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分子生理研究系

神経化学研究部門

【概要】
 前年に続いて脳機能を分子レベルで理解することを目指して,遺伝子改変マウスの作成,解析を行った。GAD65,GAD67,CaMKII,シナプシンIの発現,役割,リン酸化について以下の知見を得た。

恐怖記憶におけるGABAの関与の解析

Oliver Stork,Simone Stork(Otto-von-Guericke大学,マグデブルグ)
小幡邦彦

 恐怖条件付けを行ったマウスについて,扁桃体の細胞外GABAをマイクロダイアリシス法で経時的に測定した。条件刺激(ブザー音)を与えると,直後より細胞外GABAが最大50 %にまで低下し,この低下は2時間にわたって持続した(Neurosci Lett 327:138, 2002)。扁桃体のGABA含量が半減しているGAD65遺伝子ノックアウトマウスを恐怖条件付けしたところ,野生型マウスに比べて,条件刺激に対して恐怖反応の指標とされるすくみ(freezing)は少ないが,逃避行動(走り回りや跳躍)が出現し,恐怖反応は強いと考えられた(Mol Brain Res 105: 126, 2002)。前年までの研究で,各種情動行動テストにおいて,GABA系が不安,無気力,攻撃性低下等情動へ関与していることが示唆されたが,本年度の研究で恐怖についての知見も加えられた。

GAD67-GFP マウスの組織学的解析

柳川右千夫,小幡邦彦
玉巻伸章(京都大学大学院医学系研究科)

 GABAニューロンを緑色蛍光タンパク質(GFP)で標識することを目的として,グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)67遺伝子にGFP遺伝子をノックインしたGAD67-GFP マウスを遺伝子標的法により作成した。GFPの自家蛍光および抗体を用いた免疫組織化学の2重染色法で解析した結果,GFPの発現するニューロンとGAD67およびGABAを発現しているニューロンとが時空間的に一致することを観察した。また,中枢神経系以外の組織では,GAD67が発現する胎児期の髭と歯牙にGFPの発現が観察された。これらの観察結果は,GAD67-GFP マウスがGAD67やGABAを発現している細胞の解析に役立つことを示唆している。

GAD67-GFP マウスの改良

柳川右千夫,小幡邦彦
宮崎純一(大阪大学大学院医学系研究科)

 GAD67-GFP マウスには,ES細胞でのスクリーニングのためにloxPで挟まれたネオマイシン耐性遺伝子(PGK-neo)が挿入されている。Cre recombinaseが導入されているトランスジェニックマウスとGAD67-GFP マウスとを交配して,GAD67-GFP マウスからPGK-neo遺伝子を削除したマウス(GAD67-GFP (Δneo)マウス)を作成した。抗GFP抗体を用いたWestern法と免疫組織化学法で解析した結果,GAD67-GFP (Δneo)マウスはGAD67-GFP マウスよりGFPの発現が高いことを観察した。この結果は,GAD67-GFP (Δneo)マウスが,GABAニューロンの機能や発生を解析するのにさらに有効な材料であることを示している。

GAD67遺伝子プロモーターの解析

海老原利枝,柳川右千夫,小幡邦彦

 グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD;GAD65とGAD67の2型存在)は,GABAニューロン特異的に発現する。 GAD67遺伝子プロモーター活性を調べる目的で,転写開始点から3.4 kb上流から順次決失させた変異体を作り,ルシフェラーゼ・レポーター遺伝子に連結したコンストラクトを作成した。これらのコンストラクトをGAD67遺伝子が高発現しているレチノイン酸で分化誘導したP19胚性腫瘍細胞,GAD67遺伝子が低レベルで発現している未分化のP19細胞,GAD67遺伝子の発現が認められないNeuro-2a神経芽細胞腫の3種類の培養細胞に上記コンストラクトを導入した。導入した培養細胞のルシフェラーゼ活性を測定した結果,転写開始点より-98から+109までの領域がプロモーター活性に最小限必要であることを明らかにした。

遺伝子変異動物によるCa2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼ II の機能解析

山肩葉子,柳川右千夫,小幡邦彦

 Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII(CaMKII)は,中枢神経系に豊富に存在する多機能型のプロテインキナーゼで,神経活動の制御やシナプス可塑性に深く関わると考えられている。我々はこれまでに,生体内における神経活動とCaMKIIの活性状態との関連を明らかにしてきた。本研究においては,CaMKIIの主要なサブユニットであるαの遺伝子を点変異によって不活性型に変異させたマウスの作製を試み,その解析によって,生体内におけるCaMKIIαの果たす役割について新たな知見の獲得をめざしている。本年度は,相同組換え型のESクローンのスクリーニングを継続すると共に,Creレコンビナーゼによって薬剤耐性遺伝子を除去したクローンのスクリーニングを行い,陽性クローンを複数獲得した。

