生理学研究所年報 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

6.上皮組織NaCl輸送制御の分子メカニズム

2002年12月4日-12月5日
代表・世話人:丸中良典(京都府立医科大学第一生理学教室)
所内対応者:岡田泰伸

(1)
Molecular mechanism for downregulation of volume-sensitive Cl-channel by CFTR
Ravshan Z. Sabirov(Department of Cell Physiology, National Institute)
(2)
魚類の浸透圧調節器官におけるイオン輸送に関与するClCクロライドチャンネル
宮崎裕明(京都府立医科大学第一生理学教室)
(3)
バーチンによるCLC-K2クロライドチャネルの細胞内局在決定機構
内田信一(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科体内環境調節学)
(4)
上皮性Naチャネルを介した両生類皮膚の化学受容作用
長井孝紀(慶應義塾大学医学部生物学教室)
(5)
上皮の機能分化に対するアルドステロン,プロラクチン,成長ホルモンの役割
高田真理(埼玉医科大学生理学教室)
(6)
フラボンによるナトリウム再吸収の制御機構
新里直美(京都府立医科大学第一生理学教室)
(7)
上皮イオン・水輸送系をXenopusoocyteから学ぶ
挾間章博(統合バイオサイエンスセンター生命環境研究領域)
(8)
上皮型Na+/H+交換輸送体(NHE3)の細胞表面安定性と細胞骨格について
林 久由(静岡県立大学食品栄養生理)
(9)
トロンボキサンA2産生が介在する大腸粘膜の塩素イオン分泌機構
酒井秀紀(富山医科薬科大学薬学部薬物生理)
(10)
プロスタシンによる上皮型ナトリウムチャネル(ENaC)の活性化
北村健一郎(熊本大学医学部第三内科)
(11)
ラット直腸粘膜表層細胞に存在する上皮性Naチャネル(ENaC)の電気生理学的性質
石川 透(北海道大学大学院獣医学研究科比較形態機能学講座)
(12)
腸管細菌感染を起こすVibrio 科細菌が産生する溶血毒の下痢誘発機構
高橋 章(徳島大学医学部特殊栄養学講座)
(13)
大腸上皮Cl-分泌時の容積調節機構におけるNa+-K+-2Cl-コトランスポータの役割
眞鍋健一(生理学研究所機能協関研究部門)
(14)
NaCl流入抑制により活性化された気道上皮細胞のcAMP-調節性線毛運動
中張隆司(大阪医科大学生理学)

【参加者名】
丸中良典(京都府立医大医),石川透(北海道大獣医),佐々木成,内田信一(東京医科歯科大医歯学総合研究科),高田真理(埼玉医科大医),長井孝紀,中沢英夫(慶応義塾大医),鈴木裕一,林久由(静岡県立大食品栄養科),酒井秀紀(富山医科薬科大薬),新里直美,宮崎裕明(京都府立医大医),中張隆司,椎間ちさ(大阪医科大大学院),高橋章(徳島大医),北村健一郎(熊本大医),岡田泰伸,Sabilov R,狭間章博,清水貴浩,真鍋健一,Lee E(生理研)

【概要】
 上皮組織は,生体における外部からの刺激に対する種々のバリアーとなり,また体内環境の恒常性を保つ上で,重要な役割を担っている。特に,体血圧や体液量は上皮組織におけるナトリウム吸収により制御され,一方,肺気道などの防御機構はクロライド分泌を通じて制御されている。このような,生命維持に重要な意義を有する上皮組織におけるナトリウム・クロライドイオン輸送の制御機構に関する研究は,最近のイオンチャネルのクローニングをはじめとして,急速な発展を遂げて来た。しかしながら,上皮組織におけるナトリウム・クロライドイオン輸送の制御機構の解明は,上皮組織としての特殊性,すなわち頂部膜(apical membrane)と基底側壁膜(basolateral membrane)という極性を有して,しかもこれらの2種類の膜を介して,イオン輸送が行われるという複雑な機構が存在することから,チャネルのクローニングのみならず,細胞内イオンチャネルトラフィッキングのメカニズムの解明等が不可欠なものとなって来ている。本研究会において,上皮組織におけるナトリウム・クロライドイオン輸送制御の分子メカニズム解明の第一線に携わっている研究者が講演および意見交換を行なったことにより,本研究会開催が共同研究推進の第一歩となった。

