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11.神経科学の新しい解析法とその応用

2001年11月1日−11月3日
代表・世話人:東田陽博(金沢大学大学院医学研究科)
所内対応者:池中一裕,鹿川哲史(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)

(1)
ゲノムワイドRNA iによる神経ネットワーク形成遺伝子の研究
東田陽博(金沢大学・医学系研究科・脳細胞遺伝子)

(2)
シナプス形成期の小脳顆粒細胞における電依存性K+チャネル-Kv4.2とNMDA レセプターの神経活動に依存した相補的局在化機構
柴崎 貢志(国立岡崎共同研究機構・生理学研究所)

(3)
磁気ビーズを用いたAMPA受容体含有小胞の単離と精製
板倉誠(三菱化学生命科学研究所)

(4)
アラキドン酸食餌によって改善される,老齢動物のシナプス可塑性
藤田 知宏(東海大学・開発工学部)

(5)
BDNFによる神経可塑性と神経伝達物質放出制御
沼川忠広(大阪大学・蛋白質研究所)

(6)
エストロゲンは活動依存的な神経伝達に影響を与える
横幕大作(大阪大学・蛋白質研究所)

(7)
逆行性標識及びin situ hybridization二重標識法
藤森一浩(産業技術総合研究所関西センター人間系特別研究体ニューロニクス研究グループ)

(8)
アストロサイト由来ATPによる海馬のシナプス伝達抑制作用
小泉修一(国立医薬品食品衛生研究所・薬理)

(9)
ウミウシ単理脳条件付けにおけるB型視細胞特性変化へのリアノジン受容体の関与
川合亮(東海大学大学院・理学研究科)

(10)
微小炭素線維電極を用いたアンペロメトリー法による開口分泌の解析
笹川 展幸(上智大学・生命科学研究所・神経化学部門)

(11)
BDNFは,短時間で細胞内Ca2+ストア由来のCa2+上昇に依存した細胞内シグナルにより開口放出機構を増強する
松本知也(大阪大学・蛋白質研究所)

(12)
マウス大脳オリゴデンドロサイトの発生の起源
    −in uteroエレクトロポレーション法を応用した新しい細胞移動標識法の確立−
中平英子(岡崎国立共同研究機構生理学研究所神経情報部門)

(13)
ユビキチン-プロテアソーム系によるVesl-1S/Homer-1aのタンパク量と分布の制御
上田洋司(三菱化学生命科学研究所)

(14)
LTPにおけるアクチン細胞骨格系の動態と役割
斎藤喜人(三菱化学生命科学研究所)

(15)
DNA ダメージと神経障害
榎戸靖(大阪大学・蛋白質研究所)

(16)
対物レンズ照射式エバネッセンス顕微鏡法の応用
寺川進(浜松医科大学・光量子医学研究センター)

【参加者名】
板倉 誠(三菱化学生命科学研究所),井ノ口 馨(三菱化学生命科学研究所),上田 洋司(三菱化学生命科学研究所),榎戸 靖(大阪大・蛋白研),川合 亮(東海大大院・理学研),日下 永子(大阪大大院・理学研),工藤 佳久(産業技術総合研究所関西センター),熊倉 鴻之助(上智大・生命科学研),小泉 修一(国立医薬品食品衛生研究所),斎藤 喜人(三菱化学生命科学研究所),榊原 学(東海大・開発工),桜井 孝司(浜松医科大),笹川 展幸(上智大・生命科学研),高井 里美(大阪大大院・理学研),高橋 正美(三菱化学生命科学研究所),田口 隆久(産業技術総合研究所関西センター),寺川 進(浜松医科大),鳥羽 真理子(ファイザー製薬・中央研究所・探索科学研究部),中川 哲彦(ファイザー製薬・中央研究所・探索科学研究部),沼川 忠広(大阪大・蛋白研),林 光紀(上智大・生命科学研),東田 陽博(金沢大大院・医),藤田 知宏(東海大・開発工),藤森 一浩(産業技術総合研究所関西センター),保坂 早苗(上智大・生命科学研),松本 知也(大阪大大院・理学研),山岸 覚(大阪大大院・理学研),横幕 大作(大阪大大院・理学研)

