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14. 消化管機能

2000年12月14日−12月15日
代表・世話人:鈴木裕一(静岡県立大学食品栄養科学部)
所内対応者:尾崎 毅(生理学研究所)

(1)
大腸プロピオン酸吸収機序
川俣幸一,鈴木裕一(静岡県立大学 食品栄養)
(2)
大腸上皮T84細胞の分泌性収縮と調節性容積増加
真鍋健一,出崎克也,森島 繁,岡田泰伸(生理学研究所 機能協関)
(3)
膵導管細胞の水分泌に対するセロトニンの作用の検討
成瀬 達,石黒 洋(名古屋大学 医学部第2内科)
(4)
Modulation of substance P-induced Ion transport by Adenosin
桑原厚和,唐木晋一郎(静岡県立大学 環境科学研究所)
(5)
排便反射障害と腰部交感神経
山内昌哉,高木 都(奈良県立医科大学 第1外科,第二生理)
(6)
胃粘液(胃ムチン)代謝
石原和彦,市川尊文,五艘行信(北里大学 医療衛生学部,医学部生化)
(7)
小腸カルニチン吸収機構
玉井郁巳,辻 彰(金沢大学 薬学部)
(8)
ストレプトゾトシン誘発糖尿病動物における胃粘膜易損性の増大−カプサイシン感受性知覚神経との関連
田嶋公人(京都薬科大学 薬物治療学)
(9)
小腸無機リン酸トランスポーターと高リン血症治療
宮本賢一(徳島大学医学部)
(10)
ウナギの飲水行動に関与する筋の神経支配
安藤正昭,椋田崇生,小坂朋大(広島大学 総合科学部 総合生理)
(11)
核内受容体PPARを介した脂溶性栄養素吸収関連遺伝子の発現調節
合田敏尚(静岡県立大学食品栄養科学部)
(12)
大腸におけるトロンボキサンA2の病態生理機能
酒井秀紀(富山医科薬科大学薬学部)
(13)
腔腸動物ヒドラのぜん動運動について
清水 裕(国立遺伝学研究所,発生遺伝研究部門)

【参加者名】
 川俣幸一(静岡県立大学),鈴木裕一(静岡県立大学),真鍋健一(生理学研究所),出崎克也(生理学研究所),森島繁(生理学研究所),岡田泰伸(生理学研究所),成瀬達(名古屋大学 医学部第2内科),石黒洋(名古屋大学 医学部第2内科),桑原厚和(静岡県立大学 環境科学研究所),唐木晋一郎(静岡県立大学 環境科学研究所),山内昌哉(奈良県立医科大学 第1外科),高木都(奈良県立医科大学 第二生理),石原和彦(北里大学 医療衛生学部),玉井郁巳(金沢大学 薬学部),田嶋公人(京都薬科大学 薬物治療学),宮本賢一(徳島大学医学部),安藤正昭(広島大学 総合科学部 総合生理),合田敏尚(静岡県立大学食品栄養科学部),酒井秀紀(富山医科薬科大学薬学部),尾崎毅(岡崎国立共同研究機構動物実験センター),清水裕(国立遺伝学研究所,発生遺伝研究部門)

【概要】
 消化管機能に関し,運動から上皮機能あるいは細胞生理学的側面にわたる幅広い分野からの報告がなされ,また活発な討論がなされた。また方法論も分子生物学から形態学まで様々であった。これを機会に今後ますます消化管研究が発展する事が期待される。

(1) 大腸プロピオン酸吸収機序

川俣幸一,鈴木裕一(静岡県立大学 食品栄養科学部)

