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10. シナプス伝達の細胞分子調節機構

2001年10月26日−10月27日
代表:高橋智幸(東京大学大学院医学研究科)
世話人:伊佐 正(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)

(1)
リン酸化を介した神経伝達物質放出のポジティブおよびネガティブ制御
高橋正身1*,笠井陽子1,板倉誠1,大西浩史2,青柳共太3,山森早織1,桑原玲子1
1三菱化学生命研,2群馬大・生体調節研,3東大院・総合文化)

(2)
シナプス小胞プールのendocytic補充過程におけるCa2+の役割
黒見 坦(群馬大学・医)

(3)
開口放出を制御する神経終末蛋白質SNAP−29
持田澄子(東京医大・第一生理)

(4)
シナプス前終末でのCa2+の遊離と処理と伝達物質開口放出」
久場健司,曽我聡子,Fang-Min Lu,成田和彦,鈴木慎一,秋田天平
(名古屋大学医学部・第一生理,川崎医科大学・生理

(5)
網膜双極細胞におけるシナプス小胞の配置に対するフォルボールエステルの効果
バーグランド 健1,塚本吉彦2,緑川光春1,立花政夫1
1東京大・大学院人文社会系研究科・心理学,2兵庫医大・生物学)

(6)
グリア型グルタミン酸トランスポーター完全欠損マウスにおける中枢神経系の形態異常
松上稔子,田中光一(東京医科歯科大)

(7)
Estimation of the number and density of non-NMDA receptors bound byavesicle of glutamate at the climbing fiber-Purkinje cell synapses in immature rats.
Akiko Momiyama
(Division of Cerebral Structure, National Institute for Physiological Sciences, Myodaiji, Okazaki 444-8585 Japan)

(8)
単一シナプス小胞伝達物質によるグルタミン酸受容体の不飽和
石川太郎1,佐原資謹1, 2,高橋智幸1
1東京大学大学院 医学系研究科 神経生理学2東京医科歯科大学大学院 顎顔面生理)

(9)
蛋白質セラピー法によるシナプス可塑性研究
松井秀樹,松下正之,李勝天,富澤一仁,森脇晃義
(岡山大学大学院医歯学総合研究科・生体制御科学専攻・脳神経制御科学・細胞生理学)

(10-1)
小脳長期抑圧に対するカルシニューリンの影響
藤井洋彰,平野丈夫(京都大学大学院理学研究科生物物理学教室,CREST, JST)

(10-2)
プルキンエ細胞におけるhomer1aの発現変化とmGluR1のCa2+応答の増強
南 一成,平野丈夫(京都大学大学院理学研究科生物物理学教室,CREST, JST)

(11)
ウィルスベクターによるCa2+透過性 AMPA受容体の海馬錐体細胞への強制発現が長期増強に与える影響
掛川 渉,山田伸明,都筑馨介,小澤瀞司(群馬大・医・第二生理)

(12)
海馬興奮性シナプスにおけるPSD-Zip45(Homer1C)の動態
栗生俊彦1,2,岡部繁男1,3,4
1産業技術総合研究所脳神経情報研究部門,2科学技術振興事業団科学技術特別研究員,
3東京医科歯科大学大学院細胞相関機構学,4CREST JST)

(13-1)
海馬長期増強現象に伴うグルタミン酸放出量の変化の検討 :
グルタミン酸トランスポーター活性の光学的観測
河村吉信 真仁田聡 榎木亮介 井上雅司 工藤佳久 宮川博義
(東京薬科大学 生体高次機能学研究室)

(13-2)
海馬CA1錐体細胞樹状突起における活動電位伝播の光学的解析
春日晃,榎木亮介,井上雅司,工藤佳久,宮川博義
(東京薬科大学・生命科学部・生体高次機能学)

(14)
シナプス前終末のCa2+チャネルの多様性
八尾 寛(東北大学(院)生命科学研究科,CREST, JST)

(15)
DARPP-32 リン酸化を介するドーパミン情報伝達:グルタミン酸による調節
西 昭徳,東 英穂(久留米大・医・第一生理)

(16)
接着分子ネクチンによる神経シナプス形成の制御機構
中西宏之,高井義美(阪大院・医・分子生理化学)

(17)
青斑核におけるギャップ結合を介したheterocellular coupling
石松 秀,赤須 崇(久留米大・医・第二生理)

(18)
中脳上丘におけるアセチルコリン作動性入力の作用機序
伊佐 正1,遠藤利朗1,小幡邦彦2,柳川右千夫2
(生理学研究所・統合生理研究施設1,神経化学2

【参加者名】
青柳 共太(東京大院),赤須 崇(久留米大・医),荒木 力太(東北大院・生命科学),石川 太郎(東京大院・医),石松 君秀(久留米大・医),板倉 誠(三菱化学生命研),伊東 淳(京都大院・理),伊東 三穂(東京医科歯科大・難),岩渕 舞子(東京医科歯科大・難),榎木 亮介(東京薬科大・生命科学),岡田 隆(東京医科歯科大・難),岡部 繁男(東京医科歯科大・医歯学),小澤 瀞司(群馬大・医),春日 晃(東京薬科大・生命科学),掛川 渉(群馬大・医),加藤 総夫(慈恵会医大),鎌田 真希(東北大院・生命科学),川上 典子(東京大院・医),川口 真也(京都大院・理),河村 吉信(東京薬科大・生命科学),木村 昌弘(東京大院・医),久場 健司(名古屋大院・医),久保田正和(名古屋大・医),栗生 俊彦(東京医科歯科大院・歯),黒見 坦(群馬大・医),斎藤 直人(東京大院・医),鈴木 慎一(名古屋大・医),鈴木 大介(東京大院・医),叢 雅林(名古屋大・医),高橋 智幸(東京大院・医),高橋 正身(東京大院・医),高安 幸弘(群馬大・医),立花 政夫(東京大院・人文),田中 光一(東京医科歯科大・難),辻本 哲宏(東京大院・医),都築 馨介(群馬大・医),徳納 博幸(名古屋大・医),中西 宏之(大阪大院・医),西 昭徳(久留米大・医),西島 泰洋(名古屋大・医),バークランド健(東京大院・人文),橋本 容範(東京薬科大・生命科学),平野 丈夫(京都大院・理),藤井 洋彰(京都大院・理),細井 延武(東京大院・人文),堀 哲也(東京大院・医)松井 秀樹(岡山大院・医歯学),真仁田 聡(東京薬科大・生命科学),南 一成(京大院・理),宮川 博義(東京薬科大・生命科学),宮崎 憲一(東北大院・生命科学),村山 正宣(東京薬科大・生命科学),森脇 晃義(岡山大・医),山下 貴之(東京大院・医),矢和多 智(京大院・理),若勇 雅昭(京大院・理),中野 真人(京大・医),井本 敬二(生理研),深沢 有吾(生理研),馬杉美和子(生理研),籾山 俊彦(生理研),田中 淳一(生理研),松下かおり(生理研),佐々木幸恵(生理研),籾山 明子(生理研),重本 隆一(生理研),納富 拓也(生理研),岸本 拓也(生理研),根本 知己(生理研),萩原 明(生理研),小松 勇(基生研),伊佐 正(生理研),遠藤 利朗(生理研),山下 哲司(生理研),坂谷 智也(生理研),李 鳳霞(生理研),勝田 秀幸(生理研),渡邊 雅之(生理研)

