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7.ATP受容体の生理機能と疼痛のメカニズム

2001年8月22日−8月23
代表:井上和秀(国立医薬品食品衛生研究所)
世話人:井本敬二(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)

(1)
オーバービュー
井上和秀(国立医薬品食品衛生研究所)

(2)
乳腺細胞の伸展刺激によるCa2+反応とATP放出
古家喜四夫1,川口久美1,Fernando Lopez-Redondo1,成瀬恵治2,曽我部正博1,2
1科学技術振興事業団,2名古屋大院・医・第2生理)

(3)
P2Y1受容体との複合体形成に伴うアデノシンA1受容体の活性調節機構
吉岡和晃1,2,神谷敏夫1,斉藤 修1,中田裕康1
1東京都神経研・生体機能分子,2科学技術振興事業団)

(4)
ATP受容体によるミクログリアのTNFα産生制御
秀 和泉,鈴木智久,井戸克俊,井上敦子,仲田義啓(広島大・医・総合薬・薬効解析)

(5)
ATP受容体刺激による細胞骨格の再構築
尾松万里子,松浦 博(滋賀医科大生理学第2)

(6)
PC12細胞のATP放出に果たすミトコンドリアの役割の検討
太田善浩,吉永恵美子,平木啓子,井上和秀(東京農工大・工・生命工学科,国立衛研・薬理)

(7)
CACO-2細胞に対するヌクレオシドの細胞死誘導作用
西藤勝1,2,長井薫1,西崎知之1,中川一彦2,山村武平2
1兵庫医大・生理学第2,2外科学第2)

(8)
脊髄におけるATP及びBKの痛覚伝達を制御する電位依存性Ca2+チャネルサブタイプについて
大久保つや子,加藤明美,北村憲司(福岡歯科大・細胞分子生物学)

(9)
ストレプトゾトシン誘発糖尿病マウスにおける神経因性疼痛へのP2X受容体の関与
森山朋子1,上野伸哉2,山田博美2,本多健治1,高口雅子1,古賀浩平1,高野行夫1
神谷大雄1,桂木猛2
(福岡大1薬・薬理,2医・薬理)

(10)
P2Y受容体活性化によるミクログリアからのIL-6産生機構
重本(最上)由香里1,小泉修一1,津田 誠1,大澤圭子2,高坂新一2,井上和秀1
1国立衛研・薬理,2国立精神神経センター)

(11)
ラットDRG神経細胞のP2Y受容体
小泉修一,津田 誠,重本(最上)由香里,井上和秀(国立衛研・薬理)

(12)
ラット摘出心房標本のアデニンヌクレオチドによる収縮抑制応答におけるecto-alkaline phosphataseの役割
松岡 功1,佐藤 薫2,木村 純子1
(福島医大・医・薬理1,麻酔科2

(13)
海馬アストロサイト由来ATPの神経伝達制御
小泉修一,井上和秀(国立衛研・薬理)

(14)
ATP受容体を介した海馬シナプス伝達抑制作用
戸崎秀俊,菅野武史,相原英夫,長井薫,西崎知之(兵庫医大・生理学第2)

(15)
中枢内一次求心情報処理とシナプスP2X受容体
繁冨英治,加藤総夫(東京慈恵医大・薬理学第2)

(16)
PC12細胞におけるATPによる細胞内Ca増加反応の持続相について-ミトコンドリアの関与-
伊藤茂男,丸山浩二,太田利男(北大院・獣医・薬理)

(17)
副腎皮質細胞におけるATP受容体の役割の考察
太田善浩,青鹿謙司(東京農工大・工・生命工学科)

(18)
ATP受容体と疼痛:オーバービュー
吉村 恵

(19)
アロディニア発現とP2X受容体
津田 誠,井上和秀(国立衛研・薬理)(九大院・医・統合生理)

(20)
坐骨神経結紮モデルにおける後根神経節におけるP2X受容体mRNA変化
上野伸哉1,山田博美1,森山朋子2,本多健治2,高野行夫2,神谷大雄2,桂木猛1
(福岡大1医・薬理,2薬・薬理)

(21)
知覚神経節におけるATP受容体発現
野口光一,戴毅,都築健三,福岡哲男(兵庫医大・解剖第2)

(22)
皮膚痛覚受容器の熱反応に対するATPの効果
矢島弘毅,佐藤純,水村和枝(名古屋大・環境医学研・神経性調節分野)

(23)
代謝型ATP受容体によるカプサイシン受容体の機能制御
富永真琴(三重大・医・生理学第1)

(24)
ATP およびcapsaicin 受容体発現感覚線維の投射ニューロンへの収束
吉村 恵,中塚映政,古江秀昌,GU Jianguo(九大院・医・統合生理,フロリダ大脳研)

(25)
ATP受容体を介する末梢性疼痛発現機構
植田弘師,川島敏子(長崎大・薬・分子薬理)

(26)
脳内ATP受容体を介した侵害受容反応抑制作用
南 雅文,福井真人,中川貴之,佐藤公道(京大院・薬・生体機能解析学)

【参加者名】
井上 和秀(国立医薬品食品衛生研/九州大院薬),伊藤 茂雄(北大院・獣医),大久保 聡子(東北大院薬),松岡 功(福島医大医),小泉 修一,津田 誠,重本 由香里(国立医薬品食品衛生研),宮竹 真由美(星薬科大学),太田 善浩(東京農工大工),加藤 総夫,繁冨 英治(慈恵医大),中田 裕康,吉岡 和晃(東京都神経研),山口 時男,田村 誠司,甲田 雅伸(山之内製薬),藤田 真一(味の素),井上 善文(ジャパンエナジー),井上 かおり(資生堂),馬越 史歩(丸石製薬),古家 喜四夫,F. Lopez-Redondo(科学技術振興事業団「細胞力覚プロジェクト」),佐藤 純,矢島 弘毅(名古屋大・環境医学研),下条 雅人,新庄 勝浩,我謝 徳一(ファイザー製薬),冨永 真琴,飯田 陶子,沼崎 満子(三重大医),平田 洋子(岐阜大学・工・生命工学科),尾松 万里子,濱田 可奈子(滋賀医大),南 雅文(京都大院薬),山下 勝幸,杉岡 美保(奈良県立医大),野口 光一,戸崎 秀俊,西藤 勝,戴 毅,西崎 知之(兵庫医大),西村 誠一郎(日本ベーリンガーインゲルハイム),小川 慎志(住友製薬),秀 和泉,仲田 義啓(広島大医総合薬学),吉村 恵(九州大院医),藤下 加代子,溝腰 朗人(九州大院薬),桂木 猛,上野 伸哉(福岡大医),森山 朋子(福岡大薬),大久保 つや子(福岡歯科大),植田 弘師,川島 敏子(長崎大薬),森 泰生(統合バイオ),早川 泰之,毛利 達麿,春日井 雄,田中 淳一,佐々木 幸恵,松下 かおり,松本 信幸,大倉 正道,森 誠之,岸本 拓哉,劉 ていてい,根本 知己,松下 かおり,佐々木 幸恵,井本 敬二(生理研)

