生理学研究所年報 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

4.バイオ分子センサー

2002年5月27日−5月28日
代表・世話人:稲垣暢也(秋田大学医学部)
所内対応者:森 泰生(統合バイオサイエンスセンター)

(1)
脊椎動物の味覚・嗅覚センサー機構
倉橋 隆(大阪大学大学院基礎工学研究科)
(2)
生物の光センサー機能はどこまでわかったのか?
神取秀樹(名古屋工業大学応用化学科)
(3)
メカノセンサーの最近の研究             
辰巳仁史(名古屋大学大学院医学研究科)
(4)
容積感受性クロライドチャネル
岡田泰伸(生理学研究所)
(5)
温度・pHセンサーの分子実体と機能
富永真琴(三重大学医学部)
(6)
ASICのpHセンサーとしての機能
島田昌一(名古屋市立大学医学部)
(7)
膜電位依存性プロトンチャネルの温度・プロトンセンサーとしての機能
久野みゆき(大阪市立大学大学院医学研究科)
(8)
線虫の温度受容機構の分子遺伝学的研究
森 郁恵(名古屋大学大学院理学研究科)
(9)
Redox感受性チャネル
森 泰生(統合バイオサイエンスセンター)
(10)
代謝型グルタミン酸受容体の多価陽イオン感受性にHomer分子がおよぼす作用
久保義弘(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科)
(11)
GFPを用いたカルシウムセンサー
大倉正道(生理学研究所)
(12)
蛍光プローブでセンスする細胞機能
宮脇敦史(理研脳科学総合研究センター)
(13)
糖・脂質代謝センサーとして働くABCタンパク質のシグナル変換機序
植田和光(京都大学大学院農学研究科)
(14)
ATPセンサーとしてのATP感受性カリウムチャネル
稲垣暢也(秋田大学医学部)
(15)
細胞内ATP感受性ATPチャネル
Sabirov Ravshan(生理学研究所)
(16)
cAMPセンサーによる細胞機能制御
柴崎忠雄(千葉大学大学院医学研究院)

【参加者名】
倉橋隆,竹内裕子(大阪大学大学院生命機能研究科),神取秀樹(名古屋工業大学応用化学科),辰巳仁史(名古屋大学大学院医学研究科),富永真琴,飯田陶子,沼崎満子,森山朋子,浦野浩子,富樫和也,東智広,村山奈美枝,小西康信,村瀬元昭(三重大学医学部生理学第一講座),島田昌一,鵜川眞也,山村寿男,植田高史(名古屋市立大学医学部),久野みゆき,森畑宏一,森啓之,酒井啓(大阪市立大学大学院医学研究科),森郁恵(名古屋大学大学院理学研究科),久保義弘,中條浩一,藤原裕一郎(東京医科歯科大学大学院),宮脇敦史(理研脳科学総合研究センター),植田和光,松尾道憲(京都大学大学院農学研究科),稲垣暢也(秋田大学医学部生理学第一講座),柴崎 忠雄(千葉大学大学院医学研究院),岡田泰伸,中井淳一,大倉正道,Sabirov Ravshan(生理学研究所),西田基宏,吉田卓史,五日市友子,山田和徳(統合バイオサイエンスセンター)

【概要】
 細胞は,細胞内外の種々の環境情報を感知して,その情報を他のシグナルに変換し,細胞内や周囲の細胞に伝達することによって環境変化に対応しながら生きている。最近,レセプター(受容体)のみならず,チャネルやトランスポーターなどの膜蛋白質も,環境情報センサーの働きをしていることが明らかになりつつある。これらのバイオ分子センサー蛋白はナノスケールにおいて種々の化学的,物理的,生理的情報を受容して,他のシグナルに速やかに変換する能力を持っている。従って,このようなナノマシーンのシグナル変換機序を解明し,環境にやさしい新しい環境情報センサー製品の開発に向けて応用していくことは極めて重要である。本研究会では,バイオ分子センサーの研究分野で国際的に活躍している研究者が情報交換することにより,この分野における我が国の研究をさらに発展させることを目的とした。

 

(1)脊椎動物の味覚・嗅覚センサー機構

倉橋 隆(大阪大学大学院基礎工学研究科)

 嗅覚の情報変換はcAMPを二次伝達物質とする細胞内機構に制御され,直径0.2ミクロンの微細構造体で行われる。このナノスケールの空間分解能,秒オーダで展開されるの情報変換の分子システムを定量的に理解するために,電気生理記録下の単離嗅細胞にて細胞内cAMPを自由制御するケージド化合物光分解実験系の確立を試みた。光源には100Wキセノンランプを用い,落斜蛍光装置を通して紫外域光を結像面に集光させた。光量は,2logユニットの変化幅を持つウェッジフィルターをパルスモータでコンピュータ制御することで740段階に自由設定できる。刺激時間は電動シャッターによる光路開閉を用いて調節した。シャッターや調光装置で生ずる振動は,クオーツ製の光ファイバーで機械的に隔離した。

 実際に得られた嗅細胞の光応答の振幅は,光の強度,刺激時間に依存した。強度−応答関係,刺激時間−応答関係はヒルの式で近似することができ,いずれもヒル係数は4〜5で,匂い応答にみられるのと同様の高い協同性を示した。実験の総システムはコンピュータによるフル制御支配下にあり,統合プログラム下で一般的なパッチクランプ操作,化学刺激操作を任意に行うことが可能であるので,化学刺激と光刺激を同一細胞で比較検討することが可能となる。嗅細胞で,匂い応答とuncaging応答とを直接比較,あるいは任意操作することによって,数秒で展開する細胞応答中の酵素,細胞内因子の挙動を推定する新しい方法論を確立した。実験の結果,嗅覚情報変換における以下の4点が明らかになった。1.嗅細胞シリア内における分子ネットワーク内で,情報変換過程の非線形増幅を司る部位がチャネル部位に起因する。

