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3.細胞内シグナルの時・空間的制御2002年10月10日−10月11日
【参加者名】 【概要】
(1)中枢神経細胞のIP3- Ca2+シグナル機構飯野正光(東京大学大学院医学系研究科細胞分子薬理学教室) プルキンエ細胞は,小脳皮質からの唯一の出力細胞として平衡・運動制御などに関与している。一方,プルキンエ細胞には,IP3受容体(特に1型)が高密度に発現しており,シナプス可塑性などの神経細胞機能との関連が注目されている。IP3受容体を介したカルシウムシグナル機構が中枢神経系でどのような役割を果たすかを理解するため,我々はプルキンエ細胞を対象としてIP3- Ca2+シグナル系の機能解析を行っている。 IP3は,平行線維・プルキンエ細胞シナプス後膜に存在する代謝型グルタミン酸受容体の活性化に伴って産生されると考えられていた。我々は,IP3インジケーター(GFP-PHD)をシンドビスウイルスベクターを用いてプルキンエ細胞に発現させ,細胞内IP3動態を解析した。その結果,代謝型グルタミン酸受容体を介する系とは別の新しいIP3シグナル系を明らかにした。すなわち,登上線維入力に伴うAMPA受容体の活性化に引き続く脱分極とカルシウム流入に伴ってもIP3が産生されることが新たに明らかになった。 さらに,IP3受容体の機能解析も進めた。培養プルキンエ細胞に対して,カルシウムストア内腔カルシウム濃度測定法を適用し,IP3受容体の性質を解析したところ,IP3感受性が末梢の組織などにおけるIP3受容体1型のものと比べて約20倍低いことが明らかになった。これは,IP3シグナルを特定のシナプスに限局させるのに都合よい性質ではないかと考えられる。また,中枢神経系に大量に発現するカルモジュリンとIP3受容体機能の関係を解析したが,明確な関係は見いだせなかった。自然発生opisthotonus突然変異マウスでは,IP3受容体のエクソンのうち2つが欠失しており,運動失調やてんかん様発作の症状が観測される。このような変異がIP3受容体機能にどのような影響を与えるかについても解析を進めた。 このような実験結果を積み重ねて,プルキンエ細胞におけるIP3-Ca2+シグナル系の生理的意義の包括的理解に近づきたいと考えている。
(2)機械刺激-細胞変形による細胞内/細胞間Ca2+シグナルの伝播河原克雅,安岡有紀子,鈴木喜郎(北里大学医学部生理) ヒト気道上皮細胞(16HBE)において機械刺激により誘発される細胞内/細胞間Ca2+濃度の時間的-空間的変化をfluo-3画像の解析によりもとめた。微小ガラス管で細胞表面を軽く圧すると,細胞内Ca2+濃度の増加シグナルが細胞間およびコロニーを越えて伝播した(昨年発表)。しかし,細胞膜の変形を1-7μmの範囲で段階的に増加すると,細胞膜変形が小さい場合,刺激された細胞のみが小さな(一過性の)Ca2+濃度の上昇を示し周囲に伝搬しなかった。これに対し,細胞膜の変形がある閾値を超えると,細胞内Ca2+濃度は大きな上昇を示し周囲に伝搬した。段階的刺激を受けた細胞のCa2+濃度上昇は,suraminの存在には影響されなかったが,0 Ca2+(+EGTA)により完全に消失した。つぎに,細胞外へのATP放出経路を調べるために,2/3hypotonic cell-swellingに誘発されるATP放出量をルシフェリン-ルシフェラーゼ法で測った。高浸透圧による細胞変形や低Cl-溶液(等張液)による駆動力の増大では,ATPの放出量は増加しなかった。低張液誘発ATP放出は,BAPTA-AMとGd3+で阻害されforskolinで亢進した。これらの結果は,16HBE細胞は閾値以上の機械刺激による膜張力の増加に応じてATPを放出し,周囲の細胞にCa2+シグナル情報を伝えることを示した。さらに,細胞膜変形によるCa2+シグナルの伝播には細胞内への初期Ca2+流入が必要な事,細胞膜のATP放出路は,cAMPとCa2+による調節を受けていることを示した。
