生理学研究所年報 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

1.コンディショナルジーンターゲティングによるGnRHニューロンの機能解析

佐久間康夫,加藤昌克,七崎之利(日本医科大学生理学第一講座)
小幡邦彦,八木健

 性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)は生殖機能の神経内分泌調節に重要な役割を果たしていると考えられているがそれは直接的証拠ではなく間接的証拠によるものが多い。本研究ではコンディショナルジーンターゲティングの手法により,任意の時期にGnRH遺伝子のノックアウトを行い,GnRH分子が中枢で果たす役割の解析を目指すものである。特に思春期や更年期にこのニューロンの演じる役割は重要と考えられる。また,性行動の発現にもGnRHが関与することが示唆されているが,本計画共同研究でその解析もすすめる。
 昨年度までにLoxP配列をGnRH遺伝子エクソンの両端に導入した約16KbのGnRH gene targeting vectorを作成し,ES細胞にエレクトロポレイション法により導入した。PCRとサザンブロットでターゲティング遺伝子の導入されたES細胞を選抜し,さらにPGK-neo遺伝子を除去したクローンを選び出した。次にこのES細胞を8細胞胚に注入しノックアウトマウスの作成を4回試みたが,全て失敗しキメラマウスを得られなかった。現在この原因を追及中である。

2.インスリンレセプターによる膵β細胞機能調節とシグナル伝達機序

矢田俊彦,出崎克也(自治医科大学)
橋口鈴子(鹿児島大学)
岡田泰伸,森島 繁

 グルコース応答性インスリン分泌は,β細胞内Ca2+濃度([Ca2+])の増加により仲介されている。インスリンとInsulin-like growth factor-1(IGF-1)はグルコース応答性[Ca2+]増加の第2相オシレーションを第1相よりも強力に抑制することを見出した。一方,グレリンは,胃と視床下部に局在するペプチドであり,成長ホルモン-IGF-1系の新しい刺激ホルモンとして機能することが明らかにされている。我々は,グレリンにもインスリンやIGF-1同様の抑制作用があることを見出した。グレリンは10-8Mにてグルコースおよびロイシン応答性[Ca2+]増加を抑制したが,KATPチャネル抑制剤による[Ca2+]増加には作用しなかった。グレリンはグルコース応答性インスリン分泌も抑制した。以上の結果より,身体の成長を増強する高濃度のインスリン・IGF-1・グレリンはいずれもβ細胞抑制作用をもつこと,グレリンの作用点はKATPチャネルよりも上流のグルコースシグナル部位であると考えられる。

3.上皮細胞におけるTRPV1関連陽イオンチャネルの発現と機能

富永真琴,飯田陶子(三重大学医学部・生理学第一講座)
岡田泰伸

 トウガラシ成分カプサイシンの受容体TRPV1は,非選択性陽イオンチャネルである。上皮細胞には浸透圧変化を感知して開く陽イオンチャネルの存在が知られているが,その分子実体は明らかでない。最近,TRPV1に構造の類似する陽イオンチャネル(TRPV4)が浸透圧受容体候補として報告された。そこで,TRPV4が上皮細胞における浸透圧変化の感知に関わっているかどうかを調べるため,小腸上皮でのTRPV4の発現を検討した。ヒト小腸上皮由来培養細胞(I407)においてRT-PCRを行ったところ,TRPV4のmRNAは検出されなかった。したがって,小腸上皮ではTRPV4以外の分子が浸透圧変化の感知に関与していることが示唆された。他の上皮組織におけるTRPV4の発現については現在検討中である。一方,ヒト胎児腎臓由来の細胞株HEKでTRPV4 mRNAが検出され,腎臓にTRPV4が発現しているという以前の報告と一致したが,電気生理学的にはHEKでこのチャネルの機能は観察されていないため,さらなる検討が必要である。TRPV4のmRNAはラットグリオーマ由来の細胞株C6Bu1にも発現していることがわかり,TRPV4が脳機能において何らかの役割を果たす可能性が示された。今後,C6Bu1におけるTRPV4タンパクの機能的な発現を検討していく予定である。

4.乳酸アシドーシスによる脳グリア細胞の容積調節

鍋倉 隆,小宗静男(宮崎医科大学・耳鼻科)
森島 繁,森信一郎,岡田泰伸

 一般に細胞に低浸透圧刺激を与えると細胞は,いったん膨張し,まもなくregulatory volume decrease(RVD)により,元の容積に回復することが知られている。このRVDの際に最も重要なのは,volume-sensitive outwardly rectifying(VSOR)Cl- channelを介するCl-の細胞外への排出であることがわかっている。乳酸アシドーシスとグリア細胞容積との関係をC6 glioma細胞を用いて調べた研究で,「乳酸アシドーシス(pH 6.8以下)によってグリア細胞は膨張し,その後RVDは生じず,膨張した状態が持続する。」と報告されている(Staubら,1990)。我々は,RVDが,ラクトアシドーシス下で,抑制されている原因は,VSOR Cl- channelの抑制であろうと仮説を立てた。この仮説を検証するためには,VSOR Cl- channel以外のCl-排出経路を細胞に新たに供給することが必要である。近年,アニオン特異的イオノフォアとしてH. pyloriより産生されるVacA蛋白が精製された。我々は,この蛋白をC6グリオーマ細胞に適用して,アニオンイオノフォアを作成し,RVD機能が,回復するかどうかを調べた。C6グリオーマ細胞を用いて乳酸アシドーシス下のRVDが抑制されている事を示した。乳酸アシドーシス下でのRVDの抑制は,容積感受性クロライドチャネルの抑制のために生じる事を認めた。

