生理学研究所年報 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

8.「グリア細胞と脳機能発現」

2001年10月12日
代表・世話人:井上芳郎(北海道大学大学院医学研究科)
所内対応教官:池中 一裕(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)

(1)
L-Serine 合成酵素3PGDHのアストロサイト特異的発現を制御する機構
清水 基宏(理化学研究所 脳科学研究センター,静岡県立大学・薬学研究科)
古屋 茂樹,篠田 陽子,平林 義雄(理化学研究所 脳科学研究センター)
吉田 一之(理化学研究所 脳科学研究センター,東京農工大・連合農学研究科)
三苫純也(The Burnham Institute)

(2)
3PGDHのヒト脳における発現分布と遺伝子発現制御
古屋 茂樹,篠田 陽子,平林 義雄(理化学研究所・脳科学総合研究センター)
清水 基宏(理化学研究所 脳科学研究センター,静岡県立大学・薬学研究科)
吉田 一之(理化学研究所 脳科学研究センター,東京農工大・連合農学研究科)
三苫純也(The Burnham Institute)
中山 淳(信州大学・大学院医学研究科・臓器移植細胞工学医科学)

(3)
末梢神経系におけるLセリン合成酵素3PGDHの細胞発現と神経損傷による変化
山下 登,山崎 美和子,渡辺 雅彦(北海道大学大学院 医学研究科 生体構造解析学分野)
古屋 茂樹(理化学研究所脳化学研究センター神経回路メカニズム研究グループ)

(4)
発達脳における中性アミノ酸トランスポーターASCT1の発現
境 和久,渡辺 雅彦(北海道大学大学院 医学研究科 生体構造解析学分野)

(5)
発達脳における放射状グリアの移動 -第2報-
山田 恵子,渡辺 雅彦(北海道大学大学院 医学研究科 生体構造解析学)
井上 芳郎(北海道大学大学院医学研究科分子解剖学分野)

(6)
終末シュワン細胞の特異な形態とATPに対する反応
岩永ひろみ(北海道大学大学院 医学研究科 生体機能構造学講座)
葉原芳昭(北海道大学大学院 獣医学研究科 生理学)

(7)
小脳ベルクマングリアの突起発達におけるカルシウム透過性AMPA受容体の役割
後藤香織(群馬大学 医学部 第二生理学教室)

(8)
ラット大脳皮質由来タイプ1アストロサイトのカルシウムオッシレーションに対する成長因子と炎症性サイトカインの競合的効果
樋口 千登世,工藤 佳久,森田 光洋(東京薬科大学 生命科学部 生体高次機能学)

(9)
ラット大脳皮質由来タイプ1アストロサイトの細胞内情報伝達系に対する成長因子とサイトカインの競合的効果
小柄 渚,樋口 千登世,工藤 佳久,森田 光洋(東京薬科大学 生命科学部 生体高次機能学)

(10)
中枢神経系Axo-glial paranodal junction形成におけるCD9の新たな役割
石橋 智子,池中 一裕(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)
山崎 美和子,渡辺 雅彦,丁 雷,井上 芳郎(北海道大学大学院 医学研究科)
目加田 英輔(大阪大学 微研)
馬場 広子(東京薬科大学 薬学部)

(11)
オリゴデンドロサイトの分化過程でのCREBの発現
志賀 葉月,久保 稔,山根 ゆか子,伊藤 悦朗(北海道大学大学院 理学研究科 生物科学専攻)
桜井 洋子,阿相 皓晃(東京都老人総合研究所神経生物学部門)

(12)
オリゴデンドロサイトの分化タイミングを決定する外界因子: 甲状腺ホルモンとPDGF
徳元 康人(国立国際医療センター研究所 感染・熱帯病研究部)

(13)
Wntシグナリングによるオリゴデンドロサイト分化抑制
清水 健史,和田 圭樹,鹿川 哲史,池中 一裕(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)
高田 慎治,室山 優子(京都大学 理学部 分子発生生物学研空センター)

【参加者名】
浅井 清文(名市大・医),岩永 ひろみ(北海道大大院・医),内山 正彦(東薬大・薬),小柄 渚(東薬大・生名科学),後藤 香織(群馬大・医),境 和久(北海道大大院・医),志賀 葉月(北海道大大院・理),篠田 陽子(理科研・脳科学),清水 基宏(理科研・脳科学),丁 雷(北海道大大院・医),徳元 康人(国立国際医療センター研究所),樋口 千登世(東薬大・生命科学),古屋 茂樹(理科研・脳科学),森田 光洋(東薬大・生命科学),山口 宣秀(東薬大・薬),山田 恵子(北海道大大院・医),吉田 一之(理科研・脳科学),渡辺 雅彦(北海道大大院・医)