【概要】
 ATP受容体はイオンチャネル型であるP2X受容体と代謝調節型(G蛋白共役型)であるP2Y受容体に分類され,それぞれ7種及び8種類のサブタイプがすでにクローニングされている。ATP受容体は多種多様の組織,細胞系に発現し,神経伝達,カルシウムシグナリング,炎症反応,細胞増殖など重要な生理機能に関与しているが,その全体像はいまだ明らかにはなっていない。受容体機能や発現細胞の多様性のために研究者もそれぞれの分野に分散しており,既存の一つの学会では総合的な情報交換ができない。本研究会の第一の目的は,このような現状に鑑み,生理学,薬理学をはじめとする広範な領域から研究者を集め,相互に最新のデータと情報を交換し,研究の進展を図れるような場を提供することである。第二に,最近特に注目されている分野に集中して議論を深めその研究を促進させることである。研究会の内容はこれらの目的にかなった総合的なものとなるが,最近のホットな話題に関しては特別セッション「痛みとATP」を設け,疼痛メカニズムにおけるATP受容体の役割について議論した。

(1)乳腺細胞の伸展機械刺激によるCa2+反応とATP放出

古家喜四夫1,川口久美1,Fernando Lopez-Redondo1,成瀬恵治2,曽我部正博1,2
1科学技術振興事業団・細胞力覚プロジェクト,2名古屋大院・医・生理)

 乳腺上皮細胞は細いガラス棒でタッチするといった機械的刺激に応答し,ATP,UTP,UDPなどのヌクレオチドの放出と拡散およびまわりの細胞でのP2Y2型ATP受容体の活性化による細胞間Ca2+波を引き起こす。授乳期の乳腺では,ミルクを合成・分泌する分泌上皮細胞でできた袋状の腺胞が発達しミルクが貯えられている。腺胞のまわりは筋上皮細胞がかごのように取り囲み,脳下垂体後葉から内分泌されたオキシトシンによって収縮し,貯まったミルクが放出される。この筋上皮細胞の収縮が機械的刺激となってCa2+波が発生すること,さらに筋上皮細胞上にはP2Y1型ATP受容体がありCa2+波によって再び収縮することなど,ATPがミルク分泌の増強などに寄与していることをすでに明らかにしている。
 授乳期の乳腺における別の機械的刺激要因として,ミルクの増加にともなう腺胞の膨張が乳腺上皮細胞に伸展機械刺激を与えることが考えられる。そこで成瀬らの開発した伸展装置を用い,細胞をシリコン薄膜上に培養し,引っ張りによる伸展刺激を与え,細胞内Ca2+測光およびLuciferin-Luciferase反応を用いたATP測定を行った。その結果,乳腺細胞は伸展刺激にも応答し,Ca2+流入および細胞内Ca2+遊離による細胞内Ca2+上昇を引き起こすとともに,ATPを放出しCa2+波を発生することが明かとなった。筋上皮細胞のオキシトシンによる収縮がATPによってシナジスティックに増強されることを考え合わせると,血流を介した同じ濃度のオキシトシンに対し,ミルクの貯まった腺胞のみが収縮し得るという機構の存在が示唆された。

(2)P2Y1受容体との複合体形成に伴うアデノシンA1受容体の活性調節機構

吉岡和晃1,2,神谷敏夫1,齊藤 修1,中田裕康1
1東京都神経科学総合研究所・生体機能分子研究部門,2科学技術振興事業団・科学技術特別研究員)

 【目的】昨年度の本研究会において,A1アデノシン受容体(A1R)とP2Y1R受容体(P2Y1R)はヘテロ複合体を形成し,A1Rの薬理学的特性がP2Y受容体様に変化することを報告した。本研究では,インタクトな細胞におけるA1R/P2Y1R複合体形成の動態を調べるためにBioluminescence Resonance Energy Transfer(BRET)実験による解析を試みた。また更に,ラット脳神経系におけるA1R/P2Y1R複合体形成の可能性も検討した。
 【方法】HEK293T細胞に共発現させたHA-A1R-GFP及びMyc-P2Y1R- Renilla luciferase(Myc-P2Y1R-Rluc)の複合体形成の有無を免疫共沈実験よって確認した後,複合体形成のアゴニスト依存性をBRETにより解析した。また,ラット初代培養神経細胞および脳スライスにおける両受容体の分布を免疫2重染色により観察した。更に,ラット脳の膜抽出画分におけるA1R/P2Y1 R複合体の存在を免疫共沈実験により調べた。
 【結果・考察】HA-A1R-GFP及びMyc-P2Y1R-Rlucを共発現させた細胞において,それぞれの受容体リガンドであるCPAとADPβSによって同時に刺激した場合のみBRET比は経時的に上昇し,10分後に約2倍に達した。この効果はP2Y1RアンタゴニストMRS2179により完全に消失した。このことはA1R/P2Y1R複合体が両受容体の活性化に依存していることを示唆している。またラット脳の膜抽出画分の抗A1R抗体免疫沈降物中に,抗P2Y1R抗体で検出されるタンパクバンドが観察された。すなわちラット脳神経系においても,A1RとP2Y1Rはヘテロ複合体として存在することが示された。更に,両受容体は大脳皮質や海馬の多くの同一ニューロンに局在していることが免疫組織化学により観察されたことからも,脳神経系においてA1R/P2Y1Rヘテロ複合体が実際に存在していることが明らかとなった。

(3)ATP受容体によるミクログリアのTNF-α産生制御

秀 和泉,鈴木智久,井戸克俊,井上敦子,仲田義啓
(広島大学・医・総合薬・薬効解析)

 【目的】 脳に存在するミクログリアは虚血や炎症時に速やかに活性化され,末梢のマクロファージと同様,死細胞の貪食や生理活性物質(活性酸素・サイトカインなど)の放出など多彩な機能を発揮する。私達はこれまでATPがミクログリアから腫瘍壊死因子(TNF-α)の産生・放出を引き起こすことを明らかにしてきた。ミクログリアには複数のATP受容体(少なくともP2X7,P2Y2,P2Y12など)が発現することから,今回さらに,TNF-α産生に関与するP2受容体サブタイプとMAPキナーゼ(特にERK, p38)の役割について解析した。
 【方法】 ミクログリアはラット新生児大脳から初代培養を行った。TNF-α遊離量はELISAにより,TNF-αmRNA発現量はリアルタイムRT-PCRにより定量した。MAPキナーゼの活性化はウェスタンブロッティングにより検出した。
 【結果】 TNF-α遊離はATPのほかP2X7刺激薬BzATPによっても強く引き起こされ,P2X7遮断薬Brilliant Blue G(BBG)で抑制されたことから,P2X7受容体が中心的な役割を果たすことが示唆された。一方,ATP/BzATPによる細胞内TNF-α蛋白発現はMEK阻害薬(U0126)およびp38阻害薬(SB203580)により抑制され,TNF-α産生はERKおよびp38の両者に依存することが示された。しかし,TNF-αmRNA発現に関しては,U0126が著明な抑制を示したのに対し,SB203580はほとんど影響を及ぼさなかった。また,ATP/BzATPは速やかにERKおよびp38を活性化するが,BBGはERKではなくp38の活性化のみ抑制した。さらに,P2Y12遮断薬(AR-C67085)にもATP/BzATPによるERK活性化に対する抑制効果は認められなかった。
 【結論】 ミクログリアにおいてATP/BzATPは,おそらくP2Y12以外のP2Y受容体を介したERK活性化に依存してTNF-αmRNAを発現させると同時に,P2X7受容体を介してp38を活性化し発現したmRNAが蛋白へと翻訳されるまでの過程を制御する可能性が示唆された。

