生理学研究所年報 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

1.MnCl2造影磁気共鳴イメージングによる中枢興奮部位の同定

森田啓之,藤木通弘(岐阜大学)
荻野孝史(国立精神・神経センター研究所)
瀬尾芳輝(京都府立医科大学)
鷹股 亮(奈良女子大学)
村上政隆(生理学研究所)

【目的】我々は2000年度から,MnCl2造影磁気共鳴イメージング法を用い,中枢の興奮部位同定を行ってきた。Mn2+は,神経細胞興奮時に電位依存性Ca2+チャネルから細胞内に取り込まれる。このため,血流量に依存せず,神経細胞興奮と直接リンクした画像描出が可能である。さらに,従来のBOLD効果を用いたfMRIに比べ,感度が高いという利点がある。実際,昨年度の研究により,高張食塩水頸動脈内投与に対する中枢興奮部位をニューロン単位で同定することができた。今回申請の共同利用実験の目的は,より軽微で,より生理的な刺激である味覚刺激に対する中枢興奮部位をMnCl2造影を用いて同定することができるかを確かめることである。

【方法】全ての実験はWistar系雄ラット(200〜280 g)を用いて行った。エンフルラン(1 %)),O2/CO2-N2O (1 : 1.5)吸入麻酔下に,左大腿静脈から下大静脈へMnCl2投与用カテーテルを挿入した。右外頸動脈から総頸動脈に向けカテーテルを挿入し,先端部は総頸動脈‐内頸動脈分岐部に固定した。口腔内に味覚刺激溶液投与用カテーテルを固定した。手術終了後,腹腔内にα‐クロラロース(70 mg/kg)を投与し,エンフルランを中止した。ラットをアクリル製頭部固定装置に固定した後,23 mmの表面コイルをbregmaの尾側4 mmの場所に中心を合わせて設置した。MnCl2(100 mM,2 ml/kg/h)を静脈内に投与しながら,25 %マンニトール溶液(5 ml/kg)を右内頸動脈から投与して右側血液脳関門を破壊した。MnCl2投与開始40分後に,味刺激として食塩水,塩酸キニーネ,酒石酸を口腔内に投与した。磁気共鳴施設のABX Biospec 47/40(Bruker社,4.7 T)を用い,刺激前,刺激中,刺激後と連続してT1-weighted MRI画像を撮影した(視野:25×25 mm,データ画素数128×128,スライス厚1 mm,16スライス,TR/TE:150/4.2 ms) 。刺激前後の信号強度変化スピードを検定し,刺激により有意に信号強度が増加した部位を求た。

【結果と考察】図1に味覚刺激に対し,有意に信号強度が増加した中枢部位を示す。味覚刺激に対し,皮質,視床,視床下部の広い範囲にわたり,信号強度が増加した。味覚の求心神経のひとつである舌咽神経を両側で切断すると,これらの部位の信号強度増加が有意に抑制された(図2)。

 以上の結果から,味覚刺激のような生理的刺激に対してもMnCl2造影磁気共鳴イメージング法は有用であることが確かめられた。

 

2.頭針(Scalp Acupuncture; SA)による卒中易発症ラット(SHR-SP)卒中麻痺回復過程における脳内組織変化の非破壊追跡

井上 勲(徳島大学)荻野孝史(国立精神神経センター)村上政隆(生理研)

