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2.シナプス伝達の局所制御と可塑性の分子機構

2001年6月13日−6月14日
代表・世話人:狩野方信(金沢大学大学院医学研究科)
所内対応者:森泰生(統合バイオサイエンスセンター)

(1)
遺伝子操作マウスを用いたグルタメイト受容体の機能解析
崎村建司(新潟大学脳研究所)

(2)
グルタミン酸受容体のゲートと会合のメカニズムの解析
柚崎 通介(St. Jude Hospital)

(3)
グルタメイト受容体のシナプスへのtargeting
深谷昌弘,渡辺雅彦(北海道大学医学研究科)

(4)
逆行性シグナルを介するシナプス伝達調節
少作隆子(金沢大学医学系研究科)

(5)
内在性カンナビノイド受容体リガンド
杉浦隆之(帝京大学薬学部)

(6)
カルシウムチャネルミュータントマウスとシナプス伝達
井本敬二(生理学研究所)

(7)
海馬錐体細胞樹状突起スパインの形態とグルタミン酸感受性
松崎政紀,河西春郎(生理学研究所)

(8)
細胞内シグナル伝達系によるback propagating spike の制御
坪川 宏(生理学研究所)

(9)
樹状突起におけるシナプス応答の電位イメージング
宮川博義(東京薬科大学生命科学部)

(10)
樹状突起の局所カルシウムシグナル/Spatial segregationとinteraction
中村  健(東京大学医科学研究所)

【参加者名】
宮川 博義(東京薬科大学生命科学部),井上 雅司(東京薬科大学生命科学部),中村  健(東京大学医科学研究所),来馬 明規(東京大学医科学研究所),渡辺 雅彦(北海道大学医学研究科),深谷 昌弘(北海道大学医学研究科),真鍋 俊也(神戸大学医学系研究科),神谷 温之(神戸大学医学系研究科),鈴木 紀光(神戸大学医学系研究科),駒井 章治(神戸大学医学系研究科),志牟田美佐(神戸大学医学系研究科),新里 和恵(神戸大学医学系研究科),篠江  徹(神戸大学医学系研究科),梅田 和昌(神戸大学医学系研究科),松井  稔(東京大学医科学研究所),城山 優治(東京大学医科学研究所),熊沢 紀子(東京大学医科学研究所),渡部 文子(東京大学医科学研究所),尾藤 晴彦(京都大学医学研究所),井上 直子(三菱化学生命科学研究所),上田 洋司(三菱化学生命科学研究所),深沢 有吾(三菱化学生命科学研究所),高橋 正身(三菱化学生命科学研究所),狩野 方伸(金沢大学医学系研究科),橋本 浩一(金沢大学医学系研究科),岸本 泰司(金沢大学医学系研究科),福留 優子(金沢大学医学系研究科),前島 隆司(金沢大学医学系研究科),吉田 隆行(金沢大学医学系研究科),三好 智子(金沢大学医学系研究科),澤田さつき(金沢大学医学系研究科),小西 史郎(三菱化学生命科学研究所),久野  宗(科学技術振興事業団),永業 正美(科学技術振興事業団),清家 正博(高知医科大学),井ノ口馨(三菱化学生命科学研究所)

【概要】

 シナプス伝達の制御や可塑性,および,関連する記憶・学習などの脳高次機能に興味をもって活発に研究を進めている様々な分野の研究者が一堂に会して,これらを分子レベルで解明するためにどのようなアプローチが可能かを議論し,同分野の今後の展望を探った。具体的には,最近のこの分野のトピックスのうちから,シナプス結合の場である樹状突起の局所シグナル制御機構と,個々のシナプスを越えて拡散するシグナルやシナプス後部から前終末へ逆行性シグナルの分子実体に焦点を当てた。また,興奮性シナプス伝達を担うグルタミン酸受容体についての最新の知見を議論した。これらを出発点として,脳高次機能を分子レベルで解明するための手がかりが得られることを目指した。また,異なる分野の研究者が集まることにより,次世代に向けた新たな研究法の模索やそれに基づいた新たな共同研究への発展も視野に入れ開催された。

(1)遺伝子操作マウスを用いたグルタメイト受容体の機能解析

崎村建司(新潟大学脳研究所)