(3)心筋細胞のストア依存性Ca2+流入竹島 浩(東北大学大学院医学系研究科医化学分野) 心臓のリズミックな収縮は心筋細胞のCa2+調律により制御される。心筋細胞の主要なCa2+輸送体としては,細胞表層膜の電位依存性Ca2+チャネルとNa+- Ca2+交換体やCa2+ポンプ,筋小胞体のCa2+放出チャネル(リアノジン受容体)とCa2+ポンプが知られている。我々のグループでは細胞内Ca2+ストアの構造や機能に注目しており,心筋細胞の小胞体上のリアノジン受容体と細胞表層膜-小胞体膜の架橋蛋白質としてのジャンクトフィリンの機能を主に変異マウスを作成することにより解析している。一方,細胞内ストアの貯蔵Ca2+依存的に活性化するCa2+流入機構(SOC流入)の存在が非興奮性細胞を中心に多くの細胞系で近年報告されているが,SOCチャネルの分子実体は不明であり,横紋筋細胞でのSOC流入の解析はない。さらに,SOC流入機構ではCa2+放出チャネルの直接結合がSOCチャネルを活性化するというカップリングモデルが最近有力であるが,確定されるには今後の検討が必要である。 最近我々は,胎児期の心筋細胞におけるSOC流入を確認するとともに,その簡単な薬理学的性質,分化レベルでの活性調節,ノックアウトマウスを用いたカップリングモデルの検証などを遂行した。 【文献】
(4)細胞質-核間輸送の1分子イメージングと定量解析徳永万喜洋(国立遺伝学研究所理研免疫センターアレルギー科学総合研究センター) 「どの分子が,いつ,どこで,どんな分子と,どの様に相互作用して,機能しているのか」を明らかにするために,生体分子1分子を直接観て・計測する技術を開発しながら取り組んでいる。対物レンズを使った全反射照明法は,カバーガラス表面近傍の1分子イメージングに最適である。しかし,この方法では細胞内部の観察を行うことができない。そこで,細胞内部を薄い層状の光(厚さ数μm)で照明する薄層斜光照明法を開発した。背景光を下げることができるので,高感度に蛍光試料観察をすることが可能となり,細胞内部でも明瞭な蛍光1分子イメージングを行うことができた。ガラス表面上のGFP像と比べても,ほぼ遜色のない1分子像が得られている。 薄層斜光照明法を用いて,細胞質-核間で輸送される分子をGFPで蛍光標識し細胞内で観察したところ,分子1個の蛍光像が核膜上で観察された。蛍光像が光っている時間から,核膜孔上での通過時間が,約3秒であることがわかった。 蛍光ラベルした分子濃度を増やすと,核膜孔の点像からなる蛍光像が得られた。1分子と核膜孔1個との蛍光強度の比から,1つの核膜孔に結合している分子数を定量した。濃度を変えて定量的画像解析を行うことにより,核膜孔との結合分子数・結合定数といった,分子機構上重要な量を定量的に求めることができた。その結果,核膜孔には弱い結合部位と強い結合部位があることが見つかった。弱い結合部位は最大約100個の分子を結合させて分子を集める役割を果たし,約8個の分子を結合できる強い部位もしくはその近傍で,Gタンパク質との反応がおこって核内に荷物を降ろすのであろうと考えている。 このように,1分子イメージング法は,従来求められなかった細胞内での諸量を定量的に求め,分子機構を解明する新しい手法として有用である。
(5)核内レセプターHNF4αの空間的制御淡路健雄1,尾形真紀子2,宮崎俊一1 Maturity onset diabetes of the young 1 (MODY1)は転写因子HNF4α遺伝子のDNA binding domainおよびLigand binding domain上のヘテロ変異により発症することが報告されている。転写因子異常による糖尿病発症の分子機構解明のため,変異HNF4αの細胞内局在変化を各種培養細胞で検討した。 Wild type HNF4αおよび患者において既報の変異HNF4α蛋白(Q268X,R127W)の細胞内局在を確認するため,N末端にEpitope-Tag(FLAG)を,C末端にEnhanced Cyan Fluorescent Protein (ECFP)またはEnhanced Yellow Fluorescent Protein (EYFP)を融合することにより,標識蛋白遺伝子を作製した。