生理学研究所年報 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

12.イオンチャネルの構造機能連関と制御機能に学ぶ心血管系疾患の病態生理学

2001年11月27日−11月28日
代表・世話人:小野 克重(大分医大・生理第二)
所内対応者:岡田 泰伸(生理研・機能協関部門)

(1)
RGS蛋白によるムスカリン性カリウムチャネルのゲーティング機構
石井 優,稲野辺 厚,倉智 嘉久(大阪大院・医学系研究科・情報薬理)

(2)
人培養血管内皮細胞のsulfonylurea receptorの同定と機能
丸林 あずさ2,高橋 章1,中尾 成恵2,前田 恭子1,福井 清2,中屋 豊1
1徳島大・医・特殊栄養学科,2分子酸素学研究センター)

(3)
心筋におけるKATPチャネルサブユニットの存在様式
國安 明彦,金子和義,中山 仁(熊本大・薬・生体機能化学)

(4)
パッチ膜における心筋緩徐活性化型遅延整流性K+チャネル(IKs)の制御機構
豊田 太1,丁 維光1,尾松 万里子1,鷹野 誠2,堀江 稔3,松浦 博1
1滋賀医大・生理第二,2京都大院・医学研究科・細胞機能制御,
3京都大院・医学研究科・循環病態)

(5)
G蛋白活性型KチャネルのProtein kinase Cによる調節
張 麗艶1,李 鍾国1,安井健二1,本荘晴朗2,神谷香一郎2,児玉逸雄1
(名古屋大・環境医学研究所・1循環器分野,2液性調節分野)

(6)
移植心におけるイオンチャネル機能の変調と拒絶によるリモデリング
賀来 俊彦1,小野 克重1,和田 朋之2,有田 眞3
1大分医大・生理第二,2Univ of Wisconsin,3湯布院厚生年金病院)

(7)
心筋CFTRチャネルのMg依存性フォスファターゼによる制御
岡田 泰伸1,周 士勝1,高井 章2
1生理研・機能協関部門,2名古屋大・医・生理)

(8)
心筋L型Caチャネルの細胞内Mg2+による温度依存性制御機構
山岡 薫,瀬山一正(広島大・医・生理第一)

(9)
甲状腺ホルモンによる心筋イオン電流と遺伝子発現の修飾:ICa, Lを中心に
渡部 裕,馬 梅蕾,鷲塚 隆,相澤 義房(新潟大院・循環器分野)

(10)
培養ヒト大動脈内皮細胞からのOTRPC4の単離と機能解析
徐 峰,佐藤 栄作,飯島 俊彦(秋田大・医・薬理)

(11)
HCN4チャネル電流に対する各種抗不整脈薬の作用
中谷晴昭1,霊園良恵1,小倉武彦1,植村展子1,岸本充2,石倉浩2
1千葉大院・医学研究院・薬理,2病態病理)

(12)
マウスペースメーカー細胞のCa電流と,マウス洞房結節からクローニングしたD型Caチャネルの機能解析
鷹野 誠1,趙 顕星2,辻 啓子3,石井 孝宏4,堀江 稔3,野間 昭典1
(京都大院・医学研究科・1細胞機能制御,3循環病態,4神経生物,
2成均館大學校・医・麻酔科)

(13)
筋小胞体機能阻害により顕在化する肺静脈起始部心房筋の自動能
本荘 晴朗,丹羽 良子,山本 充,神谷 香一郎,小玉 逸雄(名古屋大・環境医学研)
稲田 慎,三井 和幸(東京電気大・工)

(14)
ウサギ心室筋細胞におけるエチジウムイオンの電位依存性取り込み
大地 陸男,宋 玉梅(順天堂大・医・生理第二)

(15)
二次性QT延長症候群の病態発生メカニズムにおける遺伝的背景について
久保田 友之,竹中 琴重,小堀 敦志,二宮 智紀,湯本 佳宏,藍 智彦,
大谷 秀夫,堀江 稔(京都大院・医学研究科・循環器病態)