 大腸内では,食物繊維が腸内細菌の発酵作用を受け大量の短鎖脂肪酸(酢酸,プロピオン酸,酪酸)が産生される。産生された短鎖脂肪酸は大腸で代謝されるか,あるいは吸収され体内で代謝される。われわれは,大腸での短鎖脂肪酸吸収のメカニズムを明らかにしようと一連の研究を行っている。実験は,切り出したラット盲腸をUssing chamberに装着し,短絡電流,プロピオン酸吸収速度(HPLCで測定),管腔側Total CO2蓄積(炭酸ガス電極),管腔側アルカリ化(pHスタット),等を測定した。得られた結果は,1)プロピオン酸吸収は短絡電流を伴わない非起電性のものである。2)管腔側プロピオン酸吸収は重炭酸イオン(漿膜側)に依存する成分と依存しない成分がある。3)重炭酸イオン依存性のプロピオン酸吸収速度におおよそ一致した大きさの,管腔内アルカリ加速度とTotal CO2蓄積速度が観察される。以上の結果より,管腔側膜に短鎖脂肪酸/HCO3交換輸送体が存在すると考えられ,短鎖脂肪酸吸収の一部を担っているものと思われる。短鎖脂肪酸産生は大腸内を酸性化するので,短鎖脂肪酸吸収がアルカリ分泌とカップルして起こることは,大腸内酸塩基平衡を考える上でも興味深い。なお,この短鎖脂肪酸/HCO3交換輸送体活性は,DIDSやNPPBでほとんど抑制されないので,Cl/HCO3exchangerであるAEファミリーやDRA(先天性Cl喪失性下痢症の原因遺伝子)とは異なるものであると考えられる。

(2) 大腸上皮T84細胞の分泌性収縮と調節性容積増加

真鍋健一,出崎克也,森島 繁,岡田泰伸(生理学研究所 機能協関)

 モルモット小腸やラット大腸の腺上皮において,VIPによるcAMP仲介性Cl- 分泌による細胞収縮と,それにつづくゆるやかな容積回復が見られることが報告されている(O' Brien et al. 1993; Diener, 1994)。我々は,Ca2+を介する分泌刺激物質であるカルバコールに対して,ヒト大腸上皮細胞株T84が同様の応答を示すことを報告した (第47回中部日本生理学会)。刺激直後に見られる細胞収縮は,BAPTAによる細胞内Ca2+キレートや,Ca2+依存性Cl- チャネルブロッカーであるニフルミン酸によって消失したので,Ca2+依存性Cl- 分泌によるものと考えられた。収縮後の調節性容積増加 (Regulatory Volume Increase: RVI) は,ブメタニドによって抑制されたことから,Na-K-2Clシンポータ(NKCC)の関与が示唆された。

(3) 膵導管細胞の水分泌に対するセロトニンの作用の検討

成瀬 達,鈴木 厚,石黒 洋(名古屋大学 医学部 第2内科)

 モルモットの膵管上皮にはセロトニン(5-HT)含有細胞が存在するが,その機能は不明である。そこで,単離小葉間膵管を用いて5-HTの膵導管細胞からの水分泌に及ぼす作用を検討した。単離膵管(径約100 mm)を3時間培養すると両端が閉じ管腔は閉鎖腔になる。この膵管を37℃にて重炭酸緩衝液で表層灌流し,明視野像を1分間隔で取得した。管腔の面積の変化から,1分毎の水分泌量を求め,単位上皮表面積あたりで表した。セクレチン(1 nM)刺激による水分泌(2.23 ± 0.05 nl min-1 mm-2,mean ± SE,n = 16)は,5-HT(0.1,1,10 mM)を灌流液に加えると,それぞれ,0.44 ± 0.08,0.42 ± 0.13,0.86 ± 0.12,n = 4と有意(P < 0.01)に抑制されたが,5-HT(0.01 mM)では抑制されなかった。また,5-HT3アゴニストである2-methyl 5-HTにより有意に抑制されたが,5-HT1,5-HT2,5-HT4アゴニストでは抑制されなかった。管腔内に5-HT(1 mM)を注入した膵管では,セクレチン(1 nM)刺激による水分泌は変わらなかった。アセチルコリン(1 mM)刺激による水分泌(1.40 ± 0.04,n = 4)は,5-HT(0.1 mM)を灌流液に加えると有意に抑制された(0.37 ± 0.02,P < 0.01)。5-HTは膵導管細胞からのcAMPおよびCa2+依存性の水分泌を基底膜上の5-HT3受容体を介して抑制する。

(4) Modulation of substance P-induced Ion transport by Adenosin

桑原厚和,唐木晋一郎(静岡県立大学 環境科学研究所)