MIN6,COS-7,CHOの各種培養細胞に導入したところ,すべての細胞でQ268X変異はwild typeの核内局在と異なり核小体に主として局在した。Q268Xがnonsense mutationであるため,HNF4α遺伝子のC末端を順次deletionした遺伝子を作成し,HNF4α遺伝子における発現蛋白の局在の変化の責任部位の検索を行った結果,332から338のアミノ酸配列が核小体への局在に関与していることが示された。 Q268Xヘテロ遺伝子変異における,細胞内局在への影響をみるため,ECFPまたはEYFPを融合した遺伝子を導入し,FRETにより蛍光顕微鏡にて検討をおこなった。生細胞中でQ268X変異は,wild type蛋白とヘテロ二量体を形成し,wild type蛋白の細胞内局在を変化させることを見いだした。ヘテロ二量体を形成してHNF4αの細胞内局在を変えることが,糖尿病発症に関与している可能性が考えられた。
(6)細胞内情報伝達の時空間的制御宮脇敦史(理化学研究所脳科学総合研究センター細胞機能探索技術開発) 細胞が局所的な刺激を受けた際に,発生するシグナルが時空間的にどんな振る舞いをみせるのか。通常の株化細胞やガン化細胞における上皮成長因子のシグナリング,神経細胞に対するグリア細胞の接着のシグナリングなどについて議論したい。
(7)カルシウム流入シグナルによるPKCの活性化機構最上秀夫1,小島 至2 興奮性細胞における電位依存性カルシウムチャネル介したカルシウム流入によるPKCの活性化メカニズムについて,インスリン産生細胞をモデル細胞としてその基質のリン酸化動態を含めて概説したい。
(8)ターゲティングからわかるPKC機能の更なる多様性斎藤尚亮,酒井規雄,白井康仁(神戸大学バイオシグナル研究センター分子薬理) 細胞内情報伝達機構研究は1990年代に飛躍的に進み,多くの情報伝達因子による複雑な情報伝達系路が明らかにされてきた。これらの研究の多くは分子生物学・生化学を応用した行われきたが,近年のGFPを用いたライブイメージング技術の進歩により,情報伝達が,どの分子によって,いつ,どこで,行われるかという時間的・空間的な解析が可能となってきた。我々は,PKCを中心とする情報伝達機構のライブイメージングを行い,細胞内の情報伝達機構は,ダイナミックな細胞内を移動を伴い,予想を越えた素早いものであることを明らかにしてきた。 PKCの多彩な機能は10種以上のサブタイプが独自の機能を持っているためだけではなく,それぞれのサブタイプが刺激に応じて異なる細胞内部位に移動し,違う細胞応答を引き起こすという機能(ターゲティング機能)を持つことにより,PKCはさらに多彩な機能をもち得ると考えられる。今回は,PKCの1)サブタイプ特異的ターゲティング,2)刺激依存的ターゲティング,3)ターゲティング依存的細胞機能制御,4)刺激部位特異的ターゲティングについて,紹介する。
(9)アダプター分子によるB細胞活性化機構黒崎知博(関西医科大学付属肝臓研究所分子遺伝学部門) Vavは,Rho family GTPases(Rac, Rho等)を活性化する酵素活性(GEF活性)のみならず,SH2, SH3等,蛋白質相互作用ドメインを有する分子である。最近のVav1-/-Vav2-/-ノックアウトマウスの解析により,VavはB細胞の分化・活性化に重要な役割を担っていることが示されてきた。しかしながら,Vavがいかなる機構で活性化されるのか(上流のレセプターとのカップリング)又,どのようなエフェクター群(下流)を活性化し,B細胞の活性を制御しているかは不明のままであった。 私達は,種々のノックアウトDT40細胞を詳細に解析することにより,以下の結論を得ることができた。1)VavはB細胞レセプター(BCR)刺激後,細胞膜上の特殊な分画,即ちコレステロールが豊富なraft分画に移動することがその機能発現に必須である。2)この移動には,Grb2, BLNKという2種類のアダプター分子が関与している。3)Vav欠損細胞とPI3K欠損細胞の機能欠損が類似することによりVav→Rac→PI3Kの経路が働いている。 以上のことより,BCR→Grb2/BLNK→Vav→Rac→PI3Kというシグナル経路の存在を明らかにすることができた。