 NMDA型グルタミン酸受容体チャネルは,電位依存性の活性調節と高いカルシウムイオン透過性という生理特性を持ち,脳機能を担う鍵になる分子の一つと考えられている。我々は,この受容体チャネルがグルタミン酸結合部位を持つGluRε(NR2)とグリシン結合部位を持つGluRζ(NR1)サブユニットから構成され,分子的に多様であることを見出した。さらに4種類のGluRεサブユニットの生理機能を解析するために,これら分子を欠損するマウスを作成し解析をおこなってきた。
 GluRε1,GluRε2サブユニットそれぞれが構成するNMDA受容体チャネルは,高いCa透過性や強い電位依存性Mg閉塞などのチャネル特性が似ており,シナプス伝達の可塑性に重要な働きを果たす。さらに,ある種の記憶・学習において同等な働きをすることが示されてきたが,全く異なった機能を持っていることも明らかになった。GluRε2欠損マウスは,音刺激による驚愕反射が亢進していることから,情動に関連することが示唆された。また一過性の虚血により惹起される神経細胞壊死において,GluRε1欠損マウスはGluRε2欠損マウスに比較し非常に高い抵抗性を示すことから,細胞死のシグナルはGluRε1を介して伝達されると考えられる。一方,GluRε3とGluRε4の機能はそれほど明確ではないが,発達初期に発現するGluRε4は,入力依存的シナプス精緻化のモデルと考えられている顔面洞毛からの入力の中継点であるbarreletteの形成と固定化にGluRε2と拮抗的に働くことが明らかになった。そこで,GluRε4プロモーター制御下でGluRε2を発現するマウスを作製し,サブユニットの置換がもたらす影響を解析した。その結果,GluRε4の代わりにGluRε2サブユニットを発現したマウスは,GluRε4欠損マウスより自発運動量が減少していた。このことは,GluRε2はGluRε4の代償はできないことを意味する。すなわち,NMDA受容体チャネルの分子的多様性が,多岐にわたる脳機能の分子基盤になっていることが明らかになった。
 我々はさらに,特定の神経回路で働く分子が担う生理機能を個体で見るために,部位・時期特異的に組換えをおこすコンディショナルターゲティング法の開発を進めてきた。薬剤による組換え誘導が可能なCrePR/loxP組換え系を用いて,小脳プルキンエ細胞と顆粒細胞それぞれに細胞特異的でかつ誘導可能な組換え系を開発することに成功した。これらのマウスは,成体における可塑性に関与する分子の同定と,それらの作用機序解明のために非常に有用なシステムとなる。

参考文献

1)
Tsujita, M., et al. J. Neuroscience 19, 10318-10323, 1999.
2)
Kitayama, K. et al. Biochem. Biophys. Res. Comm. 281, 1134-1140, 2001.

(2)グルタミン酸受容体のゲートと会合のメカニズムの解析

柚崎通介(St. Jude Hospital)

 私たちは小脳をモデルシステムとして記憶素子としてのグルタミン酸受容体に着目している。90年代の遺伝子クローニングとノックアウト法の進展により,分子レベルでのグルタミン酸受容体の機能の理解は大幅に進んだ。しかし,小脳プルキンエ細胞にはデルタ型グルタミン酸受容体というアゴニストが不明なオーファン受容体や,アスパラギン酸に反応する未同定のグルタミン酸受容体様分子が特異的に発現していると考えられており,未解決な問題が残されている。これらの問題を解決する一つの方法として,自然発症小脳失調マウスを解析する方法がある。一般にグルタミン酸受容体は非常に大きなゲノムにコードされていることから,突然変異が入る確率が高く,もしグルタミン酸受容体が小脳に特異的であるならば表現型は致死でなく運動失調などの観察しやすい型をとると考えられるからである。実際にデルタ型受容体に帰着すると考えられる運動失調マウスは少なくと14種類が知られている。
 このうちLurcherとhotfoot変異マウスを解析することにより私たちはデルタ受容体の機能と構造についての理解を深めることができた。前者の変異ではデルタ受容体が常時開口するためにプルキンエ細胞がおそらくイオン過負荷のために細胞死に至り,後者の変異ではデルタ受容体の会合が阻害され細胞表面に輸送されない。これらの結果から,デルタ受容体はチャンネルを形成して機能しているらしいこと,そしてそのチャンネルの性質はAMPA/Kainateグルタミン酸受容体のそれに近いこと,更にデルタ受容体は細胞膜表面に発現して初めて機能することなどが分かった。驚くべきことに,他のグルタミン酸受容体の相同部位に同様の突然変異を導入するとデルタ受容体にみられた現象と同様の現象が観察された。これらの現象の解析によりグルタミン酸受容体一般のゲーティングや会合に関わる構造と機能についての新しい知見を得たので紹介したい。