(4)ATP受容体刺激による細胞骨格の再構築

尾松万里子,松浦 博(滋賀医大・第二生理)

 細胞内Ca2+は通常極めて低い濃度に保たれており,その上昇は種々の細胞機能発現のトリガーとなっている。細胞内Ca2+の動員経路にはは細胞外からの流入と細胞内ストアからの放出の2種類があり,多くの細胞において細胞内Ca2+ストアからのCa2+遊離を惹起する最も主要なメッセンジャーはGタンパク連関型受容体などの刺激で産生されたイノシトール1,4,5-三リン酸(IP3)である。IP3によって引き起こされるCa2+放出はストアを枯渇させ,それに伴い容量性Ca2+流入機構が活性化されることが知られている。この機構は,非興奮性細胞における主たる細胞外からのCa2+動員経路であり,我々は,ラット褐色脂肪細胞において,細胞外ATPがこの容量性Ca2+流入を抑制することを見出した。
 今回,ラット褐色脂肪細胞において,Gタンパク共役型ATP受容体であるP2受容体ファミリーのうち,P2Y1, P2Y2, P2Y4, P2Y6が発現していることをRT-PCR法により確認した。また,細胞外ATPによるCa2+流入阻害と細胞骨格の関連を調べるため,F-アクチンをAlexa 488-ファロイジンによって蛍光ラベルし,共焦点レーザー顕微鏡による観察を行なったところ,P2受容体刺激によりアクチンが細胞膜近傍に厚く再重合することがわかった。このP2受容体を介するアクチンの再重合作用について,その細胞内情報伝達機構および容量性Ca2+流入阻害との関係について検討する。

(5)PC12細胞のATP放出に果たすミトコンドリアの役割の検討

太田善浩1,吉永恵美子1,平木啓子1,井上和秀2
1東京農工大・工・生命,2国立衛研・薬理)

 【目的】 PC12細胞は,細胞外からのCa2流入により開口放出を行うため,神経細胞のモデルとしてよく用いられる。神経細胞において,ミトコンドリアはCa2を取り込むことにより細胞内Ca2濃度の上昇を抑える働きをすると従来報告されてきた。一方で,ミトコンドリアは高濃度Ca2を取り込むと膜透過性変化(PT)を起こし,細胞質にCa2を放出するという報告もある。そこで本研究では,細胞内Ca2濃度上昇を引き金として起こる開口放出へのミトコンドリアPTの関与について調べた。
【方法】本実験では,PC12細胞をCa2感受性蛍光色素Indo-1での染色後,細胞膜上の電位感受性Ca2チャネルを開口させるKCl添加による蛍光顕微鏡を用いた細胞内Ca2濃度測定や,電位感受性蛍光色素TMREによるミトコンドリア膜電位測定を行った。さらに,開口放出の指標となるATP放出量を測定した。
【結果】KCl添加により,細胞内Ca2濃度の上昇と開口放出が確認された。細胞内Ca2濃度上昇に伴い,NADH量の増加,フラビンの還元,ミトコンドリアの脱分極が観察されたため,細胞質で増加したCa2がミトコンドリアに取り込まれていることがわかった。次に,CCCPとオリゴマイシンを使ってミトコンドリアを部分的に脱分極させて細胞質からのCa2流入を抑えるか,CsAによりPTを抑制すると,細胞内Ca2濃度の上昇及び開口放出は抑えられた。これらに基づき,PC12細胞において,高濃度でCa2を取り込んだミトコンドリアはPTを起こして細胞内にCa2を放出することで開口放出を促進するという仮説を立て,議論する。

(6)CACO-2細胞に対するヌクレオシドの細胞死誘導作用

西藤 勝1,2,長井 薫1,西崎知之1,中川一彦2,山村武平2
(兵庫医科大学 1生理学第二講座,2外科学第二講座)

 アデノシンデアミナーゼ欠損症は先天性の重症免疫不全症であり,腸管粘膜に異常な炎症反応が起こることが知られている。
 近年アデノシンの細胞毒性に関する報告が2,3あったが,アデノシンデアミナーゼ欠損症の場合も,余剰のアデノシンが腸管上皮細胞死を誘導することによって病態を発現する可能性が考えられる。そこで,我々は腸上皮細胞のモデルとして大腸癌細胞株CACO-2を用い,アデノシンの腸管における細胞死誘導メカニズムについて検討した。まず,アデノシンの毒性について検討した結果,アデノシンは10mM 48時間処理で,CACO-2細胞の約30%に細胞死を誘導することが分かった。アデノシン毒性のメカニズムについては,アデノシンは細胞内に取り込まれた後リン酸化されることにより毒性を発揮するものと,細胞外レセプターに結合し誘導するものが考えられる為,細胞内毒性であるのか,あるいは細胞外からの刺激であるのか検討した。ヌクレオチドトランスポーター阻害剤であるDipyridamole存在下,あるいはアデノシンリン酸化阻害剤である5'-amino-5'-deoxyadenosine存在下でアデノシンによる細胞死誘導実験を行ったが,どちらの場合も有意な阻害効果は見られず,CACO-2細胞に対しては細胞外で反応し細胞死を誘導していることが強く示唆された。そこで細胞外で細胞死誘導に関わる受容体について検討した。アデノシン受容体アンタゴニストのTheophylline又はプリン受容体アンタゴニストのSuramine存在下で細胞死誘導実験を行い,どちらの経路により細胞死を誘導しているのか検討した。今回の結果は,腸上皮細胞死が細胞外アデノシン濃度の上昇により誘導され得ることを示唆しており,アデノシンデアミナーゼ欠損症における腸粘膜炎症発現メカニズムに新たな知見を与えるものである。

(7)脊髄におけるATP及びBKの痛覚伝達を制御する電位依存性Ca2+チャネルサブタイプについて

大久保つや子,加藤明美,北村憲司
(福岡歯科大学細胞分子生物学講座)

