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生体情報研究系

神経情報研究部門

【概要】
 われわれの研究室では哺乳類神経系の発生・分化機構について研究している。特に神経上皮細胞(神経幹細胞)からどのようにして全く機能の異なる細胞種(神経細胞,アストロサイト,オリゴデンドロサイトなど)が分化してくるのか,について興味を持って研究を進めている。また,得られた新しい概念や技術はできるだけ社会の役に立てるよう努めており,臨床研究への応用を視野に入れながら,病態の解析にも努力している。脳神経系の発生・分化を考えるとき,内因的要因(遺伝子に支配されるもの)および外因的要因(外部からの刺激・情報により分化方向が規定されるもの)に分けて考えるのは当然であるが,脳神経系では他の組織の発生とは異なり特徴的なことがある。それは多様性である。一言に神経細胞と言っても顆粒細胞,錐体細胞などいろいろな形態の細胞があるし,大脳皮質の錐体細胞はどの領野の細胞かによりその機能が異なる。また,神経伝達物質の種類も様々である。大げさに言えば,神経細胞は一つ一つが個性を持っており,そのそれぞれについて発生・分化様式を研究しなければならない程である。また,均一であると考えられてきたグリア細胞(アストロサイト,オリゴデンドロサイト)にも性質の異なる集団が数多く存在することも明らかとなってきた。そのため,他の多くの細胞種や組織の分化研究とは異なり,細胞株や脳細胞の分散培養系を用いた研究ではその本質に迫るには限界がある。われわれはin vitro で得られた結果を絶えずin vivo に戻して解析するだけでなく,神経系の細胞系譜の解析をも精力的に行っている。脳神経系への遺伝子導入系として開発した高力価レトロウイルスベクターは癌の遺伝子治療に最適なベクターであるので,グリオーマや肺癌をターゲットとした応用を考えた研究を進めており,臨床応用も間もなくスタートできそうである。また,癌治療の新たなターゲット分子も見いだしたので,その応用も検討中である。
 糖蛋白質糖鎖の解析法を開発し,その生理学的意義について検討している。ヒト正常脳においてはその発現パターンが個人間で驚くほど一定に保たれており,現在考えられているより,もっと重要な役割を果たしていると思われる。事実各種神経変性疾患においてその発現パターンが変化していた。また,癌の転移にも糖蛋白質糖鎖が関与していることを示唆するデータも得ているので,病態時における糖鎖異常に着目して研究している。

オリゴデンドロサイト発生制御機構と脱髄モデルマウスの解析

鹿川哲史,竹林浩秀,和田圭樹,中平英子,清水健史,松本路生,田中久貴,池中一裕

 オリゴデンドロサイトは中枢神経系でミエリンと呼ばれる構造をつくるグリア細胞である。ミエリンは神経細胞の軸索を取り巻くことにより電気的に絶縁し,跳躍伝導という現象を引き起こす構造である。胎生期脊髄ではオリゴデンドロサイト前駆細胞は腹側のごく限られた部位から発生することが知られている。我々のグループは,これまで胎生期脊髄の背側にオリゴデンドロサイト分化を抑制する因子があることを示してきた。今回,脊髄背側に発現するWnt1, Wnt3aに着目しin vitroにおいてこれらがオリゴデンドロサイトの分化を負に制御することを示した。
 また,転写制御因子のOlig2ノックアウトマウスを作製し,この脊髄では,運動ニューロン・オリゴデンドロサイトが存在しないことを明らかにした。つまり,Olig2が運動ニューロン・オリゴデンドロサイトの発生に必須であることを証明した。
 前脳のオリゴデンドロサイトも,脊髄同様に腹側から生み出されるかどうかを検討するために, electropora-tion法とCre-loxPシステムを組み合わせた恒久的な標識法を用いて細胞系譜解析を行った。これまでの結果から,前脳においてもやはり腹側からオリゴデンドロサイト前駆細胞が生み出されることが示唆された。
 本研究室では,既に脱髄モデルマウスであるPLPトランスジェニックマウスを作製し報告している。このモデルマウスに神経幹細胞を移植する系を確立し,移植治療により症状の改善がみられるかどうか検討中である。また,移植後の神経幹細胞がどの細胞種に分化しているか検討している。
 in vivoの中枢神経系(後索路,脊髄前庭路,錐体路)において神経伝達速度の測定系を確立した。さらに,脱髄をおこしているPLPトランスジェニックマウスにおいて,これらの神経路の神経伝達速度を予備的な実験により測定し,速度の低下を確認した。