参考文献

1)
Yuzaki, M., Forrest, D., Curran, T., and Connor, J.A., Selective activation of calcium permeability by aspartate in Purkinje cells, Science, 273(1996)1112-1115.

(3)グルタメイト受容体のシナプスへのtargeting

深谷昌弘,渡辺雅彦(北海道大学医学研究科)

 NMDA型グルタミン酸受容体は,神経活動依存性のシナプス可塑性を誘発し,脳のシナプス回路発達や高次機能発現に関与している。この受容体の機能発現には,NR1(GluRζ1)とNR2(GluRε)の2種のサブユニットからなるヘテロメリック複合体形成が不可欠である。遺伝子発現から,NR1は脳に広範な発現を示し,一方,4種のNR2A-D(GluRε1-4)はそれぞれ異なる空間的・時間的発現調節を受けている。その結果,ほとんどのニューロンはNR1といずれかのNR2を発現し,例外的に成熟プルキンエ細胞はNR1のみを単独に発現する。培養細胞を用いた遺伝子導入実験や蛋白−蛋白相互作用解析などから,NR1またはNR2に結合する新規分子が相次いで同定され,NMDA受容体の輸送やシナプス局在を制御する分子機構が次々と明らかにされている。さらに,NMDA受容体は種々の細胞骨格系と結ばれ,サブユニットのリン酸化などを介してシナプス局在が活動依存的に調節されていると考えられている。
 最近,我々は,NMDA受容体やその結合蛋白の組織化学的検出を行う上で,蛋白分解処理法が著明な効果を及ぼすことを見い出した1), 2)。この方法を用いて,シナプス局在調節機構におけるNR1とNR2の機能的役割を検証することを企画した。この目的で,1)成熟プルキンエ細胞におけるNR1局在3),2)NR1欠損マウスにおけるNR2の局在,3)NR2欠損マウスにおけるNR1の局在について,解析を行ってきた。その結果,いずれのケースにおいても,シナプスを含む樹状突起におけるサブユニット局在は免疫組織化学の検出感度以下にまで低下することが判明した。しかも,NR1の非存在下では,NR2は細胞体の粗面小胞体に蓄積している像が観察された。これに対して,NR2の非存在下では,NR1の細胞体集積は観察されなかった。我々の観察結果は,NR1とNR2のサブユニット会合が翻訳後まもなく小胞膜上で起こり,このステップがNR2を含有するヘテロメリックな受容体が細胞内輸送機構やシナプス発現機構により認識され制御されるために不可欠であることを示している。

1)
Watanabe et al. (1998) Eur. J. Neurosci.10:478-487.
2)
Fukaya and Watanabe, M. (2000)J. Comp. Neurol. 426:572-586.
3)
Yamada et al. (2001) Eur. J. Neuroci. in press.

(4)逆行性シグナルを介するシナプス伝達調節

少作隆子(金沢大学医学系研究科)