 

(1)Molecular mechanism for downregulation of volume-sensitiveCl-channel by CFTR

Ravshan Z. Sabirov, Yuhko Ando-Akatsuka, Iskandar F. Abdullaev, Yasunobu Okada
(Department of Cell Physiology, National Institute for Physiological Sciences)

 Cystic fibrosis transmembrane conductance regulator (CFTR) has been shown to be a multi-functional protein that acts as a Cl-channel as well as a regulator of other ion channels and transporters. In our experiments, transient expression of wild-type human CFTR in HEK293T cells resulted in a profound decrease in the amplitude of volume-sensitive outwardly rectifying Cl-channel (VSOR) current without changing the single-channel amplitude. This effect was not mimicked by expression ofDF508 mutant of CFTR, which did not reach the plasma membrane. The VSOR regulation by CFTR was not affected by the G551D mutation at the first nucleotide-binding domain (NBD1), which is known to impair the CFTR interaction with the outwardly rectifying chloride channel (ORCC), epithelial amiloride-sensitive Na-channel (ENaC) and renal potassium channel (ROMK2). The CFTR-VSOR interaction was insensitive to the deletion mutation,DTRL, which is known to impair CFTR-PDZ domain binding. In contrast, the G1349D mutant, which impairs ATP binding at NBD2, effectively abolished the down-regulatory effect of CFTR. Furthermore, the K1250M mutation at the Walker A motif and the D1370N mutation at the Walker B motif, which are known to impair ATP hydrolysis at NBD2, completely abolished the VSOR regulation by CFTR. Thus, we conclude that an ATP-hydrolysable conformation of NBD2 is essential for the regulation of the volume-sensitive outwardly rectifying Cl-channel by the CFTR protein, and that VSOR is a first channel regulated by CFTR through its NBD2.

 

(2)魚類の浸透圧調節器官におけるイオン輸送に関与するClCクロライドチャンネル

宮崎裕明(京都府立医科大学第一生理学教室)
金子豊二,竹井祥郎(東京大学海洋研究所)
内田信一,佐々木成(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科体内環境調節学)

 魚類は体表を介して環境水と接しているため,浸透圧差に従って水や塩類が体液と環境水との間で移動する。しかし魚類は,鰓,腎臓,腸といった浸透圧調節器官を発達させ,水や塩類を適切に輸送することで,体液浸透圧を陸上哺乳類とほぼ等しい約300mOsm/kgに保っている。つまり,魚類が生命を維持する上で,水や塩類代謝の制御はもっとも重要であると言える。しかし,体表の水・塩類の透過性の調節や,鰓,腎臓,腸での塩類輸送に関与していると考えられる水やイオン輸送体などは,魚類ではほとんど同定されていなかった。そこで,淡水・海水の双方で生息の可能なティラピア(Oreochromismossambicus)の浸透圧調節器官である鰓と腎臓から,ClCクロライドチャンネルをクローニングし,発現や細胞内局在を検証し,浸透圧調節との関与を調べた。

 鰓からクローニングしたOmClC-5は,鰓の塩類輸送細胞である塩類細胞に特異的に発現していた。細胞内局在を調べたところbasolateral側に発現しており,淡水中でのイオンの取り込みに関与していることが示唆された。また,腎臓からクローニングしたOmClC-Kは淡水ティラピアの腎臓に特異的に発現していた。さらに詳しく発現部位を調べたところ,遠位尿細管のbasolateral側に局在していたことから,遠位尿細管でのクロライドイオン再吸収に関与していると考えられる。

 

(3)バーチンによるCLC-K2クロライドチャネルの細胞内局在決定機構

内田信一,佐々木成(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科体内環境調節学)

【背景】バーチンはバーター症候群を引き起こす第4の遺伝子としてpositional cloningにて単離された蛋白であったが,その変異がバーター症候群をなぜ引き起こすか不明であった。その後,バーチンをCLC-Kクロライドチャネルと共発現させると,CLC-Kクロライドチャネルによるクロライド電流を増加させることが判明し,バーチンがCLC-Kクロライドチャネルのベータサブユニットして働いている可能性が示された。しかしながら,両者の相互作用の詳細は明らかでなかった。

【目的】今回,培養細胞にバーチン,CLC-K2を各々単独,または同時に,一過性,ないし安定発現させ,各々の蛋白の細胞内局在,蛋白蛋白相互作用,蛋白の安定性を検証した。