(10)Rap1による細胞接着及び細胞極性の制御木梨達雄(京都大学医学部分子免疫学アレルギー学教室) リンパ球は血管,リンパ組織を循環しながら,抗原提示細胞上の外来抗原を認識したり異物排除を行う。これらの過程では接着分子を介したリンパ球の動態制御が重要な役割を担っている。特に白血球特異的β2インテグリンLFA-1はICAM-1に結合して血管内皮細胞や抗原提示細胞との接着を介在し,免疫応答に大きな影響を与える。LFA-1のICAM-1に対する接着性は低く,ケモカインや抗原の刺激があると接着性が亢進する。インテグリンの接着性を亢進させる細胞内シグナルをinside-outシグナルという。このinside-outシグナルを明らかにすることは免疫細胞の動態制御を理解する上で重要なテーマである。 我々はLFA-1のinside-outシグナル分子を探索する過程で低分子量Gタンパク質Rap1がinside-outシグナル分子としての機能を持っていることを見いだした。 LFA-1/ICAM-1による抗原提示細胞とTリンパ球との接着がRap1によって制御され,Tリンパ球の活性化に大きな影響を与えている。またRap1はケモカインによる接着と遊走にも大いに関与することが明らかになってきた。Rap1はリンパ球の接着とともに活発な細胞遊走を促し,リンパ球の経血管内皮移動に大きな役割を果たしている。これらの題材を中心にRap1による細胞接着調節を紹介したい。Tリンパ球と抗原提示細胞との接着形成(免疫シナプス)とケモカインによる細胞遊走は免疫系における細胞極性の典型例であり,Rap1によるインテグリン接着性制御との関連について我々の最近の研究も紹介したい。
(11)外分泌腺の開口放出とアクチン動態根本知己1.2,児島辰哉1,大嶋章裕1,河西春郎1 外分泌腺の様な上皮性分泌細胞は,腺腔膜に厚いFアクチン,αアクチニン,ミオシン,などからなる細胞膜裏打ち構造を持ち,これに対して分泌小胞の開口放出が起きるが,この裏打ち構造の機能は不明であった。我々は,膵臓外分泌腺においてカルシウム依存性開口放出の際,開口放出後のオメガ構造が安定で(3分),内部に逐次的に開口放出が進行する様子を2光子励起顕微鏡で可視化した(文献1)。そこで今回,この開口放出過程に関するFアクチンの作用を調べ,次のことを明らかにした。1)Fアクチン層は開口放出可能な小胞のプールを減らさずに,開口放出速度を遅くする。2)Fアクチンは開口放出を起こした小胞を選択的に速やかにコートしオメガ構造を安定化させる。たとえば,Fアクチンを細胞膜透過性の脱重合剤LatrunculinAで除去すると,逐次開口放出は阻害されないものの,オメガ構造が不安定なためにvacuoleの形成が起きる。このvacuole形成は急性膵炎の初発過程と考えられている。即ち,腺腔膜の裏打ち構造は動的に開口放出構造を安定化し保護していると考えられる。この機構にはミオシン及びrho GTPaseが関係するらしく,この点でストレスファイバーの形成に類似する。カルシウム依存的に開口放出した小胞に選択的にコートが起きたことは,開口放出した小胞膜に腺腔膜のアンカー蛋白などが側方拡散していることを示唆するが,シグナル路の詳細は現在調査中である。 【文献】
(12)シナプス伝達物質放出促進細胞内メカニズム高橋智幸(東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻神経生理学) ホルボールエステルPDBuは様々なシナプスにおいて伝達物質の放出を促進するが,その細胞内機構は明らかでない。PDBuはラット脳幹の巨大シナプスthe calyx of HeldにおいてもEPSCの振幅と自発性微小(m)EPSCの頻度を増強するがmEPSCの振幅には作用しないので,作用点はプレシナプスと同定される。またPDBuはcalyxシナプス前末端の電位依存性Ca2+電流,K+電流のいずれにも作用しないので,標的はCa2+流入以降の開口放出機構と推定される。