 シナプス伝達効率は様々なメカニズムにより調節されている。その一つに,シナプス後ニューロンの活動に依存したシナプス伝達調節があり,その過程に逆行性シグナル(シナプス後ニューロンから前ニューロンへのシグナル)の関与する例が報告されている。ごく最近になり,海馬および小脳において,そのような逆行性シグナルの担い手が内因性カンナビノイドであることが,我々および他のグループの研究により明らかとなった(Ohno-Shosaku et al., 2001; Kreitzer and Regehr, 2001; Wilson and Nicoll, 2001)。今回は主に,海馬の抑制性シナプスを中心に,内因性カンナビノイドの逆行性シグナルとしての役割について述べる。
 海馬CA1錐体細胞を脱分極させると,そのニューロンへの抑制性入力が一過性に抑制される現象が1992年にAlgerらにより報告され,DSI(depolarization-induced suppression of inhibition)と名付けられた。その後の研究により,DSIの誘導にシナプス後ニューロンの細胞内Ca濃度上昇が必要であること,最終的にシナプス前ニューロンからの伝達物質の放出が抑制されること,したがって,逆行性シグナルが関与していること,が明らかとなった。逆行性シグナルの実体については,グルタミン酸である可能性が示唆されたが,それに否定的な実験結果も得られており,断定されるには至っていなかった。
 近年,内因性カンナビノイドの神経調節因子としての役割を示唆する以下のような実験結果が報告された。1)ニューロンを脱分極させると,内因性カンナビノイドの合成および放出が促進される。2)カンナビノイド受容体がシナプス前終末部に多く存在する。3)その受容体の活性化により伝達物質の放出が抑制される。以上のように,内因性カンナビノイドは,逆行性シグナルを担うための条件を満たしていることが示された。
 そこで我々は,DSIにおける内因性カンナビノイドの関与の可能性について検討したところ,カンナビノイド受容体阻害剤によりDSIが消失するなどの結果が得られ,逆行性シグナルの担い手が内因性カンナビノイドであることが判明した。

1)
Kreitzer, A. C. & Regehr, W. G. (2001) Retrograde inhibition of presynaptic calcium influx by endogenous cannabinoids at excitatory synapses onto Purkinje cells. Neuron 29: 717-727.
2)
Ohno-Shosaku, T., Maejima, T. & Kano, M. (2001) Endogenous cannabinoids mediate retrograde signals from depolarized postsynaptic neurons to presynaptic terminals. Neuron 29: 729-738.
3)
Wilson, R. I. & Nicoll, R. A. (2001) Endogenous cannabinoids mediate retrograde signalling at hippocampal synapses. Nature 410: 588-592.

(5)内在性カンナビノイド受容体リガンド

杉浦隆之(帝京大学薬学部)

 マリファナの活性成分であるΔ9-テトラヒドロカンナビノール(Δ9-THC)は精神緊張の解除,多幸感,時間・空間感覚の混乱,幻覚,食欲増進,血管拡張など多彩な生理活性を示す物質である。Δ9-THC の作用機序は長い間謎であったが,1980年代の後半になり,Δ9-THC は受容体(カンナビノイド受容体)を介して作用しているらしいということがわかってきた。そして1992年の末にはアナンダミド(N-アラキドノイルエタノールアミン)が最初の内在性カンナビノイド受容体リガンドとしてブタの脳から取り出された。我々はアナンダミドの組織中の量と生合成機構を詳しく調べ,少なくとも新鮮な脳の場合,含まれているアナンダミドの量は著しく少ないこと,生合成機構として合理的で効率の良いものが見つからないことなどを明らかにした1)。そして真の内在性リガンドは別の物質であると推定して検討を行い,脳に比較的多量に存在する2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)という一種のモノアシルグリセロールが,もう一つの内在性カンナビノイド受容体リガンドであるということを見い出した2)。なお,我々の報告とほぼ同時期にMechoulamのグループもイヌの腸から第二の内在性カンナビノイド受容体リガンドとして2-AGを取り出している3)。我々はカンナビノイドCB1受容体(脳などの神経系に存在するカンナビノイド受容体)を発現しているNG108-15細胞を用いて2-AGの作用をさらに詳しく調べ,nMオーダーの2-AGが,カンナビノイドCB1受容体を介して細胞内カルシウムイオン濃度の速やかな一過的な上昇を引き起こすことを見い出した4)。遊離アラキドン酸には活性が全くないこと,アナンダミドやΔ9-THC などのアゴニストとしての活性は2-AGのそれに比べて著しく弱いこと,20種類をこえる構造類縁体の中で2-AGの活性が最も強いこと,2-AGのエーテル型のアナログにもやや弱いながら活性が認められることなどから,カンナビノイドCB1受容体は2-AGの構造を厳密に認識していると考えられる5,6)。CB2受容体(免疫・炎症系の細胞に存在するカンナビノイド受容体)を発現しているHL-60細胞を用いた実験でもCB1受容体の場合とよく似た結果が得られており7),カンナビノイド受容体は,CB1受容体,CB2受容体ともに本来は2-AGに対する受容体である可能性が極めて高い。ところで,2-AGは情報伝達に伴って起こるイノシトールリン脂質代謝亢進の際に生成する物質であることから,カンナビノイド受容体の機能とイノシトールリン脂質代謝は密接にリンクしたものであるという可能性が浮上してきた。神経系におけるカンナビノイド受容体の機能は,抑制性のものであると考えられているが,その内在性のリガンドが活性化された細胞から速やかに産生され,放出されるとすれば情報伝達のネガティブフィードバックという点からみて興味深いことと言えよう。我々は中枢神経興奮薬を投与したラットの脳で2-AGが速やかに産生されることや,シナプトゾームを脱分極させると2-AGが速やかに産生され,放出されることなどを確認している。2-AGは神経系において,一旦起こった神経の興奮にブレーキをかけるという重要な役割をもった物質である可能性が高い。今回の研究会では,新しいタイプの神経伝達調節因子と考えられる2-AGの分析・作用・代謝に関する我々のこれまでの研究をご紹介したい。

