生理学研究所年報2002

5.イオンチャネル・トランスポーター異常による神経疾患の成因と病態に関する研究

2001年7月 2日－7月 3日
代表・世話人：倉智嘉久（大阪大学大学院医学系研究科）
所内対応者：井本敬二（液性情報）

（１）SCA6変異のP型Caチャネル機能におよぼす影響の解析

田邊　勉（東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科）

（２）SCA6における神経細胞死メカニズム-α1A-Caチャンネル遺伝子変異と特異的封入体-

水澤英洋，石川欽也，融　衆太，大和田潔，常深泰司，李明順，久保寺隆行，
三枝弘尚，田邊勉（東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科）

（３）電位依存性カルシウムチャネルα1Sの中枢神経系における発現の検討

高橋祐二，鄭　善容，尾方克久，鄭　相民，橋田秀司，後藤　順，金澤一郎
（東京大神経内科），井佐原京子，内山安男（大阪大機能形態学）

（４）IP3受容体異常の小脳プルキンエ細胞におけるカルシウム動態

井上　貴文（東京大学医科学研究所）

（５）グルタミン酸受容体チャネルノックアウトマウス

森　寿（東京大学大学院医学系研究科）

（６）グルタミン酸トランスポーターの関与する神経疾患

田中光一¹，松上稔子¹，白馬伸洋²，三谷章³
（¹東京医科歯科大学・難治疾患研究所・分子神経科学,²愛媛大学・医学部・耳鼻咽喉科,
³京都大学・医療技術短期大学部・総合教育）

（７）中性アミノ酸トランスポーターの神経系における発現と病態との関わり

金井　好克（杏林大学医学部薬理）

（８）血液脳関門，血液脳脊髄液関門における排出輸送系の解析

鈴木洋史（東京大学大学院薬学系研究科）

（９）骨格筋疾患におけるイオンチャンネル異常

高橋　正紀 , 木村　卓, 佐古田　三郎（大阪大学大学院医学系研究科）

（10）Reactiveoxygenspecies-mediatedactivationofTRPrelatedchannels.

森　泰生（岡崎国立共同研究機構統合バイオサイエンスセンター）

（11）内向き整流性K⁺チャネルのAndersen 病における変異部位 G300 近傍の E299 は内向き整流性の決定に寄与する。

久保義弘，村田喜理，藤原祐一郎（東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科）

（12）G蛋白質制御内向き整流性カリウムチャネルKir3.2のweaver変異を有する膵臓alpha細胞の電気生理学的解析

稲毛田　清，倉智　嘉久（大阪大学大学院　医学系研究科）

（13）抗Kチャネル自己抗体とIsaacs症候群

亀山正樹，園田至人，黒野明日嗣，長堂竜維，林茂昭，亀山亜砂子，
有村公良，納光弘（鹿児島大学　医学部）

【参加者名】
倉智　嘉久（大阪大学大学院医学系研究科），水澤　英洋，田邊　勉，久保　義弘，藤原　祐一郎（東京医科歯科大学大学院　医歯学総合研究科）田中　光一，岡田　隆，伊東　三穂（東京医科歯科大学難治疾患研究所），鈴木　洋史（東京大学薬学系研究科）森　寿，後藤　順，高橋祐二（東京大学大学院医学系研究科）井上貴文（東京大学医科学研究所），金井好克（杏林大学医学部），稲野辺厚，石井　優，稲毛田清，高橋正紀，木村　卓（大阪大学大学院医学系研究科），亀山正樹，有村公良（鹿児島大学医学部），森　泰生，山田久信，山田和徳（岡崎国立共同研究機構統合バイオ），重本隆一，馬杉美和子，大倉正道，高木佐知子，中井淳一，松下かおり，佐々木幸恵，井本敬二（生理学研究所）

【概要】

　近年，種々のイオンチャネルやトランスポーターなどのイオン輸送蛋白遺伝子の変異が多くの遺伝性神経系疾患の原因であることが明らかとなり，チャネル・トランスポーター病という概念も確立されてきた。しかしながら，それぞれのイオン輸送蛋白機能異常が如何にして疾患病態を成立させているのか，その分子・生理機構については不明な点が多い。この病態成立機構を検討することにより，それらの疾患の病因に基づいた新しい治療法や治療薬を考えることも可能となる。さらには，それぞれのイオン輸送体が神経系の機能制御にどのような生理的役割を果しているかを明らかにすることもできると考えられる。従って，チャネル・トランスポーター病の研究は，応用的な医学研究ばかりでなく基礎生物学的研究においても非常に重要である。しかしながら，日本においては種々のチャネルやトランスポーターの研究は盛んであるにもかかわらず，共同作業が必須であるチャネル・トランスポーター病の研究はまったく不十分な状態であると言わざるをえない。本研究会では，現在日本において活発に研究活動を行っている研究者が一堂に会し，お互いの情報交換を行い，さらには協力体制を整備する機会を持つことで今後のこの領域の発展に資することが目的である。