 電位依存性Ca2+チャネル(VDCC)は,神経系においては脱分極時のCa2+流入,それに伴う神経伝達物質の放出や神経膜の興奮性に深く関わっている。免疫染色によって,高電位活性型のL, N, P/Q及び R型のすべてが脊髄後角に存在することが報告されており,特に,Nと P/Q型については,脊髄での痛覚伝達において重要な働きをしていることがホルマリン法などを用いた報告で明らかにされつつある。しかしながら,用いられてきた疼痛モデルは様々な発痛物質が関与するものであり,得られるデータは解釈を複雑にしている。本研究は,ATP及びブラジキニン(BK)の二つの末梢性疼痛モデルを用いて,VDCCの各サブタイプの脊髄における痛覚伝達への関与を検討した。
 α,βmeATP(100 nM)及びBK(500 pM)を,それぞれマウス後肢足蹠内に投与し,直後から起きる注入足へのlickingとbitingの反応時間の5分間の総計(いずれも5分以内に終息した)を疼痛の指標とした。拮抗薬はすべて脊髄クモ膜下腔内へ投与した。
 α,βmeATPによる疼痛反応は,N型VDCC拮抗薬のω-conotoxin GVIA(ω-CgTX)とP/Q型拮抗薬ω-agatoxin(ω-AgTX)によって有意に抑制された。しかし,L型拮抗薬calciseptine(CAL)では変化が見られなかった。一方,BKによる疼痛反応は,ω-CgTXとCALによって有意な抑制が観察されたが,ω-AgTXでは変わらなかった。また,a,bmeATPによる疼痛反応はNMDA受容体拮抗薬(D-AP5)によって,BKによる疼痛反応はNK1受容体拮抗薬(L-703,606)によってそれぞれ有意に抑制された。
 以上のことから,末梢に投与されたATPはグルタミン酸含有知覚神経の,BKはペプチド含有知覚神経の興奮を引き起こし,脊髄における前者の痛覚伝達はN型とP/Q型のVDCCによって,後者はN型とL型のVDCCによって制御されることが示唆された。

(8)ストレプトゾトシン誘発性糖尿病マウスにおける神経因性疼痛へのP2X受容体の関与

森山 朋子1,上野 伸哉2 ,山田 博美2,本多 健治1,
高口 雅子1,古賀 浩平1,高野 行夫1,桂木 猛2,神谷 大雄1
1福岡大 薬学部 薬理学教室 2福岡大 医学部 薬理学教室)

 【目的】糖尿病の病態において生じる神経障害の一つに痛覚過敏といった感覚異常が起こり,臨床上問題となってる。近年,I型糖尿病の動物モデルが確立され,その糖尿病性神経因性疼痛の発症メカニズムとして,代謝性因子の異常による神経変性や,神経再生機能低下,神経伝達物質の変化などが考えられているがその詳細なメカニズムについてはいまだ不明な点が多い。そこで今回,我々は,ストレプトゾトシン(STZ)誘発性糖尿病モデルを用い,神経因性疼痛発症におけるP2X受容体の役割について検討を行なった。
 【方法】実験動物として,ddY系雄性マウス(体重25−30g)を使用した。STZ(200mg/Kg)をマウスの尾静脈内へ投与し,2週間後,血糖値が400mg/dL以上のものを糖尿病と判定した。疼痛の評価は,熱性刺激応答の指標としてプランターテスト,機械性刺激応答の指標としてvon Freyテストを用いた。更に,脊髄後根神経節(L4−L6)におけるP2X受容体mRNA発現量の変化をリアルタイムRT-PCR法を用いて検討した。
 【結果】STZ誘発性糖尿病マウスにおいて,熱性刺激に対する逃避反応潜時は非糖尿病群と比較し有意な変化は認められなかったが,機械性刺激に対する反応は,糖尿病群において触覚閾値の低下,すなわち,アロディニアの発現が認められた。また,脊髄後根神経節(L4〜L6)のP2X受容体のmRNAを定量した結果,P2X2およびP2X3受容体のmRNA発現量の有意な増加が認められた。したがって,糖尿病発症時における神経因性疼痛発現には,P2X2およびP2X3受容体が関与している可能性が示唆された。

(9)P2Y受容体活性化によるミクログリアからのIL-6産生機構

重本(最上)由香里,小泉修一,津田 誠,井上和秀(国立衛研・薬理)

 ミクログリアは脳の病態時や損傷時に活性化し神経組織の再生修復など,さまざまな役割を果たしている。この活性を制御する主要な因子がATPである。ミクログリアにはイオンチャネル型のP2X7と,G-蛋白共役型のP2Yが存在している。近年P2X7を介したケミカルメディエーターや炎症性サイトカインの産生が多数報告され,中枢におけるP2X7の役割が注目されている。一方,P2Yについてはほとんど報告されていない。
 本研究では,ミクログリア株細胞MG-5を用いて,ATP刺激により炎症性サイトカインの一つであるIL-6が誘導されるか検討した。ATPは,濃度依存的にIL-6mRNA及び蛋白を増加し,これらの反応はP2アンタゴニストとして知られるSuraminによって有意に抑制された。さらにその産生メカニズムについて検討した結果,ATPは細胞外からの持続的なCa2+流入を引き起こし,p38およびCa2+依存性PKCを活性化し,その結果IL-6が産生されることが明らかとなった。ATPによるIL-6産生は,P2X7のアンタゴニスト(oATPおよびBrilliant Blue G)では抑制されず,三量体G-蛋白阻害剤(N-Ethylmaleimide)およびPLC阻害剤(U73122)によって強く抑制され,P2X7よりもむしろGq/11共役型のP2Yを介していると考えられた。本研究において,初めてミクログリアにおけるP2Yを介したサイトカイン産生機構が明らかになった。

(10)ラットDRG神経細胞のP2Y受容体

小泉修一,津田 誠,重本(最上)由香里,井上和秀(国立衛研・薬理)

 ATPによる一次求心性神経の痛覚情報の伝達には,P2X受容体が重要な役割を果たしている。従って,後根神経節(DRG)における各種P2X受容体の機能解析が現在も精力的に行われているが,P2Y受容体に関する情報は少ない。そこでDRG神経細胞のP2Y受容体の薬理学・生理学的性質を明らかにする目的から,ATPにより惹起されるラットDRG初代培養神経細胞(培養2-3日)の細胞内Ca2+濃度変化([Ca2+]i)を詳細に観察した。ATPは60%以上のDRG神経細胞で,細胞外Ca2+非依存的な[Ca2+]i上昇を引き起こし,これはphospholipase C阻害剤U73122及び小胞体Ca2+ATPase阻害剤cyclopiazonic acidにより抑制された。各種ATPアナログでは,UTPが最も多くの細胞でCa2+応答を惹起した。UTPによるCa2+応答はsuramin感受性であることから,P2Y2受容体を介する応答であると考えられる。RT-PCRにより,P2Y1,P2Y2,P2Y4及びP2Y6のmRNAが,in situ hybridizationではDRG神経細胞のP2Y2 mRNAの存在が確認された。UTP応答細胞の多くは,anti-peripherin陽性,小型(20〜30μm),さらにcapsaicin感受性であった。これまでDRGのP2Y受容体としては,P2Y1受容体を介した,Aβ繊維およびC繊維の,それぞれ触刺激伝達(Nakamura & Strittmatter, PNAS, 93:10465-10470,1996)および侵害受容器VR1応答の増強(Tominaga et al., PNAS, 98:6951-6956,2001)が報告されている。本実験結果はP2Y2受容体も,DRGの痛覚伝達に関与していること,またP2Y受容体サブクラスに固有の知覚情報の制御様式が存在する可能性を示唆するものである。

