生理学研究所年報 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

1.脳内部位特異的ドレブリンAノックアウトマウスの作製

白尾智明(群馬大学大学院医学系研究科高次細胞機能学)
児島伸彦(理化学研究所脳科学総合研究センター)
小幡邦彦,柳川右千夫(神経化学研究部門)

 ドレブリンは神経細胞樹状突起スパインに存在するアクチン結合蛋白であり,シナプス可塑性時のスパイン細胞骨格の再編成に関与している。本研究では,ドレブリンAを部位特異的にノックアウトし,シナプス機能の変化を解析することにより,シナプス機能における神経伝達物質受容体・細胞骨格連関の重要性を明らかにすることを目指した。

 一昨年までの研究により,ドレブリンの発現量を変化させずにドレブリンAアイソフォームの発現のみを脳内全体でノックアウトするために作成したターゲッティングベクターpDAによってはキメラが誕生しないことが判った。昨年,ドレブリンAのスプライスバリアントの一つであるSドレブリンAが発見されたが,pDAはこのSドレブリンAの発現も抑制すると考えられる。このスパライスバリアントの発現抑制がキメラの正常発生に影響を及ぼしている可能性がある。そこで,昨年新たに,lox P配列を有するコンディショナルノックアウト用のドレブリンAターゲッティングべクターを作成した。このヴェクターを用いてES細胞に相同組み換えを起こさせた。本年はこのES細胞を使って“wild-type allele”と“targeted allele”のヘテロな遺伝子を持つマウス(+/target)を作製した。次にこのマウス同士を掛け合わせ(target/target)マウスを作製した。今のところ,このマウスには,はっきりとわかるような行動異常は検出されていない。また,CaMKIIプロモーターによりCreリコンビナーゼを発現するCaMKII-creマウスとマウス(+/target)とを掛け合わせ,forebrain neuron-specificにdrebrin Aをノックアウトするマウスを作製した。

 この試みにとは別に,培養12日目の低密度海馬初代培養神経細胞にドレブリンA特異的エクソン11に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを投与し,ドレブリンAの発現を特異的に抑制して,樹状突起スパインの形態変化を観察したところ,発生過程におけるドレブリンAの発現抑制はスパインの形成を抑制することがわかった。また,この系を用いてシナプス後部肥厚の代表的なタンパク質であるPSD-95の集積に関する変化を調べたところ,ドレブリン結合型アクチンの集積がPSD-95のスパイン内への集積を開始させる必要条件となっていることがわかった。

 

2.新規の神経突起伸長遺伝子norbinノックアウトマウスの行動解析

丸山 敬(埼玉医科大学・医学部・薬理学教室)
小幡邦彦(生理学研究所・神経化学部門)

 長期増強(LTP)に関与する遺伝子の探求を,報告者が生理学研究所に在籍当時から開始した。LTPを誘発するKチャンネル阻害剤tetraethylammoniumによって発現が上昇する遺伝子をラット海馬スライスで検索した。その結果,神経組織に特異的な新規の遺伝子(KW8とnorbin)を特定した。KW8(現在はNeuroD2と命名されている)は,分化関連の転写因子に多く見られるbasic helix-loop-helix領域を持つ新規の遺伝子であった。ノックアウト(KO)マウスの作成を開始したが,Olson JMらが先に報告した(Devel. Biol. 2001, 234, 174-)。

 norbinには特徴的なドメイン構造は見いだされなかった。神経系培養細胞であるNeuro 2aに過剰発現したところ,神経突起の伸長が誘引された。我々の報告から2年後,軟骨のハイドロキシアパタイト吸収促進活性をもち軟骨と神経に発現している因子neurochondrin (Ishiduka YらBiochim Biophys Acta. 1999 1450:92)としてnorbinが報告された。末梢神経でのnorbinの発現を再検討したところ,腸管神経叢に発現していることが確認された。

 本共同研究により,数年来,norbin KOマウスの作成を目指してきた。KOベクターを5種類作成し,千個以上のES細胞のクローンをスクリーニングしたが,相同組換え体を得ることができなかった。その原因は不明である。

 2001年10月,ランダムインサーションによりKOマウスを網羅的に作成するプロジェクトを行っているドイツGSF-Inst. of Mammalian Geneticsより,norbin KOマウスが提供された。このKOマウスは肉眼及び光顕レベルでの観察では大きな異常は見いだされず,また,だいたい正常に繁殖している。行動にも大きな異常は見いだされなかった。そのゲノムは,norbinのアミノ酸配列のC末にベクターが込まれており,C末が部分的に欠如している。イムノブロットにより70kDaの欠損型はコントロールマウス(約80kDa)と同等に発現していた。分布などに差は見られなかった。従って,本研究ではnobrinのC末側は重要な生理機能に関与していないことが明らかとなった。

 

3.GAD65ノックアウトマウスを用いた文脈記憶形成のメカニズムの解析

松木則夫(東京大学大学院薬学系研究科)
山田麻紀(東京大学大学院薬学系研究科)
中尾和人(東京大学大学院薬学系研究科)
小幡邦彦(生理学研究所神経化学部門)

 GAD65ノックアウトマウスは脳内GABAが減少し,不安や恐怖の指標となる情動行動に異常がみられている。記憶には情動系が関与することがよく知られているが,細胞やシナプスレベルでの解析は非常に遅れている。そこで,我々は,このGAD65ノックアウトマウスを用い,麻酔下さらには無麻酔下の個体に対して電気生理学的にシナプス伝達を解析し,同じ個体を用いて記憶や情動に対する行動実験を行うことで,扁桃体を介した海馬の文脈記憶形成メカニズムの調節機構の解明を目指した。

 まず,情動に深く関わる扁桃体と海馬の関係を麻酔下動物を用いて解析した。既に,当教室を始め,海馬におけるシナプス伝達に対する扁桃体の役割を調べた論文がいくつか報告されている。これらの論文のほとんどは記録が容易なことから歯状回における集合スパイクの解析を行っている。しかし,この方法では抑制性神経伝達によるアーチファクトなどが除去できていない。そこで,まず麻酔下の動物から興奮性シナプス電位(EPSP)を記録することを試みた。その結果,歯状回分子層に伸びる顆粒細胞の樹状突起層でシナプス電位を記録することに成功し,その傾きを解析することからほぼ純粋なEPSPのパラローターを得た。さらに,脳弓海馬采を切断した同一個体において,空間学習とシナプス可塑性の関連を解析し,長期増強(LTP)および長期抑圧(LTD)の両方に統計的に有意な相関関係を見出した。以上で,本手法の妥当性が証明されたと考えた。

 貫通繊維−歯状回シナプスに対する扁桃体基底外側核(BLA)刺激の影響を検討した。BLAに400Maのバースト刺激を1秒ごとに600回適用し,同時に貫通繊維を刺激した。貫通繊維を刺激するパルス数を変えて,BCM関係を調べた。その結果,BLAの低頻度刺激では長期抑圧(LTD)が増強され,高頻度刺激では長期増強が大きくなった。BCM曲線が右方にシフトしたと結論された。これらの結果は扁桃体の活動レベルにより海馬歯状回におけるシナプス可塑性が両方向性に調節しうることを示しており,情動による記憶・学習調節のシナプスレベルでの証拠と考えられた。

 次に,無麻酔無拘束下でシナプス電位を測定する装置の開発に取り組んだ。コネクターの形状を工夫したりして安定な記録を得て,スパイク解析ソフトの作成を行っている。次に,恐怖条件付けが海馬シナプス伝達に及ぼす影響を解析するために,至適条件の検討を行っている。テタヌス刺激を与えず,歯状回LTPの誘導を試み,文脈記憶形成とLTPを結びつけようと考えている。LTPの変化が観察された場合,無麻酔無拘束下で電気生理学的実験を行い,恐布条件付けをした時の歯状回LTPの誘導を試みる計画である。

 以上のように,個体動物の電気生理学および行動解析についてほぼ準備が整っているが,GAD65ノックアウトマウスの微生物学的汚染が発覚したため,クリーンアップなどの処置が必要であることが判明し,残念ながらノックアウトマウスを用いた解析は遅れている。

 BLAから歯状回へは直接的な投射が無く,嗅内野皮質を介した投射であると示唆されている。また,BLAから歯状回以外の部位への投射の役割についても未解明である。これらの解析も情動による記憶・学習の調節解明に役立つはずである。

