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15.定量的高分解能電子顕微鏡法「三次元電子顕微鏡観察」

2001年12月5日
代表・世話人:永山國昭(統合バイオサイエンスセンター)
所内対応者:永山國昭(統合バイオサイエンスセンター)

(1)
超高圧電子顕微鏡による三次元画像解析
有井達夫(生理研)

(2)
大脳皮質GABA細胞のシナプス構造
窪田 芳之,川口泰雄(生理研)

(3)
唾液分泌の3次元電子顕微鏡観察
村上政隆(生理研)
Alessandro Riva (Cagliari大学医学部)

(4)
A Novel Phase-contrast Transmission Electron Microscopy Producing High-contrast Topographic Images of Weak Objects
Radostin Danev,永山國昭(統合バイオサイエンスセンター)

(5)
電子線結晶学による高分解能膜蛋白質構造解析
光岡 薫(京都大学理学研究科)

(6)
新たな手法に基づく蛋白質複合体の3次元構造解析
片山栄作,市瀬紀彦(東京大学医科学研究所)
宮林信治,高橋透友,馬場則男(工学院大学電気工学科)

(7)
Electron Tomography for everyone
Auke van Balen(FEI)

(8)
CT法によるTEM像の3次元再構成ソフトウェア −アルゴリズムの改良とその応用−
古河 弘光(日本電子システムテクノロジー(株))

【参加者名】
西沢祐治(名古屋大大学院),林田 竜(名古屋大),林直子(名古屋大),宮津 基(名古屋大),熊切葉子(浜松医大),津山新一郎(鹿児島大),鈴木龍雄(信州大),金子康子(埼玉大),片桐展子(東京女子医大),村上政隆(生理研),蛭薙観順(名古屋大博物館),富田 亮(藤田保健衛生大),有井達夫(生理研),樋田一徳(徳島大),柿林博司(日立中研),西岡秀夫(日本電子),山田直子(カリフォルニア大),村田 隆(基生研),古河弘光(日本電子システムテクノロジー),明坂年隆(朝日大学),田中 収(日立バイテクノロジーズ),清水美代子(日本電子システムテクノロジー),中澤英子(日立サイエンスシステムズ),長沖 功(日立ハイテクノロジーズ),鷹岡昭夫(大阪大超高圧電顕センター),石塚和夫(HREM),平田由紀子(日本FEI),渡辺泰輝(日本FEI),佐藤泰彦(日本電子),石原陽介(花市電子顕微鏡技術研究所),矢武皓一(日立ハイテクノロジーズ),前田英三(名古屋大),高橋透友(名古屋大),宮林信治(名古屋大),薗田知秀(国際基督教大),森島美絵子(大阪大),柳川右千夫(生理研),金子兼一(生理研),及川哲夫(日本電子),金関 悳(生理研),鐘ヶ江有宜(大阪大),松田哲明(大阪大),伊藤嘉邦(生理研),丹司敬義(名古屋大),大砂 哲(東北大),寺崎 治(東北大),劉 崢(東北大),根本知己(生理研),酒井雅弘(分子研),岸本拓哉(生理研),松本友治(生理研),新美 元(藤田保健衛生大),田中 稔(名古屋大機器センター),奥谷家充(日立ハイテクノロジーズ),藤田芸彦(日本電子),伊藤正樹(佐賀医科大),臼田信光(藤田保健衛生大),亀谷清和(信州大学),佐原紀行(松本歯科大),重本隆一(生理研),田中信夫(名古屋大),臼倉治郎(名古屋大)

【概要】

 電子顕微鏡の画像は2次元画像である。ただし透過型と走査型では得られる画像情報が異なり,前者は対象物の(z方向)投影2次元像,後者は対象物のトポグラフィー(地形図)である。これらの画像から対象物の3次元的情報を得る方法について議論した。8人の演者による講演を顕微鏡における3次元再構成法の一般論から分類すると以下のようになる。

3次元再構成法

 特に日本が世界からおくれをとっている傾斜法トモグラフィー(ラドン変換を用いる手法)について集中的な議論がなされた。医学,生物学への応用において電子顕微鏡3次元再構成法全般にわたっての議論はこれまでほとんど行われなかったため多数の参加があった。参加者にとってこの分野の全体を俯瞰できる良い機会であるとともに将来の方向についての見通し(トモグラフィーとトポグラフィーの使い分け)が得られたと思う。

(1)超高圧電子顕微鏡による三次元画像解析

有井達夫(生理研)

