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統合生理研究施設

高次脳機能研究プロジェクト

【概要】
 2001年(平成13年)度,2月に部門創設時以来の中核メンバーであった斎藤康彦助手が群馬大学医学部生理学第二講座講師に転出し,代わって4月より米国・シアトルのワシントン大学より帰国した関和彦助手が着任した。
 従来の眼球サッケード運動の制御機構を局所回路のレベルから行動レベルまで一貫した理解をする,というプロジェクトはさらに新しい実験系が増えて,展開が開かれた。スライス標本を用いた研究は非常勤研究員の遠藤利朗が神経化学部門の柳川助教授によって開発された,GABA作動性ニューロンがGFPの蛍光を発するGAD67-GFPマウスを用いてさらに新しい展開を見せた。また総研大大学院生の坂谷智也はマウスの急速眼球運動を高速ビデオカメラを用いて240Hzの時間解像度で記録,解析するシステムを完成させ,新たにマウスの行動モデルが加わった。また総研大大学院生の勝田秀行は,麻酔・非動化したラットで視神経刺激に対する上丘のフィールド電位応答を記録し,薬理学的な実験を行う実験系を完成させ,whole animalでの神経回路の解析が可能になった。また小林康助手に学振特別研究員の井上由香と総研大生の渡辺雅之が加わったグループはサルの慢性行動実験をさらに発展させた。またHuman Frontier Science Programの国際共同研究でスウェーデンのAlstermark教授らと行っている共同研究による,サルにおいて錐体路の効果を上肢筋運動ニューロンに伝播する脊髄介在ニューロン系の解析がさらに進展し,脊髄による運動制御を専門とする関助手の加入によって脊髄による上肢運動制御機構の解析も部門の主要研究課題のひとつに加わった。

上丘浅層のGABA作動性,非作動性細胞に対するアセチルコリンの作用

遠藤利朗,伊佐 正
柳川右千夫,小幡邦彦(神経化学部門)

 GAD67遺伝子にEGFPをノックインしたマウスにおいて(生後4−9週齢)上丘スライスを作成し,GABA作動性ニューロンと考えられるGFP(+)ニューロンと興奮性ニューロンと考えられるGFP(-)ニューロンからwhole cell記録を行い,ACh 1mMのパフ投与に対する効果を調べた。
 GFP (+)ニューロンはACh投与に対して一過性のinward currentを生じ,それらはmecamylamine 10 μMによって抑制された。それに対してGFP (-)ニューロンにはACh投与に対してmecamylamineで抑制される一過性のinward currentを示すものの他に一過性inward currentに引き続きoutward currentを示すものが多く見られた。このoutward currentはCl-の反転電位(-88 mV)付近で反転し,bicuclullineによって抑制された。またこれらのニューロンのinward,outward currentはいずれもmecamylamineによって抑制された。従ってこのoutward currentはACh投与に対するGABAニューロンの興奮性応答によって2次的に誘発されたものと考えられたが,このoutward currentはTTX0.25 μM 存在下でも観察された。従って,これまでの解剖学的知見と綜合して考えるとAChは軸索伝達を介さずにhorizontalないしはwide field multipolar cellから興奮性出力細胞にいたるaxo-dendriticまたはdendro-dendritic synapseからのGABAの放出を促進するように作用すると考えられた。このように二丘傍体から上丘浅層への投射は興奮性出力細胞を脱分極させるとともに側方抑制も促進するので視覚応答のcontrastを増強する働きがあるものと考えられる。

サルの上肢運動ニューロンを制御する脊髄固有ニューロン系の解析

Bror Alstermark (スウェーデン,ウメオ大学)
大木 紫(杏林大・生理)
伊佐 正

 皮質脊髄路が運動ニューロンに直接結合しないネコにおいては,頚髄C3-C4髄節の脊髄固有ニューロンが皮質からの運動指令を上肢筋運動ニューロンに中継し,上肢到達運動を制御することが知られている。それに対して皮質脊髄路が運動ニューロンに直接結合する霊長類における脊髄固有ニューロン系の存在とその役割は永年にわたり不明だった。近年Lemonらは麻酔下のマカクザルにおいて上肢筋運動ニューロンから細胞内記録を行い,錐体路刺激の効果を調べ,殆どの細胞において単シナプス性EPSPと2シナプス性IPSPのみが記録され,2シナプス性 EPSPが記録されなかったと報告したが,最近我々はストリキニンを静注するとほとんど全ての運動ニューロンでC3-C4髄節の固有ニューロンを介する2シナプス性EPSPが記録されることを報告した(Alstermark et al. 1999)。そして今回,αクロラロースで麻酔し,非動化したニホンザルにおいて上肢筋運動神経核の電気刺激で逆行性応答する脊髄固有ニューロンからの細胞外,細胞内記録を行った。すると,細胞外記録でみると,これら脊髄固有ニューロンの多くは錐体路電気刺激によって順行性応答しなかったが,ストリキニンの静脈内注射によって発火するようになった。そして細胞内記録を行うと,短シナプス性EPSPに引き続き,IPSPが観察された。したがって,皮質脊髄路は脊髄固有ニューロンを単シナプス性に活性化すると同時にfeedforward inhibitionをかけること明らかになった。

