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14.細胞内シグナルの時・空間的制御

2001年11月29日−11月30日
代表:黒崎 知博(関西医科大学・肝臓研究所)
世話人:河西 春郎(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所)

(1)
P I3K活性化分子機構
黒崎 知博(関西医科大学・肝臓研究所・分子遺伝学部門)

(2)
興奮性細胞におけるプロテインキナーゼCの活性化機構と基質のリン酸化変動
最上 秀夫2,張 恵1,小島 至1
1群馬大学生体調節研究所・調節機構部門細胞調節分野 2浜松医科大学・第2生理)

(3)
GTP結合タンパクによる伝達物質放出制御
高橋 智幸(東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻・神経生理学教室)

(4)
シナプスから細胞骨格へのシグナリングの解析
尾藤 晴彦(京都大学大学院医学研究科・高次脳科学講座・神経細胞薬理学教室)

(5)
樹状突起の局所カルシウムシグナルとシナプス可塑性
狩野 方伸1,橋本 浩一1,前島 隆司1,吉田 隆行1,宮田 麻理子2
1金沢大学・大学院医学系研究科・シナプス発達・機能学 2東京女子医科大学・生理学第一講座)

(6)
膵ランゲルハンス島のインスリン開口放出の2光子励起法による定量的可視化
高橋 倫子(生理学研究所・生体膜部門)

(7)
GFPを利用した新規ratiometric pH probeの開発
淡路 健雄1,白川 英樹1,宮崎 俊一1,2
1東京女子医科大学・医学部・第二生理2生理学研究所・細胞内代謝)

(8)
Multicolor Imaging
宮脇 敦史(理化学研究所・脳科学総合研究センター・細胞機能探索技術開発チーム)

(9)
カルシウムシグナルのコーディング・デコーディング機構
飯野 正光(東京大学・大学院医学系研究科・細胞分子薬理学教室)

(10)
ヒト培養気道上皮(16HBE)細胞における機械刺激後の細胞内Ca2+シグナルの伝播
錦谷 まりこ1,竹村 尚志1,安岡 有紀子1,鈴木 喜郎2,河原 克雅1
1北里大学・医学部・生理学 2東京工業大学・生命理工学部)

(11)
虚血時における細胞内Ca濃度上昇,神経細胞死とCaチャネル制御
田邊勉1,鳥山英之1,2,大野喜久郎2
1東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科高次機能薬理学, CREST2同 脳神経機能外科学)

(12)
プロトン(H+)シグナルの制御と細胞機能
久野 みゆき1,森畑 宏一2,森 啓之3,川脇 順子1,酒井 啓1
1大阪市立大学・大学院医学研究科・分子細胞生理2大阪市立大学・大学院医学研究科・神経内科
3大阪市立大学・大学院医学研究科・分子細胞生理)

(13)
PDZ蛋白によるカリウムチャネルの位置および機能の制御
倉智 嘉久(大阪大学・大学院医学系研究科・情報伝達医学系情報薬理学講座・薬理学第2教室)

(14)
細胞の形づくりにおける時空間制御:SAチャネル,接着斑,細胞骨格
曽我部 正博1,2,早川 公英2,河上 敬介1,辰巳 仁史1,成瀬 恵治1,2
1名古屋大学医学部・大学院医学研究科・細胞情報医学細胞科学講座
2科学技術振興事業団・細胞力覚プロジェクト)

(15)
TRP関連Caチャネルのレドックス及び蛋白質輸送機構による活性制御
森 泰生(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター・生命環境研究領域)

