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2.抑制性ニューロンの役割

2002年12月4日-12月5日
代表・世話人:小西史朗(三菱化学生命科学研究所)
所内対応者:柳川右千夫

(1)
小脳皮質におけるシナプス間の相互作用
小西史朗(三菱化学生命科学研究所)
(2)
トランスジェニックマウスによる小脳インターニューロンの機能解析
渡辺 大(京都大学大学院医学系研究科)
(3)
眼球運動の適応制御と小脳の長期抑圧
永雄総一(自治医科大学)
(4)
眼球運動の最終指令信号の形成における抑制性ニューロンの役割
岩本義輝(筑波大学基礎医学系)
(5)
聴覚伝導路における抑制性ニューロンの機能的意義
古谷野好(京都大学大学院医学系研究科)
(6)
抑制性伝達物質のスイッチング
鍋倉淳一,溝口義人,柴田修明(九州大学大学院医学研究院)
(7)
抑制性ニューロンとCl-ホメオスタシスのクロストーク
福田敦夫(浜松医科大学)
(8)
新規ホメオボックス遺伝子Arxが語る脳の正常と異常
北村邦夫(三菱化学生命科学研究所)
(9)
視床におけるGABAergicニューロンの決定と移動
橋本和枝,嶋村健児(熊本大学発生医学研究センター)
(10)
上丘GABAニューロンの発生
小幡邦彦,常川直子,柳川右千夫(生理学研究所)

【参加者名】
小西史朗,北村邦夫(三菱化学生命科学研究所),渡辺 大,古谷野好,小野宗範(京都大学大学院医学系研究科),永雄総一,首藤文洋,大木雅文(自治医科大学),岩本義輝,加藤利佳子,小島奉子(筑波大学基礎医学系),鍋倉淳一,溝口義人(九州大学大学院医学研究院),福田敦夫,上野伸哉,岡部明仁,清水(岡部)千草,山本純緯(浜松医科大学),山田順子(静岡大学大学院電子科学研究科),橋本和枝(熊本大学発生医学研究センター),伊藤哲史(福井医科大学),中尾和人(東京大学大学院薬学系),水井俊幸(群馬大学医学部),井本敬二,小幡邦彦,柳川右千夫,山肩葉子,兼子幸一(生理学研究所)

【概要】
 抑制性神経伝達では,(1)抑制性神経伝達物質を合成し,シナプス小胞へ貯蔵・放出する抑制性ニューロン,(2)抑制性神経伝達物質受容体を発現し,抑制性ニューロンとシナプスを形成するニューロンが中心的役割を果たしている。

 本研究会では,抑制性ニューロンと抑制性神経伝達についての研究者およびこれらの研究に興味を抱いている参加者が,形態学(発生を含む),生理学,薬理学,分子生物学,発生工学等,分野の垣根を越えて一同に会して徹底的に討論することを目的として昨年に続き企画された。12月4日と5日の2日間にわたり,生理学研究所大会議室にて開催された。研究会には生理学研究所外から発表者を含めて22人の研究者が参加し,所内からの研究者も含めて活発な討論が行われた。

 発表については,『小脳の抑制性ニューロン』,『脳幹および脊髄の抑制性ニューロン』,『抑制性ニューロンの発生および分子基盤』のテーマ毎に,3から4人の研究者が発表を行い,討論した。一般に,抑制性ニューロンは中枢神経系に散在し,興奮性ニューロンに比較すると少数であることから,in vivoにおいて正確に同定して機能を解析することが困難であった。それでも小脳皮質は,その層構造から抑制性ニューロンの同定が他の領域に比較すると容易であることから,解析が進んでおり,本研究会の主題となった。また,脳幹や脊髄では,抑制性ニューロンを標識した遺伝子改変マウスを利用した解析結果についての発表があった。また,眼球運動における抑制性ニューロンの果たす役割についての発表・討論があり,特定の機能に焦点を絞った抑制性ニューロンの解析は今後の研究の方向性を示唆した。抑制性ニューロンの発生および分子基盤のテーマでは,発達期抑制性神経伝達に関するGABAおよびグリシンの役割,細胞内Clイオンの役割について,発表,討論があった。GABAニューロンの発生や移動は大脳皮質で最もよく解析されているが,発生に寄与する分子の発表があった。また,視床や中脳など大脳皮質以外の領域のGABAニューロンの発生についての発表があり,各領域で発生機構に違いがあることが明らかにされた。

