生理学研究所年報2002

1.マイクロイメージング法による脳室周囲器官群および関連する視床下部・延髄の研究

鷹股　亮（奈良女大生活環境）
瀬尾芳輝，生駒和也（京府医大医）
荻野孝史（国立精神・神経センター神経研）
村上政隆，永山國昭

　脳室周囲器官群である脳弓下器官 (SFO) および終板器官 (OVLT)は，第三脳室前壁に位置し，体液調節，特に浸透圧調節において重要な役割を果たしていると考えられている。これらの部位は，血液－脳関門が欠損していて，血漿浸透圧をモニターする浸透圧受容器が存在していると考えられているが，実際にこれらの部位の毛細血管水透過性を定量的にin vivoで測定した研究はない。本研究では，ラット脳各部位における毛細血管水透過速度をGd-DTPAを静脈内に持続投与して，組織のT₁緩和時間をinversion recovery MRIイメージで測定することにより定量化し，脳室周囲器官（特にSFO）と脳内の他の部位と比較した。Gd-DTPA静脈内投与によるT₁緩和時間の短縮をT₁強調画像法で画像化し，SFOにおいては高信号に検出されたが，OVLT，視床下部には有意な領域は検出されなかった。SFOにおける緩和時間の短縮が，Gd-DTPAの血管から組織への漏出によるものでないことをBBB破壊実験，および静脈内Gd-DTPA濃度を段階的に変化させてT₁緩和時間を測定することにより確認した。SFOでは，Gd-DTPA投与によりT₁緩和速度（1/T₁）は，各々0.70 ± 0.02 sec^-1から1.53 ± 0.11sec^-1に上昇した。一方，大脳皮質や視床においてはT₁の有意な変化は認められなかった。SFOにおける毛細血管内皮の水透過係数を求めると，3.7×10^-3cm s^-1となった。この値は，腎臓の直血管における透過係数に匹敵するもので，脳における毛細血管の値としては極めて高く，BBBが存在する皮質における透過性の10-100倍大きいことが明らかになった。この結果は，SFOが血漿の浸透圧受容部位として機能するに極めて効果的な構造をしていることを示唆する。今後は，血漿浸透圧上昇時の脳内神経活性部位を明らかにしていく予定である。

2.MRIによるパーキンソン病モデルラット線条体の観察

赤川公朗（杏林大医）　佐治真理（北里大医療衛生)
村上政隆（生理研）瀬尾芳輝（京府医大医）藤原智徳（杏林大医）

　HPC-1/syntaxin 1Aはシナプスにおける神経伝達物質の開口放出を制御している。HPC-1の開口放出過程における詳細な生理機能は不明の点が多いが，多くの開口放出関連蛋白質と総称される蛋白質群と相互作用することによりシナプス小胞とシナプス前膜の結合及び融合過程を調節していると考えられている。我々はHPC-1のmRNAに対するantisense okigonucleotide（AS）を投与することにより蛋白質合成を抑制した場合の神経伝達物質放出に与える影響を検討してきた。In vivoにおいて一側のラット脳黒質にstereotaxicにASを注入し，黒質神経細胞の蛋白質合成を阻害すると，その投射先である線条体では24時間後には，HPC-1発現量が低下すると共にdopamineの放出量が変化することが免疫組織化学及びin vivo microdialysisにより確認された。この際，アンフェタミン（AP）投与により放出を促進させると，およそ半数のラットでは運動異常，特に回転運動を示すことを見出し，処置側の線条体機能が阻害されることが示された。この効果は数日間持続し，それ以降は回復することから，この系はラットにおける一過性のパーキンソン病のモデルと考えられた。本研究ではこの実験条件下での線条体，大脳皮質の活動の変化をMRIにより観察することを試みた。
　実験は一側にAS処置をした動物にAPを与えて回転運動を生じることを予め確認したラットを用いた。ハロセン麻酔下に，気管切開を行い，呼吸をrespiratorで調節しながらAPを投与し，継時的にMRIでイメージングすることにより，阻害側と正常側における機能状態を検討した。その結果，処置動物では処置側と正常側（対側）の線条体における差異を観察することはできなかったが，対側大脳皮質頭頂領域に機能亢進を示唆する変化を認めた。麻酔により運動は抑制されているので，この結果は運動の連合機能との関連を示唆したが，差異は個体差が大きく，また実験前日にAP処置により行動異常を確認した動物ではより大きな差が認められる傾向があったことから，数日以内の近接したAP連続投与による影響も否定はできなかった。従って，更に例数を増やして詳細な検討をする必要があり，AP連続投与による大脳の活動変化の基礎的観測を計画しなければならない。