 2.cAMP合成酵素であるアデニル酸シクラーゼの活性時間経過を実測定することが可能となった。3.繊毛内でcAMPの細胞内濃度は時間とともに直線的に上昇することが示された。4.嗅覚応答の脱感作に対する新しい知見:cAMPを介する情報伝達において,短時間刺激では直接チャネルにフィードバックがかかる(Kurahashi & Menini, 1997, nature)のに対し,長時間刺激時では上流部分に修飾部があり,匂い応答の脱感作機構は時間依存的に異なる部位にフィードバックがかかっていることが示唆された。

 本システム,実験ロジックは,嗅細胞研究のみならず,ニューロンを含む各種細胞の細胞内情報変換システムの分子的定量化に幅広い応用が期待される。

 

(2)生物の光センサー機能はどこまでわかったのか?

神取秀樹(名古屋工業大学応用化学科)

 「バイオ分子センサー蛋白」という「ナノマシーンのシグナル変換機序を解明」することを目指す場合,光受容蛋白質が与える情報は有用なものがある。このことは,レセプター研究やポンプ研究において視物質ロドプシンやバクテリオロドプシンが果たしてきた役割をみれば自明であろう。最近になってクマリン酸やフラビンをもつ光受容蛋白質がPAS domainをもつことが立体構造決定によって明らかになり,PASを介した蛋白質間相互作用の解明に向けても期待が高まっている。

 本講演では,生物の光センサー機能に関する以下の話題について,最近のトピックスを中心に網羅的に話題提供する予定でいる。

【1】視物質ロドプシン
  :膜表面で三量体G蛋白質を活性化するためには?

【2】古細菌ロドプシン
  :膜内で伝達蛋白質を活性化するためには?

【3】フラビン蛋白質
  :異性化を初期反応としない系のセンサー機構とは?

 

(3)メカノセンサーの最近の研究

辰巳仁史(名古屋大学大学院医学研究科)

 メカノセンサーの最近の研究について報告する。はじめにメカノセンサーの受容機構として知られている機械受容チャネルについてわれわれの行っている研究を中心に紹介する。また,細胞が機械刺激を受容する機構についても我々の最近の研究を紹介する。

1)機械受容チャネルMid1の機能の解析

 Ca2+は,真核生物において細胞の様々な生命現象に必須な制御因子としてはたらいている。酵母と植物においてCa2+透過チャネルが細胞内カルシウムイオン濃度の変化に関与している。Ca2+チャネルたんぱく質分子は,細胞膜にあって細胞外からのカルシウムイオンの流入を制御している。

 出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)のMID1遺伝子産物(Mid1)は,真核生物において世界で初めてその遺伝子が特定された伸展活性化Ca2+透過チャネルである。Mid1は548アミノ酸残基から成り,4つの疎水性領域(H1,H2,H3およびH4)をもつ。さらに16箇所の推定上のN-グリコシレーション部位が存在し,C-末端側に二つのシステインリッチ領域が存在する。たんぱく質分子がチャネルとして機能するには,蛋白質の発現するだけでなく形質膜に正しくトランスロケーションすることおよび正しい蛋白質フォールディングがなされる必要である。これらのメカニズムを解析することは細胞内におけるMid1の機能制御を知るうえで非常に重要であると考え,Mid1を形質膜にターゲッティングするために必要な領域を同定をおこなっている。そのために種々の変異Mid1とGFPとの融合たんぱく質を作製し,それらの融合たんぱく質の細胞内局在を共焦点レーザー顕微鏡を用いて観察した。その結果は,Mid1の細胞膜局在にはH4の後のシステインリッチ領域が重要な働きをしていること,また興味深い事にH1,H2,H3領域だけでも膜に局在可能であることであった。また酵母を使ったレスキュー実験は,これら膜局在を示す変異体は,伸展活性化Ca2+透過チャネルとして機能しうるこを示唆した。

2)細胞が機械刺激を受容する機構

 培養血管内皮細胞に機械刺激を加えると細胞内Ca2+濃度の上昇が起こり,それに続いて細胞形態の変化など様々な細胞応答が生じる。フィブロネクチンをコートしたガラスビーズを培養血管内皮細胞の上面に接着させ,ビーズを機械的に移動させることにより細胞に局所的機械刺激を与える系を用いて,機械刺激からCa2+流入にいたる細胞内のプロセスを解析した。ビーズ直下に形成される接着斑と細胞底面の接着斑の間には,それらを連結するストレスファイバーが形成された。全反射型近接場照明を用いて,細胞底面でのCa2+流入を詳しく分析したところ,機械刺激は刺激開始から数ミリ秒の後には底面に伝わり,底面の接着斑近傍からCa2+上昇を引起こすことがわかった。すなわち機械刺激はアクチン線維を介して細胞底面の接着斑に伝わり,その近傍に分布するCa2+透過性のSAチャネルを活性化して,局所的なCa2+動員を引き起こす。この過程に関わる分子メカニズムについて議論する。

 

(4)容積感受性クロライドチャネル

岡田泰伸(生理学研究所)

 容積感受性外向き整流性Cl-チャネル(VSOR)は,細胞膨張時に活性化されて容積調節に関与する1)。このチャネルはその他多くの基本的細胞機能にも関与することが明らかにされはじめている2,3)。この分子実体や活性化メカニズムの解明に向けての研究が進行中である。

