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1. 脳磁図を用いたヒト感覚機能の研究

寳珠山 稔(名古屋大学医学部保健学科)

 人の感覚に関連する情報処理過程について生体磁気計測装置(Magnitoencephalography, MEG)により計測される体性感覚誘発脳磁場(Somatosensoy evoked magnetic cortical fields, SEF)を用いた研究を行った。本研究では,雑音の混入が少ない大脳皮質誘発反応を記録できるMEGの特性を生かし,非常に短い刺激間隔(0.5ms〜100ms)でSEF成分のRecovery function (RF)を記録し2つのSEF早期皮質成分に機能的差があることを明らかにした(Hoshiyama and Kakigi, Clin Neurophysiol, 2001)。
 早期の皮質反応と考えられるSEF成分については刺激後20ms(1M)と30ms(2M)の潜時で出現する成分が認められる。これらの電流源はMEGにより第一次体性感覚野の主にarea 3bと考えられる領域に推定される。この2つの成分についてRFを測定した。正中神経に1つの刺激(S1)を与え直後にもう1つの刺激(S2)を与えるとS2に対する反応はS1とS2の時間間隔(ISI)により変化をし,ISIが10ms以下では潜時の早い1Mだけが消失する一方,2Mが消失するのはISIが1ms以下の場合であった。このことから,1Mと2Mは皮質内では機能的に独立し,体性感覚野内での感覚信号の並列処理過程を反映しているものと考えられた。
 また,本年の研究ではこれまでに多くの知見が蓄積されている体性感覚誘発脳電位(Somatosensory evoked potential, SEP)とSEFとの対応を検討した(Hoshiyama and Kakigi, Brain Res, 2001)。SEP成分とSEF成分の時間的ばらつきを比較することによりSEPのN20成分と1M,P30成分と2Mが対応することを明らかにした。

2. ウィリアムズ症候群における視覚認知背側経路の機能
(運動視知覚と視空間認知障害について)

中村みほ(愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所)
金桶吉起
渡邊一功(名古屋大学医学部小児科)
柿木隆介

 Williams 症候群は,7番染色体に欠失を持つ隣接遺伝子症候群で,精神発達遅滞,心血管系の異常,特異な顔貌を古典的症状とするが,認知能力のばらつきが大きいことで注目を集めている。一般に聴覚に比して視覚認知に劣るとされているが,視覚認知の中でもその能力は不均一で,物の形,色,顔の認知が比較的保たれているのに対し,図形を上手に模写できない,空間配置能力に劣るなど視空間認知障害があることが知られており,これは視覚認知背側経路の障害に起因すると考えられている。
 本研究では,13才のWilliams 症候群患児を対象に,背側経路の重要な機能のひとつである運動視に着目し,心理物理学的ならびに神経生理学的検討を行った。はじめに心理物理実験において,ランダムドットキネマトグラムにより作成された運動視刺激にたいする知覚が同年齢の健常者と変わらないことを確認した。また,仮現運動に対する知覚も同年齢の健常コントロールと違いを認めなかった。次に脳磁計を用いて,ランダムドットキネマトグラムにより作成された運動視刺激により誘発される脳磁場反応を計測した。その結果,運動視知覚の中枢とされるV5/MT野に相当する部位に反応を認め,その反応潜時も健常成人のそれと有意差を認めなかった。以上より,本症候群に典型的な視空間認知障害を示し背側経路の障害が疑われる本患者においても,運動視中枢にいたるまでの反応が健常者と同様に認められることが神経生理学的に明らかになり,これは心理物理実験の結果とも一致するものであった。
 坂田らによれば,視覚認知の背側経路はさらに2つのサブルートに分かれるとされている。すなわち,運動視知覚にかかわる経路と三次元知覚,物の位置の知覚にかかわる経路である。本研究の結果から,Williams症候群における視空間認知障害は,背側経路の中でも運動視中枢およびそれに至る経路以外の部位(すなわち,三次元や位置の知覚にかかわる経路)の障害によることが示唆された。


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