生理学研究所年報2002

4.視知覚のメカニズム－生理，心理物理，計算論的アプローチ

2001年6月14日－6月15日
代表：内川惠二（東京工業大学）
世話人：小松英彦（生理学研究所）

（１）: 突然現われた視覚物体の位置判断の時間特性

村上郁也（NTTコミュニケーション科学基礎研究所）
（２）: Attention modulation through peak and base rate of tuning curve

中原裕之，甘利俊一（理化学研究所脳科学総合研究センター）
（３）: 視覚系の感度変化と色恒常性について

栗木一郎（NTT コミュニケーション科学基礎研究所）
（４）: マカクザル側頭葉視覚系における下部側頭葉後方部（TEO野）の役割

柳沼重弥（東京都神経科学総合研究所）
（５）: 側頭葉視覚連合野TE野における複雑な物体像の分散的表現

谷藤　学，山根ゆか子，角田　和繁（理化学研究所脳科学総合研究センター）
（６）: ファントム錯視と視覚的補完

行場次朗（東北大学文学部）
（７）: 両眼視のメカニズム：他の機能との統合について

大澤五住（大阪大学基礎工学研究科）
（８）: 奥行次元での線運動と視覚情報処理促進の空間異方性

一川誠（山口大学工学部）
（９）: 霊長類下部側頭葉における記憶想起信号の逆行性伝達

納家　勇治（生理学研究所）
（10）: 複数神経細胞活動による視覚情報の表現；プーリングの可能性について

田村　弘（大阪大学基礎工学研究科）
（11）: 「目が合う」という感覚の謎

佐藤隆夫（東京大学人文社会系研究科）
（12）: 運動視情報処理の上位中枢としての上側頭溝前部

三上章允，海野俊平，田仲祐介（京都大学霊長類研究所）
（13）: 3次元動体の運動予測と視覚学習

安藤広志（国際電気通信基礎技術研究所／JST PRESTO）
（14）: Visual flow 認知の心理と生理

斎藤秀昭，樋田栄揮（玉川大学工学部）
（15）: 視覚-運動変換装置としての身体図式

積山　薫（はこだて未来大学システム情報科学部）
（16）: 行為のための視覚情報処理 - 把持運動の制御から認知地図の形成まで -

近江政雄（金沢工業大学人間情報システム研究所）

【参加者名】
内川惠二（東京工業大学大学院理工学研究科），三上章允（京都大学霊長類研究所），村上郁也（NTTコミュニケーション科学基礎研究所），中原裕之（理化学研究所脳科学総合研究センター），栗木一郎（NTTコミュニケーション科学基礎研究所），柳沼重弥（東京都神経科学総合研究所），谷藤　学（理化学研究所脳科学総合研究センター），山根ゆか子（理化学研究所脳科学総合研究センター），行場次朗（東北大学文学部），大澤五住（大阪大学大学院基礎工学研究科），一川　誠（山口大学工学部），納家勇治（生理研），田村　弘（大阪大学大学院基礎工学研究科），佐藤隆夫（東京大学大学院人文社会系研究科），海野俊平（京都大学霊長類研究所），田仲祐介（生理研），安藤広志（国際電気通信基礎技術研究所），斎藤秀昭（玉川大学工学部情報通信工学科），積山　薫（公立はこだて未来大学システム情報科学部），近江政雄（金沢工業大学人間情報システム研究所），酒井　宏（筑波大学電子・情報工学系），本田仁視（新潟大学人文学部），中内茂樹（豊橋技術科学大学情報工学系），西田佐希子（九州大学大学院人間環境学府），三橋　徹（凸版印刷㈱メディア表現センターアーカイフ゛ラホ゛），江森康弘（東京工業大学大学院），羽左間　歩（東京工業大学大学院），河合敬彰（東京工業大学大学院），松隈美佳（東京工業大学大学院），敦森洋和（東京工業大学大学院），木暮雅樹（東京工業大学大学院），豊岡隆史（東京工業大学大学院），柳澤美衣子（東京工業大学大学院），水科晴樹（東京工業大学大学院），横井健司（東京工業大学大学院），打田武俊（東京工業大学大学院），坂野雄一（東京工業大学大学院），澤田忠正（東京工業大学大学院），金子寛彦（東京工業大学大学院），渡辺　功（東京工業大学大学院），藤田昌彦（法政大学工学部），川崎敬一，本間良太（理化学研究所脳科学総合センター），鵜飼一彦（日本福祉大学），井口尚彦（電通大），岡田真人（理化学研究所），宮脇陽一（理化学研究所），深谷直樹（㈱デンソー），脇　大悟（㈱メニコン），永井聖剛（京都大学），今村真理子（九州大学），田辺裕梨（名古屋大学），安澤　光（東京工業大学大学院），加納克則（豊橋技術科学大学），永田憲（豊橋技術科学大学），大西英一（豊橋技術科学大学），長澤宏治（豊橋技術科学大学），加藤典之（東京工業大学大学院），小濱　剛（愛知県立大学），北舘　祐（筑波大学），王　津生（横浜市大），高橋伸子（中京大学），福田一帆（東京工業大学大学院），李　承培（千葉大学），洲崎朝樹（㈱メニコン臨床研究所），山本　健（千葉大学学院自然科学研究科），吉田正俊（生理研），王　麗紅（生理研），柿木隆介（生理研），三木研作（生理研），渡辺昌子（生理研），久保田哲夫（生理研），竹田真己（生理研），坂田秀三（基生研），小松英彦（生理研），伊藤　南（生理研），花澤明俊（生理研），小川　正（生理研），鯉田孝和（生理研），杉原弘記（生理研），谷　利樹（生理研），松本正幸（生理研），横井　功（生理研）