【VSORの生理的・病態生理的役割】

 殆んどの動物細胞がもつ浸透圧性膨張後の容積調節能はRegulatory Volume Decrease(RVD)と呼ばれ,細胞外へのKCl流出とそれに駆動された水流出で達成される。大部分の細胞種でこのCl-流出路を与えるのがVSORである1。容積調節を必然的に伴う細胞分裂・増殖にもVSORが本質的役割を果すことは当然である4)。最近私達は,アポトーシスの誘導5)や,ある種の抗癌剤に対する癌細胞の感受性にも重要な役割を果していることを明らかにしている。

【VSORの分子実体】

 これまで本チャネルの分子実体としては次の三つが,いずれもNature誌において発表されてきた。共に1992年に発表されたP糖蛋白説6)とpICln7)は,その後いずれもVSORの内在性レギュレータにすぎないことが明らかにされた1)。1997年にはこれらに代わってClC-3説8)が提出され,最近まで広く受け入れられてきたが,私達はいくつかの点が明確になるまで留保すべきであると主張していた9。事実,2001年にClC-3ノックアウトマウスにおける肝細胞や膵腺細胞でもVSORは正常のままであることが示され10,ほぼすべて振出しに戻ったのである。現在,心筋VSORはClC-3によるという可能性が残されているが,これも私達は検討中である。

【VSORの性質と活性化メカニズム】

 本チャネルは外向き整流性の中間型単一チャネルコンダクタンスを示し,低フィールド性のアニオン選択性を示す1)。細胞内ATPの存在を必要とするが,必ずしもその加水分解は不可欠ではない1。単一チャネル活性は膨張後にギガシールしたパッチでのみ見られるので,その活性化メカニズムは細胞表面膜のinvaginationのunfoldingに関係しているものと推定される1)。事実,全細胞電流密度は細胞直径の3乗(容積)には相関せず,二乗(膜表面積)によく相関した11)。ちなみに,本チャネルは浸透圧変化そのものや,膜伸展や膜張力をセンスするものではない1)。最近私達は,本チャネル活性にEGFレセプター・チロシンキナーゼが関与することを明らかにしている。

1)
Okada 1997 Am J Physiol 273, C755-C789.
2)
Lang et al. 1998 Physiol Rev 78, 247-306.
3)
Okada et al. 2001 J Physiol 532, 3-16.
4)
Nilius 2001 J Physiol 532, 581
5)
Maeno et al. 2000 PNAS 97, 9487-9492.
6)
Valverde et al. 1992 Nature 355, 830-833.
7)
Paulmichl et al. 1992 Nature 356, 238-241.
8)
Duan et al. 1997 Nature 390, 417-421.
9)
Okada et al. 1998 J Gen Physiol 112, 365-367.
10)
Stobrawa et al. 2001 Neuron 29, 185-196.
11)
Morishima et al. 2000 Jpn J Physiol 50, 277-280

 

(5)温度・pHセンサーの分子実体と機能

富永真琴(三重大学医学部)

 痛みは化学的・熱・機械的刺激によってある種の感覚神経が興奮することによって惹起されるが,トウガラシの主成分カプサイシンは辛味とともに痛みを引き起こす。カプサイシンは侵害性刺激受容体を有する感覚神経(nociceptor)を特異的に脱分極させて細胞内Ca2+濃度の増大をもたらすことが報告されていたので,カプサイシン投与による細胞内Ca2+濃度上昇を指標とした発現クローニング法を用いてカプサイシン受容体遺伝子が単離された。カプサイシン受容体VR1 (Vanilloid Receptor Subtype 1)はそのアミノ酸配列から,6回の膜貫通領域を有するイオンチャネルであろうと推定された。パッチクランプ法を用いた電気生理学的な解析によって,VR1は外向き整流性を有するCa2+透過性の高い非選択性陽イオンチャネルであること,細胞外Ca2+依存性の電流減少を示すこと,Na+に対して陽性電位で約80 pSの単一チャネルコンダクタンスを持ち細胞内セカンドメッセンジャーを介さずにカプサイシンによって直接活性化されるであろうことが明らかとなった。VR1はカプサイシンに加えて生体で痛みを惹起する酸(プロトン),43度以上の熱によっても活性化することが判明した。異所性発現系で解析されたこれらのVR1の多刺激痛み受容体としての機能は遺伝子欠損マウスの行動解析から確認された。

 このようにVR1は温度・pHセンサーとして機能するが,活性化温度閾値は種々の因子によって変動する。活性化刺激であるプロトンは室温でチャネルを活性化しない程度の少量ではVR1の活性化温度閾値を低温度側へシフトさせる,つまり活性化刺激間の相互作用があることが明らかとなった。また,生体で痛みを惹起させたり増強させたりすることが知られているATPやbradykininはそれぞれP2Y1受容体,B2受容体に作用してPKC活性化を介したVR1のリン酸化によってVR1活性化温度閾値を体温以下に低下させることが分かった。これらの代謝型受容体とイオンチャネル型受容体VR1の機能連関によって体温での疼痛発生が起こることになる。

 VR1とアミノ酸レベルで50%の相同性を有し52度以上の熱刺激によって活性化される新たな熱刺激受容体VRL-1が明らかになった。この2つのイオンチャネル型受容体は,TRPイオンチャネルファミリーに属し,それぞれTRPV1, TRPV2と分類される。ごく最近,同じTRPイオンチャネルファミリーに属するTRPM8 (CMR1; Cold Menthol Receptor 1)が冷刺激(8-27度)を受容する新たな温度受容体として報告された。TRPイオンチャネルが広く温度受容体として機能していることは興味深い。