【概要】

 生理学研究所研究会「グリア細胞と脳機能発現」は,去る平成13年10月12日(金)午後1時より岡崎国立共同研究機構生理学研究所5階講義室において開催された。発表演題数は,13題であった。1題15分間の口頭発表の後,5分間の質疑応答が行われた。活発な討議が行われ,予定終了時刻を大幅に超過する午後7時すぎに閉会した。脳の発生から分化に至るまで,グリア細胞が脳機能において果たす役割について,最新の研究内容が報告され,熱気にあふれた議論が行われた。参加者数は,研究所内外より多数あり,所外からの17名も含めて,合計約40名であった。

(1)L-Serine 合成酵素 3PGDHのアストロサイト特異的発現を制御する機構

清水 基宏(理化学研究所・脳科学総合研究センター・神経回路メカニズム)

 Astrocyteは神経細胞の生存発達・機能維持だけでなく,修復や再生にも関与している事が明らかになってきている。当研究室ではアストロサイト条件培養液中から,神経栄養活性を有する物質としてL-Serineを同定している。L-Serineは未熟なPurkinje細胞や海馬の錐体細胞の生存だけでなく形態的/機能的発達も強力に促進した。本研究では,AstrocyteによるL-Serineを介した神経栄養作用を分子レベルで理解することを目的に,L-Serine合成に関わる3種の合成酵素(3PGDH・PSAT・PSP)の発現解析を行った。その結果,PSATおよびPSP mRNAは神経細胞,アストロサイトともに発現していたが,第一段階の酵素である3-PGDH(3-Phosphoglycerate dehydrogenase) mRNAは Astrocyteで高発現している一方で神経細胞での発現は著しく抑制されていた。3-PGDHの発現分布は抗体による免疫組織化学の結果とよく一致した。そこで3-PGDH遺伝子の中枢神経系での発現制御機構を解析するために,マウスの3PGDH遺伝子を単離し,そのプロモーター活性を検討した。その結果,マウス遺伝子の翻訳開始点から上流1.8 kbの5’-flanking sequenceで培養Astrocyteにおいて強いプロモーター活性が検出された。しかし翻訳開始点から-1792〜-1689間の約100bpの配列を欠失させるとその活性は大幅に低下した。この配列には複数の転写因子が結合し得るElementを含んでいた。以上の結果から,L-Serine合成に関わる酵素系の中で3-PGDHがAstrocyte特異的に発現しており,それは遺伝子の転写レベルの活性化によって制御されている可能性が強く示唆された。

(2)3PGDHのヒト脳における発現分布と遺伝子発現制御

古屋茂樹(理化学研究所・脳科学総合研究センター・神経回路メカニズム)

 動物細胞におけるL-serine (L-Ser)のde novo合成は,解糖系の中間体である3-phosphoglycerateを前駆体として3段階の酵素反応によって進行する「リン酸化」経路が主要な役割を果たしていると考えられている。この生合成経路の第一段階の反応を触媒する酵素3-Phosphoglycerate dehydrogenase(3PGDH)のヒト遺伝性欠損症における重度の脳神経発達遅滞症状は,脳の発達と機能維持においてこの合成経路が極めて重要であることを強く示している。我々はこれまでにアストロサイト条件培養液中の神経栄養活性物資としてアミノ酸L-Serを同定し,さらに分子生物学的手法を用いた解析から3PGDH遺伝子の転写がアストロサイト特異的に活性化されていることを主にマウス,ラットなどの系で示してきた。本研究ではヒト組織における3PGDHの発現制御機構を理解することを目的に,その発現分布を検討した。RT-PCRにより胎児および成人ヒト脳において3PGDH mRNAの発現を確認した。免疫組織化学的に発現細胞を検討すると,脈絡叢の脳室上衣細胞に強い3PGDH免疫反応性が検出されたが,成人脳アストロサイトの反応性は弱かった。しかし成人脳の脳室上衣細胞腫近傍に出現した反応性アストロサイトでは極めて強い3PGDHの反応性が観察された。ヒト3PGDH遺伝子の5’-上流配列を単離し,ヒトアストロサイトーマU251細胞を用いてプロモーター活性を検討したところ,翻訳開始点から約3.0 kbの断片にヒトGFAP遺伝子推定プロモーター領域に匹敵する程度のプロモーター活性が検出された。これらの結果から,ヒトにおいても3PGDHはアストロサイトで発現し,発達に伴い正常時には低レベルで維持され,損傷時に急激に誘導されるような発現制御を受けているものと考えられた。