 超高圧電子顕微鏡は,試料に対して電子線の透過能が高く色収差による像のぼけも少なくなるので厚い試料(〜5μm)でも比較的高い解像度(〜15nm: 1,000kV)で観察することができ,生体の生理機能を解明する際に有効な手段となる。結像に用いている電子線は開き角が狭いので,適当な倍率では,切片内の構造はほとんどぼけることなく結像している。そこで試料を傾斜させて撮影した2枚の写真(±θ°)を立体視することにより3次元的な形態を明瞭に識別することができる。この目的には,試料を傾斜しても視野中心が対物レンズに対して変化しないようにすることが可能なZコントロール機構を持つサイドエントリー傾斜台が,不可欠である。
 そこで,生理学研究所に1982年3月末に,超高圧電子顕微鏡の医学生物学分野への応用を目的として,±45度(現在は±60度)の傾斜機能を持つサイドエントリー傾斜台を備えた超高圧電子顕微鏡(H-1250M 型)が,日立製作所の協力を得て導入された。最高印加電圧 1,250 kV(常用1,000 kV)という高エネルギーの電子線を用いて細胞の超微細形態を観察する大型装置(高さ 8m,重さ 17t)である。特に,立体像観察が容易に行える点に特徴を持っている。2001年現在においても,3台のイオンポンプと5台のターボモレキュラーポンプを使用してのクリーンでドライな真空(試料位置で〜7×10-6Pa)を実現している。この装置により撮影された傾斜像を三次元解析するに当たってのハード面からの特徴を述べるとともに,立体像解析法および電子線トモグラフィー法による厚い生物試料に対する三次元微細構造の解析の応用例を示す。

(2)大脳皮質GABA細胞のシナプス構造

窪田芳之,川口泰雄(生理研)

 大脳皮質は高次脳機能の座として,我々の行動の根幹をなしていることが広く知られている。しかし,大脳皮質の局所微細神経回路がどのように働いているのかほとんど知られていない。私達は,その機能的構築を理解するために,非錐体細胞のサブタイプそれぞれのシナプスの構造を検討し解析したので報告する。fast-spiking細胞とダブルブーケ細胞の神経終末のターゲットは,主に樹状突起,わずかに棘突起,細胞体であったが,マルチノッティ細胞とlate-spiking -ニューログリアフォーム細胞は,より細い樹状突起と棘突起の頭部,細胞体であった。これらの棘突起頭部には,ほとんどの場合別の非対称性神経終末が入力していた。上記4種類の非錐体細胞の神経終末が形成するシナプス結合部位の面積は,シナプスを受ける樹状突起・棘突起の周径や体積に比例して増加したが,その比例係数はサブグループで異なっていた。

(3)唾液分泌の3次元電子顕微鏡観察

村上政隆(生理研)
Alessandro Riva (Cagliari大学医学部)

 腺房細胞における分泌界面は二つの細胞間に存在する分泌細管ICであり,正確な情報を得るためには,走査型電子顕微鏡観察による三次元観察が必要である。耳下腺の血管潅流標本を用い,透過・走査電子顕微鏡をにて,ICと周辺微細構造を分泌経過にそって観察した。ムスカリン受容体刺激ではIC周辺のrERの拡張,mitochondoria電子密度増加,まばらな開口放出像,microvilli減少,ICの初期一過性拡大を観察した。βアドレナリン性受容体を同時に刺激すると,ICに多くの開口分泌がみられ,その周辺にさらに分泌顆粒が開口分泌する像が観察された。またmicrovilliは消失し,IC周辺のrERの拡張,mitochondoria電子密度増加も同時に観測された。分泌活動時のrERの拡張は細胞内Ca代謝と,mitochondoria電子密度増加はエネルギー代謝増加と関連づけられた。また,開口分泌像の増加は管腔膜面積の増大を示すが,同じ刺激条件下で水分泌の促進は観察できず,管腔への水輸送経路について検討した。

(4)Difference-contrast Transmission Electron Microscopy−A Novel Topographic Imaging with TEM

Radostin Danev,永山國昭(統合バイオサイエンスセンター)

 Phase object imaging with conventional TEM (CTEM) is severely impaired by the inherent sine phase contrast transfer function (CTF). We present a newly developed type of phase contrast for TEM utilizing a half-plane thin film phase plate - Difference-Contrast (DC). The image formation mechanism is similar to that of the Differentional Interference Contrast (DIC) in light microscopy but is achieved through a novel approach. Images acquired using Difference-contrast TEM (DTEM) show pseudo-topographic representation of the object and demonstrate higher overall contrast compared to CTEM. Contrast transfer theory for the DTEM is presented. The phase information is transferred through a CTF with consine enevelope and odd character in direction normal to the edge of the phase plate. Simplereconstruction procedure is proposed removing the odd part of the CTF and giving as a result Phase-contrast TEM (PTEM) type images. Reconstructed DTEM image and CTEM image of the same sample area could be used as input pair for complex reconstruction of the object wave.
 Various practical problems and limitations in the application of DC were discussed.