急性神経活動によるシナプシンIのリン酸化調節

山肩葉子,小幡邦彦

 シナプシンIは神経終末に局在するシナプス小胞結合蛋白として,リン酸化状態依存的に,神経伝達物質の放出調節や神経終末の形態変化に関与すると考えられている。我々は,ラットを用いて生体内におけるシナプシンIリン酸化の調節機構の解明を進めている。急性神経活動活性化のモデルである電撃けいれんでは,海馬,大脳皮質ホモジネート中のシナプシン I のMAPキナーゼによるsite 4/5のリン酸化は,刺激直後の急激な減少に引き続いて,数分後に大幅に増大するといった二相性の反応を示すことを観察している。今回,持続性けいれんのモデルであるカイニン酸によるけいれん重積状態で調べてみたところ,MAPキナーゼの活性が上昇しているにもかかわらず,シナプシンIのsite 4/5のリン酸化は大きく低下していることが明らかとなった。従って,キナーゼの活性を上回るフォスファターゼの活性化が起こるものと考えられた。

グルタミン酸脱炭酸酵素欠損マウスにおける視床扁桃体路興奮性シナプス可塑性亢進機構の解析

兼子幸一,小幡邦彦

 グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)65欠損マウス扁桃体のスライス標本では視床扁桃体路の高頻度刺激によるLTPが亢進する。高頻度刺激時のGABA放出減弱が興奮性シナプス可塑性亢進に関与するメカニズムを解析するために扁桃体外側核主細胞から全細胞記録を行い,GABAB受容体による興奮性シナプスの調節作用を検討した。GABAB受容体拮抗剤CGP55845存在下の野生型主細胞でのLTP増強率はコントロール条件下の変異型と同程度であった。同経路の刺激ではGABAB受容体性応答が観察されないが,EPSCは同受容体作動薬で抑制された。また,同経路の10Hz刺激による活動依存性のEPSCsの抑制はCGP55845で減弱した。以上の結果から,視床扁桃体路の興奮性入力終末のGABAB受容体が異シナプス性にグルタミン酸放出を調節し,GAD65で合成されるGABAがこの調節作用に必要なことが明らかになった。

GFPノックインマウスを用いた扁桃体外側核および基底外側核GABA作動性細胞の
電気生理学的特性とモノアミンによる修飾作用の解析

兼子幸一,小幡邦彦,柳川右千夫

 GABA合成酵素グルタミン酸脱炭酸酵素67遺伝子にGFPを組込んだマウス脳から扁桃体スライスを作成し,全細胞記録でGABA作動性細胞の電気生理学的特性とモノアミンによる修飾作用を解析した。外側核(LA)のGFP陽性細胞は細胞内通電での発火様式から,Fast-spiking (FS) 細胞(平均150Hz)Low-threshold-spiking (LTS) 細胞 (平均100Hz)に分類された。一方,基底核(BLA)にはこの2種に加えてRegular-spiking (RS)細胞が認められた(平均40Hz)。電流固定で5-HTはFS及びLTS細胞の発火頻度を増した。他方,NAは RS細胞の発火頻度は増したが,他の細胞には効果がなかった。以上の結果より,扁桃体LA及びBLAには異なる特性のGABA作動性細胞が存在し,モノアミンは選択的にGABA作動性細胞を興奮させることが明らかになった。

超微小形態生理研究部門

【概要】
 物質輸送に関する研究が主眼である。村上グループは水輸送と開口分泌の研究を行った。外分泌腺では分泌刺激により水輸送と開口分泌が両方活性化されるが,それぞれのエネルギー要求性/相互作用はin vitroでの蛋白分泌と水分泌の同時測定が不可能であるため不明であった。村上は唾液腺血管潅流系を材料に分泌時間経過,形態観察,開口放出関連蛋白,傍細胞輸送の4チームの共同研究グループを組織し,研究を展開した。大橋はエンドサイトーシス経路における選別輸送の研究を変異細胞を用いて行った。