【概要】
　本研究会は視覚のメカニズムの解明をめざした生理学，心理物理学，計算論の各分野の研究者が一堂に集まり，最新の情報交換をはかり，討論を通して互いに刺激し合う目的で開催された2日間の研究集会である。いうまでもなく視覚のメカニズムを生理学はミクロな構造から，心理物理学はマクロな特性から，また計算論は両者を結びつける具体的なアルゴリズムからそれぞれ解明する研究であり，方法は異なってもその目的は同一である。各分野は現在ではそれぞれ高度に発達したが，分野間の情報交換はまだ十分とは言えない。これは研究者が望んでいてもそのような機会が少ないためであり，そこに本研究会の開催意義がある。本研究会では，生理学からは8名，心理物理学からは7名，計算論からは1名の計16名の研究者がそれぞれの分野の研究成果を発表した。講演は，まず心理物理学から運動物体が短時間呈示の静止物体よりも進んで知覚されるという，いわゆるフラッシュラグ効果の最新の実験結果とそのいくつかの可能な解釈が報告された。デモンストレーションを随時交えて発表であったので，大変分かりやすい講演であった。その他，心理物理学では色恒常性メカニズム，錯視と視覚的補完，注意と奥行き運動，顔の認識，視覚と行為知覚についての講演があった。どの講演も最新研究結果であり，また心理物理特性を視覚のメカニズムから説明するという立場が明確であったため，生理学の分野の研究者にとっても大変興味ある内容であった。生理学では注意の生理メカニズム，図形認識，特にサルTE野の特性を破壊実験，光計測などの方法で調べる研究，また両眼視，記憶，プーリング，運動視に関する生理実験結果が報告された。生理学研究のスピードは速く，このような講演で生理学研究の最新のテクニックやホットな領域が示されたことから，心理物理研究者も多いに刺激を受けた。さらに計算論では3次元の運動物体予測が適応的なメカニズムでなされているという興味深い報告があった。会場での討論は極めて活発に行われ，またインフォーマルな機会での会話も有意義であった。参加者には大学院生も多く見られ，このような研究会を通して広い視野を持つ研究者が育っていくことが期待できる。

（1）突然現われた視覚物体の位置判断の時間特性

村上郁也（NTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部）

　運動する物体の近傍にフラッシュ刺激を与えると，フラッシュが運動物体に対して後ろにずれて知覚される。このフラッシュ・ラグ効果の説明モデルとして，運動の外挿，位置の平均化，相対潜時などが提案されてきたが，未だ議論の決着を見ていない。最も妥当なモデルを発見するために，本研究では新しい刺激布置を用いた。連続運動ではなく，左右方向にランダムに位置を変える棒を運動刺激として用い，その近傍に突然呈示したフラッシュが運動刺激に対して左右どちらに見えるか，二肢選択課題を行った。その結果生じるフラッシュ・ラグの量を，運動刺激を中心に据えた時空間の相関図として視覚化した。上記三例のモデルはどれも，実際に得られた錯視量を十全に説明できなかった。しかし，潜時モデルを拡張して，運動とフラッシュとの間の潜時の差分が定数でなく正規分布状にばらつくと仮定すれば，結果をうまく説明できることがわかった。