（1）SCA6変異のP型Caチャネル機能におよぼす影響の解析

田邊　勉¹，融　衆太²，村越隆之¹，石川欽也²，三枝弘尚¹，水澤英洋²
（¹東京医科歯科大学大学院高次機能薬理学，²同大学院脳神経機能病態学）

　脊髄小脳失調症6型（SCA6）は，常染色体優性遺伝の脊髄小脳変性症の一つで，成人発症の緩徐進行性の小脳失調と，病理学的に小脳プルキンエ細胞優位の変性脱落が特徴の疾患である。Zhuchenkoら（1977）はこの疾患が，第19染色体短腕19p13.1に位置するα1A電位依存性Caチャネル遺伝子（CACNA1A）3'側翻訳領域内にあるCAGリピートの軽度の異常伸長により発症することを報告した。他のCAGリピート病（ポリグルタミン病）と比べ，そのリピート数は少なく（変異アレル：21-33回，正常：4-20回），世代間で安定で，表現促進現象は顕著でないなど相違がみられる。また，CACNA1A内の他の遺伝子変異によりSCA6と同様の進行性の小脳失調を示すものもあり，CACNA1Aが脳内，特にプルキンエ細胞でも重要な役割を果たしているP/Q型チャネルをコードしていることを考え併せるとα1ACaチャネルの機能変化がSCA6の発症に関わっていると考えられた。一方，CACNA1AのドメインⅣのアスパラギン-プロリン（NP）の挿入配列の有無がP型とQ型の区別に関与していることが最近明らかにされた。そこで我々はNPの挿入配列を持つ，あるいは持たないヒトの全長CACNA1Aをhuman embryonic kidney(HEK)293細胞に発現させ，ポリグルタミン数の違いによるチャネル特性の変化について検討した。
　１．ポリグルタミンの異常伸長によるα1Aチャネル活性の変化をみるために，最初に，ラビット-ヒトキメラα1Aを用いたが，ポリグルタミン数13回と24回で有意な差は認めなかった。この結果はMatsuyamaら（1999）の報告とも一致する。したがって，チャネル活性の変化をみるためには，1.7kbの3'側領域以外のヒトのα1Aチャネルの領域も必要と想定し，ヒト全長α1Aを使って実験を行った。また，我々のマウスのRT-PCRの結果，およびBourinetら（1999）のラットα1Aに関する報告より，ヒトにおいても，α1A（-NP）はプルキンエ細胞における主な構成成分であると考えられた。そこで，SCA6にみられるプルキンエ細胞優位の細胞死のメカニズムを調べるために，様々なポリグルタミン数のα1A（-NP）およびα1A（+NP）についてチャネル活性を調べた。
　2．ポリグルタミンの異常伸長したα1A（-NP）においては，電位依存性不活性化に関して，正常のものに比べ，伸長数に従った不活性化曲線の過分極方向へのシフトがみられた。このことは静止膜電位付近において利用可能なCaチャネルは減り，ポリグルタミンが伸びるほど，細胞へのCa流入は減ることを予想させる。さらにプルキンエ細胞においてα1A（-NP）が主に発現していることを合わせ考えると，この不活性化曲線の過分極方向へのシフトが，プルキンエ細胞の変性脱落に寄与していると仮定できる。また，α1A（-NP）およびα1A（+NP）がともに発現している神経細胞においては，α1A（+NP）においてみられる不活性化曲線の脱分極方向へのシフトにより代償されるために，細胞死を免れる可能性が示唆される。
　3．α1Aチャネル遺伝子変異に起因する疾患マウスとしては，トッタリング（tg），リーナー（tg^la），ローリング（tr^rol）等が知られている。Moriら（2000）はこれらマウスを用いた解析から，運動失調の重度さと変異α1Aチャネルを通ってプルキンエ細胞に流入するCa量との間には逆相関の関係があることを示唆した。我々のポリグルタミンの伸長数に伴った変化を認めた結果も併せ考えると，Ca流入の減少が，運動失調という表現型を説明しうると考えられる。

（2）SCA6における神経細胞死メカニズム-α1A-Caチャンネル遺伝子変異と特異的封入体-

水澤英洋¹，石川欽也¹，融衆太¹，大和田潔¹，常深泰司¹，李明順¹，久保寺隆行¹，三枝弘尚²，田邊勉²
（¹東京医科歯科大学大学院脳神経機能病態学，²同大学院高次機能薬理学）

