生理学研究所年報 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

1.複素電子顕微鏡を用いたin situでの蛋白質局在性の証明

臼田信光,横倉久幸,中沢綾美(藤田保健衛生大学)
横田貞記(山梨医科大学)
伊藤正樹(佐賀医科大学)
亀谷清和(信州大学機器分析センター)
金子康子(埼玉大学)
永山國昭

 電子顕微鏡による生物試料の観察は,従来,重金属(ウラン・鉛)に対する細胞構造の親和性による電子染色によって行われてきた。このような標本では,細胞構造の観察というよりは重金属に対する親和性を観察してきたおそれがある。生理学研究所に設置されている電子顕微鏡は300 kVの高圧電顕で,位相板を利用して高コントラストの位相像を得る位相観察法を行うもので,透明体の画像化を行え, 0.4 nmという極めて高い分解能を有する。さらに,ヘリウムステージを備え,元素分析も可能である。これらの特性を生かすことにより,理想に近い生物試料の電顕観察が可能になると期待された。つまり,電子位相顕微鏡(Zernike位相差法,微分干渉法,複素法)を生物試料に適用することにより,細胞内構造を分子の配置に基いて理解する事が可能となる。
 本研究では,電子位相顕微鏡を生物試料に適用する際の問題点と応用の範囲を探ることを目的として,次の4項目を観察する。
 1)予備的観察:動物・植物組織細胞の標本を観察する際に最も適切な標本作成方法と観察方法を検討する。
 2)細胞内構造の観察:急速凍結を行った細胞骨格・細胞分画を重金属による染色を施さずに観察して,本来の超微構造を見出す。
 3)蛋白質局在性の証明:組織・培養細胞に,金属含有蛋白質と膜局在型,基質局在型あるいは細胞骨格の蛋白質の融合蛋白質を発現させ,金属の局在を観察して,in situでの蛋白質局在を特定する。
 4)電子顕微鏡元素分析:細胞・細胞小器官を構成する元素を観察する。
 初年度である平成13年度は,項目1)について検討を行い,他の項目については予備的な研究を行った。標本作成方法と観察方法:試料支持膜の作成方法,切片の大きさと採取方法,染色方法,観察倍率などについてこの電子顕微鏡に特有な留意点が判明した。特に,急速凍結・凍結置換法により処理を行った組織において良好な結果が得られた。
 植物・動物組織を急速凍結・凍結置換の後に,樹脂包埋し超薄切片を作成した。電子染色を行うことなく,通常法と微分干渉法により観察した。無染色標本が高コントラストに,しかも,横から光を当てたような陰影のある像(トポグラフィー像)として観察された。染色標本における通常法では振幅コントラストに基づく像が観察されるが,本法においては,位相コントラストに基づいた像が観察される。通常の染色標本の観察と比較して,さらに微細な構造の観察が可能となる可能性が考えられる。

2.タンパク質構造を安定化する電子顕微鏡用負染色剤の開発

今野 卓,清水啓史,老木成稔(福井医科大学)
永山國昭

 タンパク質分子及び生組織の電子顕微鏡において使用される負染色剤固定は,観察感度をあげる非常に有効な方法であり,従来多用されている。しかし従来の方法は,1)多価重金属を用いるためタンパク質分子構造を破壊する,2)分解能を犠牲にする,などの問題点を抱えていた。この問題を解決するために新規の負染色剤の探索を行った。1価イオン,非金属でかつ原子番号の大きなものをスクリーニングした結果とし,タリウム(Tl:原子番号81)とセシウム(Cs:原子番号55)が候補として残った。これらの元素の塩を水溶液(1%〜10%)とし,タバコモザイクウイルス(TMV)を生体分子モデルとして負染色し,100kV電顕での観察を行った。その結果
 i)タリウムは微量の塩素イオンですぐに沈澱するため不適格
 ii)CsCl,CsBr,CsIの純液もしくは混合液を用いた実験から乾燥過程でナノメートルの微結晶が析出し,一様な染色とならないことがわかった。
 以上から従来用いられてきたウラン酢酸やタングステン酸を特に越える負染色剤は見出せなかった。そしてタンパク質の安定性を保持するには,従来の負染色剤水溶液中に生体分子を氷包埋(低温によるタンパク質安定化)する低温負染色法が最適であるとの結論を得た。

3.タンパク質凝集体形成の分子病理に関する基礎研究

惠良聖一,桑田一夫,中村浩二,林 知也,根川常夫,富田美穂子(岐阜大医)
村上政隆

 近年タンパク質の異常凝集体形成が原因とされる疾患が注目されている。本研究の目的はそのような異常凝集体形成の発現機構を解明することにあるが,今回はその基礎研究として血清アルブミンの溶液→ゲル変換機構の研究を1H−NMR測定により行った。
 ウシ血清アルブミン(BSA)の溶液状態として12.0%, pD 7.1の試料,ゲル状態として4.83%, pD 4.0のBSA*ゲルおよび14.39%, pD 4.0のBSA*ゲルの試料を用いた。タンパク質−リガンド間相互作用の程度を知るNMRパラメーターの一つに交差緩和時間(TIS)がある(Akasaka, 1981)。このTIS測定はf2照射部位として−100 ppmから100 ppmまでをγH2/2π単位で350 Hzの照射強度にて行った。
 図1に[1−(I∞/I0)] vs f2 (ppm)で表される作用スペクトルを,図2に1/TIS vs f2 (ppm)で表される交差緩和スペクトルを示す。図1の作用スペクトルでは,ゲル状態(○,●)と溶液状態(◇)とではかなり大きな差を示したが,ゲル状態間ではほとんど差がなかった。一方図2に示す交差緩和スペクトルでは,溶液状態(◇),ゲル状態(4.83%,●),ゲル状態(14.39%,○)の3者間に大きな差が観測された。さらに,この交差緩和スペクトルにおいては,いずれの試料においても中央にシャープなピーク成分が観測され,またゲル状態では両者ともにブロードな成分が観測されている。これらの成分に関して,合成高分子ゲルに対する同様の実験結果(ここには示さず)から,中央のシャープな成分はタンパク質周囲の結合水の寄与が,またブロードな成分はゲル内の高分子集合体(凝集体)の寄与が示唆された。以上の結果より,タンパク質の高分子集合体の詳細を解析するのに交差緩和スペクトルが有用であることが分かった。

図1 [1−(I∞/I0)] vs f2 (ppm)で表される作用スペクトル 図2 1/TIS vs f2 (ppm)で表される交差緩和スペクトル

4.細胞内Ca,サイクリックAMP,による傍細胞輸送の制御機構

村上政隆,尾崎 毅(生理研),吉村啓一(北大歯),瀬川彰久(北里大医),橋本貞充(東京歯大)
杉谷博士,吉垣純子,通川広美(日大松戸歯),赤川公朗(杏林大医),瀬尾芳輝(京都府医大)