【結果】CLC-K2は単独で発現させると,ゴルジ体にとどまるが,バーチンを共発現させると,細胞膜状に移動した。バーチンの野生型は細胞膜状に局在するのに対し,バーター症候群を引き起こすバーチンの変異体は細胞内器官にとどまった。この変異体バーチンとCLC-K2を共発現させると,CLC-K2はバーチンの局在と一致して細胞内にとどまった。バーチン,CLC-K2を共発現し免疫沈降すると,バーチンとCLC-K2は共沈した。変異型バーチンもCLC-K2との結合性は保たれていた。またCLC-K2蛋白の細胞内での半減期はバーチンを共発現させると著明に延長した。

【結論】CLC-K2はバーチンと結合し,その細胞内局在はバーチンに支配されている。

 

(4)上皮性Naチャネルを介した両生類皮膚の化学受容作用

長井孝紀,中沢英夫(慶應義塾大学医学部生物学教室)

 両生類は水分を口からではなく皮膚から吸収し,皮膚は体液の浸透圧調節機構の一部を担うとされている。実際,カエルの皮膚には腎臓の尿細管細胞と同様な上皮性Naチャネル(ENaC)が存在する。しかし,乾燥地に棲息するヒキガエル(B. alvarius)の場合はNa+の吸収機構を生存環境の適合性を検出するために用いていることを,われわれは行動,生理,形態学的に示した。具体的には,[1]水分飢餓状態のヒキガエルは水源に腹部皮膚を押し付けて積極的な水分吸収行動を示すが,水源に200mM程度のNa+が含まれているとそれを検出し,水分吸収をやめる;[2]皮膚をNa+溶液で灌流すると皮膚を支配している脊髄神経が活動する;[3]Na+の検出行動と脊髄神経の活動はともにENaCの阻害剤であるアミロライドで抑制される;[4]皮膚内の胚芽層には脊髄神経の末端とそれと密接した未知の細胞が分布している,である。神経興奮のメカニズムを明らかにする目的で,皮膚内でのNa+の流入経路を調べた。Xenopus腎臓A6細胞で知られているENaCのαサブユニットのアミノ酸配列から作成した抗体(α-xENaC抗体)はXenopus腎臓のホモジュネイトのうち70-kDaのペプチドと反応し,さらに尿細管の内腔の細胞膜と特異的に反応し,チャネルの分布を示した。α-xENaC抗体はB.alvariusの腹部皮膚では,顆粒層(生理的活動のある最外層)細胞の頂端部の膜と特異的に反応した。しかし,アズマヒキガエル,アマガエル,ウシガエルの皮膚とは反応しなかった。

 

(5)上皮の機能分化に対するアルドステロン,プロラクチン,成長ホルモンの役割

高田真理,河西美代子(埼玉医科大学生理学教室)

 成体両生類の皮膚は腎の上皮Na輸送の機構解析のモデル上皮として知られている。一方幼生両生類の皮膚ではこの輸送機構は未分化である。幼生両生類の皮膚は輸送機構の分化を解析するために好都合の材料と考えた。輸送機構は変態の過程で出現する。両生類の変態は甲状腺ホルモンで引起されることが知られていたので輸送機構の分化もこのホルモンで引起されるに違いないと考えられていた。しかし変態期に血中濃度の変動するホルモンは甲状腺ホルモンばかりではない,アルドステロン,プロラクチン,成長ホルモンも変動する。どのホルモンが甲状腺ホルモンとともに上皮Na輸送の分化にかかわるのであろうかが問題であった。

 この疑問に答えるために幼生両生類の皮膚の培養法を開発した。甲状腺ホルモンのみの存在下で培養すると幼生皮膚は崩壊した。幼生皮膚をアルドステロンとともに培養すると輸送機構の分化が起こった。甲状腺ホルモンはアルドステロン作用を促進することも抑制することもなかった。

 一方皮膚をアルドステロンとプロラクチン,もしくはアルドステロンと成長ホルモンの共存下で培養すると皮膚は幼生の形質を維持した。すなわちアミロライド,アセチルコリン,ATPで促進される非選択性カチオンチャネル(NSCC)が分化した。

 

(6)フラボンによるナトリウム再吸収の制御機構

新里直美,丸中良典(京都府立医科大学第一生理学教室)

