞で活性化されるAMPA型受容体とNMDA型受容体の割合が変化することが示唆された。

(2) 開口放出を制御する神経終末蛋白分子

持田澄子(東京医科大学・生理学第一講座)

 神経終末への活動電位の到達に伴って膜電位依存性カルシウムチャネルからCa (superscript: 2+) が流入するとシナプス小胞膜と神経終末膜の融合が起り,小胞内に蓄えられた化学伝達物質が速やかにシナプス間隙に放出される。神経終末内には,複合体を形成してシナプス小胞の動態を制御する多くの蛋白質が見つかっているが,SNARE蛋白質(syntaxin,  SNAP-25とsynaptobrevin)の複合体形成はシナプス小胞膜と神経終末膜との融合,すなわちシナプス小胞開口放出に必須と考えられている。SNAP-25と特異的に結合する蛋白質としてシナプス小胞に見つかったsnapinは,Ca2+結合蛋白質で開口放出をトリガーすると考えられているsynaptotagminとSNARE複合体との相互作用を増して,神経伝達物質放出を増強する働きをしていることが示唆される1)。また,syntaxinと結合する神経終末膜蛋白質のsyntaphilinは,SNAP-25がsyntaxinと結合することを競合してSNARE複合体形成を阻害する2)。さらに,細胞内膜小胞を用いた物質輸送に関わるSNAP-29は,神経終末においてSNARE複合体を解体する蛋白質のひとつと考えられているa-SNAPがSNARE複合体へ結合することを阻害して,神経伝達物質放出を抑制する働きをしていることが示唆される3)。このように,SNARE複合体を制御するSNARE結合蛋白質によって,シナプス伝達効率が調節されることが伺われる。

1)
Ilardi, J.M. et al. (1999) Snapin: a SNARE-associated protein implicated in synaptic transmission.  Nature neuroscience 2, 119-124.
2)
Lao, G. et al. (2000) Syntaphilin: a syntaxin-1 clamp that control SNARE assembly.  Neuron 25, 191-201.
3)
Su, Q. et al. (2000) SNAP-29: a syntaxin-1A binding protein implicated in synaptic transmission.  Soc. Neurosci. 26, 347.

(3) エバネッセンス顕微鏡法で解析した開口放出関連顆粒タンパクの動態

坪井 貴司,寺川 進(浜松医科大学光量子医学研究センター)

 分泌顆粒を蛍光標識し,これを対物レンズ型エバネッセンス顕微鏡を用いて観察することによって,分泌顆粒膜と細胞膜とが融合する時の動態を解析した。ラット褐色細胞腫PC-12細胞とラット膵島細胞腫INS-1細胞の分泌顆粒膜上に存在する蛋白であるVAMP-2とphogrinにGFPを融合させたベクターを作成し,これによる蛋白の強制発現後に膜近傍のGFP分子の蛍光像を観察した。電気刺激により開口放出反応を引き起こさせると,VAMP-2-GFP融合蛋白発現分泌顆粒は,突然蛍光強度をゼロにまで減らす反応を示した。一方,phogrin-GFP融合蛋白の蛍光強度は,刺激後約半分に減少し,その後ゆっくりとした減少を続け,刺激30秒後にはほとんど観察できないレベルになった。以上から単一顆粒の開口放出ダイナミクスを考察する。

(4) シナプス伝達におけるSNAP-25のリン酸化の役割

片岡 正和1, 2,桑原 玲子1,高橋 正身11 三菱化学生命研, 2 信州大 工)

 蛋白質リン酸化は生体の様々な反応を制御している。シナプス活動の基盤の一つ,前シナプスにおける神経伝達物質の放出機構も関連分子のリン酸化によって制御されていることが容易に予想されるが,その詳細な制御機構はいまだ明らかではない。我々は既に前シナプスのモデル細胞であるPC12細胞にホルボールエステルであるPMAを作用させることにより,前シナプス部での開口放出に必須な蛋白質群のうち,SNAP-25のSer187が特異的にリン酸化を受けることを明らかにした。しかしながら,PMAの作用によるリン酸化は,候補分子の選定には好適であるが,細胞にとって超常状態である。現在,我々が最も知り得たいのは,生きている状態での制御である。本研究会では抗リン酸化SNAP-25抗体を分子プローブとして,生きている状態,すなわち実際の生体内でのSNAP-25のリン酸化について我々が明らかにしてきた結果を紹介する。
 PC12細胞において,SNAP-25のSer187は定常状態でもリン酸化されていた。このリン酸化はPC12細胞を神経成長因子(NGF)で刺激することにより,亢進を受けたが,MAPKのリン酸化とは異なり,リン酸化が最大になるまで36~48時間を要した。この平衡がリン酸化に最大に傾くまでに要する時間は,NGF刺激によるPC12細胞の神経突起伸長の盛んな時期と合致していた。また,PC12細胞において,リン酸化亢進と同様の時間軸で,NGF刺激依存的にSNAP-25の細胞膜局在確率が上昇することを見いだし,この局在変化にSNAP-25のリン酸化が関与することを明らかにした。これらは全てモデル細胞での結果であり,脳機能でのSNAP-25のリン酸化の機能解明には機能階層的に遠い。この生物機能的階層差を埋めるため,ラット脳におけるSNAP-25のリン酸化について調べた。ラット脳においてもSNAP-25のSer187は基底状態でリン酸化を受けていた。また,初代培養細胞をPMAで処理すると,大幅なリン酸化の亢進が見られることより,ラット脳においてもPC12細胞と同様のキナーゼシステムが存在すると考えられた。発生に伴うSNAP-25の発現及びリン酸化変化を調べたところ,両者は時間的に異なる上昇を示し,リン酸化は発生依存的であると考えられた。さらにラット海馬初代培養細胞においても同様の傾向が見られたことより,SNAP-25のリン酸化は発生に伴う外力入力の上昇よりは,脳組織の場として時間的にプログラムされていると考えられる。また,脳の活性化に伴うSNAP-25のリン酸化変化について調べたところ,カイニン酸処理によりてんかん症状を示したラット脳において,SNAP-25の発現量上昇と脱リン酸化が確認できた。この事実はシナプス活動の活性化とSNAP-25のリン酸化上昇が相反するものであることを示唆する。