(3)末梢神経系におけるLセリン合成酵素3PGDHの細胞発現と神経損傷による変化

山下登(北海道大学大学院医学研究科生体構造解析学分野)

 脳において,セリン合成酵素3-phosphoglycerate dehydrogenase(3PGDH)は放射状グリア/星状膠細胞の細胞系譜と嗅神経被覆グリアに豊富に発現するが,ニューロンはこの酵素の発現を欠如する。今回,末梢神経系における3PGDHの細胞発現を坐骨神経を用いて解析した。その結果,坐骨神経内のシュワン細胞とその近傍の線維芽細胞に3PGDH陽性の免疫反応が観察された。しかし,神経線維を送りだす後根神経節と腰仙髄前角のニューロンには,3PGDHの発現は認められなかった。坐骨神経に損傷を与えたところ,シュワン細胞における3PGDHの発現が増強した。これらの事実は,末梢神経系においても非ニューロン系の支持細胞がセリン合成能を有し,その供給を介してニューロンの生存や機能,そして再生などに関与している可能性を示唆する。

(4)発達脳における中性アミノ酸トランスポーターASCT1の発現

境 和久(北海道大学大学院医学研究科生体構造解析学分野)

 非必須アミノ酸の1つであるL-セリンは,培養ニューロンに対して神経栄養効果の働きがある。生体内でのL-セリン合成酵素3-phosphoglycerate dehydrogenase (3PGDH)の発現解析からこの酵素がニューロンではなくグリア細胞に発現していることが最近明らかになっている。今回,L-セリンの輸送機構を明らかにするために,L-セリン輸送能を持つ中性アミノ酸トランスポーターASCT1についてマウス脳での発現細胞を解析した。その結果,免疫反応で胎生期においては放射状グリアおよび血管に強く発現しており,さらに,神経細胞にも存在していた。発生が進むにつれて血管や神経細胞の発現は減少し,星状膠細胞や嗅神経被覆グリアに強く分布していることがわかった。
 この事実から,胎生期には血管内皮における高いアミノ酸輸送能があり,成熟すると星状膠細胞や嗅神経被覆グリアにアミノ酸輸送能が高く存在すると示唆される。このことから,胎生期には細胞自身で合成するセリンのほかに血液中からもASCT1を介して輸送され,成熟期ではグリア細胞由来のアミノ酸がASCT1を介して神経細胞へ供給されている可能性が考えられる。

(5)発達脳における放射状グリアの移動 -第2報-

山田恵子(北海道大学大学院 医学研究科 生体構造解析学分野)

 放射状グリアは,形態学的には脳室層の細胞体から軟膜方向に放射状突起を伸展する特徴を有する細胞群であり,ニューロンの移動をガイドした後,形態変化して星状膠細胞に分化すると考えられている。我々は,"マウス脳の各領域において,放射状グリアは胎生15日(E15)前後に脳室層から移動して外套層に出現するのではないか"という仮説を想定した。この仮説を検証する第一段階として,発達脳を用いて,in situ hybridization法および免疫組織化学法により放射状グリアに豊富に発現する分子の局在変化を検討した。いずれの方法においても,マーカー陽性細胞体が「外套層に出現しはじめる時期-多数散在する時期」は,大脳皮質・海馬ではE17-P1,中脳被蓋ではE15-E18,小脳・嗅球ではE14-17,その他の領域ではE13-15であった。また領域内においては,背腹方向や内外方向のgradientがみとめられた。この事実は,放射状グリアが,ニューロンの産生や移動の領域差およびgradientに合致する時間特性をもって外套層に移動する可能性を示唆する。

(6)終末シュワン細胞の特異な形態とATPに対する反応

岩永ひろみ(北海道大学大学院 医学研究科生体機能構造学)