【参加者名】
飯野 正光,山澤 徳志子,山田 亜紀。冨田 太一郎,水島 亜希子,藤井 桃,石井 清郎,橋戸 政哉(東京大学・大学院医学系研究科),狩野 方伸(金沢大学・大学院医学系研究科),河西 春郎,根本 知己,高橋 倫子 岸本 拓哉,松崎 政紀,劉 Ting-Ting,早川 泰之, 小島 辰哉,毛利 達磨,重本隆一,籾山 明子,深澤 有吾,田中 淳一,馬杉 美和子,柳川 右千夫,大倉 正道,海老原 利枝(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所),河原 克雅,安岡 有紀子(北里大学・医学部),鈴木 喜郎(東京工業大学・生命理工学研究科),久野 みゆき,森 啓之(大阪市立大学・大学院医学研究科),倉智 嘉久(大阪大学・大学院医学系研究科),黒崎 知博(関西医科大学・肝臓研究所),小島 至(群馬大学・生体調節研究所),最上 秀夫(浜松医科大学),曾我部 正博(名古屋大学・医学部),高橋 智幸(東京大学・大学院医学系研究科),田邉 勉(東京医科歯科大学・大学院認知行動医学系),尾藤 晴彦(京都大学・大学院医学研究科),宮崎 俊一,淡路 健雄,尾田 正二(東京女子医科大学・医学部),吉田 繁(長崎大学・医学部),宮脇 敦史,永井 健治,水野 秀昭,平野 雅彦,片山 博幸,日野 美紀,小暮 貴子,唐澤 智司(理化学研究所・脳科学総合センター),森 泰生,西田 基宏,原 雄二(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター),中川 哲彦,新庄 勝浩,谷口 嘉奈(ファイサ゛ー製薬株式会社)

(1)PI3K活性化分子機構

黒崎知博(関西医科大学・肝臓研究所分子遺伝学部門)

 B細胞抗原受容体(BCR)が抗原によりクロスリンクされると,先ず最初に3種類のチロシンキナーゼ(PTK),Lyn,Syk,Btkが活性化され,エフェクター群にシグナルが伝達された後,最終的にB細胞の増殖,分化,活性化というB細胞の運命が決定される。私たちは,PI3K-kinase(PI3K)がB細胞の活性化に必須というデータに基づきBCRがいかなる分子機構でPI3Kを活性化するのかという問題に焦点をあて解析を行ってきた。
 その結果,PI3K活性化にはB細胞特異的アダプター分子BCAPがSykにより燐酸化されることが必須であることを明らかにした。PI3Kはp85とp110サブニットから構成されているが,BCAPは燐酸化されることによりp85サブユニットのSH2ドメインと結合し,結果PI3Kを細胞膜の内コレステロール含量の多い特殊な領域,GEM分画にリクルートする。即ちBCAPは刺激依存性に,PI3Kの基質であるPIP2が豊富に存在するGEM分画にPI3Kを移行させることにより,PI3Kの活性化に寄与している。又,Rho family GTPases(Rac, Cdc42等)をターゲットとするGEF活性を有するVav3もPI3K活性化に寄与することが明らかになった。Vav3はBCAPとは異なり,PI3Kのリクルートメントではなく,p85/p110複合体の酵素活性を上昇さすことにより,結果PI3Kの活性化を誘起する。

(2)興奮性細胞におけるプロテインキナーゼC の活性化機構と基質のリン酸化変動

最上秀夫2,張恵1,小島至1
1群馬大学・生体調節研究所調節機構部門細胞調節分野 2浜松医科大学・第2生理)

 Protein kinase C (PKC) plays a pivotal role in a myriad of cellular functions. The ten isoforms of PKC that have been identified so far are classified into three categories based on structural differences in the regulatory domain. The activation mechanisms of two distinct classes of PKC, conventionalPKC (cPKC; PKCα) and novel PKC (nPKC; PKCθ) among them, have been examined by depolarization-evoked Ca2+influx through voltage dependent Ca2+ channels. We monitored translocation of PKCαGFP and PKCθGFP to the plasma membrane as a marker of PKC activity in INS-1 cells. The Ca2+ influx - induced translocations of PKCαGFP and PKCθGFP differed in their kinetics. The PKCαtranslocation, which was synchronous with the Ca2+ spike induced by the depolarization, was rapid and reversible, whereas the PKCθ translocation was slow and sustained. We also measured the phosphorylation state of the PKC substrate, myristoylated alanine-rich C kinase substrate (MARCKS), as a marker of PKC activity,by monitoring translocation of MARCKS -GFP with PKCα-DsRed. Translocation of MARCKS-GFP to the cytosol took place as soon as PKCα-DsRed translocated to the plasma membrane upon stimulation of Ca2+ influx. We have demonstrated that Ca2+ influx alone can activate cPKC as well as nPKC whose activation isstructurally independent of Ca2+.