(5) 伝達物質放出可塑性の素過程解析

八尾 寛(東北大(院)・医・生体情報,CREST, JST)

 シナプス前終末からの伝達物質放出は,シナプス小胞のドッキング,Ca2+流入,小胞と形質膜の融合,エンドサイトーシスなどの素過程の連鎖反応と考えられる。これらの素過程の中で開口放出を律速しているものが修飾されることにより,シナプス前終末の機能的可塑性が引き起こされると考えられる。A-キナーゼ(PKA),C-キナーゼ(PKC),G-キナーゼ (PKG) などは開口放出制御蛋白のリン酸化を介して素過程を修飾していることが期待される。マウス海馬スライスを用いて,苔状線維シナプス伝達がフォルボルエステル(PDA) により増強されるメカニズムを解析した。PDAは,ペアドパルス比 (PPR) の抑制をともなってフィールドEPSP (fEPSP) を増強した。PKCアンタゴニストのBIS-Iにより,PDAの増強効果が減少するが,BIS-I抵抗性のfEPSP増強はPPRの抑制をともなわなかった。すなわち,PKC依存性の増強は,小胞と形質膜の融合確率の促進により説明される。融合確率の促進がCa2+流入の増加により説明されるかを検討する目的で,苔状線維シナプス前終末にCa2+感受性色素fura dextranを取り込ませ,シナプス前終末 [Ca2+]iの活動電位性上昇 (ΔCa) を測定した。PDAはPKC依存的にΔCaを促進したが,fEPSPの増強やPPRの抑制は,Ca2+流入の促進から予想される効果を上回った(図)。

Normalized

Reference: Honda I, Kamiya H, Yawo H, J Physiol
(in press).

 Ca2+チャネルサブタイプ特異的なトキシンを用いて,苔状線維シナプス前終末において,N-, P/Q-, R-タイプをそれぞれ同定した。トキシンの有無にかかわらず,PDA (10μM) は,ΔCaをコントロールの約1.4倍に増大した。すなわち,PDAのΔCa増大作用にサブタイプ特異性は認められなかった。ゆえに,分泌と強く連関しているようなCa2+チャネルサブタイプをPDAが選択的に促進する可能性は除外された。PKCは,ΔCaを増大する以外に,Ca2+流入以外の開口放出機序を強化することが示唆された。

(6) Sizes of vesicle pools, rates of mobilization and recycling at the larval neuromuscular
junction of a temperature-sensitive Drosophila mutant, shibire

Ricardo Delgado, Carlos Maureira, Carolina Oliva, Pedro Labarca, Yoshiaki Kidokoro*
(Centro de Estudios Cientificos, Chile, *Gunma University School of Medicine)

    Two vesicle pools, exo/endo cycling and reserve pools have been reported to be present at Drosophila neuro- muscular junctions (Kuromi and Kidokoro, 1998).  Using a temperature-sensitive mutant, shibirets (shits), we deter- mined these pool sizes and vesicle mobilization rates.  In shits due to lack of endocytosis at 32 °C synaptic currents continuously declined during tetanic stimulation and even- tually disappeared as the result of vesicle depletion.  By then, 83,000 quanta were released.  By analyzing the time course of decline of synaptic currents during tetanic stimulation we identified three components, namely, immediately releasable pool, readily releasable pool and reserve pool.  The size of immediately releasable pool was small, about 230 quanta.  The vesicle mobilization rate of the reserve pool was measured independently using a dye, FM1-43, and was found to be 1/7 of the readily releasable pool at 10 Hz stimulation. Cytochalasin D inhibited mo- bilization of vesicles from the reserve pool allowing us to estimate the size of readily releasable pool as ~1/8 of all ves- icles, about 10,000 vesicles.  In wild-type, vesicle recycling maintained synaptic transmission during repetitive stimulation.  The maximum recycling rate was 1000 vesicles/s, ~2 vesicles/ release site/s.

(7) 脳幹コリン作動性システムの標的と作用機構

伊佐 正,斎藤 康彦,山下 哲司(生理学研究所)

 中脳の脚橋被蓋核と背外側被蓋核にはコリン作動性ニューロンが多数存在し,視床,小脳,上丘,橋・延髄網様体,黒質緻密部および腹側被蓋野のドパミン細胞,前脳基底部などにコリン作動性投射を送り,注意,覚醒,動機付けなどに伴う脳の活動レベルの調節に関わっているとされる。これら脳幹のコリン作動性ニューロンが投射先において果たす作用機序を上丘および黒質緻密部・腹側被蓋野のドパミン細胞においてスライスパッチクランプ法を用いて解析した。上丘におけるターゲットである中間層の出力細胞はin vivo,in vitroいずれにおいても,GABA作動性システムからの脱抑制が起きたときに,興奮性入力がある閾値を越えると長い脱分極とバースト状のスパイク発火活動を示す。この現象はNMDA受容体を介するシナプス伝達に依存する。上丘中間層に対するコリン作動性入力は非α7型のニコチン型アセチルコリン受容体を活性化し,中間層出力細胞に脱分極を誘発するとともにEPSPのNMDA成分を顕著に増強し,バースト的活動の閾値を下げるように作用することが明らかになった。このことはサッケード運動などの外界からの刺激に対する運動応答の開始を促進する作用がある。また,中脳ドパミン細胞においてはα7,非α7型両方のニコチン受容体を活性化する。そして内向き電流と脱分極応答を引き起こすが,この内向き電流にはニコチン受容体を介して細胞内に流入するCa2+によって2次的に活性化するfulfenamic acid感受性のカチオン電流成分が約30%ほど含まれ,ドパミン細胞における脱分極反応を増強する作用があることが明らかになった。この過程はドパミン細胞による報酬関連活動の振幅の調節過程に関与すると考えられる。