 

(6)ASICのpHセンサーとしての機能

島田昌一(名古屋市立大学医学部)

 ASIC(acid sensing ion channel)イオンチャネルファミリーは,pHセンサー,メカノセンサー等の多様な機能と関係する陽イオンチャネルである。我々は,ASICチャネルのpHセンサーという特徴に着目し,生体内での機能について検討を加えてきた。本演題では,ASICファミリーの酸味受容体と痛覚受容体としての機能解析の結果を報告する。我々は,以前,イオンチャネル型味覚受容体を単離する過程で,ASIC2a/MDEG1が舌の味蕾では酸味受容体として機能していることを見出した。アフリカツメガエル卵母細胞機能発現系で解析した結果,ASIC2aは,同じpHでも酢酸の方が塩酸よりもより大きな反応を示すことから,in vivoにおける酸味受容体の特徴を良く示すものと考えられた。しかし,ASIC2aのamilorideやpHの感受性はin vivoにおける酸味受容体のデータと一部異なる点があるため,新しいサブユニットをラット有郭乳頭のcDNAライブラリーよりスクリーニングし,ASIC2aのsplicing variantのASIC2bを得た。ASIC2aとASIC2bは同一の味蕾細胞に共存しヘテロマーを形成していることを,免疫組織化学法と免疫共沈法により示した。またアフリカツメガエル卵母細胞にASIC2aとASIC2bを共発現させるとアミロライドやpHの感受性がin vivoの記録に良く一致する特徴的な結果を得た。これらの結果から,ASIC2aとASIC2bは味蕾においてヘテロマーを形成し酸味受容体として機能していると考えられた。次にASICの酸による痛覚受容体として機能について解析した。炎症や虚血では,局所的なアシドーシスが発生し,pHの低下が痛みの惹起に大きく関係していると考えられている。このpHの低下によって引き起こされる痛みは,末梢神経系でvanilloid receptor subtype-1(VR1)が関与していると考えられている。しかし最近では,ASICファミリーの痛覚受容への関与も示唆されている。そこで我々はpHの低下で惹起される痛みには実際にどの分子がどの程度関与しているのか,ヒトの疼痛誘発試験により検討した。二重盲検により皮下にpH7.4〜5.5の各種溶液を微量注入し,その時に生じる痛みを数値化し比較解析した。その結果pHを7.4から低下させていくとpH7.2近傍でほとんどの被検者は痛みを感じ始めることが明かとなった。また,pH6.0で惹起される痛みに対してASICチャネルの阻害剤であるamilorideを同時に投与すると痛みはほぼコントロールのpH7.4レベルまで軽減した。一方,pH6.0で惹起される痛みに対してVR1の阻害剤であるcapsazepineを同時投与した場合は,痛みの抑制効果はほとんど認められなかった。これらの結果から,pH6.0による疼痛誘発試験の条件下では,ASICが主要な痛覚受容体(pHセンサー)として機能していると考えられた。さらにこの実験系ではcapsaicinによって惹起される痛みに対してはamilorideは影響を与えなかったことから,amilorideの鎮痛作用はASICに特異的で,痛覚伝達経路に共通する別の分子にamilorideが働いている可能性は少ないと考えられた。また,ASICファミリーの脊髄後根神経節における分布を詳細に検討したところASIC1aとASIC3が小型から中型細胞に発現し,一部は同一細胞に共存していることが分かった。これらの結果から,ASIC1aとASIC3は酸による痛みの受容体として機能していると考えられた。

 

(7)膜電位依存性プロトンチャネルの温度・プロトンセンサーとしての機能

久野みゆき(大阪市立大学大学院医学研究科)

 膜電位依存性H+チャネルは,H+を選択的に透過させるチャネルで,多くの細胞に存在することが明らかにされつつあるが,その分子構造やイオン透過機構は未だ謎である。H+ポンプやNa+/H+交換機構などに比べてH+輸送速度は約100倍高いと言われ,開口すると短時間に大量のH+を排出し細胞内外のpH環境および膜電位を劇的に変えることができる。H+チャネルは脱分極によって緩徐な時間経過で開口するvoltage-gated channelであるが,活性化閾値および活性化速度を決定する第一要因は細胞膜を介するpH勾配によるH+の平衡電位である。細胞内pHが細胞外pHに比べて低くなるほど閾値は過分極側にシフトし,活性化速度は速くなる。すなわち,細胞内に強いアシドーシスが生じた場合はH+を排出しやすくなり,細胞内アシドーシスが解除されるとチャネルは閉じる。したがってH+チャネルは細胞内外のH+濃度の増減に即応して活性が決まる非常に正確なH+センサーといっても過言ではない。一方,H+チャネルの持つユニークな特性のひとつに高い温度依存性がある。定常電流のQ10(>2)は一般のイオンチャネルに比べ高く,活性化速度のQ10が3−6程度あることを考慮すると,わずかな温度変化に際してもH+流出量は大きく変化し得る。温度に対するH+チャネルの応答は,殆ど遅延が無く,また可逆的かつ反復可能であることからチャネル本体の性質によるものと考えられている。しかし,最近,定常電流の温度依存性には少なくとも2つの状態,high Q10(>2)とlow Q10(<1.3)があることが示唆された。同一細胞でもhigh Q10とlow Q10の移行が見られ,細胞が膨化した状態ではlow Q10となるなど,H+チャネルの温度感受性はチャネルの活性化状態によって変動する可能性がある。このように,膜電位依存性H+チャネルは他のイオンチャネルに見られないH+や温度の変化に対する特異的な応答性を持っているが,そのH+や温度のセンサーとしての働きは,細胞の状態や細胞内外の微小環境要因の影響を受けて変化すると推測される。