1)
Sugiura, T. et al., Eur. J. Biochem. 240, 53 (1996).
2)
Sugiura, T. et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 215, 89 (1995).
3)
Mechoulam , R. et al., Biochem. Pharmacol. 50, 83 (1995).
4)
Sugiura, T. et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 229, 58 (1996).
5)
Sugiura, T. et al., J. Biochem. 122, 890 (1997).
6)
Sugiura, T. et al., J. Biol. Chem. 274, 2794 (1999).
7)
Sugiura, T. et al., J. Biol. Chem. 275, 605 (2000).

(6)カルシウムチャネルミュータントマウスとシナプス伝達

井本敬二(生理学研究所)

 脳の主要なサブタイプであるP/Q型Ca2+チャネルの遺伝子異常により,小脳変性症など神経疾患がヒト,マウスで起こることが近年明らかとなっている。マウスでは,tottering,rolling,leanerなどの変異が知られており,変異マウスの神経症状も知られている。しかしながら,Ca2+チャネルの異常が,どのようにして小脳失調症などの神経症状を引き起こすのか,また変異マウスの系統により神経症状の重篤度や発症時期が異なるのは何故なのかという疑問は解決されていない。
 この問題を解決するために,totteringおよびrollingの小脳における興奮性シナプスの変化を検討した。まず平行線維−プルキンエ細胞シナプスのEPSC(PF-EPSC)は,rollingマウスで著明に減弱していた。失調症を示さぬ若いtotteringマウスでは,PC-EPSCの減少の程度は小さかったが,失調を示す年長のtotteringマウスでは,PC-EPSCの減少は著明であった。登上線維−プルキンエ細胞シナプスのEPSC(CF-EPSC)の大きさは,totteringでは著変なく,rollingでは増加していた。この増加には,後シナプス膜のAMPA受容体の特性変化が関与していた。またtotteringではてんかんを示すことが知られているが,その症状に関係すると考えられる大脳皮質の神経回路異常に関しても報告したい。

(7)海馬錐体細胞樹状突起スパインの形態とグルタミン酸感受性

松崎 政紀,河西 春郎(生理学研究所)