 外分泌腺は,分泌刺激により分泌細胞内からの分泌を活性化するとともに血清成分を管腔に移行させる。後者は傍細胞輸送として血清成分が細胞間隙/tight junctionを通過すると考えられてきた。しかし,傍細胞輸送機構が分泌刺激により制御されるか否かは従来の研究では断片的で不明な点が多く,殊に細胞内Ca,cyclicAMPの信号系を含む細胞内制御機構との関連は未着手である。本研究は,大量の水分泌と開口分泌を観察できる唾液腺に対象を限定し,血管潅流系を用い,分泌液の水分・アミラーゼ・ムチン・非電解質マーカーを計測し,また刺激時の経上皮電気抵抗の変化,tight junctionの微小形態の変化との関連を,1)生理研グループ,2)北里大/生理研グループ,3)東京歯科大/生理研グループ)。4)日大松戸歯/生理研グループにより行った。
 1)ラット顎下腺血管潅流系を用い,唾液中への蛍光色素の移行及び径上皮電気抵抗を傍細胞輸送マーカーとして測定した。蛍光色素LuciferYellowはムスカリン受容体刺激では唾液/灌流液濃度比は0.5%以下であったがこれにβアドレナリン受容体刺激により1-2%に上昇し,βアドレナリン受容体刺激により傍細胞輸送が開く可能性が示唆された。一方経上皮電気抵抗は分泌刺激により上昇し蛍光色素の結果と相反した。これは導管のNaCl再吸収活性化により導管内唾液のイオン強度が低下し,傍細胞輸送活性化による経上皮電気抵抗低下の効果をマスクする可能性が示唆された。
 2)平成13年は主に,共焦点レーザー顕微鏡による水分泌の直視に力点を置いて解析した。解離唾液腺をルシファーイエロー溶液で灌流し,共焦点レーザー顕微鏡で観察すると,管腔および側・基底側が明るく照らし出される。カルバコールで水分泌を刺激すると,管腔の蛍光強度は直ちに低下し,水分泌を反映した変化と思われた。管腔の蛍光強度はいったんほぼゼロになった後,30-45秒後にはふたたび上昇した。この時,灌流腺の水分泌絶対量は増加しており,分泌の初期相はtranscellular pathway,維持相はさらにparacellular pathwayをとおして水が輸送されると推定された。本知見はこれまで長い間生理学の議論となっていた水の輸送経路を明らかにしたもので,慎重を期すため学会発表を控え,実験および考察に専念した。(1. J Histochem Cytochem, 49:305-311,2001; 2. 細胞,33:484-488, 2001)
 3)ラット顎下腺血管潅流系を化学固定あるいは液体ヘリウムで急速凍結固定し,固定試料を凍結割断し,分泌刺激かのtight junctionを観察した。化学固定試料ではtight junctionは静止時には2-5本の紐状構造として細胞間分泌細管内腔を囲み,ムスカリン受容体/βアドレナリン受容体同時刺激により基底側で断列し小さい区画に再構成された。急速凍結試料では静止時においても紐を構成する粒子の配列は乱れていたが,分泌刺激によりさらに乱雑になることが観察された。固定により結果が異なるのはアクチン網のような細胞膜下構造の変化による可能性が考察された。(ISMS abstract, 143-144, 2002)
 4)唾液腺におけるシグナル伝達と一酸化窒素の産生調節について検討を行った。その結果,耳下腺においてムスカリン性受容体刺激は細胞内のCa2+濃度の上昇をもたらし,内在性の一酸化窒素合成酵素がCa2+により活性化され,それに引き続いて一酸化窒素が産生されることが明らかとなった。このシグナルの活性化はβ受容体刺激では惹起されないことから,ムスカリン性受容体活性化による分泌機能と関与している可能性が示唆された。一方,唾液腺での膜ドメイン機能を明らかにする目的でraft画分について検討を行った。血球系での膜ドメインの分離を確立し,唾液腺に応用することが可能となった。( 1. Cell Calcium 30: 107-116, 2001;2. Biochemistry 40: 888-895, 2001;3. J Immunol 167: 5814-5823, 2001)

5.卵活性化精子因子の同定と作用機序

宮崎俊一,尾田正二,白川英樹,河内全,淡路健雄(東京女子医大第二生理)
経塚啓一郎(東北大浅虫臨実)
黒田英世,黒田律(富山大生物)
出口竜作(宮城教育大)
毛利達磨

 受精時に卵細胞内の反復性Ca2+濃度上昇(Ca2+オシレーション)を誘発する精子因子,即ち精子由来の卵活性化蛋白質の同定を目的として共同実験を行った。ハムスター精子あるいはブタ精巣から得た抽出物を,硫安分画,陰イオン交換クロマトグラフィー,陽イオン交換クロマトグラフィー,ゲル濾過,ハイドロシキアパタイト吸着クロマトグラフィー,疎水クロマトグラフィー等にかけ,卵活性化蛋白質を精製した。活性のアッセイは,各画分をマウス卵内に注入し,Ca2+オシレーション誘発をCa2+画像解析装置を用いて記録した。初段階精製過程でCa2+オシレーション誘発活性が広い範囲で回収されたこと,精製を進める段階で活性の回収率が低いことなど問題が多く,未だ単一蛋白質の精製には至っていない。動物種間の普遍性を見るため,ハムスターの精子抽出物と原索動物ホヤの精子抽出物をそれぞれホヤ卵,マウス卵に注入してCa2+オシレーション誘発能を観察した。哺乳類精子抽出物はホヤ卵にCa2+オシレーションを誘発するが,ホヤ精子抽出物はマウス卵に無効であるらしい。また,ウニ卵での受精の細胞内情報伝達を調べるため,卵内に注入したcaged IP3, caged cADP riboseを紫外線照射により瞬時に活性型に変換した場合のCa2+増加反応を,高速共焦点レーザー走査顕微鏡を用いて観察した。

6.新型ナトリウムチャネル(Nav2)の機能解明

吉田 繁(生理研・長崎大学)
檜山武史,渡辺英治,野田昌晴(基生研)

 クローニングの過程で電位依存性ナトリウムチャネルの一種として同定されNaV2(別称Nax)と名付けられたイオンチャネルは,電位変化に対する明瞭な応答を示さないがために生理機能は不明のままであった。
 我々は,NaV2が多数存在しているマウス後根神経節細胞を使用し,電位ではなくNa+濃度を感知して開閉するのではないかと想定して,Na+感受性蛍光色素SBFIによって細胞内Na+濃度動態を観察した。細胞外液のNa+濃度を変化させると,10 mM以上の細胞外Na+上昇に対して濃度依存性に細胞内Na+濃度が上昇した。このようなNa+濃度上昇はフグ毒TTXでは抑制されず,また単なる浸透圧上昇に対する応答ではなくNa+特異的であることも判明した。また,塩濃度検出中枢である脳弓下器官の神経細胞を用いて同様の実験を行ったところ,Nax発現ニューロンにおいて同様の細胞内Na+濃度の上昇が認められた。一方,基生研で作成したNax遺伝子欠損マウスではこのようなNa+濃度依存性応答は観察できなかった。
 以上の結果から,NaV2(Nax)は動物において塩分濃度のセンサーとして機能していることが想定される新型のナトリウムチャネルであると考えている。