 

(8)線虫の温度受容機構の分子遺伝学的研究

森 郁恵(名古屋大学大学院理学研究科)

 我々の研究室では,線虫C. elegansの温度走性行動の分子生物学的な解析から,温度受容のメカニズムを解明したいと考えている。C. elegansの温度走性とは,餌(大腸菌)が豊富に存在する条件下で,15℃から25℃の範囲で飼育された後に,餌の無い温度勾配上に置かれると,飼育温度に向かって移動し,逆に,餌の無い条件下で飼育された後に,餌の無い温度勾配上に置かれると,餌の無い体験をしていた温度(飢餓体験温度)を避けるように移動する性質である。この行動は,C. elegansにおいて,行動の可塑性が最も直接的に観察できるため,神経可塑性の分子遺伝学的解析にも適した行動パラダイムである。従来までの研究から,1)温度走性には,頭部先端に左右1対存在する感覚器官Amphidに属する感覚ニュ-ロンAFDでの温度感知が必須であること,2)AFD温度受容ニュ-ロンでは,cGMP依存性カチオンチャンネルが,おそらく温度刺激の受容に伴って膜電位を変化させていること,3)カルシウム/カルモジュリン依存性脱リン酸化酵素であるカルシニューリンが,AFDニュ-ロンの負の制御因子として,温度刺激入力のゲインコントロールをしていること,などが明らかになった。

 C. elegansにおける温度刺激の受容体については,現時点で,ほとんど不明である。哺乳類では,VR1カプサイシンリセプターチャンネルが,侵害刺激としての高温に応答する。C. elegansのOSM-9チャンネルは,VR1に最も相同性が高いが,AFD温度受容ニュ-ロンでの発現は見られず,osm-9突然変異体は,温度走性に異常が見られない。また,最近,低温やメントールに応答するチャンネルも哺乳類において発見されたが,このCMR1 (TRPM8)チャンネルも,VR1チャンネル同様TRPチャンネルファミリーに属している。我々の研究室で,Drosophilaの視細胞における光受容に必須なTRPチャンネルに最も相同性が高いC. elegansのTRP遺伝子のノックアウト系統を作成したところ,温度走性には,異常が見られなかった(未発表)。また,C. elegansの高温侵害刺激(33℃)に対する忌避応答は,カプサイシンの投与によって増強され,この応答そのものには,AFDニューロンおよびOSM-9チャンネルは無関係であることが報告されている。以上のように,侵害刺激としての高/低温の受容体についての分子レベルの知見は,まだ得られていない。

 それでは,C. elegansが自然界で通常感知していると想定される,生理学的に侵害とならない温度の受容体は何であろうか?我々は,この問いに答えるために,温度走性異常突然変異体の解析を進めると共に,AFDで発現するレセプター型guanylyl cyclaseが温度受容体である可能性を検証するために,それらの遺伝子のノックアウト系統の作成とその温度走性の解析を行っている。また,AFDニューロンでの温度受容シグナル伝達経路が,哺乳類の視細胞における経路と類似している可能性もあるため,AFDニューロンで発現する7回膜貫通型タンパクをコードする遺伝子のノックアウト系統の作成も検討している。

 

(9)Redox感受性チャネル

森 泰生(統合バイオサイエンスセンター)

 形質膜越えのカチオン流は,重要な膜電位調節機構の一つであり,細胞内Caイオン濃度上昇を担うという生理的意義も有する。TRP遺伝子スーパーファミリーによってコードされているカチオンチャネル群は,本カチオン流を制御し,細胞の増殖や死/生存に深く関与している。一方,酸化還元状態も細胞の恒常性や死に強く連関しており,それが有する「シグナル性」が注目を集めている。最近,我々は「細胞死」の制御に関与する,新しいタイプのイオンチャネルLTRPC2を同定した。LTRPC2の遺伝子はヒトゲノム計画において,家族性躁鬱病の原因遺伝子の探索の過程で,ヒト21番染色体に見い出された。構造的には,TRPチャネルタンパク質に類似していることから,その一員として「TRP」がつけられた。しかしながら,その生理的機能や躁鬱病を含む病態との機能的関連は全くわかっていなかった。H2O2等の活性酸素種や,一酸化窒素(NO)により細胞が酸化状態になったことを生体エネルギー貯蔵物質ニコチンアミドが感受し,その酸化体が直接結合することにより,TRPM2チャネルは活性化開口することがわかった。Ca/Naイオンが活性化TRPM2チャネルを通って流入し,細胞死の主要分類のうちの「ネクローシス」をひきおこすことが明らかとなった。さらに,生体内でおこる酸化ストレスや,腫瘍壊死因子(TNF)等によって誘導される細胞死を,ひきおこすこともわかった。活性酸素種やCa/Naイオンによるネクローシスは,非特異的な細胞破壊と思われていた。今回,新しいタイプのチャネルTRPM2の発見によって,細胞に元々から具わっているメカニズムにより,アポトーシスと同様,精妙にコントロールされている可能性が示された。ところで,我々は既に,PI応答と連関して活性化開口する7つのTRPC(canonical TRP)チャネル(TRPC1-7)をあきらかにしている。TRPC1-7の活性制御にも,活性酸素種による酸化が重要であることを見い出した。このようなTRP関連チャネルと活性酸素種との機能的協関は,Caシグナル及び膜電位変化が,細胞の酸化還元状態による生体応答制御の重要な基盤であることを示唆する。

 