 樹状突起上のスパインは,中枢神経細胞における興奮性シナプス結合の主たる部位である。R. Cajalによるスパインの発見以来,多くの形態学的知見からスパインの機能素子としての役割が主張されてきた。その機能を担う分子として特に,スパインに集積しているAMPA型グルタミン酸受容体(AMPAR)は,シナプス前終末から放出されたグルタミン酸と結合し速いシナプス後電位を生じさせるため,シナプス伝達効率の決定因子であるといえる。しかし,スパインの構造は小さく,樹状突起上に密集しているために,従来の電気生理学的・光学的手法を用いては,単一スパインでのAMPARの反応とその形態を同時に計測することは困難であり,機能と形態の関連性を直接的に検証することができなかった。
 そこで我々は,上記の課題にアプローチするために,2光子励起法によるケイジドグルタミン酸の活性化と蛍光イメージングを組み合わせた方法論を構築してきた。光学系の構築とともに,2光子吸収断面積が大きく,水溶液中で安定な新規のケイジドグルタミン酸を開発した。ホールセルクランプしたラット培養海馬細胞の樹状突起近傍でケイジドグルタミン酸を2光子励起法によって50μsの間だけ活性化させると,シナプス前終末からグルタミン酸が放出されて起こるmEPSCの時間経過と同一である,AMPARによる電流反応を誘起することができた。またその反応の空間解像度は水平方向で0.45μm,垂直方向で1.1μmであり,2光子励起法としての理論的な限界値を達成した。この方法を用いて樹状突起上での機能的なAMPARの2次元空間分布を調べると,AMPARは樹状突起に沿ってクラスター状に散在し,その分布はFM1-43によって染色されたシナプス前終末と良く一致した。従って,2光子励起法によって,シナプス前終末のシナプス小胞からの開口放出という生理的現象に極めて近いグルタミン酸の放出を,3次元的な任意の一点で人工的に作り出すことが可能となった。
 この方法論をラット海馬のスライス標本に適用し,ホールセルクランプしたCA1錐体細胞の樹状突起に沿って3次元的にグルタミン酸感受性のマッピングを行った。グルタミン酸感受性はスパインの体積に強く相関し(相関係数0.80±0.07,9細胞),キノコ型の大きな頭部を持つスパインでは強く,細いスパインや細長いフィロポディアでは反応がないか,弱い反応しか得られなかった。この結果はいわゆる「サイレントシナプス」が後者の形態をもったスパインである可能性を示唆している。多くのスパインでは,その頭部の一部に強いAMPARの反応が見られ,AMPARがシナプス後部のPSD領域に局在するという電子顕微鏡による報告とよく一致する。近隣(距離10μm以内)の個々のスパインを比較するとグルタミン酸感受性には大きな相違(CV = 0.45±0.11, 9細胞)が見られ,キノコ型スパインにおいて非定常ノイズ解析を行うと,AMPARの数は単一スパインあたり最大で約150個(47-143個,n = 8)存在することが判明した。一方,グルタミン酸感受性及び形態(体積)の空間的な自己相関を求めると,距離にして1μm以下の隣接したスパイン間においても両者共に相関が無かった。これらの結果は,スパインの形態と機能的AMPARの発現は強く相関しており,その機能的発現量は高いダイナミックレンジ(〜7bits)を持ちながら,単一スパインレベルで独立に調節されていることを示している。
 2光子励起法によるケイジド試薬の活性化,という新しい光学的手法は今後,シナプス機能の動態を細胞分子生物学的に単一シナプスレベルで明らかにするための非常に強力なツールとなると思われる。

(8)細胞内シグナル伝達系によるback propagating spike の制御

坪川宏(生理学研究所)

 中枢ニューロンの樹状突起が持つ機能は,その構造と同様に複雑で,シナプス入力や細胞内シグナル伝達系により局所的,かつ精妙に調節されていることが次第に明らかになりつつある。我々は,この調節メカニズムに興味を持ち,大脳皮質や海馬の錐体細胞で見られるNa+スパイクのbackpropagationに着目して,樹状突起の興奮性がどのように調節されているかを調べている。樹状突起へのbackpropagationには,スパイク頻度に依存して振幅が減衰するという特性がある。これには樹状突起に高密度で存在するslow-inactivated Na+チャネルや,静止膜電位付近で活性化しているA-type K+チャネルなどの関与が示唆されているが,これらのチャネルを活動依存的に調節するメカニズムは,よく分かっていない。これまで,1)ムスカリン性受容体,2)β-アドレナリン受容体,3)PKCおよびPKA,の薬理学的な活性化によって頻度依存性の振幅減衰が消失すると報告されていることから,cAMPおよびPLCを介するシグナル伝達系が寄与すると考えられるが,上記の受容体活性化の効果がPKCやPKAの阻害剤では抑制されないなど単純ではなく,いまだ不明な点が多い。近年我々は,三量体GタンパクGqおよびG11のαサブユニット欠損マウスを用いてbackpropagating spikeの制御メカニズムを調べる一連の実験を行ない,その結果から,ムスカリン性受容体への刺激はPKCの活性化を介してチャネル活性を調節する
だけでなく,細胞内Ca2+の増加を必要とする別の系をも活性化しうることが予想された。単一錐体細胞の樹状突起からパッチクランプ記録を行ない,電流注入により樹状突起を大きく脱分極させると,数分後にbackpropagating spikeの頻度依存性の振幅減衰が長時間消失した。この効果は細胞内Ca2+上昇とCaMKII活性に依存しており,PKC活性化の効果とは独立して見られた。以上のことから,ムスカリン性受容体の活性化に伴って充分に細胞内Ca2+が上昇した場合は,Ca2+-CaM依存性酵素群へのクロストークが起こるのかもしれない。