【概要】
 近年の技術進歩と研究方法の多様化は,脳の形成とその機能を飛躍的なスピードで明らかにしてきた。すなわち,分子生物学・蛋白質化学的手法による分子レベルの解析から,光学的測定・電気生理的手法を用いた細胞・組織レベルの解析,動物固体そのものを用いた解析等,様々なレベルでの新しいアプローチが開発されている。脳神経研究の更なる発展のためには,このような多様な角度からのアプローチをとる研究者が会して情報交換と今後の発展を討議することが非常に重要である。本研究会では,参加者がそれぞれの最新成果を発表し,これに対して異なった角度から研究を行っている研究者との意見交換を通じて一層の研究発展を図ることができた。

(1)ゲノムワイドRNA iによる神経ネットワーク形成遺伝子の研究

東田陽博(金沢大学・医学系研究科・脳細胞遺伝子)

 我々は,約25年前から,ニューロブラストーマ及びそれらの細胞とグリオーマをかけあわせた,当時としては最新の遺伝子改変技術を駆使した,ハイブリッド細胞を使って神経機能の研究を行ってきた。しかも,この神経機能をすでに有する細胞への遺伝子大量発現を行ってきたが,この研究は,その遺伝子の機能をほぼ推定出来るという限界点を持つこのに気づき,遺伝子機能解析を動物個体レベルで行うことに変換することにした。
 ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の全遺伝子塩基配列が2000年3月に解読され,約13600個のゲノムから成ることがわかった。そのうち約半数についてはすでに同定されていたり,他の動物種でわかっている遺伝子とのホモロジー等から,それらの機能が推測できた。しかし,残りの数多くの遺伝子について,それらの機能は不明である。本研究は,ショウジョウバエの機能未知遺伝子の中で,神経ネットワーク(シナプス回路)形成に関与する新規遺伝子をRNAi法により抽出し,それらの機能の同定を行うことを目的にしている。

(2)シナプス形成期の小脳顆粒細胞における電依存性K+チャネル-Kv4.2とNMDA レセプターの神経活動に依存した相補的局在化機構

柴崎貢志(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所・神経情報部門,埼玉医科大学・生理学講座)
中平健祐,渡辺修一(埼玉医科大学・生理学講座)
池中一裕(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所・神経情報部門)

 神経細胞には様々なイオンチャネル,レセプターが発現し,脳機能を司っている。そのため,チャネル分子の局在化のメカニズムを明らかにすることはシナプス可塑性を考えるうえで非常に重要であり,今日までに多くの研究がなされている。しかしながら,それらの多くはシナプスにおけるグルタミン酸受容体に関して調べたものである。グルタミン酸受容体はシナプス伝達を担い,神経細胞を興奮させるための主要な分子である。一方,シナプスには電位依存性K+(Kv)チャネルも局在し,この分子が神経細胞の興奮性を抑制していることが報告されている。それにも関わらず,この分子のシナプスへの局在化メカニズムはほとんど調べられていない。つまり,シナプスの興奮性獲得過程を知るうえで,Kvチャネルの局在化メカニズム(興奮性の抑制)が解明されていないままでは不十分である。そこで我々はKvチャネル-Kv4.2の局在化メカニズムを研究してきた。本研究に先立ち,我々はKv4.2が小脳顆粒細胞の発達過程における活動電位の発生を制御する主要な分子であることを見いだした(Shibataら, J.Neurosci. 2000)。Kv4.2の樹状突起,シナプスへの局在機構を解析するため,我々は小脳微少組織片培養(CMC)と,mossy fiberのoriginである橋核の組織片との共培養系を新たに開発した。この培養系では,顆粒細胞とmossy fiberの間にシナプスが形成される。一方,CMCの単独培養では顆粒細胞はシナプスを形成しない。この両培養系を用いた解析の結果,Kv4.2はシナプス形成に伴い,樹状突起,シナプスに移行すること,mossyfiberから放出されるglutamateがKv4.2のシナプスへの集積を引き起こす主要な分子であることを解明した。一方,NMDAレセプターもシナプス形成に依存して,樹状突起,シナプスへ移行することを見いだした。特に,神経活動が増加するとそれを抑制すべく,Kv4.2のシナプスへのtargetingが増加し,神経活動が低下するとそれを増加させるべく,NMDAレセプターのtargetingが増加するという,全く,逆のtargetingメカニズムを持つことを明らかとした。このことは,興奮性の因子であるNMDAレセプターと抑制性の因子Kv4.2のシナプスへのtargetingを利用して,シナプス形成期の興奮性の獲得,シナプスの取捨選択が行われている可能性を示唆している(Shibasakiら,投稿中)。また,強制発現を用いた実験より,このKv4.2のtargetingにはglutamateの下流のシグナルとしてCa2+結合蛋白質のKv4.2への結合が関与している可能性が高いと考えられる。今後の更なる研究により,シナプス形成期の興奮性獲得メカニズムを明らかにしていきたい。