(10)代謝型グルタミン酸受容体の多価陽イオン感受性にHomer分子がおよぼす作用

久保義弘(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科)

 代謝型グルタミン酸受容体(mGluR1a)は,一次構造的に多価陽イオンセンサーCaRと同じsuper- familyに属する。我々はこれまでにmGluR1aがCaRと同様に,細胞外Ca2+やGd3+などの多価陽イオン感知能を持つことを見いだした。さらにその後,遺伝子発現系によりmGluR1aのGd3+応答能に差が見られることを見いだした。すなわち,ツメガエル卵母細胞においては明確に観察されたmM orderのGd3+に対する応答が,CHO細胞においては観察されなかった。 

 このことは,mGluR1a分子の構成や状態が発現系により異なる可能性を示唆し,その分子基盤を明らかにすることは,mGluR1aの生理的機能の理解に必須であると考えられる。そこで,機能の差異がクラスター化分子の有無によるという可能性を想定し,mGluR1aをクラスター化させる分子であるHomer1c,もしくはそのsplicing variantでクラスター化能力を欠くHomer1aの共発現がmGluR1aの受容体機能に及ぼす作用について,HEK293細胞を一過性発現系として用い,リガンド投与時の細胞内Ca2+濃度の上昇を指標として解析した。

 その結果,Homer1cの共発現により(1)グルタミン酸に対する応答のピ−ク値・立ち上がり速度が増大すること,(2)グルタミン酸に対する用量応答関係が右側に(感受性が下がる向きに)シフトすること,(3)クラスター化能力の無いHomer1aの共発現によっては,グルタミン酸応答のピーク値,応答の立ち上がり速度ともむしろ減少することを観察し,さらに(4) Homer結合能を欠くmGluR1aの変異体P1147Eでは上記に示したHomer1c共発現の影響が観察されないという結果から,mGluR1a とHomer1cとの結合がグルタミン酸応答に影響を与えていることを実証した。また,(5)免疫組織学的解析により,Homer1aの共発現はmGluR1aの細胞膜上での発現を増大させ,Homer1cは著明に減少させることを観察した。

 次にmGluR1aの多価陽イオン応答に対するHomer分子共発現の影響の解析を行い,(7) Homer1c分子は,グルタミン酸応答に対する影響と同様の効果を,細胞外Ca2+に対する応答に関しても示すことを見いだした。さらに,驚いたことに(8) mGluR1aのGd3+に対する応答が,sub mM orderでは用量依存的に増大し,mM orderでは応答が逆に抑制されるという,ベル状の用量応答関係を示すこと,そして(9) Homer 1cの共発現はmGluR1aのGd3+応答を示す範囲を高低濃度両方向に拡大させることが明らかになった。

 HomerがmGluR1aのグルタミン酸に対する用量応答関係に与えた作用の一部は上述のHomerによる細胞表面におけるmGluR1a発現量の制御と,(Worleyらによって提唱された)Ca2+ストアとの直接リンクにより説明できると思われる。しかし,このメカニズムではGd3+に対する用量応答関係の変化は説明できず,Homer分子との結合がmGluR1aのリガンド受容という機能に何らかの質的変化を起こしていることが示唆された。

 

(11)GFPを用いたカルシウムセンサー

大倉正道(生理学研究所)

 G-CaMPは緑色蛍光蛋白(GFP),calmodulin(CaM),およびCa2+-CaMのターゲットペプチドであるM13から成る蛍光カルシウムプローブである。G-CaMPはCa2+の結合(Kd= 235 nM, Hill coefficient = 3.3)に伴い比較的大きな(Fmax/Fmin= 4.5)緑色蛍光強度の増大を示すことが長所だが,蛍光強度が低いことやpH感受性を示すことが短所であった。そこで今回我々はG-CaMPの改良を行い,G-CaMP1.6という新しいヴァリアントを開発したので報告したい。

 G-CaMP1.6は,主として量子収率の増大により,G-CaMPに比べて約40倍明るく蛍光を発した。また,G-CaMP1.6はG-CaMPより低いpH感受性を示した。さらにG-CaMPやG-CaMP1.6においてカルシウムセンサーの役割を果たす部分であるCaMはCa2+以外の2価カチオンに対しても感受性があることが知られているが,Ca2+と同程度のイオン半径を有する2価カチオンの選択性に関しては,G-CaMP1.6の方がG-CaMPより高かった。これらの結果は,G-CaMP1.6がG-CaMPよりも優れたプローブであることを示す。一方,G-CaMP1.6のCa2+感受性(Kd= 146 nM, Hill coefficient = 3.8, Fmax/Fmin= 4.9)についてはG-CaMPの場合よりもやや高親和性側へシフトしていたが,<mMレベルでのCa2+濃度変化をモニターする上では問題ないと思われた。

 次にG-CaMP1.6が生細胞において機能するか否かをHEK細胞に発現させて検討した。残念ながらG-CaMPの場合と同様に,G-CaMP1.6も細胞へ導入した後37oCで培養し続けた場合は蛍光を発しなかった。しかし,G-CaMP1.6を導入した細胞を28oCに移したところ,G-CaMPの場合とは異なり,数分以内に著しい蛍光強度の増大を示した。このことからG-CaMP1.6ではG-CaMPの場合よりも発色団が形成されやすくなっていることが示唆された。さらにG-CaMP1.6発現細胞を用いて蛍光強度の経時変化解析を行ったところ,G-CaMP1.6が生細胞内でもCa2+濃度上昇に伴って速やかに大きな蛍光強度変化を生じることが確認された。