 頭骸骨に沿って頭皮に針を刺す頭針(SA)は中国針の一つで,主に卒中による麻痺の軽減に広く用いられている。これまでの臨床報告によれば,虚血,出血の原因によらず,患者の95%以上に麻痺の軽減が認められ,さらに患者の60-80%は完全あるいは社会復帰できるまでに「位置しく」回復する。この回復率は投薬による回復率の2倍である。このようなSAの劇的な作用を自然科学のベースで理解するためには,安定したコントロールと心理効果の除外が必要である。SHR-SPはヒトの卒中発生をもっとも忠実に表現する実験動物である。すでに我々はSHR-SP卒中麻痺がSAにより速やかにかつ強力に除去されることを確認した(Inoue et al, 2002)。この回復過程における脳内組織構造の時間経過を追跡することは,機構解明の第一歩である。我々は平成13年度より本共同研究を開始しMRIによる非破壊観察のためのデバイスを作成し,本年度から観察を開始した。まだ全ての実験条件が整ってはいないが,SHR-SPを用いてニ例観察を行った。二例とも発作後7日目の脳をそれぞれ一度づつ観察した。どちらも発作後左前後肢に重度の麻痺が現れた。第一例はSAによる麻痺回復後2度目の発作を起こし麻痺が再び現れたラット,第二例は麻痺が取り除かれたラットである。第一例は,右全脳中大脳および皮質に大規模な浮腫と炎症が認められたが,第二例においては検出可能な浮腫炎症は認められなかった。

 SA開始後時間を追ってMRI追跡観察することにより,麻痺の軽減と脳内構造変化の相関性が明らかにされることが期待できる。

 

3.MRIによるサル視床の観察と記録電極の定位への応用

船橋新太郎,渡辺由美子,居垣紗織(京都大学)
一原里江(札幌医科大学)

 視床背内側核は,前頭連合野と双方向性の強い線維結合をもち,その損傷により前頭連合野の損傷に類似した行動変化が観察されることから,前頭連合野の機能を理解する上で視床背内側核の機能の理解が不可欠であると考えられる。われわれの研究グループでは,ワーキングメモリを必要とする課題を行なっているサルの視床から単一ニューロン活動の記録を試みているが,背内側核が脳の深部に位置し,位置決定のための基準となるstereotaxic map上の位置が文献により大きく異なるため,電極の定位が難しい。そこで,MRIにより視床を含む脳領域を可視化し,いくつかの脳部位との相対的な位置関係から視床背内側核の位置を正確に定位することを試みた。同時に,前頭連合野背外側部,眼窩前頭葉の同定も実施した。

 2頭のアカゲザルの脳のMRI画像を撮影した。麻酔したサルの頭部をMRI撮影用脳定位固定装置に固定し,MRI装置により,前額断,矢状断,水平断の脳断面を撮影した。撮影はstereotaxic atlasで想定される視床背内側核を中心に,全脳にわたって行なった。

 撮影されたMRI画像はSPM99を用いて解析した。まず,脳をstereotaxic atlasと同一の座標に配置し,前額断の画像を用いて前交連の位置(前後軸上の座標位置)を決定した。いずれの文献でも,背内側核の前後軸上の位置は,前交連の後方6-16mmの範囲であることから,先に決定した前交連の位置から背内側核の位置を決定し,そこに電極の先端が行くように電極アダプターの位置を決定した。

 現在,これらのサルの視床ならびに眼窩前頭葉より単一ニューロン活動を記録し,分析を行なっている。

 

5.サルの視覚弁別課題の学習過程における下側頭葉,海馬,前頭野の働き

尾上浩隆(《財》東京都医学研究機構東京都神経科学総合研究所心理学部門)
横山ちひろ(京都府立医科大学精神医学教室)

 人はある問題状況に直面したとき,自分なりの論理や習慣,経験にしたがって問題の解決を行う。さらに同じ状況が続くと時間や精神的努力などに費やされるエネルギーを節約しプロセスの効率を高めようと,注意や情報の探索法などに改良を試み実行する。このような情報処理活動における方略の獲得は主体自らが能動的に心的過程を制御することで得られる概念的思考であり,人では幼児期の2歳を過ぎた頃から言語の獲得にともなって発達することが知られている。この過程には,前頭葉における作業記憶系や海馬や海馬周辺皮質による記憶系など,記憶や行動に関わるいくつかの知的要素が深く関わっている。しかし,実際にそれぞれの個々の部品を駆使していかにして全体としての知的行動が生ずるかについての詳細はいまだ不明なことろが多い。今回我々は,概念思考のひとつである「学習の構え」の形成をモデルとして,このような霊長類において特徴的な問題解決に関わる神経回路の学習獲得過程における時系列的な変遷に関して,サルに非侵襲的な脳機能イメージング法を適用して追跡を試みた。実験では,学習経験が情報処理過程に及ぼす影響を調べるために,アカゲザル(5-7才)に幾何学模様を用いた対刺激同時弁別課題を訓練し,次々に新規刺激対からなる図形弁別課題の新規学習を経験させ,学習期の反応時間と脳活動を詳細に解析した。新規課題の課題解決の経験数が増加するに伴い,各新規課題で正解率90%以上の基準に要する試行数は有意に減少し,いわゆる「学習の構え」の形成が観察された。またこの時,各新規課題で正解率90%以上の基準に達するまでの時期(問題解決期)の平均反応時間は有意な上昇を示すことが明らかになった。さらに陽電子断層撮像法(positron emission tomography, PET)を用いた機能イメージングは,「学習の構え」形成に伴い問題解決に使われる神経ネットワークがダイナミックに変遷することを明らかにした。