(8) 抑制性シナプス伝達の制御機構

川口 真也,平野 丈夫 (京都大学理学研究科)

 小脳皮質の抑制性介在ニューロン(IN) とプルキンエ細胞(PN)間の抑制性シナプスにおいて,PNへの異シナプス性興奮性入力により誘起される脱分極により,シナプス伝達が長時間増強される事が知られている。我々は,シナプス前INからの入力によらずに誘導されるこのシナプス可塑性において,シナプス前細胞活性が何らかの役割を果たしているか否かを検討した。INとPN双方から同時にホールセルパッチクランプ記録を行い,そのシナプス伝達を記録した。evoked-IPSCは,PNに脱分極条件刺激 (0 mV for 500 msec,5回) を行うと30分間以上増強された。しかし,PN脱分極と同期してINを20Hzで刺激する条件刺激を行うと,増強誘導が抑制された。従って,PNの脱分極時にINが活性化すると,増強が抑制されることがわかった。GABA或いはGABAA受容体の作用薬であるMuscimolのPN樹状突起への直接投与により起こる応答も,PNの脱分極により増強した。このことから,PNの脱分極によりGABAA受容体応答が増強すると考えられる。一方,脱分極時にGABA投与を行う組み合わせ条件刺激を行うと,PNのGABAB受容体が活性化することにより増強誘導が抑制されることも明らかになった。PNの樹状突起の離れた2箇所にGABAを投与してそれぞれの応答を調べる実験により,増強抑制は部位特異的に発現することが分かった。また,この増強誘導の抑止は,脱分極中かその一秒後までにGABA投与を行った場合にのみ認められた。以上より,PNの脱分極時にINを活性化すると,その終末から放出されたGABAがPNのGABAB受容体を活性化することにより,部位特異的に増強誘導が抑制されると考えられる。
 PNにおいてGABAB受容体がP型Ca2+チャネルを抑えることが報告されていたので,fura-2を用いたCaイメージングの実験を行った。GABAB受容体による細胞内Ca濃度上昇の抑制は僅かであった。また,それと同程度のCa濃度上昇の減少が起こる条件(細胞外Ca濃度が半分)でも,脱分極による増強誘導に支障は無かった。一方,Gi/Go proteinの阻害やPKA活性化により,GABAB受容体の増強抑制が阻害され,また,PKA阻害により増強誘導は抑えられることが分かった。以上から,GABAB受容体は細胞内Ca2+濃度上昇を抑えるのではなく,Gi/Goタンパクを介し,PKA活性を下げることにより増強誘導を抑えると考えられる。さらに,増強の制御にPKA以外にもCaMKIIや,タンパク脱リン酸化酵素が関与することを示し,如何にしてPN内で増強誘導とその抑制が切り替えられているかを紹介する。

(9) 海馬CA1錐体細胞におけるシナプス入力加算のイメージング

榎木 亮介,井上 雅司,工藤 佳久,宮川 博義(東京薬科大学・生命科学)

 神経細胞は発達した樹状突起を有し,数千ものシナプス入力を樹状突起のさまざまな部位に受け取る。ニューロンの出力はこれらの入力の加算によって決定されるので,シナプスの加算様式を知ることは,中枢神経系ニューロンにおける計算原理を理解する上で非常に重要である。
 これまでの樹状突起の機能の理解は,樹状突起は電気的に受動的であるという考えのものに成り立っていた。つまり樹状突起上の各シナプス部位に生じたEPSPがケーブル特性に基づいて受動的に細胞体まで伝播され,線形に加算されるというものである (Rall 1964)。しかしながら,近年の研究の結果,神経細胞の樹状突起には電気的に能動的な性質を持つことが明らかとなってきた。樹状突起上には電位依存性チャネルやリガンド依存性チャネルが不均一に存在しており (Johnston et al. 1996),シナプス入力による電位変化がイオンの駆動力の変化やイオンチャネルの活性化をもたらし,シナプス電流を増大,減弱させると考えられる。それゆえに,二つの独立なシナプス入力が短い時間間隔で入ったとき,入力の加算は非線型になると考えられる (Yuste and Tank 1996; Mel 1994)。
 我々はすでにラット海馬のCA1錐体細胞からのホールセル記録から,二つの興奮性入力(Perforant and Schaffer Collateral Pathway)が短い時間間隔をおいて入力するとEPSPは単独入力の単純加算と比較して小さくなり,その加算はGABA作動性入力により制御されるという結果を得ている (R.Enoki.et.al.submitted)。
 さらに我々は樹状突起でのEPSP加算様式を調べる為,ラット海馬スライスを膜電位感受性色素(JPW1114)で染色し,16x16フォトダイオードアレイシステムによりEPSP加算のイメージングを行った。また,コンパートメンタルモデルを用いたシミュレーター・NEURONにより,非線型加算に関与すると考えられるチャネルの検討と,実験結果の再現を試みた。その結果,独立した二つの閾値下シナプス入力の加算は,CA1錐体細胞全体に渡ってsub-linearであり,かつGABA作動性入力により制御されていることが分かった。また,シミュレーションによりEPSP非線型加算にはA-type K チャネルが関与していることが示唆された。

(10) グルタミン酸トランスポーターの神経活動に伴うエネルギー代謝促進作用における役割

田中 光一1,Pellerin L2,Magistretti P.J2,Bonvento G3
(1東京医科歯科大学・難治研・分子神経科学,2Institute of Physiology, University of Lausanne,
3CNRS UPR 646, Universite Paris 7)