（2）Attention modulation through peak and base rate of tuning curve

中原裕之，甘利俊一（理化学研究所脳科学総合研究センター）

　The present study investigates the influence of attention modulation on neural tuning functions. It has been shown in experiments that attention modulation alters neural tuning curves. Attention has been considered, at least, to serve to resolve limiting capacities and to increase the sensitivity to attended stimulus, while the exact functions of attention are still under debate. Inspired by recent experimental results on attention modulation, the present study investigates the influence of changes in the height and base rate of the tuning curve on the encoding accuracy, using the Fisher information. We derive explicit conditions which determine when the height and base rate should be increased or decreased to improve the encoding accuracy. Notably, a decrease in the tuning height and base rate can improve the encoding accuracy in some cases. Our theoretical results can predict the effective size of attention modulation on the neural population with respect to the encoding accuracy. We discuss how our method can be used to quantitatively evaluate different aspects of attention function.

（3）視覚系の感度変化と色恒常性について

栗木一郎（NTTコミュニケーション科学基礎研究所）

　色恒常性とは，照明光の分光特性の変化に関わらず物体表面から安定した色を知覚する視覚系の機能である。色恒常性の主要な成立要因の一つとして，視覚系の感度変化（色順応）が挙げられる。色恒常性メカニズムにおける視覚系の感度変化の寄与を明らかにするため，異種照明下での色票の色の見えを合わせる非対称等色実験の結果と，心理物理学的手法を用いて測定した環境照明光の変化に対する視覚感度変化の結果とを比較した。さらに，感度変化の発生部位の特定を試みる実験を行い，相対錐体荷重という尺度を導入して結果を評価したところ，感度変化は錐体受容器以降の神経回路で行われていることが示唆される結果を得た。これらの実験結果やその他の知見を元に，色恒常性成立のための神経機構について心理物理学的視点から考察する。

（4）マカクザル側頭葉視覚系における下部側頭葉後方部（TEO野）の役割

柳沼重弥（東京都神経科学総合研究所　認知行動研究部門）

　従来，TEO野は，破壊実験の結果から，2次元形態知覚に不可欠であり，視覚性記憶には重要な領域ではないとされてきた。しかし，TEO野の範囲が電気生理学的に詳細に検討され，従来のTEO野破壊域との大幅なずれがわかった。我々は新TEO野の破壊効果を調べ，その障害パターンが従来型TEO野破壊によるものとは大きく異なることを明らかにしてきた。即ち，1）新TEO野破壊による図形弁別課題の障害は従来型TEO野破壊による障害に比べ軽微であり，逆に，2）視覚性認知，連合記憶課題では，新TEO野摘除により従来型TEO野摘除よりも重篤な障害が生じた。従来型TEO野摘除域と新TEO野の共通領域である下部側頭葉脳回部分破壊ではいずれの課題でも障害は極めて軽微であるか，全く見られなかった。これらの知見は，下部側頭葉後方部は形態知覚，視覚性記憶双方に重要であるが，背側部は特に前者に，腹側部は後者により密接に関与するという，背，腹側部の機能解離を示唆している。

（5）側頭葉視覚連合野TE野における複雑な物体像の分散的表現

谷藤　学，山根ゆか子，角田　和繁（理化学研究所脳科学総合研究センター）

　外界の物体像の知覚認識機構の解明のために，マカク属サル側頭葉視覚連合野TEにおける物体像の表現を内因性信号のイメージング法によって研究した。脳表面の6x8mmの領域を露出し，様々な視覚刺激を提示したときの活動領域を脳表面の光の吸収変化（内因性信号）としてイメージングする。次に，光計測によって見出された活動領域から細胞外記録を行い，個々の細胞の最適刺激を決定した。視覚刺激には複雑な物体像とこれを単純化したものを用いた。
　複雑な物体像は複数のスポット（カラム）の活動を引き起こした。物体像の単純化によってこれらのスポットの一部が消失することから，個々のスポットは複雑な物体像に含まれる図形特徴を表現していると考えられた。物体像の単純化によって新たに出現するスポットも観測された。細胞外記録からこれらのスポットもまた物体像に含まれる図形特徴を表現しているが，他の図形特徴が組み合わされると抑制される性質があることが示された。これらの結果は，物体像が活性化された図形特徴カラムの組み合わせとして表現されるばかりでなく，活性化されない図形特徴カラムの存在も物体像を特定するための情報として用いられていることを示唆している。