(16)
ラット心筋におけるKvLQT1のsplice variantに対する検討
山田 陽一1,陳 向東2,長島 雅人1,関 純彦1,山陰 道明2
當瀬 規嗣1,並木 昭義2(札幌医大・1生理第一,2麻酔科)

(17)
MinKの心筋内・細胞内局在における蛋白相互作用の役割
古川 哲史1,小野 靖子2,土屋 博之3,片山 芳文3,Maier−Louise Bang4
Dietmar Labeit5,Siegfried Labeit5,稲垣暢也1,6,Carol C. Gregorio2
1秋田大・医・生理第一,2Dept of Cell Biol & Anatomy, Univ of Arizona,
3東京医科歯科大・難治疾患研・自律生理,4Eur Mol Biol Lab,
5Institut for Anasthesiologie und Operative Intensivmedizin, Universitatklinikum Mannheim,
6CREST, Jpn science and Technology Corp)

(18)
LQT2で認めるHERG S818L変異はユビキチン−プロテアソーム経路での蛋白分解が促進している
中島 忠,金古 義明,大山良雄,倉林 正彦(群馬大・医・第二内科)
古川 哲史(秋田大・医・第一生理)
平岡 昌和(東京医科歯科大・難治疾患研・循環器病)
永井 良三(東京大院・医学系研究科・内科学専攻循環器内科)

(19)
心臓の発生機序と再生治療
小室 一成(千葉大院・医学研究院・循環病態医科学)

【参加者名】
山田 陽一(札幌医大),古川 哲史(秋田大・医),尾野 恭一(秋田大・医),佐藤 栄作(秋田大・医),相澤 義房(新潟大院),渡辺 裕(新潟大院),鷲塚 隆(新潟大院),中島 忠(群馬大・医),小室 一成(千葉大院),大地 陸男(順天堂大・医),平岡 昌和(東京医歯大・難研),萩原 誠久(東京女子医大),児玉 逸雄(名古屋大・環研),李 鍾国(名古屋大・環研),張 麗艶(名古屋大・環研),安井 健二(名古屋大・環研),神谷 香一郎(名古屋大・環研),本荘 晴朗(名古屋大・環研),松浦 博(滋賀医大),丁 維光(滋賀医大),豊田 太(滋賀医大),鷹野 誠(京都大院),堀江 稔(京都大院),久保田 友之(京都大院),倉智 嘉久(大阪大院),石井 優(大阪大院),山岡 薫(広島大・医),中屋 豊(徳島大・医),福井 清(徳島大・医),丸林 あずさ(徳島大学・医),高橋 章(徳島大・医),小野 克重(大分医大),賀来 俊彦(大分医大),國安 明彦(熊本大・薬),岡田 泰伸(生理研),ラブジャン・サビ(生理研),森島 繁(生理研),浦本 裕美(生理研),長崎 陽子(生理研),田辺 秀(中外製薬)

【概要】
 イオンチャネルは心臓や血管,骨格筋,神経等の機能を全うするのに不可欠な活動電位の発生を担っている。筋細胞における活動電位の発生は筋収縮という力学的変化に変換されるべきものであり,その変調は心筋,骨格筋,平滑筋の収縮性の破綻を招くため,特に循環生理学ではイオンチャネル研究の歴史は古く,最も重要なテーマの1つである。しかし,疾患を引き起こす直接原因としてイオンチャネルの構造異常に基づく機能異常が明らかになったのは,僅か10年程前に過ぎない。イオンチャネルの先天性構造欠陥に起因する機能異常は“イオンチャネル病”という概念で認識されるようになり,心血管系領域では「QT延長症候群」「Brugada症候群」「Bartter症候群」等の病因として知られている。一方,心筋肥大,心不全,心筋梗塞等の疾患に伴ってイオンチャネルの発現と機能が調節を受け,リモデリングされて病態を複雑に修飾していることも明らかになってきた。以上のように多くの心血管系疾患の病因にイオンチャネルそのものが直接関与しており,イオンチャネルの分子機能と調節機構の理解なしではその病態自体を理解することが不可能となっている。本研究会では分子生物学,細胞工学,遺伝子工学,電気生理学等の様々な分野の技術を駆使して,心臓血管系のイオンチャネルの分子構造と生理機能に関する最新の研究成果の発表と情報交換を行い,イオンチャネルの構造異常と制御機構の破綻に起因する循環器疾患をより深く理解することを目的とする。