 腎遠位尿細管上皮組織での上皮型ナトリウムチャネルを介するナトリウム再吸収は,血圧調節や体液量維持に重要な役割を果たすことが知られており,最近では大豆などに多く含まれている食品成分であるフラボンが血圧を低下させる作用があることが知られるようになってきた。そこで,本研究ではフラボンが血圧を下げるメカニズムを解明する目的で,腎尿細管由来の培養細胞であるA6細胞でのナトリウム再吸収に対する影響について検討した。実際にフラボンは,非刺激時および低浸透圧刺激で促進されたナトリウム輸送を阻害した。我々はこれまでに,フラボンがその構造に依存してクロライド輸送を促進することを報告している。本研究で示されたフラボンのナトリウム再吸収抑制のメカニズムとして,フラボンが促進するクロライド輸送の関与について検討した結果,フラボンは細胞内クロライド濃度を上昇させて,ナトリウム再吸収を抑制していることが明らかとなった。

 

(7)上皮イオン・水輸送系をXenopusoocyteから学ぶ

挾間章博(統合バイオサイエンスセンター生命環境研究領域)

 Xenopusoocyteは,これまで,様々なイオンチャネル・トランスポータの発現系として用いられてきた。上皮輸送に関する輸送体も,Xenopusoocyteを用いて,その機能が研究されてきたものも多い。Xenopusoocyteを発現系として用いた場合の特徴として,通常の動物細胞とは膜タンパクのプロセシングが異なる場合があることが挙げられる。たとえば,aquaporinの中でも通常では腎尿細管細胞内のベジクルに局在し,その機能が分からなかったaquaporin-6(AQP6)についてXenopusoocyteを発現系として用いると,形質膜までAQP6が移行し,その機能を調べることが初めて可能になった。しかし,AQP6を発現させたXenopusoocyteでは,当初水透過性の亢進を示さず,機能が無い水チャネルかと思われた。ところが,通常は水チャネルの阻害剤として用いられる水銀イオンを投与すると,水透過性の亢進が観察された。さらに,驚くべきことには,これまで水チャネルは,イオンを透過させないものと考えられてきたが,水銀イオンの投与により水の透過性ばかりでなく,イオンの透過性も亢進することが2本刺Voltage-Clamp法を用いて明らかとなった。このイオンの透過性については,陽イオン,陰イオンの選択性が低く,さらにパッチクランプ法により,シングルチャネル電流が観察され,aquaporinのmicroscopicな挙動が初めて明らかにされた。このように,Xenopusoocyteを用いた発現系は,上皮細胞内に局在する輸送体の挙動を明らかにするの威力を発揮した。

 

(8)上皮型Na+/H+交換輸送体(NHE3)の細胞表面安定性と細胞骨格について

林 久由(静岡県立大学食品栄養生理)
Sergio Grinstein(トロント小児病院細胞生物)

 NHE3は,消化管並びに腎臓上皮細胞の頂側膜に発現しており,Na+の(再)吸収に寄与している。またNHE3の細胞内C末端はNHERFとEzrinを介して,アクチン細胞骨格と相互作用することが提唱されている。アクチン細胞骨格を破壊した際のNHE3の活性並びに局在について検討した。アクチン細胞骨格を破壊するために非特異的に低分子量GTPaseを不活化するClostridium difficletoxin Bを用いた。腎臓上皮由来のOK細胞をtoxin Bで処理するとNHE3の活性は抑制された。またこの機構はNHE3に特異的であり,NHE1では観察されなかった。Toxin BによるNHE3の抑制機序の検討をエピトープタグをつけたNHE3を外来的に発現させた細胞を用いて行ったが,toxin Bで処理するとNHE3は細胞内に取り込まれた。さらにどの低分子量GTPaseが関与するかを検討するためにRhoの下流にあるROCKを特異的に抑制するY-27632を用いた。Y-27632で処理するとtoxin B同様の効果が観察された。以上よりNHE3の頂側膜上の局在にはインタクトなアクチン細胞骨格が必要であり,それにはRhoが関与することが示された。

 

(9)トロンボキサンA2産生が介在する大腸粘膜の塩素イオン分泌機構

酒井秀紀,鈴木智之,室田美樹,高橋佑司,竹口紀晃
(富山医科薬科大学薬学部薬物生理)

