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脳機能計測センター

形態情報解析室

【概要】

形態情報解析室は,形態に関連する超高圧電子顕微鏡室(別棟)と組織培養標本室(本棟2F)から構成される。

超高圧電子顕微鏡室では,医学生物学用超高圧電子顕微鏡(H-1250M型;常用1,000kV)を,昭和57年3月に導入して同年11月よりこれを用いての共同利用実験が開始されている。平成14年度は共同利用実験計画が21年目に入った。本研究所の超高圧電顕の特徴を生かした応用研究の公募に対して全国から応募があり,平成14年度は最終的に10課題が採択され,実施された。これらは,厚い生物試料の立体観察と三次元解析,薄い試料の高分解能観察等である。共同利用実験の成果は,超高圧電子顕微鏡共同利用実験報告の章に詳述されている。超高圧電子顕微鏡室では,上記の共同利用実験計画を援助するとともに,これらの課題を支える各種装置の維持管理及び開発,医学生物学用超高圧電子顕微鏡に関連する各種基礎データの集積および電子顕微鏡画像処理解析法の開発に取り組んでいる。電子線トモグラフィーによる手法には,UCSD, NCMIRによる方法及びコロラド大で開発されたIMODプログラムでの方法を用いて解析を進めている。

本年度の超高圧電顕の利用状況の内訳は,共同利用実験等133日,修理調整等53日である(技術課脳機能計測センター形態情報解析室報告参照)。電顕フィルム等使用枚数は5,034枚,フィラメン点灯時間は361時間であった。装置は,平均69%の稼働率で利用されており,試料位置で10-6Pa台の高い真空度のもとに,各部の劣化に伴う修理改造を伴いながらも,高い解像度を保って安定に運転されている。

組織培養標本室では,通常用およびP2用の培養細胞専用の培養機器と,各種の光学顕微鏡標本の作製および観察用機器の整備に勤めている。

 

神経細胞樹状突起スパインのCT解析

濱   清,有井 達夫

我々は高い電子線透過能と,5mmを越える生物試料でも4 - 5 nmの解像力が期待できる1,000kV超高圧電子顕微鏡の特性を利用して,Golgi染色を行ったラットCNSにおける海馬の神経細胞樹状突起の複雑な形状を示すスパインのコンピュータートモグラフィ(CT)解析を行っている。 

3mmの切片について,−60度から+60度まで2度間隔で連続傾斜撮影を行ない解析に用いた。その結果を,1図に示す。生理研の超高圧電子顕微鏡はこのように複雑なスパインを持つ神経細胞にも有効に応用できることが明らかとなっている。

 

バーグマングリア細胞のCT解析

山口  登,古家 園子,有井 達夫

我々は高い電子線透過能と,5mmを越える生物試料でも4 - 5 nmの解像力が期待できる1,000kV超高圧電子顕微鏡の特性を利用して,Golgi染色を行ったラット小脳におけるバーグマングリア細胞の複雑な形状を示す三次元形態のコンピュータートモグラフィ(CT)解析を行っている。 

3mmの切片について,−60度から+60度まで2度間隔で連続傾斜撮影を行ない解析に用いた。その結果を,1図に示す。生理研の超高圧電子顕微鏡はこのようにバーグマングリア細胞にも有効に応用できることが明らかとなっている。

 

図1.バーグマングリア細胞: CT解析後のデータをVoxel Gradient Shading表示(±8°傾斜:交差視)

 

小腸絨毛上皮下線維芽細胞におけるCa2+波伝播とATP放出のメカニズム

 古家園子,古家喜四夫(科学技術振興事業団,細胞力覚プロジェクト)

小腸絨毛上皮下にある線維芽細胞は互いに突起を延ばしネットワークを形成し,小腸絨毛下での情報伝達とその制御を担っていると考えられている。この細胞はATP,エンドセリン等多くの種類の受容体を持ち,cAMP濃度に依存してフラットから星状へ形態変化するなど,アストロサイトと類似した性質を持つ。1つの細胞に細いガラス棒で機械的刺激を与えると,細胞間を伝播するCa2+波が発生し,波の伝播と共に細胞が収縮した。Ca2+波の伝播にはATPの放出とまわりの細胞でのP2Y1受容体の活性化が関与していた。また,この細胞は伸展による機械刺激にも応答し,細胞内Ca2+の上昇とともに,ATPが放出されることをホタルルシフェレースを用いて明らかにした。これらの機械的刺激に対する応答性は,dBcAMP処理によって星状へ形態変化した細胞では抑制され,ATP放出の抑制ばかりでなく,ATPに対する反応性も減少していた。これらの結果より細胞の形態と機械応答性相関の機序と役割について研究を進めている。