【概要】
 「シナプス伝達の細胞分子調節機構」に関する研究会は,当初シナプス機構を主に電気生理学的手法を用いて解析する研究者を中心とするグループの会として始まったが,研究手法の多様化に伴い,ここ数年は分子生物学や細胞生物学的研究手法を主に用いている研究者を数多く招いて行われている。今回も「シナプス前機構」「シナプス後機構」「システム生理学」のテーマ順に計18の研究グループから20演題の発表が行われた。今年は特にdiscussionの時間をゆっくり取るため,口演は20分,討論に15分の時間配分にした。
 特に本年強く感じられたのは従来のノックアウトマウスに留まらず,様々なプローベを用いて希望する遺伝子,蛋白の希望する細胞における発現を調節させる技術の進歩である。アミノ酸ドメインからなる導入ドメインを結合させることによる生体内蛋白導入法やウィルスベクターやトランスジェニックマウスを用いて様々な遺伝子,蛋白を希望する細胞に(場合によっては細胞内の特定部位に)発現する技術が大きく進歩し,それがシナプス伝達,可塑性などの神経機構を解析する生理学的実験ツールとして普通に用いられるようになってきている。今後もこのような刺激を相互に与え合い,この研究会がさらに発展していくことを期待している。

(1)リン酸化を介した神経伝達物質放出のポジティブおよびネガティブ制御

高橋正身1*,笠井陽子1,板倉誠1,大西浩史2,青柳共太3,山森早織1,桑原玲子1
1三菱化学生命研,2群馬大・生体調節研,3東大院・総合文化)

 神経伝達物質放出は神経細胞が持つほぼ唯一の出力機構であり,短期的には様々なリン酸化反応によって調節されているが,その詳細な機構は未だ明らかとなっていない。我々はリン酸化を介した神経伝達物質放出の制御機構を明らかとするため,ラット副腎髄質細胞腫由来の株細胞であるPC12細胞や培養小脳顆粒細胞を用いて解析を進めてきた。その結果PC12細胞に活性フォルボールエステルであるPMAを作用させると放出に必須なSNAREタンパク質であるSNAP-25のSer187がリン酸化され,Ca2+依存的なドーパミンやアセチルコリン放出が促進されることが分かった。SNAP-25のリン酸化はPKCの阻害剤であるStaurosporineやbisindolylmaleimide I (BIS)で完全に抑制されたが,PMAによる伝達物質放出は部分的にしか抑制されず,PMAによる放出制御にはPKCを介した機構とリン酸化に依存しない機構の,2つの異なる機構があると考えられた。PKCを介した制御機構を明らかにするため,蛍光タンパク質であるEGFPと小胞膜のモノアミントランスポーターやアセチルコリントランスポーターとの融合タンパク質をPC12細胞に発現させ,PMA処理に伴う分泌小胞の局在変化を調べた。その結果PMAを処理すると細胞質全体に分布していた分泌小胞が細胞膜に移行し,その変化はBISで抑制されることが分かり,PKCは分泌小胞を細胞膜への移行させることによって神経伝達物質放出を促進していると考えられた。
 一方,PC12細胞や小脳顆粒細胞に非受容体型チロシンキナーゼであるSrcキナーゼの阻害剤を作用させると,神経伝達物質放出が促進され,PC12細胞に活性化型のSrcを発現させると放出は抑制された。PC12細胞にSrcキナーゼの阻害剤を作用させると,パキシリンやPYK2など細胞骨格制御に関わるタンパク質のチロシンリン酸化が抑制され,細胞形態に大きな変化が生じた。PC12細胞や小脳顆粒細胞にF-アクチンの重合阻害剤を作用させると神経伝達物質放出が促進された。以上の結果からSrcキナーゼは細胞骨格系を介して神経伝達物質を抑制的に制御している可能性が考えられた。

(2)シナプス小胞プールのendocytic補充過程におけるCa2+の役割

黒見 坦(群馬大学医学部行動生理)

 シナプス信号伝達を維持するためには,シナプス小胞がexocytosisによって伝達物質を放出した後,シナプス小胞のendocytosisによる補充が行われなければならない。このことは,温度感受性Drosophilaの変異株,shibireで,endocytosisを起こらなくすると,短期間のうちに,シナプス信号伝達が消失することからも明らかである。
 我々は,蛍光色素,FM1-43 (Betz and Bewick, 1992)を用いた光学的方法と電気生理学的方法を利用して,Drosophilaの神経末端のboutons(膨らみ)に二つのシナプス小胞プール(Exo/endo cycling pool; ECPとreserve pool; RP),が存在することを見つけ出した。ECPはboutonの末梢部に存在し,伝達物質放出に直接関与している小胞プールであり,RPはboutonのより中心部に存在し,高頻度刺激時に動員される小胞プールである。ECPの補充は刺激中におこるendocytosisによる小胞によっておこなわれ,この過程は外液のCa2+に存在している。一方,RPの補充は,刺激後におこるendocytosisによる小胞によって行われ,この過程は,細胞内ストアーからのCa2+放出による。シナプス小胞のendocytosisはexocytosisと共役しているが,カルシウム拮抗薬に対する感受性に相違が見られたことから,異なったCa2+チャネルが二つの過程に関与していることが示唆された。また,電気生理学的結果とあわせると,シナプス小胞のendocytosisには,外液Ca2+に依存した経路と依存しない経路の2つの経路が存在することが示唆された。