7.神経・分泌細胞の開口放出機構の研究

河西春郎
阿部輝雄(新潟大学脳研究所)

 2光子励起法と蛍光トレーサーを用いた開口放出測定が膵臓外分泌腺において有望であることが示されたので,この方法論を神経系細胞(PC12細胞),内分泌細胞(膵臓β細胞,副腎髄質細胞)に適用して,生理的な刺激をしたときのカルシウム依存性開口放出機構の生理的実態を可視化する試みを開始した。これにより,細胞により異なった様式の開口放出が起きることが判明してきた。従って,これらの分泌細胞は自然の変異細胞であり,解明が困難を極めている開口放出の各過程に新たな手がかりを与えると考えられる。そこで,この様な標本を用いた開口放出機構の分子基盤の解明のための方法論について,今後の研究の可能性を検討した。

8.虚血性神経細胞死と容積調節チャネルの機能連関

塩田清二,大滝博和,舟橋久幸(昭和大学医学部・第一解剖学)
土肥謙二(昭和大学医学部・救急医学科)
坪川宏,岡田泰伸

 虚血性神経細胞死は炎症性サイトカイン,グルタミン酸,アラキドン酸,接着分子,フリーラジカルや一酸化窒素(NO)などの様々な因子が関与する。しかし,その詳細な機構については依然不明である。本研究は,虚血性神経細胞死が有意に抑制される炎症性サイトカインのひとつであるインターロイキン1(IL-1)の遺伝子欠損(KO)マウス用い,局所脳虚血再潅流モデルにより誘導される虚血性神経細胞死を酸化的障害との関係に着目し行なった。IL-1 KOマウスは東京大学医科学研究所 岩倉洋一郎先生より供与された。脳虚血モデルは臨床例で多く見られる局所脳虚血である中大脳動脈閉塞モデル(tMCAO)を用い,NO系による酸化傷害マーカーである3-nitrotyrosineを免疫組織化学的に検討した。野生型(wild)とIL-1 KOマウスの3-nitrotyrosine陽性細胞を経時的に観察するとIL-1 KOはwildに比べ3-nitrotyrosine陽性細胞数が有意に減少した。ニューロンのマーカーであるMAP2と3-nitrotyrosineの2重免疫染色により3-nitrotyrosine陽性細胞は主にニューロンに認められた。また,形態学的に血管にも局在することが明らかとなった。この結果,IL-1の神経細胞死誘導機構にNO産生を介する酸化障害の関与が示唆された。
 今後,容積調節チャネルとこれらのサイトカインがどのように神経細胞死を制御しているか検討していく予定である。

9.膵ランゲルハンス島におけるニコチン受容体と膵内分泌の関連

安田浩一朗(京都大学総合人間学部)
多門啓子,布居久美子(京都大学人間・環境学研究科)
森島 繁,岡田泰伸

 ニコチンの膵内分泌機構への影響およびニコチン受容体以後の細胞内シグナル伝達を明らかにすることを目的に,以下の実験を行った。
 単離した膵ランゲルハンス島(ラ島)細胞より調製したTotal RNAを用いてRT-PCRを行い,α7を含む少なくとも7種類のニコチン受容体サブユニットが発現していることを確認した。また,バッチインキュベーション法にて単離ラ島を異なる濃度のグルコースとニコチンで刺激したところ,低濃度ニコチン(10-7M)はインスリン分泌を有意に促進し,高濃度ニコチン(10-4M)は分泌を有意に抑制することを見出した(図1)。さらに,インスリン分泌に対するニコチンの促進作用・抑制作用は共に,ニコチン受容体の選択的阻害剤であるα-bungarotoxin(α-BTX)やmethyllycaconitine(MLA)によって有意に阻害され,ニコチン非存在下のレベルにまで回復した(図2)。以上より,ニコチンのインスリン分泌に対する作用は促進効果と抑制効果を有しており,その作用は主にα7サブユニットを介していると考えられる。
 インスリン分泌が細胞内カルシウムイオン濃度([Ca2+]i)の変動と深く関連することは以前よりよく知られている。ニコチンのインスリン分泌に与える影響が[Ca2+]iの変化を介しているか検討するため,Fura2にてβ細胞の[Ca2+]iを経時的に測定し,低濃度ニコチン(10-7M)の刺激により[Ca2+]iが一過性に上昇する細胞を見出した。グルコース刺激によるβ細胞の[Ca2+]iの反応は様々であり,ニコチン刺激による反応も細胞によって異なると考えられる。
 今後は[Ca2+]iの動態について,細胞ごとに詳細に検討していきたい。

図1 インンスリン分泌に対する各種濃度ニコチンの影響 図1 インンスリン分泌に対する各種濃度ニコチン・α-BTXの影響

10.神経細胞におけるイオンチャンネル局在メカニズムの解明

渡辺修一,中平健祐(埼玉医科大学)
馬場広子,山口宜秀,山内正彦(東京薬科大学)
柳原格(大阪大学)
山田真久,河野真子(理化学研究所)
出口一志(香川医科大学)

 神経細胞の電気的興奮を担うイオンチャネル分子は細胞内局在が厳密に制御されている。これには回路形成やミエリン形成のような細胞外からのシグナルが重要だと考えられる。そこで,樹状突起上と有髄軸索上のチャネル分子についていかなる細胞外因子がチャネル局在に影響するのか解析した。
 1.シナプス形成にともなうKv4.2局在制御機構の解析
 電位依存性カリウムチャネルKv4.2は培養小脳顆粒細胞では細胞体表面に発現するが,樹状突起には局在しない。この細胞にシナプスを形成する苔状線維(橋核神経細胞)との共培養をおこなったところ,シナプス様構造の形成に伴いKv4.2の樹状突起への分布が観察され,シナプス様構造への集積も認められた。TTXによる活動電位の発生阻害実験とグルタミン酸受容体阻害剤を用いた実験から,シナプス伝達がこの集積に必要と考えられた。そこで,シナプスを形成しない小脳単独培養系にグルタミン酸を加えたところKv4.2の樹状突起への移行がみられた。この応答はNMDA受容体とAMPA受容体の両者を介していた。これらの結果から,Kv4.2の局在が活動依存的に制御されている可能性が示された。
 2.有髄軸索におけるチャネル局在の制御因子の探索
 有髄軸索のランビエ絞輪におけるNaチャネル,Kチャネルの特徴的な局在化にはミエリン膜からのシグナル,特にパラノードの形成が重要な役割を果たしている。今回は,ミエリン側のシグナル分子を明らかにしていく目的で,CD9ノックアウトマウス,CSTノックアウトマウスなどのミエリン遺伝子異常マウスを解析することによって,ミエリンの主要糖脂質であり蛋白輸送に関わると考えられるサルファチド,および膜4回貫通型タンパク質であるCD9がパラノードの形成に必要不可欠であることを明らかにした。また,この解析から,チャネルの正常な局在と維持にはパラノードにおけるjunctionの形成が重要な役割を果たしていると考えられた。