3.磁気共鳴イメージングによる自律神経中枢の同定

森田啓之，藤木通弘（岐阜大医）
荻野孝史（国立精神・神経センター研究所）
瀬尾芳輝（京府医大医）
鷹股　亮（奈良女大生活環境）
村上政隆

　【目的】昨年度，Mn²⁺造影T1-weighted MRIとFos発現を比較し，高浸透圧刺激に対する中枢興奮部位同定において，Mn²⁺造影T1-weighted MRIはニューロン単位で興奮部位を同定できる空間分解能を有していることを報告した。この方法は神経細胞興奮時にCa²⁺チャネルから流入したMn²⁺によるT1緩和時間変化によりコントラストを作成する，血行動態に依存しないMRI画像法である。本年度の研究では，Mn²⁺造影MRIの時間分解能を検討するため，この方法を用い，自律神経系刺激に対する中枢興奮の時間経過を調べた。自律神経系刺激には側脳室内高張NaCl投与を用いた。
　【方法】全ての実験はWistar系雄ラット（320～450 g）を用いて行った。エンフルラン（1 %），O₂/CO₂∠∠∠N₂O (1 : 1.5)吸入麻酔下に，左大腿静脈から下大静脈へMnCl₂投与用カテーテルを挿入した。右外頸動脈から総頸動脈に向けカテーテルを挿入し，先端部は総頸動脈‐内頸動脈分岐部に固定した。側脳室に高張NaCl溶液投与用カテーテルを挿入し，頭蓋骨に固定した。手術終了後，腹腔内にα‐クロラロース（50 mg/kg）＋ウレタン（450 mg/kg）を投与し，エンフルランを中止した。ラットをアクリル製頭部固定装置に固定した後，23 mmの表面コイルをbregmaの尾側4 mmの場所に中心を合わせて設置した。MnCl₂（100 mM，2 ml/kg/h）を静脈内に投与しながら，25 %マンニトール溶液（5 ml/kg）を右内頸動脈から投与して右側血液脳関門を破壊した。MnCl₂投与開始40分後に，高浸透圧刺激として1.5 M NaCl溶液（10 μl）を側脳室から投与した。磁気共鳴施設のABX Biospec 47/40（Bruker社，4.7 T）を用い，刺激前，刺激中，刺激後と連続してT₁-weighted MRI画像を撮影した（視野：25×25 mm，データ画素数128×128，スライス厚1 mm，16スライス，TR/TE：150/4.2 ms）。刺激前後の信号強度変化スピードを検定し，刺激により有意に信号強度が増加した部位を求めた。
　【結果と考察】図1に高張NaCl溶液側脳室内投与に対して，信号強度が増加した中枢部位を示す。時間経過に従って，側脳室周囲から視床，視床下部，皮質へと興奮が広がっている。図2に側脳室周囲の視床，第3脳室室傍核，視索上核における信号強度の経時変化を示す。3つの部位で，応答時間に差があった。
　以上の結果から，信号強度の立ち上がりスピードを求めることにより，興奮の時間経過を求めることができる。視床下部興奮の時間経過は，交感神経活動増加の時間経過とよく一致しており，Mn²⁺造影T₁-weighted MRIは良好な空間分解能とともに，良好な時間分解能を持つことが確かめられた。