（6）ファントム錯視と視覚的補完　Phantom illusion and visual completion

行場次朗（東北大学文学部）

　ファントム錯視は，中央部分を帯状に遮蔽された縞模様を観察すると，縞が帯の前面につながって知覚される現象であり，遮蔽部分が実際に知覚される感性的補完と，遮蔽部分が見えないのに存在が知覚される非感性的補完の両面を検討することができるユニークな特性を備えている。ところが，ファントム錯視は，明るさ対比効果の一種である縞誘導効果の副産物である可能性が指摘され，補完現象としての妥当性が議論されてきた。しかし，われわれの一連の研究により，ファントムが誘導刺激のグローバル形状に対する高い忠実度をもって生起すること，低コントラストの誘導縞や細い誘導縞では実際に同相の明るさをもつファントムが知覚されること，キャリア縞にコントラスト変調を施した2次誘導縞を用いてもファントムが生起することなどが見出された。ファントムは，1次（輝度）情報だけではなく，テクスチャなどの2次情報やグローバル形状の情報などを利用して面を形成するプロセスの産物としてとらえられる可能性が高い。

（7）両眼視のメカニズム：他の機能との統合について

大澤五住（大阪大学基礎工学研究科）

　一次視覚野の複雑型細胞はなだらかに感度が変化する空間受容野を持ち，個々の刺激の位置には選択性が低いが，両眼刺激における視差については急峻な選択性を持つものが多い。近年の研究により，視差エネルギーモデルがネコ，サル，フクロウにおける複雑型細胞の両眼反応特性を，バー刺激，さらにダイナミック・ランダムドット刺激についてもよく説明することが示されている。しかし，以前から複雑型細胞は運動視についても大きな役割を果たしていることが示唆されており，MT野にも直接入力を与えていることが知られている。本研究では，個々の複雑型細胞が両眼視と運動視の両機能についてどのように情報を統合し，表現しているかを検討した。複雑型細胞の両眼視差と運動速度選択性の間には，密接な関係があり，情報表現としては独立していない。このような，混合された情報表現が持つ意味と知覚への効果について述べる。

（8）奥行次元での線運動と視覚情報処理促進の空間異方性

一川誠（山口大学工学部）

　線分刺激の提示直前に線分のどちらか一方の端点近くに先行刺激を提示した場合，線分は先行刺激側の端点から描かれたように知覚される。この現象は線運動（Line-motion）と呼ばれ，先行刺激提示の引き起こす視覚情報処理の促進によって生じると考えられている。本研究では，先行刺激提示による視覚情報処理促進の程度が奥行次元上の位置によってどのように異なるのか検討することを目的とした。実験1，2においては，先行刺激の視差量が奥行次元での線運動の方向にどのように影響するか検討した。実験3においては，線分の両端にあたる位置に異なるタイミングで点刺激を提示し，先行刺激に近い端点位置の刺激がもう一方の端点位置の刺激と同時に提示されたと知覚されるSOAを調べた。3つの実験の結果は，より大きな視差量の先行刺激ほど奥行次元での線運動の方向を決定し易いこと，視覚系が注視位置よりも近い奥行位置の変化に対してより迅速に情報処理を行うことを示唆した。