 

 

生体情報処理室

【概要】

脳における情報処理には,ネットワークを構成する各ニューロンの発火パターンが意味を持つデジタル的過程と,非線形素子としてのニューロンの興奮性変化が意味をもつアナログ的過程の二つがあると考えられる。後者には種々の細胞内シグナル伝達系の活性が密接に関与しており,個々のニューロン機能の変化を通して,回路レベルで行われているデジタル的処理にも大きな影響を及ぼしている。それゆえ,特定のニューロン・ネットワークへの入力は同様であっても,ある条件のもとでは学習・記憶の生成・保持が起こり,別の場合には成熟・老化・細胞死が促進されるなど,多彩な結果が生じていると予想される。

当室では,外界からの刺激または侵襲に対する,受容体の変化−細胞内の分子の動き−生化学的変化−興奮性の変化−神経機能の変化−脳機能あるいは脳機能障害の発現,という一連の過程をニューロン・ネットワーク上で総合的に捉え,脳における情報処理の基本的な仕組みを理解することを目指している。現在は,中枢ニューロンの興奮性調節メカニズムに関して,以下の3テーマを中心に研究を行っている。

なお当室では,吉村・村田両技官が中心となり,所内共用施設として,SGIOrigin2000を核とする生体情報解析システム,および,各種所内ネットワークサービスの運用を行っている。これらについての詳細は技術課の項を参照されたい。

 

樹状突起における活動電位の発生とその制御メカニズム

坪川 宏

大脳皮質や海馬の錐体細胞では,細胞体側より樹状突起へ逆行性に伝播してくるNa+スパイクや,樹状突起局所的なNa+,Ca2+スパイクが,情報処理上の重要な役割を担っていることが示唆されている。これらの発生メカニズムと調節機構を明らかにするため,イオン・イメージングをはじめとした光学的手法と,パッチクランプ法等の電気生理学的手法を併用し,海馬スライス標本上のニューロンを用いて解析を行っている。今年は,カナビノイドを介する抑制性シナプス前終末への逆行性シナプス伝達現象(DSI)において,カナビノイド放出の引き金となるポストシナプスの脱分極は,Na+スパイクの樹状突起への伝播が担っているという仮説をたて,検証を進めた。

 

細胞内シグナル伝達系の活性とニューロン活動との時間的・空間的関係の解析

坪川 宏, 高木佐知子

ニューロン機能における細胞内シグナル伝達の役割をより明確にして行くために,タンパク質リン酸化酵素をはじめとした酵素群の活性と種々のニューロン活動との時間的・空間的関係を解析することは必要不可欠と考えられる。本研究では,中枢ニューロンのモデルとして海馬スライス標本上の錐体細胞および小脳スライス標本上のプルキンエ細胞を用い,3量体Gタンパク質Gq及びG11のカスケードにつながるタンパク質リン酸化酵素,PKCの活性変化を可視化し,ニューロン活動やそれに伴う細胞内Ca2+濃度変化とPKCの活性変化との時間・空間的関係を明らかにすることを目指している。PKCの可視化のため,PKC結合性蛍光色素の細胞内導入や,GFP結合PKCを部位特異的に発現するトランスジェニック・マウスを用いている。今年は,シナプス入力によって誘発される,代謝型受容体の活性化を介したPKCトランスロケーションの観察に成功した。

 

中枢ニューロンの容積調節と興奮性調節の機能的カップリングの解析

高木佐知子, 坪川 宏

脳細胞では,てんかん発作,虚血侵襲の急性期などに細胞膨張が見られ,海馬CA1野における虚血性細胞死の過程では持続的な容積減少が観察される。しかしながら,これらの容積異常が神経障害のどのような側面をあらわしているのか不明である。本研究では,種々のニューロン活動の変化と容積変化との関係を解析し,興奮性調節と容積調節の両メカニズムに関与する分子の機能連関を明らかにすると共に,それらの破綻と病態との関連を明らかにすることを目指している。今年は,シナプス活動によって海馬CA1野ニューロンに一過性の容積増加が生じること,この容積増加にはGABA性の抑制性入力が寄与していることを報告した。さらに2光子レーザー顕微鏡や共焦点顕微鏡を活用することにより単一細胞レベルでニューロンの容積変化を定量的に解析するとともに,容積変化を起こしたニューロンで見られるシナプス応答の変化について電気生理学的に解析を進めた。

