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1.シナプス形成とリモデリング-機能発現の分子基盤

2002年12月5日-12月6日
代表・世話人:岡部繁男(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科)
所内対応者:小幡邦彦

(1)
軸索成長の細胞生物学:神経接着分子と細胞骨格の動的機能
上口裕之(理化学研究所脳総合研究センター発生・分化研究グループ)
(2)
セマフォリン・プレキシンのリン酸化を介した細胞内情報伝達
中村史雄(横浜市立大学医学部薬理学教室)
(3)
シナプス小胞のグルタミン酸含量とシナプス伝達
石川太郎(東京大学大学院医学系研究科神経生理学教室)
(4)
中枢シナプスの神経伝達物質共放出
鈴木紀光(神戸大学大学院医学系研究科脳科学講座)
(5)
神経シナプスactive zone形成の分子メカニズム
大塚稔久(カン研究所)
(6)
体性感覚野マップ精緻化の分子機構:マウス逆遺伝学的解析
岩里琢治(理化学研究所脳科学総合研究センタ-行動遺伝学技術開発チーム)
(7)
匂い地図形成におけるセマフォリンの機能
谷口雅彦(東京大学大学院医学系研究科分子細胞生物学専攻
生化学分子生物学講座細胞情報研究部門)

【参加者名】
岡部繁男,井上明宏,黒柳秀人,栗生俊彦,漆戸智恵,壱岐純子,杉山佳子,久保義弘(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科),白尾智明,関野祐子,水井俊幸,笹川快生(群馬大学医学部),竹居光太郎(東邦大学医学部),上口裕之,岩里琢治,今村一之(理化学研究所脳科学総合研究センター),中村史雄(横浜市立大学医学部),真鍋俊也,神谷温之,鈴木紀光(神戸大学大学院医学系研究科),石川太郎,谷口雅彦(東京大学大学院医学系研究科),井ノ口馨(三菱化学生命科学総合研究所),渡部文子,志牟田美佐,熊澤紀子,三輪秀樹,有馬史子,片山憲和(東京大学医科学研究所),山田麻紀,中尾和人,山田隆二,河合信宏(東京大学大学院薬学系研究科),能瀬聡直(東京大学大学院理学系研究科),山本亘彦,小田洋一,小橋常彦,中山寿子,丸山拓郎,(大阪大学大学院生命科学研究科),上坂直史,大波壮一郎(大阪大学大学院基礎工学研究科),狩野方伸(金沢大学大学院医学系研究科),尾藤晴彦,玉巻伸章(京都大学大学院医学系研究科),今泉美佳,藤原智徳(杏林大学医学部),斉藤祐見子,川村勇樹,手塚満恵,李 月(埼玉医科大学),片岡正和(信州大学工学部),大塚稔久,井上英二,高尾絵津子,俵田真紀(カン研究所),海老原達彦,近藤哲朗(産業技術総合研究所),古川智洋(オリンパスプロマーケティング),佐藤栄人(順天堂大学医学部),鳥海滋(基礎生物学研究所),重本隆一,籾山明子,宮田真理子,大倉正道,小幡邦彦,柳川右千夫,山肩葉子,兼子幸一(生理学研究所)

【概要】
 脳神経系の機能は,神経回路網が構築され,神経細胞間での情報伝達が成熟することで成立する。分裂停止後の神経細胞が予定された領域へ移動し,軸索と樹状突起の伸展・成熟過程を経てシナプスを形成する事で,機能的な神経回路網が出来上がるが,いったん形成されたシナプスも神経活動により絶えず修飾される事が知られている。したがって,一連の分子機構を詳細に検討するためには,分子生物学,生化学,生理学,解剖学,細胞生物学,遺伝学,システム脳科学など異なる分野の人材の協同によるmultidisciplinaryなアプローチとその統合が必要となっている。本研究会では,「シナプス形成とリモデリング-機能発現の分子基盤」というテーマに焦点を絞り,3つのセッションを設けて研究発表および討論を行った。第一セッション「シナプス前終末の前駆体:成長円錐」においては成長円錐研究における2つの重要な側面である,細胞骨格による成長円錐運動の分子機構と外界からのシグナルによる運動制御について発表があった。第二セッション「プレシナプス研究の新展開」においては,古典的なシナプス伝達に関する疑問に対して新しい電気生理学的研究手法を用いて解答を与えようとする意欲的な研究が紹介された。第三セッション「感覚系神経回路の形成と制御」においては,高次機能を分子レベルでの研究と結びつけて行く上で,感覚系の神経回路形成の分子機構が突破口となるのではないかという認識のもとに,そのような研究を活発に行っている研究者の最先端の成果を聞く事ができた。研究会においては活発な討議が行われ,シナプス形成と機能発現過程の研究における様々な問題点を洗い出し,将来的な異分野間での共同研究の萌芽を見いだす機会を提供する事ができた。