(3)磁気ビーズを用いたAMPA受容体含有小胞の単離と精製

板倉誠(三菱化学生命科学研究所)

 AMPA受容体は神経活動依存的にシナプス後膜に組み込まれ,その数を変化させることで神経可塑性に寄与していると考えられている。そこでAMPA受容体のシナプス後膜への組み込み機構を明らかにすることを目的としてAMPA受容体含有小胞の単離を試みた。
 ラット脳からミクロゾーマル分画を調製し,Sucrose や Iodixanolによる密度勾配を用いて細胞内のさまざまな小胞を分離した。結果,Sucrose による分離より Iodixanol による分離能のほうがすぐれていることがわかった。さらに,Iodixanol を用いることでGluR2 を含有する小胞は少なくとも5種類存在することがわかった。また,GluR2の分離パターンとさまざまな蛋白質の分離パターンを比較検討したところEndoplasmic Reticulum 蛋白質として知られているCalnexin が,GluR2 のパターンと非常によく似た分離パターンを示すことを見い出した。次に磁気ビーズを用いてミクロゾーマル分画から特定の分子を含む小胞の免疫沈降を試みた。抗GluR2, Calnexin 抗体で小胞を免疫沈降すると,お互いの分子が共沈されてくることから GluR2, Calnexin が同じ小胞に乗っていることがわかった。さらに免疫沈降物のイムノブロットをさまざまな開口放出関連蛋白質について行ったところ,免疫沈降に用いる分画ごとに結果が異なることからも脳内におけるGluR2含有小胞はいくつかの種類が存在することが確認できた。

(4)アラキドン酸食餌によって改善される,老齢動物のシナプス可塑性

藤田知宏,榊原学(東海大学・開発工学部)
小谷進(東海大学大学院医学研究科)

 長期増強(LTP)はシナプス可塑性モデルの一種で,学習・記憶のin vitroモデルとされている。細胞膜を構成する不飽和脂肪酸の一つにアラキドン酸(AA)があり,逆行性伝達物質とも想定されている。加齢に伴う膜組織のAA含有量が減少すること,LTPが減少することが明らかにされている。そこで,老齢動物においてもアラキドン酸食餌によりシナプス可塑性が眼寂せず維持できるかを,AA摂取老齢ラット(OA),対照食老齢ラット(OC),対照食若齢ラット(YC)の3群において,海馬でのCA3-CA1間のLTPを比較し,検討した。
 その結果,OAのLTPはOCに比べて有意に大きく(240.1±13.6% vs 168.5±21.6%),若齢ラットと同程度の値を示すこと(240.3±17.6%)を見出し,AA食餌は加齢によるシナプス可塑性の低下を防ぐことが示唆された。

(5)BDNFによる神経可塑性と神経伝達物質放出制御

沼川忠広(大阪大学蛋白質研究所,日本学術振興会特別研究員)
畠中寛(大阪大学蛋白質研究所)