上丘局所回路における層内興奮性結合によるバースト生成機構

斎藤康彦,伊佐 正

 今回,我々は,哺乳類上丘中間・深総におけるバースト発火生成機構を解明するために,ラット上丘のスライス標本において浅層,中間層ニューロンからホールセル記録を行い,視神経刺激に対する応答を調べた。bicuculline投与によってGABA作動性の抑制を除去すると,中間層ニューロンでは刺激強度がある閾値を越えたとたんに単発刺激に対して数百ミリから1秒を超える脱分極と20−30発の活動電位の発射応答が見られるのに対して,浅層ニューロンは若干応答を増大するだけであるという際立った違いが見られた。このような中間層ニューロンの非線形的な刺激―応答関係は,個々のニューロンのintrinsicな性質ではなく,NMDA受容体を介するシナプス伝達,及び神経回路レベルの構造によることが,APVの投与,及び以下の実験結果から示唆された。上丘浅層,中間層における近傍に位置する2個のニューロンから同時にホールセル記録を行った。そしてbicucullineを投与,さらに細胞外液のMg濃度を下げると,中間層のニューロンでは,2個のニューロンは相互の直接の結合がなくても同期して脱分極を繰り返したが,浅層ニューロン同士ではほとんど起きなかった。また中間層のみのブロック内でもこのような同期的脱分極は起きたが,浅層がつながっているほうがより頻繁に起きた。以上の結果より,基本的には中間層における興奮性結合によって結ばれたニューロン集団の存在とそこにおけるNMDA受容体を介するシナプス伝達が,上丘における非線形的感覚・運動変換ゲートの実体であり,このゲートは,GABAによる抑制が解除された状態で浅層から入力するトリガー信号によって開かれることが明らかになった。

マウスの上丘電気刺激によって誘発される急速眼球運動について

坂谷智也,伊佐 正

 頭部を固定したマウスの眼球を高速度赤外線ビデオカメラで測定し,240Hzの時間解像度でonlineで解析するシステムを開発した。このシステムは市販の高速アナログCCDカメラとIBM-PC上で走るイメージプロセッサーから構成される。基本的にはマウスの瞳孔を円でフィッティングし,中心の動きを角度に変換するこのシステムを用いたマウスの上丘の深層を連発刺激した効果を調べたところ,反対側に向かうサッケード様の速い運動が誘発されることが明らかになった。この眼球運動の振幅と最大速度の間には霊長類で既に報告されているmain sequenceに相当するような比例関係が見られた。さらに
 誘発されるサッケードのベクトルは刺激位置に関係しており,吻側では小さく,尾側では大きい,また内側では上向き,外側では下向きの成分を持つことが明らかになった。これらは既にサルやネコで報告されているのと同様なマップ構造である。以上のことからマウスにもサルやネコと同様なサッケード生成機構があり,上丘の電気刺激によって眼球のサッケード運動が誘発できることが明らかになった。

中脳ドーパミン細胞においてニコチン受容体活性化に伴って誘発されるfulfenamate感受性電流

山下哲司,伊佐 正

 生後14−17日齢のラットの中脳スライス標本においてドーパミン細胞からwhole cell記録を行い,膜電位固定下(-60 mV)にてACh 1 mMをpuff投与すると,ニコチン受容体を介する内向き電流が記録されるが,我々はこれまでの研究でこの内向き電流成分には,ニコチン受容体の活性化に伴って細胞内に流入するCaによって二次的に活性化される電流成分が含まれていることを明らかにしてきた。この電流成分はfulfenamate (FFA)やphenytoinに感受性を持ち,-40 mVから-80mVの間でnegative slope conductanceを有することから,ドーパミン細胞の脱分極応答を顕著に増強する作用があることが示唆された。今回,ニコチン受容体を介して流入するCaがこのFFA感受性電流を活性化する過程にcalmodulinが関与する可能性を検討するため,calmodulinのblockerであるW-7, trifluoperazineを投与したところ,FFA感受性電流は焼失した。そしてこれらのcalmodulin blockerによって抑制される電流成分もまた-40 mVと-80mVの間でnegative slope conductanceを有していた。以上の結果から,ニコチン受容体を介して流入するCaがFFA感受性電流を活性化する過程にcalmodulinが関与する可能性が示唆された。