（9）霊長類下部側頭葉における記憶想起信号の逆行性伝達

納家勇治（生理学研究所　高次液性調節部門）

　陳述記憶の記銘と想起は新皮質と大脳辺縁系，さらにこれらの間の相互作用に依存する。視覚長期記憶の貯蔵庫と考えられる下部側頭葉は，TE野と傍嗅皮質という細胞構築学的に異なる2つの領域から構成されている。これらのうち視覚腹側路の最終段階であるTE野は，辺縁系の一部である傍嗅野に物体に関する視覚情報を供給する。一方，傍嗅皮質からTE野への逆行性投射の働きについては，これまであまり研究されてこなかった。我々はこの逆行性神経投射の働きを調べるため，視覚性対連合記憶課題遂行中のマカクザルにおいて，傍嗅皮質とTE野で記憶に関係する信号のタイムコースを調べた。その結果，TE野ニューロンは記憶想起信号が傍嗅皮質に現れた後に，要求される選択刺激を次第にコードし始めた。この知見より，傍嗅皮質からTE野への逆行性投射が長期記憶から想起によって取り出される視覚オブジェクトを表現するよう，TE野ニューロンを活性化していることが示唆される。

（10）複数神経細胞活動による視覚情報の表現；プーリングの可能性について

田村弘（大阪大学基礎工学研究科）

　同一の視覚刺激に対する神経細胞の応答は試行ごとに変動する（ノイズ）。コラム構造に代表されるように，ある刺激に反応する細胞は隣接した場所に複数存在する。よって，このような変動は隣接した複数神経細胞の活動の平均をとること（プーリング）で解消できるかもしれない。そこで，下側頭葉皮質の隣接した複数の神経細胞（最大12個）から複雑な視覚刺激に対する活動を同時に記録した。隣接細胞のノイズは独立であり，プーリングによりノイズは減少した。ノイズの減少は，呈示された刺激の神経活動によるデコードを容易にするので，情報量は増加するはずである。しかしながら，反応の変動の減少は視覚刺激の情報量の増加を伴わなかった。隣接細胞の刺激選択性のわずかな違いが，情報量の減少を引き起こした。この結果は，隣接した複数神経細胞の活動の平均をとることが，情報量の観点からは有効ではないことを示唆している。

（11）「目が合う」という感覚の謎

佐藤隆夫（東京大学人文社会系研究科）

　視線，もしくは「目があった」という感覚は我々のコミュニケーションにおいて重要なファクターである。にもかかわらず，視線知覚に関する実験的な検討の例はほとんど無い。ここでは，我々が，視線知覚のもとになる情報を特定するために行っている研究の概要を紹介する。実物大の写真を様々な距離から提示して実験をを行った結果，視線知覚の精度は観察距離に関わらず，視角で表したときにほぼ一定になることが明らかになった。さらに，低域濾過画像を用いて検討した結果，画像のボケは視線知覚の精度に対して，ほとんど効果を持たないことも明らかになった。こうした結果は，視線方向の知覚が黒目のエッジなどの高空間周波数にもとづく詳細な情報ではなく，低空間周波数の大局的な情報に依存すること，また，絶対的な位置や空間周波数ではなく，顔の幅や眼の幅に対する相対的な位置，もしくは相対的な空間周波数に依存したものであることを示している。

（12）運動視情報処理の上位中枢としての上側頭溝前部

三上章允，海野俊平，田仲祐介（京都大学霊長類研究所・行動発現分野）

　視覚情報処理は，空間視覚の処理を扱う背側系と，形態視覚の処理を扱う腹側系に分かれるとする見解が一般に受け入れられている。しかし，形態の知覚にも空間視の手がかりが使われ，あるいは空間の理解にも形態視の手がかりが使われる場面がある。
　また，1つの事象の認識や外界への働きかけには分離された情報の統合が必要である。このような視点から，空間視情報である運動視情報と形態視情報の統合過程を2つのパラダイムを用いて検討した。その結果，上側頭溝の前部（いわゆる多種感覚野）の細胞が比較的単純な形態に選択的に反応し，かつ，その回転運動に方向選択的に反応することが明らかになった。また，動きの手がかりによって形を識別するShape from Motionの条件でも70％以上の細胞が形態選択性を示した。これらのデータは運動視覚の情報がこの領域にもたらされていることを示唆している。