(5)電子線結晶学による高分解能膜蛋白質構造解析

光岡 薫(京都大学院理学研究科)

 いくつかの膜蛋白質は容易に二次元結晶を形成するのが知られており,電子線結晶解析を用いて原子レベルの分解能で構造を決定することができる。そこで,ここでは電子線結晶解析の現状を簡単に紹介する。まず,最初に二次元結晶を作成するが,その結晶の振る舞いは結晶中の膜蛋白質の相互作用により二種類に分けることができる。次に,その二次元結晶から電子回折図形と電子顕微鏡像の解析を行う。電子顕微鏡像は結晶の歪みの補正が必要であり,そのため比較的複雑な画像解析を行うが,その過程も最近の計算機の進歩により非常に高速になってきている。最後に,解析されたデータを用いて原子モデルの作成と最適化を行うが,そこでは二次元結晶特有の注意が必要である。以上のような過程を経て,良い二次元結晶さえ得られれば,水分子を観測できるような高分解能でX線結晶解析とほとんど同じモデルを得ることができる。

(6)新たな手法に基づく蛋白質複合体の3次元構造解析

片山栄作,市瀬紀彦(東京大学医科学研究所)
宮林信治,高橋透友,馬場則男(工学院大学電気工学科)

 急速凍結ディープエッチ・レプリカ電子顕微鏡法によれば,溶液中や細胞内で起きるさまざまな生命現象を一瞬に固定し,現象に携わる蛋白質の構造を高分解能で観察できる。われわれは,そのような試料の連続傾斜像からコンピュータ画像処理を用いて対象の3次元構造を解析するための一連の手法を新たに開発し,分子モーター蛋白質の作動メカニズムの解明に応用してきた。本方法の特長は,個々の蛋白質分子表面の凹凸プロファイルを一切の平均化なしに捉えられることであり,それらの3次元再構成あるいは既存の構造モデルとの比較により,分子内で起きている微細な構造変化を推定する事も可能である。本講演では,アクトミオシン系の構造変化の解析を例として,『1分子生理学』と『構造生物学』との有機的結合を目指すそれら新手法の概要を示す。また本方法を,細胞内の多種類の蛋白質の構造を一挙に捉える『構造ゲノミクス』の手段とする試みを紹介する。

(7)Electron Tomography for Everyone

Auke van Balen(FEI)

 Electron tomography is versatile method for obtaining three-dimensional images with a Transmission Electron Microscope. The principle is relatively simple: take a number of projection images from the sample at various tilt angles, do a 2D Fast Fourier Transform of each image. The transformed images are used to construct a 3D volume in Fourier space, from which the image of the sample can be computed by performing an inverse 3D Fast Fourier Transform. The fact that an object can be reconstructed uniquely from its projections is know as the Radon’s theorm, dating back as far as 1917. In practice, things are usually far less simple than its theory A painstakingly attention to details has to be given to be able to apply this method correctly with actual instruments in order to obtain scientifically significant results. Until very recent, only a handful of top institutes in the world were sufficiently equipped to successfully do this. Modern Transmission Electron Microscopes like FEI’s Technical are completely computer controlled, making it possible to perform all corrections and adjustments automatically. Due to the increase of precision in the specimen stages far less corrections related to mechanical imperfections need to be applied than was the case on older generation of instruments. It means that electron tomography, once regarded with awe as an art in itself, is nowadays becoming well within the reach of every researcher interested in the 3D structure of his samples.

(8)CT法によるTEM像の3次元再構成ソフトウェア
- アルゴリズムの改良とその応用 -

古河弘光,清水美代子(日本電子システムテクノロジー)

 本年春,我々は市販アプリケーションとして初のCT法による電子顕微鏡像の3次元再構成システムを製品として発表した。その後,本システムを使って各分野における試料の3次元再構築を試みたところ,試料の作成法や撮影に関する多くの知見を得ることができた。また,いくつかの問題を確認するに至り,本システムの運用技法の確立と最適な3次元像を得るための補正アルゴリズムの開発を行ってきた。その報告を行う。


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