PDBu誘発性EPSC増強はPKC阻害ペプチドまたはDoc2αN末端のMunc13-1結合部位ペプチドの神経終末端内投与によって抑制されることから,PKCとDoc2αN-Munc13-1結合が共に関与することが示唆される(Hori et al., 1999)。 Calyx神経終末端のPKCを同定するために除神経を行ったところ,後シナプス領域におけるεPKCの顕著な減少が認められた。また免疫組織化学染色でcalyx末端全体にεPKC抗体シグナルが観察された。PDBuを投与するとεPKC抗体シグナルはcalyx末端内を開口放出側に移動し,同時にεPKC自己リン酸化抗体シグナルが増大した。PDBu誘発性EPSC増強はcalyx末端に10mM EGTAを負荷後にも同程度であった。この結果から,PDBu誘発性EPSC増強を媒介するPKCはCa2+非依存型εPKCと同定された(Saitoh et al., 2001)。 反復刺激を行うとcalyx末端の電位依存性Ca2+チャネルの活性化が生じ,短い脱分極性パルスで誘発されるCa2+電流の振幅が増大する現象が観察された(Cuttle et al., 1998)。この活動依存性Ca2+電流増強はGタンパク質に依存せず,神経終末端内へのCa2+流入量に依存する。更に,このCa2+電流増強はCa2+結合タンパク質NCS-1のcalyx末端投与によって閉塞(occlude)され,NCS-1のC末端ペプチドによって完全にブロックされた。NCS-1は神経終末端内残存(residual)Ca2+と結合してCa2+電流を増強し,シナプス増強に寄与するものと推定される(Tsujimoto et al. 2002)。 【文献】
(13)内因性カンナビノイドを介する海馬シナプス伝達の逆行性調節狩野方伸,小作隆子,前島隆司 シナプス伝達効率は様々なメカニズムにより調節されている。その一つに,シナプス後ニューロンの活動に依存したシナプス伝達調節があり,その過程に逆行性シグナル(シナプス後ニューロンから前ニューロンへのシグナル)の関与する例が報告されている。ごく最近になり,海馬および小脳において,そのような逆行性シグナルの担い手が内因性カンナビノイドであることが,我々(文献1, 2)および他のグループの研究により明らかとなった。今回は主に,海馬を中心に,内因性カンナビノイドの逆行性シグナルとしての役割について述べる。 ラットの海馬より単離・培養した神経細胞を用い,興奮性および抑制性シナプス伝達調節におけるカンナビノイド受容体および内因性カンナビノイドの役割について調べた結果,以下のことが判明した。(1)シナプス後ニューロンの脱分極により内因性カンナビノイドが放出され,それが興奮性および抑制性シナプス前終末のカンナビノイド受容体タイプ1(CB1受容体)を活性化し,伝達物質の放出を抑制する(文献3)。(2)この脱分極により引き起こされるシナプス伝達の抑制は,興奮性シナプスに比べ抑制性シナプスでより顕著に見られ,その差は,シナプス前終末のカンナビノイド感受性の違いに起因する(文献3)。(3)I型代謝型グルタミン酸受容体の活性化は,単独で内因性カンナビノイドの放出を引き起こし,さらに,脱分極による内因性カンナビノイドの放出を促進する(文献4)。 以上の結果より,シナプス後ニューロンの活動(脱分極および代謝型グルタミン酸受容体活性化)は,海馬においては,そのニューロンへの抑制性入力を選択的に抑制し,ニューロンの興奮性を高める方向に作用すると考えられた。 【文献】