　脊髄小脳変性症の約40%は遺伝性でありこれまで多数の原因遺伝子（座）が同定されてきた。その中で脊髄小脳失調症6型（spinocerebellar ataxia type 6: SCA6）は比較的高齢発症でほぼ純粋な小脳失調症状を呈することで知られているが，わが国では高頻度でその発症機序の解明と治療法の確立は重要な課題である。SCA6はα1A-Caチャンネル遺伝子のCAGリピートの異常伸長により生じいわゆるCAGリピート病あるいはポリグルタミン病の一つであるが，正常で4-19，疾患で20-33であり伸長したものでさえ他のCAGリピート病の正常域に入ってしまう程度ときわめて短いことがひとつの特徴である。患者脳からこの遺伝子をクローニングし，特異抗体を作製して脳内でのリピート数，mRNA，蛋白の発現をRT-PCR，in situ hybridization，免疫染色などで検討した。リピート数はどの部位でもきわめて安定であり末梢血白血球とも同じであったが，正常脳でのmRNAと蛋白の発現は中枢神経系全体の神経細胞にみられるものの小脳，中でもプルキンエ細胞に格段に多く，SCA6患者脳ではプルキンエ細胞の細胞質内に塊～粗大顆粒状の特異的封入体が存在した。この封入体はSCA6のみかつプルキンエ細胞のみに認められ免疫電顕で線維状構造，それらが束状になったような構造さらには顆粒状物質として確認された。さらに長いポリグルタミン鎖を認識する抗体1C2にて免疫染色を行ったところ新たに細胞質を中心に一部は核内にもあるとみられる多数の顆粒状封入体がプルキンエ細胞にみられることが判明した。これらの封入体の意義はまだ不明であるが，SCA6で有意～選択的に障害されるプルキンエ細胞に特異的に出現していることから選択的細胞死に関わっていることが推定される。また，変異ヒトα1A-Caチャンネル遺伝子を導入し変異蛋白を発現させた培養HEK細胞は一定の条件下では対照に比べ有意に顕著な細胞死をもたらすことも確認された。まだ，詳細なメカニズムは不明であるが，変異α1A-Caチャンネル蛋白の発現はSCA6のプルキンエ細胞においては封入体という異常形態をとりその選択的神経細胞死に密接に関与しているものと思われる。

（3）電位依存性カルシウムチャネルα1Sの中枢神経系における発現の検討

高橋祐二，鄭　善容，尾方克久，橋田秀司，後藤　順，金澤一郎（東京大神経内科・科技団SORST）
井佐原京子，内山安男（大阪大機能形態学）

　【目的】電位依存性カルシウムチャネル（VGCC）α1サブユニットはα1A~I, Sの10種類が知られているが，神経系ではα1F，Sを除く8種類が発現していることが報告されている。我々は神経系におけるVGCCα1サブユニットの新規遺伝子の探索ならびに，既知の分子種の発現プロファイルを作製することを目的に研究を行っているが，その過程で，これまで筋肉特異的と考えられていたα1Sが，神経系においても発現していることが明らかになった。そこで，その発現パターンを詳細に調べた。
　【方法】VGCC α1サブユニットに共通の配列を用いてdegenerate primerを作製し，神経系から抽出したRNAを用いてRT-PCRによるスクリーニングを行った。さらに，各分子種に特異的なプライマーを作製して，CNS各部位から抽出したRNAを材料にRT-PCRを行った。α1Sに関しては，LightCyclerを用いた定量的PCRにより，RT-PCRの結果を定量的に評価した。さらに，ヒト，ラットα1Sに特異的なプローブを作製し， northern blotting，in situ hybridizationを行った。また，レーザーダイセクターを用いて神経細胞を切り出し，Single cell RT-PCRを行って単一神経細胞における発現を検討した。
　【結果と考察】今回新規遺伝子は確認し得なかったが，α1Sが神経系で発現していることが明らかになった。特異的プライマーを用いたRT-PCRでは，α1Sは大脳基底核，とりわけ尾状核のニューロンに多く発現しているという特徴的な分布を呈していた。さらに，in situ hybridizationにおいて，α1Sは尾状核のニューロンに強い発現が認められた。Single cell RT-PCRにおいても，尾状核の神経細胞における発現が確認された。これらの発現パターンは他のLタイプのカルシウムチャネル（α1C,D）と異なっており，α1Sに特徴的は分布パターンであると考えられた。

(4)IP3受容体異常の小脳プルキンエ細胞におけるカルシウム動態

井上貴文（東京大学医科学研究所脳神経発生・分化分野）

　細胞内カルシウム放出チャンネルである1型イノシトール3リン酸受容体（IP3R1）は小脳プルキンエ細胞に非常に豊富に発現しており，ERからのカルシウム放出の主要な機能を担っている。遺伝子ノックアウトマウスを作製し，IP3R1のプルキンエ細胞における役割を調べた。形態学的，および電気生理学的特徴はノックアウト動物のプルキンエ細胞でも保たれていた。
　細胞内カルシウム濃度の増加は，プルキンエ細胞におけるシナプス可塑性のモデルである長期抑圧現象（LTD）に必須であることが知られていたが，豊富に発現しているIP3R1の機能がLTDに関与しているか否かは不明であった。IP3R1遺伝子のノックアウトマウス及び，IP3R1の機能を特異的に阻害するモノクローナル抗体を用いて，LTD実験を行ったところ，IP3R1はLTDに必須であることがわかった。この知見は，プルキンエ細胞樹状突起に存在するIP3R1がシナプス刺激により機能していることを示唆するはじめての証拠であった。
　1型脊髄小脳変性症（SCA1）のモデルマウスではプルキンエ細胞は生後2ヶ月以降樹状突起と細胞体の著明な萎縮がみられ，脱落していく。SCA1モデルマウス・プルキンエ細胞においてIP3R1の発現量は著しく減少していたが，シナプス刺激によるカルシウム放出はむしろ活性化していることを見いだした。すなわち，平行線維刺激によるカルシウム放出が野生型プルキンエ細胞よりもより起こりやすくなっているのみならず，野生型では見られない，登上線維刺激によるカルシウム放出も観察された。プルキンエ細胞の病態と，この異常なカルシウム動態との関連について考察してみたい。