感覚・運動機能研究プロジェクト

【概要】
 統合生理研究施設 感覚・運動機能研究プロジェクトは,脳波と脳磁図を用いてヒトの脳機能を非侵襲的に研究している。2001年度の最も重要かつ大きな出来事は,2002年度予算で新しい全頭型脳磁計の予算申請が認められたことである。現在使用している機器は直径14cmで頭部の1部を測定するタイプである。1991年に1基がそして1994年にもう1基が導入され,両側半球の同時計測が可能となった。しかし,最近開発されてきた全頭型の機器に比し,ハード,ソフトの両面において老朽化は免れないものとなってきた。特に問題となるのは,脳全体の活動を同時に記録する事ができないため,後頭葉から前頭葉に至る複数の脳部位が活動していると思われる高次脳機能の解析には大きな制限が伴う事である。実際,全頭型を使用していない,という理由でrejectされた論文もあり,今回の予算措置は極めてタイミングの良いものであった。また,これは生理学研究所における過去10年間の脳磁図研究の成果が認められた事をも示すものであり,佐々木和夫先生(現生理学研究所所長)が創立,育成された統合生理研究施設の1つの区切りともなるものである。
 2001年度は,これまで行なってきたテーマを持続しての研究が多く,新しい機器の導入を控えて,現有機器を用いての研究の集大成の時期でもあった。英文原著論文は16編を発表し,その内訳は,体性感覚系が5編,痛覚系が2編,視覚系が3編,聴覚系が2編,高次脳機能が4編であり,広範囲にわたっている事が特徴である。新しい研究として特筆できるのは,末梢神経C線維を選択的に刺激する方法を開発し,second painに関連すると思われる脳活動の解析が可能となったことである。現在諸外国からも多くの問い合わせや訪問見学希望があり,さらに研究を発展させていきたいと考えている。

視覚性運動検出に関与する脳活動の脳磁場による測定

金桶吉起,王 麗紅,川上 治,Lam Khanh,丸山幸一,久保田哲夫

 運動している物体の視覚性認知に関わる脳の部位は実験動物でよく研究されており,また最近の機能的磁気共鳴画像によるヒトでの研究も盛んに行なわれている。しかし,両者の研究においても不足している知見は,運動知覚や認知がどのような神経活動の時間過程で起こるかということである。我々は脳磁場測定の高い時間分解能をもって,様々な角度からこの問題に挑戦している。仮現運動は,二つの物体が交互に点滅するとき滑らかな運動知覚を誘発する現象で,運動知覚のための最小限の視覚情報を有する刺激である。これを利用して,その知覚に関与する脳部位と神経活動の時間的変化を測定した。Ternus display を用いて,3つの横に並んだマルが3つとも動いて見えるときと,端の一つのみ動いて見えるときの神経活動の違い,それに関わる脳部位を脳磁場と機能的磁気共鳴画像にて同定した。また,Random dot display にて,仮現運動が誘発されるときとされないときの脳活動の違いから,いつどこで運動知覚が生じるかを検討した。実際運動刺激として,レーザー光の光点を広い範囲の速度で動かし,その運動検出に関わる部位と,神経活動の運動速度との関係について明らかにした。またRandom dot kinematogram を用いて,全体として方向を持たないドットの運動速度情報も脳に正確に表現されていることを明らかにした。

顔認知初期過程における「視線」の影響

渡辺昌子,三木研作,柿木隆介

 我々はヒトの顔認知機構について脳波と脳磁図を併用した研究を進めている。ヒトにとって「顔」の中でも目,特に「視線」は,見る者の感情に影響を与えまた社会的なコミュニケーションを取る上で重要な役割を果たしており,その心理学的な意味については様々な報告がある。今回我々は,脳波で記録される顔認知の初期誘発反応が「視線」によりどのような影響を受けるか検討した。頭皮上に記録電極をおき,「目が合っている顔」「目がそれている顔」を視覚刺激として用いた。後頭側頭部から顔認知成分とされるN190が記録され,その振幅は左半球よりも右半球で大きく「顔認知は右半球が優位」というこれまでの報告と合致した所見であった。N190の潜時,振幅を各刺激条件間で比較検討した結果,反応潜時に有意な違いは認められなかったが,振幅は「目がそれている顔」で誘発される反応のほうが「目が合っている顔」よりも有意に大きかった。これまで動物実験や他のイメージング的手法を用いた研究でもSuperior temporal sulcus (STS)が視線の認知に深く関与しているという報告がある。N190には顔認知中枢とされる側頭葉腹側,Fugiform gyrusの活動のみならず,このSTSにおける視線の認知活動も反映されているものと考えられた。(Watanabe et al., Neurosci. Lett. 325 163-166 2002)