11.癌に特異的な新規遺伝子の探索と機能解析

吉峰俊樹,佐々木学(大阪大学医学部神経機能制御外科学)
中根恭司,奥村俊一郎(関西医科大学第二外科)
山田斉(関西医科大学第一外科)

 我々はSerial Analysis of Gene Expression法を用いて正常脳の細胞に比較して悪性グリオーマで発現が上昇している遺伝子のスクリーニングを行った。その中に腫瘍抗原をコードする遺伝子ファミリーであるmelanoma-associated antigen gene (MAGE) familyに属する新規遺伝子MAGE-E1を見出し,そのcDNAクローニングに成功した。MAGE-E1の遺伝子発現は未分化なglioblastomaで上昇していたが,分化したastrocytomaでは正常脳の細胞と同程度であった。また,MAGE-E1は細胞をアポトーシスに誘導する機能を持つMAGE-D1に蛋白やゲノムの構造が似ており,遺伝子座もXp上で隣接していることが分かった。MAGE-E1はMAGE-D1と同様に細胞増殖の調節に関係する可能性が高いが,悪性グリオーマで遺伝子発現が上昇していることから細胞の増殖に関与することが示唆された。次に我々はMAGE-E1蛋白に対する抗体を作成し,MAGE-E1蛋白の解析を行った。ウェスタンブロットの結果,MAGE-E1蛋白は58kDaのバンドとして認識された。U87MGグリオーマ細胞を用いて,蛋白分画を用いたウェスタンブロット,免疫染色を行った結果,MAGE-E1蛋白は細胞質に局在していた。MAGE-E1蛋白がグリオーマの増殖に関係していることを示すために,以下の実験を行った。T98Gグリオーマ細胞を1)通常の条件下(10% FBS),2)無血清培地で72時間,3)2)の後に20% FBSの条件にして20時間,で培養を行った。過去の報告では,2)により90%以上の細胞がG0期に入り,3)により再度細胞周期に入るとされている。ウェスタンブロットの結果,2)の条件下ではMAGE-E1の蛋白レベルが減少し,3)の条件下で再上昇することが分かった(Fig.1A)。免疫染色の結果,この蛋白レベルの減少は特定の細胞に起因するものではなく,すべての細胞においてレベルが減少していた(Fig.1B)。また,腫瘍組織を用いた免疫染色の結果,遺伝子発現の結果と同様にMAGE-E1蛋白レベルは未分化なglioblastomaで高く,分化したastrocytomaでは低かった(Fig.2)。以上の結果から,MAGE-E1蛋白はグリオーマ細胞の増殖に関係する機能があることが示唆された。

Fig.1 Fig.2

12.悪性グリオーマ特異的レトロウイルスベクターの開発と遺伝子治療の臨床応用に関する基礎的検討

清水惠司,福政良枝,政平訓貴,豊永晋一,朴啓彰(高知医科大学脳神経外科学講座)
佐々木学(大阪大学大学院医学系研究科神経機能制御外科学)
池中一裕

 原発性脳腫瘍の約10%を占めるグリオブラストーマ患者の平均余命は一年から一年半であり,既存の治療法を繰り返す限り飛躍的な治療効果は期待できない。そこで我々は,脳特異的(MBP)プロモーターで殺細胞遺伝子(HTK)を制御したレトロウイルスベクターを用いた遺伝子治療の開発をめざしてきた。PA-317細胞株を改変することで高力価レトロウイルス産生クローンを誘導し,MBPプロモーターでHTK遺伝子を制御したベクターを組込み,遠心濃縮することで1011cfu/mlという高力価脳特異的レトロウイルスベクターを開発した。この濃縮した高力価な脳特異的レトロウイルスベクター溶液をマウスグリオーマモデルの脳内に注入し,2日後より5日間GCVを腹腔内に投与した。この治療を3クール繰り返すことでグリオーマモデルが完治した。そこで,治療用ベクターの安全試験をコモンマーモセット(霊長類)を用いて計画し,「科学技術・学術審議会生命倫理・安全部会組換えDNA技術等専門委員会」で審議され,平成14年12月2日付けで文部科学大臣の承認も得ている。コモンマーモセットを用いた安全試験を実施するにあたり,Fig. 2のごとくマスター細胞とワーキング細胞を同一ロットにし,臨床実験直前に治療用ベクターの各種安全試験を同時に実施して将来の臨床実験に備えている。
 MBPの発現量の少ないグリオーマでは,治療用ベクターの活性が低下してしまうことが予想されたので,最も普遍的にグリオーマ細胞中に発現する特異的遺伝子をSAGE法を用いて検索した。そして我々は,悪性グリオーマ普遍発現遺伝子の一つとして,melanoma-associated antigen (MAGE) gene familyと呼ばれる腫瘍抗原をコードする新しい遺伝子群を同定し,MAGE-E1と命名した。この新規遺伝子は3種類の転写産物を有し,MAGE-E1c遺伝子は様々な癌種に発現したが,他のMAGE-E1aとE1b遺伝子はグリオーマにのみ特異的に発現していた。以上の事から,このMAGE-E1遺伝子が,グリオーマ特異的抗原をコードする遺伝子の一つである可能性が高く,本遺伝子のプロモータ−を同定し,新たな悪性グリオーマ特異的遺伝子治療の開発を試みている。
 参考文献
 1) Tamura K, Tamura M, Ikenaka K, Yoshimatsu T, Miyao Y, Nanmoku K, Shimizu K: Eradication of murine brain tumors by direct inoculation of concentrated high titer-recombinant retrovirus harboring herpes simplex virus thymidine kinase gene. Gene Ther 8: 215-222, 2001
 2) Sasaki M, Nakahira K, Kawano Y, Yoshimine T, Shimizu K, Kim SU, Ikenaka K: MAGE-E1, a new member of Melanoma-associated antigen gene family and its expression in human glioma. Cancer Res 61: 4809-4814, 2001
 3) Kawano Y, Sasaki M, Nakahira K, Yoshimine T, Shimizu K, Wada H, Ikenaka K: Structural characterization and chromosomal localization of the MAGE-E1 gene. Gene 277:129-137, 2001