 ニューロトロフィンは脳神経系においてニューロンの分化,生存を制御する一群の蛋白質として知られる神経栄養因子である。最近ではニューロトロフィンがシナプスの可塑性においても重要な分子で,特にBDNF(脳由来神経栄養因子)のニューロンの情報伝達機能に対する作用が盛んに解析されている。我々はこれまでにBDNFがラット海馬,大脳皮質,小脳などの培養ニューロンより急速に興奮性神経伝達物質グルタミン酸を放出させることを見出した。この放出メカニズムは通常のエキソサイトーシスと異なり,グルタミン酸トランスポーターの逆転輸送の可能性がある。培養大脳皮質ニューロンでは,そのネットワークの成熟に伴い,自発的で同期的なカルシウムオシレーションが観察される。これはグルタミン酸作動性ニューロンで構築されるネットワークにおいて自発的な神経伝達が行われていることを示しており,BDNFはこのオシレーションを増強することがわかった。このBDNFによるオシレーションの増強作用にもグルタミン酸トランスポーターの逆転輸送が関与している。
 中枢ニューロンから神経伝達物質放出を引き起こす栄養因子はニューロトロフィン以外にも存在しており,特にFGFの作用をBDNFの場合と比較して紹介したい。

(6)エストロゲンは活動依存的な神経伝達に影響を与える

横幕大作(大阪大学蛋白質研究所)

 シナプス効率の変化は記憶・学習において重要な因子である。近年,エストロゲンがシナプス伝達を強化するという報告がされはじめているが,その詳細なメカニズムはわかっていない。
 そこで我々は,生後2日齢より分散培養したニューロンを用いて,エストロゲンがプレシナプスの機能を強化する可能性を検討した。その結果,エストラジオールがグルタミン酸の合成酵素であるグルタミナーゼの発現を上昇させることがわかった。一方でGADの発現や,総ニューロン数には変化がない。また,エストラジオールは脱分極刺激に伴うグルタミン酸放出を増強した。エストロゲン受容体のアンタゴニストによってこの効果は阻害されることから,エストロゲン受容体を介した作用である。このような増強効果は大脳皮質,小脳ニューロンにおいても観察された。
 以上のことから,エストロゲンは中枢神経系においてグルタミン酸の合成能を上昇させ,活動依存的なグルタミン酸放出を増強する可能性が示唆された。

(7)逆行性標識及びin situ hybridization二重標識法

藤森一浩,田口隆久(産業技術総合研究所関西センター人間系特別研究体ニューロニクス研究グループ)

 神経回路の形成とそれを支える分子機序の解明には,いままさに神経軸索が伸長し,回路を形成しつつある時期に,特定の神経細胞がどんな分子を発現しているか?ということを知ることが重要である。しかし,高等脊椎動物の脳は多種多様なそして多数の神経細胞から構成されており,従来の神経解剖学的方法ではこれを明らかにするのは困難であった。そこで,我々はin situ hybridizationと蛍光色素を用いた逆行性標識の二重染色法を開発した。本法をラット皮質脊髄路錐体交叉形成時の軸索接着因子の発現に応用した例を紹介したいと思う。

(8)アストロサイト由来ATPによる海馬のシナプス伝達抑制作用

小泉 修一,井上 和秀(国立医薬品食品衛生研究所・薬理)

 グリア細胞はglutamateなど液性因子放出により“シナプス伝達”を制御すると考えられるようになってきた(J. Neurosci., 18, 6822-, 1998)。アストロサイトを機械刺激するとCa2+ wave伝播が観察されるが,これはapyraseで消失することから,主にアストロサイトからのATP放出・拡散に起因していると考えられる。ルシフェラーゼ反応とVIMカメラによるフォトンカウンティング撮像により,このATP 放出は可視化できた。海馬の初代培養神経細胞にATP刺激を加えると,興奮性神経伝達が抑制される(Br.J.Pharmacol., 122,51-, 1997)。このATPによるシナプス伝達抑制作用は,アストロサイトの機械刺激によっても再現出来た。以上ATPを介したアストロサイトの積極的なシナプス伝達制御機構の存在が明らかとなった。

(9)ウミウシ単理脳条件付けにおけるB型視細胞特性変化へのリアノジン受容体の関与

川合 亮(東海大大学院・理学研究科)