 最後に,抑制性ニューロンと抑制性神経伝達についての研究は近年増加しており,本研究会を継続することにより,本研究の発展に寄与することを希望します。

 

(1)小脳皮質におけるシナプス間の相互作用

小西史朗(三菱化学生命科学研究所分子神経生物)

 シナプスにおける神経伝達は,大別して2つの様式で行われていると考えられる。第一の様式は,前および後シナプス要素の間の厳密なシナプス結合を介する典型的な伝達であり,これは空間的および時間的に精確なシグナル伝達を達成する。一方,前シナプス終末から放出された神経伝達物質は,シナプス間隙を超えて隣接するシナプス部位へも作用をおよぼすことを示す生理および形態的な証拠が蓄積してきた。このような第二の伝達様式は,神経伝達物質のスピルオーバ仮説とも呼ばれ,シナプスの情報処理機構に空間・時間的ドメインの両面で著しい多様性を与えるものと想定される。

 とくに,小脳皮質からの唯一の出力系であるプルキンエ細胞へ入力する異なるシナプス経路の間で,顕著な相互作用が起ることが証明されている。このような異シナプス性(heterosynaptic)相互作用は,少なくとも5種類が同定されてきている。第一は,これまで良く研究されてきた平行線維‐登上線維の間にみられる長期抑圧(LTD)である。第二に,ここ数年の間に明らかにされてきた内在性カンナビノイドで仲介される逆行性シグナル伝達がある。これには,逆行性信号がプルキンエ細胞から平行線維とGABA作動性介在ニューロンへ伝達される2つの過程が知られている。これらのシナプス機構にくわえて,最近さらに3種類の異シナプス性相互作用が明らかになってきた。

 脳幹に由来するモノアミン神経終末から放出されたノルアドレナリン(NA)とセロトニン(5-HT)は,アミンの放出程度に依存して小脳皮質のGABA作動性ニューロンとプルキンエ細胞間の抑制性伝達を短期および長期間にわたってシナプス前性に増強する。この増強効果は,二つの分子機構で仲介されることが提唱された。NAはβ受容体を介して細胞内cAMPレベルを上昇させ,このcAMPが介在ニューロンの過分極活性化カチオンチャネルに直接作用して脱分極を起こし,スパイク発射を上昇する。その結果,介在ニューロンからのGABA放出の頻度が増加する。またcAMPはprotein kinase Aを活性化して,GABA遊離機構も促進するらしい。

 さらに登上線維から放出される興奮性伝達物質(おそらくグルタミン酸)は,プルキンエ細胞の興奮と同時に,プルキンエ細胞へのGABA伝達にシナプス前抑制を引起す。このシナプス前抑制は,AMPA型グルタミン酸受容体で仲介されることが示された。この前シナプス性AMPA受容体を介する脱抑制の過程が詳しく調べられ,通常のイオン透過型グルタミン酸受容体とは異なる性質を示すことが明らかになってきた。

 このほかに,小脳皮質で新しい様式のシナプス間相互作用の存在が示された。小脳介在ニューロンから放出されたGABAは,おそらくスピルオーバ伝達によって平行線維‐プルキンエ細胞間のグルタミン酸シナプス周辺部のGABAB受容体に働き,代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)で仲介される興奮性シナプス反応を増強する。この増強反応は,GABAB受容体-mGluR間のクロストークによって引起されると考えられる。

 これらの例から明らかなように,homosynapticな結合を伴う古典的な興奮性および抑制性伝達の効率は,異シナプス性入力の活動によって著明な修飾を受ける。このような異なるシナプス入力間のクロストークは,中枢シナプスの情報処理およびシナプス可塑性において多様な役割を果たしているものと想定される。

 

(2)トランスジェニックマウスによる小脳インターニューロンの機能解析

渡辺 大(京都大学大学院医学研究科生体情報科学)