（13）3次元動体の運動予測と視覚学習

安藤広志（国際電気通信基礎技術研究所／JST PRESTO）

　動的な環境下でさまざまな行動課題を迅速に達成するためには，現在の視覚環境を推定するだけでなく，将来の視覚環境を予測して，フィードフォワード的な運動制御を行なう必要があると考えられる。本研究会では，特に運動する物体（動体）の視覚予測に関する計算論的な問題を議論するとともに，動体予測の精度を測定した心理物理実験について報告する。この実験では，両眼立体視提示装置を用いて球状物体をCGで生成し，3次元仮想空間内で遠方より被験者に向けて投射された物体の最終到達位置を視覚予測させる課題を行なわせた。実験の結果，動体が終点に到達する以前に，被験者は終点の空間位置を一撃的に予測し，その予測精度と確信度は純粋な視覚訓練により向上することが示された。また，学習の汎化特性に関しては，静的な3次元物体の学習と類似して，運動方向（視点）依存性を持つことが示唆された。以上の結果は，より適応的な機構に基づいて動体予測が行なわれていることを示している。

（14）Visual flow 認知の心理と生理

斎藤秀昭，樋田栄揮（玉川大学工学部情報通信工学科）

　二つの方向の異なるvisual flow が重畳されている刺激を1分間ほど注視した後に静止パターンに対して観察される運動残効を調べた。与えられた二つの flow は二つの異なる flowとして認知されたが，残効は運動のベクトル加算で与えられる運動方向と逆向きの一方向の運動として認知された。この現象はMST野細胞の順応に伴う自発放電の方向分布で説明がつくと考えられるので，その点を確認するための実験を考案した。すなわち，単一のMST野細胞に対して，方向差を同一に保ちながら2方向重畳運動刺激の運動方向を回転させ，細胞の反応強度をプロットすると，2方向運動のベクトル加算方向が，単一運動刺激に対してその細胞が最大反応を示す方向と一致したときに最大の反応を示した。すなわち，2方向重畳刺激を長時間与えると，そのベクトル加算方向を最適方向とする細胞が最も強く反応し，刺激停止後の自発発火頻度を下げるのに対し，それと逆方向を最適方向とする細胞は，その2方向刺激に対してはほとんど反応しないため，刺激停止後の自発発火頻度はMST野にある同種の方向選択性細胞の中で最大となり，その結果，2方向重畳刺激のベクトル加算方向とは逆方向の運動が残効として認知されるものと解釈される。

（15）視覚-運動変換装置としての身体図式

積山　薫（公立はこだて未来大学システム情報科学部）

　空間視では，視覚情報を自己身体情報に参照することが必要と考えられる。これを実現する視覚-運動変換装置として，私は視覚情報と触運動情報との対応関係の記憶貯蔵である「身体図式」を考えている。これは，正常に作動している時にはほとんど意識にのぼらないが，通常の視覚-運動協応を無効にした視野変換事態では明瞭に意識される。このことに着目して，長期の視野変換事態で身体図式の変化とその働きについて調べた。4人の被験者に左右反転めがねを35日間ないし39日間連続着用してもらい，その間のボディ・イメージと視覚対象の空間定位の変化を調べ，その関係を検討した。その結果，定位課題でみた空間知覚の順応と，逆さめがね着用後の見えに対応した新しいボディ・イメージが形成される過程は，どちらも4週間目に大きな変化がみられ，時間的に同期していた。このことは，空間視と身体図式との密接な関係を示唆する。また，ファンクショナルMRI を用いた脳内計測では，新しいボディ・イメージに特有の活動は，頭頂間溝，ブローカ野，前頭前野にみられた。頭頂間溝とブローカ野の関与は，ボディ・イメージ想起中に視覚-運動変換の処理が生じていることを示唆する。

（16）行為のための視覚情報処理－把持運動の制御から認知地図の形成まで－

近江政雄（金沢工業大学人間情報システム研究所）

　物体を知覚するための腹側視覚路における情報処理過程に対して，行為を制御するための背側視覚路における情報処理過程の独立性と重要性を指摘した Milner と Goodale のモデルにおける行為とは，われわれが物体を操作するために，物体に到達し，把持するという行為であった。かれらのモデルは，その後，三次元環境におけるわれわれの行為であるところの自己定位やナビゲーションのための視覚情報処理過程を含む，Previc のより一般的なモデルへと発展している。これらのそれぞれの行為のための情報処理過程において，それぞれに異なったレベルの視覚情報が関与していることを，把持運動の制御における色情報の役割と，三次元環境の認知地図の形成における自己運動感覚情報の役割についての心理物理学的実験結果を紹介しながら議論する。



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