 

6.磁気共鳴画像装置による脳賦活検査を用いたヒトの高次脳機能研究

飯高哲也,松本敦,野川純平(名古屋大学大学院環境学研究科心理学講座)

 機能的磁気共鳴画像(fMRI)はヒトが認知活動を遂行している間に非侵襲的に,かつ全脳から信号を測定することができる。その空間的解像度は数ミリの単位であるが,反対に時間的解像度は秒単位と比較的遅い。ミリ秒単位の脳活動は事象関連電位(ERP)や脳磁図(MEG)などを用いなくては測定することは不可能である。われわれは同一被験者に対して同じ課題を用いてfMRIとERPを行い脳活動の空間的情報と時間的情報を得た。この方法で脳機能をより統合した形で解析できると考えている。本年度は3つの実験を行った。

I  顔の認知に関る脳内機構

 顔の認知は言語と並んでヒトの社会生活上重要なコミュニケーション能力である。今回はfMRIにより顔の認知に関るとされる紡錘状回の賦活とERPで確認されるN170成分との相関について検討した。その結果,顕著に見られたのはN170成分の潜時の長い被験者おいて紡錘状回の賦活が有意に強いことであった。また高解像度の解剖画像を用いてVoxel-based-morphometryを行いN170成分潜時と紡錘状回の灰白質密度との関係も明らかにした。N170振幅はfMRIで測定されたBOLD信号との相関は少なかった。

II  倒立顔の認知とN170

 顔を上下反転して呈示した場合は,通常の場合と比較してその認知能力が大きく低下することが知られている。これは顔が常に同じ方向で見ることに慣れているためと考えられている。この倒立顔効果をfMRIとERPを用いて検証した。倒立顔は通常の顔と比較して紡錘状回後部を強く賦活した。これは倒立により視覚刺激としての新奇性が亢進したためと考えられた。ERPではN170の潜時が延長した。この潜時の延長の程度と紡錘状回の賦活の間に正の相関があることから,潜時の長い被験者では視覚的注意が亢進していると考えられた。

III  意味プライミングとN400

 単語どうしの意味的関連が脳内でどのように処理されているかをfMRIとERPを用いて検証した。例えば「大学−研究」などの関連した単語対が呈示された場合,「講演−炊飯」などの無関連な対と比べて認知処理が早まることが知られている(意味プライミング)。ERPでは無関連対でN400振幅が増加(または関連対で減少)することが本研究でも確認された。fMRIでは無関連対で左前頭葉と前部帯状回の信号が亢進していることが確認された。

 

7.ヒトの身体図式(body schema)の脳内再現

内藤栄一(京都大学人間・環境学研究科)

 一次運動野はすべての哺乳類が有するが,その機能は四肢の運動を制御するものと長い間されてきた。研究者は,四肢の腱を80Hzで振動刺激することによって惹起する運動錯覚を応用して,実際の四肢の運動を引き起こすことなく,ヒトの一次運動野が筋紡錘からの感覚情報(四肢の動き情報)を受け取り,その感覚情報処理に関与することを示してきた(Naito et al., 1999; Naito and Ehrsson, 2001; Naito et al., 2002a,b)。特に,Naito et al. (2002b)では,一次運動野がこの感覚情報処理とは独立に,被験者が手の動きを知覚したときに活動することを示した。これは,一次運動野が感覚情報処理機能とは独立に運動知覚そのものに関与すること,しかも被験者が四肢の動きを知覚するためには,運動野の活動が必要であることを示した。