（5）グルタミン酸受容体チャネルノックアウトマウス

森寿，三品昌美（東京大学大学院医学系研究科　薬理学・分子神経生物学，CREST, JST）

　我々はグルタミン酸受容体（GluR）チャネルサブユニットの生理機能を個体レベルで解析するために遺伝子欠損マウスを作成した。特に前脳におけるシナプス可塑性に重要なNMDA型GluRε1, GluRε2，及び小脳プルキンエ細胞特異的に発現しシナプス可塑性とシナプス形成の中心分子であるGluRδ2，それぞれの遺伝子欠損マウスを用いて行動学的解析を行なった。また，マウスの行動解析において遺伝的背景が影響を与える事から，我々は遺伝的背景の99.9% 以上をC57BL/6としたマウスを用いた。
　GluRε1 サブユニットの欠損マウスは，海馬CA1における長期増強（LTP）誘導の閾値が上昇しており，海馬依存的なモリス水迷路学習，文脈学習，及び瞬目反射条件付けTrace パラダイムの獲得に障害が検出された。従って，これら3種の学習の獲得には，海馬におけるGluRε1サブユニットが関わる共通の分子機構が示唆された。GluRε2 欠損マウスはシナプス可塑性と神経回路形成の精緻に異常を示し出生後致死であった。このことから神経回路形成とシナプス可塑性が共通の分子機構により担われている可能性が示唆された。GluRε2ヘテロ欠損マウスは，他のGluRεへテロ欠損マウスでは観察されない音驚愕反応の上昇を示すことからGluRε2が音驚愕反射の制御に重要である事が明らかとなった。一方，GluRδ2欠損マウスは，プルキンエ細胞の長期抑圧（LTD）が障害されており瞬目反射条件付けのDelay パラダイムに障害が検出されたが，Trace パラダイムには障害がなかった。従って，小脳プルキンエ細胞のLTDが特定のパラダイムの運動学習の獲得に関わること，及び学習獲得過程には異なる脳システムが学習パラダイム依存的に関与することが示唆された。
　以上の結果から，GluRチャネルサブユニットが多様な脳神経機能を担い，学習行動のパラダイム依存的に異なる脳システムと分子機構が関与することが示唆された。

(6)グルタミン酸トランスポーターの関与する神経疾患

田中光一¹，松上稔子¹，白馬伸洋²，三谷章³
（¹東京医科歯科大学・難治疾患研究所・分子神経科学，
²愛媛大学・医学部・耳鼻咽喉科，³京都大学・医療技術短期大学部・総合教育）

　グルタミン酸は哺乳類の中枢神経系において両刃の剣であり，記憶・学習などの脳高次機能を調節する主要な興奮性神経伝達物質として知られているが，興奮毒性という概念で表されるように，過剰なグルタミン酸は神経細胞毒性を持つことが知られている。グルタミン酸の興奮毒性による細胞死は，脳虚血，脳外傷，てんかんなどの急性神経疾患のみならず，アルツハイマー病，筋萎縮性側索硬化症（ALS），脊髄小脳変性症，ハンチントン病などの慢性神経疾患でみられる神経細胞死の共通メカニズムと考えられている。従って，細胞外におけるグルタミン酸濃度の制御は，生理学的・病態生理学的に重要な意味を持つ。グルタミン酸トランスポーターは，シナプス前部から放出されたグルタミン酸を細胞外から取り除き，細胞外グルタミン酸濃度を低下させることを主要な役割としている。現在，脳内には4種類のグルタミン酸トランスポーターが存在することが知られおり，GLAST, GLT1, EAAC1, EAAT4と命名されている。GLAST, GLT1は主にアストロサイトに，EAAC1, EAAT4は神経細胞に存在する。本研究会では，GLT1, GLAST欠損マウスの解析を通じ明らかになった各種神経疾患におけるグリア型グルタミン酸トランスポーターの役割について話す。GLT1欠損マウスは生後3週齢頃から致死性のてんかん発作を示し，生後12週齢頃までに80％が死亡してしまう。GLAST欠損マウスは，軽度の協調運動障害と網膜のシナプス伝達障害，騒音性難聴の悪化が観察された。また，GLT1, GLASTの両者を持たないダブルノックアウトマウス（DKマウス）を作成したところ，胎生18日頃に死亡し，中枢神経系の形成異常が観察された。さらに，神経幹細胞・グリア前駆細胞・神経前駆細胞のマーカー分子としてのGLASTの有用性についても話す予定である。

（7）中性アミノ酸トランスポーターの神経系における発現と病態との関わり

金井好克^1,6^），松尾洋孝^1,3^），金　徒慶¹^），A. Chairoungdua¹^），金　珠英¹^），小林ゆかり²^），
苗代　弘⁴^），大谷直樹⁴^），福井伸二⁴^），四ノ宮成祥⁵^），島　克司⁴^），遠藤　仁¹^）
（杏林大学医学部薬理¹^），杏林大学医学部第二外科²^），防衛医大第一生理³^），
防衛医大脳神経外科⁴^），防衛医大微生物⁵^），科学技術振興事業団さきがけ研究21⁶^））