 

4.GFPを利用した細胞小器官内Ca2+動態解析

宮崎俊一,尾田正二,白川英樹,河内全,淡路健雄(東京女子医科大学・第二生理)
出口竜作(宮城教育大学)
吉田繁(近畿大学・理工学部・生命科学科)
小幡邦彦(生理学研究所・神経化学部門)

 蛍光蛋白質(green fluorescent protein; GFP)のcDNAと任意の蛋白質のcDNAを連結し,細胞に発現させた蛋白質を可視化する方法を利用して,細胞内の特定の局所部位,特に細胞内小器官である小胞体やミトコンドリアにおけるCa2+濃度変化を画像解析する試みを行った。哺乳動物卵にCa2+測定用蛋白プローブを発現させて,受精時に細胞質でおこるCa2+波,Ca2+オシレーションに連動する小器官内Ca2+動態の解析を目指した。

 まず卵細胞に任意の蛋白質を発現させる方法として,その蛋白のRNAに200個以上のpoly(A)を付加することが有効であることを見いだし,この方法を確立した。この方法を用い,小胞体に標的したGFP-CAMELEONのRNA-poly(A)をマウス卵に注入し発現させた。しかし小胞体にうまく入らず,プローブの作成に工夫か必要であった。ミトコンドリアに標的したGFP-PERICAMを発現させると,ミトコンドリアの分布に一致した発現が得られ,Ca2+濃度変化に対応する蛍光強度変化が観察された。しかし細胞の自家蛍光と重なる可能性があり,蛍光の各コンポーネントを分離する方法を考案し,実働させる実験を行った。

 

5.上衣細胞の濃度感受性ナトリウムチャネル

吉田 繁(近畿大学・理工学部・生命科学科)
毛利達磨(生理学研究所・細胞内代謝研究部門)
小幡邦彦(生理学研究所・神経化学研究部門)
須谷康一(近畿大学大学院・総合理工学研究科)
尾松万里子(滋賀医科大学・第二生理学教室)

1)研究の背景

 膜電位ではなくNa+濃度に感受性を示す新型Na+チャネルNaC(c=concentration)を2002年に報告したが(Nature Neuroscience 5: 511-512),細胞機能との関係は未だ明らかとはなっていない。本実験は,血液脳関門を欠く内側隆起に存在しているNaC所有上衣細胞(別称:タニサイト[tanycyte:tany =細長い] )の機能を解明する試みである。

2)実験方法

 マウス(C57BL/6J)脳の内側隆起(median eminence)を含む部位の150-250ミクロン厚スライスを作成してNa+感受性蛍光色素(SBF)で染色し,細胞外Na+濃度変化に対する第三脳室周囲部の応答を画像解析装置(浜松ホトニクスARGUS)で観察した。図1Aは,脳スライスの全体像と第三脳室および内側隆起部の拡大像を示している。

 また,内側隆起をトリプシン処理することによってタニサイトを単離した(図2A)。

3)実験結果

(3a)マウス脳スライス

 第三脳室底に接するように細胞体を並べているタニサイトの突起は,内側隆起内を走行している。潅流溶液を標準細胞外液(140 mM Na+)から高濃度Na+溶液(160-200 mM Na+)に切り替えると,内側隆起各部の細胞内Na+濃度は持続的かつ可逆的に上昇した(図1B上のトレース)。他方,第三脳室側壁部および周辺部は高濃度Na+溶液に殆どまたは全く反応しなかった(図1B下のトレース)。

(3b)単離タニサイト 

 単離したタニサイトは,細長い突起を持っていた(図2A)。パッチクランプ法(全細胞記録法)で刺激を与えたが,K+電流が記録されるのみで興奮性はみられなかった。

 一方,球形で数本の突起を持つ神経細胞は,自発放電を示しと共に刺激に応じてNa+電流を発生するという対照的な性質を示した。

4)考察

 実験結果から,「タニサイトはCSF(脳脊髄液)のNa+濃度をモニターする順応性の低い感覚受容器」であると考えられる。CSFのNa+濃度上昇はタニサイトの細胞内Na+濃度上昇を上昇させ,それが脱分極性の受容器電位を持続性に惹き起こす。しかし,タニサイト自身は活動電位発生機構は持たないので,受容器電位が突起の先端から分泌する物質の量を制御することによって血管や神経に情報を伝達していると推測される。

 


6.タンパク質凝集体形成の分子病理に関する基礎研究

惠良聖一,桑田一夫,林 知也,村山幸一,根川常夫,富田美穂子
(岐阜大学医学部蛋白高次機能学)
村上政隆(生理学研究所超微小形態生理研究部門)

 神経難病のパーキンソン病,プリオン病,アルツハイマー病などはそれぞれのキータンパク質が神経組織内に異常凝集体を形成して不溶性物質として沈着し発症する,いわゆるタンパク質のコンフォメーション異常症として注目されている。本研究の目的はそのようなタンパク質の異常凝集体形成の発現機構を解明することにあるが,前回はその基礎研究としてウシ血清アルブミン(BSA)の溶液→ゲル変換機構の研究を1H−NMR測定により行った結果,タンパク質の高分子集合体の詳細を解析するのに交差緩和スペクトルが有用であることが分かった。今回はその応用として,正常者あるいはヘモグロビン異常症患者血球をキャピラリーに詰めて,赤血球内の水分子の交差緩和時間(TIS)測定を行い,BSAの溶液状態とゲル状態で得られた前回の結果と比較・検討した。このTIS測定はf2照射部位として−60 ppmから60 ppmまでをγH2/2π単位で250 Hzの照射強度にて行った。

 図1に1/ TISvs f2(ppm)で表される交差緩和スペクトルを示す。既に前回報告したように,BSAのゲル状態(●)と溶液状態(◆)のスペクトルはその形状ではかなり大きな差を示し,ゲル状態では中央にブロードな成分が観測されている。このブロードな成分はゲル内の高分子集合体(凝集体)の寄与が示唆されている。一方赤血球に関する測定結果では,正常赤血球(□)の場合,そのスペクトル形状はBSA溶液状態に類似しているが,異常ヘモグロビン症の赤血球(○,△)の場合はハインツ小体による高分子集合体形成が生じ,その結果BSAのゲル状態のそれに近いスペクトルが得られている。このことから,正常赤血球の場合,血球内のヘモグロビン濃度が非常に高いにもかかわらず,その存在状態は溶液状態であるという奇妙な結果が得られた。

 

7.細胞内Ca,サイクリックAMP,による傍細胞輸送の制御機構

村上政隆,尾崎 毅(生理研)瀬川彰久(北里大医)橋本貞充(東京歯大)
杉谷博士,吉垣純子,通川広美(日大松戸歯),瀬尾芳輝(京都府医大)
小林聡子,金関 悳(基礎生物学研究所)

 外分泌腺は,分泌刺激により分泌細胞内からの分泌を活性化するとともに血清成分を管腔に移行させる。後者は傍細胞輸送として血清成分が細胞間隙/tight junctionを通過すると考えられてきた。しかし,傍細胞輸送機構が分泌刺激により制御されるか否かは従来の研究では断片的で不明な点が多く,殊に細胞内Ca,cyclicAMPの信号系を含む細胞内制御機構との関連は未着手である。本研究は,大量の水分泌と開口分泌を観察できる唾液腺に対象を限定し,血管潅流系を用い,分泌液の水分・アミラーゼ・ムチン・非電解質マーカーを計測し,また刺激時の経上皮電気抵抗の変化,tight junctionの微小形態の変化との関連を,1)北里大/生理研グループ,2)東京歯科大/生理研グループ)。3)日大松戸歯/生理研グループにより行った。

