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13. シナプスの形成・維持・可塑性

2000年12月7日−12月8日
代表・世話人:武内恒成(名古屋大学大学院理学研究科)
所内対応者:小幡邦彦(生理学研究所)

(1)
シナプスの形態変化と機能分子の動態
岡部繁男(東京医科歯科大学医歯学総合研究科)
(2)
シナプス小胞動態の可視化と応用
片岡正和1, 2,関口真理子1,高橋正身11三菱化学生命科学研究所,2信州大学工学部環境機能工学科)
(3)
シナプス活動によるアクチン細胞骨格再構築過程の可視化
古屋敷智之,尾藤晴彦,成宮 周(京都大学大学院医学研究科高次脳科学)
(4)
神経成長円錐のカルシウムシグナル制御機構
竹居光太郎(東邦大学医学部生理学第二)
(5)
エンドサイトーシスにおける膜脂質の機能と動態
竹居孝二(岡山大学医学部生化学)
(6)
痛み刺激受容の分子機構:カプサイシン受容体とそのホモログの構造,機能と制御機構
富永真琴(三重大学医学部第一生理)
(7)
単一嗅神経細胞における嗅覚応答の再構成及び嗅上皮における応答細胞の空間的分布
東原和成(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学)
(8)
酸味受容体遺伝子の同定と機能解析
島田昌一,鵜川眞也,植田高史(名古屋市立大学医学部第二解剖)

【参加者名】
 尾藤晴彦(京都大学院医学研究科),岡部繁男(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科),片岡正和(信州大学工学部),古屋敷智之(京都大学医学部),今泉美佳(杏林大学医学部),竹居光太郎(東邦大学医学部)竹居孝二(岡山大学医学部),富永真琴(三重大学医学部),東原和成(東京大学大学院新領域創成科学研究科)島田昌一(名古屋市立大学医学部),鵜川眞也(名古屋市立大学医学部),植田高史(名古屋市立大学医学部),白尾智明(群馬大学医学部),関野祐子(群馬大学医学部),田中聡一(群馬大学医学部),山崎博幸(群馬大学医学部),張  捷(群馬大学医学部),高橋秀人(群馬大学医学部),武内恒成(名古屋大学大学院理学研究科),玉田一生(名古屋大学大学院理学研究科),中田千枝子(名古屋大学大学院理学研究科),房岡恵理(名古屋大学大学院理学研究科),渡辺紀信(名古屋大学大学院理学研究科),狩野方伸(金沢大学医学部),辰巳仁史(名古屋大学医学部),宮津 基(名古屋大学医学部),真鍋俊也(神戸大学医学部),神谷温之(神戸大学医学部),志牟田美佐(神戸大学医学部),新里和恵(神戸大学医学部),小田洋一(大阪大学大学院基礎工学研究科),高橋正治(大阪大学大学院基礎工学研究科),中山寿子(大阪大学大学院基礎工学研究科),鳴島 円(大阪大学大学院基礎工学研究科),森健太郎(大阪大学大学院基礎工学研究科),白木千津子(大阪大学大学院基礎工学研究科),山本亘彦(大阪大学大学院基礎工学研究科),丸山 敬(埼玉医科大学)山口和彦(理化学研究所脳科学総合研究センター),斎藤祐見子(東京都臨床医学総合研究所),畠 義郎(大阪大学大学院医学研究科),内田洋子(東京都老人総合研究所),時田義人(愛知県コロニー発達障害研究所),五味不二也(東京都老人総合研究所),玉巻伸章(京都大学大学院医学研究科),山田麻妃(東京大学大学院薬学研究科),池谷裕二(東京大学大学院医学研究科),小山隆太(東京大学薬学部),森本高子(東京大学大学院理学研究科),高坂洋史(東京大学大学院理学研究科),笛田由紀子(産業医科大学産業保健学部)下村敦司(藤田保健衛生大学医学部),吉田祥子(豊橋技術科学大学)藪中厚生(豊橋技術科学大学),和多和宏(東京医科歯科大学難治疾患研究所),尾崎まみこ(京都工芸繊維大学繊維学部),武井延之(新潟大学脳研究所),御園生裕明(東京大学大学院医学研究科),佐藤栄人(順天堂大学医学部),金 明鎬(群馬大学医学部),七崎之利(日本医科大学),勝野達也(名古屋大学大学院理学研究科),山際貴雄(名古屋大学大学院理学研究科),畠中由美子(基礎生物学研究所),野田昌晴(基礎生物学研究所),前田信明(基礎生物学研究所),加藤 彰(基礎生物学研究所),河西春郎(生理学研究所),高橋倫子(生理学研究所),根本知巳(生理学研究所),鈴木智之(生理学研究所),真鍋健一(生理学研究所),井本敬二(生理学研究所),森 泰生(生理学研究所),大倉正道(生理学研究所),馬杉美和子(生理学研究所),小幡邦彦(生理学研究所),柳川右千夫(生理学研究所),山肩葉子(生理学研究所),兼子幸一(生理学研究所)