 ウミウシを光と振動を組み合わせて条件付けするとB型視細胞の膜抵抗が増大する。これは神経系と感覚器からなる単離脳標本においても再現される。形態学的には条件付け獲得によるB型視細胞末端部の矮小化が報告されているが,その機能的意義や発生機構については不明である。最近,条件付け獲得にリアノジン受容体を介した細胞内Ca2+濃度の上昇が関与することが示されたことから,単離脳条件付け標本で生理学的,形態学的関与を検討した。条件付け後,B型視細胞の入力抵抗は80%増大し視細胞軸索終末は長軸方向に6%収縮したが,リアノジン受容体の拮抗薬であるダントロレン(100μμM)存在下では膜抵抗と形態は変化しなかった。またB型視細胞―平衡胞有毛細胞間のシナプス結合にもダントロレンによる影響は確認されなかった。以上の実験事実はリアノジン受容体を介する細胞内Ca2+上昇が条件付けに伴う生理学的,形態学的変化に必須であることを示唆する。

(10)微小炭素線維電極を用いたアンペロメトリー法による開口分泌の解析

笹川展幸,保坂早苗,林 光紀,熊倉鴻之助(上智大学・生命科学研究所・神経化学部門)

 牛副腎髄質クロマフィン細胞をカバーグラス上で培養した。カバーグラスを灌流bath内に置き,Locke's 溶液で1 ml/minで灌流した。単一細胞からのカテコラミン分泌測定には,微小炭素線維電極 (直径5μm) を作用電極に用い,+650 mVの電圧を印加した。カテコラミンの電解電流はvoltammetric-amperometric amplifier で検知し,2 kHzのlow-pass-filterをかけ4 kHz でサンプリングした。MacLaでデジタル化しChartで解析した。この実験系では,1つの顆粒の開口分泌が1つのスパイクとして検知でき,得られたスパイクの出現頻度と波形,またスパイクのkineticsパラメーターから,開口分泌の動態を解析できることが特徴である。高カリウムで5分間持続刺激すると連続的なスパイクが認められ,スパイクの出現頻度は時間に依存して減少するが,波形やkineticsパラメーターは変化しなかった。スパイクの出現頻度や各種パラメーターに特徴ある変化を示した,アクチン−ミオシン相互作用に影響を及ぼす薬物であるmycalolide B,wortmanninなどの結果をもとに,この実験系を用いた研究例を紹介する。

(11)BDNFは,短時間で細胞内Ca2+ストア由来のCa2+上昇に依存した細胞内シグナルにより開口放出機構を増強する

松本知也(大阪大学蛋白質研究所)

 我々は,神経伝達物質放出に対するBDNFの作用を解析するために,生後2日齢ラットより培養した大脳皮質ニューロンを用いて,脱分極刺激に伴って放出されるグルタミン酸の量をHPLCで測定した。BDNFを10分間処理することによってグルタミン酸放出が顕著に増強された。様々な薬理学的実験からこのBDNFによる増強は,細胞外Ca2+に依存した開口放出機構への作用と思われた。そこで細胞内Ca2+の動態を観察したところ,BDNFによって脱分極刺激に伴う細胞内Ca2+濃度の上昇が顕著に増大した。このCa2+の増大には,細胞内Ca2+ストアからのCa2+放出が寄与していた。さらにグルタミン酸放出の増強にはTrkB -PLC-γ-IP3レセプターを介したシグナルが重要であることを見出した。 以上の結果から,BDNFは,細胞内Ca2+ストア由来のCa2+を介したシグナルを活性化させることによって,神経活動依存的なシナプス伝達を短時間で増強する可能性が示唆される。(J.Neurochem., 2001. in press)

(12)マウス大脳オリゴデンドロサイトの発生の起源
−in uteroエレクトロポレーション法を応用した新しい細胞移動標識法の確立−

中平英子,鹿川哲史,清水健史,池中一裕(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所・神経情報部門)
Martyn M. Goulding(The Salk Institute for Biological Studies, CA, USA)