(11)ラット摘出心房標本のアデニンヌクレオチドによる収縮抑制応答における
ecto-alkaline phosphataseの役割

松岡功1, 佐藤 薫2, 木村純子1
(福島医大・医・薬理1,麻酔科2

 摘出心房筋標本においてアデニンヌクレオチド(AdNu)が陰性変力作用を示すことはよく知られている。この反応はAdNuが細胞外で急速にアデノシン(Ade)に代謝され,P1受容体を介して発現すると考えられている。従来,AdNuからのAde産生にはecto-5'-nucleotidase (CD73)が重要な役割を果たすと考えられてきた。最近,我々はecto-alkaline phosphatase(eALP)も,CD73と同様にアデノシン産生に関与することを見い出した。そこで,ラット摘出心房筋標本におけるアAdNuの陰性変力作用にeALPが関与するかを検討した。ラット心臓より心房を摘出し,95%O2/5%CO2を通気した37℃のKrebs-Ringer緩衝液中に懸垂した。薬物はKrebs-Ringer緩衝液中に添加し,FDピックアップを介して等尺性の自発収縮を記録した。自発収縮を示す心房標本にATP,ADP,AMPおよびAdeを添加すると,ほぼ同じ効力で用量依存的な陰性変力作用が認められ,EC50は約20μMであった。このAdNuおよびAdeの作用はP1受容体阻害薬のXACにより完全に阻害されたが,CD73の阻害薬であるαβMeADPでは抑制されなかった。一方,CD73では分解されず,eALPの作用でAdeに変換される2'-AMPは,AMPやAdeと同様にXACで阻害される陰性変力作用を示した。また,2'-AMPの作用は,eALPの阻害薬であるlevamizoleとβ-glycerophosphateの添加により消失した。さらに,RT-PCRによる解析では,ラット心房筋においてCD73と同等なeALPの発現が認められた。以上の結果から,摘出心房筋標本におけるAdNuからAdeへの変換には,CD73のみならずeALPも重要な役割を果たすことが示唆された。

(12)海馬アストロサイト由来ATPの神経伝達制御

小泉修一,井上和秀(国立衛研・薬理)

 従来グリア細胞は,神経細胞骨格の物理的な支持あるいは栄養因子供給など,主に神経細胞の生存・維持のための“裏方”的役割を演じていると考えられていたが,実際には積極的に“神経伝達の制御”を行っていることが知られるようになってきた。特にアストロサイトは,glutamate放出により“神経伝達”をダイナミックに調節し得るが(Araque et al., J. Neurosci., 18, 6822-6829, 1998; Parpura and Haydon, PNAS, 97, 8629-8634, 2000),glutamateでは説明の付かない現象は多い。アストロサイト−神経細胞間情報伝達にATPが関与していること及びその作用機序を明らかにする目的から,海馬初代培養細胞のCa2+及びATPイメージングによる検討を行った。海馬アストロサイトでは,機械刺激により近傍のアストロサイト間へ伝播するCa2+-waveが観察されるが,これはapyraseやP2受容体拮抗薬で抑制されることから,ATPの放出と拡散に起因していると考えられた。このATP放出と拡散は,好感度VIMカメラとルシフェリン−ルシフェラーゼ反応の応用により,画像としても確認された。海馬神経細胞では,glutamateの神経伝達による自発的Ca2+ oscillationが認められるが,ATPはglutamate放出を抑制することによりこのCa2+ oscillationを消失させた。神経・グリア共培養細胞系で,アストロサイトの機械刺激を行うと,アストロサイト間のCa2+-waveと共に神経細胞で観察されていたCa2+ oscillationの抑制が認められた。このCa2+ ocillation抑制作用は,apyrase/adenosine deaminaseにより消失した。以上,アストロサイト由来のATPが,海馬の神経伝達をダイナミックに制御していることが明らかとなり,中枢神経−グリア細胞間の液性細胞間情報伝達物質としてのATPの重要性が示唆された。

(13)ATP受容体を介した海馬シナプス伝達抑制作用

戸崎秀俊,菅野武史,相原英夫,長井薫,西崎知之
(兵庫医科大学生理学第二講座)

 モルモット海馬切片の歯状回から得られたから集合電位(PS)に対してATPは,濃度依存性(0.1 μM-1 mM)かつ可逆的にPSを抑制した。100 μM以上のATP投与でPSは完全に消失した。ATPの海馬神経伝達抑制作用はGABAA受容体阻害剤,ビククリンで抑制された。P2受容体アゴニストはATPと類似した海馬神経伝達抑制作用を示し,その強さはα,β-methyleneATP>2 methylthioATP >>> UTP≒α,β-methyleneATPの順であった。α,β-methylene ATPの海馬神経伝達抑制作用はP2受容体アンタゴニストであるスラミン,PPADSで抑制された。ATPはモルモット海馬切片からGABA放出を増加させたが,培養ラット海馬神経細胞におけるGABAA受容体反応には影響を与えなかった。以上の結果は,ATPがシナプス前終末P2X受容体を介してGABAの放出を刺激し海馬神経伝達を抑制する,ことを示唆している。もし,ATPが海馬神経伝達を抑制するのであれば,ATPは脳虚血障害に対して保護作用を示すと想定できる。このことを証明するために,ATP存在下,非存在下(コントロール)で灌流細胞外液を20分間,無酸素・無グルコース液(臨床的には完全虚血状態を意味している)に変換し,その後,正常外液に戻した時のPSの変化を経時的に記録した。20分間の無酸素・無グルコース処理によりPSは完全に消失し,ATP非投与群では処理後1時間でPSの回復は基準値の30%であったのに対し,ATP投与群では80%まで回復した。ADP,AMPでもPSの回復が認められたが,ATPよりその作用は弱く,また,adenosineはコントロールの回復と差がなかった。ATPと同様の効果がα,β-methyleneATPでも認められた。さらに,砂ネズミの両側総頚動脈を3分間結紮処理1週間後の海馬CA1領域遅発性神経細胞死に対するATPの効果を検討した。ATP投与群(結紮30分前に側脳室に注入)は非投与群と比較し,海馬CA1領域錐体細胞の脱落が少ない傾向にあった。以上の結果は,ATPがシナプス前終末P2X受容体を介したGABA放出を増強することにより海馬神経伝達を抑制し,脳虚血障害を軽減する,ことを示唆している。

(14)中枢内一次求心性情報処理とシナプスP2X受容体

繁冨英治,加藤総夫(東京慈恵会医科大学・薬理2)