 モルモット下部大腸において,サブスタンスPの誘発するイオン輸送に対するアデノシン受容体作動薬の効果を短絡電流法によって解析した。下部大腸粘膜−粘膜下組織標本を作成し,膜の両側をKrebs−Ringerで灌流,短絡電流を測定して正味のイオン輸送の指標とした。選択的アデノシンA1受容体作動薬,CCPAは,サブスタンスPの漿膜側投与により誘発される短絡電流の増加を有意に抑制した。選択的アデノシンA2A受容体作動薬,CGS21680は,サブスタンスPの誘発するイオン輸送を促進する傾向を示したが,有意な差は見られなかった。しかし,サブスタンスPを前投与し,CGS21680を投与すると,短絡電流は増大し,この反応は,TTX存在下でほとんど抑制された。非選択性(A1+A2A+A2B)アデノシン受容体作動薬,NECAは,サブスタンスPの反応を有意に促進した。TTX存在下では,サブスタンスPを単独投与したときの短絡電流増加はほぼ消失したが,NECA前処理によって,サブスタンスPは短絡電流を増大させた。さらに,NECAは単独投与においても一次的な短絡電流の増大を示した。この反応は,TTXによって影響を受けなかったが,サブスタンスP前投与によって,持続的な短絡電流増加を示し,TTX及びサブスタンスPの両方を前処理すると,NECAの応答は有意に増強された。以上の結果より,1)アデノシンA1受容体の刺激はサブスタンスPの誘発するイオン輸送を抑制し,2)A2A受容体刺激は神経系を介して促進する。3)NECAは上皮細胞のアデノシンA2B受容体を介して短絡電流を増大させ,4)サブスタンスPは上皮細胞レベルでアデノシンA2B受容体刺激と相互作用し,短絡電流の増大を増強させることが示唆された。

(5) 排便反射障害と腰部交感神経

山内昌哉,杉森志穂,中川 正(奈良県立医科大学 第一外科)
高木 都(第二生理)

 高木らは(1980-1987),モルモット,ネコの排便反射が引き起こされる際には,腰部交感神経を介する腰髄レベルの抑制反射が橋排便反射中枢より完全ではないが,強く抑制されることを明らかにした。今回我々は,より統合的な排便機構の解明をするために,直腸−直腸反射のみならず,直腸−内肛門括約筋 (IAS) 反射も同時に記録し,両者の反射機構に対する腰部交感神経の役割を検討した。また,臨床において,直腸癌術後の排便機能障害が存在するので,腸管切除にともなう交感神経切除の影響についても検討した。
 直腸を加圧伸展すると,骨盤神経を求心路とする直腸-直腸反射と直腸-IAS反射が起こる。腰部結腸神経は腰髄レベルの抑制反射を引き起こしているが,その活動は橋排便反射中枢より抑制されているために,典型的な直腸反射性収縮とIAS反射性弛緩を起こす。Th13 横断により上位中枢からの抑制がなくなると腰部結腸神経を介する抑制反射が働き,直腸-直腸反射および直腸-IAS反射は消失する。続いて腰部結腸神経を切断すると抑制がとれて再び直腸反射性収縮とIAS反射性弛緩が出現する。また,intact なモルモットで腰部結腸神経を切断しても同様な効果が認められた。以上の結果から,腰部結腸神経切断が術後排便機能障害の一因となっていること,直腸-IAS反射にも直腸-直腸反射と同様の排便機構が働いていることが示唆された。

(6) 胃粘液(ムチン)代謝

石原和彦,市川尊文,五艘行信(北里大学医療衛生学部生化学,同医学部生化学)

 胃粘膜には表層粘液細胞 (SMC) と粘膜深部の腺粘液細胞 (GMC) の少なくとも2種類の粘液産生細胞があり,これらは異なった性質をもつ粘液を産生・分泌している。また胃体部と胃前庭部にも独特の粘液が存在する。我々は,胃粘液の主要成分であるムチン(粘液糖タンパク質)に着目し,主として生化学的手法による研究を行なっている。
 前回の本研究会では,産生細胞の異なるラット胃ムチンを特異的に認識するモノクローナル抗体の開発について報告したが,今回はこの抗体を用いて得られたいくつかの研究結果を報告する。前回の報告でNOがラット胃体部表層のムチン合成亢進に関与することを示した。今回は胃体部粘膜からSMCの存在する部分を,残ったGMCを含む胃粘膜層から物理的に剥離する方法を採用し,2つの層について検討した。その結果,calcitonin  gene-related paptide (CGRP) がNOを介して胃体部表層ムチン生合成を亢進していることが明らかとなった。この反応はSMC層のみを用いた場合でも観察できるが,SMC層を剥離した深部胃粘膜を用いるとみられなくなることから,CGRPがSMCのNO合成酵素に作用し,ガストリンで見られたものと同様にムチン生合成を亢進していると考えられた。