 中枢神経系の局所神経回路には興奮性シナプス伝達を担うグルタミン酸作動性ニューロンとともに様々なインターニューロンが存在している。ヒト・インターロイキン2型受容体アルファサブユニットとGFPの融合タンパク(IL-2R/GFP)を発現するトランスジェニックマウスにより,(1) immunotoxinによるcell targeting,(2) GFPの蛍光を利用してsingle cellレベルの解析を行う手法を組み合わせて,小脳皮質インターニューロンであるゴルジ細胞の解析を行った。

 小脳スライス上でGFPの蛍光を指標にゴルジ細胞を正確に同定し,顆粒細胞の平行線維-ゴルジ細胞間のグルタミン酸作動性シナプスの解析を行った。このシナプスでは,興奮性シナプス伝達物質であるグルタミン酸により,代謝型グルタミン酸受容体2型(mGluR2)を介して抑制性シナプス伝達が生じることが明らかとなった。

 

(3)眼球運動の適応制御と小脳の長期抑圧

永雄総一(自治医科大学生理学)

 小脳プルキンエ細胞はそのユニークな形態的特徴のみならず,長期抑圧(LTD)と呼ばれるシナプス伝達可塑性を有しており,抑制性ニューロンの代表として広く研究されている。LTDが脳による運動学習の源であるという仮説が,小脳片葉による眼球反射の適応の実験モデルをもとに提唱されている(片葉仮説: Ito, 1970)。片葉仮説は,ニューロサイエンスの大きなトピックスの1つであり,米国のLlinas,MilesやLisbergerとItoのグループの間で,その評価に関して激しい論争が繰り返された。しかしながら,演者のグループのみならず他のグループを含めた多くの研究結果は,様々な動物種と異なった方法を用いて得られたにもかかわらず,片葉仮説を支持するものであり,21世紀を迎えて,長期抑圧と運動学習の因果関係を強化する方向に向かっているようである。演者はこの論争に,前庭動眼反射(VOR)や視機性眼球反応(OKR)と呼ばれる眼球反射の適応,滑動性追跡眼球運動(Smooth Pursuit)やサッケード眼球運動などの随意眼球運動の適応とその神経機構の研究などを通じて関与してきたが,この論争の問題点と,今後の小脳の機能的研究の展望について紹介する。

 

(4)眼球運動の最終指令信号の形成における抑制性ニューロンの役割

岩本義輝(筑波大学基礎医学系生理)

 動物が対象を注視するために行う正確で速い視線移動はサッケード(saccade)と呼ばれ,視覚情報の効果的な収集に重要である。水平眼球運動は対をなす2つの外眼筋の協調的活動により起こる。サッケードの際,主動筋運動ニューロンは一過性の高頻度発射(burst)を,拮抗筋運動ニューロンは一過性の発射停止(pause)を示し,このpush-pull innervationにより高速で円滑な眼球運動が実現される。橋延髄網様体には同側へのサッケードに際してバースト発射を示すニューロン(burst neuron, BN)が存在する。興奮性,抑制性の2種類(EBN, IBN)が知られており,EBNは同側の,IBNは対側の外転神経核運動ニューロンに投射する。BNの発射特性とサッケードのパラメータの間には密接な関係がある。BNの瞬間発射頻度の変化は眼球速度の時間経過と酷似し,バーストの持続時間は運動の持続時間にほぼ等しい。BNへの入力としては,橋正中部のomnipause neuron (OPN)からの抑制入力,対側上丘,対側網様体からの興奮入力が知られているが,BNのバースト活動がどのような入力によって形成されるかはよくわかっていない。われわれは単一BNレベルでの抑制入力遮断の効果をcombined electrophoresis-recordingにより明らかにすることを試みた。覚醒ネコ標本でglycine receptor antagonistであるstrychnineをIBNに電気泳動的に投与しその発射活動への影響を調べた。眼球運動は磁気サーチコイル法により記録し,IBNは眼球運動時の発射パタンと記録部位により同定した。strychnine投与の結果,注視期間にIBNの自発発射が現れ,同側へのサッケードの際バーストに引き続いてtail dischargeが出現し,対側へのサッケード時の活動が著明に増加した。これらの結果は,安定した注視に抑制入力が必要であること,IBNをドライブする興奮入力は運動終了後まで続く持続の長いものであること,サッケードの終了を決めるのはこの興奮入力を打ち消す抑制入力であること,対側サッケード時にはOPN以外からの抑制入力が興奮入力を打ち消していることを示している。本研究により,IBNへの新しい抑制入力と興奮入力の存在が明らかになり,それらがIBN発射パタンの形成に重要であることが示された。これらの入力の源について時間が許せばサルの小脳室頂核のデータも交えて考察してみたい。