図1：側脳室内1.5 M NaCl溶液投与に対する1分後（左），15分後（右）の中枢応答。

図2：側脳室周囲の視床，第3脳室室傍核，視索上核における信号強度の時間経過。

4.中国針によるSHR-SPラット脳梗塞後遺症麻痺回復過程における脳内構造変化のMRI観察

井上　勲（徳島大学）
荻野孝史（国立精神・神経センター）
村上政隆

　頭骨に沿い骨膜と帽状腱膜の間に針を長く刺す頭針（Scalp Acupuncture; SA）による脳卒中麻痺治療法は中国において経験的に確立され，広く臨床で用いられている。これまでの臨床報告によれば，SAは麻痺と言語障害に対して特に効果があり，卒中の原因（脳出血，脳梗塞）に関わらず，また急性，回復期，後遺症にある全患者の90％以上に麻痺軽減効果が認められ，患者の60－80％は完全あるいは「著しく」回復し社会復帰を果たす。この回復率はコントロール（投薬のみによる回復率）の倍である。このように劇的なSA効果を科学的に解明するためには，信頼できるコントロールデータが得られること，および心理効果を除く必要がある。卒中易発症ラット(Spontaneous Hypertensive Rats-Stroke Prone; SHR-SP)はヒトの卒中に最も近い発症パターンを現すモデルラットである。我々はSHR－SP卒中発作後SAを施し，麻痺に対するSA効果を調べた。その結果，SAは速やかかつ強力に麻痺を取り除くことが判明した。SAの麻痺除去作用には一過性の速い過程と持続的なゆっくりした過程が存在する。速い効果はSA後30分以内に現れる。この間で麻痺の程度は重度（Grade 3-4）から軽度（Grade 1-2）に著しく軽減する。この速い効果は徐々に薄れるが，SAを繰り返すことにより，麻痺は継続的に軽減し，発症後平均5日でほぼ完全に消失する。脳の病理解剖の所見からSAは脳出血，脳梗塞に関わらず麻痺除去作用があることが判明した。これらのSA効果は臨床報告とよく一致する。したがって，SAはラットにおいてもヒトと同様の脳内作用を誘発するものと考えられる。SAの即効性から，麻痺は神経細胞の損傷によるものとは考えにくい。何か他の原因で，活動電位の伝播が阻害されたものと考えられる。したがって，その外的要因が取り除かれれば，神経は速やかに元の機能を回復する。
　このように短時間で生じる麻痺除去の脳内過程を調べるためには，MRIによる非破壊観察は強力な研究手法である。我々は，ラット中大脳動脈付近に高解像度を得るための誘導コイルを作成した。

5.MRIによるサル視床の観察と電極定位への利用

船橋新太郎，竹田和良，渡辺由美子，居垣紗織（京都大学）
一原里江（札幌医科大学）

　視床背内側核は，前頭連合野と双方向性の強い線維結合をもち，その損傷により前頭連合野の損傷に類似した行動変化が観察されることから，前頭連合野の機能を理解する上で視床背内側核の機能の理解が不可欠であると考えられる。われわれの研究グループでは，ワーキングメモリを必要とする課題を行なっているサルの視床から単一ニューロン活動の記録を試みているが，背内側核が脳の深部に位置し，位置決定のための基準となる stereotaxic map上の位置が文献により大きく異なるため，電極の定位が難しい。そこで，MRIにより視床を含む脳領域を可視化し，いくつかの脳部位との相対的な位置関係から視床背内側核の位置を正確に定位することを試みた。
　2頭のアカゲザルの脳のMRI画像を撮影した。麻酔したサルの頭部をMRI撮影用脳定位固定装置に固定し，MRI装置により，前額断，矢状断，水平断の脳断面を撮影した。撮影はstereotaxic atlasで想定される視床背内側核を中心に，全脳にわたって行なった。
　撮影されたMRI画像はSPM99を用いて解析した。まず，脳をstereotaxic atlasと同一の座標に配置し，前額断の画像を用いて前交連の位置（前後軸上の座標位置）を決定した。いずれの文献でも，背内側核の前後軸上の位置は，前交連の後方6-16mmの範囲であることから，先に決定した前交連の位置から背内側核の位置を決定し，そこに電極の先端が行くように電極アダプターの位置を決定した。
　現在，これらのサルの視床より単一ニューロン活動を記録し，分析を行なっている。