(3)GTP結合タンパク質による伝達物質放出制御)

高橋 智幸(東京大学・大学院医学系研究科・機能生物学専攻・神経生理学教室)

 脳幹スライスの巨大シナプスthe calyx of HeldからCa電流をホールセル記録して神経終末端のG-proteinによるCa電流修飾作用を解析した。三量体G-proteinのβγサブユニットをシナプス前末端に注入するとCa電流が抑制されbaclofenによるCa電流抑制作用と衝突した。更に免疫組織化学染色は,この終末端にGoが存在しGiが存在しないことを示した。神経終末端GABAB受容体はGoβγによるCa電流の抑制を介して伝達物質の放出を抑制すると結論される (Kajikawa Y. et al., 2001, PNAS98, 8054)。
 神経終末端G-proteinの主要な役割を知るため前末端にGDP,GTPアナログを注入して伝達効率を検討した。GDPβSの投与によってEPSCの振幅は変化しなかったが,10Hz刺激によるシナプス抑制が増大し,刺激後の回復時間が遷延した。一方GTPγSの投与は連続刺激後の回復をブロックした。神経終末端G-proteinはシナプス小胞の補給に重要と結論される (Takahashi T. et al. 2000, Science289, 460)。

(4)シナプスから細胞骨格へのシグナリングの解析

尾藤晴彦(京都大学・大学院医学研究科・神経細胞薬理)

 脳の可塑性の根幹となるシナプス伝達効率の変化がいかなる分子機構によって長時間固定化されるかという点は謎につつまれている。我々はこの問題にアプローチする目的で,シナプス活動によって引き起こされる,シナプスから核へのシグナリングや,シナプスから細胞骨格への情報伝達経路について解析を進めている。神経細胞の形態制御は,軸索伸展・ガイダンス,さらにはシナプス形成など,神経発生の種々の過程において必要とされる。また,成熟した神経回路網においても,神経活動依存性にシナプスの形態的特徴が修飾されたり,情報伝達分子の局在が変化することが報告されている。このような空間的制御に関する事象の背景には,細胞膜や分子局在の非対称性を生み出す細胞骨格再編成が存在すると予想されているが,その詳細は明らかではない。
 そこで我々は,中枢神経細胞の細胞骨格動態とそれを支持する情報伝達機構を解析する目的で,GFPとアクチン分子の融合蛋白を作製し,adenovirusを用いて神経細胞に導入し,生きたCA1/CA3海馬神経細胞で神経細胞の形態やアクチン細胞骨格を可視化する手法の開発を行った。
 初代培養海馬神経細胞において,樹状突起上のGFP-actinの点状構造は部位によって異なった動きを示し,アクチン制御の多様性が示唆された。さらにGFP-actinは神経活動により速やかな分布の変化を示し,NMDA受容体を介したCa2+流入と電位依存性Ca2+チャンネルが,アクチン動態に対して全く異なる作用を及ぼすことが明らかになった。これらの実験データは,神経活動によって発生するカルシウム流入の組み合わせによって,細胞骨格再構築の分布が制御されている可能性を示唆している。

(5)樹状突起の局所カルシウムシグナルとシナプス可塑性

狩野方伸1,橋本浩一1,前島隆司1,吉田隆行1,宮田麻理子2
1金沢大学・大学院医学系研究科・シナプス発達・機能学 2東京女子医科大学・生理学第一講座)