　神経組織におけるアミノ酸トランスポーターは，1）神経伝達物質トランスポーターとして，放出されたアミノ酸神経伝達物質を回収し，2）血液・脳関門トランスポーターとして，アミノ酸の関門通過を担当するといった神経組織特有の機能を担う他，細胞一般に共通するものとして，3）必須栄養素としてのアミノ酸の細胞への供給，さらに，4）シスチンの供給を介して，酸化ストレスから細胞を保護する役割を担っている。神経伝達物質トランスポーターとしての機能は，グルタミン酸，GABA，モノアミン等に関して研究成果が蓄積されてきているが，他の役割に関しては，トランスポーターの分子的実体を踏まえた詳細な研究はなされていない。我々は，1998年に12回膜貫通型タンパク質と，1回膜貫通型タンパク質のヘテロダイマーによって形成されるアミノ酸トランスポーターを見い出し，それを契機に多くのNa⁺非依存性トランスポーターからなる，ヘテロダイマー型アミノ酸トランスポーターファミリーを確立した。そのなかには，血液・脳関門トランスポーターであると同時に，細胞への必須アミノ酸の供給を担当する中性アミノ酸トランスポーター，および2種のシスチントランスポーターが含まれる。
　ヘテロダイマー型アミノ酸トランスポーターファミリーには，3種の中性アミノ酸トランスポーター（LAT1，LAT2，Asc-1）が存在する。LAT1は大型の中性アミノ酸のみを輸送し，LAT2は中性アミノ酸全般を輸送する広い基質選択性を示し，Asc-1は小型の中性アミノ酸のみを輸送する。このうちLAT1とLAT2は，その結合タンパク質である 4F2hc（4F2 heavy chain）とともに，脳毛細血管内皮細胞の細胞膜に存在し，血液脳関門の中性アミノ酸の透過経路を形成している。これらのトランスポーターは，L-DOPAを含む芳香族アミノ酸を輸送基質とし，モノアミン神経伝達物質生成の前駆物質の中枢神経への供給経路となる。LAT1は，さらに神経細胞に，細胞体と樹状突起の起始部を中心に存在し，Asc-1は，これと対照的に，樹状突起にその末端に至るまで広く分布する。Asc-1 は，D-Ser を含む D-体も高親和性に輸送する。D-Ser は，NMDA グルタミン酸受容体の内因性機能修飾物質の候補となっており，Asc-1 はその脳内動態の決定に寄与している可能性がある。
　LAT1は，神経系以外では癌胎児性抗原としての発現パターンを示すことが知られているが，最近我々はヒト脳腫瘍においても，LAT1が高発現することを明らかにした。LAT1の発現は，腫瘍の悪性度と相関し，有意に生存曲線に負の影響を及ぼしていた。また，C6ラットグリオーマ細胞を用いたin vitroの検討では，LAT1の抑制は有意に腫瘍体積の縮小効果を示し，同時にラットの生存を延長した。LAT1は，脳腫瘍の診断，治療の新たな分子標的となる可能性がある。
　グルタチオンは，重要な細胞内抗酸化物質であるが，その生合成にはシステインの供給が律速段階の一つのとなる。システインは細胞外の酸化的環境下では，シスチンとして存在するため，シスチンのトランスポーターが，酸化ストレスからの細胞保護のために，重要な役割を果たす。ヘテロダイマー型アミノ酸トランスポーターファミリーの2種のシスチントランスポーターのうち，xCTは，酸化ストレスにより発現が誘導されることが確認された。BAT1は，中枢神経においては，特に海馬 CA3 領域に限局した発現が見られた。
　ヘテロダイマー型トランスポーターの同定により，中枢神経に発現するアミノ酸トランスポーターの幾つかが新たに明らかになった。これらは，中枢神経の機能と疾患の理解に有用な情報を与えるのみでなく，疾患治療の新たな分子標的として，今後の検討が期待される。