(7) 小腸カルニチン吸収機構

玉井郁巳,辻 彰(金沢大学薬学部)

 カルニチンは脂肪酸代謝に必須な水溶性低分子のビタミンの一つでで,その消化管吸収を含めた細胞膜透過にはトランスポーターを介する必要がある。我々は既にカルニチントランスポーターとしてOCTN2遺伝子を単離しその機能解析を行った。OCTN2は有機カチオントランスポーターファミリーに属しており,有機カチオンをナトリウムイオン非依存的に輸送する一方で,ナトリウムイオン依存的にカルニチンを能動輸送する。我々はOCTN2を多機能性トランスポーターとして位置づけ,生理的物質はナトリウムイオン依存的な吸収に,カチオン性の生体異物は排出に働くものと考えている。これまでカルニチンの小腸上皮細胞輸送については,担体介在輸送の示唆はあるが,単純拡散との指摘もあり明確ではない。OCTN2遺伝子は消化管にもそのシグナルが検出され,小腸でのカルニチン輸送に関わる可能性が考えられた。そこで,小腸上皮細胞刷子縁膜小胞を用いてカルニチン輸送特性を調べた。その結果,カルニチン輸送はナトリウムイオンによる取り込み促進を示した。また,OCTN2を介したカルニチン輸送阻害剤による取り込み低下が観測された。しかし,完全にはOCTN2の特性とは一致せず,カルニチンの吸収はOCTN2と類似した特性を持つトランスポーターによって生じていることが示唆された。

(8) ストレプトゾトシン誘発糖尿病動物における胃粘膜易損性の増大
−カプサイシン感受性知覚神経との関連−

田嶋公人(京都薬科大学 薬物治療学教室)

 ストレプトゾトシン (STZ) 誘発糖尿病ラットを用い,胃粘膜バリアー破壊に伴う胃粘膜血流 (GMBF) の増大反応および損傷発生に対する糖尿病の影響について,特にカプサイシン感受性知覚神経の関与を中心に検討した。雄性SD系ラットにSTZを処置し,血糖値が350 mg/dl以上を糖尿病動物とした。オメプラゾール処置後,ウレタン麻酔下に胃をチェンバーに装置し,50 mM塩酸存在下に20 mMタウロコレート (TC) を30分間適用し,胃粘膜電位差 (PD),GMBFおよび酸の逆拡散量の変化を測定した。また,TC適用後90分に胃粘膜上に発生した出血性損傷を観察した。一方,カプサイシン感受性知覚神経の選択的な刺激薬であるカプサイシンに対するGMBF変化および摘出胃からのカルシトニン遺伝子関連ペプチド (CGRP) の遊離量も測定した。糖尿病ラットはTC適用によるPD低下および酸の逆拡散量に影響を与えなかったが,酸の逆拡散によって誘起されるGMBFの増大反応は正常ラットに比べ有意に減弱していた。またTC適用後,正常ラット胃粘膜では殆ど損傷は認められなかったが,糖尿病ラットでは重篤な出血性損傷が胃粘膜上に発生した。一方,カプサイシンによるGMBF増大反応および摘出胃からのCGRP遊離量は糖尿病ラットでは明らかに低下していた。STZ誘発糖尿病ラットは酸に対する胃粘膜感受性を増大させ,易損性を高めることが判明した。このような現象はカプサイシン感受性知覚神経を介するGMBF増大反応の調節異常に基づくことが推察された。

(9) 小腸無機リン酸トランスポーターと高リン血症治療

宮本賢一(徳島大学・医学部・栄養化学)

 慢性腎不全末期患者は,糖尿性腎症の増加により現在20万人を数えている。このほとんどが,血液透析患者であるが,透析技術の進歩に伴い長期生存が可能となった。それと同時に,はじめは問題とされなかった二次性副甲状腺機能亢進症などによりもたらされる骨合併症が新たに出現し,患者の予後を左右する重大な問題となっている。とくに透析技術で除去できない無機リン酸(リン)蓄積は,副甲状腺細胞を刺激して副甲状腺ホルモンPTHの分泌を亢進し,その結果二次性副甲状腺機能亢進症の発症をもたらす。慢性血液透析患者では,このような高リン血症が高頻度に観察される。血清リン濃度のコントロールには,食餌によるリン摂取の制限や各種リン吸着薬投与による消化管からのリン吸収抑制が必要となる。しかしながら,いずれの方法も患者の負担が大きく,有効な高リン血症治療薬が望まれている。
 小腸からのリン吸収を担うのは,ナトリウム依存性リン輸送トランスポーター (the type IIb Na/Pi transporter)であり,本輸送系を特異的に阻害することは,高リン治療に有効と考えられた。本講演では,私共の研究成果を中心に1)小腸リン吸収システムの調節機構,2)リン輸送トランスポーターの阻害剤,3)透析患者の高リン血症の治療成績について述べる。