(9)樹状突起におけるシナプス応答の電位イメージング

宮川博義(東京薬科大学生命科学部)

技術的なこと
 神経細胞や局所回路網のシナプス応答は,もっぱら場の電位記録やパッチクランプ記録といった電気生理学的な手法を用いて解析されている。しかし,これらの手法では限られた部位の応答しか観測することができないという欠点がある。それに対して,光学的イメージングは,電気生理学的手法では観察できない部位の活動を観察することができる,あるいはまた2次元的,3次元的な情報を得ることができるといった利点がある。高速膜電位イメージング技術を用いてシナプス応答についてどのような情報が得られるのかを紹介する。
 色素をもちいた神経活動の光学的膜電位測定は1968年に初めて田崎によって報告され,その後コーエンのグループによって測定システムと色素の開発がすすめられ,さまざまな標本に広く用いられてきた。ところがこの技術は,どのような信号を検出しているのかを深く突き詰めないで用いられているきらいがある。この技術を用いて,海馬スライス標本からシナプス入力によって誘起される信号を解析してみると,シナプス応答に関わる様々な情報を含んでいることが分かる。
 海馬は系統発生的に古い皮質部位であり,神経細胞や神経軸索が層をなして並んでいる。そのために特定の部位にシナプス入力を加えたり,特定の部位の電気的応答を観察することが容易であり,皮質神経細胞のシナプス応答の研究の際に海馬スライス標本が広く用いられる。
 測定には256個のフォトダイオードを16×16のアレイに並べたもの(浜松ホトニクス社製)を用いている。このシステムは16ビットの解像度と最高8kHzの時間分解能を持つ。シナプス応答の観察には,応答の速いmerocyanine系,oxonol系,styryl系などの電位感受性色素が用いられている。我々はもっぱらstyryl系のJPW1114及びoxonol系のRH155を用いている。
 電位感受性色素を膜にとりこませた海馬スライス標本内のシャーファー側枝と呼ばれる神経線維を電気刺激すると,CA1野と呼ばれる領域から電位応答を記録することができる。この応答には様々な成分が含まれている。我々は,これまで数年間にわたって,信号成分を分離し,その性質を解明する事によって,海馬錐体細胞におけるシナプス応答を解析してきた。そうして得られた知見の一部は,過去の生理研研究会においても既に紹介した。今回は海馬錐体細胞の樹状突起スパイクの伝導と,樹状突起におけるシナプス電位の加算について紹介する。

CA1海馬錐体細胞に発生する樹状突起スパイクの順行性伝導
 シャーファー側枝に強めの刺激を与えるとCA1野から大きいスパイク状の応答が記録できる。この成分は細胞体層のみならず樹状突起層においても見られる。ホールセル記録による電位応答と比較してみると,この信号は活動電位の発生と時間的によく相関しており,多数の錐体細胞樹状突起に発生するNa+依存性活動電位の集合電位と考えられる。この成分の潜時は樹状突起部のシナプス入力部において最も短く,細胞層ではより長くなっている。この事は,海馬CA1錐体細胞はシナプス入力に応じて樹状突起において活動電位を発生し,それが細胞体へと順方向性に伝導することを示している。
 錐体細胞の樹状突起が興奮性を持ちNa+依存性およびCa2+依存性のスパイクを発生することは以前から知られていた(Stuart et al., 1999)。近年の樹状突起及び細胞体からの同時ホールセル記録方を用いた報告によれば,海馬錐体細胞に発生するNa+スパイクはシナプス入力の部位にかかわらず細胞体付近においてはじめに発生し,それが樹状突起へと逆伝播(Backpropagate)するということである(Spruston et al., 1995)。しかしながら我々の測定条件では,スパイク成分は細胞体層よりも樹状突起層に先に現れることから,活動電位は樹状突起が起始部位となっていると考えられる。なぜ電位感受性色素を用いた観察では逆伝播にならずに順方向の伝播になるのか,原因はまだ不明である。同時ホールセル記録による最近の研究では,入力線維に対する刺激を強くすると樹状突起が細胞体よりも先に活動電位を発生するようになると報告されている(Golding & Spruston, 1998)。電位感受性色素によって集団的な活動電位が検出されるためには,樹状突起スパイクの発生の同期が必要である。そのような刺激強度は樹状突起部におけるスパイクの開始が見られるほどに十分に強力なものなのかも知れない。他の可能性としてホールセル記録法が樹状突起の膜特性を変化させてしまうために,本来は樹状突起が起始部である樹状突起スパイクの発生が妨げられて細胞体に先に発生するということも考えられる。