13.イモガイ毒成分ωコノトキシンGVIによるN型電位依存性Ca2+チャネルの     抑制作用に及ぼすカルモデュリンの効果

市田 成志,和田 哲幸(近畿大学薬学部)
森 泰生(統合バイオサイエンスセンター)
森誠之,井本敬二

 市田らのCa2+チャネルに対するイモガイ毒の生化学的実験から,Ca2+カルモデュリン依存的なωコノトキシンGVIのN型カルシウムチャネルへの結合阻害が以前から観察されていた。近年の研究から細胞内カルシウムメディエーターであるカルモデュリンによる電位依存性カルシウムチャネルの機能修飾が明らかとなってきている。これまで報告されているものはL型及びP/Q型に限られているが,これらのチャネルに見られるCa2+カルモデュリンの結合部位と相同な部位がN型にも存在していることから,カルモデュリンによる修飾が予測された。また,Ca2+カルモデュリンのN型への作用は,電流特性として捕らえるのは難しいが,ωコノトキシンというブロッカーの作用を介することで表に現れてくるのではないかと考えられた。
 N型Ca2+チャネルがCa2+カルモデュリンによって制御されているのか否か電気生理学的に確認するために,N型Ca2+チャネルをstableに発現するBHK細胞を用いて実験を行った。その結果,細胞内Ca2+濃度を変化させても,L型やP/Q型で見られるような制御はN型では見られず,また細胞内のカルモデュリン濃度を上昇させてもが,やはり変化は見られなかった。この結果は,以前報告されているものとほとんど変わりがなかったが,ここでコノトキシンの阻害作用を時間変化とともに観察した。現在までのところ,生化学的実験で得られているような,明確な結合の阻害は捉えることができなかった。
 この結果は,生化学的実験で見られた現象を正しく反映していない為であると考え,今後,実験系の再構築を考えている。特に,イメージングを中心とした非破壊的方法により,前向きに検討を加えていく予定である。

14.脊椎動物TRPホモログとG蛋白質共役型受容体で活性化されるCa2+透過型陽イオンチャネルの分子的相関に関する研究

井上隆司,花野豊久(九州大学大学院医学系研究院)

 TRPホモログは多様な生理的意義を有するCa2+透過型陽イオンチャネルである。その活性化機構に関しては未知の部分が多く,解決すべき重要課題の一つとなっている。Ca2+及びその受容タンパク質であるcalmodulinの役割を明らかにした。calmodulinは活性化及び不活性化に必須であり,これらの作用は異なった部位を介して起こることがわかった。

15.大脳基底核による姿勢と歩行運動の制御

南部 篤(東京都神経科学総合研究所)
中陦克己,森 大志,森 茂美

 大脳基底核は大脳皮質の広い領域から入力を受け,大脳基底核で処理された情報は視床を介して再び大脳皮質へ伝達するループ回路を形成する。すなわち大脳皮質運動野,特に一次運動野,補足運動野,運動前野などに起因する運動司令情報は大脳基底核線条体(被殻,尾状核)に入力され,直接路または淡蒼球外節,視床下核を経由する間接路を経て大脳基底核出力部(淡蒼球内節,黒質網様部)から視床に投射される。さらに,淡蒼球内節からは脚橋被蓋核にも投射し,脳幹網様体,脊髄に情報伝達される経路が存在する。このように大脳皮質−大脳基底核ループは運動の制御のみならず,高次脳機能や情動などの制御にも関与していることが推察される。
 本研究課題では生理学研究所・生体システム研究部門が独自に確立したニホンザル直立二足歩行モデルを用いて,これらの運動制御に関するループが特に歩行や姿勢の制御にどのように関与しているかを考察することを研究目的とした。そのために大脳皮質運動野,特に糖代謝PETによる先行研究で明らかになった直立二足歩行運動の実行に直接的に関与する一次運動野および補足運動野の機能的意義の同定を試みた。実験には長期の運動学習により安定した直立二足歩行能力を獲得した成サルを用いた。ネンブタール深麻酔下で,頭部に神経細胞刺激/記録用のchamber装着手術を行い,手術回復後にケタラール軽麻酔下で皮質内微小電気刺激法により一次運動野および補足運動野の大脳皮質運動野マッピングを行った。それぞれの領域で歩行運動下肢関連筋支配領域(一次運動野では一側に,補足運動野では両側性に)にGABAA agonistであるムシモルを微量注入し,注入前後での歩容の変化を観察し,関節運動の変化などについて定量的に解析した。その結果,一次運動野ヘの注入では注入箇所に特異的な極めて限局された屈曲運動障害などの下肢運動障害が出現したが,補足運動野への注入では頭部・体幹の空間内での動揺が強くなるなどの全身的歩行障害を示した。一方,ムシモル注入によって歩行が全く不可能になったわけではなく,注入に伴う歩行障害を代償するような機序が動員された可能性も推察させる。以上の結果から,大脳皮質運動野を構成する一次運動野および補足運動野は直立二足歩行の実行に関して異なる側面を担っている可能性が示唆された。本研究成績の一部についてはすでに国内外の学会,シンポジウムで発表した。

16.頭頂連合野出力細胞の脳幹・脊髄運動神経への影響

山本哲朗,西村嘉洋,淺原俊弘,澁谷浩司,松浦 徹,林 民,中瀬古幸成(三重大学医学部)
森 茂美,中陦克己,森 大志

 頭頂連合野は,一般的には種々の感覚情報の統合が行われる部位として認識されているが,運動性情報として重要な小脳核からの入力も視床前腹側核(VA-VL complex)を介して受けることが知られている。また,我々の研究によりネコの頭頂連合野や体性感覚野の皮質第5層錐体細胞には,運動野と同様の速錐体路細胞と遅錐体路細胞が存在することも細胞内染色法により明らかにされた。このような皮質第5層錐体細胞の形態学的特徴は頭頂連合野が感覚情報の統御の結果を,連合線維により運動野へ出力し修飾するとともに,直接第5層錐体細胞の下行性軸索投射により下位運動中枢に影響する可能性が示唆される。実際,小脳破壊による運動障害が代償された後に頭頂連合野を破壊すると,運動障害が再び出現するとの報告もある。
 本研究計画では,ネコ頭頂連合野皮質細胞の下行性投射による運動性制御への関与を調べる目的で,歩行運動制御を解析している生体システム研究部門森教授のグループとの共同研究を提案した。まずネコ頭頂連合野皮質錐体細胞の細胞内染色による形態学的解析に加えて,細胞内通電による発火様式の解析し,続いて脳幹・脊髄の運動神経核に対する影響を明らかにすることを計画した。計画途中でネコの入手が困難になり,目的の完遂には至らなかったが,頭頂連合野錐体細胞のうち皮質第5層錐体細胞の発火様式には,運動野で報告されているようにregular spiking patternを示すものと,burst firingを示すものがあり,burst firingのイオン機構としてはCa channelの関与よりもpersistent Na currentの関与を示唆する結果を得て現在論文を準備中である。また,細胞内染色法による形態学的解析の結果は既に発表した様に,伝導速度18m/secを境にして,速錐体路細胞型の先端樹状突起に棘の少ない大型の細胞と棘の豊富な小型の錐体細胞に分類されることを再確認したが,これら2種の皮質第5層錐体細胞の脳幹・脊髄への支配様式の解析は今後の問題として残った。一方小脳性歩行中枢については小脳内側核からの出力がその本体であることは既に報告されているが,その軸索投射様式についてビオサイチンの微小電極による通電注入による順行性標識による実験を行った。下行性軸索分子様式の詳細については現在所見を解析中である。