 シナプス伝達の修飾と可塑性の機構を明らかにするために,小脳プルキンエ細胞をモデルとして,樹状突起における局所カルシウムシグナルとシナプス可塑性誘発との関連について調べた。まず,運動学習の基盤のひとつと考えられている平行線維−プルキンエ細胞シナプスの長期抑圧 (LTD) について調べた。遺伝子改変マウスを用いた一連の研究により,代謝型グルタミン酸受容体タイプ1(mGluR1)とその下流のシグナル伝達がプルキンエ細胞内で働くことがLTD誘発に必要であることを明らかにした。すなわち,mGluR1,三量体G蛋白Gqのαサブユニット(Gαq),フォスフォリパーゼCβ4 (PLCβ4)のノックアウトマウスにおいて,LTDが欠如していることを見出した。また,プルキンエ細胞特異的プロモーターであるL7を用いてラットmGluR1αをmGluR1ノックアウトマウスに導入したマウスでは,LTDがレスキューされた。さらに,私たちは,ミオシンVの異常によりプルキンエ細胞樹状突起スパインに滑面小包体と IP3受容体が存在しない自然発生ミュータントラットおよびマウスを調べたところLTDが完全に欠如していることが判明した。これらの動物では,形態に異常は認められず,免疫組織化学的検索からmGluR1の発現も正常であり,また基本的な電気生理学的性質も正常であった。さらに,プルキンエ細胞樹状突起にはCa2+ storeが存在し,そこからのIP3-induced Ca2+ release (IICR)はおこった。また,caged Ca2+を用いてスパイン内でCa2+遊離を起こすとLTDが誘発された。これらの結果は,mGluR1活性化に続き,プルキンエ細胞の樹状突起スパイン内部で局所的におこるIICRがLTD誘発に必須であることを示している。
 さらに,私たちはプルキンエ細胞の脱分極による一過性Ca2+濃度上昇によって引き起こされる興奮性および抑制性シナプス終末からの伝達物質放出の一過性抑圧を仲介する逆行性シグナルの実体を検索した。この現象は,グルタミン酸やGABAをはじめとするclassical neurotransmitterのブロッカーでは影響されず,カンナビノイドCB1受容体のアンタゴニストで消失した。また,この現象はCB1受容体ノックアウトマウスでは見られなかった。これらより,内因性カンナビノイドが逆行性シグナル伝達物質であると考えられた。

(6)膵ランゲルハンス島のインスリン開口放出の2光子励起法による定量的可視化

高橋倫子(岡崎国立共同研究機構生理学研究所・細胞器官研究系・生体膜部門)

 2光子励起顕微鏡法を用いてインスリン顆粒の生理的な開口放出過程を膵島標本で検出し,分泌の時・空間的特性を明らかにすると共に,融合細孔の動態を可視化解析する実験系を確立した。
 開口放出を検出するために,マウスより膵島を単離し,水溶性蛍光色素で還流し,2光子励起断層画像を経時的に獲得した。膵島内部に網目状の脈管構造が観察された。高濃度ブドウ糖液で分泌刺激を与えると,細胞内カルシウム濃度の上昇時期に同期して,径0.4μmの点状蛍光像が多数出現するのを解像した。検出の頻度は細胞内cAMP濃度にも依存し,インスリン顆粒の開口放出を示すと考えられた。これらの現象の多くは脈管から離れた間質において観察された。さらに種々の分子量をもつ蛍光標識デキストランや,脂質膜を染色するFM 1-43を同時に投与して検討した結果,半可逆的な融合細孔が数秒間にわたって形成され,径 1nmから10nmまで順次開大する時間経過が明らかになった。そして,融合細孔を構成する主たる成分が脂質であることが示唆された。融合した顆粒は,細孔の大きさが直径約10nmに達すると顆粒膜は速やかに平坦化する。この平滑化により,細胞間質で優位に起きる分泌物の拡散が促進されると考えられる。
 このように融合細孔の動態を明らかにするためには複数の蛍光色素を同時に励起して観察する必要があった。 2光子励起法では内部遮蔽効果が回避され,かつ励起スペクトルが広がるため,上に述べたような同時二重染色を要する検討が初めて可能となった。今回の研究により,インスリンの分泌が膜脂質で主に構成された孔を通って起きることが示唆された。マウスのベータ細胞では融合細孔の持続が3秒と長いので,この構造の形成維持に関わる分子や微細形態機構を解明する系に適している。