 シナプス活動の増加により,脳局所のエネルギー代謝が亢進することは古くから知られている。この現象は,最近多く用いられている脳活動の非侵襲的イメージンング法の,基礎をなすものである。しかし,シナプス活動の増加とエネルギー代謝の促進を共役させる機序は,不明な点が多い。最近この共役機序に,グリア細胞内に再吸収されたグルタミン酸が重要な役割(グルコースの吸収促進と乳酸の産生を促す)を果たす可能性が示された。本研究では,欠損マウスを用い,神経活動の増加とグルコース消費増加共役におけるグリア型グルタミン酸トランスポーターの役割を検討した。
 グリア型グルタミン酸トランンスポーター欠損マウス(GLT1, GLAST欠損マウス) から調整したアストロサイトを用い,グルタミン酸添加による2-Deoxy-D-[1,2-3H] glucose ([3H]2DG) 取り込み促進作用を解析した。GLT1, GLASTのいずれかを発現しているアストロサイトには,グルタミン酸による [3H]2DG取り込み促進が見られたが,両者を発現していないアストロサイトには見られなかった。
 In vivoにおけるグリア型グルタミン酸トランスポーターの神経活動−エネルギ代謝共役における役割を明らかにするため,GLAST欠損マウスの頬髭を刺激した時のグルコース取り込み量を,[3H]2DGを注入し,大脳皮質体性感覚野の脳スライス切片を用いたオートラジオグラフィーで測定した。生後6週齢のGLAST欠損マウスでは,両側のC1, C2の髭刺激による[3H]2DG取り込み量の増加(39±2%; n=5) は,野生型(38±5%; n=5) と比べて有意差はなかった。しかし,生後10日のGLAST欠損マウス(n=4) では,両側のC1, C2の髭刺激による[3H]2DG取り込み量の増加は観察されなかった(生後10日の野生型マウスでは,両側のC1, C2の髭刺激により,[3H]2DG取り込み量が30±13% (n=4)増加した)。生後10日マウスの大脳皮質体性感覚野アストロサイトにはGLT1に比べGLASTが有意に発現していることを考えると,GLASTは,生後10日の大脳皮質体性感覚野において神経活動−エネルギ代謝共役に不可欠な分子であることが示唆された。

(11) 哺乳動物巨大聴覚中継シナプスthe calyx of Heldの生後発達

高橋 智幸(東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻・神経生理学教室)

 げっ歯類は生後10日前後に聴覚系が完成して音を認識するようになる。音源定位に関与するthe calyx of Heldシナプスは生後6日にシナプス形成を完成させた後,第2週に大幅なシナプス改造を行う。この間スプーン状のcalyx終末端は指状に変化し,終末端のCaチャネルのサブタイプはN,R型が消失してP型単独となる(1)。一方,標的細胞である台形体核(MNTB)細胞ではシナプス後膜のNMDAレセプターに著しい減少が認められる。NMDAレセプターが減少することによってEPSPの時間経過が短縮し,その結果,高頻度刺激下における高信頼性 (HiFi) シナプス伝達が獲得されることが明らかになった。更に興味深いことに,この生後発達変化は聴覚破壊によってブロックされることが分かり,聴覚入力による生後発達の促進メカニズムが示唆された(2)。シナプス伝達効率に関しては,生後第2週の間,低頻度(0.05 HZ)刺激下の効率は不変で,素量サイズも一定であったが,これと対照的に高頻度刺激下における伝達効率が著しく上昇した。この変化は伝達物質放出確率の低下と放出可能シナプス小胞プールサイズ(RRP)の増大を伴っていた(3)。無脊椎動物のシナプスでは伝達物質放出部位に近接するCaチャネル内部のCa濃度は狭く分布しており(マイクロドメイン)結合速度の速いCaキレーターBAPTAの注入によってブロックされるが,遅いキレーターEGTAではブロックされないことが知られている(4)。しかしラットのcalyxシナプスでは終末端に注入したEGTAがシナプス伝達をブロックすると報告され,哺乳類中枢シナプスの広いCaドメインを裏付ける証拠として話題となった(5)。しかし,この仕事に用いられたラットは生後8-10日であり,生後発達の途上であることが危惧された。実際,生後2週以降のラットのcalyx終末端にキレーター注入したところ,BAPTAは予想通りシナプス伝達をブロックしたがEGTAはシナプス伝達に全く影響を与えなかった(6)。この結果はマイクロドメインが生後2週に形成されることを示唆する。実際,両棲類の神経筋接合部培養で形成直後のシナプスはCa依存性伝達を行うにもかかわらずCaチャネルを代表するactive zoneを欠いており,シナプス形成後の改造過程でCaチャネルの集積が完成すると考えられている(7)。これと同様のメカニズムがcalyxシナプスでも働いていると推測される。

参考文献

(1)
Iwasaki S & Takahashi T (1998) J Physiol 509,419-423.
(2)
Futai K, Okada M & Takahashi T. unpublished observa- tion
(3)
Iwasaki S & Takahashi T unpublished observation
(4)
Augustine GJ et al. (1991) Ann N Y Acad Sci. 635,365-81
(5)
Borst JGG & Sakmann B (1996).  Nature 383, 431-434
(6)
Takahashi T & Iwasaki S. unpublished observation
(7)
Takahashi T et al. (1987). J Neurosci 7, 473-481.