 ラット顎下腺血管潅流系を用い,唾液導管から逆行性に蛍光色素Rhodamine dextranを注入,灌流液に蛍光色素LuciferYellowと分泌刺激剤CCh (Carbachol)を添加し,共焦点レーザー顕微鏡による水分分泌の可視化を試みた。その結果,細胞間分泌細管に入れたRhodamine dextranの蛍光は水分泌と供に急速に消え,初期の水分泌がこの蛍光の希釈速度より推定できる可能性が示されたが,LuciferYellowの蛍光の変化は細胞間分泌細管で明らかでなく,水分泌情報は得られなかった。一方collagenase処理で得た単離腺房標本では刺激が無くても蛍光色素LuciferYellowにより管腔および側・基底側が明るく照らし出される。これはtight junctionからLuciferYellowが分泌細管に侵入していることを示している。カルバコールで水分泌を刺激すると,管腔の蛍光強度は直ちに低下した。細胞内からの水分泌を反映した変化と思われた。管腔の蛍光強度はいったんほぼゼロになった後,30-45秒後にはふたたび上昇した。これは細胞間隙からLucifer Yellowが入り続けていることを示している。これらの変化を用い,細胞内から分泌される水分分泌速度を推定し,血管灌流標本で測定された水分分泌速度と比較した。その結果,細胞内Ca上昇水分分泌の初期相はtranscellular pathway,維持相はさらにparacellular pathwayを通過する水輸送が優位になることが明らかになった。本知見はこれまで長い間生理学の議論となっていた水の輸送経路を明らかにした。

 2)ディ-プエッチング・フリ-ズフラクチャ-レプリカ法による解析:急速凍結試料作製装置により液体ヘリウム下に急速凍結するとともに,凍結割断真空蒸着装置により,ディ-プエッチング・フリ-ズフラクチャ-レプリカを作製し,タイト結合部の細胞膜と細胞骨格の構造を三次元的に観察する事を目的として研究を行っている。CChおよびISP刺激後のタイト結合の形態変化を観察すると,細胞間分泌細管部のタイト結合を構成する膜内粒子の配列が不規則となり,フリーエンドやターミナルループの増加とともに,基底側に拡大してTight junctionの幅が増大する傾向が認められた。これらは,細胞膜直下に存在するアクチン線維と結合することから,分泌時の細胞骨格系のダイナミックな改変にともない,タイト結合のストランドを構成する膜蛋白の局在が変化することが示された。

 3)唾液腺におけるシグナル伝達と一酸化窒素の産生調節について検討を行った。その結果,耳下腺においてムスカリン性受容体刺激は細胞内のCa2+濃度の上昇をもたらし,内在性の一酸化窒素合成酵素がCa2+により活性化され,それに引き続いて一酸化窒素が産生されることが明らかとなった。このシグナルの活性化はβ受容体刺激では惹起されないことから,ムスカリン性受容体活性化による分泌機能と関与している可能性が示唆された。一方,唾液腺での膜ドメイン機能を明らかにする目的でraft画分について検討を行った。血球系での膜ドメインの分離を確立し,唾液腺に応用することが可能となった。

 

8.スパインシナプスの動的制御の分子基盤

河西春郎(生理学研究所)
阿部輝雄(新潟大学脳研究所)

 大脳皮質の錐体細胞樹状突起のスパインはGFP導入や2光子励起観察法の導入により,形態変化の長期的追跡が可能となってきている。我々は,更に,2光子励起グルタミン酸法によって,単一スパインの形態可塑性を誘発することを可能としている。この手法を用いることで,シナプス可塑性に関わる分子・超分子のダイナミズムが可視化定量化できるはずである。この様な研究に向けた分子標識法,有効な追跡分子,標本の選択などについて,検討を行った。また,この際,同時にシナプス前部の機能測定を行う際の融合蛋白の作成についても,検討を進めた。

 

10.虚血性神経細胞死と容積調節チャネルの機能連関

塩田清二,大滝博和,中町智哉,舟橋久幸(昭和大学医学部・第一解剖学)
土肥謙二(昭和大学医学部・救急医学科)
坪川宏,岡田泰伸

 虚血性神経細胞死は炎症性サイトカイン,グルタミン酸,アラキドン酸,接着分子,フリーラジカルや一酸化窒素(NO)などの様々な因子が関与する。しかし,その詳細な機構については依然不明である。本研究は,前脳虚血再潅流モデルにより誘導される虚血性神経細胞死の変化を観察した。さらに,その細胞死誘導時における細胞の容積の変化を多光子レーザー顕微鏡を用い,検討した。

 前脳虚血モデルは,両総頚動脈を25分間血管クリップにより閉塞し,その除去により血流の再潅流をする漁総頚動脈閉塞再潅流モデルにより行ない(Matsunaga et al., in press),本研究では,C57/BL6系の生後14日目のマウスにより行なった。脳虚血後,経時的に神経細胞死を海馬CA1領域において検討したところ,虚血前に比べ,1日目では90%以上の細胞が生存しているが,2から3日目にかけて約50%の神経細胞死が惹起されており,本モデルは遅発性神経細胞死であることが示唆された。さらに,アポトーシス様細胞死の指標であるTUNEL染色を行なった結果,細胞死の惹起に伴いその陽性細胞数の増加が認められた。海馬CA3領域においてもわずかながら細胞死が認められたがCA1より軽度だった。神経細胞死は歯条回,大脳皮質,線条体,および視床下部においてはほとんども認められなかった。

 本虚血モデルを用い,幼弱マウスの海馬CA1における細胞の容積変化を検討したところ,細胞死の惹起に先立って,細胞容積の変化が認められた。

 今後,容積調節チャネルやサイトカインがどのように細胞容積や神経細胞死を制御しているか検討していく予定である。

 

11.膵ランゲルハンス島におけるニコチン受容体と膵内分泌の関連

安田浩一朗(京都大学総合人間学部)
多門啓子,布居久美子(京都大学人間・環境学研究科)
森島 繁,岡田泰伸

 膵内分泌組織に発現するニコチン受容体が如何なるメカニズムを介してインスリン分泌調節に関与しているかを検討する。

 Wistar系ラットを用いてコラゲナーゼ法でラ島を単離し,トリプシン処理を行いsingle cell化してスライドグラス上で24時間培養した。Ca2+感受性蛍光色素Fura 2 AMを培養液中に投与して取り込ませた。2種類のタイムコースで細胞の刺激を行った。[1]グルコース(G)2.8 mMで前灌流10分間→G 8.3 mMとニコチン10-7Mで30分間→G 8.3 mMとKCl 20 mMで5分間。[2]G 2.8 mMで前灌流10分間→G 2.8 mMとニコチン10-7Mで30分間→G 2.8 mMとKCl 20 mMで5分間。蛍光倒立顕微鏡下で340nm/380nmの蛍光強度比から画像解析を行い,[Ca2+]iを経時的に測定した。

 刺激を加えると,細胞によって[Ca2+]iの変化は様々であり,変化のパターンで(I)〜(IV)のグループに分類した(図1,KClにて反応しなかった細胞は生理的な活動性を失っていると見なして除外した)。(I)は[Ca2+]iが一旦減少した後ピーク値に達し,その後減少して非刺激時より若干高い濃度を保つ細胞。(II)はオシレーションを始める   細胞。(III)は徐々に[Ca2+]iが上昇する細胞。(IV)はKClのみに反応する細胞である。タイムコース[1]G及びGとニコチンで刺激すると,非刺激時に比して[Ca2+]iは有意に高値を示し,ニコチン非存在下に比してニコチン存在下で[Ca2+]iは有意に高値を示した。また,Gのみで刺激したときには見られなかった(III)に分類される細胞が,Gとニコチンで刺激した場合では23%存在した(表1)。タイムコース[2]ニコチンのみで刺激すると,ニコチン非存在下に比して[Ca2+]iは有意に高値を示した。さらに[1], [2]ともに,ニコチン存在下では刺激に反応する細胞の割合が上昇した(表1)。

 グルコース刺激を行うと,細胞によって様々な反応が観察された。ニコチンを加えることにより,グルコース単独刺激に比して[Ca2+]iは有意に高値を示し,さらに刺激に反応して[Ca2+]iを上昇させる細胞の割合が増した。以上により膵ランゲルハンス島においてニコチン受容体が機能的に発現し,さらに10-7Mのニコチンはインスリン分泌に重要な働きをするセカンドメッセンジャーである[Ca2+]iの上昇を介してインスリン分泌に影響を及ぼすものと考えられた。

 