(7)GFP を利用した新規 ratiometric pH probe の開発

淡路健雄1,白川英樹1,宮崎俊一1,2
1東京女子医科大学・医学部第二生理
2岡崎国立共同研究機構・生理学研究所・分子生理研究系・細胞内代謝)

 三量体G蛋白質共役型受容体はその刺激においてリン酸化を受けることにより細胞内へ移行することがインターナリゼーションとして知られている。この細胞内へ移行した受容体は,分解過程へ進むものと,脱リン酸化して再度細胞質膜へ移行して,再利用されるものの二つの過程が有ることが知られている。細胞内をアルカリ化する事により,細胞膜への再分布が阻害されることより,再分布には酸性脱リン酸化酵素が重要な働きをしているものと考えられている。しかし,三量体G蛋白質共役型受容体が本当に酸性環境下で脱リン酸化を受けているのかどうか,また本当に酸性環境下で脱リン酸化を受けているとしてもその時空間的情報は知られていない。
 このような移動する蛋白の局在・移動とその存在する微少環境下のpHを測定するには,此までの古典的な細胞内pH測定法では不可能であった。この問題点を解決するため,GFP変異体を細胞に導入し,細胞内pHを測定する試みが行われているが,現状では蛍光強度の変化としてpH変化を記録するため定量性に問題があり,局在が変化する場合には適応が困難であった。また受容体はその発現が少ないために明るいGFP変異体を融合しなければ検出・局在の確認ができなのが現状である。今回我々は,定量性の問題点を解決するためH+感受性が異なり,励起波長は異なるが,蛍光波長がほぼ同一のGFP変異体を組み合わせた蛍光比によるpH定量プローブを作成した。この新規GFPプローブは,これまでの顕微カルシウム測定機器が利用可能であり,pKaがそれぞれ6.1と6.8と異なるpH測定レンジを持つものが作成出来た。このプローブを利用することにより,空間分解能の問題点が解決可能な細胞内小器官選択的pH測定と,アドレナリンα1b受容体融合プローブを作成する事により,リガンド刺激による受容体の細胞内移行と受容体近傍微少環境pH同時ができたので報告する。

(8)Multi-color Imaging

宮脇敦史(理化学研究所・脳科学総合研究センター・細胞機能探索技術開発チーム)

 Ca2+動態の多様な制御機構,および他のシグナル伝達系との相互作用を解析するためには,Ca2+濃度の時空間的な変化とともに,その上流,下流および他のカスケード動態とを同時に(同一の細胞で)測定することが必要である。そのために,どういうMulti-color Imagingの実験系を組むべきなのか。蛍光タンパク質をはじめとして色素の面から,また顕微鏡など光学的な面から考察を加えた。

(9)カルシウムシグナルのコーディング・デコーディング機構

飯野正光(東京大学・医学系研究科・細胞分子薬理学教室)