アストロサイトの分化・発生様式に関する研究

岩崎靖乃,長谷川明子,小川泰弘,竹林浩秀,池中一裕

 アストロサイトの発生は神経細胞の発生と密接に関連しており,神経幹細胞から両細胞の発生は相互に抑制をかけながらどちらかだけ選択的に産生されることが示されてきている。すなわち,アストロサイトの発生・分化調節機構の研究は神経発生全体に大きな意義を有する。
 われわれはアストロサイトの分化誘導因子としてマウスglial cell missing (mGCM)とシスタチンC(CysC)に着目して研究してきた。GCMはショウジョウバエでグリア細胞の分化誘導因子として見いだされたが,mGCMはそのマウスホモログである。mGCMにはmGCMaとmGCMbがあるが,両者とも中枢神経系での発現が認められた。特にmGCMaは神経上皮細胞に強制発現させるとアストロサイトへの分化を誘導できることが分かった。しかし,そのものは通常のアストロサイトの発生様式とは異なる所で発現しており,アストロサイトのサブタイプの発生と関係していることが示唆された。CysCはmGCMaとは異なり,アストロサイトの発生する時期に発生する場所から産生が開始されることが分かった。また,マウス胎児脳初代培養細胞系ではin vivoの発現パターンと対応してCysCが培養液中に放出されること,さらに抗CysC抗体を加えると,アストロサイトの分化が抑制されることが明らかとなった。
 以上のようにアストロサイトにも神経細胞と同様に多様性の存在することが示唆された。そこで,米国ニューヨーク州立大学のMatt Rasbandと共同研究を行い,アストロサイトを認識する多数の新規モノクローナル抗体を用いてマウス脊髄アストロサイトの発生段階における多様性について検討した。その結果,アストロサイトも神経細胞産生ドメインに対応して多様化していることが示唆された。

N結合型糖タンパク質糖鎖の機能解析

藤本一朗,池田武史,石井章寛,佐久間圭一朗,池中一裕

 脳の発生・分化や細胞変性疾患やガン化の機能発現には隣接する細胞との細胞間相互作用として細胞表面を覆うように存在する糖蛋白質糖鎖が重要な役割を担っていると考えられる。我々はこれまでに系統的に糖タンパク質糖鎖をスクリーニングする方法を開発し,その自動化に成功してきた。この方法を用いて正常マウス大脳皮質の発生の各段階における系統的な糖鎖解析を行った結果,脳に特徴的な糖鎖構造が成熟するに従い優位に増加してくることが観察された。パターンの変化を見ただけではなく全体の70%を越える主要糖鎖の構造決定を酵素消化やMALDI-TOF-MSを駆使して行った。この結果,脳特徴的糖鎖が脳の発生・分化および形態形成に重要であると考えられた。さらに本解析法は固定後の組織からも解析可能であるから,ヒトの中枢神経変性疾患の脳内糖鎖解析を行い,細胞を取り巻く糖鎖環境と細胞障害に関係がないかを解析した。細胞障害部位の組織のみならず障害が無いと考えられていたアルツハイマー病の白質領域や多系統萎縮症の灰白質領域においても糖鎖の発現パターン異常が認められた。このことは糖鎖の異常が病態のベースに存在する可能性があり,神経変性疾患の発病自体をも引き起こしている可能性を強く示唆するものであった。次にガン細胞の糖鎖とガン転移臓器の特異性を知る目的で,B16メラノーマの転移実験を行った。マウス尾静脈から注入したB16細胞は肺および脾臓に高頻度で生着した。培養B16細胞と肺から摘出してきたB16転移組織の糖鎖解析を行った結果,多くの糖鎖構造が培養時と肺生着時においては変化し,その変化は必ず肺組織の糖鎖発現パターンに近づく方向であった。この結果からガン細胞の転移もしくは生着にも細胞表面糖鎖が重要であることが示唆された。一つの糖鎖構造の生合成に数十種類の糖転移酵素が必要であり,今後は酵素群の網羅的遺伝子発現の解析が不可欠と考えDNAアレイの作成を行った。報告されているマウス糖鎖生合成酵素遺伝子の137遺伝子中108個までクローニングが終了した。実験条件の検討を行い最適条件を見出した。数個の報告されている糖転移酵素遺伝子発現のノーザン解析結果と同じ結果が得られ,網羅的遺伝子発現解析が可能となってきた。