6.磁気共鳴画像装置による脳賦活検査を用いたヒトの高次脳機能研究

飯高哲也，羽田薫子，松本敦（名古屋大学　大学院環境学研究科　心理学講座）
野川純平（名古屋大学　情報文化学部）
ジョアン・チャオ（ハーバード大学　心理学講座）

　顔は日常生活上で最も高頻度に遭遇する対象であり，その認知機構を研究することは心理学における重要な課題となっている。表情の些細な変化をも区別する我々の脳は，顔の認知処理に関して特有に発達したシステムを持っていることが予想される。このシステムは後頭－側頭葉領域に存在することが指摘されてきたが，最近はfMRI，ERPなどを用いて顔認知に関する脳内機構が積極的に調べられている。
　Ⅰ）人種間の表情認知の差異に関わる脳内機構
　脳画像研究は社会心理学の領域でも行われ，人種間のコミュニケーションに関わる神経基盤を探る試みも行われている。我々は自分と同一もしくは異なった人種の表情を同定する際の脳活動をfMRIを用いて検討した。12人の健常な日本人が白人と日本人の顔（それぞれ怒り，恐れ，笑い，無表情の4種類）の表情判断を行っている時に脳賦活検査を行った。一次視覚野と両側紡錘状回は人種に関わらず賦活されたが，白人の顔は両側紡錘状回後半部を，日本人の顔は右上側頭溝周辺を有意に賦活した。この傾向は白人の「恐れ」と「無表情」，日本人の「怒り」「笑い」「無表情」で強かった。特に顕著であったのは日本人の「笑い」の認知と右上側頭溝周辺領域の賦活の関係であった。親近性が低い白人の顔は低次な形態的処理が必要であり，日本人の顔は些細な表情の変化をとらえる必要があることからそれぞれ固有な領域が関与したと考えられた。
　Ⅱ）同一被験者における顔認知課題中のfMRI・ERP測定
　fMRIとERPはそれぞれ神経活動に伴う血行動態と電気生理学的変化の反映であり，前者は空間的，後者は時間的情報に富んでいる。この2種類の情報を統合してヒトの認知活動をとらえていくことが重要である。12人の健常被験者が顔と家の判別課題を行っている時に，別セッションでfMRIとERPを測定した。実験は同一の被験者群と同一の課題設定で行われた。その結果fMRIでは紡錘状回，海馬・扁桃体，前部帯状回などに顔で強い賦活が認められた。ERPでは両側側頭－後頭葉領域に顔で強いN170成分が認められた。相関解析の結果，N170成分の潜時と左右紡錘状回の信号強度に有意な正の相関を認めた。しかしN170成分の振幅と信号強度には有意な相関は見られなかった。この結果は顔認知に関してERPで測定された波形の時間的成分がfMRIで測定された血行動態の変化と関連していることを示している。