潅流ラット顎下腺における傍細胞輸送経路

村上政隆,大河原浩
篠塚直樹,中村健治(札幌IDL)
Bruria Sachar-Hill, Adrian E. Hill(ケンブリッジ大学生理科学部)

 原唾液は細胞の中からの分泌と傍細胞経路を通過した成分との混合物であり,血液成分が唾液に移行するのはこのためである。平成12年,標識デキストランをプローブとして唾液,潅流液,細胞間液に分布するデキストラン分子のサイズを決定,分子径に対する分泌プローブの唾液/潅流液比は二つの成分にわけることができた。1)自由拡散(Stokes-Einstein)双曲線成分に一致する大きな通過経路を示す成分,2)半径5Åに切片をもつ直線成分で溶媒牽引による成分で,水の分子半径1.5Åでほぼ1の価に外挿された。このことは水のほとんどが細胞間隙/tight junctionを通過することを強く示唆した。
 本年度は,血管灌流ラット顎下腺を用い,刺激の種類強度を変え,血管内より唾液中に移行するブドウ糖,クレアチニン,尿素の動態を観測した。いずれも水分分泌速度が低くなると唾液中濃度は高くなり,灌流液中濃度との相関が低下した。一方,水分分泌速度が高くなると灌流液中濃度との相関が増した。平成12年提出モデルから,分泌速度が高い場合には細胞経由成分より傍細胞経路を移行する化学成分が多くなることが推定され,この条件下で唾液中の糖濃度と血糖が高い相関を持つことが示された。これは血液採取を行わず,唾液糖より血糖を推定する非侵襲法の基礎データとして活用できる。

灌流ラット顎下腺の開口分泌とエネルギー要求性

村上政隆,高木正浩,前橋寛
Alessandro Riva(Cagliari大医,細胞形態学)
瀬尾芳輝(京府医大,生理)

 分泌刺激により水輸送と開口分泌が両方活性化されるが,それぞれのエネルギー要求性/相互作用を検討するため,ラット顎下腺血管潅流標本を用い,水分泌・ムチン分泌・酸素消費の時間経過を測定,βアドレナリン受容体刺激(イソプロテレノールISP)による水分泌と酸素消費の増強効果が低濃度(0.1mM)のカルバコール(CCh)刺激下で確認することができた。従来の結果とあわせ,増強効果が細胞エネルギー供給系の能力により制限される可能性が示唆された。P-31 NMR を用い ATP とcreatine phosphate (PCr) を測定した。ATP,PCrは 1mM CCh と 1mM ISPの混合刺激でいずれも減少した。一方,0.1mM CChと 0.5mM ISP の混合刺激では ATPのみが減少した。これらの観察は水分泌と酸素消費の増強効果は高濃度のカルバコール刺激下ではエネルギー的に制限されている可能性を示している。さらにNMRの知見はATPが開口分泌により細胞から脱出することも示している。Osmiumマセレーション法により分泌顆粒と細胞間分泌細管の連結部を観察した。高濃度のカルバコール刺激下で開口分泌を起こさせると連結部は太くなり,低濃度では細い頚状を呈した。このことは,高濃度刺激では急速に内容物が放出されることを示唆しており,急激にATPが減少することと一致した。

エンドサイトーシス選別輸送のメカニズムの解析

大橋正人,永山國昭

 エンドサイトーシス経路は,細胞の環境応答の前線となっている膜動輸送系である。我々は,エンドサイトーシス経路によるシグナル伝達制御機構とその異常による病態の解明を目指し,この経路の哺乳類変異細胞株を用いて解析を行っている。これまでに,複数の後期エンドソーム過程のCHO変異株を得,レトロウイルスベクターによる発現クローニング法などにより,後期エンドソームである多胞体(MVB)からゴルジに向かう受容体の,MVBからの選別・搬出にコレステロールが必要である事を明らかにした。本年度は,変異株でのMVBからゴルジへの輸送異常を修正する遺伝子産物であり,コレステロール合成系の後期酵素であるNAD(P)Hステロイド脱水素酵素様蛋白質が,後期エンドソームでの受容体選別機能蛋白質であるTIP47と細胞内の脂肪滴表面で共存することを見いだし,脂肪滴と後期エンドソーム選別機能の関連を示唆した。

リアノジン受容体の単粒子解析

松本友治,村田和義,永山國昭
國安明彦,中山仁(熊本大学・薬学部)