 この仮説をさらに検証するために,fMRI実験を生理学研究所で行った。右手首伸展筋の腱が刺激され,被験者が右手の屈曲運動を経験している最中に,前もってビデオに記録していた彼ら自身の手首運動の映像をみる。手首の映像が伸展運動(錯覚方向とは逆;incongruent)の場合,手首屈曲の運動錯覚経験の強度は,手首の映像が屈曲運動(錯覚方向と同方向;congruent)の場合に比べて有意に減弱する(Naito et al., 2002c)。もし一次運動野の活動が自らの四肢の動き知覚に関与するならば,incongruentの視覚情報が運動錯覚経験を減弱するという被験者の知覚に対応して,その活動も減弱することが予想された。

 14人の右利き健常被験者がfMRI実験に参加した。被験者が右手首の運動錯覚を経験しながら,スクリーン上の注視点(+)を注視している場合(control条件),左(反対側)の一次運動野のみがすべての被験者で共通に賦活した。これは,一次運動野が運動錯覚知覚においてprimaryな機能を持つことを意味する。同様にcongruent条件でも,左運動野のみがすべての被験者で共通に賦活したが,incongruentの条件ではこの活動が有意に減弱した。すべての条件で全く同一の振動刺激が腱に与えられているため,運動野にはどの条件でも一定の感覚情報入力があるはずである。にもかかわらず,incongruent条件では有意に運動野活動が減少した。つまり,運動野の活動は手の動きの視覚情報が知覚情報処理のレベルで運動錯覚知覚に影響を及ぼした結果を反映するものと想定され,運動野が四肢の動き知覚に関与するという仮説を裏付ける結果となった。

【文献】

  1. Naitoet al. (1999)J.Neurosci.19: 6134-6144.
  2. Naito and Ehrsson(2001)Neuroreport 12: 3805-3809.
  3. Naitoet al. (2002a)J Neurosci 22: 3683-3691.
  4. Naito et al. (2002b) Neuron 36: 979-988.
  5. Naito et al. (2002c) Hum Brain Mapp. Abst 811.

 

8.温熱的情動感覚(暑さ・寒さ)発現の脳機構解析

彼末一之,永島 計(大阪大学医学部保健学科)
定籐規弘,岡田知久(生理学研究所心理生理学研究部門)

 温度感覚は狭義の温度感覚(熱い・冷たい)と温熱的情動感覚(暑さ・寒さ)の2種類あるが,いずれについても神経機構に関する知見は少ない。前年は情動感覚(寒さ)に関係する脳部位を検討し,扁桃核の重要性を示唆する結果を得た。本年度はこの結果と比較する目的で狭義の温度感覚(冷たい)に関係するヒトの手部また全身を冷却刺激したときの脳活性部位をfMRIで解析した。