(12) シナプス間結合の形成機構

高井 義美(大阪大学大学院医学系研究科・生体制御医学 生化学・分子生物学)

 私共は,細胞間接着形成における低分子量G蛋白質の制御機構を解明する過程で,カドヘリン−カテニン系とは異なる新しい細胞間接着機構を発見している。この接着機構は,少なくとも接着分子のネクチンと,ネクチンをアクチン細胞骨格に連結させるアファディンの2つの蛋白質より構成されている。ネクチン・アファディン系は種々の細胞に発現し,カドヘリンをベースとするアドヘレンスジャンクションに局在し,カドヘリン−カテニン系による細胞間接着をオーガナイズしている。このネクチン・アファディン系はシナプス間結合にも存在しており,本会では,ネクチン・アファディン系を紹介し,本系のシナプス間結合形成における役割を論議したい。

(13) 脳皮質神経細胞移動の制御

仲嶋 一範(東京慈恵会医科大学DNA医学研究所分子神経生物学研究部門科学技術振興事業団さきがけ研究21)

 脳は,1000億個の神経細胞とその10倍の数のグリア細胞からなる非常に複雑な細胞社会を構成している。発生期において,これらの神経細胞は,脳内の限られた特定の部位で誕生し,長い距離を移動して整然と配置される。各細胞は,誕生後,放射状線維などの構造を足がかりにして目指す方向に向かって移動を開始する。最終配置部位に達すると,それまでの細胞の極性を変換して移動を終了し,周囲の細胞との新たな関係を構築し始め,最終的には,見事な層構造を含む神経回路網を形作る。最近の発生神経生物学の進展により,リーリン及びその複数の受容体が,この過程に重要な役割を果たすことが明らかになってきた。リーリン及びそのシグナル伝達に関わる分子の欠損は,大脳皮質層構造の全体的逆転など,神経細胞の異常な配列を生じ,結果として運動失調等の神経症状を示す。そのシグナル伝達の機構は未解明の部分が多いが,最近,リーリン受容体のみならず,リガンドそのものも実は複数種あること,また,リーリン同士が相互作用して複雑な制御機構を有しているらしいことがわかってきた。発生期脳における神経細胞の移動を可視化する最近の我々の試みを紹介するとともに,神経細胞の移動と停止,更に層構造形成における細胞極性のダイナミックな変化が,いかなる細胞間の相互作用によって制御されているのか,最近の知見をまじえて議論したい。

(14) CaシグナリングによるCREB依存性遺伝子発現調節とアクチン細胞骨格制御

尾藤 晴彦,古屋敷 智之,成宮 周(京大院・医・高次脳科学・神経細胞薬理)

 シナプス可塑性に伴い,NMDA型グルタミン酸受容体チャンネルを介したカルシウム流入がきっかけとなり,シナプス後肥厚部では数多くの情報伝達系が活性化され,多様なシグナルが発生することが報告されている。しかしながら,各シグナルがそれぞれどのような特異的役割を担っているか,詳細は未だ明らかになっていない。また,記憶が長期化する場合,シナプス伝達効率の変化がいかなる分子機構によって固定化されるかという点は謎につつまれている(1)。我々はこれらの問題にアプローチする目的で,シナプス活動によって引き起こされる,シナプスから核へのシグナリングや,シナプスから細胞骨格への情報伝達経路について解析を進めてきた。
 その結果,シナプス刺激が転写因子CREBをCaMKIVを含むリン酸化経路を介して活性化すること(2),またCREB活性化は一定の閾値を越えた刺激強度にのみ共役すること(3),海馬樹状突起上のL型Ca2+チャンネルとNMDA受容体にCREBリン酸化を促進する活性が強いこと(4,5)が明らかになった。最近,神経可塑性への関与に加え,CaMKIV-CREB系が神経細胞の生存に関与するシグナルを供給している可能性を示唆する知見を得たので報告する(6)。
 一方,GFP-actinを用いたイメージングにより,神経活動が海馬錐体細胞のアクチン細胞骨格動態を修飾する様子を可視化することに成功した。この過程で,NMDA受容体を介したCa2+流入と種々の電位依存性Ca2+チャンネルが,アクチン動態に対して全く異なる作用を及ぼすことが明らかになった(7)。
 これらの実験データは,神経活動によって発生するカルシウム流入の組み合わせによって,シナプス可塑性を規定する重要な情報がコードされている可能性を示している。

参考文献

1.
Bito H (1998) The role of calcium in activity-dependent neuronal gene regulation.  Cell Calcium, 23: 143-150.
2.
Bito H, Deisseroth K, Tsien RW (1996) CREB phospho- rylation and dephosphorylation: a Ca2+- and stimulus duration-dependent switch for hippocampal gene expression.  Cell, 87: 1203-1214.
3.
Deisseroth K, Bito H, Tsien RW (1996) Signaling from synapse to nucleus: postsynaptic CREB phosphorylation during multiple hippocampal synaptic plasticity.  Neuron, 16: 89-101, 1996.
4.
Kavalali E, Zhuo M, Bito H, Tsien RW (1997) Dendritic Ca2+-channels characterized by recordings from isolated hippocampal dendritic segments.  Neuron, 18: 651-663.
5.
Mermelstein PG, Bito H, Deisseroth K, Tsien RW (2000) Critical dependence of CREB phosphorylation on L-type calcium channels supports a selective response to EPSPs rather than action potentials.  J. Neurosci., 20: 266-273.
6.
See V, Boutiller AL, Bito H, Loeffler JP (2000) Calcium- calmodulin dependent protein kinase type IV (CaMKIV) inhibits apoptosis induced by potassium deprivation in cerebellar granule cells.  FASEB J., in press.
7.
Furuyashiki T, Bito H, Narumiya S.  Submitted

(15) シナプス入力とアクチン細胞骨格系の動態変化

深澤 有吾,斎藤 喜人,山崎 美津江,小澤 史子,松尾 亮太,井ノ口 馨(三菱化学生命科学研究所)