（8）血液脳関門・血液脳脊髄液関門における排出輸送系の解析

鈴木　洋史（東京大学大学院薬学系研究科）

　中枢神経系は，血液脳関門（BBB），血液脳脊髄液関門（BCSFB）の2つの関門により，循環血と隔てられている。これら2つの関門の機能により，中枢内でのイオン組成の維持などがなされ，中枢機能の恒常性が維持されているものと考えられる。これら関門のうち，BBBは脳毛細血管内皮細胞同士が密着結合により，結合されることにより形成される。その結果，他の抹消組織とは異なり，循環血中の化合物が脳内に移行するためには，内皮細胞を介した経細胞輸送を経ねばならず，水溶性の高いあるいは分子量の大きい化合物の脳移行は制限され，関門が形成されている。事実，多くの非電解質に対してはBBB透過性と分子量で補正した油水分配係数の間には良好な相関が観察される。しかしながら，ビンカアルカロイドなどの化合物のBBB透過性は物性から予測されたものよりも遥かに小さく，何らかの機構が関与するものと考えられていた。
　BorstらはMDR1P-糖蛋白ノックアウトマウスを作成し，これらのマウスがアイベルメクチンを作用させることにより，中枢毒性を呈することを見出した。演者らのグループを含めた，その後の一連の研究により，脳毛細血管内皮細胞血管側膜上に発現されるP-糖蛋白により，基質の脳移行性が制限されることが示されてきている。一方，最近になり，MDR1遺伝子のSNPｓがP-糖蛋白の発現量の個人差の一因となることが報告された。従来，P-糖蛋白の基質となるサイクロスポリンAの中枢毒性には個人差が存在することが報告されてきたが，この毒性発現の個人差はP-糖蛋白発現量の個人差によっても説明されうるものであり，重要な検討事項のひとつと考えられている。
　さらに，P-糖蛋白が良好な基質としない，有機アニオン系化合物もBBBを介した排出を受けることが示されてきている。この機構を解析するために演者らは，目的化合物を非透過性マーカーのイヌリンと共に脳実質内に直接投与し，脳内残存量の経時変化を測定するという実験を行った。その結果，p-アミノ馬尿酸，タウロコール酸，エストラジオールグルクロン酸抱合体などに対する排出活性を検出することができた。単離脳毛細血管内皮細胞には抗MRP1抗体と反応する蛋白発現されることも見出しており，現在その同定を試みている。
　BBBと並び，抹消と中枢との境界となるのがBCSFBである。この関門は，脈絡上皮細胞同士が密着結合で結合されことにより形成される。脈絡上皮細胞は脳脊髄液（CSF）の産生に関与すると共に，CSF中の有機アニオン系化合物を血液へと能動的にくみ出す機能を有している。髄膜炎治療に用いられる一連のβ-ラクタム系抗生物質を用いた検討の結果，この排出機能が薬物のCSF移行を決定する重要な因子であることを示すことができた。現在，OAT3と称されるトランスポーターがペニシリンのCSFから脈絡叢への取り込みに関与し得ることを見出している。脈絡叢から血液への排出には，この組織に高発現されるMRP1が関与する可能性が考えられ，現在検討を続けている。中枢神経系への薬物移行ひいてはその薬理効果・副作用発現に，これらの関門に発現されるトランスポーターが大きく関与しており，現在新規のトランスポーターのクローニングを進めている。

（9）骨格筋疾患におけるイオンチャンネル異常

高橋正紀^1，2），木村卓^2），佐古田三郎^2），Stephen C. Cannon^1，3）
（^1）Department of Neurology, Massachusetts General Hospital，
^2）大阪大学大学院医学系研究科　神経内科学，^3）Department of Neurobiology, Harvard Medical School）

　興奮性異常を呈する遺伝性の骨格筋疾患の多くはイオンチャンネル遺伝子に異常があることが明らかにされてきた。高カリウム性周期性四肢麻痺，先天性パラミオトニー，カリウム惹起性ミオトニーなどでは骨格筋型Naチャンネルのα subunitに，低カリウム性周期性四肢麻痺では主にCaチャンネルのα subunitに，先天性ミオトニーはClチャンネルに変異が見いだされている。高カリウム性周期性四肢麻痺，先天性パラミオトニーなどのNaチャンネルの変異の解析の結果，ほとんど全ての例でfast inactivationの異常が見られ，その異常により麻痺やミオトニーといった病態を説明できる。近年 Na channelについて，fast inactivationとは別の不活性化，slow inactivationの生理，病態的意義が注目されてきている。本発表では，slow inactivationについて，心筋型と骨格筋型チャンネルの違い等など生理的意義について考察する。また，高カリウム性周期性四肢麻痺において，slow inactivationの障害が麻痺の出現に関与することなど，病態との関連について述べる。
　筋強直性ジストロフィーは筋肉の興奮性異常（ミオトニー），萎縮のほかに白内障，不整脈，糖尿病などの全身症状を合併する成人で最も多い筋ジストロフィー症である。その遺伝的原因は，イオンチャンネル遺伝子にはなく，DMPK遺伝子の非翻訳領域での3塩基（CTG）の伸長にあることが明らかにされた。この遺伝子異常がいかなる機構で筋の興奮性異常を呈するかは不明であった。 Thorntonらは伸長させたCTGのみを骨格筋に発現させたトランスジェニックマウスを作成し，この動物がミオトニアや筋萎縮など筋強直性ジストロフィーに非常に類似した筋病変を呈することを明らかにした（Mankodi et al. Science 289: 1769-1772, 2000）。このマウスの筋興奮性異常のメカニズムを電気生理学的に検討する機会を得たので，その結果についても述べる。

（10）Reactive oxygen species-mediated activation of TRP-related channels

森　泰生（岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター・生命環境研究領域）

　形質膜越えのCa流入は，主要な細胞内Caイオン濃度調節機構の一つであると同時に，膜電位の脱分極を担うという生理的意義を有する。神経細胞においては，電位依存性Caチャネルとともに，TRP遺伝子スーパーファミリーによってコードされている，受容体活性化Caチャネル（Receptor-activated Ca channel）（RACC）群が注目を集めている。我々は既に，PI応答と連関して活性化開口する神経系の7つのTRP Caチャネル（TRP1-7）を見い出した。最近，7つのいわゆるTRPホモログに加え，数10microMのH₂O₂等，活性酸素種（Reactive Oxygen Species）によって活性化開口する新規Ca透過型カチオンチャネルROSC1を同定した。本ROSC1チャネルの直接の活性化トリガーは，H₂O₂等の処理によって増加するニコチンアミドの結合と考えられる。また，活性酸素種により惹起される細胞死をROSC1が仲介することが示唆された。さらに，ROSC1チャネルだけでなく，細胞内外のCaやセカンドメッセンジャー群によってそれぞれがユニークな活性調節を受ける，TRP1-7の活性制御にも活性酸素種による酸化が必要であることを見い出した。このように，TRP関連チャネルは興奮性制御のみならず神経細胞死／生存に深く関与しており，分子・機能的多様性は，特定の神経機能の惹起に必要な，Caシグナル及び膜電位変化の空間的・時間的パターン制御の重要な基盤であると考えられる。

