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統合生理研究施設

高次脳機能研究プロジェクト

【概要】

2002年度は部門創設時からのメンバーであった小林康助手が大阪大学生命機能研究科助教授に昇任,転出し,佐々木千香技官も組織改変にともなって動物実験センターに異動した。これで1996年に伊佐が赴任した当初のメンバーは全員が入れ替わったことになる。小林助手に代わって遠藤利朗非常勤研究員が助手に着任し,佐々木技官に代わって生体システム研究部門から森将浩技官が加わり,高次液性部門で技術補助をしていた柴田愁子さんに宮下客員教授の任期終了とともに異動していただいた。また2001年度に着任していた関和彦助手が本格的に活動を開始するなど,2002年度は人的に研究室の大きな転換期であったといえる。研究内容の面では,従来の中心的なテーマであった眼球のサッケード運動系の研究について,まずサルを用いた慢性実験は大学院生の渡邊雅之君が小林助手の実験を引き継ぎ,スライスを用いた上丘局所神経回路の研究は遠藤助手と名古屋大学から受託大学院生として加わった李鳳霞さんが続行した。一方大学院生の実験系も展開をはじめた。坂谷智也君は覚醒マウスの眼球サッケード運動系を定量的に解析するシステムを完成させ,上丘のマップ構造を解析し,勝田秀行君は麻酔下のラットで上丘の局所神経回路を電気生理学的に解析した。さらに2000年以来Human frontier Science Programから助成を受けている,霊長類の脊髄介在ニューロン系の運動制御に対する寄与を明らかにする研究についてはスウェーデン・ウメオ大学のAlstermark教授が6-7月に来日し,サルを用いた急性電気生理実験と慢性脊髄損傷実験を精力的に行なった。その成果の一部を報告するため,7月の日本神経科学学会大会では「脊髄介在ニューロン系に関する新しい展開」と題するシンポジウムを主催した。

 

ラット上丘における浅層-中間層投射の解析

勝田秀行,伊佐 正

イソフルレン麻酔下,非動化したWistar ratにおいて視神経を電気刺激し,それに対するフィールド電位応答を反対側の上丘において記録した。通常500mA以下程度の弱い刺激では視神経を構成する線維のうちY線維のみが刺激され,それ以上の刺激強度ではW線維も活性化された。これまでのFukudaら(1977)の報告どおり,通常Y線維は上丘浅層の比較的深い部分にシナプス結合することで陰性フィールド電位を形成し,W線維は最も浅い部分にシナプス入力する。そしていずれも連発刺激をおこなっても,中間層より深い部分には陰性フィールド電位をほとんど誘発しなかった。そしてbicuculline 10mMを1ml上丘中間層に注入すると,中間層から深層において数百ミリ秒から1秒以上持続する顕著な陰性電位が誘発されるようになった。この電位はY線維のみが刺激される強度でも連発刺激を行なうことで誘発できた。この長時間持続する陰性フィールド電位は同側の大脳皮質を完全に除去しても残ったことから,皮質下の構造,特に上丘浅層を介して中間・深層に伝えられた興奮性入力によって誘発されるものと考えられた。そしてさらにNMDA型グルタミン酸受容体の拮抗薬であるAPV 50 mM 1mlを注入することで消失した。以上の結果は成熟ラットの個体レベルにおいてもこれまでの幼弱ラットのスライス標本で示されたのと同様に(Isa et al. 1998),上丘浅層から中間・深層にいたる興奮性伝達経路が存在し,bicucullineによってGABAA受容体を介する抑制を解除した状況でNMDA受容体依存性に強い興奮が中間・深層に誘発されることを示している。

 

ラットの皮質脊髄路から上肢筋運動ニューロンへの興奮伝達経路

Bror Alstermark, Jun Ogawa(スウェーデン・ウメオ大学生理学)
伊佐 正

aクロラロース麻酔,非動化したWistar ratにおいて上肢筋運動ニューロンより細胞内記録を行い,反対側延髄錐体の電気刺激効果を解析した。その結果,延髄錐体の電気刺激は潜時2ms程度の早いEPSPと潜時3-5ms程度のゆっくりしたEPSPを誘発させることが明らかになった。そして早いEPSPは2シナプス性であって,一部の報告にあるような単シナプス性の結合は見出されなかったことからラットにおいては皮質脊髄路細胞は上肢筋運動ニューロンと単シナプス性結合はしないことが明らかになった。そしてこの2シナプス性のEPSP及び遅いEPSP成分が脳幹,脊髄のどの部分の介在ニューロンを会して誘発されるのかを解析した。すると,脊髄後索を切断することで,C2レベルで皮質脊髄路を切断しても早いEPSP成分は残ったことからこれらは脳幹の網様体脊髄路細胞を介することが明らかになった。そして網様体脊髄路細胞や脊髄固有細胞の軸索が通過する側索と前索をC2レベルで切断すると早いEPSP成分は消失し,遅い成分のみとなった。この遅い成分はほとんどが3シナプス性以上の成分であると考えられた。以上の結果から,皮質脊髄路から上肢筋運動ニューロンにいたる最短の経路は網様体脊髄路細胞を介する2シナプス性の経路であり,それに加えて脊髄介在ニューロンを経路を介する3シナプス性以上の経路が遅いEPSP成分を誘発させることが明らかになった。