17.海馬興奮性シナプスの動態と微細形態

岡部繁男(東京医科歯科大・大学院医歯学総合研究科)
久保義弘(東京医科歯科大・大学院医歯学総合研究科)
藤本 和(福井県立大学・看護福祉学部)
重本隆一

 A)シナプス前部と後部への機能分子の同期した集積GFP分子の波長バリアントであるYFPおよびCFP分子とシナプス前部,シナプス後部の機能分子の融合蛋白質を作成し,シナプス形成過程における複数の分子のシナプスへの集積順序について解析した。PSD-95-YFP分子とCFP分子を同時に発現させることで,シナプス形成過程において,spine構造の形成の直後にシナプス後肥厚部(PSD)の構成蛋白であるPSD-95の集積がおこる事が明らかになった。また,シナプス前部蛋白質であるsynaptophysinとCFP分子の融合蛋白質を用いることで,PSD-95の集積に先立って,synaptophysinのシナプス前部への集積が起こる事も明らかになった。
 B)神経活動依存的なシナプス分子の局在変化
 シナプス後部構造に局在し,代謝型グルタミン酸受容体と結合するPSD-Zip45(Homer1c)分子について,GFPとの融合蛋白質を作成し,その動態を海馬神経細胞において解析した。PSD-Zip45は神経活動依存的にその局在を変化させ,NMDA受容体からの比較的ゆっくりとしたカルシウム流入によりそのクラスターを分散させ,逆にカルシウムチャネルからの急激なカルシウム流入によってそのクラスター形成が促進される事が明らかになった。
 C)トランスジェニックマウスを用いたシナプス機能分子の長期動態解析
 シナプス後部構造の長期的なリモデリングの過程を明らかにするために,PSD-Zip45-GFPを発現するトランスジェニックマウス胎児から海馬神経細胞を培養して,一週間以上にわたるシナプス構造の変化を追跡した。この系を用いる事で,A)filopodiaからspineへの形態変化とPSD-Zip45の集積過程, B)樹状突起が伸長する際のPSD-Zip45の新しい樹状突起での集積過程, C)細胞全体での同期したシグナルにより起こるPSD-Zip45クラスターの分布変化,などの現象が可視化できた。これらの観察から,神経細胞におけるシナプスリモデリングは,細胞全体に作用するglobalなシグナル系によって強く制御されていると考えられた。

18.非可聴域高周波弾性振動情報の生体内伝達メカニズムについての研究

本田 学
大橋 力(千葉工業大学工学部情報ネットワーク学科教授)
仁科 エミ(メディア教育開発センター研究開発部助教授)

 これまでに本研究グループは,非定常な高周波成分が可聴域音と共存することにより,視床および上部脳幹の局所脳血流増加を含む,特有の相互作用をおよぼすことを報告してきた。また近年,音声信号で振幅変調した超過聴閾弾性波を骨導で呈示すると,内耳性難聴者でも音声の認知が可能であると報告されている。本研究は,こうした可聴閾を超える非定常な高周波弾性振動情報が神経系に影響をおよぼすメカニズムについて,その伝達経路の解明を目的とする。本年度においては上記の研究目的達成のため,20kHzを超える弾性振動を皮膚に加えるために適性の高い振動子の素材について広く検討をおこなった。その結果,スーパーツイータ・スピーカの発音体となるセラミック振動子が,皮膚の弾力に抗して振動を加えるのに適性が高いことを見いだした。その実際の振動特性をレーザードップラー振動計測系で評価した。セラミック振動子を用いて刺激プローブを作成,皮膚に対して効率的に振動を加えるためのシステム開発をおこなった。さらに,機能的磁気共鳴画像装置内において,接触振動情報とともに音響,映像を協調的に呈示するためのシステム構築を行った。今後,機能的磁気共鳴画像装置をもちいた神経機構の解明へと展開していく予定である。

19.黒質網様体によるドーパミン細胞に対するGABA作動性抑制

斎藤和也,高草木薫(旭川医科大学生理学)
伊佐 正

 基底核疾患において運動障害,姿勢異常,情動変化,認知機能障害,睡眠障害などの様々な症状が引き起こされるのは何故だろうか。この問いに対する手がかりの一つを,我々は中脳ドパミン系による中枢神経活動の修飾機構の障害に求めている。中脳ドパミン系は,三つの細胞群(黒質緻密部,腹側被蓋野,赤核後領域)から成り,各群のドパミン細胞はおのおの異なる領域に投射し,異なった役割(運動,情動など)を持つとされている。そこで,我々は基底核出力と中脳ドパミン系の相互作用が上記の多彩な機能発現に重要であるという仮説をたてた。
 この仮説の是非を検証する最初のステップとして我々は基底核出力による中脳ドパミン系の修飾機構を今一度検討した。ラット(PND9-23)の脳幹in vitroスライス標本を用いて,黒質網様部 (SNr) の電気刺激に対する中脳ドパミン系ニューロンの応答をホールセルパッチクランプ法にて記録した。ドパミン作動性ニューロンの同定は特徴的な電気膜特性(異常内向き電流,一過性外向き電流)により行った。ドパミンニューロンへの興奮性入力を除外するために,グルタミン酸受容体拮抗薬を記録槽内に投与した。SNrの刺激によりGABAA受容体を介する速い抑制とGABAB 受容体を介する遅い抑制が観察された。このような抑制様式は中脳ドパミン系の三つの細胞群で共通して認められた。また双方の抑制とも,50Hz から200Hz位の刺激頻度に対し振幅が最大となる周波数依存性を示した。通常SNrニューロンが数十Hzで持続的活動していることを考えるとドパミン細胞はGABAA, GABAB受容体を介する抑制をともに受けつづけていることが示唆された。
 上記の成績より,基底核の出力は領域の異なる三つの中脳ドパミン系の活動の制御に関与し,その作用はGABAA受容体とGABAB受容体の両方を介した抑制作用として誘発される。従って基底核は中脳ドパミン系の広範な投射領域における神経作用を統合的に制御することによって多彩な中枢機能の発現や調節に関与している可能性がある。