 局所刺激は手掌全体を覆うチューブ内を還流する水によって,左手・右手別々に,冷刺激(25℃:1 min)した。対象は健常被検者8名とし,被検者には温度感覚を1(very cold)から9(very hot)の9段階で申告させた。温度刺激による痛みを申告した者はいなかった。右手あるいは左手の冷刺激ともに両側の第二次体性感覚野(secondary somatosensory cortex:SII)及び島皮質(insular cortex)に温度変化及び温度感覚と相関を持つ賦活が認められた。温度感覚は一般に温度の絶対値ではなく変化成分によって強く誘起される。実際,本実験でも温度感覚は温度変化のピークよりも速い反応が見られた。SIIとinsulaの賦活は温度よりも感覚と強い相関が認められた。この結果はこの脳領域の活性が温度感覚発現に重要な役割を果たしていることを示唆する。全身刺激では水の還流するチューブスーツを用いて冷却刺激(15℃:1 min)を行った。対象は健常被検者8名とし,被検者には短時間刺激では「全身の」温度感覚を1(very cold)から6 (slightly warm)の6段階で申告させた。実験後の申告によれば1 minという短時間の刺激では「寒さ」を感ずることはなかった。この全身冷却刺激では視床(thalamus)及び小脳(cerebellum)に温度感覚と相関する賦活が認められた。しかし温度と相関を示す脳部位は認められなかった。本実験で用いた「全身」の温度感覚は日常ではあまり意識しない感覚である(日常では全身では「暑さ・寒さ」をより意識する)。そのために被験者は全身の感覚を恣意的に平均する,あるいはある局所の感覚を代表させるなどまちまちな方法をとっていたようである。このために局所冷感覚で見られたSIIとinsulaの賦活が得られなかった可能性がある。また小脳の賦活については急速な全身冷却では全身の筋トーヌスが上昇するのでそれにともなう二次的なものである可能性がある。全身刺激については今後より詳細な検討が必要である。

 

9.マイクロイメージング法による脳室周囲器官群および関連する視床下部・延髄の研究

鷹股 亮(奈良女子大学 生活環境学部)
瀬尾芳輝,生駒和也(京都府立医科大学 第一生理学教室)
荻野孝史(国立精神・神経センター神経研究所)
村上政隆,永山國昭(生理学研究所)

 我々は血液-脳関門の欠損部位であり,浸透圧調節における受容器として機能していると考えられる脳室周囲器官群における毛細血管の水透過性を定量化することを目的として実験を行っている。昨年度は,静脈内にGd-DTPAを投与してT1強調画像法で画像化すると,脳室周囲器官群である脳弓下器官および下垂体の組織において高信号強度を示すことを明らかにした。更に,この信号強度の上昇はGd-DTPAの血管外への漏出によるものではないことを確認し,この部位における毛細血管水透過性が脳の他の部位に比べて高い可能性があることを報告した。

 本年度は,in vivoでSFOにおける毛細血管水透過性を定量化し,更に浸透圧刺激による視床下部神経核の活動部位をMRIイメージで同定することを目的とした実験を行った。

 ラットの静脈内にGd-DTPAを持続投与して,組織のT1緩和時間をinversion recovery MRIイメージで測定することにより定量化し,脳室周囲器官(特にSFO)と脳内の他の部位と比較した。SFOでは,Gd-DTPA投与によりT1緩和速度(1/T1)は,各々0.70 ± 0.02 sec-1から1.53 ± 0.11sec-1に上昇した。一方,大脳皮質や視床においてはT1の有意な変化は認められなかった。SFOにおける毛細血管内皮の水透過係数を求めると,3.7×10-3cm s-1となった。この値は,腎臓の直血管における透過係数に匹敵するもので,脳における毛細血管の値としては極めて高く,BBBが存在する皮質における透過性の10-100倍大きいことが明らかになった。この結果は,SFOが血漿(BBBの外側)の浸透圧を受容する部位として機能するに極めて効果的な構造をしていることを示唆する。

 次に静脈内への浸透圧刺激により活性化される脳部位をMRIを用いて同定する実験を行った。ラットの側脳室内にMn2+(2mM)を約90分にわたって持続的に投与して,脳実質内にMn2+を分布させた。静脈内へ高浸透圧溶液(1.5 M NaCl; 3.3ml/kg body weight)を注入し,細胞内へMn2+が取込まれた部位をT1強調画像の信号強度の上昇でみると,視索上核において信号強度の有意な上昇が認められた。このことは,高浸透圧刺激により,上昇した血漿浸透圧の情報が視索上核にまで達し,その神経細胞体が活性化された事を示唆している。今後は,この方法を用いて,視床下部および延髄の各部位の体液調節系機能における役割をin vivoで明らかにしていく予定である。

 

10.磁気共鳴画像診断用新規造影剤の開発

阪原晴海,竹原康雄,那須初子,磯貝 聡,杉山雅洋(浜松医科大学)
高橋 護(聖隷三方原病院)
定籐規弘(生理学研究所)