 

(5)聴覚伝導路における抑制性ニューロンの機能的意義

古谷野好(京都大学大学院医学系研究科神経生物)

 聴覚伝導路での抑制性神経は極めて特徴的である。中枢神経系全体を見たとき,GABA作動性神経は,その細胞体が存在する核内,あるいは皮質の限局した部位に投射を限定するinterneuronであることがほとんどである。しかし,聴覚伝導路では主路の多くの投射線維がGABA作動性である。抑制性の情報が,興奮性の情報と同様に上位核にもたらされており,音情報の処理に大きな機能的意義を持つと考えられる。

 下丘を含む比較的下位の聴覚伝導路では,音の属性(周波数や振幅)を検出するほか,音に付随する様々な情報,いわゆる“音の手掛かり(sound cue)”と呼ばれる特徴を抽出している。例えば,音源の定位に関わる,両耳間時差(ITD)や音圧差(ILD)の抽出などが例としてあげられる。ITDの検出は鳥類では層状核(NL)で行われる。我々はニワトリNLでのITD計算機構を調べる過程で,NL細胞のGABAA受容体の活性化によって,ITD検出の精度が改善される得ることを見いだした。また,Fujita,Konishiは,NLより上位の神経核でのITD計算機構,即ち位相多義性等の曖昧な情報が排除される過程で,GABAが大きな役割を演ずることを,既に報告している。ヒトを含む哺乳類に於いても,聴覚伝導路での抑制性神経はITDやILD検出機構を含むsound cueの抽出に大きな役割を担うと思われる。

 GABA作動性神経による抑制回路システムの生理学的役割をより詳細にしかも体系的に論ずるためには,GABA作動性神経によって構成される神経回路を明らかにし,その上で電気生理学的な知見を得る必要がある。しかし,これまで用いてきた通常のスライス標本ではGABA作動性神経の識別すら困難であった。これを打開するために,我々は,Yanagawa等の開発したGAD67-GFP mouseを導入し,スライス標本上でGABA作動性神経あるいは線維を確認しながら,GABA作動性神経から電気生理学的な記録を行っている。本発表では,これまで我々が行ってきたニワトリ聴覚路でのGABA作動性神経に関する研究をまず紹介したい。次に,GAD67-GFP mouseを用いて最近得られた,下丘のGABA作動性神経の膜特性に関する知見を報告する。

 

(6)抑制性伝達物質の発達スイッチング

鍋倉淳一,溝口義人,柴田修明(九州大学大学院医学研究院細胞システム生理学)

 聴覚中継核である外側上オリーブ核における抑制性入力の発達変化を検討した。生後3-4日目では主要抑制性シナプス入力はGABA作動性であるが,生後14日目にはグリシン作動性に変化する。この変化は1)GABA作動性シナプスのelimination+グリシン作動性シナプスの入力 2)同一神経終末内における伝達物質のGABAからグリシンへのスイッチングなどが考えられる。発達各期におけるbicucullineによる抑制性微小シナプス電流の大きさ,およびdecay timeの変化を検討した結果,移行期においては同一シナプス小胞からのGABAとグリシンのco-releaseが特徴的であった。更に,gold particleを利用した免疫電顕によって,グリシン神経終末内におけるGABA含有量の割合が漸減することが示唆された。これらの結果から,LSOに入力する主要な抑制性伝達物質はGABAから,GABAとグリシンのco-release,最終的にグリシンへと単一シナプス内においてスイッチする可能性が示唆される。