(3)開口放出を制御する神経終末蛋白質SNAP−29

持田澄子(東京医科大学・生理学第一講座)

 神経終末への活動電位の到達に伴って膜電位依存性カルシウムチャネルからCa2+が流入するとシナプス小胞膜と神経終末膜の融合が起り,小胞内に蓄えられた化学伝達物質が速やかにシナプス間隙に放出される。神経終末内には,複合体を形成してシナプス小胞の動態を制御する多くの蛋白質が見つかっているが,SNARE蛋白質(syntaxin, SNAP-25とsynaptobrevin)の複合体形成はシナプス小胞膜と神経終末膜との融合,すなわちシナプス小胞開口放出に必須と考えられている。SNAP-25と同じファミリ−に属すSNAP-29は,細胞内膜小胞を用いた物質輸送に関わると報告されてきた1)。しかし,syntaxinと結合する蛋白質として,神経終末にもその発現が免疫沈降・免疫蛍光染色法によって確認された。SNAP-29は,シナプス小胞に多くその存在が認められる。SNAP-29は,syntaxinとの結合を介してSNARE蛋白質と結合するが,SNAP-25のSNARE複合体への合体を阻害しない。合成SNAP-29のシナプス前細胞への導入によって,シナプス活動に依存したシナプス伝達の減少が認められた。このSNAP-29の効果は,シナプス活動に依存しない合成SNAP-25のシナプス伝達抑制作用とは異なる。SNAP-29は,SNARE複合体を解体する蛋白質のひとつと考えられているα-SNAPがSNARE複合体へ結合することを阻害することがin vitroでの実験から判明したが,合成SNAP-29とα-SNAPを同時にシナプス前細胞への導入すると,SNAP-29のシナプス伝達阻害効果は弱まる。これらの実験結果は,神経終末においてSNAP-29はSNARE複合体の解体に関与しており,神経伝達物質放出を抑制する働きをしていることが示唆される2)。すなわち,SNARE複合体の解体を制御するSNARE結合蛋白質によっても,シナプス伝達効率が調節されることが伺われる。

1)
Steegmaier, M., Yang, B., Yoo, J-S. Huang, B., Shen, M., Yu, S., Luo, Y., and Scheller, R. H. (1998) Three Novel Proteins of the syntaxin/SNAP-25 family. (2)J. Biol. Chem.278, 34171-34179.
2)
Su, Q. et al. (2000) SNAP-29: a syntaxin-1A binding protein implicated in synaptic transmission. Soc. Neurosci. 26, 347.

(4)シナプス前終末でのCa2+の遊離と処理と伝達物質開口放出

久場健司,曽我聡子,Fang-Min Lu,成田和彦,鈴木慎一,秋田天平
(名古屋大学医学部・第一生理,川崎医科大学・生理

 シナプス前終末からのインパルスによる伝達物質の同期的開口放出は,Ca2+チャンネルを通るCa2+流入による高濃度のCa2+が開口放出関与蛋白群に連関した低親和性のCa2+結合蛋白に作用し起こる。一方,インパルスの発生なしで自発性に起こる非同期的開口放出は,静止時あるいは比較的低濃度のCa2+上昇で高感受性のCa2+結合蛋白が活性化され発生する。この非同期的開口放出に関与するCa2+上昇は,同期的開口放出に関与するCa2+チャンネルとは異なる報告があり,非同期的開口放出部位は同期的開口放出部位とは異なる可能性がある。最近,私たちはカエルの運動神経終末で,Ca2+チャンネルと密接に連動したリアノジン受容体が活性化準備(プライミング)され,その活性化によるCa2+誘起性Ca2+遊離(CICR)により,同期性および非同期性の伝達物質開口放出が共に大きく促進されることを見出しており,この機構は他のシナプスでも働いている可能性がある。この報告では,運動神経終末でのCICRのプライミング機構に関する新しい知見を紹介し,海馬ニューロンのシナプス前終末での同期的及び非同期的開口放出の特性について,Ca2+チャンネルタイプやCICRの関与及び伝達物質プールの観点から述べる。
 運動神経終末のCICRのプライミングは,反覆テタヌスによる神経終末の細胞内Ca2+([Ca2+]i)の最初の急速な上昇に続く緩徐な上昇として見られる。この緩徐な上昇相はカルモジュリンキナーゼIIの阻害剤で抑制され,Cyclic ADP ribose (cADPr)の阻害剤である8-amino cADPrの神経終末内負荷により抑制される。又,神経終末内に負荷したカゴメcADPrの活性化により短いテタヌスにより誘起した[Ca2+]i上昇が大きくなる。従って,運動神経終末のCICRのプライミングは,反覆したCa2+流入によりカルモジュリンキナーゼIIが活性化され,その結果,ADP ribosyl cyclaseが活性化され,cADPrが産生されることによることが示唆されるが,この二つの系が並列して起こる関与する可能性も残っている。
 オータプス(神経軸索がそのニューロン細胞体や樹状突起に形成したシナプス)を形成した培養海馬ニューロンにパッチクランプし,持続的な脱分極電位をかけてCs+を注入した状態下では,閾値以下の細胞外K+濃度(<10 mM)のジャンプによりオータプスの終末とその軸索のCa2+チャンネルのみが活性化され,同期的及び非同期的伝達物質の開口放出が起こる。Ca2+チャンネルの阻害剤の作用から,同期的開口放出には神経終末のN(P/Q)タイプのCa2+チャンネルが関与し,非同期的放出にはN(P/Q)タイプのみならずLタイプのCa2+チャンネルが関与することが解り,リアノジンやカフェインやサプシガーギンの作用から細胞内Ca2+遊離が両方の開口放出に寄与することが示唆された。また,K+濃度ジャンプの間隔を変えた実験からこれらの開口放出には異なるシナプス小胞のプールが関与することが示唆された。

(5)膜双極細胞におけるシナプス小胞の配置に対するフォルボール・エステルの効果

バーグランド 健1,塚本 吉彦2,緑川 光春1,立花 政夫1
1東京大・大学院人文社会系研究科・心理学,2兵庫医大・生物学)