 

霊長類大脳皮質―脊髄介在ニューロン投射について

大木 紫(杏林大学生理学),Bror Alstermark(スウェーデン,ウメオ大学生理学)
関 和彦,伊佐 正

aクロラロース麻酔,非動化したマカクザル(ニホンザル3頭,アカゲザル2頭)において上肢筋運動ニューロンから細胞内記録を行ない,反対側の一次運動野,運動前野,補足運動野,帯状回皮質の電気刺激効果を解析した。一次運動野,運動前野においては銀ボール電極による表面の刺激を行い,補足運動野,帯状回皮質はタングステン電極を刺入して刺激を行なったところ,単シナプス性のEPSPは一次運動野に限局して誘発された。そして静脈内にストリキニン0.1 mg/kgを注入すると運動前野,補足運動野,帯状回皮質などから潜時5-7ミリ秒程度の長いEPSPが誘発されるようになった。次に運動ニューロンに皮質脊髄路からの入力を伝達することが知られている脊髄介在ニューロンの存在するC3-C4髄節の中間帯の介在ニューロンから記録を行なったところ,一部のニューロンにおいて腹側運動前野の電気刺激によって単シナプス性のEPSPが誘発された。以上の結果は霊長類において一次運動野以外の皮質から脊髄固有ニューロン系を介して上肢筋運動ニューロンにいたる経路が存在していることを示唆する。

 

霊長類の頚髄C5レベルにおける皮質脊髄路の切断が手指の運動に与える影響について

Bror Alstermark(スウェーデン,ウメオ大学生理学)
Lars-Gunnar Pettersson(スウェーデン,イェテボリ大学)
佐々木成人(東京都神経研)
関 和彦,伊佐 正

我々はマカクザルにおいて,皮質脊髄路から直接運動ニューロンに結合する経路に加えて,頚髄C3-C4髄節に存在する脊髄固有ニューロンを介する2シナプス性の経路が存在することを明らかにしてきた。今回,この脊髄介在ニューロンを介する2シナプス性の経路が運動にどのように寄与し得るかを明らかにするため,皮質脊髄路から運動ニューロンにいたる直接経路を脊髄レベルで切断し,介在ニューロンを介する経路のみを残したときの運動を解析した。ニホンザル2頭をモンキーチェアに座らせ,サルの正面に設置された直径3センチのチューブからサツマイモのかけらを繰り返し提示し,それを親指と第二指で把持する運動課題を訓練した。訓練終了後,外科的手術によってC5レベルで脊髄側索背側部を切断し,切断直後から同様な運動課題を行わせた。その結果手術後1-3週間の経過で手指を用いた器用な運動機能の回復が認められた。この事は脊髄介在ニューロンに対して適切な入力が入れば,直接経路が存在しなくても個々の指を別々に動かすような器用な手指の運動が可能であることを示唆している。

 

 

感覚・運動機能研究プロジェクト

【概要】

本研究室では,脳波(EEG)と脳磁図(MEG)を用いて,人間の脳機能の研究を行なっている。2002年度の最大のトピックスは,2001年度の概算要求で認められた新しい脳磁場計測装置(脳磁計)が稼動を開始したことである。これは頭部全体を覆うタイプ(全頭型)であり,306個のセンサーを用いて詳細に脳機能を解析する事が可能である。この脳磁計を用いた研究論文が既に数編完成している。

1991年に導入された脳磁計は,当時としては世界最新鋭のものであったが,既に導入後10年以上が経過しており,現在は最も古いタイプの機器となってしまった。技官諸君の注意深い維持により,現在でも現役の機器として活躍しているが,全頭型ではないため,1回の測定では記録できない部分があり,最近はそれを理由にして論文が採択されない事がおこってきていた。理不尽とは思うが近年の非侵襲的脳機能研究の急速な進歩を考慮すれば仕方の無い部分もある。しかし,古い脳磁計のコイルは軸型,新しい脳磁計のコイルは平面型であり,各々一長一短がある。実際,研究対象によっては軸型コイルの方が優れている領域もあり,現在は2台の機器を用途によって使い分けている。