12.細胞容積による細胞周期の制御機構の解明

丸中良典,新里直美,宮崎裕明,廣瀬 宗孝(京都府立医科大学)
中張隆司(大阪医科大学)
岡田泰伸,サビロフ・ラブシャン

 細胞外液浸透圧等により引き起こされる細胞容積変化の調節機構に関する研究は数多くなされている。しかしながら,細胞容積自身が有する生理的意義に関しては,未だ不明な点が多く存在する。本研究においては,腎尿細管上皮由来の培養細胞であるA6細胞を用いて,細胞容積と密接な関係を持つ細胞内クロライドイオン濃度に注目し,細胞周期および細胞周期制御に重要な役割りを担っている因子に細胞容積がいかなる影響を及ぼすかについて検討したので,その結果について報告する。低浸透圧刺激を与えると細胞は一過性に膨張し,その後調節性容積減少というメカニズムで細胞容積はほぼ元に戻るが,この調節性容積減少はクロライドチャネル阻害剤により阻害されることが知られている。一方,細胞周期においてG1チェックポイントでのcyclin dependent kinase (CDK)の活性制御についてはよく知られているが,G2チェックポイント機構におけるCDK活性制御については未だに不明であり多くの知見が望まれている。本研究において,低浸透圧刺激による細胞容積変化(調節性容積減少)とG2チェックポイント制御のかかわりについて検討した。G2期のCDKであるCDK1(cdc2)は,Tyr15のリン酸化がその活性制御に重要であり,G2チェックポイントのcdc25cにより脱リン酸化されて活性化し,M期への進行に寄与する。A6細胞に低浸透圧刺激を与える際に,クロライドチャネル阻害剤を添加してCDK1のTyr15のリン酸化の変化を経時的に観察した。その結果,低浸透圧刺激後,6時間くらいから徐々にCDK1が脱リン酸化されはじめるのに対して,クロライドチャネル阻害剤存在下では24時間後においてもCDK1は高いリン酸化レベルを維持していた。このことは,クロライドチャネル阻害剤によりG2期停止が引き起こされたことを示している。また,同様の条件で細胞増殖に対する影響を調べてみると,クロライドチャネル阻害剤存在下では細胞増殖が著しく阻害されていることが明らかになった。以上のことから,A6細胞において細胞容積および調節性容積減少と細胞周期制御を介した細胞増殖とのかかわりが示された。

 

13.神経細胞における電位依存性イオンチャネル局在化調節機構の解明

馬場広子,山口宜秀,林 明子(東京薬科大学薬学部機能形態学)
渡辺修一,中平健祐(埼玉医科大学生理学)
池中一裕(生理学研究所)

1)神経軸索におけるチャネルの局在化調節機構の解析

 有髄神経軸索では,興奮の発生に関与する電位依存性ナトリウムおよびカリウムチャネルはランビエ絞輪周辺に局在化し,この特徴的な分布にはミエリン膜と軸索の間のparanodal junctionが深く関わっている。我々はこのparanodal junctionの形成にミエリン糖脂質のサルファチドおよび4回膜貫通タンパクであるCD9が関与することをノックアウトマウス解析によって明らかにしてきた。CD9の機能を調べるため,免疫組織染色によってCD9が中枢および末梢神経のミエリン最外層のみでなくparanodeの部分に存在することを明らかにした。さらに,脳ミエリン画分および末梢神経ホモゲネートを用いた免疫沈降により,CD9は同じく4回膜貫通型タンパクであるCD81と複合体を形成していることがわかった。Western blotおよび脊髄・脊髄根部分の免疫染色によって,CD9は脊髄に比較して脊髄根のミエリンにより多く存在し,CD81は反対に脊髄のミエリンにより多く含まれることがわかった。この量的な違いはCD9およびCD81それぞれのノックアウトマウスにおける神経系の変化の強さと対応することから,これらの2つの分子がparanodal junction形成を介して軸索上のチャネル局在化に関与することが示唆された。

2)シナプス形成にともなうチャネルと受容体の局在制御機構の解析

 電位依存性カリウムチャネルKv4.2は培養小脳顆粒細胞では細胞体表面に発現するが,樹状突起には局在しない。この細胞と苔状線維(橋核神経細胞)を共培養することによりKv4.2の樹状突起への局在がおこるが,このときシナプスが形成されていることを電子顕微鏡観察により明らかにした。このKv4.2の局在変化には神経活動が重要な役割を果たしているが,他の機能分子の局在制御にも神経活動が重要ではないかと考えて検討をおこなったところ,NMDA型グルタミン酸受容体がシナプス形成とグルタミン酸刺激によって局在変化を示した。興味深いことに,Kv4.2の局在はグルタミン酸入力によって増加するのに対し,NMDA型グルタミン酸受容体の局在はグルタミン酸入力の阻害によって増加した。これらの結果から,シナプスにおいて機能分子の局在制御によって興奮性が調節されている可能性が考えられた。

 

14.部位,時期特異的に発現する糖鎖の検出と機能の解析

長谷純宏(大阪大学大学院理学研究科・教授)
中北愼一,石水 毅(大阪大学大学院理学研究科・助手)
森口和信(大阪大学大学院理学研究科・大学院生)
和田洋巳(京都大学大学院医学研究科・呼吸器外科・教授)
田中文啓,大竹洋介(京都大学大学院医学研究科・呼吸器外科・助手)

 アフィニティーカラムを以下の方法により作製して,脳特異的糖鎖(BA-2)に結合する脳中の蛋白質を検索した。ニワトリ卵黄IgY 4gから酵素消化およびゲル濾過を用いて糖ペプチドを1.1g得た。この糖ペプチドをヒドラジン分解し,さらにN-アセチル化後ピリジルアミノ(PA)化を行った。得られたピリジルアミノ化糖鎖に結合しているシアル酸を弱酸水解で水解し,ガラクトシダーゼ消化してガラクトースを外した後,逆相HPLCで分離した。スタンダードのピリジルアミノ化脳特異的糖鎖(BA-2-PA)と同じ位置に溶出したピークを分取することで大量精製を行った。この画分がBA-2-PAであることをサイズ分画HPLCでも確認した。この方法でIgY 4 gからBA-2-PAが4 μmo1得られた。収率は約10%であった。パラジウム黒を触媒として水素を通じてBA-2-PAの接触還元を行い,3時間後に2-アミノピリジン由来の蛍光が完全に見られなくなったので反応を終了した。凍結乾燥後,無水ヒドラジンと反応させてBA-2-NH2を調製した。得られた化合物の分子量をMALDI-TOF-MASSを用いて測定したところ[M+H]1667.1という値になり,[M+H]+の計算値1667.7とほぼ一致する値が得られた。その後,濃度既知のBA-2-PAをスタンダードとしてアンスロンー硫酸法で定量した。BA-2-PAからの最終的な収率は約80%であった。

 HiTrapNHS-activatedカラムにBA-2-NH2を含むカップリング緩衝液(pH 8.0)を注入した。反応後,未結合のBA-2-NH2の量からカップリングの割合を算出したところ90%のBA-2-NH2が結合していた。脳のホモジネートを今回作製したBA-2アフイニテイーカラムにのせ,溶出してきた各フラクションのタンパク質の量をBCAで測定した。限外ろ過により濃縮した後,ポリアクリルアミド電気泳動の結果,吸着画分にバンドがいくつか見られた。特に濃いバンドの分子量は54k, 36k, 29kであり,このうち36k, 29kは吸着画分にのみ見られた。また,BA-2の結合していないコントロールカラムで分離した後の吸着画分にはBA-2アフィニティーカラムで見られたバンドはほとんど見られなかった。これらの結果より,BA-2に結合する蛋白質の存在が示唆された。

 

15.悪性グリオーマ特異的レトロウイルスベクターの開発と遺伝子治療の臨床応用に関する基礎的検討

清水惠司,豊永晋一,土屋孝弘,福政良枝
(高知大学医学部神経統御学講座脳神経機能統御学教室)
池中一裕,福政良枝(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)