(1)RGS蛋白によるムスカリン性カリウムチャネルのゲーティング機構

石井 優,稲野辺厚,倉智嘉久(大阪大院・医学系研究科・情報薬理)

 G蛋白質制御K+チャネル(以下KG)は,過分極パルス中に緩徐な時間経過で活性化するrelaxationとよばれる特徴的なゲーティングを示す。我々は既にRGS(Regulators of G protein signalling;GTPase活性を促進しシグナルを負に調節)がKGのrelaxationへの関与について報告しているが,その分子機構は不明であった。我々は心房筋細胞を用いて,(1)細胞外Ca2+除去及び細胞内BAPTA投与でKGのrelaxationが消失する,(2)カルモデュリン(CaM)の阻害剤及びCaMと結合するがGTPase活性を促進しない変異RGSもrelaxationを抑制することを明らかにした。これより脱分極により上昇したCa2+がCaMと協同してRGSの機能を促進し,活性型G蛋白を減少させKGの活性は抑制されるが,過分極にてCa2+濃度が低下するとこの逆が起こりKGが徐々に活性化されるという動的なG蛋白サイクル制御過程をKGのrelaxationとして捉えていたと考えられた。これにより膜興奮が細胞内シグナル伝達を制御する全く新しい経路の存在が明らかになった。

(2)人培養血管内皮細胞のsulfonylurea receptorの同定と機能

丸林あずさ2,高橋 章1,中尾成恵2,前田恭子1,福井 清2,中屋 豊1
1徳島大・医・特殊栄養学科,2分子酸素学研究センター)

 KATPチャネルは,膵β細胞など生体内に広く存在しているが,ヒト血管内皮細胞における存在はいまだ確認されていない。そこで,ヒト微小血管内皮細胞を対象として,KATPチャネルのSURの同定とその機能について検討した。SURのsubtypeに特異的なprimerを用い,RT-PCRを行ったところ,SUR1 mRNA由来と予想される二種類のPCRのバンドを検出した。その塩基配列を決定したところ,膵β細胞型のSUR1をコードするmRNAと,exon36が欠失したdeletion mutantをコードするmRNAが発現していることが判明した。このmutantがコードするKATPチャネルとしての特性を電気生理学的に解析した結果,mutantで構成されるKATPチャネルは,KATPchannel開口薬である100μM diazoxideを添加した状態においてのみ,チャネルの活性が認められたが, ATP・ADP感受性は認められなかった。また,wild-typeのチャネルより強い内向き整流性を示した。

(3)心筋におけるKATPチャネルサブユニットの存在様式

國安 明彦,金子 和義,中山 仁(熊本大・薬・生体機能化学)

 心筋のATP感受性Kチャンネル(K-ATP)は,虚血再灌流時の心筋保護やプレコンディショニング現象において重要な役割を担っていることが示唆されている。K-ATPは,スルホニルウレア受容体(SUR)と内向き整流性Kチャンネル(Kir)の組合せによって構成されているが,心筋組織での分子性状については不明な点も多い。
 我々は,SUR2A/BおよびKir6.1/2の四つの分子に対して,それぞれを特異的に認識するペプチド抗体を作製し,これを用いてラット心筋組織におけるK-ATPの存在様式を免疫学的手法によって調べた。その結果,形質膜を含むミクロソーム画分にSUR2A,Kir6.2, 6.1の各分子が局在していることがわかった。一方,ミトコンドリア画分では検出されなかった。さらに,免疫沈降法によってサブユニットの組合せを調べたところ,SUR2AはKir6.2のみと複合体を形成することがわかった。また,Kir6.1は未知のSUR分子と相互作用している可能性が示された。