(10) ウナギの飲水行動に関与する筋の神経支配

安藤正昭,椋田崇生,小坂朋大伸(広島大学・総合科学部・総合生理)

 大部分の陸上脊椎動物は,飲水行動によって水を摂取し,血液の恒常性を維持している。しかし陸上脊椎動物の飲水行動は,「渇き」の後に「水場探索行動」,「水を口に含む行動」,「燕下」と続き,その解析が複雑であることが予想される。一方水中に棲む魚類は,呼吸のために絶えず水が口中にあるので,「燕下」のみで飲水行動は完結し,その神経回路は哺乳類より単純であることが期待できる。本研究はウナギの飲水行動の調節機構を明らかにし,哺乳類の飲水行動を理解する一助とすることを目的とする。
 海水ウナギの静脈中にAngiotensin I (ANG I) を注入すると飲水速度は高まるが,Captopril (CP) でANG II合成を阻害するとANG Iの効果は消失する。また脱血によっても飲水は増大するが,この効果もCP処理によって消失することから,ウナギも哺乳類と同様に,血液量の減少(血圧低下)によってRenin-Angiotensin系が活性化し,ANG IIによって飲水が惹起されると考えられる。しかし血液浸透圧の上昇に対してウナギは飲水量を低下させた。またANG II以外にも,種々の因子が飲水行動に関与していることを見つけた。次にこれらの調節因子を第IV脳室に投与したが,基本的な作用はよく似ていた。このことは,これらの因子が脳室周囲器官に作用していると考えれば説明できる。ウナギの脳室周囲器官を同定する目的でEvans blue (EB) を血中に射つと,Area postoremaと松果体が濃染された。ウナギの脳は小さく,摘出したままでも灌流液中で神経活動を記録できる。この系で,延髄背側部がANG IIやAtrial natriuretic peptide (ANP) に反応することを見つけた。このことはウナギの脳内にANG IIやANPの受容体が存在していることを示している。
 ウナギの食道輪走筋はAcetylcholine (ACh) によって収縮する。また短いdurationの繰り返し電気刺激によっても収縮する。この電気刺激の効果はTTXやCurareによって抑えられることから,食道輪走筋は神経の支配を受けており,その伝達物質はAChだと考えられる。次に食道筋にEBを注入し,この色素を取り込むニューロンを探したところ,延髄のDorsal motor nucleus of the vagus (DMN) が染まった。またDMNはCholine acetyl transferase(ChAT) の抗体でも染まった。このことからウナギのDMNはAChを合成し,食道輪走筋を収縮させることが考えられる。ウナギの食道輪走筋を弛緩させる因子はまだ見つけていないが,Isobutyl-methylxanthine (IBMX) で弛緩することから,弛緩因子はあると思っている。

(11) 核内受容体PPARを介した脂溶性栄養素吸収関連遺伝子の発現調節

合田敏尚,望月和樹,駿河和仁(静岡県立大学食品栄養科学部)