 原発性脳腫瘍の約10%を占めるグリオブラストーマ患者の平均余命は一年から一年半で,今後とも飛躍的な治療効果は期待できない。それ故,脳特異的(myelin basic protein : MBP)プロモーターで殺細胞遺伝子(HSVtk)を制御したレトロウイルスベクターを用いた遺伝子治療の開発をめざした。さらに,PA-317細胞株を改変して高力価レトロウイルス産生クローンを誘導し,長時間低速遠心濃縮にて1011c.f.u./mlという高力価脳特異的レトロウイルスベクターを入手した。この高力価脳特異的レトロウイルスベクター溶液を脳腫瘍内に注入し,2日後より5日間ganciclovir (GCV)を腹腔内に投与する治療法を3回繰り返すことで脳腫瘍モデルを完治しえた。さらに,この治療用ベクターのコモンマーモセット(霊長類)を用いた安全試験に対し,「科学技術・学術審議会生命倫理・安全部会組換えDNA技術等専門委員会」で審議され,平成14年12月2日には文部科学大臣の承認も取得した。治療用ベクターの安全試験を実施する前に,臨床治験に必要なマスター細胞とワーキング細胞の冷凍保存に着手した。本実験の遂行には,クラス10,000のベクター調整室を新設する事が必須で,実験計画そのものが予定より遅れている。

 MBP発現量の少ないグリオーマには遺伝子導入効率が低下する可能性が高いので,serial analysis of gene expression (SAGE)法を用いて,悪性グリオーマに最も普遍的に発現する遺伝子を検索したところ,melanoma-associated antigen gene (MAGE) familyに属する新たな遺伝子(MAGE-E1)を同定した。この新規遺伝子は3種類の転写産物を有しており,MAGE-E1c遺伝子産物は様々な癌種で同定されるが,他のMAGE-E1aとE1b遺伝子産物はグリオーマにのみ特異的に発現した。以上の結果より,このMAGE-E1遺伝子が,グリオーマ特異的抗原をコードする遺伝子群の一つである可能性が高く,本遺伝子のプロモータ-領域を同定し,新たな悪性グリオーマ特異的遺伝子治療の開発も試みている。

 

16.イモ貝毒成分ωコノトキシンGIVAによるN型電位依存性Ca2+チャネルの抑制作用に及ぼすカルモデュリンの効果

市田成志,和田哲幸(近畿大学薬学部)
森誠之,森泰生,井本敬二

 近年の研究から細胞内カルシウムメディエーターであるcalmodulinによる電位依存性カルシウムチャネルの機能修飾が明らかとなってきている。これまで報告されているものはL型及びP/Q型に限られているが,これらのチャネルに見られるCa2+calmodulinの結合部位と相同な部位がN型にも存在していることから,calmodulinによる修飾が予測されている。

 一方,Ca2+チャネルに対するイモガイ毒の生化学的実験から,Ca2+calmodulin依存的なwコノトキシンGVIAのN型カルシウムチャネルへの結合阻害が観察されているが,従来の実験では,ニワトリおよびラットの脳粗製膜画分を用いていたため,他の膜蛋白の影響を完全に否定することは出来なかった。

 本研究では,組換えN型Ca2+チャネルを発現させた細胞株を用いて,calmodulinのwコノトキシンGVIA結合阻害作用を検討した。その結果,細胞に強制発現させたN型Ca2+チャネルにおいても脳粗製膜画分と同様に,calmodulinはwコノトキシンGVIAの結合を阻害した。

 今後,calmodulinの作用部位の同定を含め,前向きに検討を加えていく予定である。

 

17.大脳基底核による姿勢と歩行運動の制御機序

南部 篤(東京都神経科学総合研究所,現生理学研究所)
中陦克己(近畿大学医学部)
森 大志

 様々な外的環境下で適切かつ安定した歩行運動を実行するためには,その環境下で最適な姿勢および下肢運動の制御が必須となる。この運動の制御には皮質-皮質下機構と脳幹-脊髄機構との両者の機能的統合が重要であると考えられる。大脳皮質は大脳基底核との間に精緻な神経連絡を持ち,大脳皮質運動野に起因する運動司令信号は大脳基底核のうち線条体に入力され,視床を経由して大脳皮質にフィードバックされる経路と脳幹・脊髄に情報出力される経路が存在する。これらは大脳皮質-基底核機構が様々な運動の制御に積極的に関与していることを推察させる。

 本研究ではこの大脳皮質-基底核機構に着目し,この機構が歩行運動や姿勢の中枢制御にどのように関与しているのかを考察することを研究目的とした。そのために陽電子断層法(PET)で明らかになった直立二足歩行運動の実行に直接的に関与する大脳皮質一次運動野(M1)および補足運動野(SMA)が歩行運動のどのような機能的意義を有するかについて検討した。実験には長期の運動学習により安定した直立二足歩行能力を獲得した成サル二足歩行モデルを用いた。ネンブタール深麻酔下で,頭部に刺激/記録用のchamber装着手術を行い,回復後にケタラ-ル軽麻酔下で皮質内微小電気刺激法によりM1およびSMAの大脳皮質運動野マッピングを行った。それぞれの領域で歩行運動に関与する体幹・下肢筋支配領域にGABAAagonistであるムシモルを微量圧注入し,注入前後での歩容の変化を観察し,各関節点,体幹・下肢関節運動の力学的変化について定量的に解析を行った。その結果,M1ヘの注入では注入箇所支配領域に特異的な極めて限局された屈曲運動障害などの下肢運動障害が誘発されるとともに,代償的な歩行運動が観察された。一方,両側SMAへの注入では筋緊張の減弱に伴う頭部・体幹の空間内での動揺が強くなるなどの全身的歩行障害が観察された。しかし,片側SMAに注入した場合には障害の程度が微弱であった。以上の結果から,大脳皮質運動野を構成するM1およびSMAは直立二足歩行の実行に関して異なる機能的側面を担っている可能性が示唆されるとともに,SMAは両側性に運動の制御に関与していることが示唆された。

 

18.多ニューロン同時記録によるサル視覚野における面の表現の解析

小松英彦,横井功(生理学研究所)
櫻井芳雄(京都大学)

 初期視覚神経系における一様な面図形の輪郭と内部の情報がスパイク頻度およびスパイクタイミングによってどのように表現されているかを調べるために2本の電極をサル外側膝状体に刺入した。それぞれの電極で記録されたニューロンの受容野が同一の面の異なる部分で刺激された場合と,空間的に離れた別の図形の部分で刺激された場合の活動を比較した。それぞれの受容野の重複に関わらず相互相関のピークは観察されなかった。一方外側膝状体に刺入した電極から微小電流を流した時に大脳皮質一次視覚野で生起される誘発電位を記録した所,興味深い振動現象が観察された。この現象を更に詳しく調べるため,テトロード電極による記録方法について検討を行った。

 

19.サル二足歩行モデルを用いた直立二足歩行運動の高次制御機序

稲瀬正彦,中陦克己(近畿大学医学部)
森 大志

 絶え間なく変化する外部環境の中で安定した歩行運動を行うためには,あらゆる感覚情報を統合し,それらを適切な歩行運動指令信号へと変換する中枢機序が必要である。水平トレッドミルベルト上での直立二足歩行運動を学習したサルは傾斜トレッドミルベルト上や障害物を設置したトレッドミルベルト上など,様々な環境下でも適切な歩容パラメータを選択して,安定した歩行運動を遂行できる。本研究課題では様々な歩行環境下でサル直立二足歩行モデルがどのような脳賦活パターンを示すかを陽電子断層法(PET)で同定し,それらの賦活領域が実際の歩行運動でどのような機能的意義を有するかを検証することを研究目的とした。実験対象には長期の運動学習により安定した直立二足歩行能力を獲得した成サルを用い,1)水平トレッドミルベルト上での四足歩行運動(QP),2)同ベルト上での二足歩行運動(BP),3)障害物を設置したトレッドミルベルト上での二足歩行運動(obst-BP),4)上り傾斜角度10°での二足歩行運動(up-BP),5)下り傾斜角度10°での二足歩行運動(down-BP),を歩行運動課題とした。各歩行課題実施直前に18F-FDGを静脈内投与し,約30分間の歩行課題実施後に神経活動の指標となる脳糖代謝を測定した。チェア上での30分間の座位姿勢の維持を対照課題(cont)とした。contに比べ,QP,BPともに一次運動野(M1),補足運動野(SMA),小脳に強い神経活動の亢進が観察された。SMAはQPに比べてBPで強く賦活された。またQPでは小脳半球全体が亢進していたのに対して,BPでは小脳虫部に特に強い糖代謝の亢進が観察された。一方obst-BPではcontに比べM1,SMA,小脳のみならず両側視床に強い神経活動の亢進が観察された。さらにobst-BPをBPと比べた場合には,両側視床とSMAに有意な神経活動の増強がみられた。以上の結果はサル歩行モデルでは,1)二足および四足歩行運動のそれぞれに特異的な歩行運動制御機序が存在すること,2)より複雑な課題(外部環境の変化)に対して新たな高次脳領域機能を動員することにより安定した二足歩行を実行していることが示唆される。Up-BPおよびdown-BPに伴う脳活動亢進領域の同定については現在最終的な解析過程にある。