癌遺伝子治療の基礎研究

片倉浩理,河野洋三,池中一裕

 我々は,以前Serial Analysis of Gene Expression (SAGE)法を用いて悪性グリオーマに高発現する腫瘍特異抗原MAGE-E1をクローニングした。その後Human BAC cloneを用いたゲノム構造解析にて,その構造はMAGE-Dに酷似しており,遺伝子座に於いてもXp11と同一であることを見出した。
 MAGE-E1に対する3種類のペプチド性抗体を作製し,MAGE-E1蛋白質の構造を明らかとした。さらに,免疫組織学的な解析からMAGE-E1が細胞周期調節へ関与しているとことが予想された。MAGE-E1の細胞死や細胞周期調節への関与を明らかにすることにて,癌治療の臨床において診断に,更に遺伝子治療の分子標的として応用できるものと考えている。
 われわれは高力価レトロウイルスベクターを用いた癌の遺伝子治療法の開発に取り組んでいるが,本年度はPEG-PLL(polyethyleneglycol polyLysine)によるさらなる力価向上に関して検討した。PEG-PLLをレトロウイルスベクターの感染時に共存させるとその力価を高めたが,この効果はレトロウイルスベクターを遠心しても変わらなかった。すなわち,PEG-PLLはウイルス表面を恒久的に修飾していることが明らかとなった。この操作で毒性を増すことなく,感染効率を高めることに成功した。

液性情報研究部門

【概要】
 液性情報研究部門では,分子生物学的手法と生理学的手法を用いて,脳神経系における情報の伝達および統合のしくみを,分子・細胞のレベルから理解することを目的として研究を行っている。神経伝達物質受容体・イオンチャネルなどのシナプス間情報伝達に重要な役割を果たす分子,なかでもカルシウムシグナリングに関係する分子群,を主要な研究の対象としている。分子生物学的な技法を用いてこれらの分子の特性を解析するとともに,実際の生きた体の中でこれらの分子が果たす役割を理解することを目指している。その一手段として,自然発症の遺伝子変異もしくは遺伝子改変モデル動物を用い,分子の機能を正常コントロールと比較し,複雑な生体システムにおける分子の機能を明らかにしてきている。最近では,機能分子の異常により神経変性疾患が起こることが知られてきており,モデル動物の研究は単に分子機能の理解だけではなく,病態の解明にもつながる可能性がある。