5.膜孔形成タンパク質による腸管上皮細胞の体積変化の解析

冨田敏夫(東北大学大学院農学研究科)
Rabshan SABIROV

 エノキタケ子実体に存在するフラムトキシンは,ヒト白血球など多くの動物細胞に膜孔を形成して細胞崩壊あるいは膨潤をおこす。この31 kDaのタンパク質は腸管上皮細胞に対して膨潤作用を示し,細胞間のタイトジャンクションの物質透過性を亢進する。我々は,フラムトキシンが細胞膜上で自己集合して外径10 nm,内径5 nmのリング状の膜孔複合体を形成することを明らかにした。昨年度のプロジェクトにより,フラムトキシンは脂質平面膜(Planar lipid bilayer)に電位依存的に開閉する大小2種類の陽イオン選択的チャネルを形成する事実が明らかになった。大きいチャネルは実効内径5 nmの親水性の膜孔であり,フラムトキシンが形成するリング状構造体であることが判明した。一方,小さいチャネルの分子的実体はフラムトキシンのダイマーであると考えられた。各種ヒト由来株化細胞に対する作用を調べた結果,フラムトキシンはヒトの腸管上皮細胞(I-407)に対して効率的にチャネルを形成し,やがて細胞膜の盛り上がりによるbleb形成および細胞膨潤をおこした。フラムトキシンによる腸管上皮細胞の体積変化の仕組みを解析するために,フラムトキシンがヒト腸管上皮細胞に形成するチャネルについて解析した。その結果,フラムトキシンが腸管上皮細胞に形成したチャネルは,脂質平面膜においてと同様に,大小2種類の電位依存的に開閉するチャネルであり,細胞の内向きに陽イオンを取り込む性質を示した。このチャネルの特筆すべき性質は,生成したチャネル活性のかなりの部分(>50%)が細胞を洗浄することで消失することであった。フラムトキシン処理した細胞の洗浄液を電子顕微鏡で観察すると外径10 nmのリング状構造体が観察されることから,細胞膜上で自己集合したフラムトキシン複合体が細胞膜に突き刺さる過程が可逆的性質を示すためであると推定された。マウスにおいてはキノコによる接触阻害現象が観察されることから,フラムトキシンの腸管上皮細胞におけるチャネル形成に関してさらに解析するとともに,このタンパク質による腸管機能に対する影響について研究をおこなっている。

6.新規の神経突起伸長遺伝子norbinのノックアウトマウス作成による生理機能の解析

丸山 敬(埼玉医科大学薬理学教室)

 反復刺激後にシナプスの伝導効率の上昇が持続するLTP(長期増強)に関与する遺伝子の探求を,報告者が生理学研究所に在籍当時から開始した。LTPを誘発するKチャンネル阻害剤tetraethylammoniumによって発現が上昇する遺伝子を検索した。その結果,神経組織に特異的な遺伝子(KW8, norbin)を特定した。KW8(現在はNeuroD2と命名されている)は,分化関連の転写因子に多く見られるbasic helix-loop-helix領域を持つ新規の遺伝子であった。norbinの核酸配列ならびに蛋白質の推定アミノ酸配列は,データベースのホモロジー検索では新規の遺伝子であった。norbinのcDNAを神経系培養細胞であるNeuro 2aに遺伝子導入によって過剰発現したところ,神経突起の伸長が誘引された。以上のことから,神経回路の形成と維持に関与している遺伝子の可能性が考えられる。
 本共同研究では,数年来norbinノックアウトマウスの作成を目指してきた。使用するノックアウト・ベクターを5種類作成し,千個以上のES細胞のクローンをスクリーニングしたが,相同組換え体を得ることができなかった。その原因は不明であるが,ゲノムの領域によっては相同組換えがおきにくい場合があるとのことである。2001年10月,ランダムインサーションによりノックアウトマウスを網羅的に作成するプロジェクトを行っているドイツのGSF-Institute of Mammalian Geneticsより,norbinノックアウトマウスが提供された。
 このノックアウトマウスは肉眼及び光顕レベルでの観察では大きな異常は見いだされず,また,だいたい正常に繁殖している。現在,どのようなゲノム変異が生じているのかと,形態的および生化学的解析を行っている。
 我々の最初の報告から2年後,軟骨と神経に発現している因子としてneurochondrin(Ishiduka YらBiochim Biophys Acta. 1999 1450:92)としてnorbinが報告された。nobinの細胞外の分泌を再検証したところ,確実なシグナル配列は見いだされないが,ある程度は細胞外に分泌されることを確認した。したがって,栄養因子のような機能の可能性も浮かび上がってきた。
 今後は,入手したノックアウトの行動学的解析を行う予定である。


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