20.PKC-GFPトランスジェニックマウス用いた神経可塑性制御に対するPKCの役割の解明

酒井規雄(神戸大学バイオシグナル研究センター)
坪川 宏

 gPKC-GFPを線条体,小脳プルキンエ細胞,海馬を含む前脳に発現するトランスジェニックマウスの作製に成功した。これらのマウスから,特に小脳のスライスを作製し,フォルボールエステルあるいは,代謝型グルタミン酸受容体作動薬により,トランスロケーションを起こし,スライスの生細胞で初めてPKCのトランスロケーションをリアルタイムに観察することに成功した。今後さらにトランスロケーションの部位の詳細な検討,様々な電気刺激によるPKCトランスロケーションの観察を進めていく予定である。

21.イカクロマトフォアパターン形成を指標にした中枢神経可塑性の研究

井上 勲(徳島大学分子酵素学研究センター)
筒井泉雄(一橋大学・生物学研究室)
尾崎毅

 イカ,タコなどの頭足類は皮膚組織に色素胞(Chromatophore)をもち,それぞれの色素胞には約20の筋細胞が平面状に結合し,筋細胞の収縮により色素胞が拡張し皮膚に色が現れる。これらの筋細胞は脳神経に支配され,数万個の色素胞により体表面にパターンが形成される。これらのパターンにより仲間同士のコミュニケーション,カモフラージュ,あるいは外的への威嚇等が表現される。集団で行動する回遊性のイカにとって仲間同士のコミュニケーションは重要であり,学習により様々なパターンを憶える。
 頭足類の多くは1年の命であり,ハッチ後1年で体重は50万-100万倍増加する。成長に応じて脳の重量も増大し,色素胞の数も増えつづける。学習能力はハッチ後約10週で獲得されることが報告されている。
 パターン認識の能力はきわめて高い。たとえばヤリイカである,Loligo BreekeliLoligo eduris数匹づつ同じ水槽で飼育した場合,同種同士はある個体がパターンを変えると,ほとんど同時に他の個体も同じパターンを示すが,他の種は全く独立に同種同士のパターンを現す。パターンおよび種は視覚を通じて認識され,視葉で記憶される。
 パターン形成の可塑性を調べるためL. bleekeliの色素胞筋に至る神経の一部を切断した。切断により色素胞筋細胞が弛緩し,皮膚の一部が透明になる。その後その部分にどのようなパターンが形成されるか10日間観察した。切断後3日目から色素胞の拡張による斑点が現れた。それぞれランダムに点滅を繰り返した。次第に近接する色素胞同士の点滅に相互作用が現れ,7日後にはほとんど全ての色素胞が相互作用し,ウェーブ状のパターンが繰り返された。しかしウェーブ形成はランダムであり,正常の部位のパターン形成とは異なる。このランダムなウェーブの伝播は,皮膚上に 1M CoCl2 を浸した糸を接触することにより可逆的に阻害されることから,相互作用は色素胞筋の収縮が(恐らくストレッチリセプターを介して)隣接する色素胞筋の収縮をトリガすることによるものと考えられる。
 以上のように,パターン形成の神経支配の可塑性を示唆する結果は得られなかった。

22.植物Na・K輸送体AtHKT1の電気生理的研究

山上 睦(環境科学技術研究所)
魚住 信之(名古屋大学生物分子研究センター)
加藤 靖浩(名古屋大学大学院生命農学研究科)
挾間章博(統合バイオサイエンスセンター)

 AtHKT1はArabidopsis thalianaよりクローニングされた小麦由来トランスポータHKTのホモログ蛋白である。HKTの場合は,これまでNa+イオンとK+イオンを共輸送するトランスポータであるが知れられていた。本研究では,アフリカツメガエル卵母細胞にAtHKT1を発現させ2本刺膜電位固定法を用いて,そのイオン輸送能を調べた。AtHKT1を発現させた卵母細胞では,細胞外陽イオンをTrisにすると,未発現卵母細胞に比べ電流増加は認められなかったのに対して,細胞外陽イオンをNa+に置換すると大きな内向き電流が出現した。また,K+置換では,著明な電流は認められなかった。この事から,AtHKT1においては,Na+イオンとK+イオンを共輸送するのでは無く,Na+イオン単独で輸送することが示唆された。また,細胞外陰イオン置換では,電流変化は認められず,AtHKT1が陽イオンを選択的に透過させるものと考えられた。また,487番目のアミノ酸残基であるアルギニンをグルタミン酸に置換することにより(R487E),細胞外Tris,K+条件下でも大きな内向き電流が認められ,陽イオンの選択性が消失した。この事から,487番目のアルギニンが陽イオン選択性に関与していることが明らかになった。今後,AtHKT1のNa+イオン輸送様式がチャネルかトランスポータかを明らかにするために,AtHKT1発現卵母細胞に対してパッチクランプ法を適用することによりシングルチャネルレベルでの電流挙動を調べることが課題である。

23.正常発達,および病態における糖鎖構造の解析

和田 洋巳,田中 文啓,大竹 洋介,中川 達雄(京都大学大学院医学研究科)
長谷 純宏,中北 慎一,森口 和信,堂本 隆司(大阪大学大学院理学研究科)
長束 俊治(京都工芸繊維大学)
平原 幸恵(大阪府立母子保健総合医療センター研究所) )
本家 孝一(大阪大学医学部)
竹林 浩秀,伊東 真哉,竹中 一正(京都大学医学部))
西 望(香川医科大学)
河野 洋三(京都大学大学院医学研究科))
池中一裕

 N-結合型糖鎖は細胞表面の最外層を覆っているため細胞間の接着や情報伝達に大きく関与し,その結果として正常発達や様々な病態において重要な役割を果たしたり特徴的な変化を示していると考えられる。昨年度までの本共同研究において,多検体中の糖鎖構造を短時間に解析可能とする半自動化システムが確立され,それを用いて多くの検体を解析して肺がん患者の血清中に有意に増加する糖鎖構造を決定するなど多くの解析が行われてきた。
 我々はがんの転移においてもN-結合型糖鎖は大きな役割を果たすと考えている。臨床において,がんが転移する際に原発部位によって特定の臓器へ高頻度に転移を起こす傾向,いわゆる転移臓器選択性を認めるが,この現象にがん細胞と臓器細胞の糖鎖パターンの類似性が関連しているという仮説をたて,B16転移モデルマウスを用いてその検証を行っている。
 最初に,HPLCを用いて培養B16細胞のN-結合型糖鎖の二次元マップ作成と主要糖鎖構造決定を行った。次に,同細胞をC57BL/6マウスの尾静脈と,門脈あるいは脾臓から注入した。尾静脈からは肺転移,門脈や脾臓からは肝転移を主に認めた。これらの転移臓器から正常部位と転移がん部位をそれぞれ採取し糖鎖構造解析を行った。その結果,転移がんの糖鎖パターンはもとのB16細胞と比べて転移した臓器の糖鎖パターンにより近いパターンをとっていることがわかった。特に顕著な傾向を示したのはA2G2FとA2G2で,それぞれの培養B16,正常肺,肺転移,正常肝,肝転移における割合(%:総N-結合型糖鎖に対する割合)を以下に示す。