 大脳皮質オリゴデンドロサイトは,腹側の予定大脳基底核付近の限局した上皮細胞から発生し,移動によって前脳全体に広がるといわれている。しかし分裂するオリゴデンドロサイト前駆細胞を恒久的に標識する方法がなかったためにin vivoで実際に移動しているのか,次々と隣接する領域の細胞が分化する「分化の波」による変化であるかは区別ができなかった。そこで,我々はオリゴデンドロサイト前駆細胞が最初に現れる大脳基底核の神経上皮由来細胞だけを標識するために子宮内マウス胎仔にプラスミドDNAを導入するin uteroエレクトロポレーション法を独自に確立した。また我々はすべての体細胞に普遍的に発現しているROSA26遺伝子座に[loxP-転写終結シグナル-loxP-GAP43-EGFP]を挿入したreporterマウス(ROSAマウス)を作製した。このマウスにcre遺伝子を含むプラスミドをin uteroエレクトロポレーション法で導入しCre蛋白質を発現させることでDNA組み換えを起こした細胞を恒久的にGFPでマーキングする事に成功し,マウス胎仔期に大脳基底核でマーキングされた細胞が,生後大脳皮質でミエリンをまくオリゴデンドロサイトに分化する事を観察した。このことより,大脳皮質内オリゴデンドロサイトには腹側に起源を持つものが含まれることがin vivoで証明された。

(13)ユビキチン-プロテアソーム系によるVesl-1S/Homer-1aのタンパク量と分布の制御

上田洋司(九州大学大学院・医学部・分子生命科学,三菱化学生命科学研究所)
加藤明彦,杉山博之(九州大学大学院・医学部・分子生命科学)
畠山鎮次,中山敬一(九州大学・生体防御医学研)
磯島康史(大阪大学・蛋白質研究所)
深澤有吾,井ノ口馨(三菱化学生命科学研究所)

 L-LTPに伴い誘導される遺伝子として,vesl-1S/homer-1a遺伝子が単離された。Vesl-1S/Homer-1aには,スプライスヴァリアントして構成的に発現するVesl-1Lが存在する。類縁遺伝子として,vesl-2, 3 遺伝子の存在も明らかとなっている。我々はVesl-1S, 1L, 2, 3のタンパク分解制御機構を調べるために,株化細胞にそれぞれの遺伝子導入を行った。Vesl-1S のタンパク量は,プロテアソーム阻害剤の投与で顕著に増大し,そのユビキチン化産物も増大した。そして,Vesl-1L, 2, 3のタンパク量はいずれも,薬剤の影響はなかった。次に我々は,proteasome阻害剤による内在性Vesl-1Sの影響を,海馬培養細胞を用いて検討した。proteasome阻害剤投与によって,内在性のVesl-1Sのタンパク量も増大し,ニューロン周縁部に点在するVesl-1Sのドット状構造の数も増大した。この構造はsynaptophysinのドット状構造と colocalizeしていた。これらの結果は,Vesl familyのうち,LTPで誘導されるVesl-1Sだけが ubiquitin-proteasome系によって,そのタンパク量とpostsynaptic領域への輸送が制御されている事を示している。

(14)LTPにおけるアクチン細胞骨格系の動態と役割

斎藤喜人,小澤史子,井ノ口馨(三菱化学・生命科学研究所)
深澤有吾(三菱化学・生命科学研究所,生理学研究所)
太田康彦(鳥取大学・農学部)

 シナプスの可塑的変化の長期的維持機構におけるアクチン細胞骨格系の役割を,無麻酔非拘束下の歯状回LTP実験系で検討した。テタヌス刺激後,入力特異的に歯状回中間分子層,又は外側分子層にFアクチンが集積した。更にLTPが3週持続していた例で,Fアクチンの集積も持続していた。又,この集積はシナプス後部で生じていることが免疫電顕法で確認された。神経薬理学的検討のために,麻酔下LTP実験系でパイプ電極でのEPSP記録・薬物拡散適用を試みた。生理食塩水条件では,テタヌス後約20時間持続するLTPが生じたが,アクチン重合阻害剤のラトランキュリンA注入群ではテタヌス後約8時間でベースライン迄減衰した。この減衰パターンは蛋白合成阻害剤のシクロヘキシミド投与群とほぼ同様であった。アクチン細胞骨格系が可塑的変化の長期的維持において重要な役割を果たしていることが示唆された。