 ところでG-CaMP1.6はG-CaMPより優れたプローブではあるが,CaMをカルシウムセンサー部分として使用しているために1プローブあたり4個のCa2+を緩衝し,このことが細胞内Ca2+シグナリングを減弱させる可能性がある。そこで我々はよりCa2+緩衝能の小さいG-CaMP1.6のヴァリアントであるG-CaMP1.6-CaM(E140K)も今回併せて作成した。

 以上総括すると,今回開発したG-CaMP1.6はG-CaMPより1)約40倍明るく,2) pH感受性が低く,3) Ca2+と同程度のイオン半径を有する2価カチオンの選択性が高く,4)短時間に発色団を形成する点で,蛍光カルシウムプローブとして改良されていることが示された。

 

(12)蛍光プローブでセンスする細胞機能

宮脇敦史(理研脳科学総合研究センター)

 バイオセンサーを作製して細胞生物学に応用するために,蛍光タンパク質を使うことを想定する。蛍光タンパク質の様々な特性をいかに活用するべきか,またそのセンサーのperformanceを十分に引き出すためにはどんな光学系が必要か,などを議論したい。

 

(13)糖・脂質代謝センサーとして働くABCタンパク質のシグナル変換機序

植田和光(京都大学大学院農学研究科)

 ABCタンパク質は,200アミノ酸にわたって配列がよく保存されたATP結合領域と12-17の膜貫通αへリックスをもつタンパク質ファミリーである。ABCタンパク質は1機能分子あたりATP結合領域を2つもち,いずれも細胞内ATP,ADPによって駆動あるいは制御されているが,ポンプ,チャネル,レギュレーターに機能が分化している。

 MDR1,MRP1などが生体異物を細胞外に排出することから,ABCタンパク質の生理的役割として環境中の有害物質に対する防御機構がこれまで強調されてきた。一方,Sulfonylurea Receptor (SUR1)は膵β細胞のATP感受性K+チャネルのサブユニットであり,細胞内代謝状態を感知してチャネルサブユニットであるKir6.2の活性を制御するレギュレーターとして機能し,インスリン分泌を調節している。また,ABCA1がapoAIにコレステロールとリン脂質を受け渡すことによってHDLコレステロール形成のキー分子として機能していることが明らかになった。脂肪酸,コレステロール,脂溶性ビタミン,胆汁酸などの細胞内濃度はABCタンパク質によって調節されているだけでなく,逆にABCタンパク質遺伝子の転写,局在,分解などを調節しており,脂質ホメオスタシスは,転写因子,代謝酵素,輸送体などが互いに調節しあう巧妙なネットワークによって統合的に保たれていることが最近明らかになりつつある。

 しかし,SURがどのようにして細胞内のATP,ADP濃度を感知しているのか?トランスポーター型ABCタンパク質とSUR1はどのように異なるのか?ABCA1はトランスポーターをして機能しているのか?実際に何を基質として輸送しているのか?その活性はどのように調節され細胞内脂質代謝センサーとして機能しているのか?ABCタンパク質遺伝子の転写,局在,分解がどのように調節されているのか?多くの疑問が残されている。

 我々は,ABCA1の動態を細胞生物学的に解析するとともに,MDR1,SUR1,ABCA1などを昆虫細胞で大量発現,精製,再構成し,ATP加水分解活性などを測定することによって,分子メカニズムを解明したいと考えている。精製したMDR1,SUR1,ABCA1はいずれもATPase活性をもつが,それらのATPase活性は大きく異なった。また,バナジン酸などの阻害剤の効果も異なった。糖・脂質代謝センサーとして働くABCタンパク質の分子メカニズムについて概説したい。

 

(14)ATPセンサーとしてのATP感受性カリウムチャネル

稲垣暢也(秋田大学医学部)

 ATP感受性K+(KATP)チャネルは細胞内ATPによって開閉が調節されるチャネルであり,従って細胞内代謝レベルを膜電位に反映させる分子である。また,膵β細胞においては,インスリン分泌の鍵を握る分子であると同時に,経口糖尿病薬スルホニル尿素の作用部位でもある。我々は,これまでに,膵β細胞のKATPチャネルがABC蛋白質であるスルホニル尿素受容体SUR1と内向き整流性K+チャネルのメンバーであるKir6.2の複合体であること,心筋のKATPチャネルがSUR1のイソフォームSUR2AとKir6.2の複合体であることを明らかにした。

 一方,KATPチャネルは脳にも広く発現することが知られているが,その分子構造や機能に関しては今なお不明な点が多い。従来より,スルホニル尿素薬であるグリベンクラミドの結合実験から,KATPチャネルは黒質網様部(SNr)に多く発現することが知られていた。実際,急性単離SNrニューロンのパッチクランプ法を用いた実験では,SNrニューロンにはSUR1とKir6.2からなる膵β細胞型KATPチャネルが発現していた。一方で,SNrは全身けいれんの制御部位としても知られている。そこで,KATPチャネルの構成サブユニットであるKir6.2のノックアウト(KO)マウスを用いて,SNrにおけるKATPチャネルの機能的役割について検討した。

 KOマウスは短時間(150秒)低酸素条件(5.4% O2)下におくと,著しく全身けいれんを起こしやすく,死に至ったのに対して,野生型マウスはけいれんを起こさなかった。急性単離SNrニューロンの穿孔パッチクランプ法を用いた検討では,野生型ニューロンは低酸素負荷時にKATPチャネルの開口により過分極したのに対して,KOニューロンではむしろ脱分極した。急性スライスを用いたSNrの細胞外記録では,野生型ニューロンでは低酸素負荷時に発火頻度が激減したのに対して,KOニューロンではむしろ増大した。