7.運動イメージと運動錯覚に関与する脳領域の解析

松村道一，小田伸午，内藤栄一（京都大学総合人間学部）
河内山隆紀，来田宣幸，橋本敏宏，守田知代，富田広美，北田亮（京都大学大学院人間環境学研究科）

　人間は実際に運動を行わなくても，身体運動を想像すること(運動イメージ)ができる。この場合，自らの身体に関する内的表象である「身体図式」= body imageを自由に操っていると考えられる。運動イメージ中の脳活動の研究は数多く，ある運動のイメージ中には，その運動を実際に制御する場合に賦活する脳部位が関与することがわかっている。この事実より，運動イメージは，運動実行のシミュレーション過程であるとの見解に至っている。しかしながら，運動イメージ中に運動のどの要素がシミュレートされているのか明らかではなかった。物体の視覚像をイメージする場合，あたかもその物体を見ているかのような感覚を経験することができる。したがって視覚イメージ中に脳内でシミュレートされるのは，視覚の感覚経験である。これが運動イメージの場合ならば，ある運動をした場合に期待される運動感覚がシミュレートされているはずである。
　もし運動イメージ中に運動感覚がシミュレートされているならば，腱刺激により惹起される四肢の運動錯覚量が，その四肢の運動イメージによって影響を受けるはずであると仮説し，行動学実験を行い，脳血流を測定した。行動学実験では，右手伸筋の腱への振動刺激により生じる右手の屈曲方向への運動錯覚量が，右手の屈曲または伸展方向の運動イメージによってどういう影響を受けるかを心理物理的に評価した。
　その結果，運動錯覚方向と同(屈曲)方向の運動イメージは，屈曲運動錯覚経験を増大させ，反対(伸展)方向のイメージはそれを減弱させた。運動イメージが運動錯覚に影響を与えたことから，運動イメージ中にはおそらく運動感覚がシミュレートされている可能性を示した。
　この行動学実験より，運動イメージ想起時中には運動感覚がシミュレートされていることが明らかとなった。このような機能をつかさどる脳領域は，おそらく運動イメージ中に賦活される脳部位でかつ運動錯覚経験中にも共通に賦活される部位であると仮説し，被験者が右手の運動錯覚を経験している最中，または右手の運動イメージを行っている最中に脳活動を記録した。その結果，左半球の補足運動野，運動前野，右半球の小脳が両者に共通の脳内システムであることが判明した(図1)。左半球の頭頂葉は運動イメージのみで賦活した。以上から運動イメージ中にはその運動を行った場合に期待される運動感覚もシミュレートされることが示された。

8.磁気共鳴装置による脳賦活検査を用いたヒトの顔認知に関する研究

成本　迅，福居顯二（京都府立医科大学　精神医学教室）

　顔はさまざまな情報を同時並行で伝えることができる。その認知機構は情報の種類ごとに異なると考えられている。我々は同じ顔から表情を同定する際と個人を同定する際の脳活動をfMRIを用いて検討した。
　12人の健常被検者が顔（恐れ，笑い，悲しみの3種類）の枠の形を判別する課題（以下枠課題），表情判断課題（以下表情課題），それから個人の同定を行う課題（個人課題）を遂行している際に脳活動を計測した。それぞれの課題で両側紡錘状回，右上側頭溝周辺，両側頭頂間溝周辺に賦活が見られた。このうち，両側紡錘状回，右上側頭溝周辺，左頭頂間溝周辺では枠課題に比べ，表情課題と個人課題で有意に賦活が強かった。さらに，右上側頭溝周辺では，個人課題に比べ表情課題で有意に強い賦活を認めた。右上側頭溝周辺は，視線方向を同定する際にも賦活されることが報告されており，表情や視線方向などの一時的で変化に富む情報の認知に関与していると考えられた。