 

(1)軸索成長の細胞生物学:神経接着分子と細胞骨格の動的機能

上口裕之(理化学研究所脳科学総合研究センター発生・分化研究グループ)

 神経軸索の形成過程に重要な神経細胞体周囲の膜様部および糸状突起,および軸索伸長過程に重要な成長円錐に存在するアクチン線維は,周辺部から細胞体方向へ後方移動し牽引力を発生する。神経接着分子の細胞外領域は,細胞外基質上のリガンドと接着し,タイヤとしての役割を果たす。同時に,接着分子細胞内領域がアクチン後方移動と結合することにより,細胞外基質へと牽引力が伝達され軸索成長が誘起される。接着分子細胞内領域とアクチン後方移動の結合は,何らかの細胞内分子(クラッチ分子)を介すると考えられている。本演題では,免疫グロブリンスーパーファミリーに属する神経接着分子L1に対して,アンキリンBがクラッチ分子として機能することを報告する。軸索が効率的に成長するためには,その先端縁が細胞外基質を強固にグリップし安定した足場を形成することが重要である。アクチン後方移動と結合した接着分子は,軸索成長に伴って形質膜上を相対的に後方へ移動してしまうため,接着分子の軸索先端縁への輸送により,先端縁形質膜の接着性を高める必要がある。接着分子の再利用には,形質膜上を前方輸送する経路と,細胞内小胞輸送を介する経路とが知られている。本演題では,軸索成長円錐における神経接着分子L1の細胞内輸送機序を概説する。以上,神経接着分子と細胞骨格の分子動態およびそれらの相互作用に関する最近の知見を紹介し,軸索成長のメカニズムを考察する。

 

(2)セマフォリン・プレキシンのリン酸化を介した細胞内情報伝達

中村史雄(横浜市立大学医学部薬理学)

 神経回路形成時に成長円錐はガイド分子によって導かれ標的器官に達する。セマフォリンは反発性のガイド分子として同定され,脊椎動物では脊髄後根神経節の成長円錐の退縮を引きおこすSema3Aとその受容体であるNeuropilin-1/Plexin-A複合体系が最も詳細に解析されている。今回Plexin-A以降の細胞内情報伝達機構について報告する。Cdk5はSema3Aの退縮反応に関与し,Sema3Aの下流分子であるCRMP2はCdk5の基質となる。さらにCRMP2のリン酸化部位変異体はSema3Aによる退縮反応を阻害する。これらの事実はSema3Aの下流でCRMPのリン酸化が重要である事を示唆する。ガイド分子の情報伝達におけるチロシンリン酸化の関与を調べる為,Plexin-Aに直接結合してチロシンリン酸化が変動する分子を検索し,100kDaの分子がSema3A刺激後,数分でチロシンリン酸化され,その後速やかに脱リン酸されることを見いだした。更にチロシンホスファターゼ(PTP)もSema3Aの情報伝達に関わると推測し,LAR型PTPがセマフォリンと関連するという仮説を立てた。現在までにLAR型PTPの1つであるPTPδがSema3Aの退縮反応を部分的に阻害すること,またPTPδに100kDaの分子が会合し,そのチロシンリン酸化量がSema3A刺激後に減弱することを見いだした。これらのことからPTPδはSema3A情報伝達系に何らかの作用を及ぼすと考え解析を進めている。

 