また,2001年度に導入された機能的磁気共鳴画像(fMRI)(心理生理部門の管轄)を用いた研究も徐々に開始しており,今後はさらにMEGとfMRIの両方を用いた研究が増加していくものと考えられる。空間分解能に優れたfMRIと時間分解能に優れたMEGの各々の長所を生かした研究が今後は重要と考えている。

本研究室の特徴である「幅広い領域,分野の研究」は2002年度も継続しており,体性感覚,痛覚,聴覚,視覚などの各種感覚刺激に対する誘発反応の研究を行なっている。体性感覚では第1次および第2次感覚野での反応の詳細な研究を行なっている。痛覚では,従来は記録不可能と考えられていた無髄C線維刺激による脳反応の研究を進めている。これはsecond painに関連するものと考えられており,将来の研究の発展に期待がかかっている。また乾幸二助手が開発した表皮内電気刺激法は,簡便な方法であり,しかも被験者の負担が少ないという大きな長所を有しており,高い注目を集めている。聴覚系では,カナダのトロントのPantev教授との共同研究を推進しており,本研究室から数名の研究者が留学しており徐々に成果が現れつつある。視覚系では,金桶吉起助教授のグループの「運動視」に関する研究成果が着実に成果を上げており,特に運動のスピードと脳反応との明瞭な相関関係が示された事は特筆すべき成果である。また「顔認知」の研究では,他者の視線方向の変化による脳反応の相違を明らかにした。また,心理学で以前より知られていた「倒立顔効果」の脳内機序を明確にすることに成功した。

 

視覚性運動速度検出の脳磁場と機能的磁気共鳴画像による研究

金桶吉起,川上 治,丸山幸一,柿木隆介
定籐規弘,岡田智久
米倉義晴(福井医科大学)

ヒトは早く動いている物にはより速く反応することができる。しかしこのメカニズムはかならずしも明確ではない。我々はレーザー光の光点が一定の速度で運動をするときその運動開始に誘発される脳磁場反応を測定し,その反応特性をヒトの反応時間と比較,検討した。また,同じ刺激に対する脳活動の局在を機能的磁気共鳴画像にて検討した。脳磁場反応の潜時は速度に逆比例し,振幅は比例した。これらの変化は刺激提示時間や運動距離によらず運動速度そのものによって起きていることがわかった。 また,このような速度による変化は10msの提示時間で十分起きることがわかった。反応の信号源はいつもヒトMT+付近に推定され,機能的磁気共鳴画像との一致を見た。反応時間も速度に逆比例したが,脳磁場反応の潜時変化では説明できなかった。これは脳の情報処理過程が段階的に進むのでなく,視覚系の情報処理速度が認知,運動系の情報処理過程に影響を及ぼしていることを示す。(Human Brain Mapping 16, 104-118, 2002)

 

ランダムドット運動に誘発される脳磁場反応

金桶吉起,丸山幸一,柿木隆介

ランダムに散りばめられたドットが速さは同じだが方向はまったくランダムに動いている状態で,その数%のドットが一方向に動いているとき,ヒトはその方向を検出することができる。これはヒト視覚系が広い視野内で運動方向の情報を集めて統合するメカニズムを持っているからであると考えられる。では,方向がランダムで全体に方向ベクトルがゼロであるときには,このような空間的な統合は行われないのであろうか? 我々は,100%同じ方向に動くランダムドットの運動と,全てランダムな方向に動く運動刺激に対する脳磁場反応を測定して,比較検討した。いずれの刺激も,ドットの運動速度に反比例して反応潜時が変化し,その信号源はいつもMT+付近にあった。これは,ヒト視覚系が運動方向のみならず,運動速度の情報も空間的に統合しうることを示唆しており,現在進行している研究においても支持するデータがでている。(Neuroscience Research 44, 195-205, 2002)

 

The voice-specific process revealed by neuromagnetic responses.

軍司敦子
Daniel Levy (The Hebrew University of Jerusalem, Jerusalem, Israel)
石井良平(大阪大学大学院医学系研究科)
柿木隆介
Christo Pantev (The Rotman Research Institute for Neuroscience, Toronto, Canada)

ヒトの声受容に関する特異的な脳活動について,MEGを用いて検討した.健常成人11名を対象に,基本周波数,持続時間や強度が等しく統制された[1]ヒトの声や[2]楽器音を聴取しているときの聴覚誘発脳磁場(Auditory Evoked magnetic Field: AEF)反応を記録した。どちらの音に対しても,刺激音呈示後100 msで頂点を示すN1m成分とそれに続くSF (sustained field)成分とが出現し,それらの発生源は左右半球のHeschl's回に推定された。N1m成分の発生源における活動は刺激間に有意差は認められなかったが,SF成分では楽器音よりもヒトの声に対してより大きな活動が認められた。(Proceedings of the 13th International Conference on Biomagnetism. 2002. pp.68-70.)