 比較的分子量が大きく結晶化の困難なタンパク質,特に膜タンパク質の立体構造解析については,X線結晶構造解析など広く用いられている構造解析の手法を適用するのが困難であり,多くの生理学的に重要なタンパク質の構造解析が手付かずのままとされている。本研究では,新規に導入された電子顕微鏡用トップエントリー式可傾斜型液体ヘリウム温度クライオステージの立ち上げ調整作業と平行して,リアノジン受容体の負染色試料につき電子顕微鏡画像からの単粒子解析による3次元像再構成を試みた。また,無染色氷包埋試料の作成を念頭に置いて単粒子解析に十分な純度でリアノジン受容体を高収量で得る精製法の検討を行ない,常法で用いられているヘパリンカラムを用いたアフィニティー・クロマトグラフィーによる精製段階をゲル濾過で置換することにより良好な結果を得た。目下,氷包埋試料に対する電子顕微鏡画像データ収集を続行中である。

細胞内代謝研究部門

【概要】
 細胞内代謝部門では,生物活性物質や細胞−細胞間刺激に対する細胞の刺激受容機構,細胞内情報伝達機構,細胞機能発現機構を対象とし,特に細胞内カルシウムイオン(Ca2+)の動態を画像解析装置でとらえ詳細に解析して,これらのメカニズムの解明を目指している。毛利と宮崎は尾田正二(東京女子医大)らとともに哺乳類精子抽出物の卵内注入によって誘発されるCa2+オシレーションの解析を行った。毛利,吉友,宮崎は淡路健雄,尾田正二(東京女子医大)らとともに,マウス卵における蛋白質強制発現の方法を確立する実験を行った。吉田は,基礎生物学研究所の檜山武史・渡辺英治・野田昌晴らと共に渡辺らが発見した「濃度依存性Na+チャネル」の機能を画像解析装置を使用して解析した。また,長崎大学医学部の藤村幸一・小野智憲および長崎県諌早市横尾病院の小野憲爾と共同で,難治てんかんに対する脳梁離断術の効果を裏付ける生理学的データをラットを使用した動物実験によって得た。共同研究については,宮崎は精子由来の卵活性化因子の同定と作用機序に関する共同実験を行った。吉田は緒方宣邦(広島大医学部生理学教授)を代表者として「Naチャネルと細胞機能」と題する研究会を開催した。 細胞内代謝部門の現スタッフは,平成8年4月以来6年に亘って部門を担当してきたが,平成14年3月をもって任期終了となった。終了にあたり6年間の活動総括報告書を作成した。人事移動,研究活動(研究テーマ),共同研究(計19件),研究会開催(計8回),生理研国際シンポジウム開催,実験技術トレー二ングコース担当(4回),研究所一般公開分担(2回),研究発表(生理研で実験がなされたもの:原著論文英文6編,学会発表24件;共同研究グループにより実験が主に大学でなされたもの:論文英文39編,学会発表57件)と総括された。平成14年3月9日に生理研において細胞内代謝部門総括・報告会を開催し,部門に籍を置いた者および共同研究に参加した者が18 名集まった。部門の総括,共同研究とその後の発展,近況報告を行った。全体として,活発に研究活動がなされ,共同研究が行われ,充分な成果を挙げたと総括された。このあと懇親会を開き,盛会裏に6年間の業務を終了した。

精子抽出物によって誘発される卵細胞内Ca2+オシレーションの解析

毛利達磨,宮崎俊一
尾田正二,白川英樹(東京女子医)

 マウス卵の受精時,あるいは卵内への精子1個の注入,あるいは精子抽出物の卵内注入によって,反復性の細胞内Ca2+増加反応(Ca2+オシレーション)が誘発され,卵は活性化される。これら3つの条件によって誘発されるそれぞれのCa2+オシレーションを,高速共焦点レーザー顕微鏡あるいは高速画像解析装置を用いて長時間連続記録し,Ca2+動態を時・空間的に画像解析した。当年度はハムスター精子あるいはブタ精巣から抽出物を得,これから粗精製のCa2+オシレーション誘発性蛋白質(即ち卵活性化因子)を分離し,マウス卵に注入してCa2+オシレーションの発生機序を解析した。個々の一過性のCa2+増加は小胞体からのCa2+遊離によるが,細胞外からの持続的なCa2+流入が小胞体にCa2+を取り込ませ,反復するCa2+遊離を維持させることを明らかにした。マウスの未成熟精子(べん毛が未だ形成されない円形精子細胞)の注入ではCa2+オシレーションがおこらず,その後の成熟過程において卵活性化因子が発現することが示された。他方,成熟精子を注入して受精させたマウス卵の細胞質の一部をマイクロピペットに吸引し,別の成熟未受精卵に注入してその卵活性化能を観察した。受精直後の卵の細胞質に卵活性化能が存在したが,雌雄前核が形成されると核の部分に卵活性化能が存在した。精子由来の卵活性化因子は卵の核あるいは核周辺に移行して蓄積されると考えられた。