 脳内のP2X1-7受容体サブユニット群が担う生理的役割は実はまだほとんど解明されていない。中枢ニューロン(細胞体を脳・脊髄内に持つニューロン)における現在までの報告は,(1)急性単離もしくは初代培養細胞が示すP2X受容体電流,(2)シナプス前細胞刺激によるP2X受容体遮断薬感受性シナプス後電流,および,(3)脳スライス,もしくは急性単離・初代培養ニューロンにおけるシナプス前P2X受容体活性化による神経伝達物質放出,に大別されるが,(1)〜(3)のATP反応の薬理学的特性は,互いに,また,発現系の受容体群の特性と必ずしも一致しておらず,その矛盾は解決されていない。延髄孤束核は,P2X受容体のクローニング以前に急性単離細胞のATP誘発内向き電流が報告された部位だが,我々の脳スライスにおける記録の結果,孤束核ニューロンのうちATP誘発内向き電流を示す細胞は10%以下であり,そのEC50は410μMと急性単離細胞で報告されている値よりも1桁大きかった。100μM ATPはほとんど内向き電流を起こさず,また,α,βmeATPは 1mMでも内向き電流を起こさなかった。一方,孤束核シナプス前P2X受容体からの直接的Ca2+流入による微小興奮性シナプス後電流頻度増加は約50%のニューロンで観察された。100μM ATPは約2倍(EC50 = 330μM),100μM α,βmeATP(EC50 = 80μM)は約4倍まで頻度を増加した。これらシナプス前・後の反応はいずれも持続的投与によって脱感作せず,PPADSで遮断された。孤束核シナプス前後のP2X受容体は,受容体サブユニット構成(プレ:P2X4/6?;ポスト:P2X2?)および受容体周囲ATP分解酵素系などの諸性質が異なっており,それぞれが異なる生理機能に関与していると考えられる。

(15)PC12細胞におけるATPによる細胞内Ca2+増加反応の持続相について
―― ミトコンドリアの関与 ――

伊藤茂男,丸山浩二,太田利男(北大院・獣医・薬理)

 ラット褐色細胞腫由来PC12細胞において,ATPは主にP2x受容体と共役した非選択的陽イオンチャネルを介し,細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)を増加させることが知られている。我々は最近,高濃度ATP(300μM)の短時間刺激(30秒間)により,一過性の[Ca2+]i増加に続き,ゆっくりと[Ca2+]iが減少する持続相(10分間)が生じることを観察した。今回,この持続相にミトコンドリアが関与していることを見いだしたので報告する。
 (方法)[Ca2+]i はfura-2,またはmag-fura2,[Na+]iはSBFIを用いて蛍光画像解析装置により測定した。
 (結果)1)ATPは濃度依存性に[Ca2+]iを増加させた。高濃度ATPにより生じた[Ca2+]i持続相は,一過性の[Ca2+]i増加が約0.5μMを越える細胞で認められた。2)外液Ca2+非存在下ではATPによる[Ca2+]i増加反応はほぼ完全に消失した。[Ca2+]i持続相は電位依存性Ca2+チャネル遮断薬,およびP2x受容体拮抗薬であるスラミンにより影響を受けなかった。3)ミトコンドリア脱共役薬であるFCCPは,ATPによる[Ca2+]i増加反応のピークを増大させた。4)ATPは濃度依存性に[Na+]iを増加させ,この反応も高濃度ATPでは持続的であった。外液Na+除去,ミトコンドリアNa+/Ca2+交換輸送体阻害薬であるクロナゼパム,CGP-37157は,ATPによる[Ca2+]i増加のピークに影響を与えることなく,持続相を強く抑制した。5)ATP投与により[Ca2+]i持続相が生じている時点でFCCPを投与すると,[Ca2+]iは大きく上昇した。FCCPによる[Ca2+]i上昇の大きさは,FCCP投与直前の[Ca2+]iの大きさに依存し,更にこのFCCPによる[Ca2+]i上昇は外液 Na+除去によりミトコンドリアNa+/Ca2+交換を抑制した条件では,有意に増大した。
 以上のことから,PC12細胞において,細胞内[Ca2+]i調節にはミトコンドリアが重要な役割を果たしていることが示された。すなわち,高濃度ATP刺激による一過性の[Ca2+]i増加に続き,ゆっくりと[Ca2+]iが減少する持続相は,刺激により流入したCa2+がミトコンドリア内に蓄積し,このCa2+が,[Na+]iに依存したNa+/Ca2+交換輸送体を介し,細胞質内へ放出されることにより生じることが示唆された。

(16)副腎皮質細胞におけるATP受容体の役割の考察

太田善浩,青鹿謙司(東京農工大・工・生命)

 副腎皮質束状層におけるステロイドホルモン合成を促進させる生理的な刺激物質としては,ペプチドホルモンACTHが知られている。一方,同細胞にはATP受容体が存在しATP刺激によりステロイドホルモン合成が開始されるものの,その生理的意味ははっきりとしない。本発表では,低濃度のATP刺激で僅かに合成されたステロイドホルモンが,副腎皮質細胞のACTHに対する感受性を高めるという仮説とそれを指示するデータを紹介する。このデータに基づき,ATPの生理的役割とステロイドホルモンが細胞のACTH感受性を高めるメカニズムについて議論したい。
 副腎皮質束状層細胞は,牛の副腎から採取した。副腎皮質細胞はCa2+イオンをセカンドメッセンジャーとしてステロイドホルモンを合成しているので,細胞の刺激に対する感受性は,個々の細胞の細胞内カルシウム濃度変化により検出し,カルシウム濃度変化を示した細胞の割合で表示した。
 ACTH10pMで刺激した際の反応率は,細胞を1nM のATPと30分間インキュベーションすることにより約60%にまで増加した(インキュベーションしていない細胞では約40%)。次に,コルチコステロン100nMまたは硫酸プレグネノロン100nM添加5分後程度の細胞をACTH10pMで刺激した際の反応率はそれぞれ84.4%,61.4%に増加した。その他のステロイドホルモンで同様の実験を行ったところ,ACTH刺激に対する反応率は殆ど変化しなかった。以上の結果は,もしATPがある程度以上の濃度で血中に常に存在するならば,副腎皮質細胞は常にステロイドホルモンを合成しているので,ACTH濃度が血中で高くなったとき,細胞はACTH対して敏感に反応できる状態になっていることを示唆する。

(17)アロディニアの発現とP2X受容体

津田 誠,最上由香里,小泉修一,井上和秀(国立医薬品食品衛生研究所薬理部)

 我々は,一次求心性神経の末梢投射先であるラット後肢足底部にATPやそのアナログ(abmeATP)を投与することで,3種類の疼痛行動(自発痛様行動,熱刺激痛覚過敏,アロディニア)が出現することを報告している。しかし,これらの疼痛反応(特にアロディニア)に関与するP2X受容体サブタイプの同定には至っていない。そこで,P2X受容体に対する特異的アンチセンスオリゴを用いて解析したところ,アロディニアの発現はP2X2およびP2X3アンチセンスで抑制され,自発痛様行動および熱刺激痛覚過敏はP2X3アンチセンスのみで抑制された。この結果から,アロディニアの発現は,一次求心性神経末梢端のP2X2/3受容体を,他の2つはP2X3受容体を介していることが示された。アロディニアと他2つの疼痛行動で大きく異なる点として発現持続時間が挙げられる。自発痛様行動や熱刺激痛覚過敏は,abmeATP投与後15分以内に消失するのに対して,アロディニアは2時間以上も持続する。しかし,アロディニアの発現は,足底部へabmeATPを投与して15-20分後以降にP2X受容体を遮断しても抑制されなかった。したがって,アロディニアの長期的発現には,一次求心性神経末梢端のP2X2/3受容体が活性化された際に発生する興奮性シグナルにより,P2X2/3受容体より上位中枢で生じるある種の可塑的変化が重要であろうと思われる。現在,アロディニアの発現に対する各種受容体拮抗薬の脊髄くも膜下腔内処置の効果を検討しており,その結果も報告する。