(4)パッチ膜における心筋緩徐活性化型遅延整流性K+チャネル(IKs)の制御機構

豊田 太1,丁 維光1,尾松 万里子1,鷹野 誠2,堀江 稔3,松浦 博1
1滋賀医大・生理第二,2京都大院・医学研究科・細胞機能制御,
3京都大院・医学研究科・循環病態)

 IKsは細胞膨張に伴う膜伸展により増大することが知られている。我々は,モルモット心房筋ならびにKCNQ1/KCNE1を導入したCOS7にインサイドアウトパッチクランプ法を適用して,剥離したパッチ膜から電流記録を行った。いずれの細胞においても,剥離パッチ膜に脱分極パルスを与えると時間依存性に活性化される外向きK+電流(20-80 pA)が誘発され,保持電位(-30 mV)に戻すと徐々に減衰するtail current (5-20 pA)が観察された。Tail currentの膜電位依存性(K1/2 = +19 mV)ならびに逆転電位(-75 mV)から脱分極により活性化される電流はIKsもしくはKCNQ1/KCNE1チャネルによるものと考えられた。パッチ膜を140 mMのK-aspartate ([Ca]i < 10-10 M)で灌流しながら電極内に陰圧を加えるとIKsならびにKCNQ1/KCNE1チャネル電流の増大がみられた。よって,増大反応に関与する機構は細胞膜に限局したもので膜の機械的伸展が関わっている可能性が示唆された。

(5)G蛋白活性型KチャネルのProtein kinase Cによる調節

張 麗艶1,李 鍾国1,安井健二1,本荘晴朗2,神谷香一郎2,児玉逸雄1
(名古屋大・環境医学研究所・1循環器分野,2液性調節分野)

 目的:心臓アセチルコリン感受性Kチャネル (IK,ACh)は,機械伸展刺激により電流が減弱することが知られている(Ji et al. J Biol Chem, 1997)。一方,心臓IK,AChチャネルはGIRK1およびGIRK4サブユニットのヘテロテトラマーからなることが知られている。本研究の目的は,心臓IK,AChチャネルの機械伸展刺激感受性のメカニズムについて調べることである。方法:GIRK1/GIRK4ヘテロチャネル,GIRK1またはGIRK4ホモチャネルを,アフリカツメガエル卵母細胞にGβ/Gγサブユニットとともに共発現させ,2電極電位固定法によりwhole cell currentを記録した。GIRK1ホモチャネルには,機能的ホモチャネル(GIRK1 F137S)を用いた。伸展刺激は浸透圧を50%減少させた低浸透圧液を灌流させることにより加えた。結果:低浸透圧液を灌流させるとGIRK1/GIRK4ヘテロチャネル電流は23%(n=6, p<0.05),GIRK4ホモチャネル電流は43%減弱した(n=8, p<0.01)。一方,GIRRK1ホモチャネルは,低浸透圧液灌流のcell swellingの影響を受けなかった(n=7)。PKC活性薬のphorbol 12-myristate 14-acetate (PMA 1 μM) を正常浸透圧灌流液に添加すると,GIRK1/GIRK4ヘテロおよびGIRK4ホモチャネル電流がそれぞれ45%,46%減弱した(n=8, p<0.01)。PKC阻害薬のstaurosporine(1 μM,n=8)およびcalphostin C(2 μM,n=5)存在下では,低浸透圧液灌流による伸展刺激に対する反応性は見られなかった。結論:PKC依存性のGIRK4 サブユニットの修飾がKAChチャネルの機械伸展刺激感受性に重要な役割を果たしていることが示された。

(6)移植心におけるイオンチャネル機能の変調と拒絶によるリモデリング

賀来 俊彦1,小野 克重1,和田 朋之2,有田 眞3
1大分医大・生理第二,2Univ of Wisconsin,3湯布院厚生年金病院)