 キンギョ網膜のON型双極細胞にはプロテイン・キナーゼC(PKC)が存在する。電気生理学的手法を用いた実験から,phorbol 12-myristate 13-acetate(PMA)を投与してPKCを活性化すると,放出可能なシナプス小胞のプール・サイズが増大することを既に報告した。双極細胞の前シナプス部位においては,シナプス・リボンにシナプス小胞が集積しいる。プール・サイズが増大した場合,形態学的には,シナプス・リボンやその周辺でシナプス小胞の配置に変化が起きている可能性がある。そこで,キンギョの剥離網膜標本にPMAを作用させた後,網膜を化学固定して包埋して超薄連続切片標本を作製し,電子顕微鏡で双極細胞の軸索終末部を観察した。PMAの溶媒であるDMSOのみを投与した条件や,PMAに加えてPKCの特異的阻害剤であるbisindolylmaleimide Iを投与した条件と比較した結果,PKCの活性化によってリボンの大きさやリボンに集積しているシナプス小胞の密度に変化は起きていなかったが,細胞膜にドックされている小胞の密度が増大していることがわかった。このような変化は,アクティブ・ゾーンから500 nmほど離れたところで顕著であった。

(6)グリア型グルタミン酸トランスポーター完全欠損マウスにおける中枢神経系の形態異常

松上稔子,田中光一(東京医科歯科大学)

 グルタミン酸は哺乳動物の中枢神経において主要な興奮性神経伝達物質であるが,一方で中枢神経系の発達に必要なシグナル分子としての役割も持っていると考えられている。
 グルタミン酸のシグナル分子としての役割はこれまでに培養細胞実験系で,neuriteの伸長やneuronの生存の制御,また発達中の脳の神経前駆細胞でのDNA合成阻害という報告がなされている。
 生体内での細胞外グルタミン酸濃度はグルタミン酸トランスポーターによって一定に保たれる。これまでにグリア特異的に発現するGLT1,GLASTとニューロン特異的に発現するEAAC1,EAAT4,EAAT5と言う5つのグルタミン酸トランスポーターのサブタイプが同定されている。
 各サブタイプ欠損マウスを用いた最近の解析によりグリア特異的に発現するグルタミン酸トランスポーターが細胞外グルタミン酸濃度の維持に主要な役割を果たすということが示唆された。グルタミン酸が中枢神経系の発達に及ぼす影響を生体内で観察するために,我々はGLT1,GLASTをそれぞれ欠損させた各ノックアウトマウスとGLT1,GLASTの両方を欠損させたダブルノックアウトマウス(胎生致死)の作成,解析を行った。
 組織学的解析の結果,GLT1ノックアウトマウス,GLASTノックアウトマウスの脳では明らかな形態異常は見られないのに比べ,ダブルノックアウトマウスではE17以降に海馬の3層構造,嗅球の僧坊細胞層,小脳のプルキンエ細胞層での層構造不形成,小脳の小葉形成不全といった著しい形態異常が観察された。
 これらの結果は発達中の脳において細胞外グルタミン酸濃度の調節にグリア型グルタミン酸トランスポーターが重要な役割を担っている事の遺伝学的な証拠の一つであり,さらにまたGLT1とGLASTは片方だけの欠損においては互いに代償的な機能をもちうる事を提示している。

(7)Estimation of the number and density of non-NMDA receptors bound byavesicle of glutamate at the climbing fiber-Purkinje cell synapses in immature rats.

Akiko Momiyama
(Division of Cerebral Structure, National Institute for Physiological Sciences)

 Synaptic and extrasynaptic non-NMDARs were examined in rat cerebellar Purkinje cells at early developmental stage (postnatal day 2-4) when they receive synaptic inputs solely from climbing fibers(CF). Evoked CF-EPSCs and whole-cell AMPA-currents displayed a rectification index of ~1.0, consistent with the presence of GluR2 subunits in both synaptic and extrasynaptic non-NMDARs. The mean quantal size of CF inputs estimated from mepscs was ~330 pS, and mepscs decay was fitted to a double exponential function: τfast = 1.8ms, τslow = 8.7ms. Peak-scaled non-stationary fluctuation analysis of spontaneous or miniature EPSCs gave a weighted-mean synaptic channel conductance of ~5 pS. Combining the rapid application of glutamate pulses (5 mM) to outside-out patches and non-stationary fluctuation analysis, we obtained similar estimate of single-channel conductance and Po, max (0.72) for extrasynaptic non-NMDARs. Directly resolved single-channel openings in the continued presence of glutamate also yielded a similar mean single channel conductance, with clear multiple-conductance levels. The mean area of the postsynaptic density (PSD) of these synapses, measured by electron microscopy of reconstructed serial sections, was 0.074 μm2. From these data we estimate about 100 postsynaptic non-NMDARs are bound by a quantal packet of transmitter at CF synapses on Purkinje cells, and that these receptors are packed at a density of ~1270 /μm2 in the postsynaptic membrane.

(8)シナプス小胞に含まれるグルタミン酸はシナプス後膜のグルタミン酸受容体の不飽和

石川太郎1,佐原資謹1, 2,高橋智幸1
1東京大学大学院 医学系研究科 神経生理学2東京医科歯科大学大学院 顎顔面生理)

 シナプス後膜に存在するAMPA受容体及びNMDA受容体が,単一シナプス小胞から放出されるグルタミン酸によって飽和される否かは明らかでない。この問題をラット脳幹スライスの巨大シナプス(the calyx of Held)において検討した。シナプス前末端のパッチ電極に1 mMのL-グルタミン酸を加えたときにMNTB細胞からホールセル記録されるAMPA-微小(m)EPSCの振幅は,シナプス前末端に記録電極がないときの振幅と同程度であった。これに対し,100 mMのL-グルタミン酸をシナプス前末端の電極に負荷して記録されるAMPA-mEPSCの振幅は通常の約1.5倍であった。シナプス前末端とMNTB細胞から同時記録を行い,前末端内のL-グルタミン酸の濃度を電極内潅流法によって1 mMから100 mMに増大させたところ,AMPA-EPSCとAMPA-mEPSCの振幅がいずれも著明に増大した。また,0 mM Mg2+潅流液中で記録されるNMDA-mEPSCとNMDA-EPSCの振幅も著明に増大した。以上の結果から,calyx of Heldシナプスの単一シナプス小胞に含まれるグルタミン酸はシナプス後膜のAMPA受容体及びNMDA受容体のいずれも飽和させないと結論される。