P/Q型電位依存性Ca2+チャネル変異マウスにおけるシナプス伝達の変化

松下 かおり,Kadrul Huda,井本 敬二

 電位依存性Ca2+チャネルは,細胞膜の脱分極により開いてCa2+を細胞内に透過させ,細胞内の様々なCa2+依存性の生理現象を引き起こす。電位依存性Ca2+チャネルには多くのサブタイプがあるが,疾患には中枢神経系の主なCa2+チャネルであるP/Q型 Ca2+チャネルが一番深くかかわっており,このチャネルをコードするα1Aサブユニット遺伝子の変異は,ヒトやマウスの小脳失調症や,ある特定の変異においては欠神発作も合わせて引き起こすことが知られている。変異マウスはとりわけヒトのチャネル病疾患の理解あるいは診断や治療に向けた研究をするにあたって貴重なモデルとなりうる。
 tottering (tg)及びrolling Nagoya (tg rol)は,P/Q型 Ca2+チャネルのα1Aサブユニット遺伝子内にそれぞれ異なるアミノ酸変異をもつ自然発症型の変異マウスであるが,症状の程度や発症時期が異なる。このような違いが生じるメカニズムはもとより,遺伝子変異が小脳に多数存在するシナプスにどのような変化を生じさせ,失調症発症に至るのかは不明であった。
 小脳皮質プルキンエ細胞に投射する興奮性シナプスである平行線維及び登上線維からのシナプス伝達の変化を,変異マウス小脳のスライス標本を用いてパッチクランプ法で比較検討してきた。その結果,平行線維-プルキンエ細胞シナプスは,小脳失調症発症に伴ってその機能が低下していくことが明らかになったのに対し,登上線維-プルキンエ細胞シナプスでは予想に反してその機能が維持されていただけでなく,小脳失調症がより重篤であるtg rolマウスではシナプス伝達が亢進していた。その原因は,プルキンエ細胞のAMPA感受性の亢進,シナプス伝達に寄与するCa2+チャネルサブタイプ構成の変化,及びプルキンエ細胞樹状突起の異所性シナプス形成という,遺伝子異常による細胞体に流入するCa2+減少の2次的な影響であるらしいことが明らかになった。
 また視床から大脳皮質への投射でもシナプス伝達の異常が明らかになってきており,てんかんなどの神経症状との関係を検討していく予定である。

GFPを用いた蛍光カルシウムプローブ,G-CaMPの開発

中井淳一,大倉正道,井本敬二

 GFPはオワンクラゲ由来の緑色蛍光蛋白である。我々はGFP,カルシウム結合蛋白であるcalmodulinおよびその相互作用ペプチドであるM13を遺伝子操作により改変融合し,細胞内のカルシウムイオン濃度をリアルタイムに測定するための蛍光プローブ,G-CaMPを開発した。
 これまでにも同種のプローブは開発されていたが,今回我々が開発したG-CaMPは以前のものに比べて約30倍もカルシウムイオンに対する感受性が高く,G-CaMPを用いることによって以前のプローブでは観察できなかった現象を容易に観察できるようになった。例えばG-CaMPを培養したマウスの骨格筋細胞に発現させたところ,細胞内のカルシウムイオン濃度変化を蛍光顕微鏡を通して肉眼でもリアルタイムに観察することができた。

カルモデュリンによる電位依存性イオンチャネルの制御機構

森誠之,井本敬二

 電位依存性イオンチャネルの制御機構のひとつとして,カルモデュリンによる直接的相互作用があきらかになってきた。これまで,一般的にカルモデュリンはカルシウムと結合した後,不特定多数のターゲット分子に働きかけると考えられてきたが,電位依存性イオンチャネルの場合,カルモデュリンが常に直接的にチャネルに相互作用しており,カルシウムと結合することで,即座にそのイオンチャネル自身を制御することが明らかになりつつある。このような電位依存性イオンチャネル特にCa2+チャネルやNa+チャネルに対するカルモデュリンの作用はこれまで明らかになっている作用メカニズムと一線を画するものであると考えられる。更にCa2+チャネルの場合このようなlocalな場所での制御機構が,新たな遺伝子の発現にも関係していることも明らかとなってきた。我々はこの様に神経細胞のlocalな場におけるカルモデュリンによるイオンチャネルの制御機構の解明を目的に実験を行ってきた。我々は神経型の電位依存性Na+チャネルのカルモデュリン結合部位(IQ-region)に変異を導入したところ,電位依存性の不活性化に変化を見出した。そこで,相互作用の詳細を捕らえるため,更に構造化学的視点から研究を行った。その結果,カルモデュリンは主に,カルシウムと高い親和性をもつC-terminal ドメインを介してNa+チャネルと結合し,カルシウムと結合した後,N-terminalとC-terminalの両方に抱きかかえられる構造に変化し,作用をもたらすことが明らかとなった。また興味深いことに,他のCa2+カルモデュリンに対するターゲット分子が存在していても,Na+チャネルとカルモデュリンの結合はほとんど影響を受けないlocal な場での相互作用を生化学的実験で再現することができた。より詳細な結合様式の解明を今後の研究課題としている。