 心移植を受けた患者の急性拒絶期の心電図では,QT時間の延長が認められている。本研究ではラット心移植モデルを用い,移植後1日目より順次移植心を摘出して拒絶の程度を病理組織学的に判定した後,右室乳頭筋から微小電極法により細胞内活動電位を記録した。その結果,拒絶心の活動電位持続時間(APD)は非拒絶心のそれより有意な延長を示し,その延長は,拒絶によって生じる心拍数の減少よりも早期に出現した。また一過性外向き電流(Ito)の阻害剤(4-AP)の作用によるAPDの延長は,非拒絶心に比べ,拒絶心で有意に僅少であった。細胞全膜電流記録法によると,拒絶心室筋細胞におけるItoは非拒絶心のそれより有意に小さいが,単一チャネルキネティクスの比較によると拒絶心と非拒絶心における3種のItoチャネルの単一チャネルコンダクタンスや平均開時間に差は見られなかった。一方,拒絶心筋に発現するItoチャネルのmRNAは非拒絶心に比べKv4.2が減少し,Kv1.4が有意な増加を示した。移植心の急性拒絶期に見られる心電図QT時間や活動電位持続時間の延長は,拒絶心筋細胞の一過性外向き電流(Ito)の発現変化によって生じることが示唆された。

(7)心筋CFTRチャネルのMg依存性フォスファターゼによる制御

岡田 泰伸1,周 士勝1,高井 章2
1生理研・機能協関部門,2名古屋大・医・生理)

 心筋CFTR Clチャネル活性はオカダ酸感受性フォスファターゼ(PP)と9-AC感受性PPの両者によって制御されている。前者はPP2Aであることが判っているが,後者の詳細は不明である。Mg2+感受性PPの関与を調べる目的で,細胞内Mg-ATPをミリモル以上に維持した上で細胞内遊離Mg2+濃度を変化させて,モルモット単離心室筋から全細胞電流記録を行った。その結果,cAMPで活性化されるCFTR型Cl電流は遊離Mg2+増によって濃度依存的・可逆的に抑制されること,そしてこの抑制は9-ACによって阻止されることが判った。更には,内在性PP活性の9-AC感受性成分は,ミリモルオーダーの遊離Mg2+によって実際に活性化されることも明らかとなった。

(8)心筋L型Caチャネルの細胞内Mg2+による温度依存性制御機構

山岡 薫,瀬山一正(広島大・医・生理第一)

 細胞内Mg2+濃度はL型Caチャネルをブロックし,生理的Mg2+濃度下ではチャネル活動は大部分抑制されており,リン酸化はそのMg2+ブロックを解除することにより電流を増大する事をカエル心筋において我々は示した。ところが哺乳類の心筋ではそのようなMg2+の効果は明らかではない。我々はモルモットの心筋についても低Mgの効果を検討したところ,温度を28℃以上にて10μM以下の低濃度で著しいMg2+依存性の二相性の電流増大がみられた(それぞれrun-up,late-ICa)。Run-upは細胞内にGTP投与してもその程度は変らなかったが,late-ICaは完全にその増大が抑えられた。またMg2+依存性のブロックはリン酸化により阻害された。このようにlate-ICaはカエルで見られたL型Caチャネルの性質と一致し,哺乳類心筋L型Caチャネルにもカエルと共通のMg2+依存性制御が存在することが判った。

(9)甲状腺ホルモンによる心筋イオン電流と遺伝子発現の修飾:ICa, Lを中心に

渡部 裕,馬 梅蕾,鷲塚 隆,相澤 義房(新潟大院・循環器分野)

 甲状腺ホルモンは心筋細胞の各種蛋白の発現やイオンチャネル活性を調節しており,我々はカリウムチャネルに対する作用について報告してきた。今回L型カルシウムチャネルに対する甲状腺ホルモンの作用をリボヌクレアーゼプロテクションアッセイ法と全細胞型パッチクランプ法を用いて検討した。
 【方法】8週齢ルイスラットに甲状腺ホルモン(T3,25μg/100g)を3日間投与し,無投薬群と比較検討した。T3投与によりα1サブユニットの発現は対照群の20%に減少した。L型カルシウム電流(ICa,L)はT3群で対照群に比し有意に大きかったが(−18.5±2.4VS.−15.0±1.6pA/pF),イソプロテレノール1μM投与下では対照群がT3群より大きくなった(−25.4±2.9 VS.−21.6±1.6pA/pF)。アセチルコリン1μM投与は対照群のICa,Lを変化させなかったが,T3群のICa,Lを19%減少させた。
 【結語】短期間のT3投与はL型カルシウムチャネルの発現を減少させる一方でカルシウム電流を増加させた。T3がカルシウム電流を増加させた機序にはアデル酸シクラーゼカスケードの関与が推察された。