(18)坐骨神経結紮モデルにおける後根神経節におけるP2X受容体mRNA変化

上野伸哉1 山田博美1 森山朋子2 本多健治2 高野行夫2 神谷大雄2 桂木猛1
1福岡大学・医 薬理学教室 2福岡大・薬 薬理)

 【目的】P2X受容体が後根神経節細胞に発現し痛み伝達に関与することが,しだいに明らかとなっている。しかしながら,P2X受容体の,神経因性疼痛などの病的な痛みでの役割に関して詳細な機構は明らかでない。今回は我々は,神経因性疼痛モデルを作製し,P2X受容体サブタイプのmRNA変化の有無をリアルタイムPCRにより検討した。P2X受容体が,神経因性疼痛により発現変化をきたすかどうかを探索し,変化する受容体と疼痛反応との関連を検討した。
 【方法】実験動物として,ddY系雄性マウス(体重20−30g)を使用した。Bennetの方法に準じ坐骨神経を2箇所で結紮し,神経因性疼痛モデルを作成した。作成したモデル動物は結紮手術後60日後まで,熱性および機械性刺激応答をそれぞれプランターテスト,von Freyテストを用いて疼痛評価を行った。同時に疼痛評価をした動物より後根神経節(L4-L6)を取り出し,神経節に含まれるP2X受容体mRNA発現量の変化をリアルタイムPCR法を用いて比較検討した。
 【結果】熱性刺激に対する逃避反応潜時は結紮3日後より短縮し,疼痛閾値低下がみられたが,30日後より閾値低下の回復傾向が見られた。一方,機械性刺激に対する反応は,結紮後3日前後よりアロディニアの発現が認められ,30日後も持続傾向にあった。後根神経節(L4−L6)のP2X受容体のmRNAの変化を定量した結果,P2X2は7日前後から増加し30日以後も増加がみられたが,P2X3受容体のはむしろ30日以後に減少傾向が見られた。疼痛反応の経時変化にP2X受容体の関与が示唆された。

(19)知覚神経節におけるATP受容体発現

野口光一,戴 毅,都築健三,福岡哲男
(兵庫医科大学解剖学第二講座)

 この10年来,CCIやChungモデルなど,複数のニューロパシックペイン動物モデルが提唱され,その病因メカニズムが広く研究されているが,その基本的病態メカニズムは部分的軸索損傷である。末梢神経の一部の線維は軸索切断を受け,様々な因子によりその細胞体での自発的興奮性が高まり,その影響が二次ニューロンへ及ぶ。一方,傷害を受けていないニューロンは何らかの原因で末梢のレセプターの感受性が亢進し,増強された侵害情報がこのニューロンを介して中枢へ運ばれる。ニューロパシックペインはこのように直接傷害を受けた一次知覚ニューロンの変化に加えて,傷害を受けずに残ったニューロンの機能亢進という2つのメカニズムが混在し,より複雑な病態を形成している。
 我々は,部分的軸索損傷モデルにおける非損傷ニューロンにおける多種の分子の動態を検索してきたが,今回,ATPのイオンチャンネル型受容体の一つであるP2X3レセプターの発現を,多種のニューロパチックペインモデルにおいて調べた。その結果,坐骨神経の一部の枝を結紮するSNIモデルにおいては,損傷ニューロンにおけるP2X3 mRNAの低下,非損傷ニューロンにおける発現増加が確認された。ところが,損傷ニューロンと非損傷ニューロンが全く混在しないChungモデルにおいてはP2X3 mRNA及び蛋白の増加は全く観察されなかった。一方,カプサイシン受容体であるVR-1発現は,いずれのモデルの非損傷ニューロンにおいて発現亢進が観察され,これは他の神経ペプチド,BDNF等と同じ結果であった。これらの結果は,ニューロパチックペインモデルにおける各種分子の発現制御がモデルにおいて異なっていることを示唆している。他のP2Y受容体発現に関するPreliminaryな結果も報告する。

(20)皮膚痛覚受容器の熱反応に対するATPの効果

矢島弘毅,佐藤純,水村和枝
(名古屋大学 環境医学研究所 神経性調節分野)

 ATPはラットに投与すると自発痛関連行動,アロディニアと熱に対する痛覚過敏反応を引き起こすことが知られている。今回,健常と慢性炎症モデル動物の皮膚ポリモーダル受容器(CPR)活動に対するATPの効果を調べた。慢性炎症モデルとしてLewis系雄性ラットの尾部皮内にフロイント完全アジュバント(0.6 mg)を投与した関節炎モデルラット(ADJラット)を用いた。深麻酔下でADJラットと健常ラットの皮膚−伏在神経標本を採取し,95% O2 - 5% CO2で飽和したKrebs溶液中に真皮を上にした状態で固定した。伏在神経の微小線維束からCPRの単一神経放電を導出し,受容野に熱刺激を行った。3-4回の熱刺激の後,ATP溶液を5分間受容野へ局所灌流しその効果をみた。健常ラットにおいて10 mM,100 mM,1 mM投与により放電数の上昇をみたユニットはそれぞれ 40%(n = 10),60%(n = 5),100%(n = 7)であった。また,その放電数は濃度依存性に増大した。ADJラットにおいて10 mM,1 mM投与によりそれぞれ88%(n = 8),100%(n = 5)のユニットが反応したが,どちらの反応の放電数も健常ラットに比べ大きかった。健常ラットのATP投与後の熱反応は10 mMでは66% に抑制されたのに対し,100 mM,1 mMではそれぞれ130%,246% に増強された。ADJラットの熱反応においても10 mM では 81% への低下が,1 mM 投与により161% への増加がみられた。以上の結果からATPのCPRの熱反応に対する作用は濃度によって異なり,低濃度では皮膚痛覚受容器の興奮性を抑制し,また細胞障害により組織に生じうる高濃度ではその興奮性を高める作用があることが明らかとなった。

(21)代謝型ATP受容体によるカプサイシン受容体の機能制御

富永真琴(三重大学医学部生理学第一講座)