【概要】
 シナプスの形成と維持,さらにその可塑性はいかにして行われるか,その分子基盤とあたらしい方法論を駆使した最近の研究を網羅することを目指した。また,演者と座長および参加者相互の討論にも大きく時間を割いて,今後の研究における問題点や展望を見いだすこともこの研究会においての目的とされた。
 まず,セッション1では,神経科学におけるあたらしいイメージング技術の紹介と展望を検討した。シナプスの形成・維持はいかにして行われるかを,GFPを用い可視化することによって明らかになってきたこととこれからの展望を検討した。岡部繁男氏からシナプス後部骨格構造の時間的特異化・集積過程の解析,片岡正和氏からシナプス前部シナプス伝達分子の小胞放出過程の解析を,古屋敷智之氏からシナプス活動におけるアクチン細胞骨格の制御システムをいずれもシナプス形成・維持における重要課題でこの解析を通して,新しいイメージング解析の有効性と今後の問題点を見つめ直した。セッション2では,生化学と電子顕微鏡技術を組み合わせたエンドサイトーシスにおけるシナプス小胞の動態観察(竹居孝二氏)と,CALIを用いた細胞内部位での空間的・時間的分子失活による生理機能解析(竹居光太郎氏)の演題を取り上げた。いずれの研究も微細な生理機構をいかに観察するかを先駆的な手法で取り組んでおり,これらの手法から何がどこまで解り,どのような展望があるか,他にいかなる技術と組み合わせれば何が見えてくるか,議論を重ねた。セッション3では,最近の神経科学のトピックである感覚受容の分子基盤を富永真琴氏,東原和成氏,島田昌一氏から,それぞれ,痛覚,嗅覚,味覚の内容での研究の最前線の講演を企画し,神経系の理解においてその基盤となる感覚受容の分子メカニズムの解析アプローチと展望をとらえた。全体にわたって,想像を上回る参加者と活発な討論がなされ,非常に有意義な研究会となった。

(1) シナプスの形態変化と機能分子の動態

岡部繁男(東京医科歯科大学医歯学総合研究科)

 海馬の錐体細胞上での興奮性シナプスは,活動依存性にその機能の変化を起こすことが知られている。シナプス機能の変化の基礎として,その分子構築の変化が存在する可能性が指摘されてきたが,近年,GFP分子をレポーターとして用いて細胞内機能蛋白質のイメージングを行うことが可能になった。培養海馬神経細胞では,培養後10日から20日の間に興奮性シナプスの局在が樹状突起のshaftからspineへと変化する。この間のシナプスの形態形成と機能分子の動態を解析する為に,シナプス後肥厚部の分布,シナプス小胞の分布,spineの形態をGFPのvariantであるCFP, YFPの蛍光シグナルを用いて可視化する事を試みた。この方法により,シナプス後肥厚部の構成蛋白質が既に伸長したfilopodia/spineの中に集積し,シナプス後部構造の特異化が起こる過程が観察された。また,シナプス後肥厚部の形成とシナプス小胞の集積はお互いに時間的に相関して起こることも明らかになった。

(2) シナプス小胞動態の可視化と応用

片岡正和1, 2,関口真理子1,高橋正身11三菱化学生命科学研究所,2信州大学工学部環境機能工学科)