 本研究の目的は,磁気共鳴画像診断用の新しい造影剤としてポルフィリンやデンドリマーを基本骨格とする薬剤のin vivoにおける挙動を評価することである。

(1)Gd-DTPAデンドリマーによる造影MRI・MR angiography

 Gd-DTPAデンドリマー86.9mgを2mlの生理食塩水に溶解して得られた溶液を,体重約300gのSDラットの尾静脈より0.5ml(0.05mmol/kgに相当)投与し,Siemens社製3T超伝導MR装置(Magnetom Allegra)に2-inch送受信コイルを併用して撮影を行った。使用したパルス系列は2種類で,i)脂肪抑制併用3-dimensional Fouriertransform gradient-recalled acquisition in steady state,撮像条件TR(ms)/TE(ms)/FA=1.92/0.76/20,FOV=25cm,matrix=91x256,64 partition, slice-thickness=1.25mmおよび,ii)spin-echo(SE)法,撮像条件TR 600ms, TE 6ms, FA 90, 16 slices, thickness 3mm, gap 0mm, FOV 180mm, Rectangular FOV 6/8, Matrix 256 x 192である。まず,造影剤の投与前を撮像し,投与後は1時間後まで撮像を繰り返した。投与後20分後の画像からMaximum Intensity Projection Algorithmにて再構成した3次元投影図では,大血管の描出が極めて良好であり,造影MRAとして十分応用が可能と思われた。また,SE法では,本造影剤は,造影剤投与後1時間でも,血管,肝臓,腎臓等に優れた造影効果を有していることがわかった。

(2)Mn-ポルフィリンを用いる心筋梗塞巣の描出に関する予備実験

 ラットの冠状動脈にsnear-loopによる閉塞と再開通の操作を加えて作製した心筋梗塞巣をMn-ポルフィリンで描出することを予定している。そのため,開胸して人工呼吸下で3〜4心拍をTRとする心電図gateを行いつつ,人工呼吸器のストロークを機械的に呼吸同期用のベローズに結びつけた形でspin echo系の撮像法による心筋のイメージングを試みた。ラットの心筋の画像は得られたが,画質は十分でなかった。

 

11.磁気共鳴装置を用いた心理的ストレス研究

白川太郎(京都大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康増進・行動学分野)
福田早苗(ドレスデン工科大学心理学専攻・生物心理学分野)

【背景】

 ストレスに関連あると考えられている脳部位は,海馬や扁桃体であると,動物実験のレベルで証明されつつある。人においても,脳機能研究の発展により,課題遂行時の脳反応部位を特定することが可能になりつつある。

 これまでストレスと唾液中コルチゾールの関係を調べて来たが,唾液中コルチゾールの反応パターンは,個人によって異なる可能性が,ドイツのグループから出されている。一方,遺伝子多型の研究が進み,人には遺伝的多様性が存在することが明らかになってきている。そこで,上記のコルチゾールの反応パターンが遺伝的な個人差が原因であると仮定し,多型の違いによる特定課題に対する脳の活性部位を,磁気共鳴装置を用いて検出することを目的とする。

【方法】

 健康な日本人において,コルチゾールのストレス反応パターンを決定している候補遺伝子を決定する。多型ごとに被験者を20名ずつ選択する。決定した遺伝子及びストレスの両方に関わりのある課題を作成する。最終的には,磁気共鳴装置により脳の活性部位の差異を検討する。

 本研究に先立って,下記の予備的検討を開始している。

【目的】

 磁気共鳴装置は測定時に大きな音を伴い,その音自体がストレスとなる可能性がある。磁気共鳴装置の測定時の騒音が課題遂行時の身体に与える影響を検討する。

【方法】

 健康成人を対象とし,唾液の採取を課題10分前,直前,直後,10分後,20分後,30分後に行う。課題には,磁気共鳴装置の測定時の音をヘッドホンで10分間聞くというものを用いた。現在までに6名の測定が終了している。スピーカーから同様の音を聞くという検討を行ったが,唾液中コルチゾールの値に変化は見られなかった。

 


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