 

C線維を上行する信号による大脳活動:脳磁図による研究

TD Tran,乾 幸二,宝珠山 稔,K Lam,秋云海,柿木隆介

我々が考案した極小野低強度レーザー刺激法を用いて皮膚C線維を選択的に刺激し,それに伴う大脳活動を脳磁図により検討した。15名の健康成人で手背に極小野低強度炭酸ガスレーザー刺激を行ったところ,9名の被験者で明瞭な磁場反応が得られた。初期磁場成分頂点潜時は刺激対側が746ミリ秒,同側が764ミリ秒であり,同側半球での反応に有意(p<0.005)な遅れがあった。初期磁場成分の等磁場線図は5例では単一信号源パターンを示したが,残りの4例では複雑な複数信号源パターンであった。単一信号源パターンの5例では,信号源は両側第二次体性感覚野(SII)に推定された。単一信号源では説明できなかった4例では,両側SIIに加えて刺激対側第一次体性感覚野(SI)に活動が認められた。活動の立ち上がりおよび頂点潜時は刺激対側のSIとSIIの間で差がなかった。この結果より,C線維を上行する信号の大脳処理過程の初期段階ではSIとSIIが並行して活動すると考えられる。

(Tran et al.: Neuroscience, 113: 375-386, 2002)

 

炭酸ガスレーザー刺激誘発C線維関連脳電位に対する注意及び睡眠効果

秋 云海,乾 幸二,王 曉宏,Tuan Diep Tran,柿木隆介

低強度のレーザー光を狭い領域に照射する方法を用いて皮膚C線維受容器を選択的に刺激し,C線維関連誘発脳電位を記録した。Control(課題なし),Distraction(暗算課題),Attention(刺激の数を数える),Stage1睡眠およびStage2睡眠の5条件で誘発電位の陽性成分(P1)の振幅および潜時を比較した。P1潜時は5条件で差がなかった。P1振幅は,Controlと比べてAttentionではやや増加する傾向であったが有意な差はなかった(p=0.2)。Distractionでは著明に減弱した(P=0.01)。睡眠中(Stage1, Stage2とも)はP1の反応はほぼ消失した。C線維関連誘発脳電位を記録する場合,被験者の刺激に対する注意状態や覚醒度の把握が非常に重要である。

(Qiu et al., Clin Neurophysiol 113:1579-1585, 2002)

 

「方向の異なる目の動き」を見るときの脳活動

渡辺昌子,三木研作,柿木隆介
Aina Puce (Center for Advanced Imaging, Department of Radiology, West Virginia University, USA)

私達はこれまで,「目の動き」を認知するときには「一般的な動き」と同様にヒトの運動視中枢,MT/V5野が活動するが活動の潜時と活動源の推定位置に違いがありMT/V5野の中に機能特異性が存在する可能性が示唆されることを報告してきた。

今回さらに「目が合う」「目がそれる」動き,また「左右への動き」によるMT/V5野の活動の違いを検討した。いずれの目の動きに対しても明瞭な誘発脳磁場が記録され,その活動源はMT/V5野に位置推定された。「目が合う動き」に対して推定された活動源の電流双極子モーメントは「目がそれる動き」よりも大きく,推定位置は目が合う動き」のほうが「目がそれる動き」に対するものより有意に前方であった。目の動きの左右方向で脳活動に違いは認められなかった。このことから,MT/V5野における早期の視覚情報処理過程において「目が合う・それる」という高次の情報が既に区別されていることが示唆された。

 

「口の動き」を見るときの脳活動

三木研作,渡辺昌子,柿木隆介
Aina Puce (Center for Advanced Imaging, Department of Radiology, West Virginia University, USA)

私達はヒトの顔認知機構について脳磁図用いた研究を進めている。これまでに「目の動き」を認知するときの脳活動を報告してきたが,今回「口の動き」を認知する場合の脳活動を記録し「目の動き」と比較検討した。仮現運動現象を利用し「口が開く(閉じる)動き」「目の動き」刺激を用いた。「目の動き」と同様に「口の動き」に対して潜時150-250msに誘発成分が認められ,その電流双極子は中側頭葉後部,ヒトのMT/V5野に相当する部位に位置推定された。「口が開く・閉じる」両者間で誘発脳活動に有意な違いはなかった。「目の動き」と「口の動き」の間で潜時,活動源の推定位置に違いはなかったが,活動の大きさは「口の動き」のほうが有意に小さかった。このことから,「口の動き」も「目の動き」とほぼ同様の経路で情報処理されているものの関与している細胞群は同一ではなく,MT/V5野の中で両者を区別していることが示唆された。

 


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