 神経細胞はシナプスを介して互いに連絡しあい,複雑なネットワークを形成している。記憶はこのネットワークの中に蓄えられると考えられ,新たな情報が流れたシナプスで伝達効率が変化し(シナプス可塑性),ネットワーク中の情報伝達経路が変化することが,記憶形成そのものであり,この変化が長期間維持されることが記憶の長期化に重要であると考えられている。
 可塑的変化が見られる脳の領域には,アクチン細胞骨格に富む刺状のシナプス(刺シナプス)が多く存在し,可塑的変化に伴い形態変化することが知られ,棘シナプスの形態変化が記憶形成に重要な役割を持つことが古くから予想されてきた。近年,シナプス内に存在するタンパク質の同定が進み,神経伝達を担うチャネルや受容体のシナプス局在化や細胞内へのシグナル伝達を担う分子が次々に見出され,これらの多くがアクチン細胞骨格と結合能を持つことが明らかになってきた。
 記憶の長期化には新たな遺伝子発現が必要であると考えられていることから,我々は長期記憶成立の分子機構を解明する目的で,神経活動や長期可塑性誘導時に発現誘導される遺伝子の単離同定を行った。この過程で同定されたvesl/homerやsynaptopodinは,アクチン細胞骨格と間接或いは直接に結合することから,アクチン細胞骨格系の神経機能への重要性を再認識するに至った。この様な背景からアクチン細胞骨格系の動態変化そのものがシナプス伝達や可塑性に重要な役割を担っていると考えられるが,その役割や機構については不明である。そこで我々は,シナプス入力や可塑的変化とアクチン細胞骨格の動態変化の関係を明らかにする目的で,電極を慢性的に埋設したラットに無麻酔無拘束下で歯状回LTPを誘導し,アクチン細胞骨格系の動態変化を組織化学的に検討した。
 内側貫通線維に高頻度電気刺激を与え歯状回LTPを誘導すると,入力を受けた中間分子層に重合アクチン (F-actin) の集積が見られ,外側貫通線維刺激時には外部分子層に集積が見られた。これらの変化は電気的な可塑的変化の持続している1週間後でも認められた。Phalloidin-eosinを用いた電子顕微鏡観察により,F-actinの集積は棘シナプスに見られ,シナプス前や樹状突起には見られなかった。高頻度電気刺激によるF-actinの集積は,NMDA受容体の阻害により顕著に抑制され,タンパク翻訳阻害では抑制されなかった。さらに,LTP誘導依存的に発現誘導されるvesl-1S/homer-1aやsynaptopodinタンパク質の免疫陽性反応は,F-actinの集積部位で増加した。これらのことより,歯状回顆粒細胞の棘シナプスでは,NMDA受容体から流入したCa2+依存的にアクチン動態が変化し,集積した重合アクチンを利用して長期可塑性関連タンパク質の局在が変化し,可塑的変化の長期化を誘導する可能性が考えられた。また,可塑的変化の持続時間とアクチン重合との関連性や,異シナプス性入力の影響などについても報告する。

(16) 海馬神経細胞へのCa2+透過性AMPA受容体強制発現によるシナプス伝達機能の変化

岡田 隆1,2,3,山田伸 明1,2,掛川 渉1,都筑 馨介1,飯野 昌枝1,田中 光一3,小澤 瀞司1,2
1群馬大・医・第二生理,2JST・CREST,3東京医科歯科大・難治研・分子神経科学)

 ある特定のタンパク質を細胞に強制発現させる方法として,ウイルスベクターによる遺伝子導入法が近年注目されている。特にSindbisウイルス(SIN) ベクターは神経細胞への感染効率が高い点で,その有用性が期待される。本研究では,Ca2+透過性AMPA受容体をwild typeではもたない神経細胞に強制発現させることがSINベクターを用いて可能かどうか,またシナプス後膜にCa2+透過性AMPA受容体を強制発現させることによってシナプス伝達機能や動物の行動が変化しうるかどうか検討した。
 AMPA受容体サブユニットの一つである未編集型GluR2サブユニット(GluR2Q) 遺伝子およびGFP遺伝子を組み込んだSINベクター (SIN-eG-GluR2Q) を作成し,ラット海馬培養スライス標本のCA1錐体細胞に感染させた。SINベクターによるGFP発現の時間経過を調べたところ,感染後36〜48時間でほぼ最大に達した。CA1錐体細胞をホールセル膜電位固定し,AMPAの電気泳動的投与による応答の電流特性を調べたところ,SIN-eG-GluR2Q非感染細胞においてはCa2+不透過性AMPA受容体応答の特徴である外向き整流性であったが,感染細胞の場合はCa2+透過性AMPA受容体応答の特徴である内向き整流性を示した。また,Schaffer側枝の電気刺激によるCA1シナプス応答もSIN-eG-GluR2Q感染細胞の場合にのみ内向き整流特性を示した。以上より,SINベクターによるGluR2Qサブユニット強制発現の結果,Ca2+透過性AMPA受容体がCA1錐体細胞のシナプス後膜に新たに発現したと結論した。
 Ca2+透過性AMPA受容体発現によるシナプス伝達機能変化について検討するため,Schaffer側枝へのテタヌス刺激後に生じるCA1シナプスの長期増強 (LTP) について調べた。SIN-eG-GluR2Q感染標本の場合は非感染標本と異なり,d-APVによるNMDA受容体阻害下でテタヌス刺激をした場合にもLTPが誘導された。つまり,シナプス後膜へのCa2+透過性AMPA受容体強制発現の結果,CA1シナプスにおけるLTPがNMDA非依存性にも生じるようになるというシナプス伝達機能変化がみられた。
 ラットの空間学習課題遂行に対するCa2+透過性AMPA受容体強制発現の効果を検討するため,海馬CA1野もしくは歯状回 (DG) にSIN-eG-GluR2Qベクターを両側性にin vivo注入し,Morris水迷路課題の学習過程への影響を調べたところ,Ca2+透過性AMPA受容体をCA1野に発現させた場合にのみ学習成績の向上がみられた。AMPA受容体のCa2+透過性増大がもたらす学習課題成績への影響はCA1の場合とDGの場合とで異なることが示唆された。