(9)蛋白質セラピー法によるシナプス可塑性研究

 

松井秀樹,松下正之,李勝天,富澤一仁,森脇晃義
(岡山大学大学院医歯学総合研究科・生体制御科学専攻・脳神経制御科学・細胞生理学)

 ゲノム情報を効率よく研究や治療に利用する方法としてIn vivo Protein Transduction(生体内蛋白質導入法)がある。この方法は7−20個のアミノ酸からなる導入ドメインを結合させることにより,目的の蛋白質やペプチドを細胞内に直接導入する方法である。私達はポリアルギニンからなる高効率導入シグナルを新たに開発し,さらに細胞内局在化シグナルを付加することにより目的の物質を細胞内小器官内に特異的に導入させる方法をつくり,これを「蛋白質セラピー法」として確立させようとしている。この方法を用いたシナプス可塑性研究の結果について報告する。
 11個の連続したポリアルギニン鎖は結合させたGFPを最も効率よく培養細胞内に導入し,すでに報告されているHIVのTATペプチドよりはるかに高能率であった。アルギニン鎖を短縮させると効率は低下した。ラット海馬スライスでは,全層にわたりほぼ均一に神経細胞内に導入された。核内導入シグナル(NLS)を付加すると核内に選択的に導入した。
 この方法を利用してAキナーゼの生理的インヒビターペプチドであるPKIを海馬スライス上のCA1錐体細胞の核内に特異的に導入したところ,CREBのリン酸化は阻害されたが,シナプス部に存在するAMPA受容体GluR1サブユニットのリン酸化は抑制されなかった。この時CA1領域の長期増強(LTP)には何らの影響がなかったが,超長期増強(L-LTP)のみが抑制された。この結果は導入したペプチドが生理活性を有すること,さらにL-LTPの成立にはAキナーゼによる核内でのCREBリン酸化が必須である事を直接証明する結果と考えられる。
 さらに,ポリアルギニンとNR2BのPDZ結合ドメインを融合した人工合成ペプチドは,ポストシナプス部位に特異的に移行する事が確認された。このペプチドを海馬初代培養細胞に導入するとNMDA電流を抑制した。以上より我々の蛋白質セラピー法がシナプス研究においても有用な手段であることが示された。

(10-1)小脳長期抑圧に対するカルシニューリンの影響

藤井 洋彰,平野 丈夫(京都大学大学院理学研究科生物物理学教室,CREST, JST)

 小脳プルキンエ細胞で起こるシナプス長期抑圧(LTD)には,転写に依存して発現し,1日以上持続する後期相がある。小脳初代分散培養系では,高カリウム・グルタミン酸溶液処理により,微小興奮性シナプス後電流(mEPSC)の大きさのLTDが起こることが報告されている。本研究ではこの系を用いて,脱リン酸化酵素カルシニューリンのLTD後期相への影響を検討した。培養へのカルシニューリン阻害剤の投与により,mEPSCの大きさが持続的に小さくなる現象が観測された。このカルシニューリン阻害によるmEPSCの大きさの減弱は,カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼ(CaMK)の阻害剤やmRNA合成阻害剤によって抑えられたが,これらの阻害剤は高カリウム・グルタミン酸溶液処理によるLTD後期相の発現も抑えるものである。また高カリウム・グルタミン酸溶液処理によるLTD後期相とカルシニューリン阻害によるmEPSCの大きさの減弱は加算的には起こらなかった。これらの結果から,カルシニューリンはCaMKを介した転写に影響を与えることでLTD後期相誘導の調節に関わっていると考えられる。

(10-2)プルキンエ細胞におけるhomer1aの発現変化とmGluR1のCa2+応答の増強

南 一成,平野丈夫(京都大学大学院理学研究科生物物理学教室,CREST, JST)

 代謝型グルタミン酸受容体1(mGluR1)は,小脳長期抑圧や運動学習に関わることが知られている。またhomer1aはmGluR1に結合し,神経細胞において活動依存的にその発現量が増加する最初期遺伝子であることが知られている。私たちは,培養プルキンエ細胞を高濃度カリウムイオンで脱分極させると,homer1aのmRNA発現量がMAPキナーゼ活性依存的に増加することを見いだした。また,プルキンエ細胞においてmGluR1の細胞外ドメインに対する抗体を用いて免疫染色を行ったところ,mGluR1の細胞膜表面から細胞内への移動が,プルキンエ細胞を脱分極させることによって,抑えられることが判明した。またプルキンエ細胞において,mGluR1の刺激による細胞内Ca2+応答が,脱分極によって増強されることもわかった。そして,このCa2+応答の増強はMAPキナーゼ活性に依存していた。これらの結果から,神経細胞活動依存的なhomer1aのmRNA発現量増加によって,プルキンエ細胞のmGluR1活性に長期的な変化が起こる可能性が考えられる。

(11)ウィルスベクターによるCa2+ 透過性 AMPA受容体の
海馬錐体細胞への強制発現が長期増強に与える影響

掛川 渉,山田伸明,都筑馨介,小澤瀞司
(群馬大学医学部生理学第二講座,科学技術振興事業団CREST)