 多くの細胞内Ca2+シグナル機構に,IP3およびIP3受容体が関与している。IP3受容体を介するCa2+放出の活性化には,IP3だけでは不十分で,同時に至適濃度0.3 μM前後のCa2+を必要とする。このCa2+感受性が,IP3受容体の活性化にフィードバック制御をかけ,Ca2+ウエーブ/オシレーションなどのCa2+シグナルパターン形成に関わると予想されていたが,明確な証明は得られていなかった。我々は,IP3受容体サブタイプの全てを標的遺伝子相同組換えにより欠損させたDT40細胞株に,外因性IP3受容体を発現させる発現実験系を確立した。さらにこの細胞に対して,Ca2+ストア内Ca2+濃度可視化法を応用することにより,IP3受容体の構造・機能相関を解析する方法を確立した。この発現実験系を用い,Ca2+センサー部位をIP3受容体(1型)分子上に同定した。Ca2+センサー機能を低下させたミュータントIP3受容体を発現する細胞においてCa2+動態を調べると,アゴニスト刺激に続くCa2+濃度上昇速度が著しく低下するとともに,その後にみられるCa2+オシレーションが完全に抑制された。以上の結果から,IP3受容体から放出されたCa2+が,Ca2+センサーを介してチャネル活性に正帰還をかける機構が,Ca2+シグナルパターン形成に重要であることが実証された。
 さらに,このようなカルシウムオシレーションがどのようにして細胞機能を制御するのか,言い換えると,カルシウムオシレーションがどのようにデコーディングされるのかという機構も重要な問題である。我々は,カルシウム依存性脱リン酸化酵素カルシウニューリンによって,核移行が制御される転写因子NFATの細胞内動態とカルシウムシグナルの関連を詳細に解析してきた。この結果,NFATにはカルシウムシグナルを積分する機構が存在し,これがカルシウムオシレーションの頻度を検出して転写を調節していることが示唆された。

(10)ヒト培養気道上皮(16HBE)細胞における機械刺激後の細胞内Ca2+シグナルの伝播

錦谷まりこ1,竹村尚志1,安岡有紀子1,鈴木喜郎2,河原克雅
1北里大学・医学部・生理学,2東京工業大学・生命理工学部)

 ある細胞への機械的刺激は,細胞間(内経路,外経路)のシグナル伝達によりその属する細胞集団に伝わる。細胞内Ca22+濃度の時間的変化をfluo-3画像の解析によりもとめ,細胞外に放出される化学物質やgap junctionの役割を調べた。ヒト気道上皮細胞(16HBE)をコラーゲン塗布したカバーガラス上に培養し,30-40個の細胞集団(subconfluent)になったところで(継代培養2日目),細胞表面のpressing実験に使用した。丸く加工した微小ガラス管の先端部(径7-10 μm)で細胞表面を軽く圧すると(1-1.5 s),細胞内Ca2+シグナルが細胞間およびコロニーを越えて伝播した。標準溶液でのCa2+シグナル伝播速度と最大伝播距離は,10.7 ±0.3 μm/sと126 ± 0.6 μmであった。細胞外液からCa2+を除去し(+5 mM EGTA),同一の刺激を近傍の細胞に与えると,その伝播速度は8.1 ± 0.3 μm/sに低下し,最大伝播距離は変化しなかった。細胞外0Ca2+の条件では,機械刺激を受けた細胞のCa2+濃度は増加しなかったが,周囲の細胞にはCa2+シグナルが伝播した。gap junctionの阻害薬GAPI (18α-glycylrrhetinic acid, 10 μM)の存在で,伝播速度は8.9 ± 0.2 μm/sに低下した。PLCI(U73122)とsuraminは,伝播速度を低下させなかったが,最大伝播距離を有意に低下させた。これらの結果は,16HBE細胞は,機械的刺激に応じて何らかの化学物質を放出し,単一細胞への刺激が複数細胞に伝えることを示す。しかし,5 μM ATP前投与は,機械刺激後のCa2+シグナルの伝播を抑制しなかった。一方,上記の実験結果は,gap junctionを別のシグナルが伝搬することも示唆した。まとめ,16HBE細胞における機械刺激後の細胞内Ca2+シグナルの伝播には,独立した2経路が存在した。細胞外と内の2経路により伝達される2種類のシグナル伝播の速度がほぼ同レベルであることは,同期することが必要な細胞集団のシグナル伝達にとって必須と考えられる。