 

20.大脳皮質の神経回路要素の探索

端川 勉(理化学研究所脳科学総合研究センター)
森 琢磨(京都大学理学研究科)
川口泰雄, 窪田芳之

 大脳皮質では多数の神経細胞が複雑な回路を作っており,それによって,皮質固有の働きが生み出されている。皮質回路の構造と働きの解明には,形態学・生理学的解析を結びつける必要がある。また異なる動物種の間での比較も行わなければならない。サルとラットの大脳皮質で,VIPやカルレチニン陽性細胞は,軸索が皮質層間を垂直方向に走るダブルブーケ細胞に存在する。その形態は,サルとラットでは若干異なるが,共通の基本構造と考えることができる。この皮質内分布を理解するために,VIPとカルレチニンを発現する軸索終末の電子顕微鏡的解析を進めた。VIP陽性神経終末は,対称性のシナプス膜肥厚を示しており,ターゲットは樹状突起,棘突起とわずかに細胞体であった。一方,カルレチニン陽性神経終末は非対象性のものと,対称性の膜肥厚を示すものの両方があった。ターゲットは,樹状突起,棘突起とわずかに細胞体であった。非対称性シナプスを作るカルレチニン陽性終末は,視床由来のグルタミン酸作働性神経にある化学的マーカーとの共存が認められた事から,視床由来であると考えられた。VIPは主にダブルブーケ細胞の終末に,一方,カルレチニンは,その他に,視床入力の一部のサブグループに存在することがわかった。

 

21.海馬興奮性シナプスの動態と微細形態

岡部繁男(東京医科歯科大学・大学院医歯学総合研究科)
重本隆一(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所)
久保義弘(東京医科歯科大学・大学院医歯学総合研究科)
藤本和(福井県立大学・看護福祉学部)

 海馬神経細胞培養系におけるシナプス構造の動態を解析する目的で以下の2項目について実験を行った。

1)トランスジェニックマウスを用いたシナプス機能分子の長期動態解析

 シナプス後部構造の長期的なリモデリングの過程を明かにするために,シナプス後肥厚部(PSD)の代表的な構成蛋白質であるPSD95-GFPおよびPSD-Zip45-GFPを発現するトランスジェニックマウス系統を作成した。これらの胎児から海馬神経細胞を培養して,一週間以上にわたるシナプス構造の変化を追跡した。この系を用いる事で,A)filopodiaからspineへの形態変化とPSD蛋白質の集積過程,B)樹状突起が伸長する際のPSD蛋白質の新規に形成された樹状突起での集積過程,C)細胞全体での同期したシグナルにより起こるPSD蛋白質クラスターの分布変化,などの現象が可視化できた。これらの観察から,神経細胞におけるシナプスリモデリングは,細胞全体に作用するglobalなシグナル系によって強く制御されていると考えられた。

2)刺激依存的なシナプス後肥厚部(PSD)分子のシナプスターゲティング

 PSD蛋白質の一種であるPSD-Zip45は,NMDA受容体と電位依存性カルシウムチャネルからのカルシウム流入によってその局在を二方向性に変化させる事をこれまで明らかにしてきた。このような局在変化の生理学的意味を知る為に,シナプスを介したシグナル伝達系の活性化の過程と,PSD-Zip45分子の局在変化の関連を解析した。まずプレ側の線維の電気刺激により引き起こされるシナプス後部側のカルシウム濃度変化を記録し,その後のシナプス後部におけるPSD-Zip45の動態を解析する事で,シナプスを介した刺激による樹状突起でのカルシウム上昇が引き金となって,シナプス後部分子のリモデリングが引き起こされる事が明らかとなった。カルシウム上昇のパターンにより,PSD-Zip45はシナプス後部に集積する場合とむしろ分散する場合とがあった。更に特定のシナプスからの刺激によりその近傍のシナプス後部側のPSD-Zip45のクラスターがどのように変化するのかを知る為に,プレ側の線維を細胞体でのパッチ電極による脱分極で発火させ,その際のプレ側の線維のカルシウム濃度の上昇と線維に接触するポスト側のPSD-Zip45の局在変化の関連について解析した。一秒に一回の脱分極刺激により,発火したプレ側の線維の近傍で特異的なPSD-Zip45のクラスター形成が観察され,特定のシナプスでのPSD蛋白質の分布が,そのシナプスの活動によって制御されている可能性が示唆された。

1)GFP分子の波長変異体を用いた複数のシナプス分子の局在変化の同時観察

 これまでの研究により,シナプス後肥厚部(postsynaptic density;PSD)に局在するNMDA受容体結合分子であるPSD-95の動態を,GFP融合分子を作成する事により可視化する事が可能となった。更にGFP分子とシナプス機能分子の融合蛋白質を用いた観察系を発展させるために,GFP分子の波長変異体であるYFPおよびCFP分子とシナプス前部,シナプス後部の機能分子の融合蛋白質を作成し,複数の分子種の局在を時間軸に沿って観察する,多波長動態解析の手法を開発した。この方法を用いることにより,これまで明らかでなかった,シナプス形成過程における複数の分子のシナプスへの集合の順序を確定することが可能となった。PSD-95-YFP分子とCFP分子を同時に発現させることで,シナプス形成過程におけるspine構造の形成とシナプス後肥厚部の形成の時間的関係について解析した。また,シナプス前部蛋白質であるsynaptophysinとCFP分子の融合蛋白質を用いることで,PSD-95とsynaptophysinのシナプス部位への集積の時間関係も明らかにした。これらの実験により,新規シナプス部位への機能分子の集積は短時間で進行し,spine構造の形成やシナプス前部へのシナプス小胞の集積は,PSD-95の集積よりわずかに先行して起こることが明かになった。

2)神経活動依存的なシナプス分子の局在変化

 シナプス後部構造に局在し,代謝型グルタミン酸受容体と結合するPSD-Zip45(Homer1c)分子について,GFPとの融合蛋白質を作成し,その動態を海馬神経細胞において解析した。PSD-Zip45の動態はPSD-95分子より活発で,数時間のタイムラプス観察でその分子クラスターの局在を大きく変化させた。更にGFP分子で標識したPSD-Zip45を発現する神経細胞をKClおよびグルタミン酸で刺激する事により,PSD-Zip45の神経活動依存的な局在変化が観察された。薬理学的実験により,このようなPSD-Zip45の局在変化は細胞外からのNMDA受容体および膜電位依存性カルシウムチャネルを介してのカルシウムイオンの流入により引き起こされる事が明らかになった。以上の実験から,PSD蛋白質はその分子種特異的に,かつ神経活動に依存して局在制御を受けている事が明らかになった。

 

22.海馬錐体細胞シナプスにおけるNMDA受容体サブユニットの非対称性分布―その意義の解明

伊藤功(九州大・大学院理学研究院)
川上良介(九州大・大学院理学研究院)
重本隆一

 我々は,マウス海馬スライス標本を用いた電気生理学的解析により,シャーファー側副枝-CA1錐体細胞シナプスにはサブユニット構成を異にする2種類のNMDA受容体サブタイプが,海馬の左右および錐体細胞の頂上樹状突起と基底樹状突起に非対称に分布しており,このため発達期に左右でシナプス可塑性に相違があることや,成獣でも入力特異的にシナプス可塑性に左右差があることを示唆する結果を得た。本研究は,この結果を生理学的,組織化学的手法を用いて実証的に確認するとともに,シナプス非対称性の形成機構を解明することを目的とする。海馬スライスから調整したPSD画分に存在するNMDA受容体サブユニット蛋白の定量によっても,シャーファー側副枝-CA1錐体細胞シナプスにはサブユニット構成を異にする2種類のNMDA受容体が,左右の海馬に非対称に分布していることを示唆する結果が得られた。