 我々が前シナプス機能の基盤である神経伝達物質の開放出機構を理解するために実施している,GFP,あるいはその変異体を利用したシナプス小胞動態可視化解析の結果を中心に紹介する。GFPラベルしたシナプス小胞蛋白質のVAMP-2,制御性分泌蛋白質のヒト成長ホルモン (hGH) を,PC12細胞および,ラット海馬初代培養細胞で発現し,それらの生細胞での振る舞いを可視化した。PC12細胞において,hGHの構成性分泌の瞬間を可視化したところ,kiss and runモデルに合致する画像が得られ,また,優先的分泌部位と考えられる領域が存在した。VAMP-2の小胞膜上の位相,小胞内のpH環境,pH感受性変異GFPを組み合わせて利用し,小胞内のpH環境という視点から分泌現象,ならびに突起伸長と小胞分泌の関連を調べた。この場合においてもkiss and runモデルに合致する分泌を確認し,さらに突起伸長時の膜供給にシナプス小胞が利用されていると考えられる結果を得た。

(3) シナプス活動によるアクチン細胞骨格再構築過程の可視化

古屋敷智之,尾藤晴彦,成宮 周(京都大学大学院医学研究科高次脳科学)

 アクチン線維は興奮性シナプスにおける主な細胞骨格である。近年,アクチン線維がシナプスの形態制御やシナプス蛋白の局在,さらにはシナプス伝達効率の修飾に関与することが示唆されてきた。我々はGFPとbeta-actinの融合蛋白GFP-actinを用いて,生きた海馬神経細胞のアクチン細胞骨格を可視化した。この方法により,シナプス活動によって海馬神経細胞のアクチン分子の分布が速やかに変化し,シナプスや細胞体周囲など機能的に異なる部位に集積することを明らかにした。この集積は数分でピークに達する速やかな反応であるが,シナプスと細胞体周囲での集積の速度は大きく異なっていた。さらに,シナプスにおけるアクチン制御にはNMDA受容体が,一方細胞体周囲の集積には電位依存性Ca[2+] チャネルが特異的に関与することが示唆された。以上の結果は,複数のCa[2+] 流入源の活性化の組み合わせを介して,シナプス活動が多彩なアクチン分布を誘導する可能性を示唆している。

(4) 神経成長円錐のカルシウムシグナル制御機構

竹居光太郎(東邦大学医学部生理学第二)

 神経系の発生や再生の過程において,伸長する神経突起の先端には成長円錐と呼ばれる特殊な構造体が存在し,成長円錐は周囲の微小な外界環境を感知しながら神経突起を正確に標的細胞に導く。神経細胞の分子基盤の解明は,複雑緻密な神経回路網の形成機構理解する上で非常に重要な課題である。神経突起の成長発達において,成長円錐内の細胞内Ca2+は極めて重要な情報変換分子として働くことが知られている。神経細胞のように極度に発達した極性を持つ細胞における研究では,細胞の局所で特定分子を実験的に操作できるような研究技術が要求される。そのニーズに対応して,我々はレーザー分子不活性法(CALI法)を用いている。CALI法とは,抗体やリガンドによる特異的な結合によって標的分子を特定化し,色素を介してレーザー照射によって生じるフリーラジカルで標的分子を機能的に不活性化させ得る新規の細胞生物学的研究手技で,突起先端に存在する成長円錐のような細胞の特殊な局所領域での分子機能の解析には特に功を奏する。

(5) エンドサイトーシスにおける膜脂質の機能と動態

竹居孝二(岡山大学医学部生化学)

 シナプス小胞は,分泌に続いて,エンドサイトーシスによる小胞膜の取込み,シナプス小胞再生のサイクルをくり返している。このためエンドサイトーシスはシナプスが機能するための重要な一過程であり,その過程においては細胞膜からの小胞形成が行われる。エンドサイトーシスの分子機構,特に膜脂質の機能動態を調べるため,膜成分と脳細胞質を反応させることにより,小胞形成をin vitroで再構成する実験系を確立した。
 大型単層の人工脂質膜(リポゾーム)を膜成分としてATP,GTP,および脳細胞質とin vitroで反応させた後,電顕観察により小胞形成(直径<200nm)を認めた。この実験系を用いて,まず,膜のコレステロール含有量(0-30%(w/w))と小胞形成の相関を調べた。その結果,膜にコレステロールを含む場合には,全くコレステロールを含まない場合に比べ,形成される小胞の径が大きかったが,小胞形成量には差異はみられなかった。次にphosphatidylinositol-4, 5-bisphosphate (PIP2) 含有量の変化(0-6%(w/w))による小胞形成への影響を調べた結果,PIP2の増加による小胞形成量の増加が認められた。さらに,小胞形成に伴ってPIP2はphosphatidylinositol (PI) に分解されることが,脂質組成分析により明らかにされた。