（11）内向き整流性K⁺チャネルKir2.1のAndersen 症候群における変異部位Gly300 近傍のGlu299 は　内向き整流性の決定に寄与する。

久保義弘，村田喜理，藤原祐一郎（東京医科歯科大学大学院　機能協関システム医学）

　内向き整流性K⁺チャネル Kir 2.1（IRK1）の内向き整流性は，主として，細胞内Mg²⁺とスペルミンによる外向き電流のブロックによって引き起こされる。これらのブロッカーに対する感受性，すなわち内向き整流性の強さを決定する部位として，膜貫通部位M2の中ほどにあるAsp残基（D172）と，M2に続くC端の細胞内領域と考えられてきた部位のGlu残基（E224）が，既に知られてきた。しかしながら，我々の単離した非常に弱い内向き整流性を示すsWIRKと強い内向き整流性を示すIRK1の整流性の程度の違いは，このふたつのアミノ酸残基の違いでは説明できなかったので，内向き整流性の成立に寄与する分子基盤がさらに存在すると予想した。本研究において我々は，IRK1とsWIRKのアミノ酸配列の違いに着目して点変異を導入することにより，C端細胞内領域と考えられてきた部位のさらに遠位部にあるGlu残基（E299）を，内向き整流性の決定に関与している構造基盤として新たに同定した。
　IRK1 wild type（wt）とその点変異体E224G，E299S，その二重変異体E224G & E299Sの電気生理学的性質を，アフリカツメガエル卵母細胞及びHEK293細胞に発現させて比較した結果，以下の知見が得られた。（1）E299Sはwtと比較して，弱い内向き整流性を示し，細胞内ブロッカー，特にスペルミンのブロックに対する感受性が非常に低く，単一チャネルコンダクタンスが小さかった。（2）E224Gの性質は，E299Sに極めて類似していた。（3）E224G & E299Sでは，E224G，E299Sで観察された上述の変化がさらに増強していた。以上の結果から，E299が，内向き整流性を決定する新たな構造基盤であること，そして，E224とE299がどちらもイオン透過路に面し，互いに近い深さに位置していることが明らかになった。
　ところで，最近Plaster らにより，IRK1チャネルのD71V, S136F, G144S, R218W, G300V, E303K等のアミノ酸変異が周期性四肢麻痺，不整脈，dysmorphology 等を主徴とするAndersen 症候群の病因として同定された（Cell 105, 511-9, 2001）。そこで，病態との関連を探る目的で上述のE299 と隣接するG300V変異体の電気生理学的性質を解析した。G300VのcRNAを単独で発現させたところ電流は観察されなかった。次に，野生型とG300VのcRNAを1:1で混合して共発現させたところ，野生型単独と比して1/2程度の大きさの電流が記録された。よって，4量体の中にG300V変異サブユニットが1個程度含まれてもチャネルとして機能するということが示唆された。この電流を野生型電流と質的に比較すると，内向き整流性の強度等について顕著な差異はみられなかった。