(17) シナプスでのCa2+チャンネルーCa2+遊離チャンネルーCa2+受容分子連関

秋田 天平・成田 和彦・曽我 聡子・蜂須賀 淳一・叢 雅琳・竹内 晋平・徳納 博幸・久場 健司
(名古屋大学・医・第1生理)

 シナプスで多彩な制御作用をする細胞内Ca2+([Ca2+]i)の上昇は,細胞膜の電位依存性Ca2+チャンネルを通るCa2+流入によることが一般に信じられてきたが,最近,このCa2+流入により細胞内Ca2+貯蔵部位からのCa2+誘起性Ca2+遊離(CICR)が活性化され,Ca2+流入による生理作用を顕著に増大することが解ってきている。このような2重に調節された[Ca2+]i上昇により生理作用が発現される為には,その機構に関与したCa2+受容分子が[Ca2+]i上昇の起源近傍に存在する必要がある。
 この発表では,シナプス前終末とシナプス後ニューロンで,Ca2+チャンネルとライアノジン受容体とCa2+受容分子が密接な三重連関機構(Functional triad)を形成することを報告する。カエル運動神経終末での開口放出機構を活動依存性(プライミング依存性)に顕著に増強するCICR機構では,そのプライミング分子(カルモジュリン)は比較的多くのCa2+チャンネルからのCa2+流入による均一化した[Ca2+]iに反応するのに対し,Ca2+遊離を起こすライアノジン受容体はCa2+チャンネルと開口放出機構に密接に連関することが解った。又,ウシガエル交感神経節ニコチン性シナプスのシナプス前終末では,IP3受容体を介するCICRにより伝達物質放出の長期増強が起こるが,この機構ではCa2+チャンネルとIP3受容体およびIP3産生する代謝依存性受容体との間に密接な連関機構(IP3-assistedCICR)が存在する可能性がある。ウシガエル交感神経節ニューロンでのCa2+/電位依存性K+チャンネル(BKチャンネル)は活動電位スパイク下降相に関与し,もう一つのCa2+依存性K+チャンネル(SKチャンネル)は後電位発生に関与する。この2種のCa2+依存性K+チャンネルは共にCa2+チャンネルを通るCa2+流入とライノジン受容体を介するCICRにより活性化されるが,その活性化様式と2種のCa2+起源に対する依存性は著しく異なり活動依存性である。活動電位スパイク下降相に関与するBKチャンネルはCa2+チャンネルとライアノジン受容体に近接して存在し(Functional triad),その活性化は反覆興奮によるCICRの活性化の不活性化と共に減少するのに対し,後電位発生に関与するSKチャンネルはこれらの[Ca2+]i上昇分子より比較的離れた所に存在し,その活性化はCICRの不活性化にも拘わらず,そのスパイク延長作用によるCa2+流入の増大と[Ca2+]iの蓄積効果により大きくなる。

(18) パッチクランプRT-PCR法を用いた大脳皮質非錐体細胞のグループ化

都筑 馨介1,2 (1群馬大・医・第二生理,2科学技術振興事業団(CREST))

 大脳皮質には多種類の抑制性ニューロンが存在するが,その機能的意義は明らかになっていない。そこで大脳皮質紡錘形介在ニューロンの分類をパッチクランプRT-マルチプレックスPCR法によって行った。生後12-34日齢のラット前頭頭頂葉の300 µmの急性スライスを作成し,まず,電気生理学的なプロファイルを測定した。脱分極性の通電によって活動電位を発火させ,入力抵抗・活動電位の振幅・発火間隔・後過分極の振幅など14項目を細胞の電気生理学的なパラメータとして解析した。さて,従来,非錐体細胞の分類はカルシウム結合蛋白や神経ペプチドなどの生化学マーカーの発現を免疫細胞化学法によって調べることによって行われている。そこで,生化学マーカーのmRNAの発現の有無とグルタミン酸受容体(イオンチャネル共役型・代謝型)のサブユニットmRNAの非錐体細胞における発現パターンをRT-マルチプレックスPCR法によって調べた。方法としては,電気生理学的実験の終了後,mRNAを含む細胞質をパッチ電極内に回収し,反応チューブに移し,ランダムプライマー (dN6) を用いて単一ニューロンのcDNAを合成した。GABA合成酵素GAD65,GAD67・カルシウム結合タンパク質calbindin,parvalbumin,calretinin・神経ペプチドneuropeptide Y,vasoactive intestinal polypeptide (VIP),somatostatin, cholecystokinin・イオンチャネル共役型グルタミン酸受容体GluR1-7,KA1-2,NR2A-D・代謝型グルタミン酸受容体mGluR1-8のmRNAの発現の有無を単一細胞で同時に観察するため,第一次増幅としてこれら30種のcDNAを増幅する59本のプライマーを加えてマルチプレックスPCRを行った。そして,マルチプレックスPCR産物を30本のチューブに分け,それぞれのチューブに各種cDNAを増幅する一対のプライマーを加えて第二次増幅を行い,それぞれの遺伝子の発現の有無を調べた。本研究では,大脳皮質II,III層の60個の紡錘形介在ニューロンを対象として,14種の電気生理学的パラメータ,9種の生化学マーカーのパラメータ,25種のグルタミン酸受容体のパラメータを元にクラスタ解析を行った。クラスタ解析が正しく行われていることのコントロールには形態的に明瞭に区別される錐体細胞(9個)と,特徴的な発火パターンを示すfast spiking cells (16個) をおいた。クラスタ解析の手順は,まずパラメータの数だけ軸をもつ多次元空間上に個々の細胞のプロットした。次に,多次元空間上の細胞間の距離を測定し,距離の一番近い細胞の組を最初の群にした。次に,この群の中心と他の群の中心との距離と,それぞれの群内の分散とを比較して,これらが同一の群から得られたサンプルと考えられる場合には群を併合して大きくしていった。その結果,大脳皮質紡錘形介在ニューロンは3つのグループに分類された。第1グループは,発火パターンが順応を示し,somatostatinを発現する細胞で全体の20%を占めた。第2グループは発火パターンは順応を示すが第1群とは異なっており,VIPの発現頻度が高い細胞で53%を占めた。第3グループは残りの27%の細胞で,発火間隔はイレギュラーであった。この細胞でもVIPの発現頻度が高かった。