(10)培養ヒト大動脈内皮細胞からのOTRPC4の単離と機能解析

徐 峰,佐藤 栄作,飯島 俊彦(秋田大・医・薬理)

 血管内皮細胞は,種々の機械刺激に応答し,細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)を増加させ,生理機能を果たしているが,そのCa2+流入経路の分子本体や活性化機構についてはよくわかっていない。最近,低浸透圧刺激によって活性化される非選択的カチオンチャネル(OTRPC4)がクローニングされた。このチャネルがヒト大動脈内皮細胞に存在しているのか否かをRT-PCR法によって検討し,OTRPC4とN末細胞内領域が部分的に欠損したOTRPC4βを単離した。これらをHEK-293細胞に一過性に発現させ,Fura-2によって[Ca2+]iの変化を観察すると,OTRPC4発現細胞では,低浸透圧刺激によって[Ca2+]iの増加が引き起こされたが,OTRPC4βでは何の変化も示されなかった。OTRPC4のN末を除いた場合,同様に低浸透圧刺激に対する作用が認められなくなった。これらの結果より,欠損したアミノ酸領域が低浸透圧感受性に何らかの関与を示していることが示唆された。

(11)HCN4チャネル電流に対する各種抗不整脈薬の作用

中谷 晴昭1,霊園 良恵1,小倉 武彦1,植村 展子1,岸本 充2,石倉 浩2
1千葉大院・医学研究院・薬理,2病態病理)

 最近,発作性心房細動の発生要因として肺静脈入口部周辺からの異所性自動能が引き金となる事が指摘されている。そこでその自動能発生に過分極誘発内向き電流(Ih)が関与する可能性を考慮し,この電流を通過させるHCN4チャネルに対する抗体で肺静脈左心房境界部の免疫組織染色を行うと共に,HCN4チャネルを安定的に発現させたHEK293細胞においてこの電流に対する各種抗不整脈薬の作用を検討した。肺静脈左心房境界部では左心房筋側にHCNチャネル抗体に反応する細胞が多く認められた。HCN4チャネル電流に対し多くの抗不整脈薬は程度の差はあるものの抑制作用を示したが,その作用の比較的強いものはzatebradineあるいはamiodarone,bepridil,lidocaineであった。Amiodaroneの心房細動予防効果の一部にはHCN4チャネル抑制作用も関与する可能性がある。

(12)マウスペースメーカー細胞のCa電流と,マウス洞房結節からクローニングしたD型Caチャネルの機能解析

鷹野 誠1,趙 顕星2,辻 啓子3,石井 孝宏4,堀江 稔3,野間 昭典1
(京都大院・医学研究科・1細胞機能制御,3循環病態,4神経生物,
2成均館大學校・医・麻酔科)

 Caチャネルを構成する分子のうち,α1Dサブユニットをノックアウトしたマウスは先天的な聾とともに心臓洞房結節の機能異常をきたす。この電気生理学的・分子生物学的背景を検討するため,マウス洞房結節からペースメーカ細胞を単離し,保持電位-80 mVから脱分極により活性化される内向き電流を記録した。その結果,Na電流,T型Ca電流,L型Ca電流および持続性内向き電流(IST)が存在することが明らかになった。マウス洞房結節からRT-PCR法によりα1Dをクローニングしたところ,リピート1・2間のリンカーの配列が大きく異なる新たなsplicing variantが発現していることが判明した。このマウス洞房結節α1Dをβ2およびα2δとともにHEK293細胞に発現させたところ,これまでの報告とは異なり,-50 mV付近から活性化され,しかも不活性化の速いCa電流を記録することができた。

