生理学研究所年報 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

統合バイオサイエンスセンター

時系列生命現象研究領域

【概要】
 イオンチャネルは複数の遺伝子でコードされるタンパク分子複合体であり,その機能は複数の分子間での連携に依存する。複数種のチャネル群の発現や機能が,時間的に空間的に,細胞内で統合される仕組みを解明することは,神経機能の成熟機構,神経情報処理機構,電気的興奮性の病態の解明,などに急務な課題である。主として電位依存性チャネル分子に着目し,発生,分化,神経回路形成における発現制御機構を明らかにするとともに,発生過程における電気的活動の役割を明らかにする研究を行なっている。

発生過程での神経細胞膜特性の発達の分子機構

岩崎 広英
岡村 康司

 中枢神経系ニューロンは,その神経回路内での役割に合った興奮性を示す。細胞種の発火特性を規定する因子としてNaチャネル電流の性質を,発現系細胞(アフリカツメガエル卵母細胞,哺乳類cell line)およびスライスパッチ法による解析により,個性的な発火を形成するイオンチャネルの制御機構を明らかにしようとしている。

発生過程での神経細胞電気的活動モニターのための分子ツールの開発

村田 喜理
岡村 康司

 原核生物,真核生物を問わず,近年ゲノム解析などにより膨大な,機能分子の核酸情報が蓄積されつつある。それらの機能分子多様性を活用し,発生過程電気活動をモニター可能にするための分子ツールをin vitro実験系を用いて開発するための研究を行なっている。

生命環境研究領域

【概要】
 イオンチャネルは,細胞内環境を外環境から隔てている形質膜に存在し,イオン流入・流出等を仲介することによって,外環境からの刺激に対する細胞応答を制御している。多様な環境変化に対応すべく,イオンチャネル/トランスポーター群は,活性化開口されるトリガー(或いはアゴニスト)への応答性および輸送物質選択性において,進化的に莫大な多様性を獲得している。本研究室においては,環境への生物応答の本質に迫るべく,様々な物理刺激や生理活性物質をトリガーとするイオンチャネルが,どのように遺伝情報としてコードされているかを探究している。さらに,イオンチャネル/トランスポーターがどのような機構で作動し,実際にどのような生理,細胞機能を担っているかの解明を行っている。

細胞内酸化還元状態の変化により活性化されるCa2+透過性カチオンチャネルTRPの機能解析

原雄二, 西田基宏, 吉田卓史, 森泰生

 細胞内の酸化還元状態は定常状態を保っているが,恒常性が破綻すると生理機能の障害を引き起こす。この破綻機序の一つに,細胞内のイオン動態の急激な変化が挙げられるが,直接的な高親和性標的であるイオンチャネルの分子的実体は大きな謎であった。我々は細胞内酸化還元状態により活性化されるCa2+透過型カチオンチャネルTRPM2を発見した。TRPM2にはヌクレオチド結合しうるNudixモチーフが存在する。我々はNudixモチーフにβ-NADが結合することにより,TRPM2チャネル活性を引き起こすこと,過酸化水素による活性化にはβ-NADが重要な役割を果たしていることをそれぞれ見い出した。さらにTRPM2の機能の一つとして,細胞死を誘導することを明らかにした。膵臓β細胞株RIN5F,単球細胞株U937において,TRPM2特異的アンチセンスオリゴ適用により過酸化水素,TNFα処理による細胞死が有意に抑制された。以上の知見からTRPM2は生体内において酸化還元状態を感知し,細胞内Ca2+濃度上昇により細胞死をもたらす経路の中心分子の一つであるものと考えられる。
 受容体活性化Ca2+チャネルの分子的実態として考えられているTRPチャネルのひとつTRPC5が活性酸素種であるH2O2や活性窒素種であるNOにより活性化することを明らかとした。
 この活性化メカニズムを解明するためにシステインの特異的な酸化剤である5-Nitro-2-PDSを用いたところTRPC5の大きな活性化が見られた。また膜透過型のシステイン酸化剤MTSEAでもTRPC5は活性化されたが膜非透過型のシステイン酸化剤MTESTでは活性化が見られなかった。このことからTRPC5の活性化には細胞内に存在するシステインが酸化されることが必要であることが明らかとなった。現在は酸化修飾を受けるシステイン残基の特定を行っている。