 発達同期において,シナプス後LSO細胞の変化として,1)抗GABABR1サブユニット抗体による染色性が生後2週間で著減するとともに,baclofen惹起K+電流を示す細胞の割合,およびその電流の大きさが激減した。2)細胞内Cl-くみ出し分子であるK+-Cl-cotransporterの機能発達に起因して細胞内Cl-濃度が減少する。それに伴ってCl-チャネル開口時のCl-の流れが外向きから内向きになるため,GABAやグリシンに対する応答が興奮性から抑制性に変化することが判明した。つまり,幼若期においてはGABAの終末からの放出によって,シナプス後細胞にGABAA受容体を介したdecay timeの長い脱分極が生じるとともに,GABAB受容体を介したLTD (Sanes 2001)などの細胞応答が生じる。発達期におけるシナプスの可塑性に関係しているのかも知れない。成熟後はグリシンによるdecay timeの短い過分極応答に変化することが判明した。これらの細胞内Cl-濃度の発達減少,および伝達物質のスイッチングは聴覚発生(生後10日頃)前の両側内耳破壊によって抑制または遅延するため,聴覚依存性の活動依存性変化であることが判明した。

 その他,成熟後の傷害後の細胞内Cl-濃度上昇によるGABAの興奮性作用の再出現や,BDNFによる抑制性伝達物質応答に対する修飾の発達変化についても検討したい。

 

(7)抑制性ニューロンとCl-ホメオスタシスのクロストーク

福田敦夫(浜松医科大学医学部生理学第一講座)

 成熟神経回路の最も主要な抑制性神経伝達物質であるGABAが,神経細胞発生期にシナプスを介さないparacrine的な作用で脱分極とCa2+流入を惹起して神経細胞への分化や細胞移動を促したり,その後の神経回路形成期には興奮性伝達物質としてシナプスの形成・強化に関与する可能性が近年示唆されている。すなわち,GABAには発達段階に応じて3つの異なった役割があり,特に発達初期におけるその役割は古典的概念の“抑制性伝達物質”とは大きく異なっている。さらに,成熟脳においても,GABAの抑制作用が減弱・消失したり或いは逆に興奮性に作用したりすることも明らかになりつつある。そのメカニズムとして我々は“能動的”Cl-ホメオスタシスを考えている。すなわち,細胞内Cl-濃度は従来考えられていたほど“静的”なものでなく,種々のCl-トランスポーターの相互作用によりダイナミックに変化し,その結果Cl-をチャージキャリアとするGABAA受容体やグリシン受容体を介する作用もダイナミックに変化するという仮説である。本研究会では,最近の我々のデータをもとに脳の発達や障害・再生の過程で如何にCl-ホメオスタシスが能動的に変化し抑制性ニューロンの作用を変化させるかについて分子・細胞・回路の各レベルで紹介する。

 発達過程のラット大脳新皮質を用い,脳室帯の神経前駆細胞,皮質板細胞・錐体細胞,辺縁帯のCajal-Retzius細胞の[Cl-]iをグラミシジン穿孔スライスパッチクランプ法,Cl-イメージング法で計測し,Cl-トランスポーターのKCC2(Cl-排出),NKCC1(Cl-取込)の発現をsingle-cell multiplex RT-PCR法,in situ hybridization法を用いて解析した。神経前駆細胞はNKCC1のみを発現し最も[Cl-]iが高く,皮質板細胞に分化するとKCC2を発現するが,NKCC1が依然優位で[Cl-]i高値を維持し,さらに分化が進み錐体細胞に成熟するとKCC2が優位となって[Cl-]iが低下した。すなわち神経前駆細胞はニューロン特異的なKCC2を欠き非常に高い[Cl-]i値を示すが,分化・移動による皮質層構造の形成過程でNKCC1/KCC2発現バランスが変化して[Cl-]iを低下させ,GABA応答を脱分極から過分極に逆転させると考えられた。一方Cajal-Retzius細胞では分化後1週間以上経過してもKCC2の発現が極めて弱く,NKCC1によるCl-取込みが優位のため[Cl-]iが高値のままであることが明らかになった。すなわちCajal-Retzius細胞は皮質板細胞とは異なるCl-ホメオスタシスの発達を示し,移動・定着後も[Cl-]i高値が持続し,内在性グリシン受容体アゴニストのタウリンが脱分極を惹起することが示唆された。

