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1.脳磁図を用いたヒト運動・感覚における脳機能についての研究

 

宝珠山 稔(名古屋大学医学部保健学科)

 


感覚情報処理過程における感覚相互および随意運動との関連について,誘発脳波の手法を用いて脳磁場反応を解析した。生体磁気計測装置(Magnitoencephalo- graphy, MEG)は高い時間分解能に加えて電流源推定の精度に優れており,体性感覚誘発脳磁場(Somatosensory evoked magnetic fields, SEF)の測定は感覚情報処理過程を明らかにする極めて有用な手法となっている。

本年度は特に第1次体性感覚野(Primary somatosensory cortex, SI)における情報処理過程の時間的要素について詳細な検討を行い,SEFの回復曲線からヒトのSIは1000Hz程度の信号処理能力をもつこと,同じSI内でも100Hz程度の信号までしか応答しない細胞群があること,を明らかにした。また,高頻度(100Hz以上)の2重刺激によるSEF波形を解析し,高頻度刺激の反応性の差から1つのSEF反応に含まれる複数の成分が分離されることを観察した。このことは個々のSEF成分を形成する細胞群について,高頻度刺激に対する反応の程度からその細胞群の機能を分離分類できる可能性を示唆するものであった。

また,連続した高頻度体性感覚刺激によるSEFの記録から,体性感覚系における末梢から大脳皮質の間での機能的疲労曲線を記録することが可能であった。SEF成分は33〜100Hzまでの頻度では連続刺激によっても反応の減衰が見られず,シナプス伝達を含む信号の伝達が良好に機能していることが明らかにされた。SEF成分によっては刺激の連続によりfacilitationが生じるものがあった。末梢神経の連続刺激は筋の収縮を誘発させるため,筋収縮からの信号との相互作用によってSEF成分の減衰や増高が生じることが考えられたが,この手法によっても感覚皮質における細胞群の機能分類が可能であることが示唆された。



音声知覚の単位は言語によって異なり,このことから日本語はモーラ言語,英語はストレス言語,フランス語などロマンス語系言語は音節言語と呼ばれる。これらの単位は言語によって異なるといわれ,言語の持つリズムにかかわることが知覚実験から示唆されているものの,音声のリズム知覚の神経基盤についてはほとんど検討されていない。本研究は,脳磁場成分のなかでも特にミスマッチフィールド(MMF)を指標として,言語のリズム処理に関与する神経機構を明らかにすることを目的とした。MMFは1秒間前後の短い間隔で繰り返し呈示される同一の音(標準刺激)の中に,それとは異なる音響的特性を持つ逸脱刺激がまれに挿入された場合に,逸脱刺激に対して特異的に出現する誘発脳磁場成分である。逸脱刺激と標準刺激の間の心理的な距離が大きくなるのに従って,MMFの振幅は増大し,その潜時は短縮することが知られている。これまでの検討からMMFは被験者の注意を必要としない,自動的な逸脱検出過程を反映した成分と考えられている。日本語学習者の多くが日本語の長音の知覚を苦手とすることが知られているが,これらの長母音を含む無意味語の「エレ−ぺ」と含まない「エレぺ」を用いて米語話者および日本語話者からミスマッチフィールドと呼ばれる脳磁場成分を記録し,解析した。日本語話者の場合には,「エレーぺ」を逸脱刺激,「エレぺ」を標準刺激とした場合にも,これとは逆に「エレぺ」を逸脱刺激,「エレーぺ」を標準刺激とした場合にも,MMFが認められた。その頂点潜時は「エレぺ」と「エレーぺ」の母音部の差のonsetから約150ms(刺激の提示時点からは250ms)で,右大脳半球では逸脱刺激「エレーぺ」に対するMMFが「エレぺ」に対するMMFよりも有意に減少していた。一方,米国語話者のMMFは逸脱刺激「エレーぺ」に対するMMFは250msであったが,逸脱刺激「エレぺ」に対してMMFは出現しなかった。米国語では母音部の発音が,強勢の有無によって音素および長さも変わるが,日本語ではそのようなことがないため,上記のように話者によって異なる結果が得られたと推察した。(2002年4月,Cognitive Neuroscience Society,"Cortical magnetic responses elicited by the vowel length contrast in Japanese language: a comparison between Japanese and English speakers")



平成13年度までに,ウェーブレット変換(Wavelet Transform)を用いたヒト脳波(運動関連脳電位等)の時間周波数成分可視化に関する研究を独自に進め,本手法が脳波の発現機序を解明するために有効な手法となる可能性を示した。

平成14年度より,生理学研究所・生体磁気計測装置共同利用研究として本研究課題を開始した。本研究課題では聴覚,視覚,体性感覚,運動等により誘発される脳磁場に対してウェーブレット変換を用いた時間周波数成分可視化を行い,その発現機序について新たな知見を得ることを目的としている。

平成14年度は,本研究課題が初年度であり,また,全頭型生体磁気計測装置(Hole HEAD MEG:306チャネルホールヘッドタイプ)が生理学研究所に新規に導入されたことから,脳磁図の原理,本装置の仕様の把握,使用方法の修得,及び本装置を使用した関連研究の調査を中心に研究を進めた。本研究課題を平成15年度も継続し,実際の脳磁図データを用いての解析を行う予定としている。なお,解析においては他の信号処理手法との比較も考慮する予定である。


 

 

4.脳磁図を用いたWilliams症候群患者における認知機能

 

中村みほ(愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所)

 


Williams症候群は,7番染色体に欠失を持つ隣接遺伝子症候群で,精神発達遅滞,心血管系の異常,特異な顔貌を古典的症状とするが,認知能力のばらつきが大きいことで注目を集めている。視覚認知機能の中でもその能力には分野間の差が大きく,視空間認知の障害がとくに強いことが特徴とされている。我々はこれまで視空間認知機能に対する視覚認知背側経路の関わりについて検討を進めてきたが,今年度は臨床的には比較的障害が軽いとされてきた顔の認知に着目して,脳磁計による神経生理学的な検討を試みた。

対象は臨床的に顔の認知に問題を認めない13才男性のWilliams症候群患児である。被検者にとって面識のない複数の人物の顔の正立画像,倒立画像をランダムに被検者の左半視野に呈示し,その脳磁場反応を計測したうえで,同様の検査法によって計測された健常成人の反応(渡邊ら2003)と比較検討した。その結果,正立顔刺激においては推定双極子部位,反応潜時に健常成人との大きな違いを認めなかった。反面,倒立顔刺激に対しては,その反応潜時が健常成人とは異なる結果となった。すなわち健常成人では倒立顔に対する反応潜時が正立顔に対するそれよりも延長する傾向があったのに対し(倒立効果),Williams症候群患児においてはその傾向を認めず,倒立顔にたいする反応潜時は正立顔のそれよりもむしろ短縮していた。この所見はWilliams症候群の認知の特異性を反映している可能性があると考えられ,今後さらに検討を進める予定である。


 


 


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