(6) 痛み刺激受容の分子機構:カプサイシン受容体とそのホモログの構造,機能と制御機構

富永真琴(三重大学医学部第一生理)

 痛みは化学的・熱・機械的刺激によって感覚神経終末が活性化されることによって惹起されるが,こうした侵害性刺激受容体を有する感覚神経 (nociceptor) はトウガラシの主成分カプサイシンに感受性があることによっても特徴づけられるため,カプサイシン投与による細胞発現クローニング法を用いてカプサイシン受容体遺伝子が単離された。そして,カプサイシン受容体(VR1)がCa透過性の高い6回膜貫通型の非選択性陽イオンチャネルであり,カプサイシンのみならず同じく痛みを惹起する43度以上の熱や酸(プロトン)によっても活性化される痛み刺激に対する多刺激受容体として機能することが明らかとなった。
 炎症関連メデイエイターが感覚神経終末での痛み刺激受容を制御することが知られているが,そのメカニズムは明らかではない。メデイエイターの1つである細胞外ATPの作用を検討した結果,代謝型 (P2Y) 受容体にも作用して,PKCを活性化を介してVR1活性を制御していることが明らかとなった。細胞外ATPはカプサイシン活性化電流,プロトン活性化電流を増大させるのみならず,熱活性化電流の活性化温度閾値を42度から35度に減少させた。これは,ATPが存在すれば体温でもVR1が活性化して痛みを惹起しうることを示し,全く新しい疼痛発生メカニズムとして注目される。

(7) 単一嗅神経細胞における嗅覚応答の再構成及び嗅上皮における応答細胞の空間的分布

東原和成(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学)

 マウスで約千種類といわれている嗅覚受容体のクローニング当初は匂い物質と結合する証拠はなかったが,1998年,ラットorphan嗅覚受容体I7のリガンド決定がなされ,推定上の匂い受容体が匂い物質を認識することが証明された。一方我々は嗅覚受容体が匂い物質を認識するという証拠を得るために別のアプローチをとった。Ca2+イメージングを使って匂いに応答する嗅細胞を同定したのち各々の応答細胞から発現受容体をクローニングし,アデノウイルスで受容体遺伝子を嗅細胞に導入して匂い物質に対する特異的応答を再構成することに成功した。また,HEK293培養細胞を用いて受容体の再構成を行い,嗅覚受容体がGsタイプのGタンパク質に共役し細胞内cAMP濃度を上昇させるという結果も得ている。さらに我々は,新生児マウスから生の前額断切片を作成し,嗅上皮上での匂い物質に対する応答をCa2+イメージングによってin situで測定した。様々な匂い物質をこの生切片に与えたところ,応答細胞が嗅上皮上でどのように分布しているかが明らかになった。さらに,匂い物質の濃度を変化させたところ,濃度依存的に応答細胞数の増加が見られ,同一匂い物質でも濃度によって感じる香調が変わってくるという経験則を支持する結果が得られている。

(8) 酸味受容体遺伝子の同定と機能解析

島田昌一,鵜川眞也,植田高史(名古屋市立大学医学部第二解剖)

 味覚の受容体は塩味,酸味,甘味,苦味,うま味に対してそれぞれ特異的な様々なタイプの受容体が想定されてきた。最近単離された苦味受容体や,うま味受容体はG蛋白と共役する代謝型受容体であるのに対して,我々が同定した酸味受容体はイオンチャネル型である。我々は,味覚の受容体を単離する目的でラット舌有郭乳頭よりcDNAライブラリーを作製し,相同性によるスクリーニングとアフリカツメガエル卵母細胞による機能発現スクリーニングを組み合わせて,プロトンで開くアミロライド感受性陽イオンチャネルを単離した。そして全塩基配列を明らかにしたところ,非翻訳領域は多少異なるものの翻訳領域は最近脳から単離されたmammalian degenerin (MDEG1)と一致するものであった。さらにこの受容体の他のサブユニットを同定するために,相同性を用いたラット有郭乳頭のcDNAライブラリーのスクリーニングやRT-PCR法を行った結果,MDEG2も味蕾に発現していることが分かった。次にMDEG1とMDEG2の関係について調べたところ,免疫組織化学法でMDEG1とMDEG2は同一の味蕾細胞に共存して発現していることを明らかにした。また,電気生理学的な解析でMDEG2は,MDEG1と共発現させると,チャネルの脱感作を修飾する働きがあることが分かった。


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