(11)虚血時における細胞内Ca濃度上昇,神経細胞死とCaチャネル制御)

田邊勉1,鳥山英之1,2,大野喜久郎2
(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科高次機能薬理学, CREST1 同 脳神経機能外科学2

 脳虚血時の神経細胞障害において,細胞内Ca2+濃度の上昇が非常に重要な役割を担っていることが知られている。電位依存性Ca2+チャネルは,Ca2+が細胞内に流入する経路の一つであり,虚血神経細胞障害の病態に深く関わっていることが予想される。現在までに数種類の電位依存性Ca2+チャネルのサブタイプが同定されているが,これらの内,RタイプのCa2+電流に寄与すると考えられているCaV2.3チャネル(α1Eチャネル)の機能は,特異的拮抗薬が長らく無かったため,不明であった。今回,我々はCaV2.3チャネル遺伝子欠損マウスを用いて,局所脳梗塞モデルと海馬スライスのCa2+イメージングの手法を適用することで,虚血神経細胞障害におけるCaV2.3チャネルの機能の解明を試みた。in vivo局所脳梗塞モデルでは,中大脳動脈閉塞後24時間の梗塞巣の大きさを比較したところ,遺伝子欠損マウスの梗塞巣は野生型に比べ有意に大きかった。海馬スライスを用いたin vitro Ca2+イメージングでは,虚血様環境(酸素・グルコース欠乏)により惹起される海馬CA1野の細胞内Ca2+濃度上昇は,野生型に比べ遺伝子欠損マウスにおいて有意に増強されていた。以上の結果から,虚血神経細胞障害の病態において,CaV2.3チャネルは何らかの保護的な作用を有していることが推測され,新たな脳虚血の治療法の可能性が示された。

(12)プロトン(H+)シグナルの制御と細胞機能

久野みゆき,森畑宏一,森啓之,酒井啓(大阪市立大学・大学院医学研究科・分子細胞生理)

 プロトンイオン(H+)は,細胞機能を調節する重要な因子であり,その濃度は通常狭い範囲にコントロールされているが,膜電位依存性H+チャネルは,脱分極によって開口すると短時間に大量のH+を排出し細胞内外のpH環境を瞬時に変えることができる。そこで私達はH+チャネルが細胞内外へプロトンシグナルを発信する機能を担うのではないかと考えている。H+チャネルに見られる高い温度依存性(high Q10)はその分子機構に直結する特性と考えれており,他のイオンチャネルと異なるユニークなイオン透過機構が提唱される根拠のひとつとなっている。私達は,high Q10がpH 勾配やcell swellingなど細胞内外の要因によって影響を受けることから,温度効果がH+チャネルの活性化状態によって左右されることを見い出した。H+チャネル活性は短期的・長期的に多様な調節を受けている。1−2度の温度上昇がチャネル開口の引き金となる場合から,温度変化がH+シグナルに殆ど影響を与えない場合まで,温度によるH+シグナルの制御が変動する状況が明らかになった。

(13)PDZ蛋白によるKirチャネルの位置と機能の制御

倉智 嘉久(大阪大学・大学院医学系研究科・情報伝達医学系情報薬理学講座)

 内向き整流カリウム(Kir) チャネルは,そのサブユニットはが膜2回貫通型の構造をもち,イオン選択フィルターとチャネルポアからなるもっとも単純な構造のイオンチャネルの一つである。Kirチャネルは4つのsubfamilyからなり,それぞれのsubfamilyが(1)静止膜電位の形成 (Kir2.0) (2)膜受容体依存性の興奮抑制(Kir3.0)(3)細胞内代謝と膜興奮の連関 (Kir6.0) (4)K+イオンの輸送 (Kir4.0, Kir5.1)という明確な細胞機能を担っている。Kirチャネルがこのような多彩な機能を担うには,他の蛋白によるKirチャネルの位置と機能の制御が役割を果たしている。最近までに我々の研究室であきらかになってきたいくつかのあたらしい蛋白−蛋白相互作用によるKirチャネルの制御に関して紹介したい。