(14)PGS蛋白によるG蛋白サイクル制御とカリウムチャンネル活性石井 優,倉智嘉久(大阪大学大学院医学系研究科情報薬理学) G蛋白質制御K+チャネル(G protein-gated K+channel: KG)は,G蛋白質のbgサブユニットが直接結合することにより活性化される内向き整流性カリウムチャネル(Kir)である。心臓では洞房結節や心房筋に存在し,アセチルコリン(ACh)の刺激を受けたムスカリン(m2)受容体から遊離されるGbgサブユニットによって活性化され,膜を過分極させることにより徐脈を惹起する。心房筋上に存在しAChで誘導されるKG電流には,relaxationと呼ばれる特徴的なゲート機構が存在することが以前から報告されていた。即ち,膜電位を脱分極状態(例えば+40 mV)で一定時間(1秒程度)固定しその後急に過分極(例えば-100 mV)させると,脱分極中は内向き整流性により外向き電流はほとんど見られないが,過分極させると瞬間的にある値まで内向き電流の増加が見られ,その後緩徐な時間経過(1秒程度)で電流増加が見られる。この電位−時間依存性の電流変化をrelaxationというが,この性質は他のKirには認められない。電位センサーをもたないKGが何故このような電位依存性ゲーティング機構を示すのか全く不明であった。このrelaxationの分子機構を明らかにすることが本研究の目的である。 【方法】単離ラット心房筋におけるnative KG電流及びアフリカツメガエル卵母細胞において異所性発現させたKG電流の測定を行った。 【結果】(1)アフリカツメガエル卵母細胞にm2受容体とKGチャネルを発現させて再構成されたKGではrelaxationは見られなかったが,GTPase活性を促進し三量体G蛋白質シグナルを負に調節する因子であるRGS(Regulators of G protein signalling)を発現させるとrelaxationを再構成することができた。(2)心房筋細胞で細胞外Ca2+除去及び細胞内BAPTA投与により膜電位依存性の細胞内Ca2+上昇を抑制するとrelaxationが消失した。(3)RGSはRGS domainにおいてCa2+依存性にカルモデュリン(CaM)と結合するが,CaMの阻害剤及びCaMと結合するがGTPase活性を促進しない変異RGSもrelaxationを抑制した。(4)精製したRGS蛋白質はKG電流を抑制するが,このRGSの効果はPIP3存在下では減弱されるがCa2+/CaMを加えることにより回復した。 【考察】以上のことよりrelaxationの分子機構を次のように推定した。脱分極による細胞内へのCa2+流入がRGSとCaMの結合を促し,これによりRGSがPIP3による抑制から回復されて活性化し,G蛋白質サイクルが負に調節され活性型KGの数が減少する。過分極時には上記の逆が起こり,活性型KGの数は緩徐に増加しrelaxationを形作ると考えられる。ここで注目すべき点は,relaxationはKGのゲート機構ではなく三量体G蛋白質サイクルの電位依存性の変化を反映している現象であったことが明らかになった点である。RGSはCa2+依存性であるため,見かけ上電位依存性にG蛋白質サイクルを調節している。この結果はその他の三量体G蛋白質を介する細胞シグナル(アデニル酸シクラーゼやホスホリパーゼCなど)においても同様の現象が存在することを強く示唆する。 【文献】
(15)H+チャンネルによる破骨細胞 H+シグナリングの解析久野みゆき,森 啓之,森畑宏一,酒井 啓,川脇順子 脱分極によって開口するvoltage-gated H+channelは短時間で大量のプロトンイオン(H+)を細胞外から細胞内へと排出する能力を持っており,pHと膜電位の制御に寄与すると推測されている。H+channelは多くの細胞に発現しているが活性は細胞によって大きく異なる。マクロファージ,ミクログリア,好中球などではphagocytosis過程に必須なH+排出機構として働くが,他の細胞における役割はまだ良くわかっていない。私達は,H+channelがどのように働くかを解明していく上で,破骨細胞を重要なモデルと考えている。その理由は,以下のように,破骨細胞がかなり特異な細胞内外のpH環境下に存在することによる。まず破骨細胞はH+-secreting cellである。次に,骨表面に接着しH+とlysozomal enzymeを放出して骨を吸収する過程で細胞内外pH環境の激変に曝露される。更に,骨吸収面の細胞膜には多数の襞が形成され(ruffled border),H+分泌の主役としてvacuolar type H+- ATPaseが高密度に存在している。 