 トロンボキサンA2は,血小板凝集や血管収縮を引き起こすアラキドン酸代謝物であり,血栓や喘息などの病態に深く関与している。我々は,ラット大腸粘膜を用いた一連の研究で,抗ガン剤の塩酸イリノテカンや血小板活性化因子(PAF)が,トロンボキサンA2の産生を介して塩素イオン分泌を誘発することを発見した。単離クリプト細胞のホールセル記録では,トロンボキサンA2の安定アナログ(STA2)が,分泌側膜の塩素イオンチャネルを活性化した。しかし,塩酸イリノテカンやPAFが,大腸においてどのような機構でトロンボキサンA2産生を引き起こすのかについては不明であった。

 我々は,この機構を明らかにするため,単離ラット大腸粘膜での実験を行った。その結果,PAF誘発性の塩素イオン分泌は,一酸化窒素(NO)-サイクリックGMP (cGMP)経路を介したトロンボキサンA2産生により引き起こされていることがわかった。一方,塩酸イリノテカン誘発性の塩素イオン分泌には,NO-cGMP経路は介在していなかった。したがって大腸においてトロンボキサンA2は,少なくとも2つの異なる機構により産生され,下痢などの病態に関わっているものと考えられる。

 

(10)プロスタシンによる上皮型ナトリウムチャネル(ENaC)の活性化

北村健一郎,冨田公夫(熊本大学医学部第三内科)

 上皮性ナトリウムチャネル(ENaC)は体液のナトリウム調節に重要なイオンチャネルである。私たちはセリンプロテアーゼのプロスタシンがXenopusoocyteにENaCと共発現させたときにアミロライド感受性電流を約2倍増加させることを見出した。マウス皮質集合管細胞(M-1細胞)にアルドステロンを投与するとプロスタシンの発現が2〜3倍増加し,ラットにアルドステロンを持続投与すると尿中プロスタシンが増加した。原発性アルドステロン症患者では尿中プロスタシンが増加しており,手術にて腺腫摘出を行うと正常レベルまで低下した。このことはアルドステロンがプロスタシンの発現増強をかいしてENaCを活性化する可能性を示唆するものである。また,セリンプロテアーゼ阻害剤であるメシル酸ナファモスタットをM-1細胞に投与するとプロスタシンの発現量がほぼ完全に抑制された。ラットにメシル酸ナファモスタットを持続静注すると尿中プロスタシン排泄量がほぼ完全に抑制され,尿中ナトリウム排泄量が増加した。ヒトにメシル酸ナファモスタットを投与すると,ときに低ナトリウム血症・高カリウム血症などの副作用が生じることが知られているが,この原因としてメシル酸ナファモスタットによるプロスタシンの発現抑制およびそれによるENaCの活性抑制が関与している可能性が示唆された。これらの知見はプロスタシンの生体内ナトリウムにおける病態生理学的な意義を裏付けるものであると考えた。

 

(11)ラット直腸粘膜表層細胞に存在する上皮性Naチャネル(ENaC)の電気生理学的性質

稲垣明浩,石川 透(北海道大学大学院獣医学研究科比較形態機能学講座)

 アミロライド感受性上皮性Naチャネル(ENaC)の分子基盤としてabg-rENaCがラット大腸上皮からはじめてクローニングされて以来,heterologous expression系を用いたabg-ENaCに関する研究が行われてきているが,大腸粘膜表層細胞に存在するENaCの電気生理学的性質およびその調節機構の多くは不明のままである。我々はラット大腸表層細胞に存在するENaCの以下のような電気生理学的性質を明らかにしてきている。(1)通常食で飼育したラット直腸から作製した粘膜標本で得られたアミロライド感受性短絡電流(Isc)のKi値は171 nMであった。この値はabg-rENaCを発現するMDCK上皮細胞で得られたIscのKi値とほぼ一致した。(2)直腸粘膜標本から分離した単一陰窩の表層細胞にホールセルパッチクランプ法を適用することによって得られたNa電流のアミロライド感受性はIsc測定実験で得られた結果と一致し,そのKi値は129 nMであった。(3)アミロライド感受性ホールセル電流の陽イオン選択性およびアミロライド抑制の電位依存性から推定されるアミロライド結合部位はabg-rENaCを発現するMDCK細胞で得られた値と一致した。今後大腸表層細胞およびabg-rENaC発現系を併用することにより,ENaCの細胞内調節機構にアプローチしたいと考えている。