 【目的】ウィルスベクターを用いたニューロンおよびグリアへの遺伝子導入による外来性タンパク質の強制発現は,当該タンパク質分子のもつ機能的意義を解明する上で有用な手段である。特に,シンドビスウィルスベクターはニューロンへの感染効率が高いことから,シナプス伝達機能の解析への利用が有望視されている。本研究では,シンドビスウィルスベクターを用いて海馬錐体細胞に Ca2+透過性 AMPA受容体を強制発現させ,新規受容体を介したシナプス後部への Ca2+ 流入が記憶・学習の分子的基礎過程とされている Schaffer 側枝−CA1 シナプス (CA1 シナプス) および苔状線維−CA3 シナプス (苔状線維シナプス) での長期増強 (LTP) に与える影響を検討した。
 【方法】生後 9−10 日齢のラットより培養海馬スライスを作製した。このスライスのCA1 野および CA3 野錐体細胞に未編集型 GluR2 サブユニット (GluR2Q) をシンドビスウィルスベクターにより導入し,Ca2+透過性 AMPA 受容体を強制発現させ,whole-cell patch clamp記録によりシナプス応答を記録し,単一細胞レベルで LTPを解析した。
 【結果と考察】ウィルス感染 36−48 時間後,海馬錐体細胞に発現した GluR2Q は CA1 および苔状線維シナプス後膜に輸送され,各シナプスにおける興奮性シナプス後電流 (EPSC) は Ca2+透過性 AMPA 受容体の特徴である内向き整流特性を示した。新規受容体の強制発現により機能変換された CA1 シナプスから LTP記録を行うと,非感染標本とは異なり,d-AP5 による NMDA 受容体阻害下においても LTP が誘発された。この結果からCa2+透過性 AMPA 受容体を介するCa2+流入が, NMDA 受容体非依存的に LTP を誘発させ得ることが明らかになった。これに対し,シナプス前性機序により誘発されると考えられている苔状線維 LTP では,シナプス後部にCa2+透過性 AMPA 受容体を強制発現させた場合においても,LTPには顕著な変化が見られなかった。これらの結果は,苔状線維のシナプス後部には,CA1 シナプスの場合とは異なり,Ca2+流入によるLTP誘発のための機構が存在しないことを示唆する。

(12)海馬興奮性シナプスにおけるPSD-Zip45(Homer1C)の動態

栗生俊彦1,2,岡部繁男1,3,4
1産業技術総合研究所脳神経情報研究部門,2科学技術振興事業団科学技術特別研究員,
3東京医科歯科大学大学院細胞相関機構学,4CREST JST)

 近年の研究により,シナプス機能の可塑的変化の基盤にシナプス後部分子の局在変化が関与する可能性が示唆されている。グルタミン酸受容体分子自体の活動依存的な分布変化については多くの知見が得られているが,シナプス後肥厚部を構成する蛋白質群については,その挙動はほとんど調べられていない。今回,我々は,代謝型グルタミン酸受容体と結合するシナプス後肥厚部蛋白質であるGFP-PSD-Zip45を用いて,培養海馬神経細胞におけるPSD-Zip45の動態とその神経活動依存的局在制御機構について解析した。NMDA受容体結合蛋白質PSD-95と比較して,PSD-Zip45の局在変化はよりダイナミックであり,蛍光消退法により,シナプス後部における分子の交換反応の速度に2種類のPSD蛋白質で,大きな差があることが示された。次に細胞外液にグルタミン酸・高濃度K+を投与することにより刺激した際のPSD-Zip45の局在変化を調べたところ,PSD-Zip45分子はNMDA受容体の活性化と膜電位感受性Ca2+チャネルの活性化により異なった分布変化を示した。NMDA受容体の活性化による細胞内Ca2+濃度の上昇はクラスターを分散させ,Ca2+チャネルの活性化による細胞内Ca2+濃度の上昇は,Ca2+流入のkinetics依存的に,2方向性にPSD-Zip45の局在を変化させた。これらの結果は,刺激に対する細胞内へのCa2+流入経路の違い及び細胞内Ca2+濃度変化のkineticsの違いがPSD-Zip45分子の集積・分散という局在変化における2方向性をもたらしていることを示唆している。生理的条件下では,入力線維の発火パターンに応じて,Ca2+の流入経路及び細胞内Ca2+濃度変化のkineticsが制御されていると考えられる。そこで,過去の実験から培養海馬神経細胞でシナプス可塑性を引き起こす事が知られている刺激パターンを用いて入力線維を局所的に電気刺激し,post側における細胞内Ca2+濃度変化とPSD-Zip45の局在変化との相関について解析した。その結果,入力線維の刺激に対するpost側でのCa2+濃度の時間的・空間的変化に対応して,特異的なPSD-Zip45の局在変化が観察された。以上の結果は,生理的な入力刺激に応じて起こるシナプス後部でのCa2+動態が分子種特異的にその局在を制御することを示唆している。このようなPSD-Zip45の局在制御機構は,シナプス後肥厚部でのscaffolding proteinの構成を活動依存的・局所的に再構築するために重要な役割を果たしていると考えられる。

(13-1)海馬長期増強現象に伴うグルタミン酸放出量の変化の検討:
グルタミン酸トランスポーター活性の光学的観測

河村吉信,真仁田聡,榎木亮介,井上雅司,工藤佳久,宮川博義(東京薬科大学 生体高次機能学研究室)

 海馬CA1領域におけるLTP発現機構に関して,シナプス前末端から放出されるグルタミン酸放出量の増加,シナプス後膜のグルタミン酸受容体の感受性の増強(もしくは受容体の増加),もしくは両方によるとする仮説が提出され研究されてきた。最近,LTP発現に伴ってシナプス後膜のAMPA型グルタミン酸受容体が出現することが発見され,シナプス後膜におけるLTP発現機構の研究が主流を占めている。一方,シナプス前末端におけるLTP発現機構の研究はシナプス前末端におけるグルタミン酸放出量を定量するよい方法がなく,決定的な結論に至っていない。我々は海馬スライス標本において,膜電位感受性色素を用いた光学測定によって,シナプス活動に伴って放出されるグルタミン酸の再取り込みに伴う,グリア型グルタミン酸トランスポーターの電位変化を検知することに成功している。本研究では,1) この方法を用いて,シナプスにおけるグルタミン酸放出量の変化を追跡することが可能か否かを検討し,2) CA3−CA1シナプスにおいて,LTP発現に伴うグルタミン酸放出量の変化を観察した。結果,グルタミン酸トランスポーター活性がグルタミン酸放出量の変化に伴って変化することを確認したが,LTP発現に伴う変化は見られなかった。これらの結果は海馬CA1領域におけるLTP発現がシナプス後細胞側の機序によるものであることを指示している。

(13-2)海馬CA1錐体細胞樹状突起における活動電位伝播の光学的解析

春日晃,榎木亮介,井上雅司,工藤佳久,宮川博義(東京薬科大学・生命科学部・生体高次機能学)