(12)weaverマウス膵ラ氏島α細胞におけるGIRKチャネルの電気生理学特性

稲毛田清，倉智嘉久（大阪大・医・情報薬理学）

　【目的】グルカゴンは膵ラ氏島α細胞から分泌される。グルカゴン分泌はδ細胞から分泌されるソマトスタチンにより抑制される。我々は，膵ラ氏島α細胞ではGIRKチャネルのファミリーのうち，Kir3.2Cと3.4が発現しており，ソマトスタチンによるグルカゴン分泌抑制にGIRKチャネルの活性化が関与していることを報告している。Kir3.2の点変異を持つweaverマウスでは選択的に黒質ドーパミンニューロンの細胞死，小脳顆粒細胞の遊走異常が起こることが知られているが，膵ラ氏島について検討されていない。そこで，膵ラ氏島の形態およびα細胞のGIRKチャネルの特性についてKir3.2の点変異による影響があるかどうか検討した。
　【方法】（1）組織化学的にweaverマウスのα細胞の検討をした。（2）weaverマウスより単離・培養した膵ラ氏島α細胞にwhole cell clamp法を用い，10 mM K⁺の外液中で電流を測定した。（3）測定後，細胞を吸引した電極液を材料としてRT-PCR法によりα細胞の同定を行った。
　【結果】（1）weaverマウスの膵ラ氏島では正常，ヘテロ，ホモマウス，全てほぼ同数のα産生細胞が存在した。（2）正常マウス由来α細胞：ソマトスタチン刺激により誘導される電流はGIRKチャネルの特異的阻害剤であるテルチアピンにより抑制された。また，ソマトスタチン刺激により誘導される電流の逆転電位は-60 mVであった。よってソマトスタチン刺激により誘導される電流はテルチアピン感受性K⁺電流であった。（3）weaverヘテロおよびホモマウス由来α細胞：ともにソマトスタチン刺激により電流が誘導されたが，その逆転電位は脱分極側にシフトした。ホモマウスα細胞ではソマトスタチン誘発電流の逆転電位は-20mVとなり，イオン選択性が失われていた。さらに，誘発電流はBa²⁺では抑制されたが，テルチアピンで抑制されなかった。ヘテロマウス由来α細胞では全電流の逆転電位は約10 mV脱分極方向へシフトした。テルチアピン感受性成分の逆転電位は-60 mVで正常マウスと一致し，残りのBa²⁺感受性成分の逆転電位は-20 mVでweaverホモマウスと一致した。ヘテロマウス由来α細胞では正常GIRK2チャネルとホモメリックなweaver mutant channelが混合して存在していると推定された。
　【結論】Kir3.2の点変異により膵ラ氏島の形態は影響されなかったが，ソマトスタチン受容体依存性にイオン選択性が低下したweaver mutant GIRK2チャネルが活性化された。しかし，この点変異により形態上異常を起こす部位とは違って膵ラ氏島α細胞ではweaver mutant GIRK2チャネルが構成的に活性化されておらず，このために膵ラ氏島の形態に影響が起こらないと考えられた。

(13)抗Kチャネル自己抗体とIsaacs症候群

亀山正樹，有村公良，園田至人，長堂竜維，黒野明日嗣，冨満久教，林茂昭，亀山亜砂子，納光弘
（鹿児島大学・医学部・第二生理学，第三内科学）

　自己免疫性チャネル病として，重症筋無力症（myastenia gravis, MG: 骨格筋のACh受容体に対する自己抗体）とLambert-Eaton 筋無力症候群（LEMS: 運動神経終末のP/Q，Ｎ型Caチャネルに対する自己抗体）が有名である。我々は，近年，神経終末部の電位依存性Ｋチャネル（VGKC）に対する自己抗体によりIsaacs症候群が発症することを明らかにした。
　Isaacs症候群は，後天性ニューロミオトニアとも呼ばれ，持続性筋けいれん，運動後の筋弛緩遅延，発汗異常などを主症状とする。臨床電気生理学的検査では，末梢神経伝導は通常正常であるが，針筋電図での反復電位が特徴的である。筋の過興奮は，クラーレで消失するが神経ブロックでは消失しないので，神経終末部で異常な自発興奮が起きていると推定されている。
　我々は，Isaacs症候群が神経終末部のVGKCに対する自己抗体により発症するとの仮説のもと，一連の実験を行った。まず，PC-12細胞のＫ電流は患者血清作用直後には抑制されなかったが，2%患者血清で2日間以上培養した細胞においてはＫ電流密度が減少した。同様の経時的なＫ電流抑制は，患者免疫グロブリン（Ig）をヒト神経芽細胞腫由来NB-1細胞に作用させた実験でも認められた。Ｋ電流の活性化，不活性化には有意な変化は見られなかった。一方，患者血清はNa電流に対しては有意な変化を起こさなかった。これらの結果より，患者Igは，VGKCの機能的な数を減少させてＫ電流を低下させると推察された。Western blot法による検討では，患者Igはα-dendrotoxinで標識されるバンド（KV1.1，KV1.2，KV1.6と推定）に結合した。また，免疫組織化学では，患者Igが筋内神経軸索部に結合することが確認された。さらに，患者Igは，KV1.1とKV1.6遺伝子を強制発現させたCHO細胞においてＫ電流を緩徐に抑制した。Hartらも患者血清がXenopus卵母細胞に発現させたKV1.1，KV1.2と KV1.6を認識することを見ている。これらの結果より，Isaacs症候群患者のIgには複数種のVGKCを認識する自己抗体があるものと考えられる。
　以上の研究により，Isaacs症候群の病態は抗VGKC抗体の作用によりK電流が減少し神経の過興奮が起こるものと考えられるが，そのK電流の減少（おそらくチャネル数の減少）の機序は不明である。最近，MG患者の一部に抗ACh受容体抗体陰性の例があり，この中で筋特異性チロシンキナーゼ（MuSK）に対する自己抗体を有する例が報告された。MuSKの抑制により，ACh受容体の集積の抑制または代謝の促進が起こり，結果的に受容体効率が低下するものと想定される。Isaacs症候群の場合においても，Kチャネルの発現抑制や代謝亢進という可能性を検討する必要があろう。このように，チャネルの抑制には，直接的な作用の他に，遺伝子発現，targeting，anchoring（＋集積），代謝，その他の調節因子などに対する作用もあると考えられ，今後の重要な検討課題になると思われる。
文　献

1): Sonoda Y, Arimura K, Kurono A et al., Muscle & Nerve 19:1439-1446, 1996
2): Arimura K, Watanabe O, Kitajima I et al., Muscle & Nerve 20:299-305, 1997
3): Nagado T, Arimura K, Sonoda Y et al., Brain 122: 2057-2066, 1999



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