(13)筋小胞体機能阻害により顕在化する肺静脈起始部心房筋の自動能

本荘 晴朗,丹羽 良子,山本 充,神谷 香一郎,児玉 逸雄(名古屋大・環境医学研)
稲田 慎,三井 和幸(東京電気大・工)

 近年,肺静脈起源の異所性刺激生成を機序とする心房細動の存在がカテーテルアブレーション治療の面から注目を集めているが,肺静脈における刺激生成機構については不明である。本研究では家兎肺静脈起始部心筋から活動電位を記録し,その電気的特性を検討した。コントロールでは電気刺激(0.5-4.0Hz)に応じて典型的な心房筋タイプの活動電位が生じた。Ryanodine (2μM)を添加して筋小胞体機能を阻害すると,拡張期電位が浅くなりペースメーカー脱分極が生じた。刺激頻度を急に増加させるとこれらの電位変化は増強され,高頻度トレーン刺激(3.3Hz)後にはバースト状の自発活動電位が誘発された(平均持続時間37.5±4.5秒)。この自発興奮は筋小胞体Ca2+枯渇により減弱し,β受容体刺激により増強された。以上より,肺静脈起始部心筋は潜在的な自動能を有し,筋小胞体機能阻害がこれを顕在化させることが示唆された。

(14)ウサギ心室筋細胞におけるエチジウムイオンの電位依存性取り込み

大地 陸男,宋 玉梅(順天堂大・医・生理第二)

 細胞膜におけるleak経路の発生と役割を,ウサギ心室筋にパッチクランプ法およびethidium (Et)カチオン(314Da)をマーカーとした蛍光測光を適用して検討した。Ethidium bromide (EtBr, 10μg/ml)を含むK+-free溶液で潅流すると,約−140mVの過分極が生じついで不規則な脱分極と持続の長い活動電位が発生した。Glibenclamide(5μM) は活動電位をさらに延長した。EtBr存在下10分間の平均膜電位は正常Tyrode >K+-free> + glibenclamideであり,10分後のEt蛍光は K+-free > + glibenclamide>正常Tyrodeであった。K+-freeによるEt蛍光増大は脱分極中少なく再分極で著明であった。過分極によって小さな膜穿孔が生じ小カチオンが静止電位で駆動されて流入したと示唆された。

(15)二次性QT延長症候群の病態発生メカニズムにおける遺伝的背景について

久保田 友之,竹中 琴重,小堀 敦志,二宮 智紀,湯本 佳宏,藍 智彦,
大谷 秀夫,堀江 稔(京都大院・医学研究科・循環器病態)

 我々は,QT延長症候群患者において,既知のLQTS関連遺伝子の変異の有無をPCR−SSCP法を用いて検索し,6例でKCNQ1遺伝子の単塩基遺伝子多型を同定した。この643番目のアミノ酸をグリシンからセリンへ置換するミスセンス変異は,主に低カリウム血症や房室ブロックに伴う徐脈によって顕在化する症例と関連していた。この変異が及ぼすIksチャネルへの機能的影響をin vitroで検討するため,COS7細胞にチャネルを再構築し電気生理学的実験を行ったが,その機能的障害は軽度であった。従って,これらの症例は,Iksチャネルの軽度の機能障害を遺伝的素因として持ち,適当な誘発因子を契機として発症したと考えられた。

(16)ラット心筋におけるKvLQT1のsplice variantに対する検討

山田 陽一1,陳 向東2,長島 雅人1,関 純彦1,山陰 道明2,當瀬 規嗣1,並木 昭義2
(札幌医大・1生理第一,2麻酔科)

 KvLQT1は心筋において緩徐活性化型遅延整流性K電流(IKs)を構成する遺伝子であるが,ヒトではtruncated formのスプライスバリアントが生理的に存在しており,Dominant Negativeに遺伝子の発現を調節していると報告されている。今回我々はラット心室筋からヒトのtruncated isoformとは違うものの,部位としてはほぼ同様のtruncated isoformをクローニングしたので報告する。このスプライスバリアントはラット結腸よりクローニングされたKvLQT1と比較すると,予想されるアミノ酸配列ではN末の一部と膜貫通領域S1およびS2の一部を含む部位が欠損していた。RT-PCR法により胎齢12日から出生後10日目の心筋においてKvLQT1のみならず,truncated KvLQT1の発現を確認した。このtruncated isoformをXenopus oocyteにKvLQT1と共発現させK電流を観察したところ,KvLQT1のみを発現させた場合と比較し電流量は明らかに小さかった。また,この傾向はregulatory subunitであるminKを共発現させても変わらなかった。KvLQT1のtrucated isoformはラット心においても胎生期から出生後10日目までは生理的に存在し,Dominant NegativeにIKsを調節している可能性が示唆された。