カルシウムチャネル変異マウスの解析

五日市 友子,西田 基宏,森 泰生

 近年の遺伝子学的,分子生物学的研究から,P/Q型電位依存性カルシウムチャネルの変異はヒトならびにマウスにおいて小脳失調をはじめとした様々な神経疾患を引き起こすことが示唆されている。その変異マウスのひとつであるrocker (rkr)はP/Q型チャネルα1Aサブユニットのポア形成領域付近に点変異(T1310K)があり,運動失調や小脳プルキンエ細胞樹状突起の形態異常が認められる。rkrの小脳プルキンエ細胞を急性単離し,パッチクランプ法によりカルシウムチャネル電流の特性を解析した結果,rkrでは正常マウスに比べ,電流密度が低下していること,不活性化の電位依存性が変化していることが明らかとなった。電流密度の低下は組み換え発現系によっても再現されたことから,カルシウムチャネルα1Aサブユニット遺伝子の変異が直接的にrkrの表現型に関与している可能性が示唆される。
 N型チャネルα1Bは,P/Q型チャネルとともに神経終末における神経伝達物質の放出やカルシウムスパイク形成に関わる主要なチャネルである。N型チャネルが持つ生理的役割および病態との関連を解明する目的で,N型チャネル欠損マウスを作成したところ,中枢神経系の際立った異常は認められなかったものの,血圧・心拍数の恒常的増大および圧反射機能の欠損が認められた。心房筋標本を用いて解析を行った結果,N型チャネル欠損マウスでは交感神経からのアドレナリン放出能が異常を来たしていることが明らかとなった。胸部大動脈血管マグヌス標本を用いた解析で,α1アドレナリン受容体刺激による平滑筋収縮応答の感受性がN型欠損によって増大していることを明らかにした。

免疫B細胞におけるCa2+シグナル増幅機構

西田基宏,原雄二,森泰生

 ホスホリパーゼC (PLC) は受容体を介したCa2+動員やシグナル伝達の中枢的役割を担っている。PLCの活性化は,イノシトール3リン酸(IP3)を産生し,ストアーからのCa2+放出や細胞外からのCa2+流入を引き起こす。非興奮性細胞において,受容体刺激は2相性の細胞内Ca2+濃度上昇を引き起こす。最初のCa2+応答はストアー依存的であるが,持続的なCa2+応答の分子メカニズムは未だに良くわかっていない。PLCγ2を欠損させた免疫B細胞株DT40とIP3センサータンパクを用いて,受容体刺激やストアー枯渇刺激による細胞外からのCa2+流入とPLCγ2活性との関係を調べた。その結果,Ca2+流入がPLCγ2のC2ドメインを介してPLCγ2を膜近傍マイクロドメインに移行させ,持続的なCa2+振動(オシレーション)を引き起こすことを明らかにした。また,PLCγ2は恒常的にTRPC3カルシウム透過型チャネルと結合することで,受容体刺激によるCa2+応答を増大させていることを明らかにした。Ca2+流入によるPLCγ2活性化は,IP3産生を介してCa2+シグナルを増幅させる一方で,ジアシルグリセロール(DG)を産生しMAP kinase (ERK) を活性化させた。ERKは従来から細胞増殖・分化を誘導するシグナルとして位置付けられていることから,Ca2+流入によって引き起こされるシグナル増幅機構が細胞周期の進行に関与するのではないかと考えている。また,DT40細胞における容量性Ca2+流入を担う分子実体についても検討し,TRPC1がその候補の一つとなることを明らかにした。

遺伝学的アプローチを用いたカルシウムチャネルの生理学的役割の解明

山田和徳, 森泰生

 PKDは常染色体優勢遺伝嚢胞腎(autosomal dominant polycystic kidney disease; ADPKD)の原因遺伝子の一つとして単離されたPKD2,PKD2-like (PKDL),PKD2L2からなるTRP類縁体である。 ADPKDは高羅患率(約0.1 %)を示す疾患であり,腎の皮質,髄質に多数の嚢胞が形成される。我々は,PKDLのチャネルの発現分布,チャネルの特性について検討し,そのおよび活性化機構を明らかにした。現在,チャネルの持つ生理学的役割の解明に向けて,上皮細胞などの異常増殖・死による嚢胞形成機構についても検討している。