高次神経機構研究部門

【概要】
 本研究部門ではヒトが含まれる哺乳動物の脳機能がどのような分子メカニズムにより形成,制御されているかを解明することを目的とし,脳構造形成および神経回路網形成・再編成に関わる分子の探索および解析を行っている。特に脳機能関連遺伝子を欠損させたマウスを作製することによる解析を行っている。非受容体型チロシンリン酸化酵素Fynの欠損マウスでは情動行動や哺乳行動において異常が認められた。Fynを介する情報伝達系に注目し,Fyn結合分子の解析をおこない新規カドヘリン型受容体であるCNR ファミリーを見いだした。この CNRファミリーはマウス脳に発現する多様化した分子群である。CNRゲノム構造は免疫系での記憶に関わる免疫グロブリンの遺伝子クラスター構造に類似しており,また,CNR遺伝子産物は神経細胞により発現の組み合わせがあることが明らかにされている。さらに,CNRファミリーは大脳皮質層構造形成機構に必須のReelin分子の多重受容体として機能していることを明らかにしている。以上のことよりCNRファミリーの発現制御と分子機能の解析により,脳形成や機能発現における個体発達過程での神経細胞の多様化機構および脳の複雑化の分子メカニズムが明らかになるのではないかと考えている。

CNR分子多様性における機構解析

先崎浩次,八木 健

 マウスCNRは14種類のサブタイプが存在し,マウスゲノム上にCNR遺伝子クラスター構造を形成している。CNR分子群の分子多様性の機能を明らかにすることを目的として,(1)CNR遺伝子多重欠損マウスの作製および,(2)各CNR分子特異抗体作製の2つのアプローチによるCNR分子多様性の機能解析を行っている。CNR多重欠損マウスの作製にはマウスCNRゲノム構造を利用し2ヶ所にloxP配列を遺伝子ターゲティング法により導入しCre-loxP系を用いてCNRサブタイプを複数欠損させるマウスの作製を行った。また,各CNR特異抗体作製においてはラットモノクローナル抗体8種とおよびウサギポリクローナル抗体10種が作製でき,これらの抗体を用いて免疫染色法によりマウス発生過程での各CNR蛋白質の発現・局在解析を行っている。

マウス嗅球での周波数帯によって分離される独立な2つの経路

田仲祐介,八木健

 遺伝子と行動との関係を明らかにするために,マウスはターゲッティングなどの遺伝的・分子生物学的な手法を用いて,個体レベルでの表現型としての行動異常の解析が可能である。しかし,行動を制御しているのは中枢神経であり,処理を行うのはそこでの神経回路網である。この観点から,In vivoでのマウス中枢神経系からの神経活動の記録・解析系を確立させた。この過程の中で,マウス嗅球にて低濃度刺激によって誘発される神経活動(LFP)を見いだした。この活動は,従来に報告されている嗅覚性誘発活動(誘起波)より低い周波数帯(7-14Hz)にピークが見られる。さらに垂直多点電極を用いて,この活動が糸球体層と僧帽細胞層の間に由来することを見いだした。また,この低周波活動中でのスパイクの有意な増大は見られなかったが相関を示した。これらの結果は,嗅球において周波数帯によって分離される独立な2つの経路が存在することを示し,低周波発振器(Low Frequency Oscillator)として中枢神経系において機能していることが示唆される。