 今後は,ポストエンベディング免疫電顕法による組織科学的解析を進めると共に,体軸の左右非対称性に異常を示す突然変異体マウスを用いた生理学的解析を行う予定である。

 

23.非侵襲的脳機能検査による疲労・疲労感評価法

定藤 規弘(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)
渡辺 慕良(大阪市立大学)

 疲労・疲労感と,さまざまな高次精神神経活動に伴う脳活動との関係を,非侵襲的脳機能画像法をもちいて明らかにする。さらに,疲労・疲労感の客観的評価法を確立することにより,慢性疲労症候群における病態・病勢把握を的確ならしめることを目的とする。認知活動における疲労・疲労感を,さまざまな刺激や課題遂行により惹起される脳神経活動を,脳血流変化を指標として計測し,主観的な評価法と対比しつつ疲労・疲労感の客観的計量法を確立する。慢性疲労症候群にこの計測法を適用することにより,その病態評価に客観的な指標を与えることを目指す。

 本年度は,課題遂行とは無関係に,局所脳の反応性を調べることを目的として,音の断続に伴う神経活動の計測に着目した。機能的MRIにおいて,大きな撮像音を発生させる傾斜磁場を一時的に止めることにより,相対的静音状態を作り出し,この音の断続に伴う神経活動を計測した。安静状態における30分間の連続計測では,聴覚野における安定した脳血流反応が確認できた。これにより,課題遂行とは無関係な神経領域における反応性を測定することが可能となった。

 今後,正常対照群および慢性疲労症候群患者を対象として,この計測法を疲労誘発課題とともに適用することにより,疲労・疲労感の客観的計量を行う予定である。

 

24.非可聴域高周波弾性振動情報の生体内伝達メカニズムについての研究

本田 学(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)
大橋 力(千葉工業大学)
仁科 エミ(メディア教育開発センター)

 これまでに本研究グループは,非定常な高周波成分が可聴域音と共存することにより,視床および上部脳幹の局所脳血流増加を含む,特有の相互作用をおよぼすことを報告してきた。また近年,音声信号で振幅変調した超過聴閾弾性波を骨導で呈示すると,内耳性難聴者でも音声の認知が可能であると報告されている。本研究は,こうした可聴閾を超える非定常な高周波弾性振動情報が神経系に影響をおよぼすメカニズムについて,その伝達経路の解明を目的とする。本年度においては上記の研究目的達成のため,セラミック性の非磁性聴覚刺激装置の周波数特性を改善し,80kHzまでの高周波成分の呈示を可能にした。このシステムを用いて,機能的磁気共鳴画像の撮像を行った。現在,結果の検討中である。

 またポジトロン断層撮像法をもちいて計測したデータに対して主成分分析を応用することにより,データに含まれる互いに相関をもった変動成分を抽出する神経ネットワーク解析を整備し,この手法をもちいて,非可聴域超高周波成分を豊富に含む音を聴取時,同じ音源から超高周波成分を除去した音を聴取時,暗騒音(ベースライン)時に記録した脳血流の解析をおこなった。その結果,第一成分として両側聴覚野を含む成分,第二成分として視床,視床下部,脳幹を含む成分が抽出された。第二成分の条件による変動パターンは,超高周波成分を含むときに高く,含まないときにはベースライン条件よりも低下していた。また超高周波成分を含む音の聴取時には,免疫活性を示す血中NK細胞活性が上昇していた。これらの知見は,非可域超高周波成分による相互作用効果が,免疫系への影響を与えうる視床下部を含む脳深部の神経組織を介して発現することを示唆する。

 

25.海馬錐体細胞における代謝型グルタミン酸受容体を介した逆行性シグナル伝達調節機構

狩野方伸,少作隆子(金沢大学大学院医学系研究科脳医科学専攻シナプス機能・発達学)
坪川 宏(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)

 海馬ニューロンの抑制性シナプス伝達の調節におけるムスカリン性アセチルコリン受容体(mAChR,M1-M5)の役割について調べたところ,以下の結果が得られた。(1)カンナビノイド受容体タイプ1(CB1)アンタゴニスト(AM281)を用いてCB1を阻害した条件で,mAChRアゴニスト(oxo-M)を投与すると抑制性シナプス後電流(IPSC)は小さくなった。このIPSCの抑制は,paired- pulse比の上昇を伴うことから伝達物質GABAの放出が抑制されることによると考えられた。(2)このカンナビノイド非依存性のIPSCの抑制は,M2に比較的選択的なアンタゴニスト(gallamine)により阻害され,また,M2欠損マウスで消失した。(3)CB1受容体を阻害しない条件でmAChRアゴニストのIPSC抑制効果を調べたところ,gallamineで阻害されない成分が出現した。このIPSCの抑制もまたpaired-pulse比の上昇を伴うことから,終末からのGABA放出が抑制されることによると考えられた。(4)このgallamineで阻害されない受容体を介するIPSCの抑制は,CB1アンタゴニスト処理により消失した。また,M1およびM3受容体の欠損マウスで完全に消失した。(5)mAChRアゴニストはさらに,脱分極による内因性カンナビノイドの放出を促進させ,DSI(depolarization-induced suppression of inhibition)を増強させた。このDSI増強作用はM1およびM3受容体の欠損マウスで完全に消失した(Eur J Neurosci 18:109-116, 2003)。

 以上の結果より考えられるモデルを図に示す。アセチルコリンはシナプス前後の異なるサブタイプのmAChRを介して抑制性シナプス伝達を調節している。シナプス前終末のM2受容体が活性化されると終末からのGABAの放出が抑制され,シナプス伝達が抑制される。一方,シナプス後ニューロンのM1/M3受容体が活性化されると,内因性カンナビノイドが放出され,シナプス前終末のCB1受容体を介してGABAの放出が抑制される。また,シナプス後ニューロンのM1/M3受容体の活性化は,脱分極による内因性カンナビノイドの放出を促進させ,脱分極による抑制性シナプス伝達の抑制(DSI)を促進させる。

 

26.PKC-GFPトランスジェニックマウス用いた神経可塑性制御に対するPKCの役割の解明

酒井規雄(広島大学大学院医歯薬学総合研究科創生医科学専攻
病態探究医科学講座神経・精神薬理学教室)
坪川 宏(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)

 gPKC-GFPを線条体,小脳プルキンエ細胞,海馬を含む前脳に発現するトランスジェニックマウスの作製に成功した。本研究で作製したこれらのマウスは,tet制御システムを用いたマウスであり,テトラサイクリンの派生体であるドキシサイクリンを投与することでgPKC-GFPの発現を制御する(投与により発現を止める)ことが可能であることが確かめられた。これらのマウスから,特に小脳のスライスを作製し,小脳プルキンエ細胞におけるPKCのトランスロケーションを二光子励起レーザー顕微鏡や高感度CCDカメラを用いて観察した(図参照)。

 代謝型グルタミン酸受容体作動薬の投与により,プルキンエ細胞の樹状突起においてgPKC-GFPは,一過性にトランスロケーションを起こす事が確認できた。特に樹状突起幹の部位でトランスロケーションは明瞭に観察することができた,さらに,平行線維を電気刺激すると刺激を受けた樹状突起の末梢部から細胞体の方向にgPKC-GFPのトランスロケーションが伝播することが観察することができた。このように,今回作製したマウスを用いることにより,スライスの生細胞で初めてPKCのトランスロケーションをリアルタイムに観察することに成功した。また,このマウスは,タンパク質のレベルでの刺激依存的な神経興奮の伝播を観察しその意義を検討するのに非常に有用なマウスであることが明らかになった。今後さらにgPKC-GFPトランスロケーションの伝播の性質について詳細に解析し,その生理的な意義について検討していく予定である。

 

27.イカ触手と表皮細胞の脳を介したエレガントな微調整機構の解明

筒井泉雄(一橋大学・大学院商学研究科・助教授)