マウス卵へのmRNA注入による蛋白質発現法の確立

毛利達磨,吉友美樹,宮崎俊一(生理研)
會田拓也,尾田正二,淡路健雄(東京女子医大)

 一般に卵細胞ではmRNAの翻訳が抑制されており,特に哺乳動物卵にmRNAを注入して特定の蛋白質を発現させることは難しい。我々はC末端に約250個のpolyAを付加したmRNAを用いてマウス卵に蛋白質を発現させることに成功した。green fluorescent protein (GFP)の変異体EYFPのmRNAにミトコンドリア移行配列を付加し,さらにlong polyAを付加してマウス未成熟卵に注入し,EYFPの発現を蛍光観察によって追跡した。注入3時間後からEYFPの発現が認められ,時間とともにほぼ直線的に増加して12〜15時間でプラトーに達した。MitoTrackerによるラベルされたミトコンドリアの分布との一致から,ミトコンドリアへの移行が確認できた。この方法を利用して,小胞体への移行配列を付加したCa2+測定用プローブCAMELEONをマウス卵に発現させる実験を行った。しかしこのプローブは小胞体にうまく移行しなかった。卵細胞表面蛋白質CD9は精子-卵融合に関わるとされている。CD9ノックアウトホモマウスの卵子は受精せず,このCD9欠損卵にmRNA注入によりCD9を発現させると,受精が起るようになることを示し,CD9が精子-卵融合に必須な蛋白質であることが確認された。この強制発現法は非常に有用であることが分かった。

濃度依存性Na+チャネルと体液浸透圧調節機構

吉田 繁(生理研)
檜山武史,渡辺英治,野田昌晴(基生研)

 体液浸透圧と体液量の調節は,主として体液組成の主成分であるNaCl濃度によって制御されている。しかし,具体的なNa+濃度検知機構は不明であり,「浸透圧受容器」を持つ細胞が体液浸透圧の検知と制御に関与していると考えられている。
 電位感受性を示すNa+チャネルのクローニングの過程で見つかってはいたものの,電位感受性を持たないために機能不明Na+チャネルと名づけられていたNax (x = unknown)が,我々の研究によって細胞外のNa+濃度上昇を特異的に検知することが判明した。よって,濃度感受性ナトリウムチャネルNac (c = concentration)という新名称を提唱した。Nacは脳弓下器官(subfornical organ)などの血液脳関門を欠く場所の細胞などに存在しているので,「Na+濃度検知モニター」として妥当な機構だと思える。
 「浸透圧受容器はNa+濃度検知の間接機構」であり,「NacはNa+濃度検知の直接機構」であるという「体液浸透圧調節の二重安全機構仮説」を立て,それを検証すべく実験を続けている。

難治てんかんに対する脳梁離断術効果の動物実験による考察


吉田 繁(生理研)
藤村幸一,小野智憲(長崎大)
小野憲爾(横尾病院)

 「脳梁離断術」が薬物治療に抵抗を示すヒトの難治てんかんに対して試みられており,発作波の一側化・非同期化・発作波の頻度減少または完全消失が得られている。このような治療効果は「てんかん発作波が対側に伝わるための伝導路である脳梁の遮断」によると考えられているが,脳梁によって高められていた大脳皮質の興奮性が脳梁離断術で低下するためではないかという仮説を立てて動物実験で検証した。
 全身麻酔下ラットの脳梁右側と左視床外側腹側核に刺激電極を左前頭皮質に記録電極を配置し,大脳皮質興奮性の指標としての視床皮質反応に対する持続的脳梁刺激(2.5-20 Hz)効果を測定した。その結果,脳梁の5-10 Hz刺激によって視床皮質反応が最も増強されることが判明した。脳梁離断術は,大脳皮質の興奮性を高めているtranscallosal volleyを遮断することによって「てんかん発作を抑制」しているのであり,脳梁の機能が単なる「てんかん発作波の対側への伝導」ではないと考えられる。


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