私達は,マウス骨髄細胞から得た単核の前破骨細胞が融合して多核の破骨細胞が形成されるin vitroの系を用いて,H+channelが破骨細胞のH+シグナリングにどのように関わっているのかを検討した。細胞内環境をできるだけ温存した穿孔パッチ法でH+channelの逆転電位からresting pHの推定を試みたところ,多くの細胞で7.5以上の高値を示しpH感受性色素(BCECF)の蛍光強度より測定した値とよく一致した。また,細胞内から外への外向きH+電流だけでなく細胞外からの内向きH+流入が検出された。これは,H+チャネルが従来考えられてきたH+排出だけでなく両方向性のH+transportに貢献し得ることを示唆している。phorbol 12-myristate 13-acetate (PMA)で破骨細胞を刺激すると,発生した細胞内acidosisに応答してH+channel活性が増強することが確認された。これらのデータはH+チャネルが,細胞膜を介するpH勾配の正確なモニターとして働き,破骨細胞のpHホメオスターシスを担っていることを示している。
(16)TRP関連チャネル群によるカルシウムシグナルの協調的制御森 泰生,西田基宏,山田和徳 Ca2+透過型カチオンチャネルは,形質膜の膜電位調節及び,細胞内Ca2+濃度調節という生理的に重要な役割を担う。今回,Ca2+シグナルの時空間パターン決定に重要である,形質膜-小胞体間の機能的相互作用の解明を目的に,遺伝学的操作が容易であるトリB細胞DT40を用いて,ストア依存性チャネルと考えられるTRPC1の欠損株を作製した。TRPC1欠損細胞においては,B細胞受容体刺激ににより惹起されるストア依存性Ca2+流入だけでなく,小胞体からのIP3受容体を介したCa2+放出も減弱していた。また,Ca2+-oscillation,その下流で起きるはずの転写因子NF-ATの活性も同様に抑制されていた。このことから,TRPC1はストア依存性Ca2+流入を担うチャネルの一部を形成するだけではなく,IP3受容体の活性を制御し,さらには小胞体−形質膜のカップリングを増進する役割を担っているものと考えられる。 一方,フォスフォリパーゼC(PLC)γ2欠損細胞においては,細胞内Ca2+ストア枯渇剤thapsigarginによるストア依存性Ca2+流入が減弱していた。また,最近開発したIP3センサータンパク質を用いて細胞内IP3濃度を測定したところ,SOCを介したCa2+流入によるIP3産生が見られた。このようなPLCγ2とストア依存性Ca2+チャネル(SOC)のカップリングは,TRPC3を介したものであることが明らかになった。以上の実験より,PI応答/ Ca2+シグナルにおける,PLCとSOC(TRPチャネル)を中心とした協調(coordination)機構が明らかになった(図1)。 「細胞死」の制御に関与する,新しいCa2+透過型カチオンチャネルTRPM2を同定した。即ち,活性酸素/窒素種による細胞の酸化ストレスをニコチンアミドが感受し,その酸化体が直接結合することにより,TRPM2が活性化開口することを示した。また,活性化TRPM2チャネルを透過したCa2+/ Na+が,TNF等によって誘導されるネクローシスを仲介することが明らかとなった。活性酸素種やCa2+/ Na+によるネクローシスは,非特異的な細胞破壊と思われていた。が,TRPM2の発見によって,アポトーシスと同様ネクローシスも,細胞に元々から具わるメカニズムにより,精妙にコントロールされている可能性が示唆された。 一方,TRPC1-7の活性制御にも,活性酸素種による酸化が重要であることを見い出した。このようなTRPチャネルと活性酸素種との機能的協関は,Ca2+シグナル及び膜電位変化が,酸化ストレスに対する生体応答制御の重要な基盤であることを示唆する。さらには,TRP遺伝子ファミリーによってコードされているカチオンチャネル群は,細胞の恒常性維持,増殖や死/生存に深く関与していることが示された。
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