Conduction velocity of the spinothalamic tract in humans as assessed by CO2 laser stimulation of C-fibers

Yunhai Qiu, Koji Inui, Xiaohong Wang, Tuan Diep Tran, Ryusuke Kakigi

 We measured the conduction velocity (CV) of C-fibers in the spinothalamic tract (STT) following stimulation with a CO2 laser using a new method. We delivered non-painful laser pulses to tiny areas of the skin overlying the vertebral spinous processes at different levels from the 7th cervical (C7) to the 12th thoracic (T12), and recorded cerebral evoked potentials in 11 healthy men. We used the term ultra-late laser evoked potentials (ultra-late LEPs), since the peak latency was much longer than that for conventional LEPs related to Ad-fibers following painful laser stimulation (late LEPs). The mean CV of C-fibers in the STT was 2.2±0.6 m/s, which was significantly lower than the CV of the Ad-fibers (10.0±4.5 m/s). This technique is novel and simple, and should be useful as a diagnostic tool for assessing the level of spinal cord lesions. (Qiu et al. Neurosci. Lett. 311:181-184, 2001)

C線維を上行する信号による大脳活動

Tuan Diep Tran,乾幸二,宝珠山稔,Lam K,秋云海,柿木隆介

 痛覚関連の脳内情報処理機構についての研究はほとんどがA-delta線維を介するfirst pain を対象としており,C線維関連のsecond pain を対象としたものは極めて少ない。本研究はC線維を介する痛覚情報の初期大脳反応を明らかにした初めての報告である。小さな皮膚領域に炭酸ガスレーザーを照射する方法を用いてC線維を選択的に刺激し,それによる大脳活動を脳磁図を用いて記録した。最も早く出現する磁場成分1Mについて信号源解析を行った。刺激対側半球では第二次体性感覚野(SII)単独,もしくはSIIと第一次体性感覚野(SI)2信号源からの活動が認められた。SIとSIIとの間で,活動の立ち上がりと頂点潜時に差はなかった。刺激同側ではSII単独の活動が認められ,その頂点潜時は刺激対側と比べ有意に遅かった(18ミリ秒)。これらの所見より,C線維関連活動の大脳情報処理の第一段階は,時間的に平行するSIとSIIの活動であると考えられた。これらの結果は,first pain のSI,SIIでの情報処理が平行しており,従ってそれぞれが視床から直接入力を受けているとされる近年の研究報告と類似する。

C線維関連レーザー誘発脳電位への注意,非注意および睡眠の効果

秋云海,乾幸二,王曉宏,Tuan Diep Tran,柿木隆介

 小さな皮膚領域に炭酸ガスレーザーを照射し得られたC線維関連レーザー誘発電位(LEP)に対する注意,非注意(暗算)および睡眠の及ぼす影響を検討した。対象は10名の健康成人。C線維関連LEPの電位はコントロールと比べ,注意時にわずかに増加し,非注意時に有意に減少した。Stage1睡眠では著明に減少し,5名でほぼ消失した。しかしながら,潜時に有意な変化は認められなかった。Stage2睡眠では全例で消失した。
 これらの結果より,C線維を介して上行する信号による脳反応は覚醒度に大きく影響を受けることが確認された。同様のことはA-delta線維についても報告されている。この研究は意識レベルに関連したC線維関連LEPの初めての報告であり,またこの反応が認知機能を含んでいることを初めて示したものである。C線維関連LEPは研究目的のみならず臨床場面でも非常に有用であると考えられるが,これを用いる際には被験者の覚醒度に十分有意を払う必要があると思われる。