(14)細胞の形づくりにおける時空間制御:SAチャネル,接着斑,細胞骨格

曽我部正博1,2,早川公英2,河上敬介1,辰巳仁史1,成瀬恵治1,2
1名古屋大学・医学部・大学院医学研究科 2科学技術振興事業団・細胞力覚プロジェクト)

 細胞には,内外の力で生じた変形に適応するように(e.g.応力最小)形を変える能力がある。言い換えると,細胞は変形を感知してその情報を形に変換する。例えば不定型な培養内皮細胞は,一方向周期伸展刺激に応じて,血管内でみられるような伸展軸に垂直な紡錘形へと能動的に変形する。この仕組みを理解するには,変形感知から形態形成に至る信号の流れを理解しなければいけない。我々はこれまでに,SAチャネルから細胞内Ca2+の上昇,接着斑蛋白質のチロシン燐酸化を経てインテグリンの再分布に至る経路を明らかにしたが,これだけでは,方向感知と極性形成の仕組みを説明できない。そこで方向センサーの候補として,極性構造を持つ細胞骨格の役割について解析した。その結果,細胞骨格を通して伝わる機械刺激によってインテグリンの動態が修飾されることが分かり,細胞骨格/インテグリン系が方向センサーと極性形成装置になりうることが示唆された。

(15)TRP関連Caチャネルのレドックス及び蛋白質輸送機構による活性制御

森 泰生(国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター・生命環境研究領域)

 形質膜越えのCa流入は,細胞内Caイオン濃度の主要な調節機構の一つであると同時に,膜電位の脱分極を担うという生理的意義を有する。最近,Ca流入経路としては,受容体活性化Caチャネル(Receptor-activated Ca channel)(RACC) 群が注目を集めている。RACCはTRP遺伝子スーパーファミリーによってコードされているが,我々はPI応答と連関し細胞内外のCaやセカンドメッセンジャー群によってそれぞれがユニークな活性調節を受ける,7つのTRP Caチャネル(TRP1-7)を見い出した。これらのなかでも脳に豊富に発現しているTRP5は,細胞外Ca濃度の増減に対応して活性が制御される。細胞外Caは低レベルながらも自発活性を有するTRP5を透過し,Ca-calmodulin依存性のmyosin light chain kinaseを活性化し,リン酸化によりTRP5を形質膜への挿入を維持すると考えられた。一方,TRP1欠損DT40 B細胞を用いた結果より,TRP1はストア依存性のCaチャネル形成のみならず,ERからのIP3受容体によるCa放出をも調節し,Ca振動の発生に寄与することが示された。即ち,TRPは細胞内膜系やタンパク質輸送系と密接に連関し活性が制御され,TRP自身がそれを維持する分子構築の形成にも寄与すると思われる。
 7つのいわゆるTRPホモログに加え,数10microMのH2O2等,活性酸素種(Reactive Oxygen Species)によって活性化開口する新規Ca透過型カチオンチャネルROSC1を同定した。本ROSC1チャネルの直接の活性化トリガーは,H2O2等の処理によって増加するニコチンアミドの結合と考えられる。また,活性酸素種により惹起される細胞死をROSC1が仲介することが示唆された。さらに,ROSC1チャネルだけでなく,TRP1-7の活性制御にも活性酸素種による酸化が必要であることを見い出した。このように,活性酸素種はTRP関連チャネルの正常な活性維持にも深く関与しており,細胞レドックス状態を感受してCaシグナルに変換するTRPの生理学的意義が示唆された。TRPチャネル群の分子・機能的多様性は,特定の神経機能の惹起に必要な,Caシグナル及び膜電位変化の空間的・時間的パターン制御の重要な基盤であると考えられる。


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