(19) シナプス活動依存的な神経細胞の生存−培養小脳顆粒細胞実験系の一般性と特殊性

小倉 明彦(大阪大学大学院理学研究科)

 中枢神経細胞は発生期に過剰数生産され,そのうち正しい結合を作って作動したものだけが生存し,誤ったものや不活動なものが死滅する「淘汰」の過程を経て完成していく,と想定されている。この「淘汰」過程を解析するための実験系として,ラット新生仔から分離・培養した小脳顆粒細胞(CGN)が好んで用いられる。
 ラット培養CGNは,通常の培養培地では長期に生存せず,KClやグルタミン酸などを添加して脱分極してやってはじめて生存する。この脱分極がシナプス活動のmimicryと見なされるわけだが,私たちはKCl添加による持続的脱分極がシナプス活動と等価かとの疑問をもち,以下の検討を始めた。CGNは,生体内ではグルタミン酸作動性の苔状繊維入力を受けるが,苔状繊維の源の一つである橋の切片を容器内に並置したところ,切片から伸び出した繊維に接触したCGNは,KClの添加なしに生存した。橋切片を同容器内に置いても,フィルターで隔離すると生存増進効果は見られなくなる。また,TTXやグルタミン酸阻害剤を添加しても,橋切片の生存増進効果は見られなくなる。したがって,橋繊維はCGNとシナプスを作り,興奮性シナプス活動によってCGNを生存させる,と見ることができる。しかし,同じグルタミン酸作動性神経でも,海馬切片の共存では,伸出した繊維に接触していても,CGNの生存率は上がらなかった。これは,単にグルタミン酸が放出されてシナプス後細胞の脱分極が起これば生存に足る,というわけではない可能性を示唆する。
 上はラットCGNの場合であるが,マウスの場合は事情が複雑である。C57Bl系マウスCGNは,ラットCGNと同様にKCl添加を必要とするが,BalbC系マウスのCGNはKClの添加なしに生存できる。これは,BalbCのCGN同士がシナプスを作って自発的に活動するためかというと,そうとは限らず,BalbCのCGNはフィルターで隔離したC57BlのCGNの生存をも増進させることができる。したがって,BalbCのCGNからは何らかの液性の生存因子が放出されていると見なされる。フィルターを透析膜に換えて共存培養を行い,この因子のおよその分子量を見積もると,3kD以下となったが,グルタミン酸受容体阻害薬は無効なので,この因子はグルタミン酸そのものではない。ラットCGNの生存を増進するBDNF,NT3,PTHrPは無効なので,これらの既知因子やその断片でもない。
 このように,活動依存的な神経生存機構の解析モデル系として頻用される培養CGNの系も,さまざまな固有の事情をもっており,一つの系でえられた結論を一般化するには注意が必要である。

(20) 海馬錐体細胞におけるspontaneous EPSCsのin vitro虚血負荷による二相性変化

田中 永一郎,東 英穂 (久留米大学医学部第1生理学)

 <目的>海馬CA1領域は虚血に対して最も脆弱な部位の一つで,虚血による選択的細胞壊死(necrosis)には虚血時に異常放出されたglutamateが関与すると考えられている。そこで,CA1錐体細胞におけるevoked EPSCとspontaneous EPSCsに対するin vitro虚血負荷の影響を調べた。
 <方法>ラット海馬スライス標本を作成し,CA1錐体細胞から2M K-acetate充填電極を用いて細胞内記録を,135mM CsSO4を主成分とする溶液を充填した電極を用いてWhole-cell patch-clampを行なった。局所電気刺激はタングステン電極を放射状層に留置して行ない,膜電位固定法を用いてevoked fast EPSCとspontaneous EPSCsを記録した。In vitro虚血負荷は酸素・グルコース除去液の灌流投与で行なった。
 <結果と結論>In vitro虚血負荷を4分間与えると,CA1錐体細胞のevoked fast EPSC振幅はコントロールの15%に抑制された。一方,glutamate誘起内向き電流の振幅はin vitro虚血負荷中に増加した。Evoked fast EPSCの抑制はadenosine 1 (A1)受容体拮抗薬(8-CPT, 0.3 - 10 µM)の前処置で拮抗された。これらの結果は,evoked fast EPSCの抑制がA1受容体を介するシナプス前性機序であることを示唆した。TTX(1 µM)存在下にspontaneous EPSCsを記録し,in vitro虚血負荷を行うと,spontaneous EPSCsの振幅は変化しなかったが,発生頻度はin vitro虚血負荷後2分で減少し,4分で増加した。負荷2分後の発生頻度減少はA1受容体拮抗薬の前処置で抑制されたが,4分後の発生頻度増加はA1受容体拮抗薬では変化せず,細胞内Ca2+放出抑制薬(dantrolene, 20 µM),Ca2+誘起Ca2+放出抑制薬(ryanodine, 20 µM)の前処置で抑制された。以上の結果は,in vitro 虚血負荷2分後の発生頻度減少がglutamate含有神経終末上のA1受容体活性化によって起こり,4分後の発生頻度増加は,神経終末内でCa2+誘起Ca2+放出が起こり,Ca2+濃度が上昇するためと考えられた。


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