 大脳皮質形成異常は神経細胞の分化・移動の異常によって生じると考えられており,そのモデルとされるfocal freeze-lesionを新生仔ラットに作成し,異常皮質形成過程の[Cl-]i調節とGABA/グリシン作用,細胞移動に着目した。focal freeze-lesion部位でNKCC1増加をみとめ,lesion部位上部に周囲の皮質板からの細胞移動が認められた。これらの皮質板細胞では,正常部位では見られないGABA/グリシンによるCa2+流入が認められ,幼若型グリシン受容体の発現が上昇し電気生理学的膜特性でも未熟な特徴を持っていた。すなわち,[Cl-]i高値とその結果のGABA/グリシン作動性興奮によるCa2+流入等の幼若細胞の特性を維持または獲得して損傷部位に移動した可能性がある。また,運動神経細胞の軸索を切断するとKCC2発現が消失して[Cl-]iが倍増し,GABA作用が抑制から興奮に逆転した。その結果,自発性・同期性のCa2+オシレーションが誘発された。これらは,層構造・シナプスの再構築や神経再生にむけた“能動的”Cl-ホメオスタシスによる抑制性ニューロン作用の脱分化と考えられる。

 

(8)新規ホメオボックス遺伝子Arxが語る脳の正常と異常

北村邦夫(三菱化学生命科学研究所)

 新規の転写制御因子の解析を通して,大脳皮質に代表される前脳形成の新たな局面を見出し,さらにそれと関係する脳疾患の発症機構を考えたいということが,本研究の大きな狙いでありまた願いでもある。

 私たちは,X染色体上にあり,胚期においては前脳・床板および精巣に発現するaristaless related homeobox gene(Arx)を見出した。そこで,Arxの機能を明らかにするために,遺伝子ノックアウトを試み成功した。Arxは前脳の中でも大脳基底部に強く発現することから,GABA作動性抑制性ニューロンの移動と分化の観点から検討した。(a)Arxを破壊したとき,MGEでのみ発現するNkx2.1の発現がLGEでも認められた。(b)LGEからdorsal telencephalonの内側に移動するニューロンのみが認められた。すなわち,MGEからdorsal telencephalonの外側に移動するニューロンは認められなかった。(c) dorsal telencephalonの内側に移動してきたニューロンは,そのままストレートに大脳皮質層に進入するのではなく,一旦subplate付近で滞留した後,大脳皮質層に進入し配位した。これらの観察から,二つの異なったルートを移動する抑制性ニューロンがMGEにあり,それらはArxの異なった支配を受けているのではないかと考えられる。また,大脳皮質への抑制性ニューロンの配位をめぐって,狭義のtangential migrationのあと,pia-directed migrationをとるか,ventricule-directed migrationをとるかは,GEからdorsal telencepahlonに向かってどのルートをとるかに関わっていると考えられる。さらに,Arxはpia-directed migrationそのものに関わっていると考えられる。

 今回のノックアウトマウスは,前述した抑制性ニューロンの減少とともに,将来の興奮性ニューロンの減少も伴った。私たちおよび海外の研究者は,Arxがある種の滑脳症・精神遅滞およびてんかんの原因遺伝子であることを明らかにした。このノックアウトマウスの解析が,こうした疾患の発症機構を考える上での一つの切っ掛けになるのではないかと考える。

 

(9)視床におけるGABAergicニューロンの決定と移動

橋本和枝,嶋村健児(熊本大学医学部発生医学研究センター胚形成部門形態形成分野)

 視床の神経核は大きく2種類に分けられる。ひとつは主にGlutamatergicニューロンから構成される神経核で,視床の大半の神経核を占め,大脳皮質の特定の領野に投射する。もうひとつはGABAergicニューロンから成る神経核で視床外側に位置し,主に網膜からの情報を受けて視床下部や上丘に投射する。視床が機能を発揮するためにはこのような特定の個性を持つ神経核が正確に配置されることが重要である。 