 カプサイシン受容体VR1は6回膜貫通型のCa透過性の高い非選択性陽イオンチャネルであり,二次痛を伝えるとされる無髄のC線維に特異的に発現する。VR1は生体で痛みを惹起するカプサイシン・プロトン・熱(43度以上)という複数の痛み刺激によって活性化されるが,この多刺激痛み受容体として機能はVR1欠損マウスにおいても確認された。感覚神経終末においては種々の炎症関連メデイエイターが痛み刺激受容を調節していると考えられているが,その炎症関連メデイエイターの1つの細胞外ATPのVR1活性に対する効果を検討した。VR1のHEK293細胞への強制発現系では,100μMのATPはカプサイシン活性化電流及びプロトン活性化電流を増大させ,用量依存曲線を最大値を変化させることなく低刺激側へシフトさせた。また,ATP存在下ではVR1の熱による活性化温度閾値は42度から35度に低下し,体温でもVR1が活性化して痛みを惹起する可能性が示された。ATP関連物質,PMA等を用いた解析により細胞外ATPは代謝型P2Y1受容体に作用していることが明らかとなり,PKC活性化を介してVR1を制御することが判明した。このATPの効果はラットの後根神経節細胞でも観察され,P2Y1受容体遺伝子の発現がHEK293細胞,後根神経節細胞で確認された。これは,細胞外ATPによる疼痛発生の新しいメカニズムであり,P2X3受容体の欠損マウスでATPによる疼痛行動の減弱が必ずしも十分には観察されなかったことを説明するかもしれない。同じくGq/11と共役するBK2受容体をVR1と共発現した細胞でも,発痛物質として知られるブラジキニンの存在下で同様のVR1活性の増大が確認され,このPKCを介したVR1活性の制御はGq/11と共役する受容体に共通の経路であることが示された。現在,VR1欠損マウスを用いてこの経路の検証を行っている。

(22)ATPおよびcapsaicin受容体発現感覚線維の投射ニューロンへの収束

吉村 恵,中塚映政,古江秀昌,Gu Jianguo
(九州大学大学院医学研究院統合生理学,フロリダ大学脳研)

 末梢神経終末におけるcapsaicin VR1 受容体やATP P2X受容体は,熱傷や炎症および組織損傷の感知に重要な役割を果たしている。これらの受容体の機能的な解析はDRGを用いて詳細に調べられているが,脊髄内に於けるその機能的な役割については未だ不明な点が多い。そこで,脊髄スライスに後根を付した標本を用い,パッチクランプ法によって後角第II層とV層細胞から記録を行い,capsaicin sensitive とATP sensitive 線維の脊髄内終末部位とそれらの線維がどのような情報処理をされているかを調べた。Capsaicin sensitive線維は第II層の膠様質に終末しており,その情報はinterneuron を介して第V層の細胞にも伝えられる。一方,ATP sensitive 線維は第V層細胞にその情報を伝えている。視床に色素を注入し逆行性に同定した,いわゆるspinothalamic projection ニューロンから記録を行うと,記録した細胞すべてでATP sensitive ニューロンからの直接入力を受け,また,capsaicin sensitive ニューロンからは介在ニューロンを介した間接的な入力を受けていた。第V層細胞の応答はATPとcapsaicinを同時に投与すると著明に増強され,頻回の発火が誘起された。これらのことから,末梢からの感覚情報はATP sensitive線維とcapsaicin sensitive線維の異なるグループによって脊髄に運ばれる。しかし,それらの情報は最終的には第V層細胞に収束し,視床を介して大脳皮質感覚野に運ばれるものと考えられる。この2つの異なる回路を経て伝えられる感覚情報がどのような機能を持つのか,また,脊髄内でどのような処理を受けるかは今後の重要な課題となると思われる。

(23)ATP受容体を介する末梢性疼痛発現機構

植田弘師,川島敏子(長崎大学薬学部分子薬理学研究室)

 イオンチャネル型ATP受容体のうちP2X3受容体はC線維知覚神経に局在し,炎症時の疼痛過敏作用に関るなど,疼痛伝達との関連で注目されている。この受容体の生理的役割の解明はP2X3受容体欠損マウスを用いた解析から,ホルマリン誘発性の侵害性応答発現や非侵害性熱刺激応答発生に関連することが明らかにされた。著者らは,最近開発した末梢性疼痛試験法を用いてATPによる侵害性応答発生メカニズムと,最近注目されている神経因性疼痛におけるATP受容体メカニズムの役割を解析した。末梢性疼痛試験法はマウス後肢足蹠皮下に微量の発痛物質を注入し,すみやかに生ずる後肢屈曲反応を見る方法である。ATP注入による100fmolから1nmolまでの範囲の用量依存的な屈曲応答はカプサイシン感受性であり,一方で脊髄クモ膜下腔内投与したNMDA受容体拮抗薬,MK801により遮断されたが,NK1受容体拮抗薬CP99994により影響を受けなかった。代表的な組織損傷や炎症に関連の深い発痛物質であるブラジキニン,サブスタンスPやヒスタミンによる応答はカプサイシン感受性ではあるが,脊髄ではCP99994により遮断され,MK801によっては影響を受けなかった。プロスタグランジンPGI2アゴニストではカプサイシン非感受性,MK801による遮断,CP99994による無影響という結果が得られ,それぞれをII型,I型,III型と呼んだ。興味あることは坐骨神経の部分結紮によるそれぞれの侵害応答はI型では消失,II型無影響,III型では過敏応答となった。以上のように慢性疼痛の発生メカニズムにおけるATP受容体の明確な関与は明らかにされなかったが,侵害性疼痛神経のクラススイッチの分類に大きな指標となることが明らかになった。講演では,慢性疼痛の発生メカニズムにおけるATP受容体の関与について残された可能性についても議論する予定である。

(24)脳内ATP受容体を介した侵害受容反応抑制作用

南 雅文,福井真人,中川貴之,佐藤公道
(京都大学薬学研究科生体機能解析学分野)

 脳内の痛覚情報伝達・制御におけるATPの役割を明らかにする手始めとして,各種ATP受容体アゴニストをラット側脳室内に投与し,機械的および熱的侵害受容反応に対する影響を検討した。さらに,その作用機序を明らかにするため,各種神経伝達物質受容体アンタゴニストを皮下あるいは側脳室内に前投与し,その影響を検討した。α,β-methylene-ATP(10, 30 nmol),Bz-ATP(30 nmol)を側脳室内に投与することにより,機械的侵害受容閾値は有意に上昇した。また,その作用は投与後5分で最大となり,20-30分後には消失するという比較的早いものであった。一方,β,γ-methylene-ATPおよびUTPでは,機械的侵害受容閾値の有意な変化は見られなかった。これらの結果より,本作用は主に脳内のP2X受容体を介するものであると考えられる。また,α,β-methylene-ATP(10 nmol)の側脳室内投与により,hot plate testでは有意な熱的侵害受容反応抑制が観察されたが,tail flick testでは変化は観察されなかったことより,本侵害受容反応抑制作用への下行性痛覚抑制系の関与は少ないものと考えられる。Propranololおよびnaloxone10 mg /kgの皮下への前処置によりα,β-methylene-ATP(10 nmol)の侵害受容反応抑制作用は有意に抑制されたが,phentolamineおよびmethysergideによっては影響を受けなかった。さらに,propranolol(100 nmol),butoxamine(100 nmol)およびICI-118,551(100 nmol)の側脳室内への前処置により,α,β-methylene-ATPによる侵害受容反応抑制作用は有意に抑制されたが,atenolol(100 nmol)では影響を受けなかった。また,naloxone(30 nmol)の側脳室内への前処置によっても,その作用は有意に抑制されたが,naltrindol(30 nmol)およびnor-BNI(30 nmol)によっては影響を受けなかった。これらの結果より,α,β-methylene-ATPによる侵害受容反応抑制作用には脳内のβ2アドレナリン受容体およびμオピオイド受容体が関与していることが示唆される。


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