痛み関連誘発脳電位に及ぼす睡眠の効果

王曉宏,乾幸二,秋云海,宝珠山稔Tuan Diep Tran,柿木隆介

 痛覚情報処理過程に及ぼす睡眠の影響は研究手段を問わずほとんど報告がない。本研究では,左手指の強い電気刺激による痛み関連誘発脳電位を記録し,睡眠の及ぼす影響を検討した。本刺激法の最大の利点は触覚に関わるA-beta線維と痛覚に関わるA-delta線維の両者を刺激することができ,従って睡眠がそれぞれに対して及ぼす影響を知ることができる点である。痛み閾値以下の低強度刺激では早,中期成分であるN20,P30,N60(C4)が記録された。高強度刺激ではこれらの成分に加え,痛み特異成分N130とP240(Cz)が誘発された。睡眠時にはN20,P30はほとんど変化なく,N130とP240は振幅が著明に減少もしくは消失した。N60はわずかではあるが有意な振幅減少を示した。これらの結果より1)N20,P30はA-beta線維を介する信号の初期SI成分である,2)N60はSIの二次成分でありある程度認知機能を有する,3)N130とP240はA-delta線維を介する痛み特異的成分であり,認知機能と深い関わりを持っていると考えられた。

単語ならびに非単語に誘発された脳磁場に対する刺激反復の効果

関口貴裕(東京学芸大学教育学部心理学科)
小山紗智子,柿木隆介

 視覚単語認知に関する研究は,単語の反復提示が単語認知課題のパフォーマンスを向上させることを報告している。本研究では,この単語反復効果が脳のいかなる活動の変化を反映したものであるかを,脳磁図を用いて検討した。そのために,単語,ならびに発音可能な非単語を8語の間隔をあけて2回提示し,初回提示に対する脳磁場と二回目提示に対する脳磁場の比較を行った。その結果,左半球から記録された脳磁場に,単語の反復による振幅の減衰が認められた(刺激提示後300-500 ms)。一方,非単語の反復は脳磁場の振幅を変化させなかった。信号源推定の結果,左半球の上側頭部(聴覚野近傍)の活動が単語の反復により減衰することが示された。このことから,左・上側頭部の活動が単語反復効果に関与することが明らかとなった。また,その活動が非単語の反復による影響を受けないことから,同領域が心内辞書へのアクセスに関与することが示唆された。(Sekiguchi, et al. Neuroimage 14:118-128, 2001)

Automatic discriminative sensitivity inside temporal window of sensory memory as a function of time

矢部博興(弘前大学医学部精神科)
小山紗智子,柿木隆介

 感覚記憶の時間統合窓の内部の自動弁別感度の時間関数的変化脳に記録された背景音の神経表現は,ミスマッチ陰性電位(MMN)に反映される。この神経表現の長さは,時間統合窓 (TWI)という短時間型の聴覚性感覚記憶によって160-170msの長さに制限されている。本研究では,感覚記憶内部の逸脱検出感度の時間的一様性を調べる為に,TWI相当の170ms時間長の複雑音における欠落セグメントに対する磁気MMN(MMNm)を脳磁図で計測した。欠落セグメントが刺激の後半部分の時には,MMNm頂点の電位は減衰し潜時は遅延した。つまり逸脱検出感度は,感覚記憶の後半部分に向かって非線形的に減衰する事が明らかにされた。追加実験では,欠落セグメント以降の部分が違う二種の逸脱刺激に対するMMNmを比較したところ,同じ頂点潜時だが異なる振幅を示した。聴覚事象は一定長の160-170msのTWIの中の単一事象として取り扱われる事が確認された。(Yabe, et al. Cognitive Brain Research 12:39-48, 2001)

Organizing sound sequences in the human brain: the interplay of auditory streaming and temporal integration

矢部博興(弘前大学医学部精神科)
小山紗智子,柿木隆介

 ヒト脳における音系列の組織化:音脈分凝と時間統合の相互作用音の組織化に関する脳情報処理の"音脈分凝"と"時間統合"は,会話認知解明の鍵である。周波数が交互に変わる二つの音は,素早い呈示では高音と低音の分離した音脈として知覚される(音脈分凝)。一方,二つの音が時間統合窓(TWI)の中に呈示されると,単一の聴覚事象として処理される。非注意条件下も音脈分凝と時間統合の両方が誘発される事をミスマッチ陰性電位(MMN)の研究で示してきた。本研究の目的は,音組織化処理の優位性を決定する事である。交互に変わる音の系列に現れる稀な刺激欠落に対する脳磁図が記録された。その結果,交互の音が単一の音脈を形成する時(周波数差が極めて小さい時)には,欠落音に対する磁気MMNが誘発され,知覚的に高と低の周波数の音脈が出現した時(周波数差が大きい時)には誘発されなかった。この結果は,音脈分凝が,時間統合過程に優先する事を示している。(Brain Research Interactive 897: 222 - 227, 2001)


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