 知覚小体に随伴する終末シュワン細胞は,鞘状の突起で軸索終末を包むほか,多数の過剰突起を周囲にのばして終末と周囲組織を一定の様式で結合させ,機械刺激が軸索の刺激受容部位に伝播するのを助ける。知覚終末の発達と維持に,神経伝達物質を介したニューロン-グリア相互作用が関与する可能性を検討するため,毛の動きを検知する,ラット頬鬚の槍型神経終末を酵素消化によって分離し,知覚線維から放出されるといわれるATPに対するシュワン細胞の反応を細胞内Ca2+の変化を指標として調べた。終末シュワン細胞は,ATP 10 mM - 1 mMの灌流刺激に対して用量依存的に細胞内Ca2+の上昇を示し,反応は,P2レセプター阻害剤スラミンによってほぼ遮断された。また,軸索を包むシュワン鞘の反応が,そこから細長い頚をもって突出するシュワン細胞の細胞体よりも,わずかながら常に先行し,前者がATPの刺激受容部位であることが示唆された。

(7)小脳ベルクマングリアの突起発達におけるカルシウム透過性AMPA受容体の役割

後藤香織(群馬大学 医学部 第二生理)

 小脳プルキンエ細胞を取り囲むベルクマングリアは,GluR1,GluR4サブユニットからなるCa2+透過性AMPA 受容体を発現している。このCa2+透過性受容体の機能的意義に関しては,プルキンエ細胞の興奮性シナプスで放出されるグルタミン酸により活性化され,グリア細胞内へのCa2+流入を促進することにより,グリア突起の先端の構造を維持し,プルキンエ細胞のシナプス伝達を正常に保つことが示唆されている。ベルクマングリアにおけるCa2+透過性AMPA 受容体の発達期における役割を見出すために,生後8日目のラット小脳皮質に組換えアデノウイルスベクターを用いて,編集型GluR2(GluR2R)を強制発現させてAMPA 受容体のCa2+透過性を抑制するか,非編集型GluR2(GluR2Q)を強制発現させてCa2+透過性AMPA 受容体を過剰発現させた。これらの処置は,ベルクマングリア突起の形態発達に相反する影響を与えた。

(8)ラット大脳皮質由来タイプ1アストロサイトのカルシウムオッシレーションに対する
成長因子と炎症性サイトカインの競合的効果

樋口 千登世(東京薬科大学 生命科学部 生体高次機能学)

 ラット大脳皮質由来培養Type Iアストロサイトはグルタミン酸,ATP等の神経伝達物質に対してカルシウム応答を示すことが知られている。無血清培地条件下においてEGF,bFGF,TGFa等の成長因子がこのカルシウム応答を一過性から振動性(カルシウムオッシレーション)に変換することを我々はこれまでに報告してきた。今回,この成長因子処理によるカルシウム応答性の変化がIL1b,TNFa等の炎症性サイトカインとLPSによって競合的に阻害されることを見出したので報告する。このことはアストロサイトのカルシウム応答がもつ生理的役割を推測する上で意義深い。すなわち,炎症と恢復,ストレスと記憶形成など競合的な過程において対照的な振る舞いを見せるこれら液性因子がアストロサイトのカルシウム応答に対して正反対の作用を持つということは,このカルシウム応答が上記の生理現象の細胞レベルでの実体であることを示唆している。

(9)ラット大脳皮質由来タイプ1アストロサイトの細胞内情報伝達系に対する成長因子と
サイトカインの競合的効果

小柄 渚(東京薬科大学 生命科学部 生体高次機能)

 われわれはアストロサイトのカルシウム応答に対してEGF,bFGF,TGFa等の成長因子とIL1b,TNFa等の炎症性サイトカイン及びLPSが競合的に作用することを見出した。本研究ではアストロサイト内においてこれら液性因子がどのような情報伝達経路を利用して競合的作用を示すかを明らかにすることを試みた。具体的にはERK1/2型MAPキナーゼの活性化等によって発現が誘導されるzif268(egr1)遺伝子のプロモーター領域をルシフェラーゼ遺伝子の上流に組み換えたレポータージーンベクターを作成し,培養Type Iアストロサイトにおける活性を検討した。その結果,成長因子処理によって見られるレポータージーンの活性化は炎症性サイトカインの前処理によって抑えられた。このことから,これらカルシウム動態に対して対照的な振る舞いを示す液性因子はERK1/2を介した経路においても同様の競合性を示すことがわかり,アストロサイトのカルシウムオッシレーションがこれらの経路を介して形成されることが示唆された。

(10)中枢神経系Axo-glial paranodal junction形成におけるCD9の新たな役割

石橋智子(岡崎国立共同研究機構 生理学研究所 神経情報部門)