 脂質ならびに脂溶性の栄養素はその吸収の過程で吸収細胞内の細胞質に存在する特異的な結合タンパク質による輸送を受ける。小腸には,肝臓型 (L-) と小腸型(I-) の脂肪酸結合タンパク質 (FABP)が大量に発現しており,脂肪酸の細胞内転送に関わっている。一方,細胞性レチノール結合タンパク質タイプII (CRBPII) は吸収細胞内に取り込まれたレチノールを結合することによってビタミンAの吸収に携わるタンパク質であり,小腸に特異的に発現している。これらの脂溶性栄養素吸収関連タンパク質の発現は,いずれも高脂肪食摂取,特に長鎖不飽和脂肪酸の摂取により転写レベルで正に調節されていることをこれまで明らかにしてきた。脂肪酸のシグナルを核における遺伝子の転写へと仲介する核内受容体として,近年ペルオキシゾーム増殖因子活性型受容体 (peroxisomeproliferator-activated receptor; PPAR) が注目されている。L-FABPとCRBPIIの遺伝子の5'上流にはPPAR結合領域のコンセンサス配列と類似した領域が存在したので,ラット小腸におけるPPARのサブタイプの発現を調べてみたところ,小腸にはPPARαとPPARδが発現していた。このうちPPARαは脂溶性栄養素吸収関連遺伝子の発現量が高まる時期(離乳期や高脂肪食摂取時)に対応して発現量が増大していた。また,in vitroで転写・翻訳したPPARαとPPARδを用いたゲルシフト法により,長鎖脂肪酸はPPARとこれらのPPAR結合領域との結合を増強する作用を示すことが示された。さらに,PPARαまたはPPARδのリガンド結合ドメインとGAL4のDNA結合ドメインのキメラタンパク質発現ベクターを用いるOne- hybrid assay系により,PPARαがPPARδより多くの種類の脂肪酸をリガンドとして結合し,転写の活性化をもたらすとともに,小腸に特に多く発現している転写共役因子p300と強く相互作用することが明らかになった。従って,小腸に発現しているPPARの中でも特にサブタイプαが脂肪酸のシグナル伝達因子として脂溶性栄養素吸収関連遺伝子の発現調節に重要な役割を果たしていると考えられる。

(12) 大腸におけるトロンボキサンA2の病態生理機能

酒井秀紀,鈴木智之,竹口紀晃(富山医科薬科大学薬学部薬物生理学講座)

 大腸において,下痢の際には,粘膜のCl-分泌が異常に亢進していることが良く知られている。我々は,Ussingチェンバー法によるラット単離大腸粘膜標本の短絡電流測定,ホールセルパッチクランプ法による大腸腺クリプト細胞の膜電位測定,エンザイムイムノアッセイによるトロンボキサンの定量などにより,アラキドン酸代謝物のトロンボキサンA2が,大腸においてCl-分泌を引き起こす新規生理活性物質であることを発見した。
 興味深いことに,トロンボキサンA2は,プロスタグランジンE2やアセチルコリンなどの場合と異なり,正常な状態では,大腸のイオン分泌には全く寄与していなかった。しかし,抗癌剤の塩酸イリノテカンが引き起こす激烈な下痢 (Cl-分泌) は,トロンボキサンA2の産生を介して引き起こされること,潰瘍性大腸炎の際に病変組織で多量に検出される血小板活性化因子 (PAF) によるCl-異常分泌機構に,トロンボキサンA2の産生が介在していることを発見した。したがってトロンボキサンA2は,大腸の病態生理機能に密接に関連しているものと考えられた。

(13) 腔腸動物ヒドラのぜん動運動について

清水 裕(国立遺伝学研究所,発生遺伝研究部門)

 ヒドラは淡水産の腔腸動物で細胞数は約十万個,しかし多細胞体制を有する動物としては最も下等なもののひとつと考えられてきた。発表者は,高等動物の生理機能の大部分は進化的にヒドラまでさかのぼれるのではないかという観点から様々な基礎研究を行っている。ヒドラの体幹部は円筒形でそのまま消化管となっている。そしてその構造はほ乳類の消化管と非常によく似ている。縦方向と円周方向に互いに直交する平滑筋を持つこと,その内部に散在した神経集網が存在することなどである。ヒドラの消化過程を詳細に調べた例はこれまでなかった。

【本研究の概略】
 我々はその過程が高等動物と比較してどう違うのかを調べようと,もっぱらビデオ観察を行ってきた。その結果,給餌後30分ないし一時間後からぜん動と考えられる現象が観察できた。その際,ヒドラの消化管は閉じているために(前口動物のため)内容物は体腔内を行ったり来たりする往復運動に終始する。このぜん動機構を調べる過程で様々な事実が明らかになっている。そのひとつは神経が完全に欠失した無神経ヒドラでもぜん動が認められた点である。従来のほ乳類の腸管を用いた研究から腸管内に散在する神経集網の関与が不可欠と考えられてきたが,本実験結果はそれと相反する。研究はまだ初期段階であるが,これまでに得られた情報を発表し,専門の方々の助言を頂戴したい。


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