(17)MinKの心筋内・細胞内局在における蛋白相互作用の役割

古川 哲史1,小野 靖子2,土屋 博之3,片山 芳文3,Maier−Louise Bang4
Dietmar Labeit5,Siegfried Labeit5,稲垣 暢也1,6,Carol C. Gregorio2
1秋田大・医・生理第一,2Dept of Cell Biol & Anatomy, Univ of Arizona,
3東京医科歯科大・難治疾患研・自律生理,4Eur Mol Biol Lab,
5Institut for Anasthesiologie und Operative Intensivmedizin, Universitatklinikum Mannheim,
6CREST, Jpn science and Technology Corp)

 MinKは心筋遅延整流性カリウムチャネルIKsチャネルのβサブユニットである。酵母2ハイブリッド法によりminKに結合する蛋白を検索した結果そのC端細胞内領域にsarcomere蛋白T-cap/telethoninが結合することが判明した。MinKはT-capのC端に結合し,同部位にはtitin kinase domainによりリン酸化される157Serが存在する。リン酸化を模倣したS157E・S157D変異ではminKとT-capの結合は減弱し,脱リン酸化を模倣したS157A変異では両者の結合は増強した。心筋細胞ではminK・T-capはZ-lineに局在し,minKは細胞膜側(=T管),T-capはsarcomere側に存在した。両者の結合がT管―sarcomereを架橋し,興奮―収縮連関のフィードバック機構として作用することが示唆される。

(18)LQT2で認めるHERG S818L変異はユビキチン−プロテアソーム経路での蛋白分解が促進している

中島 忠,金古 義明,大山 良雄,倉林 正彦(群馬大・医・第二内科)
古川 哲史(秋田大・医・第一生理)
平岡 昌和(東京医科歯科大・難治疾患研・循環器病)
永井 良三(東京大院・医学系研究科・内科学専攻循環器内科)

 目的; LQT2で認めるHERG S818L変異について,蛋白輸送や蛋白分解に異常があるかどうかを調べ,そのメカニズムを明らかにする。方法と結果;野生型,変異HERG cDNAをHEK293細胞にトランスフェクションし,蛋白の発現をWestern blot法で調べた。野生型は,immature formとmature formの2本バンドがみられたが,変異ではmature formはみられず,変異は蛋白輸送が障害されていると考えられた。また,変異は野生型に比べ蛋白分解速度が促進していた(野生型Th:13.2h, 変異Th:6.1h)。プロテアソーム阻害剤は変異の蛋白分解を著明に抑制した。変異はポリユビキチン化され,ユビキチンのドミナントネガティブ変異体(K48R)により蛋白分解は軽度抑制された。総括;本変異の少なくとも一部はユビキチン−プロテアソーム経路での蛋白分解が促進していた。本変異の機能異常は,蛋白輸送の障害と蛋白分解の促進によりもたらされると考えられた。

(19)心臓の発生機序と再生治療

小室 一成(千葉大院・医学研究院・循環病態医科学)

 心筋細胞は自律拍動といった心筋細胞に特徴的な高度な分化をとげながらも,胎生期は活発に分裂増殖します。しかし出生後はすみやかに分裂能を喪失し,以後二度と分裂能を獲得する事はないとされていました。ところが最近心筋梗塞をおこしたヒトの心臓において,分裂している細胞が高率にあると報告されました。
 一方胚性幹細胞(ES細胞)と体性幹細胞という細胞は心筋細胞に分化することがわかってきました。将来の心臓の再生治療について展望します。


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