遺伝子変換ラット作製系の開発

金子涼輔,八木健

 今後,高次脳機能発現における遺伝子機能を調べていく際に必須となる遺伝子変換ラット作製系の開発を行っている。遺伝子変換動物作製法には大きくわけて2つの方法が知られており,一つは遺伝子変換体細胞核を用いたクローン動物作製による方法である。マウスを用いた検討の結果,クローン動物作製のための核ドナー細胞としては神経幹細胞が優れていることがわかった。そこで,ラット神経幹細胞の培養方法を確立し,遺伝子導入方法を検討したところ,電気穿孔法を用いて高効率に遺伝子導入することに成功した。現在は神経幹細胞を用いたクローン動物作製を行っている。一方,もう一つの方法は遺伝子変換ES細胞を用いたキメラ動物作製である。現在はラットES細胞樹立の検討を進めている。

中枢神経系におけるCNRの体細胞突然変異の解析

平山晃斉,八木 健

 CNRファミリーは中枢神経系に強い発現を示し,遺伝子構造は可変領域と定常領域とからなる免疫グロブリンの遺伝子構造に類似している。この特徴的な遺伝子構造から中枢神経系の多様なネットワークを担う分子の一つとして注目されている。CNRの発現メカニズムを調べる目的で転写産物の解析をおこなった結果,興味深いことに,CNRの転写産物には通常より高い体細胞突然変異が認められ,変異率が脳の発生が進むにつれて蓄積すること,変異はAからG,UからCへの割合が高く塩基置換に偏りがあることが明らかになった。また,塩基置換に伴うアミノ酸置換を調べた結果,CNRの機能に重要であると考えられるEC1ドメインに高いアミノ酸置換を認めた。以上の結果から,脳の発生に伴ってCNRの転写産物に体細胞突然変異が起きている可能性が示された。

ゼブラフィッシュCNRの機能解析

多田基紀,八木 健

 CNRはカドヘリン様受容体遺伝子群で,神経細胞で発現し,マウスでは大脳層構造形成に働いていることが知られている。私はWhole mount in-situ hybridization法を用いて,発生段階におけるゼブラフィッシュCNR遺伝子の時間的,空間的発現パターンを明らかにした。この結果,神経組織の発生時期・領域,神経細胞分化時期・領域と一致してCNRの発現が見られることを明らかにした。また,ゼブラフィッシュにおいて利用可能なことが知られているMorpholinoアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いて,CNRタンパク質発現阻害を行うことでCNRの機能解析を行った。この結果,受精後24時間胚において神経細胞分化の起こる領域に同調してアポトーシスによる細胞死が観察された。

情報記憶研究部門

【概要】
 本部門では「神経幹細胞の分化・発達−再建医学への応用」というテーマで研究を行っています。
 高齢化社会となった今日,いろいろな脳機能障害で悩む人が増え,障害脳機能を神経移植によって再建しようとする再生・再建医学が注目されています。
 神経幹細胞は,EGF/FGF存在下の無血清培地中で無限に増殖し,年単位にわたって自己再生能を維持します。大量に調整することが出来るので,神経移植における有力なドナー細胞候補です。しかし分化の段階で,大半の神経幹細胞はニューロンでなくグリア細胞になります。したがって,(1)グリア細胞でなくニューロンに分化させる手だて,さらに(2)ドーパミン,GABA,コリン作動性など,目的とする表現型のニューロンへ分化させる手だて,の研究が必要となります。
 われわれは,神経幹細胞の分化に外部環境因子が大きな影響をもつことを明らかにしました。胎仔ラットの中脳腹側部から得た神経幹細胞を,EGF/FGF存在下で増殖させ,片側パーキンソン病モデルラットの両側の線条体に移植すると,正常側の線条体より,ドーパミン入力を欠如した側の線条体で,より強くTH陽性ニューロンへ分化しました。これは,ドーパミン入力を欠如した線条体の環境が,中脳神経幹細胞をドーパミンニューロンへ分化させるのに適していることを示します。すなわち,内因性の遺伝子プログラムに,外因性の環境因子が作用し,分化が完成します。
 神経幹細胞からニューロンへの分化・発達機構の解明と神経幹細胞の移植による機能の再建を目指しています。


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