 では,どのようにして神経核細胞の個性は規定され,特定の位置に配置されるのだろうか?我々は解析の手がかりを得るために神経核が組織学的に同定できる時期に視床神経核に発現する分子のスクリーニングを行った。その結果,転写因子Gbx2がGlutamatergic神経核に,Sox14がGABAergic神経核に特異的に発現することがわかった。間脳の予定視床領域でこれらの分子の発現を観察したところ,部位特異的に発現していたことから発生の早い時期からその形質が規定されている可能性が示唆された。そこでこれらの分子マーカーを指標として各神経核細胞の形質決定機構の研究を進めた。その結果,視床原基の腹側組織から分泌される細胞外シグナル分子Shhを多く受け取るとSox14が,それより少なく受け取るとGbx2が誘導されることがわかった。 

 次にこのように形質が決定された各神経核細胞が特定位置に配置される仕組みを検討するために,組織構築過程における各神経核細胞の振る舞いを追跡した。その結果,Sox14発現細胞は特定方向に移動するが,Gbx2発現細胞は単純拡散様式の拡がり方であったことから,各神経核細胞が持つ形質の違いによって,異なる様式で移動することによって特定の位置に配置されることが示唆された。

 以上の結果から,視床のGABAergicニューロンは腹側からのShhシグナルによって規定を受け,特定方向に移動することで特定領域に配置されることがわかるが,この発生システムは他の脳領域のGABAergicニューロンの発生でもとられており,GABAergicニューロンの発生に共通するシステムである可能性が考えられる。本発表ではこのような発生の共通性から考えられるGABAergicニューロンの脳における共通の役割についても考察したい。

 

(10)上丘GABAニューロンの発生

小幡邦彦,常川直子,柳川右千夫(生理学研究所神経化学研究部門)

 近年,新皮質や脊髄でグルタミン酸ニューロンとGABAニューロンの形成部位が異なることがわかってきた。すなわち新皮質のニューロンは側脳室壁のventricular zoneで生まれたニューロンがradial gliaに沿ってそのまま表面に向かって移動(radial migration)したものとみなされてきたが,GABAニューロンはこれと異なり,側脳室の腹側壁のganglionic eminens (GE)で生まれて新皮質に入り,さらに新皮質の表面にそって移動して(tangential migration),全面に分布することがわかった(ただしヒトではradial migrationするものが多いと最近報告された)。

 中脳の上丘は大脳皮質と似て層構造をしており,GABA含量が多い部位である。中脳のGABAニューロンの発生も新皮質と同様な様式をとるのかどうかを,われわれが作成したGAD67-GFPノックインマウスを用いてしらべた。このマウスではGAD67遺伝子のエクソン1にGFP遺伝子が挿入されており,発現したGFPの自発蛍光または免疫組織化学によりGABAニューロンを同定できる。用いたのはヘテロ・マウスであり,GABA含量の低下も軽度で,GABA性神経機能の障害はないと考えている。

 マウス上丘でGFPは11.5日目胎児(E11.5)に出現した。この時期では外側から正中部または反対側に向かう線維束が表層に存在する。E 13.5-15.5では出現してきた多数のGFPニューロンの間に散在していき,見出すことが困難になる。このGFP`線維が一時的なもので,変性するのか非GABA性に変わるのか,またその線維の発生期での役割を今後明らかにしたい。

 GFPニューロンの誕生はE12.5から増加して,E15.5でほぼ終わる。形状は脳室(中脳水道)から外表に向かった紡錘形であり,突起を両端からまっすぐ伸ばしている。新皮質のGFPニューロンはtangentialに紡錘形のものが多いが,上丘では明瞭にこの形をとるものはなかった。未成熟細胞の中間径フィラメントであるビメンチンと未分化ニューロンのマーカーであるネスチンの免疫組織化学を行ったところ,両者とも脳室側から外表に向かう繊維状の染色パターンを示した。その方向はGFPニューロンの配列と一致した。ビメンチンはradial gliaのマーカーとされており,ネスチンが発現している細胞の多くはグルタミン酸性と考えられ,上丘では大脳皮質と異なり,GABAニューロンもグルタミン酸と同様,radial migrationによって発生することが示唆される。スライス標本でGFPニューロンをタイムラプス・ビデオ観察すると,新皮質では速いtangential migrationをするものが多いが,上丘の予備的な所見では,GFPニューロンの移動はほとんどがradial方向に起こり,速度は遅かった。

 


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