(3)シナプス小胞のグルタミン酸含量とシナプス伝達

石川太郎1,山下貴之1,佐原資謹1,2,高橋智幸1
1東京大学大学院医学系研究科神経生理学,
2国立精神神経センター神経研究所診断研究部門)

 シナプス後膜に存在するAMPA受容体及びNMDA受容体が,単一シナプス小胞から放出されるグルタミン酸によって飽和されるという仮説(飽和仮説)が正しいとすると,シナプス小胞のグルタミン酸含量が増したとしてもシナプス伝達効率は増大しない。この仮説をラット脳幹スライスの巨大シナプス(the calyx of Held)において検証した。シナプス前末端のパッチ電極に1 mMのL-グルタミン酸を加えたときにMNTB細胞からホールセル記録されるAMPA-微小(m)EPSCの振幅は,シナプス前末端に記録電極がないときの振幅と同程度であった。これに対し,100 mMのL-グルタミン酸をシナプス前末端の電極に負荷して記録されるAMPA-mEPSCの振幅は通常の約1.5倍であった。シナプス前末端とMNTB細胞から同時記録を行い,前末端内のL-グルタミン酸の濃度を電極内潅流法によって1 mMから100 mMに増大させたところ,AMPA-EPSCとAMPA-mEPSCの振幅がいずれも著明に増大した。また,0 mM Mg2+潅流液中で記録されるNMDA-mEPSCとNMDA-EPSCの振幅も著明に増大した。以上の結果から,calyx of Heldシナプスの単一シナプス小胞に含まれるグルタミン酸はシナプス後膜のAMPA受容体及びNMDA受容体のいずれも飽和させず,シナプス小胞のグルタミン酸含量によりシナプス伝達の効率が調節され得ると結論される。

 

(4)中枢シナプスの神経伝達物質共放出

鈴木紀光(神戸大学大学院医学系研究科脳科学講座細胞神経生理)

 中枢神経系では,1つのneuronは1つのfast neurotransmitterを有するという原則が知られていた。しかしながら近年になりその理解の変更を求められている。小脳ゴルジ細胞は,顆粒細胞とシナプス結合し,その終末から抑制性神経伝達物質のGABAを放出する。一方,ゴルジ細胞は細胞体およびシナプス終末にGABAのみならず,別の抑制性神経伝達物質のglycineを含むことが形態学的に報告されている。今回,ゴルジ細胞のもうひとつの標的細胞と推測されるunipolar brush cell (UBC)の抑制性入力に着目した。10-14日齢のマウス小脳スライスのUBCからホールセル記録を行い,抑制性シナプス後電流(IPSC)を記録した。刺激誘発性および自発性IPSCにGABAA受容体媒介性の成分と同時にglycine受容体媒介性の成分が存在することを確認した。ゴルジ細胞とUBCのpaired recordingを行なって検討した結果,ゴルジ細胞がUBCに対し抑制性シナプスを形成し,シナプス前終末からGABAとglycineを同時に放出していることを観察した。さらに微小シナプス後電流(mIPSC)の解析の結果,ゴルジ細胞神経終末のシナプス小胞の一部はGABA,glycineを同時に含有していることが示唆された。本研究会では Daleの法則が提唱されてからの簡単な歴史について形態学あるいは電気生理学の報告を交えながら説明し,最近までの様々な知見を包括的に紹介する。

 

(5)神経シナプスactive zone形成の分子メカニズム

大塚稔久(カン研究所)

 神経シナプスのcytomatrix at the active zone (CAZ)には,RIM1, Munc13-1, piccoloおよびbassoonなどの細胞骨格蛋白質が存在し,active zoneの形成,構造維持および機能発現に重要な役割を果たしている。最近,私共は,ラット大脳より新規CAZ蛋白質CASTを同定しその機能解析を行った。CASTは957のアミノ酸からなり,複数のcoiled-coil領域とC末のPDZドメイン結合モチーフを有している。CASTは,そのC末でRIM1に直接結合し,かつRIM1を介してMunc13-1と結合して3者複合体を形成する。また,CASTおよびRIM1の欠失変異体の解析から,CASTがRIM1のactive zoneにおけるanchoring蛋白質であることが示唆された。さらに,bassoonもこの3者複合体に直接もしくは間接的に結合する事から,電子密度の高いCAZは,このような蛋白質-蛋白質相互作用のネットワークをその分子基盤としている事が示唆される。前半は,このCASTのデータを中心にactive zone形成の分子メカニズムについて話題を提供したい。また,後半では,シナプス小胞のclustering制御因子として線虫で同定された蛋白質SAD-1のヒトホモログの機能解析について報告し,シナプス小胞のactive zoneへのtargeting mechanismについても話題を提供したい。さらに,古典的な生化学と質量分析法を用いて同定した新規のPSD蛋白質についてもいくつかのデータを紹介する。