 シナプス入力に応じて海馬錐体細胞が活動電位を発生する際に,起始部が細胞体近傍であるとする報告がある一方で,入力部位に発生するとする説もある。本研究では膜電位感受性色素を用いた高速イメージングによって海馬錐体細胞における活動電位の起始部がどこであるかを調べた。ラット海馬スライスを膜電位感受性色素JPW1114で染色し,放線層刺激によって誘発される光シグナルをフォトダイオードアレイシステムにより検出した。活動電位由来の速いシグナルとEPSP由来の遅いシグナルを細胞体および樹状突起から検出した。光学的シグナルをホールセル記録と比較することで,速いシグナルがNa+依存性の活動電位由来である事を確かめた。速いシグナルはシナプス入力に応じて,始めに樹状突起の入力部位で観察され,細胞体では一定の遅延時間の後に観察された。細胞体へのTTX局所潅流では細胞体付近の速いシグナルは消失したが,入力部位の樹状突起におけるシグナルは影響を受けなかった。これらの結果より,我々の測定条件では活動電位が樹状突起のシナプス入力部位で発生し,他の部位へと伝導すると結論した。

(14)シナプス前終末のCa2+チャネルの多様性

八尾 寛(東北大学(院)生命科学研究科,CREST, JST)

 シナプス前終末における伝達物質放出は,電位依存性Ca2+チャネルにより制御されている。Ca2+チャネルには,分子的多様性があり,シナプス前終末には複数のCa2+チャネルサブタイプが共存している。海馬苔状線維終末の伝達物質放出がP/Q-type Ca2+チャネルとN-type Ca2+チャネルに依存していることが報告されている(Castillo et al. 1994)。本研究は,これを発展させ,苔状線維終末に発現しているCa2+チャネルサブタイプの分布と機能を定量的に解析した。
 マウス海馬スライスを作成し,歯状回顆粒細胞層にCa2+感受性色素を詰めたガラスピペットを挿入した。神経細胞に取り込まれた色素が苔状線維終末を特異的にラベルしたことをTSQによるZn2+分布の可視化とCalbindinD28Kの2重染色により確認した。細胞外のCa2+をSr2+に置き換えて,活動電位にともなうSr2+濃度上昇を測定した。Sr2+はCa2+チャネルを通るが,タンパク質との相互作用が弱いので,Ca2+による2次的な変化を最小にすることができる。したがって,チャネルの分布の研究に適している。Ca2+チャネルサブタイプと伝達物質の連関の強さを表す指標としてコンプライアンスを提案する。
 苔状線維シナプスのSr2+濃度上昇は,w-CgTx GVIA (10 mM)により約20%抑制された。残りの成分は,w-AgTx IVA (0.2 mM)により約30%抑制された。両者に抵抗性の成分は,ニモジピン (10 mM)により部分的に抑制された。また,w-AgTx, w-CgTx両者に抵抗性の成分は,Bay K 8644により促進された。したがって,苔状線維シナプスには,N-type, P/Q-type, L-typeの少なくとも3種類のCa2+チャネルサブタイプが共存している。また,いずれのトキシンや薬物にも抑制されないR-typeも共存している可能性がある。Ca2+チャネルの発現比率は,個々の計測で大きなばらつきを示した。P14-21の22例で,N-typeは7-39 %の範囲でばらついた。また,P/Q-typeは7-45 %の範囲でばらついた。両者の和も大きなばらつきを示し,相補的でないことが示された。したがって,他のサブタイプの発現比率も大きくばらついていることが期待される。N-type Ca2+チャネルと伝達物質放出の連関の強さは,P/Q-type Ca2+チャネルと同様だった。
 海馬苔状線維終末には多彩なCa2+チャネルサブタイプが発現していると同時に個々のシナプス前終末においてCa2+チャネルサブタイプの発現比率に大きなばらつきがある。これらのサブタイプがそれぞれ伝達物質放出と連関していることから,Ca2+チャネルを介して伝達物質放出が多様に調節されていることが示唆される。その生理的意義について論ずる。

(15)DARPP-32リン酸化を介するドーパミン情報伝達:グルタミン酸による調節

西 昭徳,東 英穂(久留米大学医学部生理学第一講座)

 線条体にはドーパミンにより制御されるリン酸化蛋白 DARPP-32 (dopamine- and cAMP-regulated phosphoprotein, Mr 32 kDa) が選択的に発現している。DARPP-32のThr34残基がcAMP-dependent protein kinase (PKA) によりリン酸化されるとprotein phosphatase-1 (PP-1) 抑制蛋白として作用し,PP-1基質のリン酸化レベルを調節することで生理的作用を発揮する。最近,DARPP-32のThr75残基は神経型Cyclin-dependent kinase(Cdk5) によりリン酸化され,リン酸化されたDARPP-32はPKA抑制蛋白として作用することが明らかとなった。ドーパミンは,D1レセプターを介してPKAを活性化しThr34残基のリン酸化を促進すると同時に,PP-2Aを活性化しThr75残基の脱リン酸化を促進する。その結果,Thr75残基リン酸化DARPP-32 によるPKA抑制が解除されるため,PKA基質のリン酸化およびPKA/phospho-Thr34 DARPP-32/PP-1シグナルはさらに増強される。この研究では,マウス線条体スライスを用いて,イオンチャンネル共役型グルタミン酸受容体(NMDA/AMPAレセプター)によるDARPP-32リン酸化調節を検討した。NMDA/AMPAレセプター刺激により,DARPP-32のThr34残基およびThr75残基のリン酸化レベルは低下した。Thr34残基リン酸化レベルは,カルシニューリンによる脱リン酸化過程の亢進により低下していた。Thr75残基リン酸化レベルの低下は,Cdk5活性の抑制によるものではなく,PP-2A活性化による脱リン酸化過程の亢進によるものであった。以上の結果より,NMDA/AMPAレセプター作用は,PKAサイト(Thr34残基)ではドーパミンD1作用に拮抗するが,Cdk5サイト(Thr75残基)ではThr75脱リン酸化を介してPKAに対する抑制を解除しドーパミンD1作用を増強することが明らかとなった。ドーパミンD1レセプター情報伝達系とNMDA/AMPAレセプター情報伝達系が,DARPP-32のリン酸化調節を介して複雑な相互作用を示すことが示唆された。

(16)接着分子ネクチンによる神経シナプス形成の制御機構

中西宏之,高井義美(阪大院・医・分子生理化学)