正常肺 肺転移 培養B16肝転移正常肝
A2G2F 17.1 7.8 1.75.75.1
A2G2 11.1 5.5 1.49.613.7

 この結果は糖鎖が転移臓器の選択に大きく関与している可能性を示唆するもので非常に興味深く,がんの予後診断や転移前の予防的治療など臨床応用の可能性もあるといえる。現在,このような現象が起こる機序や意義を含めさらに検証を行っている。

24.脳内部位特異的ドレブリンAノックアウトマウスの作製

白尾智明(群馬大学医学部附属行動医学研究施設行動分析学部門)
児島伸彦(理化学研究所脳科学総合研究センター)
小幡邦彦,柳川右千夫

 ドレブリンは神経細胞樹状突起スパインに存在するアクチン結合蛋白であり,スパイン細胞骨格の再編成によるシナプス可塑性の調節因子として働いている可能性が強い。本研究では,ドレブリンAを部位特異的にノックアウトし,in vivo, in vitroで,シナプス機能の変化を解析することにより,シナプス機能における神経伝達物質受容体・細胞骨格連関の重要性が明らかにすることを目指した。
 昨年度までの研究により,ドレブリンの発現量を変化させずにドレブリンAアイソフォームの発現のみを脳内全体でノックアウトするために作成したターゲッティングベクター pDAによってはキメラが誕生しないことが判った。本年,ドレブリンAのスプライスバリアントの一つであるS−ドレブリンAが発見されたが,pDAはこのS−ドレブリンAの発現も抑制すると考えられる。最近,S−ドレブリンAはドレブリンAが樹状突起スパインに特異的に存在しているのとは異なり,より神経細胞の一般的機能に関与していることが示唆された。さらに,このほかにも複数のスプライスバリアントが存在することも示唆された。これらのスパライスバリアントがキメラの正常発生に影響を及ぼしている可能性が考えられた。そこで,今回新たに,lox P 配列を有するコンディショナルノックアウト用のドレブリンAターゲッティングヴェクターを作成した。このヴェクターを用いてES細胞に相同組み換えを起こさせ,そのES細胞を使ってミュータントマウス作製を試みている。この試みにとは別に,アンチセンスオリゴヌクレオチド法によりドレブリンAを特異的にノックアウトすることを試みた。ドレブリンA特異的エクソン11に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを3種類作成した。これを培養12日目の初代培養神経細胞に投与したところ,このうちの一種類はドレブリンAの発現を特異的に抑制することが判った。この系を用いて,樹状突起スパインの形態変化を観察したところ,発生過程におけるドレブリンAの発現抑制はスパインの形成を抑制することが判った。以上の研究と同時に,従来の研究により作成済みであった,ドレブリン遺伝子の第一エクソンをlox P 配列で挟んだ構造のターゲッティングベクターを用いたES細胞の相同組み換えも試みた。200個のES細胞をスクリーニングしたが期待する組み替え体を得ることはできなかった。

25.Hirschsprung病コンジェニックラットの作製

安居院高志(名古屋市立大学医学部)
尾崎 毅

 ARラットはエンドセリンタイプBレセプター遺伝子(Ednrb)を欠損するヒトHirschsprung病の動物モデルである。ARラットは生後3週間で全例死亡してしまい,このことが繁殖ならびに実験の遂行の障害となっている。ARラットとLEラットの交雑ラインから,EdnrbslEdnrbの欠損タイプ遺伝子型)をホモにもっているにもかかわらず症状が緩和で寿命の長いラットが出現した。このことからラットの背景遺伝子がLEになると症状の緩和が起こり,寿命が延びる可能性が示唆された。そこでARラットをLEラットに10世代に渡り戻し交配することで原因遺伝子座Ednrbslを導入したコンジェニックラットLE-Ednrbslラットの作製を試みた。Ednrbslの検出はdeletionされている部分を挟むようにPCRプライマーを設計し,PCR産物の大きさから判定した。Ednrbslをホモに持つと繁殖に使えないため,常にへテロに保有しているラットを遺伝子診断により選び出し交配に用いた。
 作製されたLE-Ednrbslラットは予想に反し,ARラットと同様に激烈なHirschsprung病症状を呈し,生後3週間で全例死亡した。しかしながらこのコンジェニックラット作製途上で分枝したラインの中から,Ednrbslをホモにもっているにもかかわらず症状が緩和され寿命が延びるラットが見いだされた。このことはARとLE由来の背景遺伝子がある一定の割合で混ざりあうとEdnrb遺伝子欠損を補い,症状の緩和をもたらす可能性を示唆している。現在このラインの兄妹交配を続け近交系の確立を進めている。この系統が確立できれば,AR-EdnrbslまたはLE-Ednrbslとゲノムを比較することにより,Ednrb欠損を補っている遺伝子を明らかにできることが期待される。

26.Phosphohippolinのイオンチャネル活性の解析

宋 涛,渡邊泰男,徳田雅明(香川医科大学細胞情報生理学)
岡田泰伸,森島 繁

 ラット海馬cDNAよりクローニングした1回膜貫通型蛋白質(phosphohipollin以下Php)は,FXYD familyに属する蛋白質であり神経細胞において多く発現することをin situ hybridizationや免疫組織化学法により確認した。Phpは他のFXYD familyであるphospholemmanやMat-8,CHIFなどともhomologousであることより,それらの蛋白質と類似した機能,即ち「オリゴマーを形成し陰イオンチャネル活性を有する」ことが推測された。
 本研究においては,チャネル活性の有無を明らかにするため,PhpのmRNAをinjectし強制発現した卵母細胞およびPhp-cDNAをtransfectした哺乳動物細胞を用いて,パッチクランプ法によりCl-電流を測定した。
 その結果,卵母細胞ではPhp抗体でPhpの発現は確認されたものの,Cl-電流は検出されなかった。また哺乳動物細胞ではC6, HEK293T, NIH3T3などを用いて行ったが,NIH3T3には内在性のCl-電流がなくPhp発現によるphenotypicな影響もほとんどなかったので解析に用いる細胞として最適と判断した。しかしながら十分にPhpを発現したNIH3T3においてもCl-電流が検出されなかった。
 以上の結果から,Phpはphospholemmanなどチャネル形成蛋白質と類似するものの,Cl-チャネル活性はないと結論した。


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