 

(12)腸管細菌感染を起こすVibrio 科細菌が産生する溶血毒の下痢誘発機構

高橋 章,田上奈緒美,角村寧子,粟田志香,前田恭子,中屋 豊
(徳島大学医学部特殊栄養学講座)

 腸管細菌感染を起こすVibrio科細菌は食中毒の原因菌として知られている。そのなかで,Vibrio Cholerae(non-O1, non-O139),Vibrio mimicusの主要な病原因子として溶血毒(El Tor hemolysin [ETH],Vibrio mimicus hemolysin [VMH])が考えられている。これらは,単独で下痢性を有することが報告されているが,その機構は明らかではない。

 Vibrio科細菌ではないがAeromonas sburiaの分泌する溶血毒(ASH)は,細胞内Ca2+, cAMPを上昇させることにより,腸管上皮細胞からのCl-分泌を促進し下痢を引き起こすことを示唆してきた。ETHとVMHは,ASHと相同性が高く構造的に類似している。そこで,それぞれの毒素が腸管上皮細胞のCl-分泌に与える影響を比較解析した。発表では,それぞれの毒素による反応の異なる点と同様な点について議論する。

 

(13)大腸上皮Cl-分泌時の容積調節機構におけるNa+-K+-2Cl-コトランスポータの役割

眞鍋健一,森島 繁,岡田泰伸(生理学研究所機能協関部門)

 大腸クリプト上皮が分泌刺激に応答して容積変化を示すことはクリプト総体の観察によって示唆されてきたが,個々の上皮細胞の容積変化についての報告は,技術的困難さから皆無であった。我々は,蛍光色素の退色が少なく組織標本深部の探索も可能な二光子レーザー顕微鏡法を用いることにより,クリプト内部の個々の細胞容積変化を捉える事に成功し,カルバコール刺激すると主としてクリプト基底部細胞が縮小し,その後時間経過と共に元の容積にまで回復することが分った。同様の分泌性容積減少(secretory volume decrease: SVD)とそれに続く調節性容積増加(regulatory volume increase: RVI)はヒト大腸上皮由来の培養細胞T84においても確認された。RVIにおけるイオン輸送メカニズムを探るために,細胞外液のNa+,K+及びCl-をそれぞれ除去し,T84を用いて細胞容積測定をしたところ,いずれの場合においてもSVDは見られたがその後のRVIは抑制された。さらにNa+-K+-2Cl-コトランスポータ(NKCC)阻害剤であるブメタニド処理によってもRVIは抑制され,モルモット大腸クリプトでも同様の挙動を示した。以上の結果から,大腸上皮Cl-分泌刺激時のRVIにはNKCCが重要な役割を果たす事が結論された。

 

(14)NaCl流入抑制により活性化された気道上皮細胞のcAMP-調節性線毛運動

中張隆司(大阪医科大学生理学)
椎間ちさ(大阪医科大学第一内科)

 ラット肺のエラスタ-ゼ処理により細気管支線毛細胞を単離した。細気管支線毛細胞の線毛運動周波数(CBF)はterbutalineにより濃度依存性に増加した。このterbutalineの効果は,細胞内cAMPを介した反応であった。また,terbutalineはCBFの増加だけではなく細胞容積の減少も引き起こしていた。今回は,細胞容積減少と肺の主たる宿主防御機構であるCBFの調節についてビデオ顕微鏡を用いて検討した。

 NaClの細胞内への流入を阻害するamiloride (1mM)とbumetanide (10mM)は線毛細胞容積減少を引き起こした。この細胞容積減少はterbutaline非刺激時のCBFには影響を及ぼさなかったが,terbutaline (0.5mM)刺激により増加したCBFを著明に増強した。Amiloride (1mM)とbumetanide (10mM)存在下で調べたCBF増加に対するterbutaline濃度依存性は,両阻害剤非存在下の濃度依存性に較べて,低濃度側へシフトしていた。また,quinidine(500mM)は線毛細胞容積を増加させ,terbutalineによるCBFの増加を抑制した。

 これらの結果から,細気管支線毛細胞におけるcAMP調節性線毛運動は細胞内Cl濃度(細胞容積)により修飾されている可能性が考えられた。

 


このページの先頭へ年報目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2003 National Institute for Physiological Sciences