 細胞間接着機構であるネクチン-アファディン系はカドヘリン-カテニン系と協調的に機能し,上皮細胞のadherens junctions(AJ)やtight junctionsの形成を制御している。ネクチンは,免疫グロブリン様の接着分子であり,ネクチン-1,-2,-3の3種のアイソホームが存在する。各ネクチンは,ホモフィリックなトランス2量体を形成するが,ネクチン-3はネクチン-1または-2とヘテロフィリックなトランス2量体を形成し,このヘテロフィリックな2量体はホモフィリックな2量体より強い結合活性を示す。海馬CA3領域のmossy fiberと錐体細胞樹状突起とのシナプスには,神経伝達が行われているasymmetricな結合部位と,AJに類似し,puncta adherentia junctions(PA)と呼ばれているsymmetricな結合部位が存在している。ネクチン-1,-3はasymmetricにそれぞれPAの前,後シナプス膜に,カドヘリン-カテニン系はsymmetric に局在し,両系が協調してシナプスの形成を制御している。本会では,神経シナプスの形成におけるネクチン-アファディン系の機能と作用機構に関して私共の最近の知見を紹介して議論したい。

(17)青斑核におけるギャップ結合を介したheterocellular coupling

石松 秀,赤須 崇(久留米大学医学部第2生理)

 Neuron-neuronあるいはneuron-glia間の細胞間情報伝達機構として伝達物質を介した化学的シナプスの研究が目覚ましい進歩を遂げてきた。一方で電気的シナプスも古くより提唱された細胞間情報伝達機構である。中枢神経系におけるその分野の研究は進んでいない。近年,中枢神経系におけるcalcium waves, spreading depression, synchronous oscillationなどが報告されており,その基本メカニズムとしてギャップ結合の存在が知られてきた。これまで我々はラットの青斑核(LC)を含む脳スライス標本を用いて電気生理的あるいは光学的手法を用いてギャップ結合を介する複数の細胞の同期した活動を報告してきた。さらに我々は,免疫染色ならびに電顕にてconnexinの存在を確認し,電気生理学的手法によりギャップ結合を介したneuron-neuronおよびneuron-glia couplingの機能的意義を検討したので報告する。ラットのLC neuronは静止膜電位レベルで自発性活動電位を発生しているが,幼若ラットの活動電位の発射はリズミックで周期性があるのに対し,成熟ラットではそのような周期性は見られない。しかし灌流溶液にTEA, Ba, TTXを加えると成熟ラットのLC neuronでも周期的な活動が現れ,しかもその周期的な活動は複数の細胞間で同期している。免疫染色や電顕による研究では,幼若期(-P7)から成熟期(P28-)までのLC neuron (Tyrosine hydroxylase positive cell)およびglia cell (glialfibrillary acidic protein positive cell)にギャップ結合タンパク(connexin, Cx)Cx26, Cx32, Cx43が認められた。Neuronでは成長するにつれCx43は減るのに対し,Cx26, Cx32は一定であった。Gliaでは成長するにつれCx32とCx43は増えたが,Cx26は一定であった。Cx陽性グリアはその形態からastrocyteと考えられた。単一細胞にneurobiotinを注入するとastrocyte間で多くのdye couplingを観たが,oligodendrocyteではdye couplingは観られなかった。また多重染色を行うとneuron(TH positive)とastrocyte(GFAP positive)間にもCx26, Cx32が観察された。電気生理学的にgliaが脱分極するとneuronの自発性活動電位の発射頻度が高まる事が観察された。以上の結果より,LCでは各発達段階を通してギャップ結合を介して繋がっており,neuron-neuronあるいはneuron-gliaの電気的ネットワークにより青斑核全体としてのactivityを規定している可能性が考えられた。

(18)中脳上丘におけるアセチルコリン作動性入力の作用機序

伊佐 正1,遠藤利朗1,小幡邦彦2,柳川右千夫2
(生理学研究所・統合生理研究施設1,神経化学2

 中脳の上丘は浅層は視覚入力を受け,中間・深層は視覚以外の感覚入力を受けると共に運動出力を脳幹・脊髄に投射する。浅層は同じ中脳のparabigeminal nucleus (PBN) から,中間層にはpedunculopontine nucleus (PPTN), laterodorsal tegmental nucleus(LDTN)よりコリン作動性の投射を受けるが,それぞれどのような作用を局所回路に及ぼし,どのような機能を有するのか明らかでなかった。
 GAD67遺伝子にEGFPをノックインしたマウスにおいて(生後4―9週齢)上丘スライスを作成し,GABA作動性ニューロンと考えられるGFP(+)ニューロンと興奮性ニューロンと考えられるGFP(-)ニューロンからwhole cell記録を行い,ACh 1mMのパフ投与に対する効果を調べた。
 GFP (+)ニューロンは脱分極通電に対し,若干のspike frequency adaptationを示すregular spiking type,100Hz以上で安定して発火するfast spiking type, 発火閾値付近で複数のスパイクがバースト状に起きるburst spiking typeの他,一部chattering typeも観察されるなど多様な発火パターンを示した。Biocytin の細胞内注入による染色では,今回記録されたニューロンはほぼ全て,水平方向に広い(200 μm以上)範囲にわたる樹状突起をもつhorizontal ないしはwide field multipolar typeと呼ばれるもので,その形態的特徴からいわゆる“側方抑制”に関与するものと推察された。これらのニューロンはACh投与に対して一過性のinward currentを生じ,それらはmecamylamine 10 μMによって抑制された。
 それに対してGFP (-)ニューロンにはACh投与に対してmecamylamineで抑制される一過性のinward currentを示すものの他に一過性inward currentに引き続きoutward currentを示すものが多く見られた。このoutward currentはCl-の反転電位(-88 mV)付近で反転し,bicuclullineによって抑制された。またこれらのニューロンのinward,outward currentはいずれもmecamylamineによって抑制された。従ってこのoutward currentはACh投与に対するGABAニューロンの興奮性応答によって2次的に誘発されたものと考えられたが,このoutward currentはTTX0.25−1μM 存在下でも観察された。従って,これまでの解剖学的知見と綜合して考えるとAChは軸索伝達を介さずにhorizontalないしはwide field multipolar cellから興奮性出力細胞にいたるaxo-dendriticまたはdendro-dendritic synapseからのGABAの放出を促進するように作用すると考えられた。このようにPBGから上丘浅層への投射は興奮性出力細胞を脱分極させるとともに側方抑制も促進するので視覚応答のcontrastを増強する働きがあるものと考えられる。


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