 有髄神経軸索では活動電位はランヴィエ絞輪から絞輪へと跳躍伝導により伝わる。最近,活動電位発生に関わる電位依存性Na+およびK+チャネルが,ミエリン形成に伴いそれぞれランヴィエ絞輪およびjuxtaparanodeに特徴的に局在し,このチャネル局在化には軸索とミエリンが接するparanodal junction形成が重要であることが明らかとなった。paranodal junctionに局在する軸索およびミエリン側の分子は明らかにされつつあるが,junction形成機序やその生理的役割については未だ不明な点が多い。
 今回,我々はミエリン最外層に存在するCD9がparanodeにも存在し,CD9を欠損したマウスではparanode形成の異常を呈すること,さらに軸索上の膜蛋白質の局在も変化していることを見出した。4回膜貫通蛋白であるCD9は生体内で広範囲に分布しており,様々な分子と複合体を形成し細胞間シグナル伝達において重要であることが知られている。以上のことよりparanodal junction形成に関与している分子複合体の中においてもCD9が重要な役割を果たしていると考えられた。

(11)オリゴデンドロサイトの分化過程でのCREBの発現

志賀 葉月(北海道大学大学院 理学研究科 生物科学専攻)

 本研究では,分化段階におけるオリゴデンドロサイトのCREBの発現とそのリン酸化状態を免疫細胞化学法によって比較した。A2B5陽性細胞では,CREBもリン酸化CREB(p-CREB)もほとんど発現していなかった。O4, O1, MBP陽性細胞では,半数以上の細胞でCREBおよびp-CREBが発現していた。次に,protein kinase A(PKA)の阻害剤(H-89)の投与による,p-CREB陽性細胞の細胞数の変化を調べた。A2B5, O4, O1陽性細胞では, H-89投与で有意に減少したが,MBP陽性細胞ではH-89の影響を全く受けなかった。これらの結果から,オリゴデンドロサイトにおけるCREBのリン酸化は,A2B5, O4, O1陽性細胞ではPKAに依存しているが,MBP陽性細胞ではPKAに依存していないことが示された。

(12)オリゴデンドロサイトの分化タイミングを決定する外界因子: 甲状腺ホルモンとPDGF

徳元 康人(国立国際医療センター研究所 感染・熱帯病研究部)

 ラット視神経のオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)の大多数がオリゴデンドロサイトへの分化を開始するのは生後2週目からである。この分化タイミングは,OPCの初代培養でも再現できるので,細胞内在性の生物時計の関与が考えられる。 OPCの生物時計が正確に働くためには甲状腺ホルモンが必要である。甲状腺ホルモンはCDKI遺伝子の転写を直接活性化し,かつp53ファミリー蛋白質を介するシグナル伝達機構を通して,細胞周期からの逸脱と分化の開始を行っている。ラット視神経のオリゴデンドロサイトの分化タイミングは,甲状腺ホルモン依存的な生物時計とOPCの主要増殖因子であるPDGFの奪い合いによる枯渇という異なる二つのメカニズムの共同作用によって決定される。

(13)Wntシグナリングによるオリゴデンドロサイト分化抑制

清水健史(岡崎国立共同研究機構 生理学研究所 神経情報部門)

 我々は,脊髄の背側から産生される因子によってオリゴデンドロサイト(以下OL)の分化が著しく抑制されることを明らかにしてきた。我々は,脊髄背側におけるwnt1,3aの発生時期依存的な発現変化と背側因子の活性変化が一致していることから,このOL分化抑制因子の候補としてwntファミリーに着目した。
 胎生14日マウスの脊髄初代分散培養細胞に,Wnt3aを発現させたL cellの培養上清を添加したところ,未分化OLであるO4陽性細胞の数が減少することが分かった。そこでOL-type2 astrocyte前駆細胞株である均一なCG4細胞にWnt3a上清を添加したところO4陽性細胞の数が減少したことから,Wnt3a上清による効果は他の細胞を介することなくOL前駆細胞に直接作用して引き起こされたと考えられる。また,Wntシグナリングの下流標的である活性化型β-catenin-LEF-1を強制的に発現するレトロウイルスを調整しCG4細胞に感染させたところ,Wnt3a上清添加時と同様にOLへの分化誘導が有意に抑制された。


このページの先頭へ年報目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2002 National Institute for Physiological Sciences