9.温熱的情動感覚（暑さ・寒さ）発現の脳機構解析

彼末一之，永島　計（大阪大学医学部保健学科）

　温熱的情動感覚（暑さ・寒さ）は行動性体温調節に関係する主観的なもので，単に皮膚温度刺激だけではなく，内部の温熱的条件に強く依存する。この感覚の神経機構に関する知見は少ない。本研究ではこの問題を解析する第一歩として，ヒトの全身冷却刺激をしたときの脳活性部位をfMRIで解析した。
　実験は8人の成人男性（28±8才）を被験者として行った。被験者は短いパンツのみ着用して寝袋を改造した温度刺激装置内に入った。寝袋には胸部の口から空気が流入し，足の部分から流出する。循環する空気は温冷風供給装置から供給した。72分間の撮像中4つの温度条件を設定した。①温熱的中性域の28℃の風を15分間，②送風を停止，15分間，③5℃の冷風を22分間，④32℃の温風を20分間である。被験者は1分毎に9段階の全身の温熱的不快感（1, very cold; 2, cold; 3, cool; 4, slightly cool; 5, neutral; 6, slightly warm; 7, warm; 8 hot; and 9, very hot）を寝袋に開けた透明な窓を通して，右手指のサインで申告した。撮像は1.5テスラのMR装置で6秒ごとにT2^*強調，gradientechoEPI法で行った。1volumeは1mmのギャップで5mm厚の24断面からなり，各断面64×64pixelsである。正規化した信号は被験者毎に各voxelの信号と申告された感覚の関係の回帰直線を計算した。そしてその傾斜がp＜0.05有意水準で0と異なるvoxelを求めた。被験者8名すべてについて有意なvoxelにつきすべての被験者のデータをまとめてその回帰直線の傾斜がやはり有意に0と異なる場合を活性とみなした。
　本実験では両側の扁桃体にのみ温熱的快・不快感の申告と局所脳血流量（rCBF）が負の相関を持つ，つまり「寒さ」の感覚が強いほどrCBFの大きな部位が得られた。この部位が温熱的情動感覚発現に重要な役割を果たしていることが示唆される。最近の研究では皮膚温度に関する情報処理は島皮質が重要であることが示唆されている。つまり温熱的不快感は島皮質から扁桃核に信号が伝えられることで生まれると思われるが，本研究ではそこまでは明らかに出来なかった。これは今後明らかにすべき課題である。

10.磁気共鳴画像を用いた随意運動に関与する大脳運動調節機構の解明

花川隆，矢澤省吾，長峯隆，福山秀直（京都大学医学研究科附属高次脳機能総合研究センター）
池田昭夫（京都大学医学研究科臨床神経学）
国枝武治（京都大学医学研究科脳神経外科学）

　非侵襲的脳機能検査の中で，もっとも簡便で，広く利用されている検査法が磁気共鳴機能画像(fMRI)である。fMRIは簡便であるが故に，その知見の根拠となっているblood oxygen level dependency（BOLD）による脳血管の反応と神経活動そのものの間の関連性に関する確実な証拠が必要であるが，これまでのところ，BOLDによる所見と神経活動に関して，ヒトで直接比較検討した報告は少ない。
　われわれは，内科的な治療ではコントロールできない，いわゆる難治性部分てんかん患者3症例（いずれの症例も前頭葉内側面に腫瘍ないしはグリオーシスを有し，手術的摘出術が必要なもの）において，術前検査の一部として，fMRIと慢性硬膜下電極による電気刺激を行うことができ，それらの相互の結果を比較検討する機会にめぐまれた。本報告ではその結果を報告する。
　MRIは，1.5テスラGE社製Horizonで，BOLD効果を測定するのに適した，single shot gradient-echo, echo planar法（TR=3 sec, TE=40 msec, flip angle 90, 64x64, 3.44x3.44x3.5 mm voxel）による撮像をおこなった。課題は，手指と足部の単純運動を被験者に課した。賦活部位の同定には，Statistical parametric mapping 96を用い，p＜0.001を有意水準とした。その後，慢性硬膜下電極からの刺激により，同様の運動が誘発されるか否かを観察した。
　慢性硬膜下電極により刺激された前頭葉内側の運動関連部位（前補足運動野，補足運動野，陰性運動野）での運動誘発の結果と，fMRIにより得られた四肢の運動に関連して賦活が見られた部位は，ほぼ同じであった。したがって，非信州的脳機能の検査方法として，BOLDを指標としたfMRIの結果は，運動機能の評価に関しては，大きな間違いを含んでいないと結論することができる。かかる，同様の課題を異なった手法で評価して，脳機能のマッピングを比較検討することは，今後，正確な脳機能の分布を解明する上で，極めて重要な考え方であるといえる。
　今回の検討は，運動，しかも，前頭葉内側面に限った検討で，必ずしも脳全体に関する検討ではない。したがって，このような検討が広汎な脳領域について行われ，詳細な脳機能局在の研究が行われる必要がある。そのための基礎的な研究として，本研究は，先駆的な意味があると考える。



Copyright(C) 2002 National Institute for Physiological Sciences