 

(6)体性感覚野マップ精緻化の分子機構:マウス逆遺伝学的解析

岩里琢治
(科学技術振興事業団さきがけ研究21/
理化学研究所脳科学総合研究センター行動遺伝学技術開発チーム)

 マウス大脳皮質体性感覚野には,末梢体性感覚器であるヒゲの分布に対応した,『バレル』と呼ばれる構造が存在する。バレルは,視床-皮質軸索終末と第4層神経細胞から構成され,活動依存的神経回路発達のモデルとして注目されてきた。私達は最近,Cre/loxP組換えシステムを利用し,大脳皮質の興奮性神経細胞に限定してNMDA受容体を欠損するマウス(CxNR1KOマウス)を作製した。このマウスの大脳皮質では,第4層神経細胞のパターン化が起きず,また視床-皮質軸索のパターン形成も異常になる(Iwasato et al., 2000, Nature 406, 726-731)。NMDA受容体の活性化からバレル形成に至る分子機構を更に理解するため詳細な形態学的解析を行なった。幼弱マウスのヒゲ傷害時の視床-皮質軸索の可塑性を解析した所,CxNR1KOマウスと野生型マウスとの間に有意差はなく,この部位の可塑性はNMDA受容体を介した逆行性シグナルに依存しないと考えられた。更に第4層神経細胞の樹状突起の形態をゴルジ染色によって解析した。正常マウスでは樹状突起は一つのバレルに限局し非対称的な形態を示すが,CxNR1KOマウスでは方向性を持たず放射状に伸展し,スパイン密度も有意に高かった。これらの結果は,大脳皮質のNMDA受容体の活性化が,不適切な樹状突起の成長抑制を介して樹状突起の方向性を決定し,それによってヒゲと第4層神経細胞の1対1対応が形成されることを強く示唆する。

 

(7)匂い地図形成におけるセマフォリンの機能

谷口雅彦
(東京大学大学院医学系研究科生化学分子生物学講座細胞情報)

 嗅上皮に存在する嗅細胞は多数の嗅覚受容体の内1種類だけを発現しており,同種の嗅覚受容体を発現する嗅細胞の嗅神経は,嗅球に存在する約1800個の糸球体の内わずか2〜数個の糸球体に正確に投射・収束する。このように糸球体の空間配置は嗅球における「匂い地図」を形成する。しかし,正確な匂い地図形成の分子メカニズムはほとんど分かっていない。セマフォリンは神経軸索ガイダンスにおいて重要な分子である。私は以前セマフォリン3A(Sema3A)のノックアウトマウス(-/-マウス)を作成したが,Sema3Aおよびそのレセプターであるニューロピリン-1(NP-1)が嗅覚系に発現する,という理由等から匂い地図形成におけるSema3Aの機能に注目して現在研究を進めている。抗OCAM抗体と抗NP-1抗体を分子マーカーとして使用し,成体Sema3A-/-マウスの匂い地図形成を解析した。野生型マウスでは,NP-1を発現している嗅神経は特定の糸球体に投射し限局したパターンを形成する。しかし,Sema3A-/-マウスにおいてはNP-1陽性の糸球体は嗅球全体に広がっていた。また抗OCAM抗体による匂い地図においても,-/-マウスにおいて異常が認められた。さらにoptical imaging法を用いて嗅球背側の神経活動を解析した結果,-/-マウスにおける異常を明らかにした。以上のことより,Sema3Aは嗅球において正確な匂い地図を形成するために必須であることが示された。

 


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