 イカは獲物をとらえる時の触手の放出(ejection)が非常に速いのにかかわらず、その先端の動きは大変優雅である。この獲物捕獲時の情報伝達と一連の筋肉動作は神経により非常に細かく制御されている。本実験はどのような筋肉制御機構を発達させることによって、イカを含む軟体動物が高等な情報伝達機構を発達させたのかを解明することを目的とし、イカの脳のどの部位からどのような神経支配が皮膚や触手に及ぶかを探索した。イカは視覚情報をまずopticlobeで処理し、結果をmainbrainに送り行動制御している。脳の各部位に電気刺激を与えて筋収縮の応答を調べた結果、イカの触手の放出はopticlobe経由で処理されているが、獲物を捕らえる触手先端の動きはmainbrain経由であることが判明した。獲物を捕らえるという単純な動作1つが2つの神経回路のcoordinationの結果引き起こされていることが示唆された。mainbrainが獲物を見つけたとき、獲物に向かって触手を発射するという単純な動作と、獲物を絡め取るという複雑な動作を切り分けて制御している可能性があり、軟体動物は複雑な動作を並列処理で解決することで高度な情報処理能を持つに至ったと推察される。

 

28.電位依存性チャネルの発現調節機構

岡村 康司(統合バイオサイエンスセンター)

 産業技術総合研究所 脳神経情報研究部門と協力し,電位依存性Caチャネルの細胞表面への発現について,αサブユニット及びβサブユニットの役割を明らかにする研究を行った。αサブユニットについては,哺乳類L型CaチャネルのN末端側を欠く分子がドミナントネガティブ効果を示すことを見出し,タンパク量の発現調節を介してL型Caチャネルの発現を制御できる可能性を示した。βサブユニットについては,ホヤL型Caチャネルの発現系を用いて発生過程でのスプライス変異型の発現を調べたところ,C末端側を欠く分子が発生過程の初期に特異的に発現することを見出した。Two-hybrid法を用いてβサブユニットと結合する新規タンパク分子の同定を行った。

 

29.1分子生体高分子の顕微鏡試料作製法の開発

水野 彰,桂 進司(豊橋技科大)
民谷栄一(北陸先端大・材料科学)
馬場嘉信(徳島大・薬)
石川 満(オングストームテクノロジー研究機構)
猪飼 篤(東工大院・生命理工)
田坂基行(東京大院・理)
Aneliya Zdravkova,永山國昭

 1重鎖もしくは2重鎖のDNAを直線状に最大長で伸長することはDNAの1分子操作,DNAの1分子観察の基盤技術である。特に電子顕微鏡を用いたDNA1分子の塩基配列法の確立には必須の技術である。この技術を確立するため,DNAを伸長することに成功しているmolecular combing(分子櫛)の方法の利用研究を行った。その結果1本鎖,2本鎖DNAの水溶液をpH5.5に調整し,基板を疎水性に保つとDNA鎖が最大伸長以上に伸長することがわかった。そして伸長の様子はウラン酸の陰染色電顕像により直接確かめられた。定量的に見るためDNAの長さを測ると,図のように最大伸長付近に分布することがわかった。ただしこの方法は疎水面を使うためDNAの基板吸着が極めて悪く,DNA1分子の利用効率が極度に低い。今後はチオール化DNAを用いて基板上の金ドットに強結合させ利用効率の向上を図りたい。

分子櫛法(molecular combing)による2重鎖DNAの伸長統計

 PUC19dsDNA2686塩基対→913nm)の分子櫛法による伸長

 

30.電子位相顕微鏡を用いたin situでの蛋白質局在性の証明

臼田信光,中沢綾美(藤田保健衛生大・医)
横田貞記(山梨医大)
金子康子(埼玉大・理)
伊藤正樹(佐賀医大)
中山耕造,橋本 隆,亀谷清和(信州大)
Radostin Danev,永山國昭

 細胞切片や組織切片をむ染色で行うことは試料調整を極度に簡易化するのみならず人為的エラーなしの形態観察のために必要である。この目的のため高コントラストを特徴とする電子位相顕微鏡法のうち微分干渉法(ヒルバート変換法)を用いて種々のテストを行った。その結果,高加速の300kV電顕を用いた位相差法では電子染色なしで高コントラストの電顕像の得られることがわかった。ただし透過能の弱い100kVの電子顕微鏡では組織切片のような厚い試料に対しコントラストの充分な改善が得られなかった。これは半円位相板にπの位相変化を行わせるため,炭素薄膜が厚くなり,電子線の散乱吸収が大となるためである。この点を考慮し,今後,使い方の最適化を行っていく。

300kV電顕による尿細管細胞の切片像(通常法と微分干渉法の比較)

 

31.脊椎動物TRPホモログとG蛋白質共役型受容体で活性化されるCa2+透過型陽イオンチャネルの分子的相関に関する研究

井上 隆司(九州大学大学院医学研究院)
森 泰生,原 雄二(生理学研究所・統合バイオ)

 TRPMチャネルサブファミリーは,「細胞増殖・死・生存」の制御やその破綻した病態との関連を強く想起させる特徴を備えた,全く新しいタイプの「電位非依存性Ca2+チャネル群」として注目を集めている。我々は,ヒト網膜芽細胞腫(retinoblastoma: RB)に発現しているTRPM7チャネルに着目し,増殖機能との関係を調べた。RB細胞は,血清や細胞外Ca2+濃度に依存して増殖する性質を有する。パッチクランプ法を用いたRB細胞からの電流記録を行ったところ,血清刺激によりCa2+透過性を示す自発性内向陽イオン電流(Ispont)が記録できた。Ispontの電気生理学的性質は,TRPM7タンパク質を強制発現させた細胞から記録される陽イオン電流と類似していた。実際に,TRPM7のアンチセンスオリゴヌクレオチドをRB細胞に処理することにより,Ispontの電流密度の低下,細胞増殖能の低下が認められた。以上の結果は,RB細胞におけるIspontチャネルを介した持続的Ca2+流入の発生に,TRPM7タンパク質がチャネル経路を構成する必須の分子として参与している可能性を示している。

 

32.ラット肺動脈におけるTRPチャネルの発現およびその機能に関する研究

北村 憲司,加藤 健一(福岡歯科大学)
森 泰生(生理学研究所・統合バイオ)

 受容体刺激によって引き起こされる内向き陽イオン電流は,肺動脈圧を制御する上で重要な役割を果たしている。しかし,肺動脈血管におけるTRPチャネルの機能は全くわかっていない。これを明らかにすべく,肺動脈血管平滑筋細胞に内在性に発現するTRPチャネルの探索を行っている。また,肺炎などの病態時におけるTRPチャネルの発現・機能変化についても現在解析を進めているところである。

 

33.Hirshusprung病コンジェニックラット(LE-Ednrbsl)の病態解析

安居院高志(名古屋市立大学大学院医学研究科)
宮本智美(名古屋市立大学大学院医学研究科)
尾崎 毅(岡崎国立共同研究機構動物実験センター)

 aganglionosis rat (AR)は被毛色の欠損と巨大小腸及び結腸症を呈するヒトHirschsprung病のモデル動物である。原因遺伝子はエンドセリンレセプタータイプB(Ednrb)遺伝子の部分欠失であることが既に我々を含めた複数のグループにより明らかにされている。ARは巨大腸症のため生後3週齢で全例死亡する。ところが,ARと他の近交系ラットLEとの間で2回戻し交配した子孫の中に被毛色の欠損を呈するものの巨大腸症を呈さない個体が見い出された。このことは背景遺伝子がLEに変わることで巨大腸症のみが緩和される可能性を示唆していた。そこで戻し交配を10世代繰り返すことで背景遺伝子をLEラットに完全に置き換えたコンジェニックラットLE-Ednrbslを作製した。しかしながらこのラットは予想に反し,AR同様巨大腸症によって3週齢で全例死亡した。これらの結果から背景遺伝子がARとLEが適度に入り交じった場合にのみEdnrb遺伝子の欠損を相補する可能性が考えられた。そこでLE-+/EdnrbslとAR-+/Ednrbslとを交配しF2(LE.AR)-Ednrbsl/Ednrbslを作製し,2週齢において被毛色と腸管症状を観察したところ,被毛色については全例欠損していたものの,腸管症状については軽症例から重症例までのばらつきが見られ,上記の仮説は正しいことが示唆された。今後F2(LE.AR)-Ednrbsl/Ednrbslラットを100匹程度まで増やし,その腸管症状の重篤度とゲノムマーカーとの連鎖解析を行うことで,Ednrb遺伝子欠損を相補している遺伝子が同定できるものと期待される。

 


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