(15)DNA ダメージと神経障害

榎戸 靖(大阪大学蛋白質研究所)

 ゲノム情報の維持にとって不可欠なDNA修復機構の破綻は,脳・神経系に深刻な機能障害や神経疾患の原因を引き起こすと考えられる。しかしながら,具体的な神経症状の発症メカニズムとの関連については未だ明らかでない。これまで我々は癌抑制遺伝子p53 およびヌクレオチド除去修復異常によって生じる A 群色素性乾皮症 (XP-A) および B 群コケイン症候群 (CS-B) に注目し,これらの原因遺伝子が脳神経系においてどの様な役割を演じているか解析を行ってきた。その結果,これらがニューロンの生存維持に重要な役割を演じていることを示すと同時に,XP や CS の患者で見られる神経症状が従来考えられてきた「経時的なDNA傷害の蓄積による早期老化の促進によるものである」とする仮説とは異なり,発達過程における神経前駆体細胞の細胞死や細胞増殖異常による脳形成不全と深く関わることを明らかとした。

(16)対物レンズ照射式エバネッセンス顕微鏡法の応用

寺川 進(浜松医科大学・光量子医学研究センター)
Andreas Jeromin (Mount Sinai Hospital, University of Toronto)

 超高開口数(NA=1.65)を持つ対物レンズ(オリンパスHR,アポ,100X;寺川と阿部による開発)の後方からレーザー光を入射し,全反射角でカバーガラスと水の界面を照射する方式でエバネッセント場を形成した。この方式で蛍光を励起し,それを同じレンズを通して集光して観察すると,大変明るい蛍光像が観察できた。このエバネッセンス顕微鏡により,種々の蛍光像を観察した。テトラメチルロダミンの一分子蛍光像が極めて容易に観察できた。λファージのDNAをYOYO-1で染色して水中で観察すると,一分子蛍光像が認められ,糸まり状に縮んで点状になったり伸びてひも状に広がったりするのがわかった。片方がガラスに付着したDNAに電場を掛けると直線状に伸びた像が観察されたが,ブラウン運動によるはためきが著しかった。制限酵素を投与すると,期待される位置においてDNAが切断されるのが見えた。このようなエバネッセンス顕微鏡の力を神経細胞死の解析に用いた。ラット海馬神経細胞における,グルタミン酸誘起性核内構造変化の実態を解明するために,ビデオ強化型微分干渉顕微鏡下にグルタミン酸反応性を示した3個の培養神経細胞からDNAを取り出し,YOYO-1で染色後,エバネッセンス顕微鏡下に移してDNAの分子状態を観察した。グルタミン酸を投与しなかった対照細胞では,直線状のDNA分子のみが見られた。一方,グルタミン酸の20分間投与によって核内構造変化が観察された細胞のDNAは,点状の分子として観察され,高度に断片化していることが分かった。その他の応用として,PC-12細胞にVAMP-EGFPを発現させて観察すると,多数の顆粒状の構造に蛍光が認められ,それらの顆粒の運動性の評価ができた。しかし,連続的に長期の観察はできず,数分以内で顆粒運動は減少し,光毒性が影響することが分かった。同細胞に,プロテインキナーゼC−GFPを発現させると,フォルボールエステルによる刺激後に,細胞膜の蛍光強度の著しい上昇が観察され,同酵素の活性化に伴う細胞膜へのトランスロケーションを高感度に測定することができた。クロマフィン細胞内にケージドCaを負荷し,これをプリズム入射式の紫外線パルス・エバネッセント光によって解除し,生理的に引き起こされる細胞膜近傍のCa濃度上昇を模倣した。カテコールアミンの放出を細胞の底部と上部の2箇所にカーボンファイバー電極をおいて検出すると,エバネッセント光が直接作用する細胞の低部からは多数のスパイク反応が得られ,光の当たらない上部ではスパイクを伴わないゆっくりした上昇反応のみが得られた。前者は開口放出反応であり,後者は開口が起こった底部からの拡散による反応である。細胞膜近傍の指数関数的なCa濃度の上昇は,細胞部分領域の選択的活性化を可能にしていることが示された。


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