CA1海馬錐体細胞樹状突起におけるシナプス電位の加算
 刺激強度を活動電位の閾値以下に調節するとシナプス電位を解析する事ができる。独立した2系統のシナプス入力が樹状突起の異なる部位に入力した際に,応答がどのように加算するのかを電位感受性色素を用いて調べた。 AMPA受容体を介する応答が同時に入力すると,単独で入力した際の応答の算術和に比べて応答が60-70%になる。この非線型性は細胞体から樹状突起の全長にわたってみられ,GABA受容体を薬理的にブロックすると弱くなり線型和に近づく。
 海馬には多様な抑性ニューロンが存在し,錐体細胞の様々な部位にシナプスしていることが知られている。興奮性入力に伴うfeed-forwardな抑性入力あるいは,海馬の振動的電気活動時の抑制性ニューロンの同期発火などによって錐体細胞の樹状突起はGABA作動性の制御を受けていると考えられる。その結果として興奮性入力の加算の様式が変化する可能性を我々の結果は示している。

参考文献

1)
Inoue, Y.Hashimoto, Y.Kudo, H.Miyakawa, European Jouranal of Neurosceince, 13 (2001) 1711-1721.
2)
Dendritic attenuation of synaptic potentials in the CA1 region of rat hippocampal slices detected with an optical method.
3)
Ryousuke Enoki, Masashi Inoue, Yoshinori Hashimoto, Yoshihisa Kudo, Hiroyoshi Miyakawa, GABAergic control of non-linear synaptic summation in hippocampal CA1 pyramidal neurons. (in press)
4)
Optical monitoring of synaptic summation along the dendrites of CA1 pyramidal neurons. (in preparation) Ryousuke Enoki, Masayuki Namiki, Masashi Inoue, Yoshihisa Kudo, Hiroyoshi Miyakawa,
5)
「高速膜電位イメージングによるCA1錐体細胞のシナプス応答の解析」神経研究の進歩 45巻2号 (2001) 271-281, 特集:記憶研究最近の進歩

(10)樹状突起の局所カルシウムシグナル/Spatial segregationとinteraction

中村 健(東京大学医科学研究所)

 ラット海馬スライスの単一CA1錐体細胞において,電気刺激によるシナプス伝達誘発時のCa2+濃度変動を記録した。AMPA,NMDA受容体阻害下でテタヌス刺激を与えたところ,近位樹状突起上においてその濃度がμMレベルに達するようなCa2+上昇が生じ,Ca2+-waveとなって樹状突起上を伝播した。Ca2+-waveが生じないよう刺激を弱めた場合でも,逆行性活動電位を生じさせると同様のCa2+上昇が生じた。薬理実験の結果,この現象はGroup-I mGluR とIP3受容体を介するもの(IICR)であることが判明した。即ち,強いシナプス入力によりmGluR が活性化されて樹状突起内でIP3が生じ,regenerativeなCa2+上昇とCa2+-waveが発生する。また逆行性活動電位は,それにより流入したCa2+がIP3とともに協同的にIP3受容体に働く結果,同様のCa2+-wave発生を促進するものと考えられた。IP3を産生させる受容体アゴニスト存在下に活動電位を発生させることでも同様の結果が得られた。IICRは近位樹状突起のmain shaft上のbranch pointから発生し,細いbranchでは観察されなかった。細いbranchではシナプス刺激応答としてはNMDA受容体を介するCa2+上昇が主要な成分であった。すなわち,異なったCa2+シグナリングメカニズムが樹状突起上で「住み分け」しており,お互いに相互作用するようである。


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