 

 

機能情報解析室

【概要】

脳の高次機能を司る神経機構の研究が進められた。随意運動や思考に関連する脳活動を,サルとヒトを検査対象にして,大脳皮質電位の直接記録・PET(陽電子断層撮影法)・脳磁図・脳波等を併用して解析している。

 

意志に関係する脳活動の研究

逵本 徹

「意欲」の神経機序は不明な点が多い。報酬を得るために運動課題を遂行するサルの意欲は,客観的には測定不可能であるが,様々な要因で変動することが推察される。例えば課題を継続して行うと,報酬を獲得していくのに伴って,課題遂行への意欲は減退していくと考えられる。また,報酬がより望ましいものに変更されれば,意欲は増加するであろう。認知運動課題遂行中のサルの前頭前野・海馬・前帯状野の脳血流量が,想定される意欲の変化と一致した変動を示すことが陽電子断層撮影法(PET)を用いた実験で明らかになった。大脳辺縁系と前頭前野の「意欲」への関与を示唆する知見と考えられる。この脳活動の詳細を調べるため,大脳皮質フィールド電位記録法とPETによる解析を進めている。

 

 

脳機能分子解析室

【概要】

脳機能分子解析室は,脳機能のような複雑な生物反応機構を解明するための遺伝子転換動物を分子生物学的技術と発生工学的技術を駆使して作製することを目的とし,2002年に新設された。とくに遺伝子ターゲッティングによってノックアウトラットを作製することを究極の目的としており,これまでに,ES細胞,始原生殖細胞,神経幹細胞,造血幹細胞,精原細胞の樹立を目指した研究を行うとともに,核移植や顕微授精など,ラットにおける発生工学的技術の高度化に取り組んできた。研究課題のうち具体的に次の2題を下記に示す。

(1)有用トランスジェニック動物の作製,ならびにその維持・保存:システムとして稼働させるため,ラットを用いてβカテニン遺伝子溶液の顕微注入,胚移植,ならびに受精卵の凍結保存を行った。(2)核移植による体細胞クローンラットの作製:体外に取り出すだけで自発的に活性化するラット卵子のM期促進因子(MPF)活性を低下させないように制御することと,2回の連続した核移植を行うことで初期化因子に十分に曝すこと,を重要視したクローン作製実験を試みた。

 

トランスジェニック(Tg)動物作製のためのシステム構築

平林真澄,平林敬浩,八木 健

脳の情報伝達を担うニューロンに成長する神経前駆細胞内でβカテニン遺伝子を高発現させ,巨大な脳と皺を持つTgラットの作製を試みた。マウスのネスチン遺伝子プロモーター下にβカテニン遺伝子とGFP遺伝子を繋いだ融合遺伝子を作製し,ラット前核期卵に顕微注入した。生存卵子453個を移植したところ計93匹(21%)の産仔が得られ,うち7匹(8%)がTgラットだった。3匹のTgラットで出産直後の脳にGFP発現が確認され,残りの4匹のTgラットにはそれぞれ1,1,5,10コピーのトランスジーンがゲノム上に組み込まれていた。これら4系統からG1ラットを作製し,脳での遺伝子発現を確認していく予定である。また,5および10コピーをもつ系統についてはトランスジーンのホモ化を進めるとともに,50〜100個の受精卵を凍結保存した。この過程を通して,脳機能分子解析室におけるTg動物作製システムの整備はほぼ完了した。

 

ラット卵丘細胞核を用いた連続核移植の試み

平林真澄,保地眞一(信州大)

体細胞クローンマウスを作製する過程において,顕微注入したドナー核が早期染色体凝集(PCC)に続いて染色体を形成し,活性化処理を行うと2個の疑似前核に変化することが重要である。しかしラットでは除核卵子に顕微注入した卵丘細胞核はまったくPCCを起こさなかった。そこで除核前のラット卵子に体細胞核を注入し,PCCを誘導後に除核,またはマウスの除核卵子にラットの体細胞核を注入してPCCを誘導させ,それぞれ活性化処理後に作製した疑似前核をラットの除核前核期卵子に再移植し,クローンラット胚を作製した。その結果,除核前のラット卵子1,068個を使って115個(2細胞期胚37個を含む),除核したマウス卵子974個を使って340個(2細胞期胚206個を含む)のクローンラット胚を作製した。しかしいずれの方法で作製したクローン胚を移植しても計11個の着床痕が得られただけで,クローン個体の作製には至らなかった。

 


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