戦略的方法論研究領域

【概要】
 「構造と機能」という分子生物学のパラダイムは生物の機能が生体高分子,特に蛋白質の独自の構造によって支えられていることを明かにして来た。一方細胞より上の階層では組織,器官を見ると構造が機能と直結しているのはむしろ自明である。しかし生体高分子と組織・器官の中間に位置する細胞にはそのレベル独自の「構造と機能」が明確でない。細胞は一見オルガネラと各種小胞のランダムな集まりのように見える。しかし細胞レベルの生理現象の背後には活動維持や,形態維持のための巧妙な情報と物質の輸送機構がある。この物質,情報の拡散および非拡散輸送の結果としてオルガネラ編成と骨格系の編成が行われ,さらに情報伝達経路が確定すると考える。
 本部門では細胞の「構造と機能」研究をオルガネラ形成メカニズムに焦点をあて行っている。また細胞の超微小形態を高分解能で観察する新しい電子顕微鏡の開発を行っている。

複素電子顕微鏡および位相差電子顕微鏡の開発

Radostin Danev,杉谷正三,大河原 浩,永山國昭

 前年度に引き続き位相差法を確立するため,Zernike位相板の作成を行った。通常の真空蒸着カーボン薄膜を多孔絞り(50mm)にのせ,絞り孔にはられたカーボン薄膜に1mmの孔をフォーカスイオンビーム装置(EIB)で開ける。フォーカスイオンビーム装置を購入し,Zernike位相板作製効率の向上を図った。この位相板を用いて各種位相差電子顕微鏡像を撮り,コントラストの増大を確認した。位相差法と通常法を組み合わせた複素電子顕微鏡についても引き続き研究を行い,従来の顕微鏡法との性能差をシミュレーションを用いて定量化した。
 またもう1つの位相差法で,電子顕微鏡では実現されてこなかった微分干渉法も,pの位相変化を与える半円の位相板で実現できることを発見し試験を行った。

融合タンパク質による電子顕微鏡用分子ラベルの開発

高木正浩,春日井 雄,永山國昭,重本隆一

 タンパク質分子をin vitroまたはin vivoで電子顕微鏡観察する場合,目的のタンパク質がどこに存在し,またどのように他の分子と相互作用しているかを知るために目的のタンパク質を特異的にラベルする必要がある。本研究では,多数の金属と結合を行うタンパク質を用いる。予備実験の結果一分子当り7つの金属イオンを取りこむ金属結合タンパク質メタロチオネインが適当であるとの結論に至り,そのクローニングを行い試料を得た。

細胞機能の可視化・マニピュレーション技術を用いた細胞・オルガネラの形態形成機構の研究

村田昌之,加納ふみ,田中亜路,永山國昭

 光学顕微鏡下の単一細胞内でGFP標識オルガネラのダイナミクスを可視化し,かつその制御因子を生化学的に探索するため,「GFP蛍光デジタルイメージング技術」と形質膜を一部透過性にした「セミインタクト細胞系」をカップルさせた顕微アッセイシステムを構築した。本システムを用い,(i) 細胞分裂期(M期)におけるCHO細胞の小胞体(ER)の形態変化・娘細胞への分配とER再構築過程をGFP可視化した。また,間期・M期細胞質を用いてセミインタクト細胞内でそれら全過程を形態変化を指標に再構成した。本年度は,特に,細胞分裂時にcdc2キナーゼ依存的に切断されたERネットワーク構造が,間期にネットワーク(three-wayjunction)構造を再構築するために必要なタンパク質因子を生化学的に同定できた。それは,NSF/SNAPs,p97/p47複合体とその複合体の会合状態を制御する新規タンパク質VCIP135であった。ERネットワークの再構築過程は連続的な2段階の膜融合過程よりなり,先ずNSF/SNAPsが切断されたERチューブ間を連結させるための膜融合中間構造体をつくる。続いて,p97/p47/VCIP135による膜融合反応がERチューブを完全に連結してERネットワークに特徴的なthree-wayjunction構造を作ることがわかった。また,光学顕微鏡及び電子顕微鏡により膜融合中間構造体を形態学的に同定することにも成功した。 (ii) 単一のセミインタクト細胞内でER⇔ゴルジ体間小胞輸送過程を可視化・再構成に成功した。間期・M期の細胞質を用い,細胞周期依存的な各輸送過程のキネティックスを定量的に解析し,M期にはゴルジ体→ERの逆行輸送以外は全て停止する(cdc2キナーゼ依存的)こと,その停止は,ゴルジ体へ向かう輸送小胞が形成されるtransitiona-ER(tER)構造が,cdc2キナーゼ依存的に消失することを明らかにし,それを制御する分子基盤を同定した。


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