 以上の結果より,SNrニューロンは,代謝ストレス時に細胞内ATPレベルが低下すると,KATPチャネルが開口することにより過分極し,その結果神経活動が抑制され,全身けいれん発症に対して防御的に働くものと考えられた。一方,膵β細胞では,高血糖時に細胞内ATPレベルが上昇することによって,細胞膜が脱分極しインスリン分泌がおこる。従って,KATPチャネルは細胞内ATPのセンサーとして機能し,生体防御に関わっているものと考えられた(Yamada, K., et al. Science 292: 1543, 2001)。

 

(15)細胞内ATP感受性ATPチャネル

Sabirov Ravshan(生理学研究所)

 Extracellular ATP is an important autocrine and paracrine regulator of a multitude of physiological functions. It is well recognized that the signal brought about by ATP is transduced into the adequate physiological response via purinergic receptors. However, the nature of ATP-releasing pathway is less understood at present. The existence of an ATP conductive anionic channel has widely been discussed, and an involvement of ABC-transporters such as P-glycoprotein and CFTR has been proposed. We found that in non-CFTR-expressing murine mammary C127 cells, hypotonic stimulation activates two types of anionic conductance. Conventional volume-sensitive outwardly rectifying chloride currents had different sensitivity to ATP-release inhibitors, whereas the novel type of anionic current, which had no outward rectification and exhibited voltage-dependent inactivation at moderate positive and negative potentials, was inhibited by Gd3+, an inhibitor of ATP release. Single channels underlying this macroscopic conductance had large unitary conductance (400 pS) and voltage dependency similar to that of whole-cell current. ATP at millimolar concentrations produced a voltage-dependent open-channel block when added either from outside or from inside the excised patches with ATP-binding site located in the middle of the channel pore. Therefore, it appears that the channel is able to accumulate a large ATP4-anion in its lumen. When all anions of the intracellular side were replaced with ATP, small inward currents carried by ATP4-have been observed. The pharmacological profile of these single channel events was reminiscent to that of ATP release. These data suggest that the Volume- and voltage-Dependent ATP-permeable Large conductance anion channel (VDACL) can serve as a conductive pathway for swelling-induced ATP release. A high rate of ATP transport through the VDACL channel implies that the cells possess an efficient controlling system for this pathway. We found that in addition to open-channel block, the intracellular ATP caused a channel shutdown effect at sub-millimolar concentrations. This effect was absent for the ATP added from the outside. We suppose that ATP not only passes through VDACL channel, but also is a key component of a negative feedback controlling system linking the rate of ATP release to the metabolic state of the cell. The nature of this sophisticated regulatory system is currently under investigation.

1) Sabirov, Dutta & Okada 2001. J. Gen. Physiol. 118, 251-266

 

(16)cAMPセンサーによる細胞機能制御

柴崎忠雄(千葉大学大学院医学研究院)

 cAMPはインスリン分泌の増強作用において重要な細胞内シグナルである。経腸管的に摂取された栄養素によって腸管内分泌細胞から分泌される消化管ホルモンであるGlucagon-like peptide-1 (GLP-1)やGlucose-dependent insulinotropic polypeptide (GIP)などのインクレチンは膵β細胞の細胞内cAMPを上昇させることによってインスリン分泌を増強することが知られている。cAMPによるインスリン分泌はcAMP依存性プロテインキナーゼ(PKA)が細胞内の種々の調節タンパク質をリン酸化し,開口放出を増強する経路が主要であると考えられてきた。一方,PKAリン酸化によらないcAMP誘導性の開口放出も提唱されているが,この経路における分子機構は全く不明であった。

 最近,我々は新規cAMPセンサー,cAMP-GEFIIが,Rab3標的分子Rimと結合し,cAMP依存性であるがPKA非依存性の開口放出機構に関与することを示した。cAMP-GEFIIが生理的にも機能しているかを明らかにする目的で,まずインクレチンによるインスリン分泌増強に対するcAMP-GEFIIの役割を検討した。cAMP-GEFIIに対するアンチセンスオリゴで単離マウス膵島を処置したところ,インクレチンによるインスリン分泌増強は約50%抑制された。一方,PKAの特異的阻害剤であるH-89の処置によっても約50%抑制された。両者を同時に処置すると約90%以上,インスリン分泌増強を抑制した。またインクレチンによるインスリン分泌増強においてもcAMP-GEFIIとRim2の結合が必要であった。

 次にcAMP-GEFIIを介するインスリン分泌増強の分子機構について検討した。Rim2にはN末端側からRab3結合領域Znフィンガードメイン,cAMP-GEFIIが結合するPDZドメイン,Ca2+の結合が想定されるC2ドメインが存在する。Rim2は細胞内でインスリン顆粒と細胞膜に局在するRab3Aとの共局在が認められたが,Znフィンガードメインを欠損する変異Rim2を導入したマウスインスリン分泌細胞株では,Rim2と共局在せず,しかもcAMPによるインスリン分泌増強は顕著に抑制された。

 以上の結果から,膵β細胞において,インクレチン刺激などによるインスリン分泌の増強にはPKA依存性,非依存性の機構が存在し,PKA非依存性機構ではcAMP-GEFII/Rim2経路が関与することが明らかになった。さらにcAMP-GEFII/Rim2によるインスリン分泌増強にはRab3を介した開口放出の制御が重要な役割を果たしていることが示唆された。本研究会ではcAMP-GEFII/Rim2経路の制御機構の解析からcAMPセンサーによるインスリン分泌増強の分子機構について考察したい。

 


このページの先頭へ年報目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2003 National Institute for Physiological Sciences